はてなキーワード: 鳥肌とは
「家事を分担して共稼ぎならいいけど、俺が専業で家事をするのは嫌だ。お前は埃が積もってるとうるさいし。寝具を干せだの、服にアイロンかけろだの、どうでもいいことをやらせようとする。そんな生活は出来ない」そうだ。
これは男女逆にしてもそうかな、と思うよ。私は男性だけど。うるさく言われると、やる気なくしますよね。
という訳で嫁がしてる家事を褒めまくってる。
「ありがとう嫁さん!ご飯、鳥肌が立つくらい上手いよ!っていうか立ってるよ」
「いや嫁さんって綺麗好きだよね。。。自分なんて掃除、1年に一回、友達が遊びにくる時くらいだったよ」とか
「今日、布団ふかふかですね?」とか言って褒め称えてる、
えーまだやんの? お前話が全然飲み込めてないのにまだやりたいの?
つうかお前の着地点はどこなの? 元増田が嘘ついて適当こいて就職できればヨカッタヨカッタなの?
泣かずに説明したんでしょ?偉いじゃない。
繰り返しになるけど別に卑下する必要ない。
卑下とかじゃなくて、話が違うんだって。お前は徹底的に瑣末しか見えてないな。
「りんごが欲しいんだけどある?」「ハイありますorないので調達します」ってのが俺とか大体の健常者、
「こっちはりんごが欲しくてあなたがりんごを持ってるのは知ってる、そしてときどきりんごが出せなくなることがあるのもわかる、
じゃあそれってどんなとき?具体的に言えない?りんご出せなくならないために何してほしい?」
「……事前に具体的には言えません、どんなトラブルが生じるかもわからないし…解消のためにその都度お付き合いいただくしかないんですが…」
「何それ意味判らん。とにかくこっちはりんご出てこないと困るの。具体的にどうすればいいか言ってよ」が元増田(に近いといいな…例って難しい)。
元増田に「いいからりんごあるって言えよ」って言ってんのがお前。
企業に「りんご出てこないのはしょうがねーのに。元増田と一緒に現場を作り上げるのが一番手っ取り早いし、面接の段階で何がひっかかるかとか言い出しても話が細かすぎてどうもならん。つうかりんご出せないっての『わかる』っつってるけど要するに許容する気ないんじゃんウンコども」ってのが俺。
泣かないことが偉いとかじゃねえんだよ。むしろ泣くしかねえっつうのあんなもん。
採用面接官が物凄く好意的に採ろうとしてたとしても説明してくれない人は一番採りにくい。
お前こそ元増田と面接官の戦いに落とし込みたいんじゃんw 俺は面接官に悪意があるだなんてちーとも思ってないぜ。
やつらは単に受け入れ体制がなくて、体制がないから作ろうとは思っているけど面接時点でできる工夫はないと言われて勝手に気を悪くして受け入れる気がなくなってるだけだ。
自分の無知と傲慢を棚に上げて、「相互理解の姿勢が元増田にはない」と決めつけにかかっているだけだ。
悪意があるのはお前だ。最初から。一番最初のトラバ時点から元増田をボンクラだのバカタレだの呼ばわろうと虎視眈々としていたお前だ。
単に元増田の書いた文章の意味が分からないだけならば、そんな罵言が出てくるはずはないんだ。
「よくわからないんだけど、もうちょっと細かく説明してくれない?」が相応しい態度というものだ。
まして(読めばわかることだが)くだんの文章は元増田の記事のなかにあるがその主は企業だ。
元増田が企業(や、社会)から押しつけられていることをそのまま記述しただけだ。
意味判らないとしてもそれは元増田の責任じゃない。企業がメチャクチャ言ってるだけであり、お前の頭が残念な出来であるだけだ。
「どんな配慮が必要ですか?」って当人に聞くのは
当人の希望に沿って調整する用意があると言うことで、
俺の日本語ではこれを融通って言うんだけど
君の日本語では融通はどういう内容?
ゆう‐ずう〔‐ヅウ〕【融通】[名](スル)
1 とどこおりなく通じること。転じて、必要に応じて自在に処理すること。ゆずう。
だそうだけど。俺の日本語っていうか一般的な日本語では。お前の使ってる「お前言語」日本語からズレ過ぎなんじゃね?
