はてなキーワード: アレとは
気になった点を記します。
1)社員によって接客及びそれに付随した対応の仕方の説明がバラバラ。
最初からアレとコレを持って動くことになるのなら就業初日の説明で触れてほしい。
後からアレもコレもとバラバラに言われても困る。
2)女子社員で明らかに「あんたなんなの?」という態度の人間が2人ほどいる
特に忙しい訳でもないのに客から「コレコレこういう質問を受けたんですが」という
こちらの問いに無言で首を振るだけ、はないんじゃないか。
とりあえず最初の点は間に入ってもらっている公の支援グループに相談してみようと思う。
ブクマがついていたので…
あんまり特定になるからアレですが、前に書いた内容はアキバではないです。
ただ、書いた事とはちょっと違うけど、池袋も似たり寄ったりの目に遭ってます。
っていうか、アキバは行った事ないです。
いわゆる「サヨク」というより、もう少し古典的な1980年くらいはそんな感じだったな。
安保闘争とかの時代まで遡ると実際に政府もアレなことが多くて平気で暴にデモ鎮圧を依頼する有様だったからともかく、社会党全盛期あたりは被害妄想臭かった。
横の横。
一神教の本体となるのは、遠い祖先が実体験として敬っていた実在のモノ/ヒトか、
もしくは神秘体験の中で認識するアレ(ヒトの共通認識だと実感させられる何か)を指すと思う。
一方、アニミズムや多神教では、万物の存在そのものに価値を見出しているので、
存在しうる全てのものに対して、等しく有り難いと認識せよという発想なのだと思う。
新しい事を積極的に学ぶ意欲も低い。でもまじめはまじめ。
そんなだから躍起になってあれやこれや深く関わって、底上げをしてやってきた。
でも、請負だから事務所も離れてて細かい所はどうしても見切れないし、
リアルタイムなアドバイスも出来ないし、なにより結局、所詮は外様だった。
伝えてきた事はみんな絶対に正しい自信があるし、彼らのスキルアップにも役に立ってる。
旨くいった所は、要所を自分がやってる。
彼らだけではとてもじゃないがこの成果は出ていない。
やはりウザがられてるだろうし、
一方的にアレコレ言うせいで彼らが自ら考えて成長する機会を奪っている事が、
すごく重大な問題なのではないかと思い始めた。
でも彼らを信じて任せる事が必要なのではないか。
細かい受け入れ確認をして、そこで厳しくチェックする。
そういうやり方に変えなくてはいけないのかも知れないと考えるようになった。
リスクはすごく高い。
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20090910/1252545023
というエントリから。
前提の部分でアレ?と思った箇所
まず前提としてえろげだろうがギャルゲーだろうがなんだろうが、とにかく二次のすべては現実逃避だということだ。俺がそれ言うのはどうかと思うんだけど、とにかくすべては現実逃避だ。
なんかピンとこないんだよなあ
ギャルゲエロゲ乙女ゲ(ギャルゲの女ver)ドリーム小説と、その手の奴ばっかり私はやってるんだけど、現実逃避のつもりでやってるわけじゃない。
というか現実逃避には、どうやったってならないのではないかと思う
乙女ゲをやってるとき、それは紛う事なく乙女ゲをやってることひっくるめて「現実」であるのだから、どうしたって私が存在するのが「現実」である以上、現実逃避なんて成立しないんじゃなかろか。
私は現実から逃避するために乙女ゲをやってるわけじゃなく、乙女ゲをプレイするという現実を全力で生きているだけ。
耐性無い人には気持ち悪い発言が以下続きますが
二次元のキャラに恋してますけど、それは現実から逃避してるわけじゃなく(まあ、別に逃避なんだといわれたら、それでもいいし、逃避と言われて腹が立つわけじゃないんだけど)現実として二次元のキャラに恋をしている。恋をしている「私」は現実に存在している。「想い」も存在している。その「想いを向けた相手」が、我々と同じ肉体を持たない、というだけで、私が恋をしていることは寧ろ、どうあがいても現実でしかない。んじゃないかなあ…
前から疑問だったんだけど、どうして恋をする相手が二次元になるだけで、「現実でない」「現実逃避」となるのか。三次元に恋するのと、どう違う?相手が肉体を持っていないだけである。思考などはもともとどの道、三次元だろうが考えてることなんてわからないし、考えているかどうかさえ、実は証明できないのでは?
相手が二次元か、三次元か、ということは、別に相手が男か女か、とか、相手がドレッドヘアーか、坊主か、とか、相手がセロリが好きか、嫌いか、とか、そういう次元と同じ、些細な問題なんじゃないかと思う。
結局どれも、対象が違うだけで、自分が思いを抱いている事は同じ。自分に起きてる現象は同じ。全部現実に起きてる現象。
ただ相手の肉体がないだけで。
なぜかといえば、たった一人のたいせつな女性がいれば生涯を生き抜くことは難しくないのに対し、二次だけでは、人は生きていくことがかなり難しい。
これは私の読解力ちゅーか頭が悪いんだと思うけど、これが「なぜか」の理由にどうなってるのかイマイチ分からない……
もちろんそれが現実逃避であることをわきまえたうえで切り抜けることはできる。しかし、二次を、いやここではフィクションといおう、フィクションを完全な現実の代償として把握したとたん、おそらく精神は死を迎える。俺はそれをやろうとして失敗した。なぜ失敗したか。理屈としてはあたりまえの話で、フィクションのキャラクターを価値のあるものとするならば、現実に存在するものはすべて価値がないものになるからだ。そしてすべてが価値のない世界では、自分もまた無価値なものになる。自分が無価値であれば人は長くは生きられない。
太字は勝手につけました。
これも、太字部分のところが、よくわからない。
フィクションのキャラクターを価値のあるものとすると、どうして、現実に存在するものは全て価値がなくなるのか、が。
