はてなキーワード: 大御所とは
今まで、「○○のニュース知ってる?」と言われて、
あー知らないなあと思ったときに検索するくらいでしか使ってなかった、Googleニュース検索。
「あれは最近どうなっているかなあ」と懐かしの言葉や単に思いついた言葉を検索すると、思いもよらない発見がある。
普通の検索だと、コピペブログやwikipediaの劣化コピー、老舗の大御所ばかりがヒットし、面白みに欠けた結果が出てくることが多い。
その点、ニュース検索はここ最近のホットな話題しか返さないため、自分の知らなかったことや最近の動向などが見れる。
・富士通研、CPU間光インタコネクト向けのシリコンフォトニクス光源を開発
などなど。
この世から排除されるべきものは3つあります。ひとつはレストランを選ぶときに、「何でもいいっていったけど、ラーメンは嫌」というクソ女。
二つ目は、サービス残業をしまくって後輩を帰りづらくしている3年上の田畑センパイ。3つ目が韓流デモに参加している暇人です。
韓流デモに参加している人の理屈は、ほとんどが見当はずれか、見当違いです。フジテレビが韓流を押すことには、合理的な理由も正当性もあるのです。
韓国製コンテンツをフジテレビが流す理由はいたってシンプルです。
なぜなら、安いから。大御所芸能人一人のギャラで一時間のドラマが簡単に買えます。
さらに、ドラマには30話近いシリーズも多い。一度顧客を掴むと、最終話まで安定した視聴率を稼ぐことができるのです。
だから、マッチポンプ的に人気を釣り上げて、利益を生み出すようにする。この戦略はお金のないテレビ局にとって、とても合理的な方法です。
「公共の電波なのに外国のコンテンツを流すな」という批判はもめちゃくちゃです。
なぜなら、その理屈を適用すると、日曜ロードショーもルーキーズ劇場版のようなゲロ以下の邦画で埋め尽くされてしまうからです。
当たり前ですが、外国のコンテンツを流してはいけない理由はどこにもありません。 アメリカのコンテンツがよくて韓国がだめなのは 「要するに俺が嫌いだから」でしょう。
たしかに、アメリカのコンテンツの面白さと比べて、韓国はイマイチな印象があります。私もそう感じます。しかし、実際楽しんでいるおばちゃんがいるのです。
韓流批判論者の中には「公共の電波なのだから選別されたコンテンツを配信するべきだ。したがって、韓流を放映するべきではない」
という批判をする人もいます。
しかし、「どのコンテンツが有益か」という議論は非常に難しいものです。
たとえば、私にはくだらないバラエティの方がよほど有害に見えます。
でも、どこかのPTAのおばちゃんが「めちゃイケは有害だ。いじめの原因だ。だから放送するな」と主張すれば「それはおかしい。テメーの価値観を押し付けるな」と反論するでしょう。
そもそも「何が有害か」を個人の主観で語るべきではないからです。
主観で有害無害を決めるのは、青少年育成条例のような恣意的な判断を招きます。見たい人がいて、法的に問題なければ、コンテンツは自由に流すべきです。
だから、「韓流は有益でないからやめるべき」という論理もおかしいのですね。だって、少なくとも楽しんでみている人がいるのですから。それは視聴率を見れば明らかです。
楽しんでいる人がいるのに「俺が価値を感じない。したがって、やめるべきだ」というロジックは傲慢以外の何者でもないでしょう。
では、フジテレビが批判される唯一の理由とはなんでしょうか。単純に言えば「マスメディアとしての公平性がかけているから」 この一点です。
テレビは100%民間のものではありません。なぜなら、税金が電波設備に使われているし、テレビ局のビジネスは「地上波デジタル対応テレビ」という名の人頭税なしには存在できないからです。
さらに、彼らは根拠のない電波の独占を続けています。デジタル放送ならば、もっと局が増えるべきです。しかし、「公共性の担保」を理由に新規業者を排除しています。
