はてなキーワード: かもめとは
佃渡しで娘がいつた
〈水がきれいね 夏に行つた海岸のように〉
そんなことはない みてみな
繋がれた河蒸気のとものところに
芥がたまつて揺れてるのがみえるだろう
ずつと昔からそうだつた
〈これからは娘に聴えぬ胸のなかでいう〉
水は黒玄(くろ)くてあまり流れない 氷雨の空の下で
この河の入りくんだ掘割のあいだに
ひとつの街がありそこで住んでいた
蟹はまだ生きていてそれをとりに行つた
そして沼泥に足をふみこんで泳いだ
佃渡しで娘がいつた
〈あの鳥はなに?〉
〈かもめだよ〉
〈ちがうあの黒い方の鳥よ〉
あれは鳶だろう
むかしもそれはいた
流れてくる鼠の死骸や魚の綿腹(わた)を
ついばむためにかもめの仲間で舞つていた
〈これからさきは娘にきこえぬ胸のなかでいう〉
水に囲まれた生活というのは
いつでもちよつとした砦のような感じで
夢のなかで掘割はいつもあらわれる
橋という橋は何のためにあつたか?
少年が欄干に手をかけ身をのりだして
悲しみがあれば流すためにあつた
〈あれが住吉神社だ
佃祭りをやるところだ
あれが小学校 ちいさいだろう〉
これからさきは娘に云えぬ
昔の街はちいさくみえる
しまうように
すべての距離がちいさくみえる
すべての思想とおなじように
あの昔遠かつた距離がちぢまつてみえる
わたしが生きてきた道を
いつさんに通りすぎる
http://blog.livedoor.jp/news23vip/archives/3061585.html
これに便乗して一部をリストアップ
・加納朋子 「モノレールねこ」「てるてるあした」「レインレインボウ」「ななつのこ」
・川上弘美 「光ってみえるもの、あれは」「せんせいの鞄」
・飛鳥井千砂 「はるがいったら」
・梨木香歩 「家守綺譚」「沼地のある森を抜けて」「裏庭」
・五十嵐貴久 「パパと娘の7日間」「1985年の奇跡」「2005年のロケットボーイズ」
・雫井修介 「クローズド・ノート」
・松木剛史 「きみはジョッキー」
・恩田陸 「夜のピクニック」「ドミノ」「蛇行する川のほとり」
・中村航 「あなたがここにいて欲しい」「絶対、最強恋のうた」
・関口尚 「君に舞い降りる白」
・村山由佳 「星々の舟」
・宮部みゆき 「地下街の雨」
・小川洋子 「凍りついた香り」
・市川拓司 「そのときは彼によろしく」「いま、会いにゆきます」
・水森サトリ 「でかい月だな」
いやいや、だから。
ところで、子育てが出来ないというのは、「利益が見込めない」のではなくて、そもそも「子育てのお金がない」のだから、根本的に論点が違うだろ。
「老後のために子供を持ちたい」と言う自己保身全開の動機のみで子供を持つ大人がいたとしてさ。
学費3000万とか普通には用意できないって話から、子供手当てとか出てくるんだからさ。
で、仮にそれを投資と定義したら、子供は成人した瞬間に投資家(親)への還元義務が生じるわけだが。
俺が子供だとしたら、「生んでくれなんて頼んだ覚えはない」と言うだろうな。
ちなみに
は年金と変わらんぞ。
投資額は家庭によって変わるはずなのに、一端は税で徴収して再分配とかもめるに決まってるし、なにより効率悪いだろ。
罰則を設けて、親告した投資額に見合った還元を義務付け、還元できない場合は犯罪者にする。
そうしたらほら、あなたの子供は将来のサイフですよ。
死んでも大損、落ちこぼれても大損、だから大事に育てないとね・・・・投資が回収できないから。
しかし。
風俗とセックスの技術に限定した話になるとまた全然変わってくるからどうも言えないけど。
職業意識って言っちゃうとなんだか大仰な気もするし、だから風俗女ごときがなんだよと思われてるんだろうけどw
横増田さんの考える「職業意識」ってどういうレベルのものかわからないので
どういう答えを求められてるのかわかりませんが、私のはそんな高尚な話ではなくて、
もっと単純に、お金もらってない女の子はその分もっと色々と自由だと思いますよ。
言っちゃえば、素人の女の子は気に入らない相手なら最初からシャットアウトもできるわけじゃないですか?