「必要に応じて自在に処理すること」。あらかじめマニュアルを決めることじゃなくて、いわゆる「臨機応変」の態度なのよ。
必要が発生してない段階から説明しろ希望を出せとか言われても無理なの。障害の故に説明能力がないというよりは、単に現場に出ないとわからないことなの。
それは融通がどうこうじゃなくて単に求人枠がない状態っていうんだよ。
家族にしろ職安職員にしろ、採用側より障害について知ってるから求められてる。
「十全なのかー」って十全なわけないし十全なんて求められてない。
障害の特性を一通り知っているし、いろんな例見てるだろうし、企業の側は「専門家」に意見が仰げて安心だし、被面接者は「助けてくれる人」に同席してもらって安心だし。
そして、これが一番ネックなんだが、特性を知ってていろんな例見てても「で、元増田さんには具体的にどんな配慮が必要ですか?」と言われたら、元増田も言ってた「一つのことに集中するのは得意で、二つ以上のことをやるのは苦手です」とかの一般的特性を述べるに留まってしまう。
それ以上具体的な部分に落とし込むことはできない。無理だ。やってみないとわからない。
代弁しろとか言われてもできないよ。わからないことはわからないとしか言えない。元増田が泣いてしまったからといって口は出せないだろう。
そこで説明するべき内容は元増田が決めることであり、元増田が話すべきことだってことになるからだ。
しかし「答えはない」なんて真理だが言えねー。啖呵切るならともかく就職面接でなんて俺だって言えねえ。
その意味では、元増田の記事の一番最後の「答え」は、例え本当の部分とはなんかズレている気がしても答え方としてかなりうまいと思う。
でもきっと企業側はあくまで具体的な対策を言わせたいんだろうなー…とか思うと他人事ながら気が重い。
余談だが、家族を同席させることの何がアレって、企業視点では対応次第で裁判沙汰とか面倒なことになるんじゃないかという恐怖がありそう。
だから「企業の迷惑を顧みない非常識行為」となる。少なくともモンペはそういう位置づけだろ。
お前の常識が既に世間一般の常識から離れてるし(なにせ使用言語が日本語からズレてる)、そんなこと言っても何も説得力がないなw
君との話し合いは繰り返し日本語の問題に突き当たるけど
「有利」と「必勝」は違う。
元増田は今回は有利さを生かせなかった。
だから、「元増田の有利さ」って何だよ。お前が言うように同席して説明してくれる人は職員がいたけど特に有利ではなかったじゃん。
つうかそれで有利になると思ってるお前の頭がどうかしてんだよ。
追記のトラバあったよ。ツリーを探してみ。
事前に文章にまで仕立てて持ってってんだよ。
それで面接官の切り返しがあの「僕らの立場」よ。アホくさいわ。
そもそも、要求して何が悪いんだろう。企業の要求は悪なのかな?
負けずに要求し返したりすればどうだろう?
要求し返すのはいいな。元増田の記事の最後の部分、あれはなかなかいい。
読み返しても
また、配慮して欲しいポイントをきれいに説明できるのであれば、障害者手帳なんて要らない。
なぜなら、配慮が無くても仕事を出来る場所を探せばいいのだから。
「そんな指摘をするなんてお前はあっちの味方だな」という反応は小児的だし混乱してる。
ある一文が論理的におかしいと、その一文の作り手ではない人間に指摘するのはおかしい。それこそ論理的にwおかしい。
あるいは企業とはすなわち健常者社会の象徴とでも捉えて、自分の胸に手を当ててじっくり考えるのもよかろ。
手も当てずに逆ギレしてんのは大人の態度とはとても言えない。小児のみっともなさというよりは小児的大人のみっともなさではあるが。
その後で意味が通じてんじゃん。「あー、やっと言わんとすることはわかった。」と。書いてあるぜ。
またわかんなくなっちゃったの? 「今もわからないけど。」って。
わからないことをわかるって言うのは知ったかぶりって言ってなかなかに害悪だし、
わかることがわかんなくなっちゃうのは病気かもしんないから医者行った方がいいよ。
俺にはお前のその一貫性のなさが判んないよ。悪意という串が通ってなかったら絶対把握できねえ。
君が今凄くストレスを感じてるのはわかってる。
そういう時の自分の文をこそ観察して、思考パターンの動きを省察するといいと思う。
ザッと流し読みしても「バカ」とかそういう言葉が激増している。
ネガティブ・不貞腐れ思考、対立認識、破滅願望、攻撃性、etc.
そのパターンが一度でも君を本当の意味で愉快な気持ちにしたり、
物事の解決の助けになったりすることがあったか思い返してみて欲しい。
大いに解決の助けになっている。少なくとも妨げにはなってないな。
ストレスはセンサーだ。何が引っかかるかを強烈に俺に教えてくれる。
俺は俺を引っ掛けるものを理解して分解することができる。ストレスはそのスピードを上げる。
で、お前は俺の文章から何か学べたか? 「知能」の意味は検索したのか?