テレビ局の理屈に従うならば、「テレビ局は公共性を持つがゆえに、電波を独占できる」ということになるでしょう。
したがって、公共性はテレビ局が「マス」メディアであるための絶対の条件になります。
その日に来日した韓流スターを、その日に「今、大ブーム」と報道するのは正しいのか。
広告代理店をつかってサクラをよびこんで、ブームを演出することは「公平な報道」とはいえません。
現実はどうあれ、マスメディアは公平性、公共性を第一にするべきです。
面白くなければテレビではない以上に、公平性がなければテレビではありません。
韓流ブームの報道には、客観的な態度がかけています。公平性の欠如において、フジテレビは批判されるべきです。
岡村隆史さんが「韓流が嫌なら見なければいいのだ」と述べています。
フジテレビが批判されるのは、「韓流を流しているから」ではなくて、「韓流を扱う態度に公平性がかけるから」です。
だから、「嫌なら見るな」は何の反論にもなっていません。
そもそも冗談のように安い電波料でインフラを使用して、新規業者を排除しているテレビ局が「嫌なら見るな」はおかしい。
なぜなら、 「嫌だから他を見る」選択肢を潰しているのですから。
さらにいえば、顧客が商品から離れているのに「嫌なら見るな」というロジックは素晴らしすぎます。売れなくなったときに「それは顧客が馬鹿だからだ」という企業はおそかれはやかれ、ダメになるものです。テレビ局の顧客意識のなさはちょっとイケメンすぐる。
別にデモなんかしなくても、中からぐずぐずと腐っていくので、放おっておいたらいかがでしょうか。
腐りゆくうんこを前にした時のいちばん合理的な戦略は、黙って目の前を通り過ぎることです。
高岡蒼甫がフジテレビに韓流ドラマが多いと発言したことに対して、
http://soulwarden.exblog.jp/14236392/
「あれは営業努力だ」
という発言が出たり、
ワイドショーなどで、
「お世話になっているテレビ局のことを悪く言うなんて許せない」
などいう批判が挙がっているが、なんなんだろうね。
テレビ局が安いという理由で韓国ドラマを流す分、日本人を使ったドラマは製作されない。
これって、若手の役者たちにとってみれば、死活問題じゃなかろうか。
制作費が削られてギャラが安くなろうとも、テレビに写れば名前は売れる。
しかし、テレビに写るチャンスがないならば、彼らが世に出るチャンスはない。
つまり、ワイドショーなどで高岡を批判している奴らは、日本の芸能界の育成なんてどうでもいいと考えている人たちだろう。
各局が週に2,3本韓流ドラマを流すのは隣国だからかまわないが、今の状態だと、日本人俳優が育たなくなるだろう。
俳優の大御所が「若手のチャンスを潰す気か?」という声を上げてもいい頃だろ思うのだが、
一向にそれが聞こえてこないのは、なぜだろうか。
経営者が無理なリストラをするなら、従業員にはそれに抗議の声を上げる権利がある。
同様に、テレビ局が若手俳優のチャンスを潰しているのだから、それに若手俳優が抗議の声を上げるのは当然の話じゃないだろうか。
ダウンタウンというコンビについて、「天才・松本を補佐する凡才・浜田」という間違った認識の人間がとても多い。ゆとり以下のガキどもに至っては、浜田に対して、クソつまらん芸人だという認識しか持っていないと思われる。
たしかに近年、クソ番組でMCをただこなしているときの浜田は、いくつか落とすパターンこそ持ってはいるが、さんまや、中堅のくりぃむ上田等に比べると、明らかにパターンの数が少ない上に、相手の話を膨らませる能力にも乏しくはっきりいって面白くない。
浜田がその実力を遺憾なく発揮し芸人として、テレビタレントとして革命的な存在だったのは、売れ始めてから成り上がるまでの時期だ。
テレビ画面に現れた、まだ若さの残る浜田は、競演した大御所や先輩タレントに対して、問答無用でツッコんでは、時にどついてみせた。
たったこれだけである。