(もちろんそれが不満とか文句言いたいわけではないので誤解されないように。
お金払わなくっても色々できる女の子もいる世の中で、お金頂いてるんだから当たり前ですね、有難いです感謝してます)
極端な話、私は仕事じゃなければ化粧とかもめんどくさいし興味ない話は聞きたくないしお酌すらしないような女だから、
そういうの全部サービスでもなんでもなく当たり前にやらなきゃ女じゃねえと言われたらもうどうしようもないですけどw
それが顧客にとって必要なサービスなの?と聞かれたらお客さん一人一人は実際聞いてみなきゃわからないけど、
現実として私がやらなかったらお客さんにもお店にも怒られるのはまあ間違いないですよね。
あと、たぶん横増田さんはノーマルなセックスができれば十分な方なんだと思いますが、
恋人とできないことを職業ビッチに求める場合も普通にあるんじゃないでしょうかね
顔とスタイルが良ければマグロでもいいっていうお客さんがすべてとは勿論考えていないでしょう。
例えば私は好きな恋人でも「オナニー見せて」も「顔射さして」も「ウンコ食べて」もお断りですが、
プライベートではしない人でもお金もらって仕事だったらやるよ、っていうのはサービスとは呼べない?
金でヤッてないふりをする技術、っていうほうが私にはピンとこないです。
風俗だったらお店通してる時点でそんな演出無意味だと思うし(とはいえお店なんだからするでしょうけど)、
店外要求とかはこちらに商売としてメリットないし、OKしたらもうその人とお客さんとしては無理だなと私は思うので、
それじゃいかん、と思っていろいろ動いてはいるのですが、本当は何もかもしたくないのです。生きてるとか実感なくていいのです。本当は。
わからないことはわかりたいので、わかろうとするのですが、わかるように説明を求めると、黙ってろ的なことを言われたり。
だから、話に付き合ってくれる人はとてもありがたいなぁと思ってはいます。
別に嫌われたいわけでもないですが、わかろうとして、口数が多くなりがちで、それをすると嫌われたりして。
でも、聞いてるだけじゃわからないので、質問をすると怒られたりするのです。
どうないせえと。
だったらもう、何にも関わりたくねーや。そんな風に落ち着いてしまうのです。
だから、話が聞いてもらえるグループは居やすいのですが、
ただの甘えだとは思うのですが。
甘えようとすることが間違っているのでしょうね。
あと、自分の面白いことが、他人に苦痛だったりすると言う事実。
もう、付き合えないなーと、思わざるを得ない。
いわゆる結婚情報サービスってやつに登録している。
目に付くネット界隈では婚活ってものに嫌悪感感じる人が多いみたいだけど
実際にやってみて、結構いいサービスだなと思い始めた。
一言でいうなら、「普段会わないタイプの人と知り合える最も効率的な方法」なのだ。
結婚できるかどうかは別として(苦笑)。
内向的な人間にとって、仕事と関係ない知り合いを増やすのは結構大変だ。
バーで気になった人に声かけるとか、どんな高等テクだよと思う。
「知人の紹介で知り合う」というケースは、その後の扱いが結構デリケートだ。
何かもめたりすると知人に迷惑がかかるから。
だけど「婚活」という枠組みにがっちりとはめてしまうと
これが途端に楽になる。
みんな「数打ちゃ当たる」モードに入ってるから、とりあえず一度は会ってくれる。
1回会ったきり面倒になって連絡を断っても、それが普通だから別にOK。
友人作りの最大のハードルは「最初に声をかける」時点にある。
結婚情報サービスはこの部分を、下手するとワンクリックで可能にしてくれる。
たとえ30分間だろうと、一度2人きりで話した相手なら、二度目のデートに誘うための敷居はぐっと下がる。
機械のお膳立てだろうが、デートの数をこなせば、女性と会話を盛り上げるためのコツとかもなんとなく分かってくる。
すでに15人くらいの人と会ってるけど、ネットでよく叩かれてるような
最初から条件交渉むき出しな人には遭遇したことがない。
