はてなキーワード: 業界とは
安藤至大という経済学者が残業規制を厳しくすべきでないという記事の中で
労働者がサービス残業を認めるのは将来的な利益が得られるから今は我慢しているのだみたいなことを言っていた
経営者クラスや医者みたいな立場なら話は別だが、ほとんどの労働者は変わりがいる
単純労働者なんてまさにその典型例だ
サービス残業で有名なIT業界もプログラマーは吐いて捨てるほどいる
5時になったらタイムカードを押して、そのまま仕事を続けてくださいという経営者側の指令を断ろうものなら、
未経験でのチャンスはそれほど多くないってことを今更ながら知った。おせぇ。
全くの未経験っていうか、別業界に行こうと思ってたのよ。SEとかプログラマとか、その辺のIT系に。んで『正社員』『首都圏』『第二新卒可』『未経験可』で検索したんだよ。
そしたら、『不動産業界』『正社員とは名ばかりの派遣』『セールス営業』『小売店の店舗マネジメント』ばっかり。
うん、まぁそんなもんだよね。
『第二新卒可』のところでも、『○○の経験あり』ってのが応募資格にあることが多くて。結局、何らかの方法でその業界に入って経験を積んでおくってのが前提条件なんだよなー。
みんな芸能やキムチ業界と癒着するのに忙しくてシッケ業界とは誰も癒着してないの?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%B1
まめちしきな
逆逆
将来お先真っ暗ww
http://www.strike.co.jp/matrend/software.html
みたいに市場自体が成長率が0%もしくはマイナス成長に近いwww
の流れになってんの。
グリーとか見てみろよww
雪崩は、たった一粒の小石によって引き起こされることもある。
1月21日、ケンブリッジ大学の数学者 Timothy Gowers が、
長年に渡ってエルゼビア社の論文誌をボイコットしている理由について、ブログに書いた。
オランダに本社を置く同社は、一流誌 Cell や Lancet をはじめとする定期刊行誌を2000誌所有している。
ノーベル賞の数学版とされるフィールズ賞を受賞した Gowers 博士は、この状況を望ましくないと考え、
今回のブログ記事が他の学者もボイコットに参加するきっかけになれば、と望んでいた。
実際、それが起こった。
Gowers のブログに感化されて、数学者 Tyler Neylon がオンライン署名サイトを設置し、
そのサイトを通じて研究者2700人以上(訳注:日本語訳執筆時点では5300人以上)が署名し、
自分の研究をエルゼビアの論文誌に投稿せず、エルゼビアに投稿された論文を査読せず、エルゼビアの編集作業にも協力しない、と誓約した。
その数は、数学者の表現を借りるならば、指数的に増大している。
実効性をともなっていくとすれば、大出版社にとってこれは、革命をつきつけられたようなものである。
Gowers 博士による非難は3点に集約される。
第一点として、エルゼビアの製品の料金は高すぎるということ。
第二点として、論文誌の「抱き合わせ」が広く行われているために、図書館はある論文誌を購読しようとするとき、興味のない他の論文誌もセットで買わなければならないこと。
第三点として、公的資金による研究に対して政府がフリーアクセスを要求することを禁じる法案(たとえば米国議会で審議に入る Research Works Act など)を支持していること。
エルゼビア側によれば、これは誤解を招く言い方だと言う。
2010年には、20億ポンドの収益に対して7億2400万ポンド(11億6000万ドル)の利益を得た。利益率は36%。
しかし、同社の Director of global academic relations の Nick Fowler は、
購読料水準は業界の平均であり、ここ数年の値上げ幅は他社より低いとしている。
Fowler 博士によれば、人もうらやむエルゼビアの利益率は、同社の効率的な経営の結果以外のなにものでもないという。
Neylon 博士による動議は、より広い文脈での学者と出版社の衝突の表れのひとつと見ることができる。
