はてなキーワード: ふつうとは
「プログラマという職業は『ふつう』の人には厳しくないか」というエントリーにまつわる、様々な反響を見てふと思うことがあったので、匿名で書いてみようと思う。
プログラマーという仕事は、普通の仕事と大きく異なる部分がある。成果物であるプログラムの品質は、労働時間に必ずしも比例しない。長く時間をかけたとしても、駄目なプログラムは役に立たない。
業界の一部で横行している、無駄なロジックを何度も書くと言った行為は本来評価すべきではない。バグの巣窟になりやすい、コピーアンドペーストなんて論外だ。本来、プログラマーに求められるのは怠惰さともいえる。オブジェクト指向にせよ、いかに同じロジックを書かないかという目的もある。
むしろ、短期間に集中して無駄の少ない簡潔なロジックを書くことが求められるべきだろう。長時間の労働はプログラムの質を低下させる。長時間やったほうが効率が上がるというプログラマーは、本当に集中して仕事をしていない。個人差はあるだろうが、本気で仕事をしてれば、10時間もやっていれば疲れが出てくる。納期前日はともかく、平常は無理をしても全体的なパフォーマンスが落ちる。
労働としては、コピーライターに近いと思う。こんな少ない文字数の文章に、いくら払っているかと思われるだろうが、労働の質が異なるのだ。品質の高いプログラムを書くためには、技術情報収集をしたり、風呂に入ってぼんやり考えたりといった、「仕込み」が効いてくる。この仕込みが最終的な成果物につながる。
しかしながら、こういったプログラマーの仕事は一般的な労働の尺度では理解しづらいだろう。自分がある程度プログラムを書いたいた人間は、ある程度理解できるだろう。しかしプログラミング経験の浅いプログラマーはそれを理解できない。上流SEと称して、発注伝票を切ることしかスキルの無い連中は、そういった感じではないだろうか。
さらにいえば、体育会系の人間にはそのあたりが理解できない。体育会系といってもイチローや中村俊介のような卓越したスキルを持つわけでもなく、絶対服従と忍耐力だけしか能の無い連中だ。彼らは、成果物イコール労働時間と考える。だからプログラマーが「怠惰」であることが許せない。彼らが評価するのは労働時間だ。
僕は、体育会系で有名な大手元請けのプロパーとして働いていた。そこで働いているうちに、仕事のスタイルに疑問を持つようになった。そういった疑問や無力感が重なっていき、精神を病み、今でも後遺症に悩まされている。幸いにも生活保護を受けられているのがせめてもの救いだ。
日本の情報産業はもう駄目だと思っている。中国、インド、韓国はもちろん他の新興国にも追い抜かれる可能性があると考えている。僕の見てきた限りでは、業界の病巣は根が深い。個人的にはプログラマーがゼネストでもして、たちの悪い元請けを一社潰すくらいのショック療法を行わないと、状況は変わらないと考えている。
全滞在を一般ホテルにすると高いのでほとんどバックパッカー向けの宿を利用しているのだが、
いま泊っているところにいる白人男が気持ち悪くてしょうがない。
そいつはこの国の人間で、他州出身だけれど一時的にこの州でバイト生活をしてるらしい。
37歳になるまでずっとバイト暮らしだったわけではないらしく、
海軍に属して生活していたこともあるらしいのだが、
それ以降はバイトで金を貯めたら(福祉の行き届いた国なので無駄遣いしなければ生きていける)海外を旅したりする生活を続けているらしい。
私が食堂で夕食を食べていた時に数時間話したのがはじめの接点で、
互いの国の経済状況や社会問題などを紹介しあえたので楽しい時間を過ごせたと思っていた。
しかしそれ以来、
私が共有スペースにいると必ず、その部屋に用事があるわけではないのに入ってきて
「やあ、調子はどうだい?」「今日はどんなことしたんだい?」
などと、ハイすぎる感じの笑顔で手を振ってきたり話しかけてきたりするようになった。
気軽にそういう問いかけをするのはこの国では一般的な行為なので、
はじめは人に話しかける時にハイテンションになるタイプの人なのかと思っていただけだったが、
毎度毎度やってくるならば、
人がイヤホンしながら料理に集中してる時に話し続けてくるのも鬱陶しくなり、
しまいにはそれが他の旅行者に対してはとられていない行動であることにも気付くようになった。
彼女は英語があまり分からなかったから今は挨拶をする程度なのだが、
はじめは会話が成立するわけでもない相手に対してやたらと話しかけてくることに違和感を感じたという。
厳密には、他の旅行者や長期滞在者ともふつうに話しているようなのだが、
一人でいるところに一々やってきて変に親しげな口調でベラベラ話しかけたり、
相手がいらないと言ってるのに「この○×おいしいよ」と数度にわたって果物を薦めたりはしないのに、
それが気持ち悪く、
数日前から「調子はどうだい?」と聞かれた際に「悪くないよ」と答えて自分の作業に集中し続けるようにしているのだが、
どうしても接点を持ちたいのだろうか、
今さっきもすれ違っただろう!というぐらい、何度も言ってくる。
何度も「調子はどうだい?」と聞けば、
そのうち「今日何回も言ってるじゃない」など、
「(調子は)悪くないよ」以外のセリフが出てくるだろうと計算して話しかけているようにしか思えない。
他の人と話していた時にそいつがそばをすれ違ったので一緒に軽く挨拶した際も、
わざわざ私に対してはもう一度言ったり、その数分後にまた言ってきたり、
親しい関係でない相手にとるにしては極めて粘着質な行動で本当に気持ち悪いのである。
数時間話して仲良くなったと思った相手がそれ以降たくさん話してくれなくなったから変に思ってるのかもしれない、
もう一度ふつうに話かけてみれば気にしなくなるだろう、
と思うだろうか?
