はてなキーワード: クオリティとは
嫌になってるのに、執着してしまうのは何故か。
好きだったはずの事が嫌いになるのはどうしてなのか。
自己顕示欲が偏って強いと、やりたいけれど、作ること自体はつまらないのかもしれない。
たとえば漫画家に憧れているのに、実際にはあまり漫画を描いたことが無い人は、
その立ち位置に憧れていて、実際の作業には興味がない。
作業には興味がないから、やってみると辛いけれど、
立ち位置に憧れているので、やりたい思いだけは残る。
・思い描いているものと、実際に作れるもののクオリティーがかけ離れている。
加えてネットの評価は残酷で、箸にも棒にも引っかからない事をまざまざと突き付けられる。
作らないとうまくならなくて、悪循環に陥る。
・実はもうずっと前に飽きているんだけれど、
立ち位置への憧れや、今まで積み重ねてきた時間があって、なかなか断ちきれないでいる。
どんなにステーキが好きでも、毎日ステーキばっかり食べてると飽きるらしい。
僕の場合は、大体こんな感じで、諦めにくい状態になっていると思う。
元の文とこの文章を併せて、好きを貫くのは大変っていう話と、
その好きは幻想かもしれないという話が混じって、まとまらずゴチャゴチャになってる気がする。
http://www.youtube.com/watch?v=Ch7iAWG6RCQ
東方神起が3人脱退する前
http://www.youtube.com/watch?v=1tsAXgLsApI
アングル変えて誤魔化さずにそのまま見せられるってすげーよ。
これ有名チョンタレだけじゃなく誰も知らんようなチョンタレでも片っ端からやってるからね。
ちんちんをまんまんに入れるだけがセックスなら、ちんちんがついてるのとまんまんがついてるのの組み合わせなら何でも成り立つけど、
こういうプレイが好き!こういうプレイが嫌い!っていう好みをそれぞれ持ち始めたら、すごくくっつく確率が減らない?
だいたい男女の相性は容姿や趣味や性格や雰囲気や育ちや収入や知性や、とにかく色々な要素で決まっているわけで、
そこにさらにプレイの相性みたいなことが加わったらすっごくくっつきにくくない?
しかもプレイの好き嫌いって容姿みたいに会った瞬間わかるもんじゃなくて、最後の最後まで隠し通すような種類のもんだから、
最後の最後に相性が最悪ってことが判明して破局とかめちゃくちゃ非効率じゃない?
つまり様々な性的嗜好に合わせたアダルト創作が作られて、たくさんの人間がそれぞれ自分の望むプレイに目覚めることが、性的な関係の構築を困難にしてない?
家事の時間が多すぎなのは女性の意識の問題かも。 家事にクオリティ求めすぎ。
食事つくりすぎだし、食器洗いすぎ、あと専業主婦多すぎ(自然とキッチンにいる時間が長い層がいる)、あと効率も悪いらしい。
http://allabout.co.jp/gm/gc/373180/
P&Gは、家事労働と自由に使える時間とのバランスに関する意識と実態を調べるため、
日本の主婦1000人と、アメリカ、イギリス、スウェーデン、中国の主婦各300人の計2200人にインターネット調査を実施しました
(『家事と自分時間とのバランスに関する意識・実態調査』)。この結果によると主婦の家事時間は1日平均
日本……264分
スウェーデン……162分
アメリカ……144分
イギリス……132分
中国……114分
■1日に3回以上料理をすると答えた人の率
日本……55.5%
イギリス……14.7%
スウェーデン……7.7%
アメリカ……26.0%
■1日に3回以上食器洗いをす ると答えた人の率
日本……55.5%
イギリス……27.3%
スウェーデン……7.7%
アメリカ……8.3%
中国……26.0%
さらに「家事を効率的にできていると思いますか」という問いに対し、「効率的にできていない」と考えている主婦の割合は、
日本……44.7%
アメリカ……16.7%
スウェーデン……15%
考えてみると『3食自分で作れる』って専業主婦か。。。 あとcookpad社員か?