フィクションのキャラクターも価値があるし、現実のものも価値がある、という共存は充分可能だと思うのだが…というか、事実この世は今そうなっていると思うのだけども。
だいたい、フィクションのキャラクターは、「現実」に存在しているんじゃないのか??寧々は、肉体(脳含め)を所持していないだけで、寧々という「キャラクター」は実際存在してるんじゃ。
もう10年も同じキャラクターにわき目も振らず恋をし続けているんだけどさ、
逃避というより、自分としては、励みになってるんだよね。
まあ、片思いだからさ。彼にみっともない姿は見せられない、的な感じで。彼にふさわしい人間に1歩でも近づきたい、みたいな感じで。
時には、永遠に叶わないということで絶望しかけたり死にたくなることもあるけど、それでも「じゃあ想うのやめますか」って言われたらそれは絶対に嫌だ。でも楽になれるだろうなとは思う。
実際に肉体も何もないことを考えると若干の空しさがないわけではないけど、でも人間だっていつか死んで、人間っていう種族自体いつか滅んでそれを構成してた原子がまた違うものを構成するだけで、その繰り返しがある中、結局宇宙もいつか消滅することを考えると、肉体が無いだのなんだのいうのは些細な問題に、思える。
現実なんていうけども、この世自体、逆に言えば虚構みたいなものじゃないかな。どうせこの人生も一瞬しかないんだよね。しかも、特に何の意味もないわけで。そうすると、世間とか社会というものの方が、時に、寧ろ虚構のようにもみえる。
何にせよ別に三次元の恋だって辛さは多かれ少なかれあるわけだし、辛いからといって投げ出すわけにもいかない。
肉体がなく呼応してくれないことは辛いけど、それでもその辛さを傍に抱えながら、想い続けるしかないんだろうな。
1日目(2009/08/31)
補正予算執行停止
人事が進まない
今回初当選の顔ぶれのアレな素性が続々と明らかに(例:元フリーター43歳)(魚 拓)
イギリスから「これで日本もやっと、台湾や韓国なみになったということだ」と賛美の声が届く(魚 拓)
2日目(2009/09/01)
海外の識者から「民主党の経済政策に限界」と言われる(魚 拓)
やっぱ補正予算、一部執行停止(インフル対策入ってるっぽい)(魚 拓)
蓮舫「補正予算15兆円全部なくしてもいいと思ってる」(緊急景気対策)(元記事)
概算請求白紙化(魚 拓)
韓国民主党(野党)が日本民主党の「政権交代」に興奮しあやかりたいとパクる(元記事)
3日目(2009/09/02)
藤井が円高容認発言
4日目(2009/09/03)
補正予算(未執行分)を原則全面停止
国民新党の田中康夫代表とともに「サンダーバード隊」の創設について会談
「子ども手当てと扶養控除をセットだと思われないようにしろ」と党幹部が言う
長妻「年金問題の解決は100%無理、長い目で見守ってほしい。」@テレ朝
「一等地にありながら家賃が安すぎる」などと批判していた議員宿舎が民主党の一年生議員大量当選により大幅に不足
前原「我々はヤンキーゴーホームって言ってるわけじゃないんです」@クローズアップ現代
クローズアップ現代にVTR出演した米の知日派政治学者マイケル・グリーン氏、鳩山論文の対米関係のくだりについて
「あれも嫌だ、これも嫌だ。こんなのは戦略でも何でもなく、単なるわがまま」 と評する
概算要求資料をそのまま捨てる@NW9
「所得控除廃止は参院選後の11年度にやります」
5日目(2009/09/04)
森元首相の対抗馬として名を馳せた新人田中美絵子,風俗ライター(コスプレ着用で取材)の過去をFRIDAYで
→これに対し、「記事になっていることは承知していないので、確認する」と対応
八ツ場ダム問題に関して、石原東京都知事に「中止なら都の負担額を返還要求」と釘を刺される
ロシアから「祖父のように2島返還で妥協しろ」と脅しがかかる
連立協議が纏まらない
「太陽パクパク」が全世界的に広まる(中国、韓国、フランス、ドイツ、イタリア、イギリス、トルコ、ベルギー、ノルウェー、ベトナム、インドネシア、ギリシャ、ルーマニア、オランダ、スペイン、オーストラリア、ポーランド、ブラジル、ロシア、カナダ)
http://www.youtube.com/watch?v=XCVrEIrD1XE
馬渕「高速料金無料で物流コスト10%は下がるから物価も下がる」
馬渕「新たに国債発行するお!」
馬淵 A:反していません。むしろ今の方が反しています
藤末健三「(国民年金保険料を)納付していない人は0円の納付をしてきたと考えます」
岡田「温暖化ガス25%削減目標は国際合意が前提だから産業界は大人しく従ってろ」
小沢さんにはどんな幹事長になって欲しいですかぁ?の質問に鳩山「どんな幹事長・・普通のままで」@TBS
中国「自分の国のことさえ20年間も建て直せていないのに東アジア共同体なんてふざけた事を言うな」
給油活動やっぱり1月撤退にします
韓国の新聞から「日本のノムヒョン政権のようだ」と記事を書かれる
民主党のマニフェストが実現できる予算編成に組み替えるように財務省に指示
鳩山代表が中韓大使と会談し「歴史問題を見つめる政権をつくりたい」と発言。大使から「友愛外交」を称賛される
北朝鮮が鳩山代表論文のアメリカ批判箇所を朝鮮中央放送と平壌放送で紹介
6日目(2009/09/05)
Googleトップのロゴが何故かUFO画像に変更(日本、イギリス、ドイツ、オランダ、カナダ、中国、韓国、オーストラリア,他)
→UFO画像ロゴをクリックすると「超常現象」の検索結果に飛ばされる
(アメリカから「miyuki hatoyama」でググる人が急上昇→Google ウェブ検索人気度)
秘書不足で、あっさりと内規(3親等以内の親族の秘書採用禁止)を緩和する方針へ
「小沢幹事長」誕生の舞台裏に日教組の親分こと輿石の影 ねえねえ岡田は?
