はてなキーワード: 東工大とは
「早慶付属中に行く意味」と題してインターエデュに300を超えるコメントが付いています
ttp://www.inter-edu.com/forum/read.php?1644,2373792,page=1
息子は現在、中高大の学生生活を楽しみに受験勉強を頑張っています。
わたしも、子どもには大学受験に縛られない有意義な学生生活を謳歌してほしい、と希望しております。
経済的にも、子沢山ではありますが、十分大学卒業まで問題ないと考えていました。
「早慶付属上がりということは、文系学部がほとんどだ。文系と言う事は、仕事は基本的には、営業だ。
営業は実力勝負で、学歴なんて関係ないし、これから文系学部は早慶とはいえ厳しい。
就職の時ちょっと有利なだけで、人脈と言ったって、昔ほど有用でもないし、
人脈を利用できるできないは本人次第だ。それに、子ども全員早慶など付属いかれたら、
経済的に大丈夫か?今の収入が続く保証はないんだぞ。青春を謳歌するためだけに、
大金を払うつもりはない。中高私立にするなら、大学は、東大、東工大、医学部とまでは、
全く希望していないが、せめて国立理系にするのを条件にしてくれ。
本心では、公立中→都立高→電通大とか首都大の理工が一番ありがたい。
とにかく、私立中高にいかせるのなら、どこでもいいから国立理系以外ダメ。
早慶付属は絶対に認めない、コストパフォーマンスが悪すぎる。これからは、理系以外ダメだ。」
何とか説得しようとは思っていますが、どうしたらいいのでしょうか? 」
公立中高一貫が乱立し始めたので、
ここの家の父ちゃんが言ってることは半分正しいと思うけれども。
イケメンというわけでもなく、気の利いたことを言えるわけでもなく、洋服にも映画にも音楽にも疎い親友が、結婚した。
合理的で、部屋には異常なほどモノがなく、かといって無機質で冷たいわけでなく、いつものほほんと暮らしていた彼が結婚した。
彼に、男としての魅力がどこにあるのか?
彼は女性の気分を舞い上がらせるような話術の才はない。
ぐいぐいひっぱるような男らしさもない。
知的ではあるが、彼の知的さは、数学の点数が恐ろしくいいという程度の評価だったと思う。(東大模試、東工大模試で上位にのるくらいだった)
二十代中盤から日経新聞を読み始め、ずっと読み続けているため、今でこそ経済ニュースに関してはかなりのものになったが、経済に結びつかない話はさっぱりだ。
でも、自分だけは知ってる。
憎しみや嫉妬という感情を持ち合わせていないかのように見える。
押し殺しているのだとしたら、それとて立派だ。
少なくとも親友の僕を完全に騙し通してる。
蹴落とそうとか、出し抜こうという意識がない。
まるで数学の問題でも解くように、すいすいと段取って、さくさくとことを進める。
クールにでもなく、熱くもならず、いつもどおりの朗らかな顔のまま。
彼が結婚する話を聞いて、彼のことを評価する人間が、自分の他にいたという事実が、とても嬉しかった。
「彼の素晴らしさが解る女性がいて、それが嬉しい。彼みたいな人間は世界中に二人といない。あなたはいい買い物をした。」ということを、彼の奥さんの前で口に出した。
その瞬間、「あ、失言かな?」
って思った。
「アイツにはもったいない綺麗な嫁さんだ」
と言われているであろう感じだったので。
俺のその言葉が彼の嫁を感動させたらしい。
後日だが、彼が「えらく喜んでいたよ」と教えてくれた。
彼は不可解そうな顔をしてた。
彼は裕福だ。
家が裕福だし(欲が異常になかったから、そうは見えなかったけど)
勤務先だって経団連会長を輩出するような大企業だ。(致命的に論文能力がないので、昇進試験には苦労してるようだが)
それでも、あんな性格(俺からすると最高なんだけど)だと女とは無縁だったんだろうなと。
頑固で、古風で、寂しがり屋で、たまに情緒不安定になったりもするみたいで、面倒くさそうな感じもうけたが、それも彼の仏のように合理的で広い心で包み込めるだろう。
つまり、つまりはだ、アスペルガーだって、仕事ができて、高収入で、家が資産家で、底抜けに優しくて、無欲ならば、他がどうであっても、結婚くらい出来る可能性もあるってことだ!
