「四季」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 四季とは

2012-01-01

予言どおり地震がおきちゃった

まさかとは思ったけど、新暦1月1日地震が起きてしまった。

「八のつく日に気つけて呉れよ、だんだん近づいたから、辛酉(かのととり)はよき日、よき年ぞ。

冬に桜咲いたら気つけて呉れよ。

八月二日、ひつくのかみ。」

  下つ巻 第三十帖

旧暦日本四季は大まかに分けて、1・2・3月=春、4・5・6月=夏、7・8・9月=秋、10・11・12月=冬となる

今年は10月27日が旧十月一日であり、今は冬に入っている

まり神示で言う「冬に桜咲いたら」の言葉は既に日本全国で実現している

次に来る「八のつく日」の「辛酉」は旧十二月八日、新暦の1月1日、元旦になる

「よき日、よき年」とはそういう意味

この日、311の警告にも未だ改心無く、金の世を維持し続けている日本にとどめの大地震が起こる


http://anond.hatelabo.jp/20111103155456

2011-11-03

臨時告知

津波浸水したサクラ狂い咲き 青森県八戸市三島公園 2011/8/29

tp://www.47news.jp/photo/265458.php

岩手県宮古市で季節外れのサクラ開花. (読売新聞2011年10月05

tp://www.yomiuri.co.jp/national/news/20111005-OYT1T00105.htm

津波かぶった桜に季節外れの花(岩手県大船渡市岩手日報) (2011.9.1)

tp://www.iwate-np.co.jp/hisaichi/h201109/h1109014.html

いわきで桜咲く 秋なのに春到来?(福島民報) 2011年9月17日

tp://www.minpo.jp/pub/topics/jishin2011/2011/09/post_1948.html

季節外れの桜の花 宇都宮市郊外 2011/10/06

tp://www.digibook.net/d/d004857b909caed4a246c524056e7445/

埼玉県秩父 しだれ桜 2011.10.05

tp://suzakiokami.jugem.jp/?eid=4

桜返り咲き(狂い咲き) 千葉県ドイツ村で (2011/10)

tp://sakura.way-nifty.com/sakura/2011/10/post-3e98.html

静岡県河津町 河津桜狂い咲きで開花(2011/10)

tp://yakata.i-ra.jp/e400704.html

秋空の下、人知れず桜咲く 長野県伊那市・美和ダム管理支所 1110月 8日

tp://www8.shinmai.co.jp/flower/2011/10/08_014118.php

愛知県半田市 八重桜 2011/10/06

tp://blog.blochiita.jp/mimi/kiji/55187.html

岐阜県土岐川沿いで桜開花 (2011/9/9)

tp://hanako0119.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-a1ec.html

三重 被災地で季節外れの桜 10月1日

tp://www3.nhk.or.jp/news/html/20111001/k10015971701000.html

奈良十津川村で季節はずれのサクラ咲く 2011.10.4

tp://sankei.jp.msn.com/life/news/111004/trd11100419200010-n1.htm

和歌山高野山近くで季節外れの桜 2011年10月9日

tp://news.tbs.co.jp/20111009/newseye/tbs_newseye4847106.html

和歌山県 那智勝浦温泉 2011/10/01

tp://www.jalan.net/yad324016/blog/entry0001487983.html

大阪府大東市 (2011/9)

tp://sakujo.webspace.ne.jp/bbs/

神戸市生田神社染井吉野咲く、移植の影響か (2011/9)

tp://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000001109150005

兵庫県養父市季節外れのサクラ開花 2011/10/09

tp://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0004535027.shtml

季節外れのサクラ開花/香川県三木町 2011/10/07

tp://www.shikoku-np.co.jp/kagawa_news/locality/20111007000129

秋に桜が狂い咲きするわけは?徳島県鳴門市 (2011/10)

tp://www.bes.or.jp/naruto/blog/detail.html?id=2716&category%5B4%5D=4

高知愛媛県境 2011.09.11

tp://plaza.rakuten.co.jp/miemom/diary/201109110000/

大分県日田市季節外れの桜 =2011/10/07

tp://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/267169

サクラが返り咲き 鹿児島県南さつま市笠沙 (2011 09/20)

tp://www.373news.com/modules/pickup/index.php?storyid=35139

沖縄県大宜味村 (2011/9)

tp://futao2.blog135.fc2.com/blog-entry-309.html

津波原因?季節外れの桜咲く 岩手県山田中央公民館近く (2011/10/20)

tp://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20111020_7

秋晴れの下、季節外れの桜が開花 新潟市東区 2011/10/15

tp://www.niigata-nippo.co.jp/news/pref/28124.html

新潟県燕市吉田ふれあい広場で一本のソメイヨシノが季節外れの開花  (2011.10.18)

tp://www.kenoh.com/2011/10/18kuruizaki.html

「季節外れの桜」埼玉県深谷市豊里中学 2011/10/26

tp://www.fukaya-toyosato-j.ed.jp/index.php?key=jowwje6w1-45

季節外れのサクラ開花 千葉県成田ゆめ牧場 2011.10.12

tp://sankei.jp.msn.com/region/news/111012/chb11101222140006-n1.htm

日本橋サクラ 勘違い? 東京都中央区 2011年10月17日

tp://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011101702000169.html

Future SEVENに桜が咲きました。 東京都港区南青山 2011年10月19日

tp://future7.jp/index.html

調布市味スタ通りは、もう春?-季節外れの桜開花 東京都 2011年10月19日

tp://chofu.keizai.biz/headline/815/

神奈川県秦野市 季節はずれの桜が開花 2011年10月27日

tp://www.townnews.co.jp/0610/2011/10/13/121243.html

山梨県甲府市昭和浄水場 2011年10月12日

tp://www.sannichi.co.jp/local/news/2011/10/12/7.html

桜、季節外れの開花・山梨県 2011年10月22日

tp://www.parupi.biz/blog/2011/10/post-712.html

季節外れのサクラ咲く 静岡市葵区駿府公園 2011.10.13

tp://sankei.jp.msn.com/region/news/111013/szk11101317540011-n1.htm

春と勘違い長野県松本市で季節外れの桜咲く 1110月20日

tp://www.shinmai.co.jp/news/20111020/KT111019GUI090005000.html

伊勢二見興玉神社 台風の荒波 海水浴びた桜に花 2011/10/13

tp://www.isenp.co.jp/news/20111013/news06.htm

冬眠」忘れた ソメイヨシノ 滋賀県大津市県立図書館 2011年10月13日

tp://www.acs.yomiuri.co.jp/e-japan/shiga/news/20111012-OYT8T01204.htm

桜:季節外れの桜咲く--草津市役所前/滋賀 10月14日

tp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111014-00000184-mailo-l25

あらっソメイヨシノ賀茂川沿い 京都府京都市 2011年10月14日

tp://www.yomiuri.co.jp/otona/naturallife/08/kyoto/20111014-OYT8T00558.htm

奈良市山陵町山上八幡神社 季節外れのサクラ咲く 2011年10月14日

tp://mytown.asahi.com/nara/news.php?k_id=30000001110140002

香川県仲多度郡 満濃池森林公園 2011年10月12日

tp://yakuri.blog.ocn.ne.jp/blog/2011/10/post_75b8.html

サクラ狂い咲き 徳島市眉山パークウェイ 台風ダメージ原因? 2011/10/13

tp://www.topics.or.jp/localNews/news/2011/10/2011_131846965467.html

十月の桜 鳥取県大山町 2011年10月19日

tp://mytown.asahi.com/tottori/news.php?k_id=32000001110190003

桜7輪咲く 広島市八木公園 '11/10/15

tp://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201110150130.html

サクラさん、まだ秋だよ 宮崎市船塚 県総合文化公園 2011年10月18日

tp://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000001110180002

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「八のつく日に気つけて呉れよ、だんだん近づいたから、辛酉(かのととり)はよき日、よき年ぞ。