人事 菅直人→「国家戦略局」担当相(副総理兼任) 岡田克也幹事長→外務大臣 輿石参院議員会長留任
鳩山の嫁、ガーディアンによる各国首脳夫人の変人ぶりの格付けで「規格外」の烙印を押される(魚拓)
海外番組で完全に笑いもの状態→http://www.youtube.com/watch?v=BcmJ88ZETZw
これら鳩山嫁の奇行に関する外電を、「好意的に報じた」と日本のマスコミが挙って報じる
給油活動は1月撤退に決定、ソマリア海賊問題は海上保安庁主体で行うことに
鳩山代表、墓参り 『原点を忘れず行動すれば、必ず理解してもらえるぞ』と(一郎氏の)声が聞こえた気がした模様
「権力二重構造」懸念については、「『案』を小沢幹事長に任せるという事」と自らの”最終決定権”を強調
鳩山代表、「人事は最終的に2人で相談するが、まず案を幹事長に任せる。小沢氏への一任ではない」と説明
国対委員長などの党人事と、衆院議長や各常任・特別委員長の人選は小沢氏に事実上委ねられる見通し。
(衆院)議長候補に、渡部恒三元副議長や横路孝弘前副議長、中井洽元法相の名前(元記事)
福山 小沢幹事長就任に対して「党は任せて、内閣で一生懸命やりたいという鳩山氏の思いの表れで、役割分担が明確だ」と指摘
中国、岡田外相を歓迎 「父親のイオン名誉会長とともに中国とのなじみが深い」とアジア重視評価
韓国、岡田外相に期待 「 歴史問題解決に向けた行動を取る期待は大きい」「親韓派」と評価
社民との政策協議で、北朝鮮と「2国間対話推進」方針で合意文書を明記するようごねられる
藤井 エコカー減税やエコポイント制度など「いい政策なら続ける」とNHK番組で発言
藤井 09年補正予算は「非常に悪い。再補正する」と発言 組み替え規模は「7兆円以上」と指摘
7日目(2009/09/06)
古川 「私は未だに官僚出身なんだと言われるが、官僚は6年でやめて政治家を13年やってる。
だから、もう私は官僚出身議員ではなくて生粋の党人派議員ですよ!」と発言し、官僚から政治家への天下りを肯定か?
田中美絵子、風俗ライター認める ※「取材や経歴、記事内容などはBUBKAの編集部が作成したもの」 だそうで
今までろくに精査もしないで想像だけで天下り批判していたことが判明(元記事)
民主新人25名 NTV[バンキシャ]出演 「マニフェストは全て頭に入っている?」質問に『Yes』と答えたのは25人中7人
社民 得体の知れない「国家戦略局」が暴走しないかと無駄な心配をする(元記事)
「一票による革命が起きている」・・・鳩山が選挙期間中に綴った選挙日記 道新に提供(元記事)
鳩山 社民や国民新が求める「政策調整機関」に党首クラスが出席して調整に当たることを検討する考え(元記事)
岡田 社民福島と国民新亀井の入閣が望ましい 「政策は政府で決める。政党に拒否権は与えない」とも発言(元記事)
岡田 「ダイナミックに政権が代わる小選挙区が良い」と社民が反対する比例代表定数削減を目指す考え(元記事)
岡田 「国家戦略局に、利害関係のある経済団体代表(経団連)などが入るのは好ましくない」(元記事)
鳩山 新内閣で予算の無駄遣いを調査して見直す「行政刷新会議」を新設する方針(元記事)
執行部 「謎の政権移行チーム」に、勝手に動くなと自粛メール(元記事)
これは僕の記録である。僕がなぜあんなことになってしまったのか、一度整理してみようと思いこの文章を書いている。そういったわけで少々文章が長くなるだろうが気にしないことにする。これを読もうとする方には申し訳ない。
僕はいわゆるロリコンであった。単なるロリコンではなく「病的な」ロリコンである。対象は中高生だ。
病気ではなく病的と書いたのは、私のは精神疾患とは違うようなのだ。現在日本でよく使われるDSM-IV-TRでは、13歳以下のものに対して異常性欲を抱くものを精神疾患としている。要はペドフィリアだ。つまり私のように中高生にのみ異常性欲をもつ(そして僕は中1には興味なかった)ものは病気ではないのだ。しかし、明らかに病的であることには変わりなかった。
ロリコンを自覚したのは大学2年くらいの頃である。コギャルという言葉が流行りだし、町中がガングロ・ルーズソックスであふれ出したころ、僕は彼女らに異常な興味を持った。僕はほんの数年早く生まれてきてしまったことを痛く後悔した。
そしてその興味は羨望に変わり、性欲へと変わっていった。だが不幸にも彼女らと関わりを持つ機会を持てず、かと言ってナンパをする勇気などまるでなかった。ロリコンというものは残酷なものである。大学2年なら先輩後輩でも通じる間柄だろう。しかし年月は非情にも過ぎていき、中高生という存在や可能性からどんどん遠ざかっていった。そうして流れる年月は、僕の「コギャル」に対する性欲を異常性欲に成長させていった。
異常性欲。
つまり彼女らを見ると非常に強い性的衝動が起こるのだ。もしかしたら健常者には分からないかもしれないので説明しておく。セックスを行う時、前行為を重ねた結果、性的興奮が絶頂に達して「もう我慢できない」という状態になることがあるかと思う。あれが、街中で、ちゃんと服を着て街を歩いている見も知らぬ女性に対して沸き起こるのである。私だけかとも思ったが、性犯罪の多さ、特に学校の教師や警官でさえ援助交際や盗撮などを行ってしまう事件をみるにつけ、一般にその衝動は私と同じくとても大きいものなのであろうと想像する。
年をとるにつれ、皮肉にも性衝動の対象は逆に広がっていく。いつの間にか高校生なら誰でも良くなっていた。25,6歳を過ぎた頃だろうか、中学生の間でパステルカラーを極彩色に組み合わせたようなファッションが流行した。ごてごてしたスニーカーを履き、2つずつ大きなアクセサリがついた髪留めをしていた。
僕はこれに強く反応した。かくして僕はいい年をして中高生好きの病的なロリコンになっていた。欲望を満たす方法はあった。この頃、援助交際が大流行していたのである。しかし僕はこれを固く拒否した。犯罪を犯すこと、これを僕は極端に嫌った。援助交際については気分さえ悪くなった。僕のなかにその選択肢はなかった。
しかし、その日はある日突然やってきた。
小雨が降る日、公園の縁石の目立たないところに一人の女性が座っていた。20歳くらいに見えた。待ち合わせだろうと僕は特に気にもせずに通り過ぎた。30分後、用があって再びそこを通ると彼女はまだ座っていた。明らかにおかしい。僕は声をかけることにした。知らない女性に声を掛けたことなどない僕は、声を掛けるのにさらに十分程度を要した。
きっと不審がられると思ったが、彼女は意外とやさしく返事をしてくれた。話を聞くと、約束をすっぽかされて時間をもてあましていたのだという。だったらとっとと帰ればいいものだが、なぜ雨の中ぼんやり座り込んでいたのかは聞いてないのか忘れてしまったのか。歳を聞くと17だという。なんと「あの」高校生ではないか。僕はしばらく平静を装うのに苦労した。