発展性がなくても、それなりに会話だけは楽しめたケースがほとんど。
というわけで、ツヴァイ結構いいなと思うのです。
もちろんこう思えるためには多分条件があって、
(1)サービスの利用料が「大したことない」と思えるくらいの収入と貯金
ツヴァイは高いですけど、せいぜい欧州旅行1回分くらい。そこまで致命的な出費とは思えませんが、フリーターの人には辛いでしょう。
それに結婚情報サービスの特性として、収入が低すぎる人は最初のデートを断られやすくなるので、ちょっとストレスが増します。
(2)まだ結婚を焦る年齢じゃないこと
逆説的ですが、始めるなら早めがいいということです。
結婚につながらなくても、いろんな人と話せただけで満足というくらいの精神的余裕があったほうがいいと思います。
それに年齢が高すぎる人は、やはり最初のデートを断られやすくなります。
僕は30になったと同時に始めました。女性ならもう少し早いほうがいいかも。
元増田です。
ちょっと続きを書くと、
僕自身思い描いていた「結婚」とは違うような気がしてる。今の現状。
もっと、あまーい感じ(新婚生活バリバリ)だと思っていたんだ。
それが、だんだん現実味が帯びてくると、違和感を感じてくるんだよ。
一緒にご飯食べたり、一緒に寝たりすると、生活の一部になってるわけじゃん。
結婚するってどういうことって思うんだよね。
別に、彼女だって責任取れとか養えって言われてもないんだよ。むしろ一緒になって働くって言ってるし。
だったら、同棲なんてしなけらばいじゃないというかも知れないけど、
いちいち待ち合わせするとかもめんどくさくなってくるし、外食もお金がかかるし、ホテル代もかかるわけでしょ?
まっ、その前に一緒にいたいって思うんだけど。
結婚となると、やっぱねー。
誰かが言うように、マリッジブルーなのか…。
そもそも、「結婚」ってなんぞや??と。
永遠に答えが出てこない問題なんだろうなぁ。
ほとんど毎日、飼い猫にヒモつけて、うちのベランダのそばの植物の足下に排泄させていくひとがいる。
ちなみに私は借家住まいなので、そこは私の家の土地ではなく、管理者は別の人間(団体)である。
先日、平日休みだったときに、その人がまた、その植物の中に突っ立って猫に排泄させてる姿を見つけ、携帯電話で写真と動画で撮影しておいた。よく撮れた。使うつもりはないけど、何かもめごとが起きたときのためにとっておく(肖像権とか面倒だし役に立たないかもしれん)。
その植物の足下は、毎日の排泄物がたまりにたまっているので非常に臭い。自分で始末をしないそこに入れることがおそろしい。かなりの悪臭なので、先日うちの家族が、犬猫が嫌う匂いをそこら中の地面にまいていた(人間に気付かれない程度に)。非常に腹が立つ。飼い主め、その植物の葉っぱを誤って摂食してしまえ!
そういうひとは沢山居て、『ペットの飼育・散歩はできません』の看板の前でルンルンと犬猫を散歩させてる時点で狂ってるとしか思えない。動物をばかにしているとしか思えない。
相手が野良猫だったら野良猫とたたかうだけで済むけれど、飼い猫は、飼い猫にあえてそういう行為をさせている頭のおかしい飼い主とたたかわなければいけない。しかも自分はこいつと同じ人間なのだと思わされる。しかもそういう変な人みんな年寄り。地獄かここは?
生あずまん見てきたよ。
講義にもぐった理由
・ネット☆スター見て興味を持ったから
・著作読んだら、えらく面白かったから
読んだ本
『動物化するポストモダン―オタクから見た日本社会』
ホントは先週行こうと思ってたんだけど、腰が引けてた。
んで、行かないで家でぼやーっといつもどおりネットしてたら、はてなでなんかもめてた。
↓こんな感じで
東浩紀問題、または歴史修正主義問題について(開かれた学問・知識について:前編)
http://d.hatena.ne.jp/amamako/20081213/1229172460
ああ、こりゃ早めに行っとかないとモグリ禁止もありうるなということで今日行ってきた。
講義に出ていろいろと思ったこと・感じたこと
1.