してないよな。するわけがない。「この話の核だから」と言っておきながら、お前には元増田の障害を知ろうという意志がない。
お前には向上心はない。
お前にあるのは悪意ぐらいだ。
追記。
そう。あの増田なのよ、俺は。
本性はとても真面目で綺麗なのよ。うわあ鳥肌立つwww
「ハックルさんに期待すべきでないところ」の続編
http://anond.hatelabo.jp/20111018090019
ちなみにハックルさんに関して言えば、
こういうよくわくわからん加齢臭がプンプンするガノタと同レベルの頭悪い粘着気質部分を除いては大好きです。
(これは彼の長所部分と切り分けられるものじゃないのだけれど)
どちらかというと、彼をいつまでも攻撃し続けている人のほうが気持ち悪いと思う。
だって、「もしドラ」に対していつまで経っても文句を言っているような人ってこれと同じでしょ。
たしかに「もしドラ」は子供が作ったおもちゃみたいなものであり、内容敵には色々問題があります。
これが大活躍してたら、今までの小説やドラッカーが好きな人ほど怒るだろう、と理解は出来ます。
でも、大事なのは作品中ではUEを倒すことであり、作品外では今までの流れやイメージを変えることです。
その手段がおもちゃでも何でもイイじゃない。
今は厳密な合理性を求める段階ではないと思う。
ガノタもハックルさんに粘着してる人間も、彼らに対する期待の仕方が根本的に間違えている。
ハックルさんの凄さは、とりあえず後先とか今までの経緯とかを気にせずに、目の前にあるものをぐちゃぐちゃにできるそのぶっ飛んだ感性です。
そして、不完全でもなんでもとりあえず新しい形をつくってみようとするそのチャレンジ精神です。
結果としてできあがったものが「アレ」でも、それを胸を張って世に送り出し、批判に対しても胸をはり続けるができるということです。
今までの流れを変えるような新しいものを世に送り出せる人間とはこういううつけ者なのだと思います。
日野さんとハックルさんは、世の中に破壊と混沌をもたらすカオス・ヒーロー的な存在としてもっと評価されてもいいと思う。
そりゃできればもっと品があって、文章力やシナリオ構成力もしっかりしてるほうがいいでしょう。しかし、そこまで望むのはやりすぎです。
彼らがやっているのはとりあえず今までの「ガンダムとはこういうもの」という既成概念をぶっ壊す、ぐちゃぐちゃにする、
そういう取り組みなのであって、アレが未完成であることなど両者とも十分理解してやってるんです。
新しく再建するのは、別の才能がある人に任せればいいのです。
ダイヤモンドの編集だってサンライズだってそこがわかった上で彼らを採用したのだから、
出来の悪さを批判すること自体、見当はずれも甚だしいと言えます。
「できの良い作品を作る」方向の才能は、ハックルさんや日野さんに期待してもムダです。
期待の伴わない、ただ口汚いだけの批判などなんの意味もありません。
そもそも、なぜ部外者のハックルさんや日野さんが出てこなければいけなかったのか。
それを考えると、ドラッカーの看板を掲げながらロクに計画的な破壊と創造をおこなってこなかったため、50年もかけてろくな入門書を作れなかったダイヤモンド社の人に怒るべきだと思うんだ。もちろん、ダイヤモンド社の皆様も、頑張ってはいらっしゃるし時々「海外の翻訳」なんかではいい本出てるけど日本人著者が出してる本って面白みがないのが多いよね。思考停止したサラリーマンのオッサンだけ相手にしてたらイカンぜよ。本当に問題なのは、もしドラのあとに、まともなドラッカー本が「ドラッカーのリーダーシップ論」くらいしか出てないということだってば。
ガンダムについてはガノタがあまりに嫌いすぎて全く見てないから全然知らんけど、SEEDとかの話を聞く限り、もう業界内の人間ではぶっ壊せないどころか劣化した再生産になるってガノタの人はみんなわかってたんじゃないの?長い目で見たら、AGEがクソアニメになろうがなるまいが、ガンダム全体を救ったってことになるんじゃないのかな。
信長はいいよね。カオス・ヒーローでありながら同時に冷静に敵から学んで成長できる人でもあった。
追記2
igiさんに追記部分をほめられたwので追記1を削除。igiさんにおもしろがられるとかイヤすぎて鳥肌たつ。
まぁ私が余計なこと書いたのが悪かったということで。
もうその人の文は目に入るだけでウザい。
「にゃー」とか「チミ」とかそういう
オッサン臭くて気持ち悪い敵意の発露に必死になる暇があるなら
先にもっと文章を整理して欲しい。