時間は7時を回っていた。何も食べていないというのでちょとした料理屋に連れて行った。わざと静かで落ち着いたカウンター席の店を選んだ。下心丸出しである。そして食事をとる振りをして目の前のものを胃にほうりこみつつ、彼女に心理的に接近していった。
店を出て、まだまだ時間があるというので散歩することにした。ぶらぶらする振りをして僕は常に距離感を測っていた。それはもうとっくに向こう側も気づいていた。散歩の理由も含めて。そしてここぞというタイミングで手を取った。そして最初から取り決めてあったかのように街の外側に向かって消えていった。
念のために断っておくが酒は使っていない。そもそも僕は酒が飲めない。
異常性欲はこれで収まると思っていた。一度高校生としてしまえば。しかしそうではなかった。彼女はコギャル(この時ですら既に死語であるがまだ多く存在していた)ではなかった。17よりは16くらいがいい。中学生も未経験だ。満たされたと思ったのは一瞬で、次の日にはただの変態に逆戻りしていた。
そして僕には一抹の不安があった。「これは犯罪ではないのか?」。実際にこれを犯罪だと信じている人も多いだろう。僕自身何度も犯罪者と誹られた。そこで僕は知り合いの弁護士に「知人の話」として相談をもちかけ、飯をおごる代わりに法的根拠について調べてもらった。結果はおどろくべきことに、何の罪にも問われないというのである(当時。現在は違法)。こういうので逮捕されるのは大抵が地方条例違反なのだが、東京都にはその規定も罰則もないというのだ。児童福祉法も滅多なことでは引っかからないらしい(気をつけるポイントはある)。
ここで僕のタガが外れる。少々年齢差があってもナンパは可能だ。そしてナンパは気を付けていれば犯罪にはならない。数日後の昼、僕は昨日彼女と出会った公園にいた。そこにはいわゆるコギャルな女子高生がヒマそうに化粧を直していた。僕はやはり10分ほど躊躇したが、結局声を掛けることにした。そして世間話をしてカラオケに行くことになった。結局彼女とはカラオケをしただけで分かれたが、ナンパは成功したと言えよう。僕は一気に自信をつけた。
なんと僕はここで仕事の契約をいくつか切るという暴挙に出た。そして月水金以外の4日間を休日とし、その時間をナンパに充てることにした。ここまでくると正気の沙汰ではない。仕事とナンパとどっちが大事かといえば、どうみてもナンパである。
ちなみに僕のナンパのやりかたはこうだ。大きな通りに目をつけ、そこをひたすら往復する。これはと思った女の子がいれば、一旦追い抜き斜め前から速度を落とし(こうすると驚かれない)横にならんで声を掛ける。特に話題がなければ「何してんの?」から始まり話が盛り上がってきたところで「じゃあちょっとカラオケでも行こうよ」と誘う。カラオケでいい雰囲気を作り、自宅の○○を見せてあげるとか適当に言って連れて帰る。あとは一緒だ。
もちろんこれは人によってちがう。その場ではメルアド交換だけしてアポを取り付け、デートで決める人もいる。というか多分そっちの方が多いと思う。僕も相手が時間が取れない時はメルアドを収集していたが、メールだけはどうも苦手だった。僕のようなのを即型、後者をアポ型と呼ぶらしい。
余談になるがキャッチやヤクザ風の人とはあらかじめ仲良くなっておいた。噂によると彼らはナンパする奴を締めたりするらしいが、僕が絶対に女子中高生にしか声をかけません、と言うと容認してくれた。彼らにとって未成年者は商売にならないのだ。よく「よお兄ちゃん、今日は釣れるかい?」と声を掛けられたものだ。
うまく行った子とは必ずプリクラに行き、それを収集していた。なお、初回に2回連続でナンパに成功しているが、現実はこんなに甘くはない。僕は話は下手だし顔もまずい。丸1日、100人くらい声かけてオケラという日もあった。だいたい月に5人程度。ひどいと1人とか2人という月もあった。今でもあの2回のビギナーズラックは、僕を引きずり込むための罠だったのではないかと感じることがある。
僕は大抵人の出てくる午後1時~3時くらいから出掛け、ひどいときは夜9時ごろまでやっていたこともあった。一度冗談で万歩計を付けたら2万歩も歩いていた。それ以上の日もあっただろう。まさに病気である。
それでも欲望はまったく収まる気配をみせなかった。まだ何かが満たされないのだ。こうなれば、ああなれば収まると夢想すらした。しかしそんな日は一向に訪れなかった。記録によるとそれは3年間にもわたった。ナンパというのは金のかかるものである。当然その日の収入はない。土日のカラオケは恐ろしく高い。食事代やホテル代も馬鹿にならない。よく金が持ったものだ。いや、あの金があれば、その分働いていたらどれだけ貯金できたか。
そして事はやはり突然訪れる。そんな生活を3年ほど送っていたある日、異常性欲が忽然と消えたのだ。突然「もういいや」という気になった。必死にナンパしてたのが馬鹿馬鹿しくなった。それは徐々に潮が引くようでなく、突然麻酔から醒めたような感覚であった。なんと「あのアレ」が治ったのである。実際にはそれからもしばらく惰性でナンパは続けていたし、何人かの中高生と関係していたが、それもだんだんなくなっていった。そして気が付くと手元には何も残っていなかった。
しかし、それでも、あのロリコンが治ったのである。ロリコンが治るとは夢にも思っていなかった。これは一生の病だと思っていた。それが治った。それは十分3年の価値があった。
だが逆に言えば、ロリコンはここまでしないと治らないのである。
そして今、調べてはいないがおそらく全国の条例で青少年の淫行が禁止され、ナンパなどできない世の中になった。もはや違法な手段を選ばないと欲望は達せられないのである。
ロリコン、そしてペドフィリアの方々、あなたがたは、一度でも欲望がかなえばそれが治ると思っていないだろうか?僕はそう思っていた。しかしそれはまぼろしで全く何も変わらなかった。直るまで仕事をほっぽり出して3年かかった。
僕は、性犯罪者の中には「ただ1回だけやればこの苦痛から開放される」と考えた人が多いのではないかと推測する。しかしそれは間違いである。あなたは何も変わらない。他方被害者は 強姦の場合、重大な精神疾患を一生背負うことになるかもしれない。「一度でもいい」と思っている方たち、僕が言えた義理でないのは重々承知だが、それは危険な思想である。禁煙者が「1本だけ吸おう」と言っているのに似ている。おそらく1度では済まないだろう。そして連続犯に堕ちていくのだろう。
健常者には分からないと思うが、病的なロリコンであることは大変な精神的苦痛をともなうものである。だが彼らを治そうという動きはなかなか見当たらない。病気として認められていないのだから当然なのかも知れないが、ただオナニーで我慢しろというのではなく、彼らを救済する手段を考えることも必要なのではないかと切に思う。