ほかに気になるのがあったら、追加していただきたく思います。
http://www.afpbb.com/article/politics/2846317/8208785
この記事だと高齢者の扱い悪いよねってアルカイダに言われちゃってるって話なんだけど、そもそも儒教文化がかつてはあって、老人大切にしようずって教えも親から受けてたはず。なのに何で老人の扱いが悪くなったのか?と。社会に出てお金を稼いで税金納めたりしてるなかでその使い道とか、それを決定している政策や政治やら投票やら諸々見聞き体験して、ギリギリ若者側に位置する30歳男子としては思う所あるんですよ。
老人って大切にしなきゃならんのか?という疑問。
まずこれが生まれちゃってるからそもそも大切にしない。大切にしなければなららないという確信持ってないんだったら迷いが生じる。当たり前の様に助ける行動に躊躇やスルーが選択肢に生じる。この選択肢は自動選択されるので本人が意思決定してるわけではないってところもポイント。だから目の前で倒れてる老人が居ても、普段の思想や行動力から勝手に決定されるので、何で助けなかったの?って聞いてもいや、べつに、とかこれと言って意思決定された形跡がある回答は得られない。
こういう現象の積み重ねがリンクの記事とかに現れてるに過ぎないんだと思うんだな。
俺自身も老人たすけなきゃならんの?とは思ってるけどね。倒れてる人は老人に関わらず助けるよ。そりゃ。こないだも大岡山で倒れた老人介抱した。周囲に東工大生とおぼしき大学生いっぱいいたけど誰も助けないのな。びっくりしたわ。老人だからなのかどうかは分からないけどね。
で、なんで老人大切にしなきゃ成らないの?と思わせてしまったかについては諸説あると思うんだけど、俺が思う老人大切にする必要無い風潮の原因をいくつか挙げてようと思う。
* 投票権に関する問題
この3つ。
一つ目の投票権に関する問題は、20歳以上の日本国民男女に与えられるが、その後、剥奪される事は無い。
15歳くらいには政治に関して関心を抱くし、10代で興味持ったものって凄い勢いで知識を吸収して行くから20歳までは正確な判断できないと断定しちゃうのはちょっと無理がある。まぁ20歳以前までは煽動に乗せられやすいから非知識層に与えるのはどうかとは思う。暴走族やってる輩とかは背後に893だし893は日本国民でないものが多く混じってるっていうから若者を使っていくらでも糞政治家に有利にできてしまうだろうし、まぁこれは20歳以上までって切り捨てておいた方が安全だわ。
一方、引退してあとは老後の生活だけって老人達、たとえば65で引退して80で死ぬとすると、あと15年分は社会の荷物になるわけだ。その間の15年感は年金だとか生活保護とかで確実にお金がもらえる。負担はそれ以下の年代全体で受け持つ。そして投票の歳も残りわずかな人生のための投票を行う。誰のためって自分の為。
49 名前: 名無しさん@涙目です。(東日本) 投稿日:2011/12/17(土) 14:08:10.54 ID:kmN9yLA+0
要は、こういった輩が大半を占めてるし、その結果、若者世代からしたらこいつらのこういう思考には反吐が出る訳で、Hateも溜まるよね。
だからさ、昔の話じゃないけど、税金を一定以上納めてる人間でないと投票すべきじゃないんだよ。
■現状
■理想
とういうわけで20歳以下を切り捨ててるのと同じ理論で、60歳以上の人間からは投票権を剥奪しましょう、というのが一つ目の問題と解決案。
橋本徹がねずみ講って言ってる通りだし、若者から搾取しすぎて疲弊してるじゃん。さっきの投票権の話でも言ってるけど未来ない老人に金使っても何も良くならないわけで、それなのにこれからを作り出す若者を疲弊させてどうすんの?