冬に桜咲いたら気つけて呉れよ。

八月二日、ひつくのかみ。」

  下つ巻 第三十帖

旧暦日本四季は大まかに分けて、1・2・3月=春、4・5・6月=夏、7・8・9月=秋、10・11・12月=冬となる

今年は10月27日が旧十月一日であり、今は冬に入っている

まり神示で言う「冬に桜咲いたら」の言葉は既に日本全国で実現している

次に来る「八のつく日」の「辛酉」は旧十二月八日、新暦の1月1日、元旦になる

「よき日、よき年」とはそういう意味

この日、311の警告にも未だ改心無く、金の世を維持し続けている日本にとどめの大地震が起こる

2011-09-26

地図もなく 星もない あぁ 闇の中

地図もなく 星もない あぁ 闇の中

さぁ 語りなさい 見たモノ全てを

怒りと悲しみ 表と裡を

明日ケモノ道 この世の痛み 荒野に独り叫ぶ

この大地に愛をもたらせ

この大空に光りを注げ

この未来に道をもたらせ

この鼓動に 名前 名前を付けてくれ

待っているだけの 明日などいらない

旅立つ鳥は 言い残す

思い出の一つ一つ ここに眠っている

見送る鳥は 翼をたたむ

忘れる事で生きて行けるなら

寂しいんじゃない 哀しいんじゃない

あの時代に誰もが夢を

あの憧れに届くと信じてた

あの笑顏に囲まれていた あの幸せ

あなた あなたの鼓動を聞いていた

巡り巡る四季の唄に耳を澄ませば 「帰れない」

2011-09-01

9月の夜中だというのに31℃とか

やはりすくなくとも夏だけはいかん。人がバタバタ倒れるわけだ。誰だよ四季はすばらしいとか無責任なこと言ってるのは。

2011-08-27

たまに四季は素晴らしいというやつがいるが

たまに四季は素晴らしいというやつがいるが、熱中症などで人が死にまくりなのにふざけたことをぬかしやがって。

たまに人体は素晴らしいというやつがいるが、熱中症などで人が死にまくりなのにふざけたことをぬかしやがって。

たまに生命は素晴らしいというやつがいるが、熱中症などで人が死にまくりなのにふざけたことをぬかしやがって。

たまにこの世の物理法則はすばらしいというやつがいるが、火星にすらまだ行けないようなひどく重力に縛り付けた世界じゃねえか。

たまに数学世界はすばらしいというやつがいるが、少なくともゲーデル不完全性定理が成立する時点で腐ってる。

ま、この世の中、素晴らしい素晴らしい吹聴していたほうが何かと得ですからねえ。人間関係にしろ権力にしろ商売にしろetc.素晴らしいものに囲まれているという幻想に浸っていたいのは道理ではあるわな。

2011-08-19

炎上の正体とは何か?

さっき、イヤな夢を見て目が覚めた。



タクシーに乗っている。隣の上司が「おいそれやめろ」と自分の足元を指さした。

指の差した先を見ると、脱いだ革靴の上に靴下を履いた自分の足が乗っていた。



足が蒸れて我慢出来なくなったか自分はそのような状態なのだろう、と夢の中で自分は考える。

「どうしてです?」と上司に聞くと、「いいからやめろ」と上司は言う。

本当に理由が分からなかったので、やはり「どうしてです?」と上司に聞いた。そのうち上司は「辞表を出せ」と言った。



上司をよく見ると、自分が嫌いだった中学校理科の教師の顔だった。

これはまずいことになったな、と思いつつ、一方でデジャブ感も感じていた。「すみませんでした」とあやまり、革靴を履く。上司は、「一旦会社に戻ったら、一緒に喫茶店に行こう」と言った。やれやれ説教ですむのかな、微妙な線だな、と思いながら半覚醒状態に移行した。



覚醒状態に移行後、夢分析の処理が自動的に走った。上司中学校理科の教師の顔をしていたのは、「イヤなやつ」の象徴としてだろうな、と思う。しかし、あのデジャブ感の正体はなんだろうか?最近感じた感覚だ。ああ、2ちゃんねる自分の書き込みが叩かれた時の感覚か、と思う。しかし、なぜ似たような感覚を感じるのだ?と思ったところで、半覚醒状態から、深い考え事をしているような状態へ移行した。



思考がさらに進み、ようやく分かってきた。要するにこれが日本なのだ、と思う。もう使い古された指摘だが、一見、野放図の2ちゃんねるも実は「ハイコンテキスト」であり、相当高度に空気を読むことを要求される(そこで、増田とかあったよな、と思いだして、この文章を書いている訳である)。



炎上の正体とは何か?結局の所、「異物に対する文化的吐き出し行為」なのではないか。つまり、「違和に対する全方位からの猛烈な攻撃」というのは。なぜならば、日本は「和」であり、「違和」は日本ではないから。同化できないものは排除されるのだ。



では、「和」とは何か?日本的美意識でないかな、と思う。だから、「美しい日本」とか言いだしたウヨ系政治家は変なのだ。日本的美意識の基準を満たしていないと、日本であると認められない訳だから、二重定義のようなものだ。「『日本四季が美しいと誇りに思う人』に納得がいかない」と主張していたサヨ系漫画家も変だが。日本的美意識、つまり日本価値基準は四季の影響が大きい訳だから日本人から見れば、そりゃ、四季は美しいだろう。



日本人根底は、合理的知性ではなく、美意識感性なんだな、とつくづく思う。

見てくれに対する異常なこだわりにせよ、若者の汗で感動を作り出す甲子園にせよ、子供の時の自分はこれが正しいことなんだな、と思っていた。これらに対するアホじゃねーの?というアメリカ人価値観なんて想像もつかなかった。最初に書いた夢のように、これに対して、思うことがない訳でもない。しかし、美の基準も時代によってまた変わる訳で、費用効果の薄い努力をアホらしいと言えるような雰囲気になってきたのは良いことだと思う(まだまだそういう現場は多いけど)。もうちょっとでも良いから、「機能美」寄りに美的基準が変化すると、より日本は住みやすくなるんじゃないか・・・

2011-06-22

http://anond.hatelabo.jp/20110621171226

いや、受け入れていると思うよ。たとえ火力発電所大事故があったとしても、「火力発電所建設を中止しろ!」という動きにはならないと思う。

はい

歴史知らなさ過ぎるだろ。

ダム闘争とか石油危機とか知らないのかよ?

そういったものが発生したから、国は原子力発電へ舵を切ったんだぞ?



放射線の問題さえなければ、事故コストはおおむね事故地域に集中するので、全体としては許容できるリスクと考えられている。

ぶっちゃけ田舎人間が被害を被る分には、最悪切り捨てれば済むだけの話だが、放射線被害になるとそれだけでは済まなくなる。

その放射線の問題だって、量的問題なんだがね?

現状、急性放射線障害に掛かった民間人ゼロ

避難地域ですら、現状100mSv/Y付近の値で除洗すれば確実に下がるんだよ。

もはや避難解除は疫学的問題ではなく、政治的問題に過ぎない。

政治的問題と疫学的問題をごっちゃにして、未だに疫学的に問題があると思い込んでいるのが精神衛生の問題になると、

国連チェルノブイリフォーラムでは91年に予言されている。

からIAEA日本原発事故の後処理は大変すばらしいとかわざわざコメント出してるんだよ。



それでも、「自動車事故による死者をゼロにするために、自動車をなくせ!」という意見が通っていないのは、社会自動車事故の死者を織り込んだ上で利便を受け入れているから。

高齢者免許返還制度とか、普通免許での中型車の運転が禁止されたりとか、制限は厳しくなっていってますけど?



1つの事故で何百万人単位健康被害に対する不安を与え、経済被害が国家予算規模になり、諸外国から輸入制限をくらってしまうような事態を引き起こすのは、現状、原発くらいしか考えられないので、特別扱いは当然だろう。

はい

宮崎県口蹄疫とか、アメリカ狂牛病とか、まさに、

1つの事故で何百万人単位健康被害に対する不安を与え、経済被害が国家予算規模になり、諸外国から輸入制限をくらってしまうような事態を引き起こす

事態になっていたと思うんだけどね?