個人的には、
前提はそうかもしれないと思うものの(それならばそれで年齢のわりに愚かだと思うし、やはり悪印象しか得ないのだが)、
結果に関してはそうなると思わない。
なぜなら、話しかけたいと思っている相手だからしつこく、それも遠回しな形で機会を探っているのだと思うからだ。
本当に理由だけ探りたいのなら調子はどうだいと尋ねる前に「なんかあったの?」と聞くだろう。
それすらどうでもよければ私の反応に合わせた挨拶しかしなくなるだろう。
まあ最悪の類ではないと思う。
しかし同じ女性旅行者でもヨーロッパ系にはこのように話しかけないところを見ると、
やはりアジア人女性ということで良くも悪くも偏見を持たれているということに憤怒を覚えるし、
アジア人女性はより女性らしくて優しいので自分を受け入れてくれるという勘違い、
正確にはアジア人女性だけならずアジア人全体にそういう印象を持っている奴も少なくないようだが、
要はアジア人は西洋人と異なる文化、思考体系を持つから西洋人と同じ方法で自己主張、表現をしないだけなのに、
それを自分たちの型に当てはめて考える結果、
「アジア人は優しい→西洋人に比べて同じ行動をとった時の反応が優しい」と勘違いするのだ。
もちろん西洋人をひとくくりにするつもりはないし、
アジア人にも反対のことが同じように言えるわけなのだが、
一緒くたにして比べるとアジア人の自己表現の方が一般的に控え目なので、
勘違いされたまま不愉快な行動をとられるのはアジア人の方が多いと思う。
私は異文化出身の人間に事情を説明するのも苦手な方ではないので、
普通であれば直接相手に訴えればいいだと思う。
しかし今回はどう考えてもYellow Feverが入ったところがあると思うので、
気持ち悪すぎてとにかく接点を持ちたくない。
死んでほしい。
そんなこと言ってはいけないのは知っているし、
もはやそいつの声から外観から、
すべてが気持ち悪いのでとにかく消えてほしい。
こういう気持ちの悪さをどう吐き出せばいいのかわからない。
口で吐き出そうにも上手く言葉にできないし。
ヨーロッパ系の人にはやはり言いにくいし。
まあ気付いたことといえば、
学生や若者でもないのに格安宿に長期滞在するタイプの現地人には変な人の割合が多い、少なくない、
ということか。
Yellow Fever的なことでなくても格安宿にはワーキングホリデー利用者が多く、
偶然かどうか、ワーキングホリデー利用者の日本人には高学歴の人が少ないような印象があるのだが、
彼らの中には社会人経験があっても自国の事をあまりに知らない人や、
そのため日本のネガティブな「印象」しか語れない人も少なくないらしい(私も実際に遇った)。
そして格安宿をよく利用する現地人にはこういうところでしか日本人との接点がない人も多く、
これまでに平均像とは言えない日本の話を聞かされたり、変な同情をもらったりしたこともあった。
そんな息苦しいとこじゃなくて(自分と一緒に)ここで暮らそうよ♪、
というようなことを口にする、他文化に対して無神経で超単純思考な糞阿呆もいる(同国人が見てもどうしようもないタイプであるのは確かだと思うが)。
気持ち悪い人間に遭う機会を減らすためにも
76歳の祖父が不登校気味の15歳の孫に「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」と猟銃を突きつけたら孫は必死で逃げ警察に通報、祖父逮捕。という事件。
http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20100202ddlk28040453000c.html
その記事についたブックマークコメントに祖父擁護が散見されるのが気になります。
http://b.hatena.ne.jp/entry/mainichi.jp/area/hyogo/news/20100202ddlk28040453000c.html
「仮に不登校気味の孫を思う情景だとしたら、いいじーちゃんじゃねーか。」
「ちょっとした荒療治だとおもうんだけどなぁ…子供も親をたよらずいきなり110番とは…」
「孫のいきなり110番っていう発想がおかしい.家族とここまでコミュニケーションが出来ないというのは怖い.」
「こういう荒療治そのものは否定できない。」
まず確認しておきます。他人に銃口を向けてはいけませんね。たとえ弾が入っていなくてもです。空っぽのつもりで人に向けて撃ったら入っていて死亡、という事件はたまに起きています。タマだけに。いやすみません。人に銃を向けるような人間に銃の保有許可がおりていることに戦慄します。