情報の乖離なんて何処の世代でもあるんだけど、根性論とか精神論ベースにしている老人団塊世代以上は非常に厄介で、事実に基づいた話も可哀想とか主観的感情で無駄な行動に終止するし、その無駄のとばっちりは良く受ける。これは近くは自身の両親との乖離、遠くは現役政治家のネットに対する理解度の低さなど、幅広い所で存在している。
例えば、アパートに一人暮らしの老人がいました。家族は2ヶ月に1度ほど会いに来ます。暑い夏、エアコンを設置する話をしてましたがエアコンは身体に悪いと老人は断りました。家族は本人が我慢するのであればと引き下がりました。老人は熱中症で死にました。熱いので腐敗の進行早いです。部屋には強烈な腐臭がふちゃくしましたとさ。
これ、老人死んでるだけじゃん、と思うかもしれないけどアパートの持ち主はアパートに損害出されてて、価値を定価させられてるわけ。財産を傷物にされてるんだよね。老人の無知が招いた結果なわけです。
他にもね、抱きぐせが付くから赤ん坊は抱きません、という主義の老人は多く居る。これはちょうど今団塊の世代がやっていたことで子供をだっこすると何でもかんでも抱っこしてくれって癖がつくから止めましょう、という理論から発生して、この手の情報が古いままな事に起因する。現役で子育てしてればその手の情報を新しいものに置き換えて行くだろうけど、子育てが完了したらわざわざアップデートはしないから仕方ない。が、孫が生まれてもそのままの知識を適用したがる。
ちなみに現在ではスキンシップによる精神発達と脳の発達に大きな影響があることがわかってるので、積極的におこないましょう、だっこもしておきましょう、という話が主流だ。統計も取られているしぐぐったらかなりの量の情報が出て来る。
これにより老人に育てられた子は発達が遅い可能性があり、社会の一員の能力を著しく損なうわけだ。ちょっと極端だとは思うけど。
まぁ、老人からうける損害によって単純にHateが溜まるよね。という話でかまわない。
これら3つの理由によって溜まるHateの量と、理由1で見られるふんぞり返った老人たちに業を煮やす若者、理由2で疲弊して余裕を失った若者は、老人に敬意をもって摂することなんてあるだろうか?
諸君、我々はMakeが好きだ
諸君 私はMakeが好きだ
諸君 私はMakeが好きだ
諸君 私はMakeが大好きだ
ユニバーサル基板が好きだ
LEDが好きだ
ハンダが好きだ
ダンボールが好きだ
フェルトが好きだ
アクリル板が好きだ
サーボモーターが好きだ
エンジンが好きだ
空中で 海中で
野外で 室内で
体育館の壁にレーザーで巨大なミクさんが描かれたときなど胸がすくような気持ちだった
初ハンダにすっかりテンションがあがった参加者が同じ場所に何度もコテをあてている様など感動すら覚える
暗い部屋に光る展示物が並べられていく様などはもうたまらない
はじめてのMake参加者が歌うテスラコイルの衝撃を口々に伝え合っているのも最高だ
怪しい出展者達が雑多な展示物を健気にも説明するのをひとつひとつ聞いていく時など絶頂すら覚える
無邪気な子供達に作品が滅茶苦茶にされるのが好きだ
必死に制作した展示物が想定外の使い方で壊れていく様はとてもとても悲しいものだ
オライリーの本やグッズが大量に販売されるのが好きだ
ついつい買いすぎてしまい、出展物を含めた重すぎる荷物をもって駅に向かう途中、紙袋が破れるのは屈辱の極みだ
諸君 私にと共にMTMに出展するMaker諸君
君達は一体何を望んでいる?
更なるMakeを望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし三千世界の鴉を殺す嵐の様なMakeを望むか?
よろしい ならばMakeだ
我々は渾身の力をこめて今まさに振り降ろさんとする握り拳だ
だがこのMake中止の暗い闇の底で1年もの間堪え続けてきた我々にただのMakeではもはや足りない!!
大Makeを!!