そんな、ほんの数年前のことすら忘却の彼方で考えられないとか。



今回と同レベル事故が発生したときに、どれだけの人的・経済的被害が発生するか

現状すでに、事態は疫学的問題より政治問題であるため、人的・経済的被害は算出不可能だろ。

疫学的問題だけで行くのなら、避難地域の除洗と低レベル放射線廃棄物の処理で事が足り、震災復興費用の数%振り分けるだけで済む。

食品の輸出・生産も避難地域外のものモニタリングにより安全に行われており、そのための宣伝費用は必要かもしれないが、国内広告業界資本が流れるのであれば問題は無い。

どのみち、震災の被害に比べたら被害は相当少ないんだよ。

震災被害と、事故被害を混同されたら困る。



「何十年かに1回大規模な事故が起こったとしても、経済的にペイできるからいか」と国民が納得すれば、国も原発と共存できるでしょ。

そして、重要なことだが、今回と同レベル事故の発生を防ぐために最大限の注力を払うことだ。

事故ってものは起きないではなく、起こさない。なんだよ。

スリマイルチェルノブイリ福島第一と事故発生時の共通する要因として「完熟した作業員の不足・不在」が挙げられるため、

原子力事業において作業をするものは全て一定の有資格者とすることが望ましく、そのための組織設備を作るとか。

発電設備の電源規格の統一を政府(保安院)主導で行うとか、打てる手はまだまだある。

そしてこちらのほうに事故対応以上の資金が必要になるだろう。




ここまでやって何故原子力に固執するのか?

ダム闘争で水力の自然環境への影響が懸念され、

石油危機で火力の国外依存度の高さが懸念された。

どの発電システム採用しようが、日本は狭く資源が無い。

から、火力・水力・原子力に電力ソースを分散させることにしたんだよ。

自然エネルギーに転換といっても、高緯度のために風雪被害や四季があり気性が安定しない日本では限界がある。

「火力・水力・原子力自然エネルギー」とはなるが、「火力・水力・自然エネルギー」とはなりえない。

から、現状の日本には原子力の安全性を一層高め、上手に付き合っていくしか道が無いんだよ。

2011-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20110215131345

ふけいき。

みんなが頑張って働く→みんなが儲かる→みんなカネ使う→みんなにもっとお金入る→ヘブン状態

これが好景気しかし良く見て欲しい

みんなが頑張って働く→みんながもうかる

          ↑

         これはおかしい

つまり、みんなが頑張って働いて生産した何某かを受け入れるだけの市場がある場合にのみ、好景気は出現する。

では、ふけいきの場合どうなるか。

みんなが頑張って働く→生産力が余ってみんなの労働単価が下がる→みんなカネ使わない→みんなにお金入らない→ヘル状態!

          ↑何故か違う結果になる。

                                          

もちろん、景気循環というのはあるんだけど。今の不景気はそーいう話ではなく。

「みんなの頑張りを受け入れる状態がない」ということになる。だから、結論から言えば頑張れば頑張るほど貧しくなる。

これまで、景気循環で捉えられていた「ヘブン状態」はヘル状態への前触れではあった。

ヘブン状態突入→カネ余る→みんなもっと儲けようと色々する→お金ダブつく→チキンレース開始→ドッカーン

この流れがまぁ、景気の基本なんだけど。

現在は、金融機関にカネは一杯あるし、日銀だってジャブッジャブにカネばらまいているのに

日本国内に色んな人たちの頑張りを受け入れるだけの消費がない。だから新興国だおらっしゃあ!