教室が小さい
講義に出る前は、てっきり大教室でやってるもんだと思ってた。
テレビに出てるくらいだし、そこそこ名前が売れてる批評家なので。
ところがどっこい、かなり小さい(と言ってしまうと失礼に当たるのかもしれませんが)教室です。
ふいんき(ryも、講義する人と学生の間に「関係」があるのを感じさせるアットホームな感じです。
簡単に言ってしまえば、人数多めのゼミみたいな感じ。
なので
次は、トラメガを持って東工大に行きます。
こんなこと書かれたら非常に迷惑だし、普通は怒るだろうなと。
確かに大学は開かれている「べき」だけど、mustではない。
時と場合によるし、あの「規模」だと開かれていなくてもしょうがないかなと。
歴史云々について
授業の前半30分くらい使って説明してた。
別に難しいことは言ってない。(以下はワタクシの解釈)
自分が体験したわけではない「歴史」というものは、物語でしかない。
その物語の「強度」によって人は「真実」であるとか「捏造」であるとか判断する。
常に更新可能であるし、閲覧した時点での記述が閲覧者にとっての「真実」となる。
また、「ソースがwikipedia(笑)」って感覚は「ソースが歴史学者(笑)」に通じるべきだ。
少なくともポストモダンな人は。
ってあずまんは考えてるんじゃないかな。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E8%99%90%E6%AE%BA
南京大虐殺論争
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%97%E4%BA%AC%E5%A4%A7%E8%99%90%E6%AE%BA%E8%AB%96%E4%BA%89
id:toledって人は、wikipediaで言うところの「ノート」で議論して、
らちがあかないから「みんなで編集合戦しようぜwwww」って言った様なものなのかな。
以下は生あずまんを見た後の、著作その他にかんする感想。
2.
http://watashinim.exblog.jp/8879908/
大塚 その話を聞いてしまったら、ポストモダンっていうのは、何もかもから距離を取れて、すごく楽な思想だっていう話になっちゃうよね。
東 楽と言えば楽ですが、楽じゃないと言えば楽じゃない……(苦笑)。
あずまんはポストモダンの「判断の不可能性」についてわりと謙虚な立場。
それは『波状言論S改』にもよく現れている。
ただ、それは「批評家」としてはどうなのかなーってのは確かに思う。
まぁ、「ずるい」と言われてしまってもしょうがないかなと。
(ただ、「ずるい」と言ってしまえる人ばかりだとまずいので「逆張り」している可能性もある)
宮台氏とか大塚氏は「イエネェっつっても世の中良くするためには何か言わなきゃ」な人たち。
東氏は「なぜか」そこには触れたがらない人。
(『ゲーム的リアリズムの誕生―動物化するポストモダン2』の序章で「生と実存の問題には触れていない」とはっきり書いてある。触れろよ!)
東 この議論は続けても仕方ないんじゃないかな。今、大塚さんはぼくの人格を批判しているので、
それはやめたほうがよろしいんじゃないかと……。
大塚「なんで自分の人格(判断)を晒さないの?馬鹿なの?死ぬの?」
あずまん「それは人格攻撃じゃ・・・」
んー、たぶん、「政治学」が好きじゃない?から言わないのかなぁと。
3.
あずまんって、『リアルのゆくえ―おたく/オタクはどう生きるか』で明言している通り、
「政治学」に興味ないから(「僕は政治がわからない」発言より)あんまり「政治学上の定義」とかにこだわってない。
だからたまーに何言いたいのかわからなくなる。
「政治」っつっても、ウェーバーの「政治」とアリストテレスの「政治」とぜんぜん違う。
ロバート・ダール
の『現代政治分析』(岩波書店, 1999年)第1章「政治とは何か」とか読んでみればいいのにーって思う。
あずまんが言うところの「共感」とか「正義」って、ダールの言うところの「規範」かな。
デモクラシーって経験主義的に「正義(善)」とされてるから、そこは政治学では脱構築?しなくていいんだよね。
そこさえ乗り越えちゃえば、宮台氏みたいな「行動」をすることができるんじゃないかなぁ。
コントロール(支配力)control,影響力influence,権力power,権威authorityをかなりな程度含む人間関係の持続的なパターン
4.