その衝突は、オンライン出版の台頭によって、ますます鮮やかに描き出されてきた。
学者は情報の自由と流動性に重きを置く文化に属しており(そもそも論文の査読と編集を無償で行っており)、
出版社は情報へのアクセスに課金して利益を最大化しようとする組織であり、
同時に権威ある論文誌の(すべてではないにしろ)ほとんどを掌握しているからである。
一触即発の状況は長年続いていた。
2006年には、 エルゼビアが出版する数学論文誌 Topology の編集委員会の全員が、アクセスの囲い込みと料金高騰への懸念を表明して辞任した。
ドイツの出版社シュプリンガーによる論文誌 K-theory の編集委員会は2007年に解散した。
多くの人は、ことが荒立てられるまでにこれほど長くかかったことに驚いている。
出版社をそのサイクルから追い出すことができる環境は十分に整っていた。
実際、商業出版の代替物をつくろうとする動きは何度か起こった。
コーネル大学のウェブサイト arXiv (X はカイの音のギリシャ文字を模しており、「アーカイブ」と発音される)は1991年にできた。
研究者は、まだ論文誌で出版されていない物理学の論文をそこに投稿することができ、
Public Library of Science (PLoS) は2000年にできた。
そこでは生物学と医学の分野でフリーの論文誌が7誌出版されている。
こうした動きへの熱意があったにも関わらず、伝統的な出版社の支配が続いたことには理由がある。
arXiv の論文は、公開後に容赦ない批判にさらされることは確かなものの、投稿前に正式なピアレビューは行われない。
PLoS は一部を寄付金でまかないながらも、論文1件あたり2900ドルの掲載料を課す。
これは著者の負担となり、金策に悩む大学にとっては無視できない金額である。
少なくなりつつあるとはいえ、電子版のみの出版に対する偏見もある。
こうしたことが重要なのは、大学と個々の研究者が、出版した論文の数と掲載された論文誌の名声に応じて評価されるからだ。
ともすれば新しい道具に挑戦することが期待される若手研究者は、その前に既存の権威ある論文誌で出版しなければならない。
さもなければ、発言力もなく昇進もない。
そして、新しい論文の運命を決める力のほとんどが権威の高い論文誌にあるために、「権威」の定義は少しずつしか変わらない。
商業出版社は、たとえば読者ではなく著者から料金をとるなどといったオープンアクセスのアイデアを試そうとしている。
しかしボイコットが広まっていけば、ことは急激に進展する可能性もある。
けっきょくのところ、学者が出版社を必要としている以上に、出版社には学者が必要なのである。
突然失脚する直前まで、えてして体制側は無敵に見えるものだ。
来たる学術の春にはご用心を。
悪意と詐意でバカを上手上手に搾取して荒稼ぎしろ、がBtoCの極意なので、
ソーシャルゲームはまさしく理想的なBtoCビジネスだと思いますよ?
その上、エンジニアを高給で優遇してくれる、ってんなら、エンジニアにソーシャルゲーム業界に行かない理由はない。
GoogleやAmazonみたいなイノベーティブなビジネスに参画できなくても、腕を生かせて高給を稼げるならよしとしなくちゃね。
ごく普通の考え方じゃない?世の常だし。
ゲーム業界の話ならスクウェアバッシングブームも今考えると同じような構図。
色々理由を捏ね繰り出してたけど、根本では「あの会社は景気良くて社員もいい思いしてるらしい。気に食わん」が原動力だったとしか思えない。
(その捏ね繰り出された理由の方に乗せられてるだけの馬鹿やお子様も勿論居ただろうけど)
どうやったらこういうスーパーポジティブシンキングを自然にできるようになるんだろう。
厚顔無恥とも言うが…。
ユーザーの課金額に応じて確率をこそこそ変動させたり(それでも高額課金してる人でも3%とかのレベルだけど)、きわめてゼロに近い出現率のアイテムを持ってるアカウントをでっち上げてユーザーに課金を煽ったりとか平気でやってる業界だし。
それって噂レベルの話じゃなかったっけ?