だが、これがとんでもなく衝撃的だったのだ。
それに先んじて、とんねるずが お笑いとアイドル・ミュージシャンとの関係性を変化させていた。当時、芸人は歌手より地位の低い物と見なされており、「公の場」でアイドルをバカにしたり、ミュージシャンに無礼な振る舞いをする芸人は、ほぼ存在しなかった。たけし(軍団)ですら、公の場ではその関係性を守っていたのだ。
だが、とんねるずは体育会系のルールそのままに、年上に対してはそれなりの礼節を持って振る舞ったが、年下のアイドルやミュージシャンに対して、平気でタメ口をきいたり、時にバカにしたりして笑いに変えた。そうして芸能界の暗黙の掟を一変させたのである。
浜田の革新性は、こういった土台があったからこそという側面はある。それでも、芸能界において先輩後輩の序列は絶対であり、そこを侵す者は現れなかったのだ。浜田を除いて。
そのことに気づいてから、俺はテレビで浜田を追いかけるようになった。相手が誰であろうとも、己の信念と姿勢を曲げることなく容赦のないツッコミを浴びせる浜田は間違いなく『パンク』な存在であった。そして、上下関係抜きの辛辣なツッコミを浴びせても、浜田は決して場の空気を乱すことがなかった。それ故に、つっこまれた人間は、浜田に怒りの感情を示すことがなかった。松本の天才性の陰に隠れてはいたが、この事実は、浜田もまた紛れもなく天才であったと言うことの証左である。
だが、いつの頃からだろうか。おそらく、ダウンタウンが多くの冠番組を持ち始めてからのことだが、主に若い世代から、浜田に叩かれることを喜ぶような連中が現れた。こうなると、もはや猪木のビンタと変わらない。ツッコミの鋭さそのものは変わらずとも、その意味合いは、全く別のものになっていった。
わたしはそれを否定する。松本が天才であったのは間違いないが、浜田という斬り込み隊長の存在がなければ、もっとマニアックな存在としてしか、世に出ることはなかったと思われる。若かりし頃の浜田には、とんねるずと同じように、予定調和をぶち壊し、新しい地平を切り開く革命家としてのパワーが宿っていたのだ。それは、ともすれば狂気的とも言えるものであった。
浜田が切り開いた新しい地平の上で、松本がその才能を遺憾なく発揮した結果として、日本のテレビお笑い史上最高のコンビになった、というのが俺のダウンタウンに対する短評である。
今のテレビお笑い界、特に若い世代に、登場するたび「今日は何をやらかすんだろう?」と、わくわくさせてくれる存在がいるだろうか? 浜田もとんねるずも年をとった。丸くなってしまった。たとえ懐古厨と言われようとも、俺をテレビに夢中にさせた、かつてのダウンタウンととんねるずほどの存在は、テレビに誰一人見あたらない。強いて言うなら大泉洋であったり、ブラックマヨネーズであったりといったところだが、大泉は役者であるし、ブラマヨは真の実力(フリートークスキル)を発揮できる場を与えられないまま年を重ねている。
寂しいことだ。
「音楽」っていうのは、ここでは邦楽というか、J-POPのことを指すことにする。
別に、日本の音楽界を批判したいわけではない。もしかしたら洋楽だって同じことかもしれないが、洋楽を語るほどに、洋楽のことを知っているわけ
ではないので。また、自分はそもそも、それほど音楽をたくさん聞かないので、もしかしたら知らないだけかもしれない。
で、本題に入る。
いつも不思議に思うのだけど、日本で聞こえてくる曲のほとんどすべてと言ってよいくらい、ラブソングばかりだ。
そして、必ずと言ってよいほど、誰かが好きだとか、誰かに振り向いてもらえないだとか、誰かを好きだったけど別れちゃった、ふられちゃったとか、
そんなのばかりだ。もう、大御所といわれるような人の歌でも、なんたら言う駆け出しのアイドルでも、み~んな判で押したように同じ、ラブソング。
しかも、2人の仲がうまく行く前か、終わったあと。たまーに、幸せすぎていまツライ的な歌があるくらい。(ドリカムさんくらい?)