http://halfwaymark.blog114.fc2.com/blog-entry-284.html
しかも、音だけ大きくて吸い込みが悪い掃除機だと、何度も同じところをやったりして効率が悪い。
追記
http://allabout.co.jp/gm/gc/61707/
科学技術白書が昭和42年の段階で、すでに以下のように指摘しています。
「洗濯機の普及状況から見て、洗濯時間が大幅に減少するのではないかとの予想に反して
かえつて増加現象さえ見られる。これは一家庭当たりの衣類保有量の増加と洗濯の省力化によつて
そう、家事の労力は確実に減っても、家事の機会や頻度は増えているのです。
昭和の時代は、家事の省力化に平行して暮らしが豊かになることで、
持ち物が増えたり、食事やインテリアに関心が向いて家事機会が増えるという現象がありました。
洗濯が楽になると服を増やしてしまう 。調べるといろいろ面白いね。
昔から変わらないもんだなー。
王様物語…projectOとか言ってソフト名もろくに決まってないくらいから楽しみにしてて買った程度にはファンなのに、オメー新ハードで出るアレはなんだよ?
今更萌えに媚びおって。主人公がスマブラのピット君を彷彿とさせる程度にはもうまるで別人じゃねえか。
しかも何というか、もう遅いよ感が。萌えに媚びるっていう戦略自体が柳の下の何匹目のドジョウかわからないっていうかもうそこドジョウいないんじゃね?というか。
いや今後生き返るのかも知らんけど、これで生き返らなかったら「惜しまれる隠れ名作」じゃなくて「末代までの恥」の類として残ってしまうよこれ。
何なのかしらこのかなしみは。
価格決定権を出版社がカルテルで維持できないってのが最大の問題だと思うんだよね。
今までがいかに出版社にとって「恵まれた」環境であったのかがわかる。
小売店としてはまともな作品がまともな価格で、まともな数、リスクなく販売できる。
編集者は、作家と編集者の協力体制で作品を作っていくことができる。作者の数だけ編集も存在できる。
作家としてはまともな作家は、作品を書いてるだけでメシが食える。
(漫画家はぎりぎりの人も多いらしいけど、それでもアシスタントに金払ってなお、作品に専念できる)
それぞれ不満もあったろうけれど、とてもとてもいい環境だった。
電子書籍になったら、多分全部崩れる。 特定のタイプの人間しか生き残れなくなる。
特にitune storeやAndroid shopでの電子書籍での売り方を見てたら、こんなんで勝負できるか、と思ってしまう。
まず小売が死んじゃう。
今のところ、電子書籍がすごく安く提供されてるけどこれができる人って限られる。編集なんて尚更。
1「よく売れた本」「少なくとも紙で元がとれた本」でさらに利益を上積みしようというバックエンドのケース
もしドラの電子書籍版とか、女医セックスとか。ある程度価格を強めに設定できるけどそれでも書籍の半額以下。
2 無名な人や、バックエンド商品を持ってる人が無料に近いダンピング価格で客をつかむケース。
最初から自分の本をフロントエンドと位置づけていて、安くても自分の本を手にとってもらって次回作以降に続けようとしてる。
フォレ○ト出版なんかで書いてた著者は、もともと本なんてただの客寄せです、って感じなのでどんどんこのパターン遣うんだろうけどね。
3 まともな価格で売れるのは、高田純次などの有名人が手慰み的にやってる場合。これだってバカ売れしたのはダンピングのおかげ。
平安時代じゃあるまいし、吉田兼好とか紫式部みたいな、宮廷生活で生活が保障されている人以外は本かけませんってんじゃ困る。
4 作者自身のキャラクターが受けるなど、作品以外の商品展開が可能な場合
今はまだないけど、AKBのメンツが本を書くのもよし、ラノベがキャラクターアプリ販売とかと連携するもよし。
っていうか基本的に、なんかとのタイアップが前提であったり、「合同企画本」みたいなのがワラワラ出てくる気がするんだよね・・・。
ネットだと「小説家になろう」とか、ケータイ小説だと無数のサイトが展開されたみたいに
基本無料で読み放題のサイトがまぁスマホ最適化された形で提供化されるんだろうなぁ。
そんで人気が出たやつだけパッケージ化されて売れる、と。
ただこれだとバカ売れ作品ってのはそうそうでないと思う。 あと「王様ゲーム」糞すぎ氏ね。
1から5のドこに編集が生きる道があるんだろう。5をパッケージ化するところくらい?