ならば我らは諸君と私で総力100万と1人のMaker`sとなる
Makeを忘却の彼方へと追いやり眠りこけている連中を叩き起こそう
製品とは買ってくるものだと思い込んでいる連中の眼を開けさせ思い出させよう
連中にMakeの味を思い出させてやる
連中に我々のLEDの光を思い出させてやる
天と地のはざまには奴らの哲学では思いもよらない工作物があることを思い出させてやる
第7回 Make Tokyo Meeting 状況を開始せよ
ウィキペディアによると、軽度の知能障害は、知能指数は50~70程度。
中度の知的障害は35~50程度。
知能偏差値でいえば、25~35が軽度の知能障害、17~25が中度の知的障害、
ということになる。
ところで、50が平均なので、25~35や17~25に対応する高いほうの知能偏差は、
それぞれ65~75と75~83。
つまり、偏差値50の人たちにとって偏差値30が知的障害ということになると、
偏差値70の人たちも逆の意味である種の障害とみなして良いということになる。
仮にそうだとすれば、東大や京大、東工大や一橋大の偏差値は概ね70だが、
母集団に補正をかければ、さらに偏差値は高くなる。りっぱな障害者だ。
逆に、この人たちの集団の中に偏差値50の標準的な知能の人がごく少数入り込んだら、
その集団の中では、標準的な知能の人は立派な知的障害だ。
何を言いたいかというと、自分は普通だ、と思っている人たちは、単に自分が含まれている集団に
庇護されているだけだということだ。
関西出身だけど、そんな印象はないなあ
関西で早慶上智あたりより上扱いになる国公立って、東大・京大・阪大の3つぐらいじゃね?(東工大・一橋あたりは関西では知名度なし)
青山学院ってこんなところ http://anond.hatelabo.jp/20110831231802 のブコメで
というコメントがあったので書いてみる。
ネット上で同やんと言われている事があるけど、そんな言い方はされない。同志社は同志社。
地理的に立命館の人と会うことが多いけれども特に意識していない。優越感もない。
立命館の入試で落ちた事がある同志社生は立命館を強く意識しているかもしれない。
関関同立と言われる大学群の中で、もしかしたら日本中の私大の中で最も屈折した熱さを持ってるかもしれない。
一歩間違えたらメンヘラ一直線。表面的にはいい人だけど内面にドロドロとしたものを抱えている人が多い。
それは立地的にも難易度的にも社会的にも、同志社が超微妙なポジションの大学である事と深く関係している。
なんていうか、私大の入試しか知らない関西人は行かないほうがいい。
http://momotaro.boy.jp/で偏差値65以上ある、まともな高校に行っていたなら国公立大を受験するように指導されているはずだけれど。
上位国公立大合格者が現役卒業生数の1割にも満たないぐらいの中途半端な偏差値の高校を出た人が勘違いしがちです。
日本で第二の経済圏である関西でトップの私大だと間違った勝ち組意識を持ってる人が
間違って同志社に入学すると痛い人と見なされてアホにしか相手してもらえない4年間を過ごすことになります。
同志社に入学したら出身高校と入試形態と受験歴は絶対に話さないようにしましょう。
同志社の中にいる京大阪大神大、名大九大などの地底、その他国公立大、早慶上智に落ちてきた他の地方出身者等のメンタルを刺激して人間関係がギスギスしてきます。
表面上はいい人ばかりですが、内面はドロドロした感情を抱えている人が多いからです。
内部進学組が多いのは付属高校を持つ私大ならどこでも一緒なんですが
なんでしょう、内部生とわかるだけで外部からの入学者と心の壁が生まれます。
国公立至上主義の関西では私大進学は早慶でさえ負け組のレッテルを貼られるので、
私大の付属校に入学してそのままエスカレーターで大学に進学する行為は首都圏ほど評価されません。
ですから、私立大学付属校受験は人気がなく、付属校の偏差値は首都圏のそれよりも低く表れます。
だから、内部生の中にも突出して優秀な人がいるのは認めますけれども、アホが混入することが多くなります。
自分たちが苦労していた間に遊んでいた奴らが許せないという意識の表れでもありますが、内部生というだけでアホのレッテルを貼られがちです。
同志社で自分が大学に入学した入試形態を口にしてはいけない、というのはこういうことで、
内部進学者と一緒で推薦入学者も、心の壁を作られて心の中で差別される事があります。
国公立大学受験に失敗して同志社に入学した人は私立専願入学者を心の中で下に見ている事があります。
偏差値の高い高校を出た同志社生は偏差値の低い同志社生に後ろ向きな感情を抱いている事があります。