参考
http://image.blog.livedoor.jp/brynhidr/imgs/7/a/7aec0b0e.jpg
手の込んだロリ雑誌のジョーク広告なのだが、真に受けて精神科に行ったり、医師会を104で調べた人もいるという。みんな悩んでいるのだ。
それから通報祭りを開催予定の方々、私の行為は説明したように犯罪ではない上、とうに児童福祉法の公訴時効(5年)でさえ過ぎてるので(条例の時効は3年)、おまわりさんのお仕事を邪魔しないようにね。
30代チビデブス女、当然処女だけど別になんかもういいやって感じの自分。
ちょっと好きな人が居た事もあるけど、全然何も起こらず、自分でも起こらなくて良かったとか思っちゃってる。
そういう私ですが、とある人がどうも好意を寄せてくれているように思う。
親の知り合いで、多分40代くらいの、メタボ男性。夢見がちで語りたがりの一般人。
親とその人と一緒にたまたま2,3回飲む機会があって、そのときに知ったかぶりのインテリ風を吹かせたら、なぜかそれが気に入られたらしい。
で、本来ならこんな自分を気に入ってくれたことを、純粋に喜ぶべきだと思うんだが…白状するとキモい。
自分語りが多いのがキモい。会話の途中で不自然に私を褒めるのがキモい。ことあるごとに握手を求めてくるのがキモい。何よりも、私に好意を持っているらしいというその事実がキモい。
だいたい、ちょっと知ったかぶりしただけで、それが気に入るってどういう神経だよ。私の言ってることなんて、ネットで仕入れた知識の受け売りばっかなんだよ。本当に見る目がある人間なら、蔑みこそすれ褒めるなんてあり得ない。バカだろアンタ。
それともアレですか、一見普通におしゃべりしてくれたからですか。おしゃべりしてくれる女なら、どんな売れ残りチビデブスでも構わないんですか。モテないだろアンタ。
いやもう、我ながら酷い。そんな偉そうなことを言える立場じゃ全くないのに。特に嫌なことされたわけでもないのに。っていうか、そもそも本当に好かれてるかどうかだって怪しくて、結構な確率で私が勝手にそう思ってるだけの、自分こそ非モテの極みなのに。
もしこれが女の感じ方だっていうなら、女ってクソだなあ、と思った。
とりあえず、これ以上その人と一緒に飲む機会ができないように気をつける。
仮にそれが避けられなかったとしたら、なるべくブスッと黙ってることにする。
ごめんなさい、色々無理なんです自分には、本当に。
っていうかネタバレしかありません。
いきなりラストシーンから引用したりするので未読の人は気をつけてください。
※ ※ ※
・今日の虐殺(2) - 伊藤計劃:第弐位相 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20070710/p1
エピローグで主人公はあることについて大嘘をついているかもしれなくて、事実はどうなのか、は一応それまでに触れられているかもしれない、
わかりました。わかりましたよ。
「大嘘」というのは、
ぼくは罪を背負うことにした。ぼくは自分を罰することにした。世界にとって危険な、アメリカという火種を虐殺の坩堝に放りこむことにした。アメリカ以外のすべての国を救うために、歯を噛んで、同胞国民をホッブス的な混沌に突き落とすことにした。
とても辛い決断だ。だが、ぼくはその決断を背負おうと思う。ジョン・ポールがアメリカ以外の命を背負おうと決めたように。(p.281)
で、「事実」というのは、
「そのジョン、って人は、終末に惹かれているように聞こえるね」
ぼくは言って、ジョン・ポールの好んだ風景を想像しようとする。ひたすら屍体の山を築き上げながら世界を移動するこの男が好んだ、廃墟の物語。
ジョン・ポールが夢見ているのは、そんな廃墟と化した地球の姿なのだろうか。無人の宇宙ステーションとして太陽の周りをぐるぐる回り続ける、宇宙船地球号。異星人が立ち寄って、かつてここに文明があった痕跡を認めるも、その主人はすべて死に絶えて、ただ整然とした建築だけが地上に突き出ている。(p.99)
ジョン・ポールはサラエボのクレーターの縁に立った。そこで妻と子供を失ったこの男がどのような感情に襲われたのかは、当然ながら記録からは想像するしかない。しかし、とぼくは思った。自分が魅かれていた小説の風景が、そこに現前しているのを見たとき、人はなにを思うのだろうか。(p.108)
ぼくは、その光景を想像して、不思議な安らぎに包まれている自分に気がついた。
それは、ぼくが見る死者の国の夢と、そう変わらない風景だったからだ。(p.100)
です。たぶん。
※ ※ ※
281ページでグダグダ語っているのは“プラカード”にすぎません。
・さすらいびととして死ぬこと http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20060124/p1
最後に映し出される在りし日のWTCを以て、ブッシュ批判をすることだろうか。帝国主義を告発することだろうか。
もちろん、そうであってもいい。けれど、そういうことはラストシーンを見ればわかることだ。そういうのは、いわばプラカードみたいなもので、誰にでもわかるように大きな字で書かれているものだ。多くの人は「そうだろうな」とあらかじめ自分の中にあった同じ結論と同じテーマを再確認するだけだろうし、そうでないひとびとは、抑止力としての暴力を信奉し続けるひとびとは、まったく意見を変えることなく反発するだけだろう。
主人公クラヴィス・シェパードは、ただ夢で見た“死者の国”をアメリカに現出させたいだけなのです。
・「ゾディアック」 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20070702/p1
ある物事を主人公たちに見せつけることそのものを目的とし、その見せ付ける過程が映画になってゆく、そんな悪役を「世界精神型」と呼ぶ。
そのわかりやすい例はというと、やはり「パトレイバー」シリーズの帆場と柘植だろう。帆場は或る「風景」を見せつけ、しかる後に別の風景を現出させる「東京に対する悪意そのもの」だ。帆場は映画における憎悪として純化された階梯へステップアップすべく、映画冒頭で自殺し、キャラクターであることすらやめてしまう。
「2」の柘植もまた、世界精神型の敵役だ。よく柘植の目的を「平和ボケした日本に『普通の国になれ』と目を覚まさせるために」なんておポンチな勘違いをしている人がいるけれども、それはぜんぜん違う(まあ、普通に映画見てればわかるようなもんだけどね)。柘植の目的は、劇中でも語られている。東京という空間に戦争という時間を現出させること。都市を舞台に戦争を演出することだ。人々の前に、日常とは異なる時間を描き出すこと。それこそが目的なのだ。それをすることで政治的にどうこう、とか国民意識を変えよう、とかヘボいレベルに柘植はコミットしない。それは演出家では無いからだ。