同じく文章がウザいって言われる消毒の人は、地下猫の人と比べると差が歴然だよ。
消毒の人は実は思考も文章も整理されてる人だっていうのが比べるとほんとによくわかる。
主張や反論をきれいにまとめてから、最後に毛を生やしてる感じ。
地下猫の人の文章はなんか毛玉っていうか
毛ばっかりで本体がグニャングニャンなことが多くて、
それは順番が違うだろうって思う。
本題をスパッと切れ味よく整理したうえで、まだ余力があったら初めて毛を生やす作業でしょ。
それがないのが今の問題なんだわな。
ガチ方言で自然に「~だべさ」とか「~じゃき」とか言ってる場合は全く問題ない。
それはふつーに聞けるし、各地の方言って素敵だと思う。
大学でいろんな地方の言葉とイントネーションに接して、すごく魅力的だと思った。
そういうのとは明らかに違う、
気色悪い自意識と下流臭が匂ってきて聴いた瞬間にゾーッと鳥肌が立つ。
明らかにあんまり程度や学歴がよろしくない人に「だべ」使用者が多い気もするので
http://anond.hatelabo.jp/20110722111751
xsinon
それを言うなら東京人が時たま使う変なイントネーションの関西弁の方が気色悪いんだけど
2011/07/22
「それをいうなら~の方が」じゃなくて
それとこれは全く同じ問題。
傘の端から滴り落ちる雨粒を見やりながら、ぼんやりとAのことを思い出していた。ぼってりとした雨雲が犇めき合う季節になると、彼は眉間に深い渓谷を刻んでしきりに舌を打ち鳴らしていた。
至る所で蛙が鳴き声を上げている。あの日も同じだった。夥しいほどの蛙が、姿も見せずあちこちで喉を震わせていた。
あの日、Aはいつにもまして苛立っていた。いつになく舌打ちの回数が多かったし、形相までもが歪み始めていたのだ。
家路を共にしていたわたしは気が気ではなかった。狂おしいほどの不快感というものを、生まれて初めて目の当たりにしていたのだ。両目が釣り上がり、眉間はもちろんのこと鼻筋にまでしわを寄せたAの容貌は、この世のものではない黒々とした悪意に乗っ取られてしまったかのようだった。
なんとかしなければならない。少し後ろを歩きながらわたしはそう考えていた。早急にAの不快感を発散させなければならない。いつその矛先がわたしに向くかわからなかったのだ。
梅雨空の下、わたしは沈黙したまま歩き続けた。つかず離れずAとの間に一定の距離を保ったまま進み続けて、不意に先生の話を思い出したのだった。
それは先生が子供の頃に行っていたという遊びのことだった。パン、と弾けるのだという。ひどいことをしていたものだと、先生は苦笑交じりに語っていた。
わたしは先をゆくAにおずおずと話しかけてみた。ねえ、蛙に爆竹を仕込んでみない。
声を聞きピタリと立ち止まったAは、しばらくの間前を向いたまま立ち尽くしていた。やがてゆっくりと振り返ると、わたしが口にした言葉の意味が掴めないといったような表情で虚ろな視線を寄越し始めた。わたしはそのとき、意味もなく愛想笑いを返した。だけに留まらず、沈黙に耐えられなくなった末、その背中を押し出してしまった。
よくわからないけどさ、イライラしているんでしょう。だったらやってみようよ。嫌いな蛙を懲らしめてやろうよ。
本当に、その程度の思いつきだったのに。
わたしはAの眼の色が変わっていく様をまじまじと見つめてしまった。
それも、そうだな。
ぞっとするほど酷薄な表情を浮かべたAがそう言った。彼のものとは思えないほどに冷え切った声色だった。わたしは思わず鳥肌の立った二の腕を抱いていた。ねっとりとした暗黒色の感情が、形をなしてAの背後に立ち込めているかのようだった。
わたしは今すぐにでもその場から立ち去りたくて堪らなかった。とてつもなく嫌な予感がした。「絶対を破ってしまった後ろめたさ」のような感情が、怒涛のごとく押し寄せてきていて呼吸をするのが苦しかった。
今なら当時わたしが呑み込まれた感情が何であるかがはっきりとわかる。あれは呆れるほどに純度の高い恐怖だったのだ。生理的本能的な原始の恐怖。それが驚くべきほどの奔流となってわたしに流れこんだのだ。お陰でわたしはその場からぴくりとも動き出すことができなかった。Aと向き合ったまま、両足が地面に縫い付けられてしまっていた。
にっ、とAが笑った。
何も言わずに再び前を向いたAは、歩き出しながらわたしに指示を出した。ありったけの蛙を捕まえて公園まで待ってきてくれ。口調は穏やかそのもので頼みを聞いてもらうときのそれに近かったものの、内実その根底には逆らいようのない高圧的な意図が宿っていた。反故にすることなど、できるわけがない。恐怖に支配されたわたしの首はほとんど自動的に頷いていて、わかったと端的な服従の誓いまで口にしてしまっていた。