国公立大学の入試に失敗して下宿も浪人も許されていないのであれば、(それでも黙って仮面浪人する同志社生もいますが)
早慶を受験していないのに早慶に落ちたと見なされるなど、真剣に大学入試に取り組んで同志社に来た人ほどメンヘラ一歩手前になります。
関西は首都圏から見て一地方ではありますが、衣食住足りてしまう都市圏でもあるので大学進学を機に他の地方に一人暮らしするという意識が希薄です。
東大一橋東工大早慶を率先して受験する関西の進学校は今でも少ないままです。
同志社が第一志望だった人、非一般入試で入学した人は学歴コンプとは無縁に大学生活を送る事が出来るでしょうが、
能力問題で社会に出るときor出た後に蹂躙されることになるでしょう。
この大学の関係者は愛校心と学力が反比例の関係に立つという特徴があります。(受験と無縁に過ごした内部進学者、かなり昔の卒業生はそうでもありませんが)
私大に行くのは早慶を含めて負け組という意識が大学受験とは無縁の庶民層にも浸透している関西なので、
でも、首都圏における早慶と違って、同志社に行ったからといって尊敬される事はありません。
いちいち自分から大学名を言って自慢するような同志社生、卒業生がいたら間違いなく下位層のアホです。
しかし、同志社よりも上位の私立大学がなく、国公立後期入試は募集定員が少ないために、
選択を間違えれば京大A、B判定だった人であれ同志社行きになってしまう怖さがあります。
理系は大阪府立大学中期日程で逃げきることが出来ますが文系はそうは行きません。
大学入試を頑張っていた人ほど精神を圧迫される大学ですが、心を破壊されずに生き残る事が出来ればどんな逆境にも耐えられるでしょう。
お前は俺か、というぐらい同意。というか同じこと考えてた。
結局ね、ニセ科学を批判する奴の中にも二種類いるんだよね。本当に専門知識に基づいてやってる系と「ネットde真実」系。
前者はきくち先生とかNATROM先生とかまあ本職の人たち。自分の専門性の範囲を踏み越えないから内容にも安心感がある。
後者はまあはてなとかついったとかに多い「日曜ニセ科学ハンター」。ホメオパシーとか血液型とかに「これはひどい」タグを付けまくるけど実際のところ自分では何もわかってない。そして今度原発事故みたいなのがあると「小出先生」とかをマンセーして早野先生や野尻先生みたいな、むしろ脱原発寄りの「善意の第三者」を「エア御用」(笑)認定したりする。自分たちがトンデモ異端審問官になってることに気づいてないんだよね。
なんでそうなるかっていうと、体系的な勉強をしないで「トンデモ批判」系のわかりやすいまとめを読んだだけでわかった気になっちゃってるから。だから逆にトンデモが作ったわかりやすすぎる解説(もんじゅデマとかガンダーセン「先生」とかスターンバーグ「大先生」とか、あるいは巧妙さは一段上だけどECRRとかね)にも簡単にひっかかる。その極致が誰とは言わないけどほら、菅直人に会ってきたとかはしゃいでた某IT馬鹿のなんちゃって「エンジニア」とかさ(逆に言えばそういうのを信用しちゃう菅自身が「ネットde真実」レベルなんだよね。あれで東工大とか信じられない。同僚の東工大OBも口を揃えて「母校の恥」って言ってたよ)。
これもよろしく
詳しくはここ
http://www.news-postseven.com/archives/20110411_17246.html
中学生だった当時に工学系の仕事に就きたいと思って進路を調べていた。
しかし、東電学園高等部は男子のみ、自衛隊の少年工科隊も男子のみ募集だった。
最寄りの工業高校は共学化したものの、まじめに勉強してるというより成績が良くなかった人の受け皿となっているのが現状だった。
通える範囲内に共学の東工大の高専があり、まじめに勉強できる環境にあったけど入学者の内訳を見て事実上男子校に近いと分かった。
男子ばかりの中に自分一人だけがというとハーレム展開を想像する方もいるかもしれないけど、実際はそんなに甘くないことは当時から分かっていた。
容姿が良かろうが悪かろうが、まわり全体が自分を値踏みする目になるのだから。
現在、勉強する気があって理系の仕事をするつもりで大学進学はすっ飛ばしてと考えると何が最適なのかと思う。
ウィキペディアによると、軽度の知能障害は、知能指数は50~70程度。
中度の知的障害は35~50程度。
知能偏差値でいえば、25~35が軽度の知能障害、17~25が中度の知的障害、
ということになる。
ところで、50が平均なので、25~35や17~25に対応する高いほうの知能偏差は、
それぞれ65~75と75~83。
つまり、偏差値50の人たちにとって偏差値30が知的障害ということになると、
偏差値70の人たちも逆の意味である種の障害とみなして良いということになる。