次に、不登校は問題ではありますが、登校拒否児になるよりはいっそ殺した方がマシ、学校 or DIE!!というレベルでは全然ありませんね。その子にも学校に行けない事情行かない事情があるわけで、事情を解消するなり迂回するなりを手伝ったり見守ったりするのが親や家族の役割でしょう。まだ15歳の子供です、悩んだり迷ったり遠回りしてもいい。始まりと終わりを直線で結べない道が、この世にはあります。学校に行かないくらいで殺され(そうにな)る謂れはありません。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
ちょっとおかしいですね。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
ミルコが、お前は何を言っているんだと言いそうです。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
ローカルニュースの老人大学卒業式を見ながら、卒業したらどこへいってしまうのだろうともやもやしたことを思い出します。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
祖父も「人参食うのが嫌だったら、一緒に死のうか」などと脅されて育ってきたのでしょうか。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
もしかして孫が「死ぬのは嫌だから学校行くよ」という展開を想像しているのでしょうか。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
だったら孫の気持ちが全然わかってません。
「学校に行くのが嫌だったら、一緒に死のうか」
銃口突きつけられた孫の気持ちは「爺ちゃんに殺される!!」「爺ちゃんボケよった!!」のどちらかあるいは両方です。生命の危機に直面しながら学校のことについて冷静に考えられる人は少ないでしょう。不登校の話はふっとんだ。
死ぬのは嫌だから通報するよ。何も責められることではありません。羽曳野で猟銃殺害事件もありました。祖父が孫含む家族4人を殺した千葉の事件もあります。親を頼る?孫は銃に弾が入っていないことを知りません。猟銃より強い親なら頼もしいですが、親に知らせたところで一家全員殺害が関の山と考えたとしても不思議はないでしょう。
荒療治にも程度というものがありまして。
ふつうこんなことで猟銃突き付けないだろ。家族とここまでコミュニケーションが出来ないというのは怖い。
殺人未遂容疑というのは少し気になりますが。
最後に、たったこれだけの記事で
「猟銃ぶっ放したい気分は良く分かる。」
と書いている人は今すぐプリントアウトな。
古今、こういう「嘘や間違いを指摘されても引き下がれないタイプ」って珍しくもないんだけど、ガメ氏については他の大多数の「ごめんなさいが言えないクン」とは違う点があるのが興味深い。
ふつう、この手の輩は、元々人望がないことが多い。プライドが高すぎて間違いを認めたり謝ったりすることに苦痛を感じる人は、だいたいどこに行ってもすぐに他人と摩擦を起こすので、ネットで継続して書き込みをしていると「またおまえかw」的な評判が付着していることがほとんどという印象がある。
でも、ガメ氏の場合、こうしてボロが出るまではかなりファンの多い「読ませる書き手」だった。「ごめんなさいが言えないクン」であることがバレても擁護者が出るくらい、人気があった(擁護者の「質」はさておく)。
これって、実は当のid:Apeman氏にもそのまま当てはまるよね。
トリアージ論争とか自衛論争とかで、「相手の言ってもいないこと」を攻撃しまくっておきながら、そのことにいつまでも頬被りを決め込んだまま、内輪に勝利宣言を繰り返してるだけだし。
「BC級戦犯裁判で米兵捕虜にゴボウを食わせたのが虐待だとして死刑を宣告された事件の【裁判記録】を読んだ(そして涙を流した)」
というエントリを書いてその真偽をid:Apeman氏に質され、Apeman氏の態度を問題にして回答を拒否し、ブログを閉鎖する様子、そしてその周囲の反応をを横から眺めて思ったこと。
古今、こういう「嘘や間違いを指摘されても引き下がれないタイプ」って珍しくもないんだけど、ガメ氏については他の大多数の「ごめんなさいが言えないクン」とは違う点があるのが興味深い。