絶対だぞ。
念を押されたわたしは、帰宅するや否やプラスティック製の小さな水槽を抱えて再び雨の町へと飛び出した。
蛙を捕まえなければならなかった。一匹や二匹では足りない。胸に抱えた水槽から溢れんばかりに捕まえなければならなかった。そうでなければ、どうなるかわからない。どこかたがが外れてしまったような様子のAが、何をしでかすともわからない。
かえるかえるかえる。わたしは死に物狂いで蛙を探し続けていた。大きいものから小さなものまで、見つけたら片っぱしから水槽に突っ込んでいった。かえるかえるかえるかえる。まだ足りない。まだ足りない。全然足りない。
ただ、恐慌状態にあったわたしは少しだけ運が良かった。Aが指定した公園には小さな溜池とそこに向かって流れる側溝があって、そのため草むらや生垣の中から途切れることなく蛙を見つけることができたのだった。加えて、その年は例年になく蛙が以上発生していた。わたしの右手は次から次へと蛙を捕まえていった。
十五分くらいで水槽の半分ぐらいが蛙で埋まった。随分な量だった。抱える左手が重たくて辛かったことを覚えている。しかしながら、それでもまだ蛙が足りなかった。こんな量じゃ満足してもらえないと思い込んでいた。
狂おしいほどの強迫観念だった。ストレスからくる吐き気まで催していたと思う。Aという圧倒的な恐怖に苛まれていたわたしは、グロテスクな体を所狭しと寄せ合った蛙たちの上に、捕まえていたのと同等かそれ以上の蛙を詰め込んでいった。
それからもう二十分ほど探し続けて、わたしはようやく水槽の蓋を閉じた。見れば、限界まで詰め込まれた蛙が壁面に抑えつけられながらもぞもぞと動いている。腹を向けていたり、背を向けていたり。ある蛙は押し付けた眼球が潰れかかっていたし、最初の方に捉えた蛙にいたっては、底のほうで身動きも取れないまま胃袋を吐き出しているようだった。
わたしは右手に傘を左手に水槽を抱えたままAが来るのを待っていた。早く公園に来て全てを終わらせてほしいと願う一方で、どうかこのまま絶対に来ないでくださいと望まないわけにはいかなかった。
雨は途切れることなく傘を叩き続けていた。根こそぎ集めたつもりだったのに、依然として蛙の鳴き声は四方八方から鳴り響き、傘に反射して頭上からも降り注いでいた。
どれほどの時間立ち尽くしていたのだろう。じっと足元に落としていた視線を持ち上げたわたしは、雨にくすんだ公園の入り口に現れたAの姿を目にすることになった。ドクンと心臓が脈打つ。血流が速くなって、外気が急に寒くなったように感じられた。
Aはゆっくりとわたしの方へ歩み寄ってきた。手には買い物袋。大きな大人用の傘を差して、これから行う行為にふさわしい服装であるかのような暗い色の服に着替えていた。ただ一点、スカイブルーの長靴だけが場違いに目立っていた。そこだけが異質なまでに邪気がなく、わたしは急にぞっとしなくなった。
たくさん集めたな。Aはわたしが抱えた水槽を見下ろして満足そうに言った。十分過ぎるくらいだ。思う存分楽しめる。にやりと歪んだ笑みが目の前に広がった。喜んでもらえたから、取り敢えずはほっとすることができたから、わたしも笑顔を返そうと思った。けれど、こちこちに強張った表情筋はぎこちなく伸縮することしかできなくて、声さえ口に出せなかった。
やるか。Aは素っ気なく口にした。わたしは命令を受け取ったロボットのように水槽の蓋を開ける。蛙を一匹取り出すと、彼の右手に手渡した。洗練された無駄のない無機質な動作だったと思う。蛙を受け取った彼は、買い物袋の中から小さなダイナマイトを取り出し、無理やりこじ開けた蛙の口に詰め込んだ。
がそごそと左手に持った薄いビニール袋を騒がせて、取り出したライターをわたしに差し出す。
点けてくれ。両手が塞がってて、何も出来やしない。
わたしはこくんと頷いて彼に従う。ライターを受け取り、石火をジャリジャリならして、揺らめく小さな炎を作り出した。
やろうか。そう、彼が言った。わたしはまたこくんと頷いて、そっと導火線に火を近づけた。
シュッと小気味いい音が聞こえて、細かな火花が飛び散った。Aはすぐさま蛙を放り投げた。
口の中に爆弾を放りこまれた蛙は、降り注ぐ雨の中、カタパルトみたいに宙空へ飛び出して、緩やかに下降していきながら、途中で、唐突に、弾けた。
乾いた音だった。蛙は空中で四散した。緑色の体から、予想もしていないほどの赤をまき散らして、四肢と臓腑をズタズタに引き裂かれた生命は、何の理由もなしに爆散したのだった。