って中国かに仕掛ける。プラグマティックに考えれば、おなじみのチキンレースなのでどっかで死ぬ。

でも、それとは関係なく、日本マジやばい。浮いたり沈んだりするところから離れちゃった、マジやばい

みんな働けば働くほどヤバイ。ここで俺がイチオシするのが「冬眠」。第三次世界大戦明けくらいに目を覚ます

状況はなんか色々違うかもしれない。バギーとトゲつき肩パットを用意して、一世紀くらい眠るのマジオススメ。

通常のヘブン状態→ヘル状態の循環は、言うなれば四季のようなもので

ヴィヴァルディでも聴いて待てば、いずれ雪解けがやってくる道理なのだけれど。

現在日本が陥っているのは、氷河期なんですよね。

じゃあ、なぜみんなが結氷しないかって言えば、日銀が全力でマーケットお金をバラまいてたりするから

これは、日本の信用が高かったり、何故かアホ高い日本円だったり、日本国債(何故か売れる)が要因だったりするんだけど。

もう一回気温がぎゅおーっと下がるとここが決壊して、さようなら

2011-02-06

シンガポールに住むようになって変わった「国」についての考え方

僕は2009年シンガポールに移住し、現地の企業で働いている

この2年間の間で、自分自身に起こった変化について書きたいと思う


僕が20歳頃までは、自分を取り囲むものが


自分 < 家族 < 友人 < 地域社会 <国 < アジア < 世界


たい自分を中心とした重層的な構造だったのが


今では


自分 < 家族 < 友人 < あとはmixiTwitterFacebookにお任せ


たいな感じになってきてるのを感じる


なんせ自分の住んでいる場所が海外なので、

生まれ育った地域社会愛着を持とうとしても遠すぎるし

もちろん地元には家族友達がいるし懐かしい思い出もたくさんあるけど

実際問題、今自分がお世話になってるのはシンガポールという国だし

どっちが大切?と言われたらどっちも重要しか言いようがない


日本という国が「自分を育んでくれたもの」「守るべきもの」

自分を守ってくれるもの」というカッチリした定義のあるものから


「人が礼儀しい」「食事が美味しい」「四季折々楽しい」「女の子かわいい

たいな、単なる属性の集合体になりつつあるのを感じる


そしてそこには「義理人情」「御恩と奉公」的価値観存在しない


家族日本にいるけど、僕はシンガポールに住んでるし

特にアジア各国に関してはどこの国にもけっこう友達が住んでるし

普段連絡とるのも、数人の仲いい日本人以外は外国人だし

その友達の国との間に戦争とかされた日には大迷惑である

勘弁して欲しい


「国」なんて所詮、「領土」と「領海」と「領空」に

「ヒト・モノ・カネ・ブランド」の上物が載っかっただけのもので

もちろん日本人であることに相応の自負と愛着はあるけれど

かといって国のために命を投げ出すような覚悟は一切無いし

例えば日本が戦場になったら、僕は家族全員シンガポールに連れてくる


海外で生活を始めると

日本で生まれ育った自分」という側面と

日本以外で生活し、給料をもらい、納税している自分」という側面

この2つが分離するので、混乱が生まれる


そしてこの分裂した自分自身を日々御しながら

「どっちも健やかであってほしい」と願うようになるのは

極々自然な考え方の道筋であるように思う


からこそ、今のようなどんどん自由になり相互依存が強まる世界の中で

自分が生きられているというのは本当に幸せなことだと思う


Kei as a thorough cosmopolitan and Libertarian

2010-11-17

ソニー会社を買われた日

就職氷河期と囁かれ始めた時代に、それなりの大学商学部に入ったのは7年前の話。



苦労して勉強して入った大学生活を楽しまなきゃ損だ、と思ってサークルに入ってみた。


王道サッカーサークル


練習そこそこで、四季に合わせたイベント合宿、そして毎週開かれる飲み会


バイトした金をそのまま飲み干す高田馬場


楽しかった毎日でした、と思い返せればいいんだけど、あの時期の大学生でそんなこと思える奴っていないと思う。


早稲田でも、慶応でも、東大でも。





大卒内定率が40パーセントを下回るってのが定着し始めて、


大学生って人生モラトリアムじゃなくて、


将来が不明確なのを4年間も強制されたショクギョウになってしまったんだよね。


就職が決まらない、って先輩たちがサークルにはごろごろいて、


これが数年後の我が身かと見せつけられれば、ほんとに怖くなる。


就職出来るだけで運よくて、もし仮に大企業だったらそりゃもう神様扱い。





ウチのエースはアジア人、なんてタイトル日経ビジネス2010年にあったらしいけど、


今じゃエースだけじゃない。


普通の兵隊もアジア人


日本会社は売上の海外比率が75パーセントなんてざらだし、


むしろ海外に出て行けなかったトコは潰れたり買われたり。


そんな会社新卒で取るにはオレらのはずなくて、

もう中国人中国人タイフィリピンインドネシア、そして中国人


大企業ほどね。


ほんとうに将来が見えなくて怖かった。


ドンキホーテ修行を積んて独立した北京大学出身の人が成功して、


30歳にして中国の若き流通王とか呼ばれたりして、


アリガトーニホン。ダイスキニホン。」


ってテレビで言ってたっけ。








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だから、オレ起業した。





このまま日本人向けに用意された新卒枠を競い合っても仕方ないと思ったから。


3人に1人しか生き残れない勝負するなんて、バカじゃん。


すごくバカらしい。わざわざ殺されに行くなんて。





3年生の1年間でインターンって名前丁稚奉公して、4年生で勝負かけた。



とにかく先輩たちと同じにはなりたくないから、仲間見つけて、考えて、売り出したのは10インチモニタ


これが3年間で100万台も売れて、たぶん来年もきっと売れるけど、再来年は類似品でわかんね。


モニタに少しのストレージネットワーク機能つけて、Dropboxファイル同期出来るようにしただけなのに、


これが飛ぶように売れちゃった。


LOFTクリスマスプレゼント特集で火がついて、贈り合いっこでカップルにつき2台づつ。


次いで海外出稼ぎお父さんが子供たちと、ってことで一家に3台。


同じく日本就職してきた人たちにも大ブレイクで、一族10台まとめ買い。



製造は全部海外


自前の工場を持つなんてお金かかりすぎるから、台湾会社に委託製造。


基本設計書だけ持ち込んだら、ベトナムの組み立て工場まで紹介してくれた。


初回は1000台、4ヶ月後に1万台、半年後には5万台、ついで四半期ごとに10万台。


販売のメインネットショップだし、


営業先は大手数社だけだし、


本社では企画と交渉だけだから社員はわずか10人。


そのかわりメンバーにこだわった。


設計東大工学部フィリピンドクターを口説きおとして始めは学生兼業してもらって、


交渉は来日3年目の中国人サポートしてもらった。


なにより大きかったのは、パナソニック早期退職して副社長やってくれた伯父さん。


やっぱ経験つんだおじさんって強い。


そんなこんなで急激成長して年商30億のベンチャー社長にオレはなりました。







なんでこんな簡単なモノが売り出せなかったんだろうね、日本メーカーって。


オレらは工場も持たないし、研究開発もしてないし、ほんとにアイデアを素早く形にしただけ。


いまとなってはわかるけど、簡単だからこそ出来なかったんだろうね、日本メーカーって。




次のアイデアが出てこなかったから、ソニーから買収の話が来たときには喜んで握手


25歳で年齢×億以上の資産出来たのは、人生上手く行き過ぎかもしれない(笑)


それもこれも、就職氷河期ってことで反面教師となる先輩を紹介してくれた日本社会のおかげ。



アリガトーニホン。ダイスキニホン。」


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フィリピン人の彼は母国に帰って、豪邸買って自分会社作るってさ。


華僑の彼は中国本土のMBAに通って、一族の本拠地がある香港家業につくとな。一族の同世代の出世頭らしい。


一番驚いたのは、サムスンヘッドハンティングされた伯父さん。新規事業部門に一本釣り。相当の契約金だったらしいけど、額は教えてくれなかった。





そして会社ソニーに買われた今日、オレはこれからシンガポールに移住する。


バカ高い年金医療費もまっぴらごめん。


でも一番嫌なのは、先が見えないこと。


バイバイニッポン


たまに美味しいものでも食べにくるよ。


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みたいな2020年妄想をした。

こんな時代が来るのは確実。


どう生き残ればいいのだ20代男子

2010-09-30

神主の2軒目ラジオ

2010-08-31

トカイとイナカとジャスコ

ずっと「トカイ」にいかなければと思っていた。育った町は関東に位置している田舎だった。電車に乗れば東京までたかだか時間半か二時間程度の場所だったが、それでも十分田舎だった。電車を目の前で逃すと一時間は待たなければならなかった。隣駅は無人駅で、最寄駅は7時にならないと自動券売機切符が買えなかった。バスに至っては二時間来ないこともざらだ。終電や終バスも早くて、夕方が差し迫ってくるともう乗り継いで行った先の終電のことを考えなければならない。東京は近くて、でも遠い街だった。

電車に乗ってあの町が近づいてくると、見渡す限りの田んぼとその中をうねうねと伸びる農道が見える。街燈がぽつぽつとしかない道を闇におびえながら全力疾走で駆け抜ける夜も、夏になると井戸からくみ上げて田んぼに水を注ぎ込む小川も、稲穂の上を渡る金色光る風も、その中を喜んで走る犬も、道端で干からびている車にひかれたイタチも、うっそうと道上に生い茂り時々大きな枝を落としている木々も、なにもかもが呪わしかった。どこへ行くにも遠く、こじゃれた店は大規模なショッピングモールの中にしかなくて、中高生はいつもそこに特に理由もなくたむろしていた。みんな都会に行きたかったのだ。すぐにつぶれてしまう店も、郊外型の広い駐車場も、市街地から外れればとたんに何もなくなって農耕地だけになるニュータウンもみな忌み嫌っていた。

私たちはたまに触れるなにか新しいものを含んだ風にあこがれ、騒がしい日常を羨み、便利さに憧憬を抱いた。都会に行かなければいけない、という思いはまさに呪縛だった。こんな田舎にいてはいけない、田舎はつまらなく、古びていて、垢抜けない。だから都会に行かなくてはいけない。



高校を卒業するとともに私を含めほとんどの友人は都会へと向かった。何人かは都会に住みかを確保し、住処を確保できなかった人たちはどこかに拠点を確保して、毎日時間もかけて都会へと通った。

私は住処を確保できた幸運な一人だった。山の手の静かな住宅地の中の、学生用の古い汚い部屋でも、私にとってそこは「トカイ」だった。駅に着くまで田畑はなく、家々は軒を並べ、駅では10分も待たずに電車が来る。どの駅でもかなりの人々が乗り降りし、夜が更けても街燈は一定の間隔で並んで闇を追い払ってくれる。都会には月明かりに気付く余裕をもって往来を歩けるほどの安心があった。そのくせ、私が慣れ親しんできた大きな木々や古い河の跡や、四季はきちんとそこにいて、祭りがあり、正月があり、盆があり、そうやって人々は暮らしていた。盆正月は店が閉まってしまうということを知ったのも都会に出てからだった。

都内にありながら広大な面積を有する大学の中には山があり、谷があり、そして池があった。そこにいると、田舎のように蚊に襲われたし、アブラゼミミンミンゼミくらいしかいないとはいえ、蝉の声を聴くことができた。近くに大きな道路が走っているはずなのに、喧騒はそこまでやってこず、昼休みが過ぎると静寂が支配していた。水辺で昼食をとるのが私は好きで、蚊に食われたといいながらよくベンチに座って、亀と一緒に日を浴びながらパンを食べた。

田舎でそうしていたようにどこへ行くにも自転車で行き、アメ横からつながる電気街や、そこから古書街、東京駅サラリーマンの街あるいはおしゃれな店が並ぶ一帯までどこへでも行った。都会は平坦につながっているのに、どこかに必ず境目があって、境界付近で二つの街の色が混ざり合い、ある臨界点を超えると途端に色彩の異なる街になってしまうのが面白かった。その合間にもところどころ自然存在していて、いつからそこに植わっているのか知らない大きな木々が腕を広げて日陰を作り、その下にベンチが置いてある。くたびれた老人がその下に座り、コミュニティが形成される。それが私の見た「都会」だった。