編集さんってどういう所で頑張ってたんだろう。編集者ってどのくらい必要なんだろう。
「修正が聞かない本というパッケージ」において、ミスなく作品を世に送り出すため?
問題があったら後から直せばいいって考えたら、パッケージそのものに価値が認められないなら、
まともな作家がまともな価格で、かつ電子書籍ならではのギミックを搭載してチャレンジしたケースだと村上龍があるけど、
同じ価格だったら本のほうがよく売れた、というのも興味深いところだよね。
いやまぁ全部音楽業界ですでに言われてることだから今更感はあるけれど、
音楽は急激な変化に耐え切れず「今までだったらやっていけた層」が駆逐されて、
そこをAKB48やテレビ番組やアニメプロデュースのユニットが吸収しちゃってるってのがなんだか悲しいなーと思うのね。
というわけで結論なし。ここまで書いてるうちに出版するってどういうことなんだろうってことを全く知らないことに気づいた。
特に「編集者の仕事って何だろう」ってのが気になってきた。あれこれ読みます。
http://anond.hatelabo.jp/20111223110147
今でもごく一握りなのかもしれないけれど、すくなくとも数字的にみれば約3万人の作家がいるわけよね。多いと思うんだ。多すぎる。
「多すぎる作家の中で食っていける作家が一握り」というよりも、私が強調したいのは「現在食っていけている作家が十分すぎるほど多い」ということ。
これが、電子書籍の世界では今よりもっともっと減って必要最低限を下回るのでは、私が考えるような「あんまりイラない」作家しか残らなくなるのでは、と要らぬ危惧をしてみました。
将来的なある程度の衰退は確実とはいえ、コンテンツの電子化を拒むこと=衰退を遅らせることとして意味はあると思う。
そして、受け手から作り手へお金が流れる仕組みが細ると、作り手が細るのも確実。
子供の夢は置いといたとしても、その道で食っていくプロが減ると、そのコンテンツ業界のクオリティが下がるのも確実。
本当は電子化が進んでも受け手から作り手へお金が流れる仕組みが細くならないのが理想なんだけど、
電子化を進めたい人たちはまず普及ありきでコンテンツを買い叩き、安く売ってしまう。
これが一番の問題。
コンテンツが安いのに慣れてしまった受け手は、作り手へ高いお金を払うのが馬鹿馬鹿しくなる。
私は増田の新人である。最近始めたばかりだ。そして増田の使い勝手の悪さに失望している。はてなダイアリーと比べてなんだこのクオリティは。最悪である。しかしまだ希望はあると言えよう。増田が変われば、2chをも、twitterをも越えられる力があると思う。増田は、世界は…は変わらなければならないのだから
私は増田がクソな理由を3つあげる。
ネットメディアはブログからSNSへ。SNSからtwitterへと、常に馴れ合いを求めて進化してきた。いつしかネット特有の匿名性・意見性が失われてしまったのではないだろうか。そういった世界への警告として、増田は生れた。そしてこれからも変革を遂げていくと信じている―
それはちんこに脳を乗っ取られた男がオナホールを欲しいと思うときと同じだ。
この国は女向け性風俗はお粗末の一言しかないが、女が楽しめるおもちゃとなるとそこそこのクオリティのものが揃ってる。
あるいは、ちんこだけではなくてもっと大きな、ちゃんとした、素晴らしい快楽が欲しい、そういうとき、女は男を誘う。
お前みたいなちんこの怪物じゃなくて、このhttp://anond.hatelabo.jp/20111208112331増田が言及しているような、
女から見て信頼できる、脳みそのきちんと機能している男を誘う。
お前は誘われない。お前は必要とされない。
どんな女もお前なんか欲しくない。
なぜならお前はちんこだからだ。ちんこに脳みそを食われた化け物だからだ。
どんな女もちんこの怪物なんか欲しくない。
ちんこが欲しければちんこのおもちゃの方がいい。ちんこのおもちゃは脳みそちんこの怪物と違って、女の快楽のために動かせる。
或いは、ちゃんと信頼できる、言葉の通じる、頭のまともな男の方がいい。
そいつらはちんこに脳を乗っ取られたりしてない。そいつらは女の快楽のために動いてくれる。