べちゃり、と砕け散った血肉が地面を穿つ音が聞こえた。前にも増して雨は強く振り続いているのに、その音だけはしっかりと耳まで届いた。
べちゃり。
わたしは隣に佇むAに眼を向けた。
彼は声を上げず、身動ぎもせずに、じっと散り散りになった蛙の残骸を見つめていた。異様なまでに見開かれた瞳孔は、直前まで意思を持っていたはずの残骸を網膜にさんさんと焼き付けているようだった。
ぽっかりと半開きになった口に微かな笑みを浮かばせていたような気がする。その口元にだけ笑みを浮かべて、Aは食い入るように死体を眺めていた。自らの行為に心から耽溺した怪物のようだった。
ゆらりとこちらに向き直ったAは、もう一回やろうぜ、と言ってきた。わたしはこくんと頷くと、再び蛙をAに手渡した。それ以外に選択肢がなかったのだ。ライターに火をつけて導火線に近づけた。
蛙が弾けた。何匹も何匹も爆ぜて死んでいった。殺されたのだ。Aとわたしは殺戮を繰り返していた。雨降る公園が血肉に染まり、地表を覆う水たまりまでもが真っ赤になり始めても、わたしたちは蛙を殺し続けていた。
途中から爆竹を使うのが面倒になったらしいAは、おもむろに残りが半分前後になった水槽に手を突っ込んだ。そのまま躊躇いもなく手を握る。ぐーぱーぐーぱーと、ハンバーグをこねるかのように蛙たちを握りつぶしていった。
惨劇にわたしは小さな悲鳴を上げた。抱え込んだ水槽の中で生々しく蠢く蛙たちがいとも簡単に圧死していくのである。Aが右手を開閉するたびに、ぐちゃぐちゃと凄惨な音が鳴り響いた。ぷちぷちと気泡が潰れるような、密に詰まった組織が圧迫されて破裂していく音が断続的に聞こえてきていた。
わたしは水槽の中の地獄をじっと見下ろしていた。眼を閉じることができなかった。背けることも。かと言って、Aと視線を合わせることも怖かった。Aが目の前にいたから、ただじっと耐え忍ぶことしかできなかったのだ。目撃者として、共犯者として、わたしは蛙が死にゆく様子をありありと見せつけられなければなからかった。
水槽からは生温かい臭気がねっとりと立ち上ってきていた。時折血肉が勢いよく噴き上げて、わたしの服に付着していった。胃が痙攣を繰り返す。喉の奥から逆流してきた酸っぱいにおいが生臭さと入り交じって、如何ともしがたい臭気を醸しだす。滲んだ涙でわたしの視界は霞み始めていた。鼓膜には、依然としてミンチをこねる水っぽい怪音がこびりついている。
とうとう堪らなくなって、わたしは水槽を手放してしまった。地面にぶつかって、どろどろに潰された真っ赤な流動物が地面に広がっていく。中にはなんとか生き残っていた蛙が数匹残っていた。彼らは変わり果てた同胞の海から這い出すと、懸命に逃げ延びようと地面を跳ね始めた。
その一匹一匹を、Aは踏みつぶして回った。何度も何度も足を振りあげて、全体重を掛けて踏み躙った。ぐりぐりと擦りつけられた蛙は、すり鉢にかけられたかのごとく原型を留めない。それが蛙であったという事実さえ蔑ろにしながら、Aはわたしが捕まえた全ての蛙を、一匹残らず殺し尽くしてしまった。
わたしは公園から逃げ出した。Aのいないところへ行きたかった。走って、走って、全力で走って、全身水浸しになりながら家に帰った。しばらくしていから傘を忘れてきてしまったことを思い出したが、取りに戻ろうなんてことは考えられなかった。
その日わたしはほとんど一睡もできなかった。雨はなおも振り続いていて、蛙の鳴き声はそこかしこから聞こえてきていた。
翌日。Aはどこにもいなくなっていた。
あの日の出来事は、いまでもわたしを縛り付けている。蛙が苦手で仕方が無くなってしまったし、雨が振るたびにあの水槽から沸き立っていたにおいを思い出すようになってしまった。
けれど、それも当然の報いなのかもしれない。結果としてAに加担し、わたしの蛙を殺しまくったのだから。恨まれて当然なのかもしれない。
梅雨になるたびに、意味なく奪われる命のことを考える。供養し、謝り続けようと、心に決めている。
おれのことかと思って鳥肌たったわ。
でもおれはろくでもないしょぼくれた寂しい人生を歩んでるから安心してくれ。
それにおれは結局両方失った。
全てが終わったときに一人だったわ。
いや、失ったというのは都合のいい言い方だったわ。
自ら捨てたんだ。
そのくせ今でもその事を悔いて、おセンチになったりしてる。
捨てた女が忘れられないでいる。
人間のクズだ。おれは。
会社と家をいったりきたりするだけ。
風呂を洗ってくれるヒトもいない。
脱ぎ散らかした服をたたんでくれるヒトもいない。
あれってライトオタなの?