で、自分が不思議なのは、『2人で付き合いだして(結婚して)数年たっているけど、それでもうまくやっています』的な歌なんて聞いたことがない。
どうにも不思議。音楽は売れてなんぼの商売なんだから、そんなのニーズがないだけでしょって思うかもしれないけど、仮に、J-POPと言われているものが
10代~30代後半くらいが対象とすると、「数年間、同じ相手と付き合ってます or 結婚して数年たちます」って人の数は決して少なくないと思うんだけど、
それでも、そんなことを題材にした歌を耳にすることは少ない。
なんでだろう?
適当に考えてみると、おそらく、同じ相手と付き合って数年とか言うと、どうしても慣れ合ったり所帯じみてしまったりして、トキメキが薄くなるから、
ラブソングとして成立しにくいから、とか、そもそもラブソングなんてユメを見せるものだから、付き合い始めの楽し~い時期の話が曲としても一番
盛り上がるから、とかかな。自分でも今ひとつ納得がいかないけど。
でも、自分が思うのは、恋とか愛とかは政権と同じで、勝ち獲るまではそれはそれで大変だけど、むしろ本番は奪い取ったそれをいかにうまく運営し、
できるだけ長く続くように維持していくか。そのことの方がより大変だし、重要なんだ。と。
・・・と、結婚3年目の男は思いました。
でもまぁ、じゃあアンタ、そんな歌が聞きたいのかと言われると、別にそんなことはないんですけど。
取りとめのない文章ですいません。。
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普通の人間なら「このエントリーアップするのはどうだろう」と思う意見でも安心のセルフ3Usersブクマを繰り返しましょう。
まぐれあたりがあった時に、寛大なはてなーは「やっぱいいとこあるな!」とみなおしてくれます。バカ丸出しですね。
無闇に宣伝するのは悪と思うのはやめましょう。宣伝はまっとうな行為です。宣伝するものがまっとうである限りにおいて。
宣伝をためらう方もいるかもしれません。でも、ソクラテスが毒杯を飲まずに哲学を続けていたら、人類の思想史にどれだけのものを残したか?
を考えれば、そんな戯言は言ってられないはずです。悪貨が良貨を駆逐するのは、悪貨の方が量が多いからです。
良貨をつくれるギークたちがおとなしくほそぼそとやっている間に、うんこスプリンクラーはさらに半径を増大し、世界中にうんこを撒き散らします。
そうなる前に、いいものをつくれる人たちは適切な自己顕示欲を持って、自分のサービスをつくり、宣伝をしましょう。
あらゆる広告チャネルを使って、サービスを伝えましょう。学んだ技術はネットでシェアしましょう。スゴイ技術者として、勉強会をひらきましょう。
ツイッターで何気ない日常を報告しましょう。そうすることが、うんこスプリンクラーに対抗する唯一の手段です。
ヒーローが悪者の技をラーニングするように、えがちゃんのあざとい宣伝の必死さは真似るべきです。
もちろん、このエントリーの本旨は力のある技術者への宣伝のススメとえがちゃんへの皮肉です。
終わり。
まず、なんでそう都に信頼を寄せられるのかわからないよ。
一昔前の漫画に出てくるような「キチガイPTA」のパントマイムみたいな言動を繰り返してる。
何かが通れば踏み込んでくるし、条文の曖昧な部分は何に利用されるかわからない。
「不当に賛美」ってどういう事なのかさっぱり分からんけどお前は責任持って説明できる?
燕雀いずくんぞだ。
お前のメンタマには金儲けや利益にしか見えないんだから話が通じないじゃん既に。
刑罰法規に触れる性交もしくは性交類似行為または婚姻を禁止されている近親者間における性交もしくは性交類似行為を、不当に賛美しまたは誇張
俺の大好きな萩尾望都作品もヤバいだろう。
小売の商品陳列の問題を言いたいなら作品内容に手を突っ込む条例支持すんのは変だよなあ?