世界に認識の変革を迫るヴィジョンを演出することで、ある事物の本質を抉り出すことそのものを目的とし、どんな現世利益的な欲も動機や目的にはしない、そんな悪役。世界を支配するのでもなく、政治的な目標を達成するのでもなく、金をもうけるのでもなく、ただある世界観を「われわれ」の世界観に暴力的に上書きする時間を演出する、それだけを目的とした悪役たち。それが「世界精神(ヴェルト・ガイスト)型」の悪役(というか、敵役、と言ったほうがいいのかもね)だ。
・ダークナイトの奇跡 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20080723
この映画のジョーカーは悪意そのもの、人間の心理のどぶ底を浚ってくるクズ拾いのような世界精神(ヴェルト・ガイスト)型ヴィラン、金や権力など目もくれず、ある世界に人々を誘うことそれ自体を目的とするタイプの観念型悪役、すなわち、
の系譜に連なり、その中でもジョーカーは、上記の存在がどちらかといえば「社会」そのものをターゲットにしているのに比べ、心理の集合体、個の集合体としての世界を抉り、新たな世界観を観客に見せつけるどぶ底の狂言回しとして描かれている。
シェパードの感じた安らぎは終末の安らぎです。
・宇宙戦争 http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20050701/p1
「A.I」で人類滅亡の唄を描いたスピルバーグは、この映画で再び終末を描く。通信が途絶し、軍隊は通り過ぎてゆく。外界と遮断され、地下室に閉じこもったまま、外の世界を知る術はない。見事なまでに終末SFの王道っぷりだ。世界が「寂しく」なってゆくこと。世界からさまざまな要素が抜き取られ、閑散とし、やがて風の音のみが唄う風景がやってくるだろう。そんな終末への憧れを、スピルバーグは怪獣映画として描く。
人がゴミのように死んでいくなか、世界は寂しくなっていく。怪獣が世界を蹂躙し、我々は反撃の機会すらロクに与えられず、ただただ暴力の羅列を観ているしかない。そして、世界が終わる。
終末は、個人の視線から世界の断絶として描かれる時にのみ、それ独特の感動を生み出すのだ ──「ターミネーター」で、嵐が来るというガソリンスタンドの主人の言葉に答えを返すサラ・コナーの表情を観ていてなお、反撃する人類や大統領や活躍する軍隊を、カタルシスを描け、と阿呆のように要求する者は、終末の喜びを理解せぬ者たちだ。個人の視線から世界の終りが描かれることの喜びを、冷戦が終わってから久しく忘れていたこの感動を、「宇宙戦争」はひさびさに味わわせてくれる。世界が終わることの安らぎを。
※ ※ ※
『虐殺器官』は、主人公が自分の夢を実現させる手段を手に入れて家に引き篭もるというお話なのでした。
こう書くと“ボンクラ”っぽいですが、まあ事実ボンクラですよね。作中で男友達とジャンクフード食いながら「プライベート・ライアン」をリピートして見てたりして。
あと、帆場/柘植/ジョーカーが自分のヴィジョンを実現させる手段を自力で調達していたのに対し、シェパードは他人からタナボタ式に譲り受けただけ、というのもヘタレっぽいというか。
ボンクラ少年がボーイ・ミーツ・ガールして世界に直結するセカイ系と似たようなもんで、ボンクラ特殊部隊員がボーイ・ミーツ・デウスエクスマキナで世界に直結ですよ。
※ ※ ※
ところで、ジョン・ポールを巡るドラマはいかにも“弱い”ものです。
彼の理屈は、第一部に登場した“標的A”の理屈とほとんど同じです。
「虐殺だと。われわれの平和への願いをそのような言葉で冒涜するのか。これは、われわれ政府と国民に対する卑劣なテロリズムとの戦いなのだ。」(p.43)
ようするに、“彼ら”がいると“われわれ”に危害を加えてくるかもしれないから根絶やしにしましょう、平和のために、と。テンプレート通りの虐殺指導者ということです。
補足ですが、「決断を背負おう」だの「アメリカ以外の命を背負おう」だのも含めてテンプレです。
・http://d.hatena.ne.jp/flurry/18000920
「イェルサレムのアイヒマン」においてハンナ・アーレントは、ナチスの処刑者たちが自らの恐るべき行為に耐えた方法を正確に説明した。彼らのほとんどは全然邪悪ではなかった。彼らは自らの行動が犠牲者に屈辱や苦しみや死をもたらすことを知っていた。この苦境に対する彼らの逃げ道はこうであった。
「『私は人々になんと恐ろしいことを行ったのだろう!』と言う代わりに、殺人者たちはこのように言うことが出来た。『職務を果たすときに、なんという恐るべきものを私は目撃しなければならないのだろう! 私の肩に背負われた務めの、なんと重大なことよ!』」
このようにして彼らは、誘惑に抵抗するためのロジックを反転することができた。彼らの「倫理的」な努力は「殺さず、拷問せず、恥をかかせないという誘惑」への抵抗に向けられたのだ。こうして、哀れみや同情という自然な倫理的衝動に背くという、まさしくその行為こそが、倫理的に崇高であることを証明するものとなってしまった。職務を果たすことは、誰かに危害を加えるという重荷を引き受けることを意味したのだ。
こういうテンプレ発言に対しては作中でシェパードやウィリアムズがツッコミをいれていたのですが、ジョン・ポールに対してはなんのツッコミも入りませんでした。いわばボケっぱなしの状態なわけでして、ここは読者が「おなじかよ!」と突っ込むところです。
どんな戦場でも、どんな悲惨でも、同じような人間が同じようなことを言う。コメディ番組みたいだ、とウィリアムズはぞっとするほど朗らかな声で笑った。繰り返しはギャグの基本だからな、とつけ加える。(p.209)
・ぼくとあなたはちがうということ http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20060211
要するに、人が一人一人ちがうものだということをすかっと忘れて「アメリカ人」とか「朝鮮人」とか「アラブ人」とか「中国人」という民族と国家の(が大体の場合雑にいっしょくたになった)ラベルでしか人間を観ていないからです。
小説のラストで主人公までもが繰り返しギャグに参加しやがった……と思いきやそれは“大嘘”だったというのはすごくいいですね。
作中で虐殺されていった人たちのドラマには触れず、アメリカ人の死だけに寄り添う。「被害者のなかに日本人はいませんでした」と添えるニュースのような居心地の悪さ。人は見たいものしか見ない。