それなりにオタクのつもりの俺がまるで耐えられないんだけど。
あともう1人の男のキャラや喋りや声、
これだけで鳥肌が立つほど辛くて見てらんない。
下手に巨大ロボとか魔法とか出てくるよりあっちのほうが辛いわ。
キャラクターとCV(キャスト)が30人ぐらいと多数で、しかも豪華声優陣ばかりらしいので鳥肌でした。
ちなみに鈴村さんと櫻井さんは、零式のキャスト出演が決まっており
もう収録してるんのかな?お二人ともトップシークレットのことを知ってそうでした。
田畑さんはホントにすごかったですね。ぜひ次回作はPS3で作ってほしいです。
【アギド13改め零式映像】
http://www.youtube.com/watch?v=nC5P3Jxvtzg
13-2は
ストーリーと戦闘も改めてくると思うので
もしかしたら、こっちが本当の『FF13』なのかもしれません?!
もしくはFF13とFF13-2ぜんぶ含めて『完全版FF13』かも!
鳥山さんもFF13のときは賛否両論があったと発言しており、認識してるので
前作のような一本道ではなく、ほんとうにユーザーの期待に答えるような
出来に仕上げてくれるのではないのでしょうか?!
http://www.youtube.com/watch?v=ObiaNbDtF3Y
そしてヴェルサスは、超実写グラフィックムービーから始まり、なんと言えばいいのか・・・
とにかく、別次元に到達したような映像でした。youtubeのは映像が粗いので半減すると思いますが。
また、本格的な戦闘シーンが公開されました。
左下右下にはインターフェースがあり、右下の方はノクトや各キャラの顔や体が映っており
街中(コンビニ?などもあった)を移動したり、草原(ドラゴンの様な敵がいたり)を移動したり、その度に戦闘があり
戦闘の方法としては、剣、魔法で戦うのはもちろん
敵の?ロボや戦車のような機体を使いバトルしてる様子もありました。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm13344735
http://www.youtube.com/watch?v=1A0AU1eNSXk&feature=player_embedded
ああぁぁぁ、すごすぎるうううううううううううううううう
「タイガーマスク」善意続々、贈り物全国で : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20110110-OYT1T00831.htm
匿名で児童養護施設などに寄付をしている人がいるらしい。記事だけを見ると単純に「良い話だなぁ」と思うのだが、ネット上の意見を見るとその行為自体には否定的な人が多い。何しろ自分も「良い話だ」と思う反面、言葉に出来ない鳥肌が立ってしまったことをここに告白する。何故素直に肯定できないのか。
色々考えたが、一番の理由はその行動自体が不審者的で変質者的だからだろう。
現代では、見返りを望まない善意は、奇異に捉えられてしまうのかもしれない。個人で渡すことにより、逆に妙な噂話を立てられることもある。『何が目的なんだ?』という目を向けられてしまう。何も求めてなんていないのに。ただ、誰かに優しくしたいだけなのに。
匿名で送る一番の理由はたぶんそれだろうが、匿名で送ることにより、その行為自体の不審者性、変質者性はいっそう高まってしまう。
例えばもし家庭にランドセルが匿名で送られてきたら、両親は『ランドセルに精子が塗られているんじゃないだろうか』とか心配してしまうだろう。実際に養護施設に送られてきたランドセルにはそういう痕跡なんてないだろうが。
だからこのタイガーマスク運動というものは、無償で寄付をする代わりに、世間に対して『不審者的、変質者的な『善意』を受け入れることが出来るかどうか』を間接的に問うているのだと思う。タイガーマスク本人にその意識は無かったにしろ、結果的には世間に対してそれを問うている。そして世の中には『受け入れて欲しい』という思いに対して強い拒否感、拒絶感を感じる人がいて、そういう人が否定的になっているんじゃないだろうか。
今年の正月に友人や同級生と語った話だけど、婚活ってのは場所を選んでやってほしいと思う。
職場なんかで声をかけてくるのははっきり言って迷惑だし、その上で色々条件をつけてくるんだから
正直言って脳の機能に深刻な問題があるんじゃなかろうかと思う。
まず、収入のある男性ってのは、基本的には一部を除いて「学生時代勉強した男」だ。