それとも分かっていないのか、どっちなんだろう。
http://anond.hatelabo.jp/20101118233618
某所で海外ネタ系サイトの暴れ牛と呼ばれていたSankaku Complexが初音ミクがらみでウィリアム・ギブスンに噛み付いていた。
http://www.sankakucomplex.com/2010/11/18/william-gibson-not-impressed-by-hatsune-miku/
ギブスンのツイートを紹介し、彼がミクに「奇妙なほど感銘を受けなかった」うえに「夢中にもならなかった」と指摘。彼のフォロワーも「決して熱狂していない」と批判している。
それを受けてコメント欄も沸き立っている。そこで出てきたのが、ツイッターのギブスンはハッカーが化けた偽者説、ギブスンはツンデレ説、老いた説、映画シモーヌの方が好きだ説、実は日本嫌い説などなど。それ以外にも「ギブスンってどこのどいつだよ」「音楽評論家じゃね」「ギターのギブソンを作ったのと同じヤツなのか」「で、結局のところrezってどういう意味なんだ」「ファ*ク」など、言いたい放題になっている。
もちろん「彼ほど80年代に将来を見通した人物はいない」と擁護する声もあるんだが、全体に言えば圧倒的に否定の声が多い。日本側でギブスンをありがたがる声が多かったのに比べるとえらい違いだ。多分、日本側の方はSFの大御所の名を知っている中年が多く、Sankaku Complexに集まっている連中は「ギブスンなんぞ知らね」という若者ばかりなんだろう。
でも、あっさり切って捨てるようなギブスンの発言に対する初音ミク・オタクの反応としては、正直Sankakuの方が普通なんじゃなかろうか。ギブスンというだけで平伏してしまう日本側の反応は、いささか情けないというか拍子抜けである。
初音ミク・バブル、どうやら昨日の伸びは「たまたま」起きた現象だったようだ。本日は急速に伸びが鈍化し、例えば超えるんじゃないかと思っていたフェイスブックのLike数39390人にはいまだ到達していない(39000は超えたけど)。
http://www.facebook.com/pages/Hatsune-Miku/10150149727825637
World is Mineのコンサート動画もやっと再生数170万を超えたくらいで、こちらも伸びが急速に衰えている。
http://www.youtube.com/watch?v=DTXO7KGHtjI
初音ミクみくの海外報道まとめにも「少ない」との表現が登場した。1週間に及んだ「初音ミク・バブル」「パンデみっく」「みくみく世界征服」も、終息局面に入りつつあるのかもしれない。
http://vocaloid.blog120.fc2.com/blog-entry-7244.html
おそらく情報が世界一周し、各国のめぼしいニュースサイトが一通りこのネタに飛びつき終わったのだろう。裏取りをきちんとやるような「英国の高級紙」などに報道が載るまでにはしばらく時間がかかるだろうし、ペースはかなり落ち着いてくるかもしれない。
ただし、Topsyのツイート数を見ると状況は昨日とあまり変わらないまま。直近1日は546件、直近1週間は3583件(1日平均511件)、直近1ヶ月8960件(1日平均298件)と、引き続きツイート数が加速している様子が窺える。入り口としてWorld is Mineの動画を見る流れは一通り終わり、初音ミクに興味を持った人がさらなる情報を求めてネット上を拡散しているのかもしれない。
広がった情報はサイバーパンクSFの大御所ウィリアム・ギブスンの元にも届いていた。この報道ラッシュの真っ最中にツイッターで初音ミクについて言及していた。
http://twitter.com/GreatDismal/status/2473102269227008
「俺はもっとハイレゾでアニメっぽくない方が好み」だそうだ。それほど高い評価には見えない、んだが日本側の反応を見ると妙に感激している声が多い。
http://topsy.com/rakusyasa.blog41.fc2.com/blog-entry-1770.html