山の手の内側で育ち、閑静な住宅街で育った人たちは、ここは「イナカ」だから東京じゃないという。私はそれを聞くたびに笑いをこらえきれなくなる。あなたたちは田舎を知らない。電車が10分来ないとか、駅まで10分くらい歩かなければならないとか、店がないとか、繁華街が近くにないとか、それだけで田舎だと言っているけれど、田舎はそうじゃない。

コンビニには車で出かけなければならないことも、コンビニ農協のようなものだということも、、新製品は何か月もしないとおかないような、そのくせいつからあるのかわからないような商品が段ボールで積み重ねてあるということも、あなたたちは知らない。発売と同時に新商品を手に取ることができる喜びにあなたたちは気づかない。駅と駅の間が近くて、自転車で行き来でき、一つの場所に店が集まっていないせいであちこち足を運ばなければいけない不便性は田舎のそれとは違う。

大きな木が育っていてもそれを管理せずに朽ちていくばかりにする田舎邪魔になればすぐに切ってしまから、町の中に大木は残らない、それが田舎だ。古いものは捨て、新しいもので一帯を覆い尽くすのが、田舎だ。昔からあるものを残しながら新しいものをつぎはぎしていく都会の風景とは全く違う。人工の整然とした景観があり、そことはっきりと境界線を分けて田畑が広がる区域が広がる。その光景あなたたちは知らない。人工の景観の嘘くささと、そこから切り離された空間の美しさをあなたたちは知らない。新しく人が住む場所を作るために農地や野原を切り開いて、道路を通し、雨になれば水が溜まる土壌を改良し、夏になればバスを待つ人々の日陰となっていた木々を切り倒し、そうして人工物とそれ以外のものを切り離していくやり方でしか町を広げていくことのできない田舎を、あなたたちは知らない。人々は木漏れ日の下に憩いを求めたりしないし、暑さや寒さに関してただ通りすがった人と話をすることもない。車で目的から目的地へ点と点をつなぐような移動しかしないのが田舎だ。あなたたちはそれを知らない。



盆や正月田舎に戻ると結局ショッピングモールに集まる。友人とだったり、家族だったり、行くところはそこしかいから、みなそこへ行く。しばらく帰らない間に、高校時代によく暇をつぶしたショッピングモールは規模を拡大し、店舗数も増えていた。私が「トカイ」で足を使って回らなければならなかったような店が、都会よりずっと広い売り場面積で所狭しと並ぶ。それがショッピングモールだ。上野秋葉原新宿池袋渋谷原宿東京丸の内もすべて同じところに詰め込んで、みんなそこは東京と同じだと思って集まる。田舎は嫌だ、都会に行きたいと言いながらそこに集まる。

ABABというティーン向けの店でたむろする中高生を見ながら、私は思う。下町を中心としたチェーンのスーパーである赤札堂が展開しているティーン向けの安い服飾品を、田舎の人は都会より二割か三割高い値段で喜んで買う。これは都会のものから、垢抜けている、そう信じて買うのだ。確かにその服はお金のない中高生が、自分のできる範囲内で流行りを取り入れて、流行りが過ぎればさっさと捨てるために、そういう目的に合致するように流通している服飾品だ。だから安い代わりに物持ちが良くないし、縫製もよくない。二、三割その値段が高くなれば、東京に住む若者はその服は買わない。同じ値段を出せばもう少し良いものが変えることを知っているからだ。田舎に暮らす私たちにとってのしまむらがそうであるように、都会に住む彼らにとって最低限の衣服を知恵と時間をかけてそれなりに見えるように選ぶのがABABだ。そのことを彼らは知らない。

ABABのメインの事業である赤札堂は、夕方のサービスタイムには人でごった返し、正月が近づけばクリスマスよりもずっと入念にかまぼこやら黒豆やらおせち材料を何十種類も所せましとならべ、思いついたようにチキンを売る。あの店はどちらかというと揚げ物やしょうゆのにおいがする。店の前には行商のおばさんが店を広げ、都会の人たちはそれを喜んで買う。若いこどもはそれを見てここは「イナカ」だという、そういう光景を彼らは知らない。



そうして私は「トカイ」という呪縛から逃れていることに気付くのだ。私はABABでいいものがあれば買うし、同じようにしまむらで掘り出し物があれば買う。田舎よりも安くで手に入れることのできるものは都会で買い、田舎安く買うことのできるもの田舎で買う。どちらもよいところはあり、悪いところはある。便利なところはあり、不便なところもある。都会の人も「トカイ」にあこがれ、ここは田舎だというけれど、「トカイ」というのは結局幻想しかないということを、私は長い都会生活の中で理解したのだ。便利なものを人は「トカイ」という。何か自分とは違うと感じるものをひとは「トカイ」のものだという。それは憧れであり、決して得られないものだと気づくまで、その呪縛からは逃れられないのだろう。

「イナカ」はその影だ。「トカイ」が決して得られない憧れであるなら、「イナカ」は生活の中に存在する不便さや不快さや、許し難い理不尽やを表しただけで、「トカイ」と表裏一体をなしている。「イナカ」も「トカイ」も幻想しかない。幻想しかないのに、私たちはそれを忌み嫌ったり、あこがれ、求めてやまなかったりする。だから田舎はいやなんだというときのイナカも、都会に行けばきっとと願うときのトカイも私の心の中にしか存在しない、存在しえない虚構なのだ。




私はオフィス街の中で聞こえるアブラゼミの声が嫌いではない。でも時々その声が聞こえると、田畑を渡る優しく澄んだ夕暮れ時の風を思い出す。竹の葉をすかす光とともに降り注ぐ、あの鈴の音を振るようなヒグラシの音が耳に聞こえるような気がする。






補記:母は東京イオンがないという

記憶の片隅に、一面に広がる田んぼと、稲穂の上で停止するオニヤンマの姿が残っている。

父方の田舎は、人口の一番少ない県の市街地から車で一時間半かかるところにあった。周りは山と田畑しかなく、戦前から10軒もない家々で構成される集落だ。隣の家は伯父の家だったはずだが、確か車で15分くらいかかったと思う。幼いころにしかいなかったので記憶はもうほとんど残っていない。免許証の本籍地を指でなぞるときにふと頭の中によぎる程度だ。父はあの田舎が嫌いで、転職と転勤を繰り返して、関東に居を構えた。あの村で生まれて、育ち、その中から出ることもなく死んでゆく人がほとんど、という中で父の都会へ行きたいという欲求と幸運は桁はずれだったのだろう。時代が移り変わって、従兄弟たちはその集落から分校に通い、中学卒業とともに市街地へ職や進学先を求めて移り住んでしまった。今はもう老人しか残っていない。日本によくある限界集落の一つだ。

引越をした日のことは今も覚えている。きれいな街だと思った。計画的に開発され、整然と並んだ町並み。ニュータウンの中には区画ごとにショッピングセンターという名の商店街があり、医療地区があり、分校ではない学校があった。電柱は木ではなくコンクリートだったし、バスも来ていた。主要駅まではバスで40分。駅前にはマクドナルド本屋ミスタードーナツもある。旧市街地門前町として栄えていたところだったから、観光向けの店は多くあったし、交通も車があればどうとでもなった。商店に売られているジュースは何種類もあったし、本屋に行けば選ぶだけの本があった。子供の声がして、緑道があり公園があり、交通事故に気をつけろと学校では注意される。

バブルにしたがって外側へと広がり続けたドーナツの外側の淵にそのニュータウンは位置している新しい家を見に来たとき、祖父母はすごい都会だねぇと感嘆混じりに行った。

父は喜んでいた。田舎には戻りたくない、と父はよく言った。都会に出られてよかったと何度も言った。ニュータウンにはそういう大人がたくさんいた。でも、都心で働く人々にとってニュータウンは決して便利の良い町ではなかった。大きな書店はあっても、ほしいものを手に入れようとすると取り寄せるか、自分都心に探しに行くしかない。服屋はあるけれど、高いブランド物か流行遅れものしかない。流行はいつも少し遅れて入ってきていた。都心に日々通う人たちはそのギャップを痛いほど実感していたに違いないと思う。教育をするにしても、予備校や塾は少なく、レベルの高い高校も私立中学もない。食料品だけは安くて質のいいものが手に入るが、都会からやってくる品は輸送費の分、価格が上乗せされるので少し高かった。都会からじりじりと後退してニュータウンに落ち着いた人々にとって、言葉にしがたい都会との微妙時間的距離は苦痛だったのだろう。