ふつう、この手の輩は、元々人望がないことが多い。プライドが高すぎて間違いを認めたり謝ったりすることに苦痛を感じる人は、だいたいどこに行ってもすぐに他人と摩擦を起こすので、ネットで継続して書き込みをしていると「またおまえかw」的な評判が付着していることがほとんどという印象がある。
でも、ガメ氏の場合、こうしてボロが出るまではかなりファンの多い「読ませる書き手」だった。「ごめんなさいが言えないクン」であることがバレても擁護者が出るくらい、人気があった(擁護者の「質」はさておく)。
「一目置かれているブロガー」だったらたくさんいるけど、ここまで「ファンがつく」ブロガーって珍しいんじゃないかと思う。
それから、今回の「ゴボウ事件」が起こる前から不思議だったのは、なぜガメ氏の「日本人(日本語native)ではない、英語圏で生まれ育って日本語はいま勉強中の身」という設定をまるっと信じて疑わない人がこんなに多いのかなあ、ということ。
ガメ氏が日本語nativeでないはずがない、自己申告は100%ウソ、ということは子細に検証しなくても感覚的にわかるだろうにと思ってたんだけど。たまたま私が日本語を勉強している外国人と接する機会が多いからなのかもしれない。
日本が大好きで10代のころから日本の漫画や小説やテレビを読みまくり見まくって、大学でも日本語を専攻し、日本語検定1級ももってる、という外国人とも複数接してきたけど、それでも彼/彼女らが書いた文をたくさん目にしていると、やっぱりnativeでないことははっきり分かる。
一方、ガメ氏の文章や文体。あれは「完全に日本語を自在に使いこなせる人間が、あえて崩して書いている文章」にしか見えない。どこにも文法的な破綻はない。ボキャブラリーの豊富さも、文体を崩していることによってよりクッキリと浮かび上がって見える。
「日本語学習中」の外国人の書く日本語を読んだことのある人はわかると思う。言いたいことは分かっても、うまい日本語であればあるほど、違和感を感じてネイティブチェックを入れたくて仕方なくなるんだよね。ロボットで起こる「不気味の谷」現象に似ていると思う。
ガメ氏の文章で、その「日本語版・不気味の谷」を感じることはまったくない。少なくとも私は。
もちろん、そのことは「ガメ氏が英語圏生まれの外国籍であること」とは矛盾しない。片親が日本人だったりして、生まれつきバイリンギャル教育を受けて、日本語・英語ともにnativeのレベルで操れるという可能性は残るからね。
(ただ、ガメ氏の「英作文」を読む限り、英語nativeである可能性は限りなく低いと思う。そう思っている人も少なくないようだけど)
でも、重要なことは、「ガメ氏は自己の属性について一貫して嘘をついている」ということ、そして「嘘を書いていたことを自認している」ことだと思う。
http://www.hatena.ne.jp/gameover1001/
当初は純正日本人であったが些細なことから英語国民であることがばれて欧亜混血であると自称。暫くすると、実は日本語は単に成人してから習った言語であることが露見。本当は(退屈にも)ただのコーカシアンであることが暴露される。
普通に読めば、書いてあること分かるよね。
・その後、英語圏出身であることが「ばれた(←嘘なわけだが)」ため、「欧亜混血」を自称した。
・さらにその後、「日本語は成人後に学習した」と「露見(←正しくは「自称」)」した。
・最終的に、「ただのコーカシアン(文脈から、「日本人の血を引いていない純然たる白人」の意味であろう)」だと「暴露された(←もちろん、正しくは「自称した」)」。
ここまで自己の属性をコロコロと変える人の自己申告を信じてあげるほど、性善説には立てない。少なくとも私は。
そういう意味で、ガメ氏と山本七平との類似性を指摘する意見が複数出てくるのは、ごくごく自然なことだと感じた。
で、冒頭の話とつなげると、ガメ氏がこれまでイタい人扱いされることが少なく、むしろファンが多くついていたということの理由の一つとして、「ガイジンを装っていた」ということがあるように思う。
もちろん、ベースにあるのは、ガメ氏自身の知識や体験に基づいた、面白い文章にあったことは間違いない。でも、「ガイジンが書いた」という設定によってその文章に上げ底感というかスパイスというか、プラスアルファがついてきていたこともまた間違いないと思う。
そして、そこかしこに見え隠れしていたちょっとズレた自己顕示欲やプライド、それに起因するプチ炎上なんかが看過されてきたのも、やはり「ガイジンだから」という、ある意味差別的な視線に包まれていたことによるのではないかな、と。