簡単なことだ。
だからお前は一生セックスできない。誰もちんことはセックスしない。
ちんこを使って女ができることと言えばオナニーだけだ。大元の童貞の元増田が言っていたような、生身の人間を使った自慰だけだ。
生身の人間を使って自慰が出来る女は、必ずその快楽のために生身の人間を選別できる。
お前を使う女は必ずお前より良いちんこのためにお前を捨てるだろう。
あるいはより大きな快楽のために、お前に隠れてお前とは別のもっと良いちんことこっそり楽しむだろう。
お前はどのみち使い捨てだ。仕方がない。お前みたいなちんこの怪物は、それくらいしか使い道がない。価値が無い。
ちんこの怪物なんかそうでもなけりゃ去勢して檻に入れておくしかない。危ないからだ。
そんな獣にも劣るものは女にとっちゃ危なくてしょうがないからだ。
脳みそがちんこに吸収されかかって干からびているのは、お前にとっては幸いなことだ。せめてものことだ。
お前には何もわからないだろう。それはお前にとって幸いなことだ。
今から10年くらい前の話で、当時は今ほどじゃないけど、結構な不景気。
大学3年後半から就職活動を始めたサークルの人達は、みんなことごとく有名企業を落ちていった。
僕含めて周りに優秀じゃない奴が多かったからかもしれないが、せいぜい某プリンタメーカーに内定もらった奴がトップクラス。
あとはNTTの子会社のNTTデータの更に子会社のNTTデータなんちゃらとか、IBMの子会社とか、シンクタンクにSE採用(当然エコノミスト採用なんて無い)、大手の子会社(キヤノン販売とか、日生情報テクノロジーとか)、さすがにサラ金やパチンコは無かったが、人材派遣とかもいた(派遣じゃないよ、正社員採用)。
就職活動を始める前の僕らは、なんだかんだで結局ソニーとかトヨタとかに入れるんだろ?とか言ってた超絶バカだったので、この結果には(まあ薄々気付いてはいたが)唖然としたものだ。
結局俺ら子会社クオリティというか歩く支店経済というか、つくづくバカだったんだなーと自嘲した。
こんなんだったら地元の国公立受けて、市役所に入った方がよっぽどペイしてたなと思う。
まあ一度しかない人生だし東京に出てわざわざ私立に行かせてくれた親には感謝してるんだけど、自分の選択を誤った感じが否めない。
※僕はもう一つ別なサークルに入っていて、そこの人は就職したいランキング上位企業(財閥商社とか大手損保とか)へ入っていったが、みんな優秀な人ばかりだったので比較対象にならない(半分くらい帰国子女だったし)。
ところで、エロ年代の想像力って知ってる?ゼロ年代の想像力っていう2000年代のサブカルチャーの批評本のパロディ。
2000年代のエロアニメの批評してる本とかサイトらしいので詳しくは検索で。
最初そのパロディを知った時はすごいいい着眼点だと思ったけど、コンセプトの「未来のエロの想像云々」で、自分が思ったこととは違う事に最近気づいた。
自分の着眼点はエロ年代の想像力というかエロ年代の妄想力による「二次元美少女」のパッケージ化についてだった。
ゼロ年代なんて複雑すぎて無いに等しいようなどうでもいいものなんだけどゼロ年代のエロアニメにまで焦点を絞ると確かに
マニアックだからこそ明確な変化があると思った。しかもそれは意外に最近の傾向と関わりがある。
それはエロ年代では半ばに一つのエロアニメのレーベル、グリーンバニーが資金難で消えたことに象徴される。
今思うとこの会社があった頃までは火の車なのが見て取れるクオリティーが多々ある作品を出さざるをえない業界にも関わらず、コピーのコピーのコピーだとしても
物語もエロと同じくらい随分と凝ったものが多かったように思う。だからこそ妙にシュールな雰囲気に惹きつけられるものがあるとさえ思わせた。
それにそのシュールさを極めた人はエロの枠を火の車からか、意欲からか飛び越えざるをえないのかもしれない。結構メジャーな所で活躍してますからね。名前変えたり変えなかったりして様々な方面で。エロ年代は縁の下の力持ちなのかもしれませんがここでは割愛。