景品表示法違反すれすれの事やってるからねえ。特にあの「ガチャ」は悪質。
ユーザーの課金額に応じて確率をこそこそ変動させたり(それでも高額課金してる人でも3%とかのレベルだけど)、きわめてゼロに近い出現率のアイテムを持ってるアカウントをでっち上げてユーザーに課金を煽ったりとか平気でやってる業界だし。
あんまり派手にボロ儲けしてると行政の介入を招くの目に見えてるのに、「規制されるギリギリ限界までやるぞ!」みたいなのが露骨でいやがられてる面が強いんじゃないかな。
業界全体が行儀良く振る舞えば、より多くの会社がほどよく儲かる肥沃な大地になる可能性もあるのに、現状はたった二社が徹底した焼き畑農業で「2年後?3年後?知るかボケ」だからね。
習い事している=底辺って無理があり過ぎるだろ。
別に趣味に使う金は月○円までと決めてやる分には、その使い道が何であろうと変わらないだろうに。
何に使おうと金額が異常に多ければ無駄遣いである事に変わりは無いし。
何がなんでもソーシャルゲーは底辺だと主張したいから、無理矢理理屈をひねくり出してるんだろうなあ。
そこまで敵視するのが謎だ。
いや、否定するつもりはないけどさ。そんな話聞いたことないんだよなあ。
視野が狭いも何もエンジニア自身は皆そう思ってるから転職してる訳だろwwww
コードも書けないアホ共と一緒にするなと思ってる奴らが実際にコードを書けるエンジニアに高収入を提示するソーシャルゲー業界に流れてるんだよ。
業界内の人とかに多いんじゃない。自分の業界は抜くっていうの。
あーたしかにソーシャル業界に行くのって、パチ屋に就職するのと同じような印象があるわ。
選べる余裕がないから行く、というのは普通の感覚だと思うけど、ネガティブなイメージもなく普通に就職しちゃう人の感覚はわかんねぇな。
就職活動で、クレジットカード業界(JCB・三井住友VISA・三菱UFJニコス)の説明会を受けて思った。
どの会社も、クレジットカードの利点は現金より「便利」だと言う。
でもクレジットカードって便利か?
店舗だと、クレカで払うたびにサインしなきゃいけないし、現金で買うほうがよっぽど便利だ。
正直、現金とクレカ両方で払えるなら現金で払うほうがよっぽどよい。
多分これが日本の貨幣の取引率のうち、クレカでの支払いが15%程度にとどまってる原因だと思う。
スーパーでの雑貨の購入や、ラーメン屋での飲食程度にクレカ使わない人が多い。
これからカード会社は、クレカでの支払い率をあげてゆくべきだと思う。
今までのように「便利」を押し出してもクレカでの支払い率は高くならないだろうし、別方法を考える必要がある。
例えば、クレカの支払いという価値観を「便利」でなく「当たり前」にしてしまってはどうだろう。
クレジットカードで支払うことが当たり前で、現金で支払うことは野蛮であるという価値観を蔓延させる。
ドラマのスポンサーになって、ドラマでの支払い方法はすべてクレカにする。(ついでに支払いシーンも無意味に入れまくる)
とにかく現金で支払うことはスマートじゃなく、クレカで支払うのはかっこいい、といったイメージをメディアを通して植えつける。
中年層は既に現金での支払いになれてしまってるし、一度得た価値観は代えづらい。
そして、若年層向けのクレカを作る。支払い限度5000円とかそんなおもちゃで十分だ。
彼ら若年層は、それをきどって使うだろう。
彼女とパスタを食べたときなんかに、ちょっと背伸びをしてカードで支払う。
なぜならクレカで支払うことはかっこいいからだ。サインを求められることはかっこいいからだ。
一度クレカでの支払いになれてしまえば、不慣れな現金の支払いに戻ることは考えにくい。
もちろんかっこいい価値観の普及に合わせてクレカでの決済機能も店舗に普及させる必要がある。
クレジットカード会社は、「クレカを持つこと」を当たり前にしたのだから、