ガメ氏が「日本語nativeではない」と騙っていた目的や動機については、わからないし、知ったことでもない。
ただ、そうして「ガイジンを自称すること」によって発生するいろんな副次的な効果まで計算したうえで、「ガメ・オベール(Richard?)」というキャラを作っていたのだとしたら、けっこう怖いことだなあと思う。
でも、最後の撤退のヘタレっぷりを見る限り、そこまでの深謀遠慮の能力があるなら、Apeman氏に対するあの対応によって自分の信望がどれだけ失墜するかを想像できないはずがないわな、という気はする。
追記(1/31)
upした後にアカウント削除してプロフィールも読めなくなっちゃったね。改変はしてないよ。魚拓とってないけど。
ゲーム屋(ifeelgroovy.net)の「シャチョー」とガメ氏が同一人物だという説もあるようだ。
私は「シャチョー」のブログやゲーム屋のサイトはほとんど見ていなかったので論評できないが、もしそうだったとしても驚かない。
それくらい、ガメ氏の書いていた内容は荒唐無稽で嘘にまみれていることが明らか。何が本当なのかまったく見当がつかない。
まさか写真くらいはどこぞのパクリではなく自分で撮ったものなんじゃん、とは最初思っていたけど、それもわからない。
年齢も20代を自称していたけど、「ガラスの十代です」「あんたおっさんだろ」ではないが、知識の幅や深さだけでなく、世代臭というのか、雰囲気と一致しない。
「モニ」との話に関しても同様。「モニ」の描写(はてなキーワード参照)からしても胡散臭すぎて。
恋愛経験・結婚経験や社会経験などは、むしろ豊富だと思う。「最近結婚した」というのが嘘。
ただ、それにしては煽り耐性がなさすぎるんだよな。癇に障る批判をしてくる相手に対しては、人格を徹底的に貶めないと気が済まない。
でもそういう性質ってあんまり世代関係なかったりする(50代60代のオッサンなんかでもいっぱいいる。むしろ多い?)から、それはそれで矛盾はしてないというか。
別に「ガメ氏はちょっと英語ができて海外経験も豊富なゲーム屋経営のただの日本人のオッサンが中の人で、ゲームの宣伝が社長自身じゃみっともないから社員にPRさせるという自作自演をしてるうちに独り立ちしちゃった別人格」とか信じてるわけでも主張したいわけでもない。
仮にそうであったとしても驚かないくらい、ガメ氏の書いてきたことのうち「実社会に繋がっている部分」については支離滅裂だ、というだけ。
そのN円で落札される商品は、どこから出てきたのかということが一つ。
最初の価格が1円なら、いわくつきなわけじゃん。ふつう考えて運営側が用意した商品だよね?
なら、Nが100円くらいにしかならなかったとき、運営は損しちゃうよね?
おそらく、自然状態だと価格+総入札金額が商品原価を割り込むように「ユーザ側が談合する」はず。そうなってないなら、釣り上げが行われて「運営とユーザの落とし所を決める」ゲームに突入していることじゃねーの。
そりゃ、あからさまに運営がバイトを雇って、ってことじゃあないと思うけどね。特定のユーザにのみ手数料を下げるまたは0にすることによって、というようなバランス調整機能を盛り込まれていると思い。
【ちょこっと追記しますね】
コメントしてくれた人、ありがとうございますm(__)m
「年末年始も仕事は忙しいし、休みももう予定いっぱいあるから、もしも時間ができたとしたら連絡する。」←時間ができたらねってのをかなり強調
ってな返事をしたのですが、「楽しみにしてる」という、こちらの言いぶんがきちんと伝わってないと思われる内容が返ってきたために
(メールがあることを楽しみにしてるということなのかな、とむりやり納得したが)
その時点で違和感やら嫌悪感がたっぷりわいたので、それ以降は無視した次第です。
たしかに、「忙しいからむりです!ごめんね!」ってはじめから返してたらよかったけど+その時点で病気っぽいって知ってたら言ってたと思うけど、
基本そんなはっきり言えないです@そこは個人の性格によるでしょ。
今となっては、ちゃんとびしっと言えばよかったなと思ってます。
【追記おわり】
と友人♂(31・教師、らしい)から12月にメールがきた。私は忙しいので、もし時間ができたら連絡する、とだけ返信。
すると「楽しみにしてる」と。なんとなく違和感を覚えつつ、会う気はないし本当に忙しいので放置。
年が明けた途端にあけおめメールがいちばんにきた。今年もよろしく!みたいな。・・・え?なんで??そんなメールするような関係じゃなくない?