勉強した上で、いわゆる「モテ」方面にリソースを使えるような奴はほんの一部だったし
そういった奴は当時から今までずっと若くて美しい女を選び放題だから、婚活するだけ無駄。
結果、婚活的な行為の対象になるのは、収入があってパッとしない男、ということになる。
そう、ちょうど俺たちみたいなのだよ。
ただ、そういった男は、特に30歳超えて婚活するような女性を“ズルイ”と思っている。
理由は簡単だ。恋愛とか結婚とかいう言葉を一つにして、例えば「男女交際」という言葉で
括ってみるとよく分かる。
若い頃の男女交際は、基本的には2人の間の問題だけで、楽しいことが多いだろう。
ある程度の年齢になってからの男女交際は、子供やら親戚付き合いやら老後やら、一生かかって
解決しなければならないトラブルだらけで、精神面でも金銭面でも、特に男性側の負担が段違いに大きい。
要するに、相手に色々条件をつけて婚活する年増の女性は、こう言っているのだ。
「若い頃の男女交際で、他の魅力的な人と楽しんできました。
年をとってからの苦しい部分を、あなたに引き取ってほしいと思っています」
若い頃ろくに女性と接することも出来ず、ひたすら勉強やら仕事やらに打ち込んできて
やっと楽になりつつある頃にこのメッセージを受け取るのだ。全身鳥肌モノだよ。
そんなわけで、繰り返しになるけど、婚活ってのはパーティとかだけでやってほしい。
そういうパーティに来る奇特な男性もまだいるだろうから、そっちに引き取ってもらえよ。
かつて僕は、幼女の肢体に魂を奪い尽くされた男だった。人間が生まれた、その初期の段階にしか持てない無垢さ、そういったものが僕の頭脳に濁流となって押し寄せ、圧倒的な浄化(カタルシス)をもたらしてくれた。今の幼女にはそれがない。最初から現代のギャル文化に支配されている。分厚い化粧をしている幼女もいるとか。やめておくれよ。僕の膝元に座りなよ。泣きながら化粧をぬぐいとってあげよう。
しょうがないから『はてなランドに僕のおにんにんが~突撃~』とか下らない書き込みを2chにしていたらはてなランドが潰れてしまった。僕のせいだろうか。
こんなことしている場合じゃなかった。今日はロリ映画を紹介したいんだった。
幼女のビチクが芸術という名の元に拝めます。しかしそれよりも、この映画の不気味さ、怪奇さ
というものは、見ていて鳥肌が立つレベルです。これぞロリ映画の最高峰です。
いやーしかし、最近の少女は本当にレベルが上がってるよね。僕もこの前日曜日にジャスコに行ったら
かわいい幼女がいっぱいいて、恥ずかしながら……その、勃起しちゃいましてね。
家にまで帰ってきた次第です。
さて、そろそろあの人が帰ってくるし、『ポク』なんて言葉遣いは止めよう。
そのせいか、寒さを感じると
「きたか、寂しさ!」
と身構えてしまう。
初めて寂しいという感覚を知ったのは25歳のとき。
もともとお喋りではあるし、話し相手がいないのは退屈ではあるが、寂しい、という感覚はわかってなかった。
よく知らないまま、なんとなく退屈という感覚を「寂しい」と表現していた。
ある日、寂しさが訪れた。
押しつぶされそうな孤独感。
この地球がこんなに広くて、この宇宙がこんなに広くて、それに比べたら自分の存在なんて塵のようなもの。
何億年も続く地球の歴史のなかで自分が生きている時間なんてほんの一瞬。
こんなちっぽけで、はかない存在で、誰とも交わらずに、誰にも気付かれずに一瞬で消え去る。
吸い込まれるような感覚と押しつぶされる感覚が同時にやってきて、そして寒気がして鳥肌が立つ。
酷いときは、立ち上がることが出来なかった。
そんなこんなで、寒さを感じると寂しさを思い出す。
それから毎年のように年に数回寂しくなる。
秋はたいてい一回は寂しさがやってくる。
今年もようこそいらっしゃい、寂しさ君
元職場で経産婦の方が山ほどいたが、「以下に苦労・痛みに耐えて出産したか」
「これから出産するのには少々の痛みを耐えねば」
「痛みに耐えてこそ母となれる」
という精神論を聞かされた結果、私は自分が出産する時はぜっっっっっったい麻酔でやると決意した。
だってなー、産んだあとだって痛いらしいよ。なんでも会陰を切開して糸で縫うのでトイレのたびにしみる、とか、
その糸を自分で引っこ抜いた、だの、
産んだあとでもそんな鳥肌レベルの痛い話聞かされたら、どう考えても無痛にしたくなるよ絶対。
痛みは極力少なくしたいというのは普通のことだと思う。