子供にはなおさらその意識が色濃く反映された。簡単に目にすることができるからこそ、もう少しでつかめそうだからこそ、都会は余計に眩しいものに思えた。引力は影響を及ぼしあうものの距離が近いほど強くなるように、都会が近ければ近いほどそこへあこがれる気持ちも強くなるのだ。限界集落にいたころには市街地ですら都会だと思っていたのに、ずっと便利になって都会に近づいた生活の方がなぜか我慢ならない。

そして子供たちは大きくなると街を出て行き、後には老人だけが残った。さながらあの限界集落のように、ニュータウンもまた死にゆこうとしている。幸運なことに再び再開発が始まっているようだが、同じことを繰り返すだけだろう。

祖父母にとって東京は得体のしれないところだった。彼らは東京駅で人込みの歩き方がわからなくて、父が迎えに来るまでじっと立ちつくしていた。若いころだってそうしなかっただろうに、手をつないで寄り添い、息子が現れるまで待つことしかできなかった。そういう祖父母にとってはあのニュータウンですら、生きていくには騒がしすぎたのだ。あれから二度と都会へ出てくることはなく二人とも、風と、田畑と、山しかないあの小さな村で安らかに一生を終えた。


たまに東京に出てくる父と母は、あのとき祖父母が言っていたようにここは騒がしすぎて疲れる、という。どこへ行くにもたくさん歩かなければならないから不便だと言う。車で動きにくいから困ると言う。智恵子よろしく母は、東京イオンがない、と真顔で言う。私が笑って、近くにイオン系列ショッピングモールができたし、豊洲まで出ればららぽーともある、といっても納得しない。田畑がない、緑が少ない、明るすぎるし、どこへ行っても人が多い。すべてがせせこましくてあわただしくて、坂が多くてしんどい。それに、とことさら真面目な顔になって言う。犬の散歩をする場所がない。犬が自由に走り回れる場所がない。穴を掘れる場所もない。彼らはそう言う。

あんなに都会に出たいと願ってやまなかった若いころの父と母は、あのニュータウンの生活に満足し、さらに都会へ出ていくことはできなくなったのだ。それが老いというものかもしれないし、身の丈というものなのかもしれない。生きてゆくべき場所を定めた人は幸せだ。幻想に右往左往せず、としっかりと土地に根を張って生きてゆくことができる。


私の住む東京千葉の境目も、不満に思う若者は多いだろう。都内とはいっても下町からここは都会ではない、と彼らは言うかもしれない。都下に住む人々が都会に住んでいない、と称するように自分たちの住む街を田舎だと表現し、もっともっとと願うのかもしれない。引力は近づけば近づくほど強さを増すから逃げられなくなるのだ。でも、もしかすると、都会の不便さを嫌って、彼らは田舎志向するかもしれない。一つのところへ行きさえすれば事足りる、点と点をつなぐだけの便利な生活。地をはいずりまわって丹念に生きる必要がある都会と違って、郊外は行く場所が決まっているし、ネットがあればなんとかできる。彼らには、私たちが引力だと思ったものが反発力として働くかもしれない。未来は分からない。

それでもきっといつかは、みんな、どこかに愛着を抱くか、よんどろこのない事情で立ち止まるしかなくなるのだろう。祖父母がそうであったように、父と母がそうであるように、どこかに満足して、ここ以外はどこにも行きたくない、と主張する。それまではきっと都会と田舎という幻想の間を行き来し続けるのだ。


成田に育った:http://anond.hatelabo.jp/20080929192856

2010-07-09

生とは如何、生死なんて全く無意味だ。

世の馬鹿面達諦聴せよ!何の意味がある。

――こんな事書くのも意味がないが――三度三度飯を食い、又寝ね、

泣いたり、笑ったり、怒ったり、毎日毎日くりかえしている。

如何に如何に。



しかし意味ないと云いながら、やはり自分意味ないことをやっているんだな。

何ものが欺くさせるんだ?敢えて云う、全く意味ない。

地球は廻り四季巡行す。

一体何だ。

人間て何だ。

2010-06-22

日本が最高とか言っている奴は世間知らず

広い世界日本だけが独占的にいいわけないだろ。

  • 安心 → まともな国は大抵安全だし、日本最近物騒
  • うまい食い物 → 世界中に旨いものはある
  • 四季 → 四季がある国は山ほどあるし、常夏の国も悪くない

こういう世間知らずはウリナラ〜ニダ<丶`∀´&gt; とか言っている北朝鮮の人と同レベルだな。まずは世界を見てこい。それでやはり日本が一番だと結論づけるなら納得する。

http://anond.hatelabo.jp/20100622211600

何が日本は最高だよバカ

安心だのうまい食い物だの四季だのという第一次的欲求満足を維持するためにそれ以外のより高級な価値悪魔的な勢いで犠牲になっている。そもそも四季みたいな美観はどうでもいいし、うまい飯と安心を確保しているこのシステムは実は努力でしかないし、犠牲が悲劇的な形で見えないところに押しやられている。そうすると安心やうまい食い物も手放しには喜べない。実はヤクザエゴで民衆から収奪した利益の上にあぐらを掻いている心理状態を「日本は豊かで平和理想的」という事実と混同していないか。お前が安心した生活の中でうまい飯を食い四季や美観を愛でる背後には多くの断腸や涙や悲劇があるんだよ。いっぺん死ね鬼畜性器どもが。

http://anond.hatelabo.jp/20100622003648

そうは言ってもできれば終わって欲しくないぞ。俺は。

安全だし食べ物は美味いし四季は豊かだし、いいとこいっぱいある。

2010-05-11

http://anond.hatelabo.jp/20100511145956

自殺者数が多くて国のイメージだけが問題だったら統計カテゴリーから「自殺」という項目を無くすだけでおk

人道的なものを不透明にするなんて君はばかだなあ

しかもなぜそこでベーシックインカムになるのかわからん

それ以上に国のイメージを損なわずに安く済む方法があるならそれでいいんだよ。労働問題は指摘されてるから治せばいいけど、それは政府のする仕事とは言い難い。

自殺者っていうのは「この先生きていても良い事が無い、死んだ方がマシ!」と思うから自殺するんだろうに。

「金=生きがい」はある意味不正解とは言えないがイコールではない。

イコールと書いた覚えはない。しかし、金がないのに生きようとするには物乞いするほかない。

生きる希望を与えるには地球温暖化をもっとガンガン促進して、日本を熱帯気候にすることだ。

日本の美しい(と思い込んでるだけの)四季を大事にする多くの国民から反感をかうだけ。

2010-04-09

こころ鬱屈たまに綺躁曲

《にゃあ》

 紀行もだいぶ暖かくなり、そろそろ潮干狩り風景を書く日も近い。125ccバイク三番瀬密漁潮干狩りに出かける方も多くなるだろう。

 潮干狩り風景をみていると、水筒に入れた麦茶や冷たいペットボトル飲料で喉を潤すヒトもいるみたいだ。

 潮干狩り最中はまわりに水が溢れているのだから、その水を飲めば宜しかろうとおもうのだが、生憎日本人には高血圧のヒトも多いことだからそうもいかないのだろう。自動販売機などで冷えた飲み物を買ってのどを潤す人が多いようだ。

 今日の夕飯を確保しようと鬼のような形相になっているヒトタチなのだから、財布の紐は堅くしばりそうなものなのだが、暑さには敵わないらしい。

 だが、私は海水も飲まなければ、自動販売機ジュースを買うこともない。財布をもってあるく習慣すらないのである。夏でも喉が渇いたら、樹液をすするとか、穴を掘りバケツを埋めてその上にレジャーシートを貼り、真ん中に石で軽く重しをし、たまった水を飲むようにしているのである。