もともと"知り合い以上友達未満"なくらいな人。知り合ったのは7~8年前で、当時は仲間内ではどちらかと言えばイケメン枠で、
悪い印象ではなかった。でも特に親しいわけでもなく、よくあそんでたグループの中にたまにいた人というかんじ。
2年くらい前にごはんに誘われて一回だけ二人で会ったけど、そういえば昔に比べて妙に外見が劣化していたのと、私の結婚観?をたくさん訊かれたのがなんか気にはなった。
(当時彼氏がいたけど今はいない。)
それから会うことはなく、年に一回くらいメールがきたくらいで、全く忘れていたのに急になぜかロックオンされたかんじがした。
不快感がしたのでそのメールは無視、すると先日また「寒いね~云々、どうですか最近は?」みたいなメールがキタ――(゚∀゚)――!!
だんだんと怖くなってきたので、もちろん無視する。
二回も無視すればわかってくれるだろう、と思ったがどうやら私の気持ちも無視されているらしい。
次の日もメールがきた。しかも再び今までと関係ない内容で。「最近体が疲れてて!治してもらえない?」(私は身体にまつわる仕事をしている)
みたいなね。!がきもい。
なんなの?どうしたの?若干天然な人だとは思ってたけど。やばくね???
もちろん返信はしないも、次の日に無性に嫌な予感がしたため、念のために着信拒否&メール拒否設定した。
こんだけ無視すれば諦めてくれるだろうとは思ったけど、念のために、ね。ほとぼりがさめてまた連絡きたらこわいしさ。
ていうかそれがきのうだったわけだが。
23時ころかな。携帯のランプだけが光った。着信音が鳴らず、お知らせランプだけ点灯しているということは・・・!
不在着信が15件。着拒してるわけだから、あれ?って思ってかけなおすのはまあわかるけど、15件はひどい。
何度も言うけど、もともと特に仲良くもなんともないもはや過去の友人。電話でしゃべったことさえないのに、いきなり15回かけられたらびびるよね?
つきあってるとかならまだわかるが。
そして0時になったその時、着信音が鳴った。 !?と画面を見ると、
"公衆電話"
と表示されているではないか。
これは・・・ 家を出てわざわざ公衆からかけてきたの!?
でも、公衆電話は拒否してないからふつうにかかったことで、着拒されてるって身をもってわかったよね?
これでもう諦めるだろ、と思ったら・・・また携帯からかかってき出した・・・
もうだめだ・・・ と女の友達にマジに相談していたら、ふと、次はPCにメールがくるんじゃないか、という考えがよぎった。
もちろんPCメールのアドレスとかは知らないと思うけど、私は自営業なので個人オフィスのHPがあるのだ。そこからなら問い合わせメールを送ることができる。
すると案の定、お問い合わせフォームからメールが届いていた!
通話中の友達に半泣きで訴えながら、おそるおそるメールを開いてみると、要約して「私の携帯ではデコメールが受信できないので、もしメールを頂いていたら
本当にすみません。連絡ください。ごめん。」的なことが書かれていた。文体、内容、すべてが意味不明でさらに怖くなってしまった。
このままではオフィスにくるんじゃないだろうか。そんな根性はないとは思うけど、さっきから嫌な予感が的中しているのもあって、早急に対策を打たないとやばい気が
してきた。
私としては、一方的な態度が腹が立つし、きもい、迷惑だ、というのを伝えたかったんだけど、
友達にそんな挑発するようなことは言わない方がいいとなだめられ、
"結婚前提でつきあうことになった彼氏ができたから、もう連絡できない。みたいなウソにした方がいい"、というアドバイスを受けた。
冷静な友人に従うことにして、上記の内容を怖かったけどメールで送った。
ちなみに「返事はいりません」と締めくくりながら。
・・・そして再び、お問い合わせフォームから問い合わせが。
変なメール送るためのフォームじゃねえんだよ!!!!と怒り心頭になりながらも私はそのメールを開いた。
「そうか、そういうことだったんだね。(いや、ちがうけどね!)
とても残念だけど。今までありがとう。(なんの思い出もありません)
本当だよ。幸せになってね。(むしろウソであってほしいし。これではつきあってたみたいじゃないか。そしてなぜちょっと上から言われているのか)」
最後は感想付きでまとめて書きましたが、
真意も伝えられず、ただただ怖くて不快な思いをしたことが納得いきません。
彼は現在病気なのでしょう。だけどそれを受け止めてあげられる関係性はもともと存在していませんでした。
なぜ私に狙いを定めたのかは知りませんが、本当に泣くほどこわかったです。
しばらくすればだいじょうぶだと思いますが、今日は電話が鳴るたびビクッとしたり、外を歩く時もきょろきょろしてしまいました。
運が悪かったと思うしかありませんか?