そしてこのことは織り込み済みだったと思われます。
・http://d.hatena.ne.jp/Projectitoh/20050130#c1107181793
それは私が安手のスパイ小説やアメリカ製の戦争アクション映画で思春期を過ごしたからです。私は歴史そのもの、政治そのものを扱いたいというよりは、関心のあるフィクション群を相互にリンクさせその関係性を説明するツール、としての世界や歴史に関心があるんだと思います
・プライベート・ライアン http://web.archive.org/web/20070307060600/www33.ocn.ne.jp/~projectitoh/cinematrix/roadshow_12.html
この映画の、センチメンタルな物語的部分を「この映画の弱点」だとする人がいる。
ニューズウィークや文春などの映画評をみても、この「物語的」部分には納得しかねる人は多いようだ。確かに、そのような場面で泣いている観客もいたし、そうしたセンチメンタリズムを、これまでのスピルバーグ作品の文脈で解釈しているような貧弱な感性では、確かにそうした拒否反応がでるのも当然だ。
だが、いやしくも映画を評論するものなら、その「物語」の弱さをここぞとばかりに非難するのではなく、逆に怪しむべきだ。
この映画の物語は、きちんと体裁の整った、泣こうと思えば泣けるセンチメンタリズムを内包したものだ。
しかし、あの戦闘シーンの、凄絶という言葉ではとても語り尽くせない臨場感の前には、あまりに弱い。
だが、私はふと思った……スピルバーグは、物語を「弱い」ものとしてあえて導入しなければならなかったのではないか、と。
物語がいかに「容赦のない映像」の前に無力であり、白々しいものであるか。それを指し示す為に、あえて無力な物語を導入したのではないか。スピルバーグ自身がそう考えているかどうかは知らないが、少なくとも、この映画の「物語」は、私の中で「映像」の鮮烈さを、暴力性を、補強する対比の機能を果たした。
それは私の中で「弱点」ではなかった。
オマハ・ビーチの映像を前に、物語の無力さを徹底して暴き出す、演出装置のように見えた。
あの映像の前に物語はいかにも無力だ・・・物語はなにも「語れ」はしない。ただ、見えるものの凄絶さ、映像的な描写のみが、観客に何かを「語り得る」、その事を伝える為の「無力な物語」なのではないか。
あなたはこの結末に耐えられるか?
と書いたようですが、私としてはまったく逆で、あの結末でなかったら耐えられなかったと思います。冒頭のオマハ・ビーチのない「プライベート・ライアン」みたいなものですからね(それと最後のアレがない「未来世紀ブラジル」)。
※ ※ ※
『虐殺器官』は、世界(スターバックスとドミノピザの世界)が塗り替えられはじめるところで終わります。世界が変わってしまう予感に満ちたシーン。
これに対応するのは、劇パト1の自衛隊レイバー暴走/劇パト2のベイブリッジ爆破/ダークナイトのマフィア会合にあらわれたジョーカー、といったところでしょうか。
いわば『虐殺器官』とは、帆場が飛び降りる場面/柘植が東南アジアで闘う場面/ジョーカーが銀行強盗をする場面、を延々と描写した小説なのです(編集の都合上、帆場の来歴をたどるシーンもあったりしますが)。
twitterの公式アカウントで微妙な発言をした産経さんですが、日本語版twitterは自重せず微妙な発言をするのに使用するものなのですからこれからもどんどん微妙な発言を重ねていただきたい。
J-CASTさんは産経さんの謝罪発言をいち早く伝えるなど、twitterの性質をよくわかってらっしゃる様子。感心しました。
個人的には報道各社の本音バトルがtwitter上で見られると大変面白いのですが。○日と○経の殴り合いとか。J-CASTがそれを遠くから見守ってるの。
| 産経新聞社会部 | 産経新聞が初めて下野なう(2009-08-31 05:34:52) | ■ |
| 産経新聞社会部 | でも、民主党さんの思うとおりにはさせないぜ。これからが、産経新聞の真価を発揮するところ。(2009-08-31 05:36:49) | ■ |
| 産経新聞社会部 | 乞うご期待、ということで、13日間に渡った本ツイッターはこれにて終了させていただきます。ごフォローありがとうございました。またアレします。(2009-08-31 05:41:01) | ■ |
| 産経新聞社会部 | 下記の発言について、たくさんの厳しいご意見をいただきました。軽率な発言だったと反省しています。ご不快の念を抱かれた方には、お詫び申し上げます。(2009-08-31 17:15:12) | ■ |
| 産経新聞社会部 | 産経新聞は、保守系の「正論路線」を基調とする新聞です。発言は、新政権を担う民主党に対し、これまで自民党政権に対してもそうであったように、社会部として是々非々の立場でのぞみたいという意思表示のつもりでした。(2009-08-31 17:15:44) | ■ |
| 産経新聞社会部 | また、本ツイッターは、新聞という媒体だけでは伝えられない臨場感や現場の記者の思いを伝えるための社会部としての試みでした。(2009-08-31 17:16:07) | ■ |
| J-CASTニュース | RT @SankeiShakaibu: 「産経新聞が初めて下野なう」http://twitter.com/SankeiShakaibu/status/3651457841(2009-08-31 17:26:41) | ■ |
| J-CASTニュース | RT @SankeiShakaibu: 「でも、民主党さんの思うとおりにはさせないぜ。これからが、産経新聞の真価を発揮するところ」http://twitter.com/SankeiShakaibu/status/3651489549(2009-08-31 17:27:50) | ■ |
| J-CASTニュース | 産経新聞、謝罪なう。http://twitter.com/SankeiShakaibu/status/3662041584(2009-08-31 17:29:04) | ■ |
| 産経新聞社会部 | これまで同様に客観的な事実に基づき、中立的な立場に立った上で、公正な報道をするよう、さらなる努力をしていきます。(2009-08-31 17:39:30) | ■ |
「産経新聞は、保守系の「正論路線」を基調とする新聞です。」と言っておきながら「中立的な立場に立った上で」というのがよくわからないのですが、そんなことはよくわからないままでもいいのでしょう。NHKも「中立的な立場で」と言ってるくらいですから。両論併記すればいいってもんじゃないでしょうに。「中立」とは何か。答えられますか?