最近のエロアニメはそういった雰囲気は無視して、エロに突っ走るので本来はこっちが需要に従順で正しい。それに最近は美少女文化の社会での浸透率の高さがあると思う。
つまり、一々物語から順を追ってエロしなくても「二次元美少女」は無条件に主人公(特定の青少年)に惚れるよ!⇨(エロいとこ観れるかも!?)ということがあらゆるサブカルチャーっつーかもうメディアを通して誰にでもわかるパッケージ化した社会になったということ。
つまり自分の着眼点はエロ年代の想像力というかエロ年代の妄想力による「二次元美少女」のパッケージ化についてだった。
最終的にこの文脈で行くとけいおん!だってすごい。なにがすごいって「「二次元美少女」は無条件に主人公に惚れる」んだから主人公(特定の青少年)を消して「誰にも惚れない美少女」というある意味偶像の境地をパッケージ化してんだから。
要するに、ソーシャルがうんたらかんたらという話は所詮は一過性のブームで、そのうちゲーム専用機への回帰が始まるよって話。
でもって、アプリケーション開発の中でもゲームソフト開発はかなり特殊なので、一朝一夕でどうにかなるわけじゃないから、この業界でゲームで真剣に生き残りたければ今のうちに準備しといた方がいいよ、みたいな。
つまりスマフォは、「いつでも遊べる」というカードのみで、今後ゲーム専用機と戦い続けなければならないことになる。携帯ゲーム専用機に関してはそれさえもカードとしては強力とは言いがたい。
しかしそんな不毛な戦いを挑むゲームソフトメーカーなど現れないだろうから、ゲーム専用機とは別のカテゴリの娯楽として存在することになるだろう。それは既存のゲーム専用機の領域を「多少は」食うだろうが、果物にたとえるならば皮の部分程度で、芯に到達することはないはずだ。
AppleにとってもGoogleにとっても、ゲーム機能は自社製品を普及させるための付加価値の一部でしかない。だから万が一ゲーム部分と他の付加価値が競合する事態になった場合、前者を優先することは絶対にありえない。対するゲーム専用機メーカーは、自社製品をゲーム機として普及させるためにあらゆる選択肢を模索するだろう。高価すぎるという批判に対応するためにPS2ソフトの互換機能をオミットしたPS3の例や、販売不振を挽回すべく発売からわずか半年で1万円の値下げ(実質4割引)を実行したニンテンドー3DSといった事例もある。
そもそも、「何でも出来る」がうたい文句のハードやOSが、ゲーム専用機にゲーム分野で太刀打ちできるはずがない。
それは「何でも出来る」はずのWindowsのゲーム分野で主導的なポジションを作り上げながら、その市場の小ささゆえにわざわざゲーム機を発売したマイクロソフトが証明してくれている。
WindowsがインストールされているPCなど、世界中に何億台、下手をすれば十億台以上は存在しているはずなのに、ゲームソフトの売上や販売本数ではゲーム機に完全に負けてしまっているのだから。
これらが今後のスマートフォンにも当てはまることは自明だろう。
といったものがある。
というか、今まで傾かなかった理由は何だと思ってる?
プレイステーションやセガサターンなんて、CPUは20MHz前後、メモリ2~3MBとかだよ?
そんなミドルクラス以上のPCを持ってて、それをきちんと運用できてる人なんてごく僅かだよ。
そもそも自分のPCがどの程度の性能なのかすら分かってない人の方が多い。
一方コンシューマでは、据え置き気に比べて絶対性能が微妙な携帯機が威力を発揮しているなど、ゲームそのものに求められる描画能力が昔程重視されなくなっている。
重視されなくなったんじゃなくて、それなりのHD画質が「あって当たり前」になったってだけ。あって当然なクオリティだから誰も求めない。
今更ゲームにステレオ2ch音声を声高に求める人なんていないでしょ。
よく考えてみ。
あなたが想定する、「PC(Windows用)ゲームを買う人」ってどんな人?
性別、年齢層、家族構成、生活スタイル、職業、なるべく細かく想像してみ。
その上で、そういう人間がこの国に何百万人といて、そのうちの何十万人かが、現行のゲーム機やその他の娯楽を差し置いてまでPC(Windows用)ゲームを買う状況って、現実に有りうると思う?