「ついにあのギブスンから言及される」といって喜んでいる人たちの大半はかつてのSF少年(つまり現在ではおっさん)だと見た。
普段は日本代表などを無責任に批評している彼らを私が無責任に批評するわけだ。
なぜこんなことを書くのかというと、文章のテクニックだけのひどいライターが多いからだ。
私もそうだが、特に小学校から大学までサッカーをやっていた人間なら、どのライターがどの程度サッカーを知っているかは、文章でだいたい分かる。
さらに私は出版社に勤めているので、そのライターが小手先のテクニックで、結論を自分の発言の責任を曖昧にしたり、試合の本質を語ることから逃げているのがわかってしまう。
そんな彼らは、自らの実力はないくせに、生きるか死ぬかのレベルでプレーしているサッカー選手を批判できるのだろうか。
だから芸能ライターに負けず劣らず、性根の卑しい彼らを、こうして無責任に批評してみたいと思ったのだ。
では始めよう。
■杉山茂樹
サッカー経験なしの、小手先の文章テクニックだけのライター。コアなサッカーファンからは総スカン状態。主戦場であるサッカーダイジェストはファンから不買運動が起こるほど。彼に関してはキーボードを打つ価値もないのでwikipediaをコピペしよう。
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岡田ジャパンについては南アフリカW杯で日本代表が全敗すると予想する記事を書き、ブログでベスト16に入った場合は自身の見る目のなさを認め、お詫びのコラムを書くと述べたが、グループリーグ突破以降もパラグアイ戦について岡田に批判的な記事を書いた。
南アフリカW杯開催前、「ライターとしての真価が問われている」と自ら公言して日本代表の本大会でのグループステージ3戦全敗を予想したが[5]、日本代表は第1戦カメルーン戦に勝利した。
その後、残りの2試合で勝ち点1を奪う可能性さえ40%以下と予想していたが、日本代表はデンマーク戦に勝利してグループステージを突破した。
決勝のオランダ対スペインの試合を3-1のスコアでオランダの勝利と予想したが、結果はスペインの勝利であった。
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誰かが「ここまで笑えるwikiも珍しいのでは」といっていたけど、その通り。
■金子達仁
同じく文章テクニックだけのライター。そのテクニックさえもたいしたことないのに、スポーツ紙の文体をバカにしたり、キザな文章を頑張って書くので、多くのサッカーファンに嫌われている。サッカーを見る目も疑わしく、キザな文章からは、主張が見えにくい。
日韓W杯の日本サッカーの盛り上がり以降、サッカーライターの中心的な存在であったことは確かだが、有名になったことで調子にのって、有料サイトで会員を募ったことから、ファンにも嫌われたばかりでなく、最近では出版社からもお呼びがかからず、残念ながら近況を知るのが難しくなっている。
■後藤健生
日本のサッカージャーナリストの先駆者の一人だが、説教くさく、偉そうなので、嫌われている。「あんなジェフみたいな、あんなゴミみたいな選手」とラジオで発言し、ひんしゅくを食らった。戦術理論については、深く言及することは少なく、無駄に年を重ねてきたという印象。
■浅田真樹
感情的な文章が多く、日本代表が負けるとすぐにヒステリックになる。W杯前は岡田ジャパンを批判し続け、グループリーグ敗退を予想。システムどうこうの話が得意だが、サッカーを見る目は乏しい。元日本代表の井原や澤登、都並らの分析に比べると、説得力は悲しいぐらいない。
ベスト16入りした後も、「運が良かっただけ」「日本サッカーは何も進歩していない」と片付け、自らの予想が外れたことについては謝罪しなかった。
批判を得意とし、自らはアイスホッケーのシニアディレクターは務めても、サッカーの監督業だけは決してしない。だが、サッカーの経験・技術は確かなものであり、日本サッカーを愛している姿勢は伝わってくるので、サッカーファンも一目置いている。
■大住良之