仮にそうだとすれば、東大や京大、東工大や一橋大の偏差値は概ね70だが、
母集団に補正をかければ、さらに偏差値は高くなる。りっぱな障害者だ。
逆に、この人たちの集団の中に偏差値50の標準的な知能の人がごく少数入り込んだら、
その集団の中では、標準的な知能の人は立派な知的障害だ。
何を言いたいかというと、自分は普通だ、と思っている人たちは、単に自分が含まれている集団に
庇護されているだけだということだ。
(http://anond.hatelabo.jp/20110409164209からの続き)
今回の未曾有の原子力災害に関しては、政府の災害対策本部の指揮・命令のもと、国を挙げてその対策に当たっているところであり、当学会の気象学・大気科学の関係者が不確実性を伴う情報を提供、あるいは不用意に一般に伝わりかねない手段で交換することは、徒に国の防災対策に関する情報等を混乱させることになりかねません。放射線の影響予測については、国の原子力防災対策の中で、文部科学省等が信頼できる予測システムを整備しており、その予測に基づいて適切な防災情報が提供されることになっています。防災対策の基本は、信頼できる単一の情報を提供し、その情報に基づいて行動することです。会員の皆様はこの点を念頭において適切に対応されるようにお願いしたいと思います。
不確実な情報で混乱させないように注意されたし、という日本気象学会から会員への呼び掛け。自粛要請ではない。
火山防災に携わってきた小山真人静岡大教授は、かつて雲仙岳の噴火で火砕流の危険を伝えることに失敗した経験をふまえ、「通知は『パニック神話』に侵されている。住民は複数の情報を得て、初めて安心したり、避難行動をしたりする。トップが情報統制を命じるのは、学会の自殺宣言に等しい」と話している。
マスメディアや一部の研究者、ネットユーザーはこれに猛反発した。
また、気象学会の方針とは関係ないのだが、時を同じくして別の事実が発覚した。IAEAの要請により気象庁が放射性物質の拡散を連日予測していたが、国内には公表していなかったというもの。マスメディアなどはやはりこれを徹底非難した。
日本政府が公開しないことについて内外の専門家からは批判が上がっており、政府の原発事故に関する情報開示の在り方が改めて問われている。
被ばく医療に詳しい長崎大学の長瀧重信名誉教授は「国は、どれぐらいの被ばくが予想され、どれぐらいの危険があるかをもっと公表し、住民と共に避難などの対策を決めるべきだ」と話すなど、今回のような予測データの公表の在り方を巡ってはさまざまな意見があり、今後検討の対象になりそうです。
本当にめちゃくちゃな話です。これは国民に対する裏切りであり、情報隠蔽と言われても仕方ないと思います。気象庁によれば「要望があれば公表したい」とのことなので、はやく公開して欲しいと思います。ていうか要望するに決まってますやん。
では、何故政府はこれを公表しなかったのか。
つまり、この予測は極めて精度の低く、しかも観測によって裏付けられていない机上の予測。原発から数千kmとか数万km離れた外国では参考になるかも知れないが、原発から1000km圏内の国内ではあまり参考にならないので公表しなかった、という。これは納得できる説明だと思われる。
例えば、東大教授の早野龍五はその1週間以上も前からprediction(予報)よりもpostdiction(検証)すべきだと主張している。
どこの誰だか分からないが、高エネルギー加速器物理が専門というbunogetoも同意見。
枝野官房長官は4日午後の記者会見で、「少なくとも隠す必要のない情報。誤解を生まない説明を付けて、公表すべきだった」と述べた。
政府は公表しなかったことを反省した、というだけ。枝野の説明とか、予測はあくまで予測なのだからあまり信用すべきでないという研究者の声も全然紹介されていない。
つまり、本来はさほど重要でない、というよりも誤解を招き易い情報を公表しなかっただけなのに「隠蔽」と批判され、何故公表しなかったのかをちゃんと説明し、それを支持する研究者もいるのに報道されない。こんなバカな話があるか。
というわけで、読売新聞の説明は不十分、というよりもミスリーディングで、これのために誤解が広まったようです。さて、読売新聞の記者はこれをどういうつもりで書いたのか。本当に意味を知らなかったのか、あるいはわざとやったのか。単に説明不足では済まないように思いますが、どうでしょうか。
日本の研究機関のシミュレーションがなかなか発表されないのは問題なのですが、だからといって外国のシミュレーションを見て「なんの目的で、どのように行なったか」を調べもせずに「大変だ大変だ」と大騒ぎするのも、まずいでしょう。それは結局「デマ」以外のなにものでもありません。これをなんの注釈もなく紹介したマスコミや「大変だ」と大騒ぎしたジャーナリストなどは、情報を読む能力がないだけでなく、「デマの発生源」にもなっているわけですから、反省してもらいたいものです。訂正なり反省なりがない限り、僕ならその人たちの言うことを今後信じませんね。