「客観的な事実に基づき」というのは当たり前ですが、非常に重要だと思いました。
発言からは、民主党中心の政権が誕生するにあたり産経新聞の記者さんたちが非常に熱くなっているのが伝わってきます。それは、一読者として大変うれしいことです。一国民としては、頼もしいなあと思います。個人的には、熱意を持って仕事をされておられる姿に元気付けられます。
麻生首相の「読み間違い」レベルの報道なんか聞きたくありません。もっと、こう、政治とは何か、国家とは何かを考えさせられる記事が読みたいのです。もちろんそれは「事実に基づいた記事」の上に成り立つものです。結論ありきの記事の上に記者の個人的感想を述べられても困ります。
保守ってなんでしょうか。民主党政権の誕生を嘆くことでしょうか。自民党の再生をひたすら願えば保守になるんでしょうか。
国家の存続と反映を願うのなら、嘆くより先にやれることがまだまだあると思います。
がんばってください。応援しています。
http://anond.hatelabo.jp/20090830204423
の続き?完結だといいなあ。
昨日母が手に負えない状態になってきてしまったので結局夜に119番して救急車呼んだ。最初自分が電話したんだけど119番で「暴れるようなら警察に~」とか言われて軽くパニック起こして結局父に代わってもらって救急車にきてもらう。田舎だからか野次馬さんがちょこちょこいた。そして生まれて初めて救急車に乗ってそのときはなぜか余裕があって救急車の中観察したりしてた。病院では血液脳髄液の検査をしてもらうものの異常なしで精神科に入院決定。医療保護入院という形。今は鍵付きの部屋&場合によっては拘束もありと言われてそのときは父は何度もかわいそうだなあとぼやいていた。日付も変わってしまってもう夜も遅いのでと言われタクシーで帰ってちょっとだけ寝て今日また病院で父と共に医師の説明を受ける。一過性のものであろうという診断でちょっと安心したけどまだどうなるかはわからんよなあみたいな。入院に必要な荷物を病室に持って行ってそのときはまだちょっとトイレで暴れてたみたいだけどそのあと足りないものを売店に買いに行ってまた病室に行ったら母が看護師さんの付き添いうけて歯を磨くところだった。相変わらず言動はアレだったけどおとなしくはなってたので昨日薬で眠ってたからちょっと落ち着いたみたいだなあと父と安心した。歯を磨くとこを見て拘束もテレビドラマとかで見るようなガチガチなものではないようだと父は安心していた。早く母が落ち着くといいな。まあなんかまだいろいろ大変だとは思うけど頭の中の整理も兼ねて書いてみた。自分のメンタルのケアもしなきゃならんなあ。心療内科の予約は来週なんだけど明日電話して診てもらえるようなら行こうかな。なんか落ち着かないというか不安というかgdgdです。さすがに父にこれ以上負担かけたくはないし踏ん張らないと。
一過性だから甘い。フヒのコストが発生してカタカタの道理を理解させられない
優しいのは悪習だと思うし、弛みの時刻に着くと思います
洗濯掃除は日曜。夏に殴られた将来性。ゴルフバック届いています。
なけなしで十分だわ。なめられてるのは今時いない過労死。
散文上等。知られたい私です。失敗もスパイスかもねと取り組んで低位株私です。
失敗も知られたい。私ですら知られたい。
全てを失ってまで欲しかったのは安寧。
僕は基地外。
恨んだことはない。ありがとうと便利な言葉。今までありがとうと伝えれば。
自殺はしたくないけど早死にしたい。自殺を認める宗教観。ストイックに。
どう?やったね僕は基地外!
大路を走らば僕と一緒に僕は駆け出すナルシズム疾走
浮かんで浮かべている。他人をなめられて責め立てられせざるを得まい
回避性の高校生だった片隅。もう若くはない。孤独な子供はもういない。
光に包まれて意識を遠くにやるように子供のころのまま死にたいコピペが心の支え。
みんな辛いらしい。死にたい死にたくないと地球人。宇宙人がそんなに突飛か?太陽にだって宇宙人は住んでる。
奇を衒う僕。ばかねえと優しくほほえむ僕。僕に心惹かれる僕。ソープに行っても変わらなかった僕。僕のことしか見えてないほどぞっこんな僕。
撲殺。
悦楽を分からせられないほうが悪い。タナトス?すいませんでしたね?
また便利な言葉だ!今が最高のやめどきだ!
漏れるばかりであった。私愛されたい。約束を叶えられないのは回避性人格障害のせい。薬は別件常識人。
すいません
すいませんすいません
口の中で繰り返すすいませんモゴモゴペチャクチャは殴り殺したい。
日曜だからといって鬱にはならないんですよと僕に愛想笑い。でも本当にいつもと同じ。ここにテレビはないからサザエはいない。
死ぬか殺すかしたいと僕が思えばそんなこと言わないでと僕。
今僕は中学生だ高校生だ。だからこの感性は正常。基地外のフリとして基地外の仲間入り。でもやっぱり基地外。だから。マインドセット。ははは。
格差社会のせいにされることが怖い。政治のせいにされることが怖い。欲しいものは安寧。
以上、精神異常者っぽい書き込みをしてみました。いかがでしょーか?(´・ω・)
明日人身事故があったら僕です
熱を通して息がただ欲しかったのに何故かいつも回避性人格障害。自己診断。
とても大切なヘドロのような臭い汚い片想いが錆びてもう無臭だけど行きたいところがもう
僕のことを知らない僕が好き。
もう十分同じ場所に留まった。
人類は僕に生きろとささやくんです
本当に残酷です
もとから生きる価値はないと思ってるから死ぬ価値が、死ぬ理由がないんです
金賞をとった作品を誉められているとき、地面に叩きつけて壊してしまった
「良い奴だ、親友だ」と言われたから殴ってしまった
「上手だね」と言われたから辞めたアレコレ
誉められるのが嫌なんだ
理解してくれ。理解してください。