さいごに
あずまんは笑顔がかわいい人でした。
男に好かれるのは判る気がする。
日本の昔の軍隊がひどい虐殺したとかいう話がある。本当かどうかとかもめてる。金銭の問題でなく道義的に責められるのを苦にする人達もいるみたいだ。仮に本当だったとして別に日本人だろうが何人だろうが状況によっちゃ残虐な事でも何でもするだろ、それが何か?と思っちまう。(もちろん虐殺が良い事だっちゅうんじゃないよ。念のため。)
逆に日本人の誰かが世界に認められる良い仕事をする(オリンピックでメダルを取るだのノーベル賞だの)。で、全然知り合いでもなんでもないのに「同じ日本人として誇りに思う」みたいな事とか言う奴がいる。おめー別に何も貢献してねーだろ、なんで誇りに思えるんだよw、と思っちまう。(もちろんそういう人達を批判するつもりはないよ。単に分からないってだけなのだ。)
外国で何年も暮らしたりするとちっとは分かるようになるのかなあ。
昨日あたりからなんかもめてるけどなに?
ところで、裁判っていうと知識もないのに異常にリキ入る人いるよね。俺もだけど。
立件(名誉毀損罪+脅迫罪の併合罪
ひとつの行為で名誉毀損と脅迫を遂げたのなら併合罪じゃなくて観念的競合
懲役30日
名誉毀損程度では、よほど多く取れたとしても100万円が関の山。
よく知らないが、この程度の名誉毀損じゃ30万円行けば御の字。ボロクソ?
威力業務妨害罪に当たるわけない
正当な債権者だって、払ってもらう権利はあるけど、その行使の態様がアレなら犯罪を構成する
条理上の義務があるからといって、それをしつこく慫慂する行為はどうなるかねえ。
抽象的に未来に命令するという性質を持つ法律には、当て嵌めが不可欠
名誉毀損に当たるかはその当て嵌めが主戦場になる
少なくとも俺にはどこが名誉毀損で脅迫に当たるのかよくわからんかった
契約書あるから、売買契約はあった、だから金払え、っていう単純な話じゃない
仮に理論武装が完璧だろうと、ネット上のいざこざレベルじゃ刑事は不起訴だろうな
今回いろいろ調べたみたいだから、今度は起訴便宜主義ってことばについて勉強してみて
あーあ、自分で同じ表現使っちゃってるってことは、相手を脅迫してることに気づかないのかな
政府転覆なんだ言っておきながら公権力を頼るとかもそうだけど、自己矛盾じゃないのかな
こういう泥沼状態になると警察はまず取り合わないと思う、けんか両成敗だから
久しぶりの外食中
うまいうまいとカレーを頬張っている時に、隣のテーブルから物凄い剣幕で怒鳴り声が聞こえたわけです
ちらりと見ると父親、母親、男の子(5歳くらい?)、女の子(1歳くらい?)の4人家族
どうやら男の子がじっとしていないのに対し、母親と父親が大声で怒っている模様
しかし気になるのが、とにかくその男の子の名前を大声で怒鳴るだけ、とう状態
どうしろ、とか、何がいけない、とか、そういったことは一切無しにとにかく名前を連呼しているだけ
父親「太郎(仮名)!!!!!」
これの繰り返し
かあちゃん声裏返っちゃってるよ
とおちゃん耳が痛いよ
そこでふと思い出したのが、祖母が良く言っていた言葉
「子供には怒るんじゃなくて叱るんだよ」
「赤ん坊ならともかく、ある程度大きくなったら子供はちゃんと言葉を理解するよ」
なるほどばあちゃん、今実感したよ
何がいけないか、どうしてほしいか、それを伝えて諭すことが大切なんだろうなぁ
キレたら収拾付かない
ギャー!って叫んでビンタきて、次は足蹴り、締めくくりは鈍器きます
食事中お茶をこぼしても、このフルコースくらいました
あのね、実体験から言うと、やっぱりよくないよ
常に親の顔色を見るようになっちゃう
親だけじゃないね、周りの人ぜんぶ、とにかく顔色を見てビクビクして生きるようになるよ
失敗が物凄く怖いし、この年(20代後半)になっても怒られると震えだすから
長くなってしまいましたが、あまりヒステリックに子供に怒鳴りつけるのは良く無いと思うなぁ、と
まぁ、そんなこと思いましたチラシの裏。