それを聞いて安心した。
「参考にする程度で、意思決定に直接関わるわけではない」と聞けただけでもよし。
ぢゃあ学歴コンプの俺から言わせてもらうけど、本当にあきらめざるを得ない事情がない限り、ふつうは留年してでも大学は卒業したいと思う。
そして、大学を卒業できなかったことはコンプレックスとして心に大きな疵を残し、性格を歪める。
短期的にはそれでも就職はできるだろうし社会人として成立するだろうが、ごく個人的なものだと今でも後悔している。
金の問題なら、姉(兄)である貴様が金を貸してやる、という方法でなんとかして救ってやるべき。総量規制はあるけど、でも銀行がyouに金を貸してくれないということはないだろうし。
なぜ今の30代は「助けて」と言えないのだろうか
ttp://d.hatena.ne.jp/Imamura/20091111/help
今の30代が生まれたのは、1970年から1979年です。親は高度経済成長を支えた世代であり、がんばるほど明日が豊かになるという実感を持って生きてきました。ローンを組んで家を建て、将来の昇給をあてにできた世代です。
一方その子供たち、今30代を迎えている人々は、1990年ごろのバブル崩壊を10代で迎えています。このタイミングはなかなか絶妙でした。不景気になり始めたころ高校や大学に通い、いよいよ社会に出ようという90年代後半には不景気が本格化していました。
「就職氷河期」は1994年の流行語大賞で、この年に就職活動をしている大学生は(浪人してなければ)1971年生まれ、いま38歳です。
親は高度経済成長世代、先輩はバブル世代で、不景気な社会でのロールモデルにはなりません。今の30代は、すっかり不景気になった社会へ出てきた最初の世代になりました。景気がよい時代に社会に足場を築いておくことができず、といって社会へ出る前から不景気を前提にした準備もできなかった世代です。
そしてそのまま、年を取るのに合わせ、その場その場で生き方を探っていくことになりました。
自分が生まれた年の、親の年齢を計算してみるとびっくりします。30代で家を建てて子供(つまり自分)もいるのがふつうですが、今の30代ならば成功した人でないと家を建てるなど無理でしょう。
でも当時の子供の多くは漠然と、努力次第で自分も大きくなったら父親のようにサラリーマンとして会社勤めをし、終身雇用に支えられながら、30代になったら郊外の新築に住むことができると考えていたのではないかと思います。少なくとも自分はそうでした。
このような、将来像と現実とのギャップが最も大きい世代が、今の30代なのだろうという考えに至りました。
だからこそ、あるべき姿になれていないことを自分の責任と感じてしまう傾向が強く、安易に「助けて」と言うことに抵抗が強いのではないかと考えています。
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20091130-00000002-aera-soci
珍しく本年の女性参加者は自分だけという紅一点の状態だったが、とても紅一点とは思えないほどの冷遇っぷりに新年早々鬱な気分になった。あとから来た男の人のほうが、店に入ってきたときに「お〜○○!」と歓声が上がったり、その都度乾杯もやり直してくれたりとよっぽど歓迎されてた感じ。ちょいと遅刻した自分は「入り口でもたもたすんなよ」と怒られたっきり。乾杯もし直してくれる気配がないのでその辺の梅酒を手酌で入れて、(アルコール苦手なのだが飲み放題でノンアルコールメニューが水かジュースだけ)新年会の間じゅう、一人ひっそり水で薄めては飲み、減ったら水を足し、を繰り返した。いや自分もそんな頻繁に他人へお酌とかしてないから、手酌はあんまり気にしてないのだが・・・。
「新年会だし」と、ちょっとがんばってお洒落をしてみたけれども、「増田には華がない!(下の名前で呼ばれる他の女性陣とは違い。当然、大学時代から名字で呼ばれている。)」「これだからおまえみたいな売れ残りは〜なんだ(〜内のセリフはもう忘れた)」等々、新年早々ダメだしコーナーとなる。お気に入りの服にはタバコの煙を(あえて)吹きかけられる。
そのへんのバラエティ番組級に、美人かそうでないかで女性への態度が変わる我がサークル内での自分の立ち位置は、引退後いつまでたってもヨゴレ芸人枠なのだな。というか「『女』芸人」扱いすらしてもらってないような。
自分の外見ぐらいはわきまえているから、別に、周囲のかわいい/きれいな女性陣のようにちやほやしてほしいわけではない。でも、扱われ方の格差社会に疲れきっている。ごくふつうの人として接してほしいだけなのに。
年末年始休みが1週間前後で終わってしまい、気がついたら今日でまた仕事始め。
正直全然休んだ気がしない。
社会人の先輩方々ってみんなこんなに働いてるのか。それも数年数十年のキャリアで。