 これは私自身の経験であるが、マテガイを採るのに夢中になり、トイレに行くのを我慢していたら、トイレまでの距離を我慢できない程になってしまったことがある。なにせ、周りには潮干狩りの客が満ちあふれているのであるから、前門の虎ならぬ、肛門のオオカミである。まぁ、私ほどの達人ともなれば、そう謂う場面でも実に堂々としたものであるが・・・

 その有様を身近で見たヒトは、ソレ以来、直ぐにトイレに行く事を心にきめたそうだ。よく分からない話であるが。

 ところで、冷たい飲み物を飲むか、一週間ぐらい放置した鮪の刺身をたべると、なぜピーピー、ジャージャーになる事があるのか、誰でも何となく感づいているけれど、どういう魔力が働いているのか、ご存知の方がおられたらこそっと呟いて欲しい。

 私の妄想では、これは好転反応だと考えている。

 好転反応とは、なんだかよく分からないが、褒め者のレメディとか毒だし茶を飲んだ後に、一時的に却って具合が悪くなる反応=仕組みである。

 例えば、猛烈に熱い毒だし茶を飲んだ後に、舌を火傷したとして、その後舌は腫れ上がり、見るも無惨な状態になる。そうなると、体は治療モードに入り、いつの間にかモトの状態に戻るのである。その猛烈に苦しむ間に、モトの病気は治ってしまう事があるというものである。

 猛烈に苦しんでいる間はおそらく、しばらく身動きができなくなるとかんがえる。つまり、運動はできなくなる。安静にせざるを得ないのだ(と思う)。

 ようするに、大事の前には小事など取るに足らぬということである。

 だから、普段の懸念などいったん放棄して、猛烈に苦しませ、そちらのほうに精神を集中させてしまうのではなかろうか。

 ついつい、好転反応について熱く語ってしまったようだ。モトの話に戻そう。というか、肝心の話すらしていなかったようである。冷たい水は体に悪いという事だ。

 よく謂われる「夏ばて」は、カラダを冷房で冷やしすぎたり、冷たい飲み物を一杯飲んだりして消化管を冷やして負担をかけることにより、消化酵素の分泌が悪くなって、食欲不振になる事などにより発生する物だ。暑さそのもので参るばかりではない。

 

 昔は子どもにも、真夏にはあまり冷たい物は飲ませなかった。自分子どもの頃にはそんなぜーたくなマネは出来なかったからだ。オレが辛い目にあったのだからオマエもくるしめという事だ。

 だからスポーツでも、練習中や試合中は水を飲ませなかった。根性論だからである。

 近年はやたらと、水分補給ばかりしているが、それは本当は夏ばて予防でもなく、熱中症予防のため仕方ないのである。少子化新弟子が少なくなってきてしまったから、わが流派でも子どもに優しくしないと入門してくれないのである。実際の処は後継者不足に参っているのである。

 運動中にしきりに水分補給をしなければならないのは、単に人間の体という物はそういう風に出来ているからである。恨むのなら人間に生まれたことを恨むが良い。どうしても水をのみたく無ければ、点滴をすればよい。とにかく水分補給は大事なのである。

 冬に「冬バテ」はないが、外気が乾燥することにより、ウイルス感染症流行しやすくなるのである。結局は四季それぞれに併せて体調管理に気をつけなければならないのである。それが宇宙からの意思に素直に従う事とも通じるのである。

 

 よく謂われる事だが、サウナに入ってから、生ビールをぐーっと、一気飲みするのは気分は爽快になるが、水分補給としては最悪である。ビールを飲めばトイレに行きたくなってしまうではないか。折角飲んだというのになんて勿体ない話であろうか。だから私は何時も我慢しようとするのだが、いつも後悔に襲われてしまうのである。

 いや、それ以前にサウナに入ること自体が好転反応を期待するモノではなかろうか?

 だから私はサウナに入らないし、お風呂に入った後はバケツにたまった水を啜るのである。

 それが宇宙からの意思であるからしょうがないのである。

2009-12-08

ライバルを蹴落とすための勉強に励み、 医学部入学後ひきこもり

中学生のころから、親や教師、同世代の人間とは、偏差値単位媒介とした感情のない利害関係しか結んできませんでした。偏差値を上げ、実力試験模試などで高順位をたたき出すことによってのみ、親に自分の存在が認められると感じていました。教師や同世代の人間に対しても同様に感じており、高校生になり大学受験意識してくるようになると、学校に行っても勉強以外のことで話すことはほとんどありませんでした。次第に昼間食堂で彼らと一緒に昼を食べることが鬱陶しくなってきて、その時間図書館で寝ていました。放課後も急かされるように家に帰り、夜の塾に備えていました。勉強で誰かに頼ったり、お互いに励まし合ったりしたことはありませんでした。



その一方で、他人との争いを前提とし、ライバルを蹴落とすための能力を鍛練するしかない日々に脅えきっていました。一度負けたらもう駄目だというような精神的な圧迫を、絶えず胸に抱いていました。誰にも自分の本音を語ることができず、親や教師などの大人が求めていることをロボットのように忠実に行ってきました。学校に通いひたすら暗記を繰り返し、偏差値を上げていくことを感情を殺しこなしてきました。



やがて医学部合格しました。将来医師になって人を救いたいという夢があったわけではなく、偏差値が高い大学しか志望することができなかったのが実状でした。親や教師から直接偏差値が高い大学に入るようにと迫られたことはないのですが、当時は彼らが存在するだけで強いプレッシャーになり、東大京大、国公立医学部しか志望してはいけないと迫られていると感じていました。



受験戦争が終わり大学に入ると、偏差値というこれまで自分の存在を示す唯一の手段が失われてしまいました。大学の授業以外の時間は、特に同世代の人間と遊ぶといったことはなく、塾のチューター家庭教師バイトをしたり、運動をすることが好きだったので、ジムに通い筋トレ水泳などをして体を鍛えていました。勉強に対する意欲はなく、単位を取るだけのための底の浅い学習で、試験が終わると頭から抜け落ちて役には立たない代物でした。



この世界のなかで、自分にとってお互いに心情を理解し合えるような人間はおらず、社会に出て苦しいことが起きても、誰にも相談できず、全てたった一人で乗り越えていかなくてはならないという現実に気付き、強い危機感が絶えずおそってくるようになりました。このような自分の状態では、必ずどこかで心が破綻してしまうという確信があり、どうにかして心を開いて接することができる人間と巡り合いたいと切実に求めていましたが、それはかないませんでした。大学も4年生になり後2年で卒業して、医師として非常に責任の重い社会生活をこれからずっとたった1人で送っていかなくてはならないことを考えると、心が沈む一方でした。私は大学を休学しました。



2000年以降、ひきこもりの実態をマスコミを通して知るようになり、自分主体性のない生き方について改めて見直してみようと考えるようになりました。ひきこもりの実態を知るまでは、自分がどのような状況にいるのか自分自身が良くわかってはいなかったのですが、さまざまな情報に触れるようになり、自分自身の状況を客観的に見ることができるようになりました。やがて、これまでの反省から、今後何を信条として生きていくのかという問題に取り組んでいかなくてはならないと考えるようになってきました。



主体性をもって生きていくためには、これまでの親子関係を根本から改善していかなくてはなりませんでした。思春期以降、親との間に自分喜怒哀楽入り交じった感情を含んだ遣り取りが全くなく、ただ感情を取り繕い、迎合していただけだったというのが実状で、その実状を自分自身で認めたときには、これまでの人生は何だったのかと愕然としました。



私はもうこれ以上、こういった親との「上辺だけの良い関係」を維持していくことに意義を感じなくなり、親に対して自分の素直な感情をぶつけるようになりました。なかなかものごとが上手く進まない焦燥からくる苛立ちが強いときなどは、私は親を激しく責め、自分の虚勢からくる脅しを、絶えず親に与えていた面もあったのではないかと思います。「上辺だけの良い家族」の演じ合いを避けようとするため、感情剥き出しの「本音」のぶつけ合いだけの関係になってしまっていたというのが事実だと思います。親も私の「本音」に、率直に親自身の「本音」で対応していたと思うのですが、そういった関係からは前向きになれるものは生まれてはきませんでした。