次の産経の記事も大同小異。
ドイツや英国、フランス、オーストリアなどの気象当局や原子力当局が、福島第1原発から放出された放射性物質の拡散状況を独自に予測、ホームページ上で公開し、注目を集めている。こうした背景には、1986年に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故で放射性物質が欧州に飛来し、飲料水や野菜などが汚染されたことがある。国際原子力機関(IAEA)からの要請を受け、日本の気象庁も放射性物質の拡散予測を行っているが「仮定の数値のため、予測精度が低い」として5日まで非公表にしてきたのとは対照的。インターネット上では「日本政府は頼りにできない。貴重な情報源だ」などと評価する声が多い。
読売と異なり、産経では日本政府が気象庁の予測を公開しなかった理由も紹介している。ただし、専門家の意見は紹介せず、「日本政府は頼りにできない」というネットユーザーの声を紹介。ド素人のネットユーザーからの評価なんてどうでもいいだろ、バカ。
政府や東電がより多くの情報を公表提供するだけならば、さほど問題はない。しかし、それを国民に周知させるマスメディアは、周知させるべき情報を精選しなければならない。
このようなときに、「学問」の本質が判っている学者はどういうふうに発言するでしょうか。「学問的に、わたくしの研究では100ミリシーベルトぐらいまでは大丈夫だと思います。しかし一部に、100ミリシーベルトを浴びると1000人の内に5人から10人の人がガン(過剰発がん)になるという結果もあります。もともと学問は、真実が判っているわけではないので、皆さんはできるだけ放射線に被曝しないように気をつけてください。学者は新しい知見があれば論文を出すことができますが、皆さんの健康は損なわれると元に戻ることはできません。従って、国際放射線防護委員会で決められたように安全という意味では、「1年間に1ミリシーベルト」を目安に生活設計をされた方がよいと思います。お役所も市民を守るのが役目ですから、法律に基づいた値で市民の健康を守ってください。」今、福島市で行われていること、学問的に言えば「人体実験」ということができます。つまり学問は「100ミリシーベルトだから大丈夫だ」ということを断定的にいう事ができないのですから、学者が自分の判断で勝手に被曝量を決めるということは、学問の本質に反することなのです。
通説では人体に危険がないとされている100ミリシーベルとの被曝でも、人体に有害だとする研究が一部にあるという。しかしだからと言って、
従って、国際放射線防護委員会で決められたように安全という意味では、「1年間に1ミリシーベルト」を目安に生活設計をされた方がよいと思います。
などと忠告することは完全に間違っている。100ミリシーベルとの被曝ならば人体に危険がないと証明することは、悪魔の証明に近い。考慮する必要のない可能性まで考慮していたら、人は何も出来なくなってしまう。
例えば、被災地で「外国人窃盗団」「雨当たれば被曝」などのデマが広がっているという。
では、これがデマだと証明することが出来るだろうか。「外国人窃盗団が横行しているが、警察が把握できていないだけかも知れない」「雨に当たれば被曝するが、現在の科学が観測できていないだけかも知れない」という可能性は決して皆無でない。しかしだからと言って、そのような皆無に近い可能性を警察や現代科学よりも信用するのは完全に間違っている。
これは原発事故についても同様だ。福島の原発が暴走して日本とブラジルを一つの穴で繋いでしまう可能性も、月が明日地球に落下する可能性と同じく決して皆無でない。しかしそのような考慮すべきでない可能性を、たとえ「可能性」としてでも発信したならば、異常な状況にあって判断力の低下している人たちは少なからず混乱するだろう。
いや、彼らが言っているのは可能性の話なので。原発の事故に関しては、必ず最悪の事態を想定して書いて、その上で現状はこうですよ、というのは正しい報道の仕方だと思います。日本のように「安心です、安全です。逃げなくていいです」って新聞やテレビが言っちゃ駄目ですよね。海外メディアの取り上げ方は、全然問題ないと思います。不安を煽るのではなくて「ここまでになる可能性はあります。ただし、現状はこういう状態なので、今は安心してください」とやればいいわけですから。