もうひたすら感服するしかない。
これからあと40年強こんな生活過ごさなければいけないというのか。
まったくイメージできない。というか死にたくなった。いやチキンだから死ねないだろうけど。
仕事はつらくはない、人間関係も良し悪しいろいろで普通。いわゆるブラック会社とは程遠いとは思う。
ただこれでも新入社員として手加減してもらってるだろうし
これからどんどん責任のある仕事をやっていくことになるだろう。
毎日時間に追われ、毎年責任は重くなり、気がついたらまた一年。ハッピーニューイヤー。
これを、あと40回繰り返す。
そう考えると気が重くなり何もしたくなくなる。
こんな苦悩を抱えるなんて自分が未熟の証なんだろうか。
先輩の方々、どうか教えてほしい。
これは、ふつうなのだろうか。
私は、これからやっていけるのでしょうか。
なぜなら、今オタク((趣味にのめりこんで云々の方じゃなくて、ふつうの人たちが使う、容姿が気持ち悪くて挙動が不審で、という侮蔑語の方の意味))を忌み嫌って、見下して、気持ち悪がってる素晴らしい人たちが結婚して子どもを産み、その子たちが若者社会に入ってくるのがその頃だから。
概ね団塊ジュニアから下の世代くらいの人(つまり今現在若者の人たち)には、オタクが若者社会のヒエラルキーの最下層でサンドバッグにされてる惨めな人たち、という認識が共有されてきてるように思う。結婚したり子どもつくったりできるような人たちは当然見下してる側がほとんど((稀にオタクも結婚するかもしれないけど、たぶん圧倒的に少数派だろう))なわけだから、自分の子どもがそうならないように必死になるんじゃないだろうか。
だから、いま幼児くらいの子どもたちを先頭に、その子たちが高校生から大学生になるあたりから、オタクの新規参入はどんどん減っていくんじゃないかと思う。いま若者でオタクの人たちの親って、団塊から若くてもバブル世代くらいだと思うけど、オタクは自分たちの若い頃は(今のような社会的なポジションとしては)存在しなかったから、なんだかんだ言ってオタクに寛容だと思う。この先はそうじゃなくなるんじゃないの、と。
http://jp.techcrunch.com/archives/20091230we-all-live-in-public/
現実にはいろいろ難しい問題があるとは思うけど、公開方向なのは間違いないだろう。
ドアのすぐ近くの席が空いていたので座って読書。ふつうの文庫本。
しばらくして別の駅に着いて、乗客の入れ替わりがあった。
まもなく、靴をガツっと蹴られて「ブス!」って言われた。
わけがわからなくてその人の顔を見上げると、もう一度「ブス!」って。
朝からおかしい人に絡まれちゃったなぁ、不運だなぁと思って、
特に反応もしないで読書に戻ると、ガツガツと靴を蹴られた。
別に足を投げ出していたわけでもなく、ふつうに座っていたし、
視線は斜め下方向だから、立っている人には顔を向けていない。
いよいよおかしい人だよなぁと思っていると、その人は降車していった。
朝から変なのに当たっちゃったなー。ついてない。
以前の日記にブスだと損をするというのがあったけど、
ブスだとこんな目にもあうのです。
理不尽ですよね。
ありがとう、これだね。
http://b.hatena.ne.jp/entry/b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/kokorosha/status/6461191333
Francesco3 twitter ココロ社の呟きにはふつうにげんなりですよ(他関連ブコメ含む)私のブコメはカウンター(事実だけど)/あと、これはまたぜんぜんべつの話しだけど断っても送るって言い張る奴がいちばんあぶない。 2009/12/09
一応筋を通してるんだな。これならまだ分かる。これなら、勝手にすれば、で終わるね。でもたぶん、Francesco3さんみたいな女性って、本人の自覚のないところで守られてると思うよ。それが分かんないんだったら、分からないでいいけど。
ohnosakiko ブコメが興味深い/ココロ社さんのような人を昔は「フェミニスト」と言ったなぁ。「優しいのねココロ社さんて」「僕はフェミニストですから」なんてね。ほとんど「騎士道精神」と一緒くた。 2009/12/09 16
ココロ社さんのつぶやきが「騎士道精神」とごっちゃの格好つけでウザイのは同感だけどなあ。(というより、こういう言い方は、男に甘えられる女に対する嫉妬の感情が混じってる、きっと)
大野先生の身長とか腕や脚や胴回りの太さってどれくらいなんだろう。人によるけど中年の白人女性の体格って本当にごつい。性格もきつい。大野先生みたいに優しくない。本当はああでないとフェミニズムなんて説法できないんだけど、大野先生はあんな強烈なおばさんにはなれないだろうなあ。