サッカージャーナリストの大御所ではあるが、過去にジーコを酷評した後に、欧州遠征後、「急に戦術をを教え始め結果を出した」「良くなっている」「もう少し見たい」と意見を変え始めたことで批判され、信頼を失う。その結果、ジーコジャパンが出した結果はご覧の通りで、今はサッカーファンも静観状態。
切りがないから今日はここまで。
結論を言えば、日本代表レベルまでの経験がないと、コアなサッカーファンに耐えうる批評はできない。
澤登や井原、清雲さえも、W杯前のライターらによる岡田ジャパンの批判が最も高まっていた時期にグループリーグ突破を示唆していた。
今年も1981年生まれのエンジニアが集う1981忘年会が開かれる季節となった
この忘年会へ気軽に参加して一生の後悔を残さぬよう警告するために私は匿名という安全な場所からこの記事を書くことにした
幹事のゆーすけべー、そして宣伝部長のamachangといえばFacebookステルスマーケティング疑惑で今年下半期の話題を掻っ攫った二人である。
事実ステルスマーケティングであったのかどうか私には知る術は無いし、彼らも無実を証明する事は難しいだろう。いわゆる悪魔の証明だ。
しかし日本にはこんなことわざがある 「火の無い所に煙は立たない」
もしかしたら忘年会で「お前もステルスマーケティングに参加しないか?儲かるぞぃ?」と誘惑される可能性は0ではない
詐欺だのギャンブルだのdisられまくっているペニーオークション。通称ペニオク。
2chでペニオク界の大御所として頻繁に名前が挙げられるのが「湘南の海賊」と「ペニー秋田」。
湘南の海賊は知らないなら検索してくれ。まあ変なオッサンが出てくる。で、ペニー秋田はもう皆わかっただろうがakiyanのことだ。比較的リテラシーが高く、正義感も強めな人間が揃っているはずのエンジニア界隈においてペニオクを唯一絶賛しまくる男として名を挙げた。そんなakiyanも1981年生まれだ。ステルスに加えてペニオク。怖い。
dropdbも1981エンジニアの一人だ。あのdropdbだ。彼女に何ら非は無い。しかし彼女が忘年会に参加することで、あの女の存在が急激にリスク要因として持ち上がってくる。そうあの女。名前も出したくない。出せない。俺だって自分の身が大切だ。とにかくこの二人の壮絶な過去のイザコザを知っていれば楽しいはずの忘年会が一転して惨劇に変わったとしても何ら不思議ではない。これはレッドアイですか?いいえ血です。
以上1981忘年会に参加する際の3つのリスクについて提起してみた。参加するかどうかは君次第だ。
昔は楽しかった1981忘年会だが参加者が歳をとるにつれて血なまぐさく、うさんくさく、そして脂ぎったお金の臭いが漂う会へと変貌しつつある。それも無理は無い。若いころは情熱・技術へのあこがれ・向上心・正義感で人は動く。必然若者の集いは前向きで心地のいいものとなる。しかし彼らも30代に突入しつつある。もう以前のように新しい知識がすんなりと頭に入ってこなくなり、手の動きは遅くなり、脳の動きは鈍くなり、下の世代が突き上げてくるプレッシャーと上の世代の安定感に挟まれた焦燥感。増えない貯金。迫りゆく老い。
http://anond.hatelabo.jp/20100802151845の続き
長い
ある日
私「…少しだけ好きです」
リ「俺も好きです」
偏見混じりで行くと、いままでの傾向的にこういう
お笑い芸人の、それも若手がたくさん出てきて、
ぬるいギャグでドッカンドッカン客席の若い女の子たちが笑って、
でも一年後にはいなくなってるような若手芸人がたくさん出る、コンビニエンスストア的な
もしくは、少しサブカルチャー入ったシュールで意味深でアートっぽいお笑いが好き
だから、多分話しても楽しくない げっそりする
サブカルすぎずアートすぎず、コンビニの商品のような芸人ではない
あまりにも好みが一致するので、無言のまま驚きのあまりに笑いそうにすらなる
リ「感じるジャッカルって、知ってます?」
いままでこの番組名を言っても、誰も知らなかった
だからもうずっと自分からこの番組の名前を口にすることはなかった
ボキャブラ天国の頃にはまだ幼すぎて、笑う犬の頃にはまだ理解できなくて、
感じるジャッカル、オンエアバトル、はねるのトびらを喜んで見ていた頃の懐かしさがこみ上げた