これも大いなる幻想によるものだ。毎日様々な事象について「これこれこういう可能性もあるが、しかしこれこれこういう理由により現在は安全だ」と報道しても、人々が正しく理解できるとは考え難い。
プレゼン用語に「take home message」というものがある。「これだけは覚えて帰って欲しい要点」の意味だ。そして結局のところ、国民が覚えて帰りたがっているのは、現在自分は安全かどうかということでしかない。その要点のみを強調し、必要でない情報を強調しないことは決して間違いでない。
【ベルリン=弓削雅人】国連の放射線影響科学委員会(事務局・ウィーン)のワイス委員長は6日、福島第1原発事故について「チェルノブイリ原発事故(1986年)と、米スリーマイル島原発事故(79年)の中間」との見解を示した。事故の国際評価では「レベル6(大事故)」に当たる。AP通信が伝えた。
ワイス委員長は「(第1原発事故は)チェルノブイリほど大規模ではないが、スリーマイルより深刻であることは確かだ」と述べた。チェルノブイリは「レベル7(深刻な事故)」と最悪の評価を受けている。
一方、第1原発が太平洋に面しているため、「放射性物質の大部分は希釈され、人体への影響は少ないだろう」と説明。事故の初期対応については「チェルノブイリの時とは大きく異なる」と指摘し、「妥当」と判断した。
マスコミは「福島は危険」「放射線は身体に悪影響」しか報道されていない節があります。
後付で「このレベルでは身体に害はありません」と言うだけ。パニックを抑えるなら言う順序が逆では?「放射線の数値が通常より若干高い値を示していますが、体に影響のある数値ではありません。各地の数値は~」と言うのが報道の仕事ではないのでしょうか?
「ただちに健康に影響を与えるものではない」-。野菜や飲料水などから基準(規制)値を超える放射性物質(放射能)が検出されたとき、枝野幸男官房長官が繰り返し使った言葉だ。この言葉に「ただちに影響がなくても、何年か後に影響が出るんだろう」と思った人も多いのではないか。実際は現在までに検出された値では将来的にも健康への影響はなく、「ただちに」という言葉を使ったことに疑問を投げかける専門家も少なくない。
政府は「ただちに影響ない」でなく「影響ない」と断言すべきだ、という他に類を見ない批判だ。しかし、もし「影響ない」と断言すれば、政府は将来における危険の可能性を隠蔽し偽りの安全を演出している、と批判されることになるだろう。問題は政府が「ただちに」を使うかどうかでなく、マスメディアがそれを「安全だ」と報道するかどうかでしかない。
我が国の首相。再発しないように?とか安全基準がうんたらとか。
事故、とくに冷却と閉じ込め機能の損失が再発することは想定し、仮に再発したとしても迅速に終熄させることのできるしくみの構築と、そういう事故が再発する状況下で、代替の冷却のしくみ自体が損なわれることのないような設計と実装。だろうが。
それが難しいにせよ、今国内にある原発すべてを即座に停止したにせよ、即座に“無害化”できないのは確定なのだから、大震災とか大津波対策はまだまだ必要でいずれにせよなんらかの金と人をつぎ込む必要はある。
フランス語はわからないのだが、同時通訳から聞こえてくるフランスの大統領はわりかたまとも。翻って我が国の首相の言は、まだ完全に安全を目指すかのような口ぶり。全然わかってないような気がする。間抜けすぎ。東工大は全力で学位を取り消せ。
http://anond.hatelabo.jp/20110315224636 で書いたことを、まさに裏付けるような記事。
http://www.asahi.com/politics/update/0316/TKY201103160463.html
菅直人首相は16日夕、首相官邸で笹森清内閣特別顧問と会談した。笹森氏によると、東京電力福島第一原子力発電所の事故をめぐり、首相は「がんばる」と述べた上で、「僕はものすごく原子力(分野)は強いんだ」と語ったという。首相は東工大理学部応用物理学科卒の理系。笹森氏は事故への首相の危機感の吐露だとの認識を示しつつ、「(首相は)『自分は今政府の中で一番よく知っている』と思っているのではないか」と述べた。
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/politics/update/0316/TKY201103160463.html
napsucks とにかくがんばれ。ただ、わかってるかどうかより、適切な人材を適切な場所にアサインすることこそリーダーの大切な役割だということを忘れないでほしい。
anqmb 東北地方太平洋沖地震, 菅直人 僕は原子力に強いとかやめて。せめて、信頼出来るブレーンに訊いて、決断の必要があることを早急に決断するだけにしてくれ。もう、なんなのこの人。