上記の例で分かる通り、本当に私はただのお笑いが好きなだけの人で、
詳しすぎずそうでもなさすぎず、自分と同じ範囲でお笑いの話ができる人が今までいなかった
とても嬉しかった
それから、私とそのリア充はどちらもさまぁ~ずが特に好き、と言うことで意気投合し
あっという間に仲良くなった 私は異性と仲良くなることが特にヘタクソだから
ただの友情を異性と会話だけで築けたことが本当に嬉しい
そのリア充と話ができるバイトの日が待ち遠しいくらいに楽しみで、
バイト中だというのについつい話してしまうことすらある
私だけが暴走してお笑いの話をしているのではないかと思う日もあった
私はそのリア充より年上だから、気遣われて話を合わせてくれているのではないかと思うこともあった
でも、リア充の「夏だから」という問いかけに私が「さまぁ~ず」と答えると笑ってくれる表情に
悪意や気遣いや困惑は感じられない 私が気付けないだけかもしれないけど
ただそれだけのことなのに、本当に嬉しすぎて
さまぁ~ずが出る番組をチェックしているとき、リア充も勉強したり、
スポーツしたり、彼女や友達と遊んだり、私と同じようにさまぁ~ずを見ているのかと思うと、
まるで家族のことを思うようで、うまく言えないけど友達っていいなと今更思う
お笑いの話をこんなに楽しくできる人と出会えたことがとてもよかった
ここ最近で一番はしゃいでしまった話
長い
多少、人付き合いが苦手
人と仲良くなるために、やらなくてもいいことをしたり
過剰に相手に気遣いすぎて気まずくなったり
思い込みが激しくて相手を振りまわしてしまったり
私は中学生の時に、その時の一番仲が良かった友達に薦められて
でも、お笑いのライブとかに行くのは苦手で(人がたくさんいるところに行くことが苦手)
しかもテレビによく出る範囲での芸人しか調べないから、いわゆるお笑い大好きな人からしたら
逆の人たちとはなんだか話がかみ合わず、
どちらともいまいち楽しく話せない状態で、自分からお笑い関係の話をすることはなくなった
私「○○という芸人が好きです」
詳しい人「じゃあ●●も好き?」
私「いいえ(分かんない)」
詳「え? じゃあ、××は? ◆◆は知ってるよね?(以下、大御所芸人やマニアックな芸人の名前)」
私「ごめんなさい、知らないです」
詳「ふーん…」
会話終了
・そんなに詳しくない人の場合
私「○○という芸人が好きです」
そんなに「へー、じゃあ△△好き?」
私「(…嫌いな芸人だ)ええ、はい」
そ「△△と□□と◎◎が面白くて…(以下、延々と若手芸人の話)」
途方に暮れる
・なんとも言えない人の場合
私「○○という芸人が好きです」
なんとも「お笑い?w」
私「タハハ」
な「はは…」
言わなきゃよかった、と白目になる
自分の好きな芸人しか見ない・芸人が多すぎて把握しきれないっていう自分も悪いのかなぁとは思うんだけど
それでも無理して話合わせるのはめんどいやーいまから調べる情熱ももうないし、って
自分から話を振って、自分の好きな話題で他人から何か言われて困惑することはもうやめたいなぁとか、思ってた
中学・高校の友人とは疎遠になってしまい、大学の友達とお笑いのことを話したりもするけど、
やはり、自分より詳しくてマニアックだから話についていけない、その上好みの芸風が違うみたいで
話してて楽しくない→話しあわせなきゃ→楽しくない→自分からは絶対にお笑いの話をしないことにする
っていう、いつも通りの流れになって行ってた
ましてや、バイト先ではお笑いの話ができるなんて思いもしなかった
で、そのバイト先には見た目がいかにもイケてるメンズでリアルが充実してて彼女もちで
だというのにさわやかで天然入ってて少しぽやーっとしてる色黒なスポーツ青年がいる
見た目も中身も人当たりが良くて、そういう誰にでも好かれる人は怖い!という意識から
そのイケメンと毎週必ず一日五時間を二人きりで一緒に働かざるを得なくなる、と知った時には
少しでも嫌われたら、これから毎週必ず一日が地獄になる!と思った
しかし、優しいリア充っていうのは誰にでも話しかけてくる
リア充「普段なにしてるんですか?」
私「ネットです」
でもどうにか最低限の話で終えるようにした 続く