当時は、親子だけで問題の解決に向けて模索することに息詰まっており、局面を打開するため、ある精神科医のもとに相談に行きました。それまでも、何かしなくてはという焦燥感から地元精神科医に診てもらうことはあったのですが、定期的に診察を受ける度に苛立ち、心の状態は悪くなる一方でした。しかし、その精神科医には好感を持つことができました。



その方は、13年前に不登校ひきこもりで苦しむ青少年たちのための高等学校を私財をなげうって作られた方です。何度か会ってお話しをしていると、自然と目に涙が溜まるようになってきました。これまでの精神科医との遣り取りのなかでこのようなことが起きたことはなく、医師に裸のままの自分の存在を温かく受けていれていただけることに感謝するという心の動きが、まだ自分の中にあったのかと驚きました。先生は、温かく私の言葉を聞いてくださり、先生御自身の体験談も話されました。表現することが難しいのですが、不登校ひきこもり問題に関して具体的な対策を模索してこられた方が発する雰囲気が私を温かく包み、心を解きほぐしていったのではないかと思います。今思い返してみて、正直に言って治療を受けたという実感はありません。自分の感じていることや考えていることを先生に向かってぶつけていき、それに対して先生が黙って肯いている、そんな感じでしょうか。「人間の心は決して理論理屈だけでは動かない」、この先生の御言葉が私の心に今でも響いています。



何回目かの診察のときに、先生は私の目の前で親を叱りました。私が学校に通っている期間、偏差値に翻弄され私と真正面から向き合わず、私の心が凍りつきロボットのようになっていることに気付かなかったことに対し、「あなたたちはこの子をどういうふうに育ててきたのか・・・深く反省しなさい」と言われたのです。その叱り方は、突き放して終わりというものではなく、温かみがあるものでした。先生言葉を聞き、肩を落としうなだれ、涙を流している親の姿を見て、私は改めてこの親と一から関係を作り直していきたいという、将来への希望が湧いてきました。これまで社会的に立派な仕事をしてきている親は、こういった形で面と向かって叱られるという行為を受けたことがなかったと思います。親が納得するだけのことをされている先生だからこそ、親は社会的体裁をかなぐり捨てて、反省という態度を子供の前で赤裸々に現したのだと考えています。



改めて親との関係を作り直して行くにはどうしたらいいか考え、親と山陰北海道などに一緒に温泉旅行をしたり、ひきこもりの会のフリースペースに通ったり、酪農実習(山地酪農)に参加したりしました。今考えてみると、どの経験自分の成長にとってかけがえのないものであったと理解できるのですが、取り組みを行っていた当時は、長期間続くことがなく、「失敗」したとしか思うことができなかったというのが正直な気持ちです。



こうした「失敗」した活動のなかから、大きな収穫もありました。それは、自分がこれまで経験してこなかったことに対する心の動きであり、それがやがて私自身の価値観発見につながり、そして自分と親の価値観の相違の気付きに発展していきました。私の家族の場合、親は人口100万人の街に暮らすことを好み、私は人口4000人の田舎に暮らすことを好みます。自然に対する捉え方においては、親はレクリエーションとしての自然を好み、私は朝から夕方までの労働基調にした自然を好みます。このように親子で大きな価値観の違いがある場合は、お互いにその価値観を尊重していくことは欠かせません。親は子供自分価値観押し付けるべきではなく、子供自分価値観に親を無理矢理引っ張り込むべきではないと考えています。



さらに、自分もまた社会価値観に囚われていることにも気付くようになってきました。周りからいくら「他人を気にせずゆっくりやっていけば良い」などと言われても、自分自身が「人は20代前半で社会に出ていくもの」という一般的な価値観から抜け出すことができず、心は解放されるどころか一層苦しくなっていったのです。



親も先生との出会い以降、急激に変わっていきました。先生の行っているひきこもりの会の運営やチャータースクール開設への模索などの取り組みに対し、積極的に精神的・経済的な支援を行うようになりました。距離的な問題があり、親も私もその現地で会のメンバーと共に活動することはできないのですが、それにも関わらず、親ができうる範囲でメンバー飲食店経営や、毎週行われているイベント活動を心から支援している姿は、私と先生だけでなく、親も私の抱える問題を共有していることの証となりました。そのうえで、私のありのままの存在を受け入れてくれるようになり、私が次々に挑戦することに対し、時間を割いて行動を共にする、あるいは必要な費用を黙って用意してくれるといった形で協力しながら、温かく見守ってくれるようになってきました。



現在は、「自然(山)のなかでのモノ作り(労働実習を含む)」活動を1年続けています。7年前に山を切り開き、モノ作りにも精通されておられる教職員の方のもとで、実践勉強をしています。



山に入って暮らすようになると、次第に自分でもわかるような変化が起こってきました。朝起きて夕方まで草刈りなど山で働き、夜に陶芸などのモノ作りをするという生活では、自分が行ったことが形としてしっかりと現れます。草刈りをすればその部分が綺麗になり、陶芸をすれば作品ができあがります。山が綺麗になれば心は充実し、陶芸作品が上手くできれば心は沸き立ちます。どれも単純な作業なのですが、単純だからこそ人の心に響くものがあるのではないかと考えています。テレビパソコンなどの情報機器エアコンなどの、暮らしを快適にする電化製品がない山の生活のなかで、四季折々の変化に直接肌に触れて自然を体で感じることで、町の生活では感じることができなかった「生きている」という実感を持つようにもなってきました。



私はこの「生きている」という実感を持つようになってから急速に心が解放されてきました。私の場合は、山のなかでのモノ作り活動に、「生きている」という実感を得るためのキーポイントが隠されていました。



私が心のひきこもりから抜け出せなかった理由として忘れることができないのは、自分自身に勇気がなかったということです。どこか心のなかに、「誰かが助けてくれる」といったものや「失敗するのが恐い」などというものがありました。今振り返ってみると、そういった思いが、自分が行動して新しい道を切り開いていくという選択をすることを拒み、ズルズルとひきこもりから抜け出せない期間を延ばしていっていたのではないかと思います。私自身が何もできなくても、親が「ただ生きているだけでよい」と無条件に認めてくれている、そしてそれを心から信じることができる真の親子関係が構築されるとき、もう何も恐れるものはないでしょう。その思いを胸に、これからは自分の考えに従い、活動していこうと思います。



また、今の私には大学に帰り、自分経験を活かし将来精神科医として働いていきたいという夢があります。お世話になっている精神科医や、山のなかでのモノ作りを教えてくださっている教職員の方の真摯な生き方に触れた経験から、肩書きや高度な知識だけに頼るのではなく、裸の人間として患者に接しながら、深い信頼関係を構築できるような医師になりたいと考えています。そして、それは並大抵の努力ではできないことだとも感じていますが、夢の実現に向けて、日々歩んでいきたいと思っています。

2009-11-14

ロシア人と日本人

  • ロシア 国土が平坦。広い河川、高い山脈などで囲まれていない→外敵が侵入しやすい
  • 日本 国土が海で囲まれている→外敵が侵入しにくい

ロシア人と日本人永遠にわかりあえないかもね・・・

2009-10-29

http://anond.hatelabo.jp/20091023113517


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2009-10-01

周囲の評価

馬鹿っつーと普通は物を知らない奴とか論旨が滅茶苦茶な奴のことをいうわけだが、

何の益もない質問を連発する奴も馬鹿のうちに入るんだよな。

つまりは俺のことなんだが。

ニュースで「アメリカ自動車販売指数がどーのこーの」ってのを見て、

そういえば日本自動車販売努力って、テレビコマーシャルなんかは

1.四季の背景に合わせて売りたい自動車宣伝する

2.海外ロケとか室内撮影(高級感とか庶民感)で四季関係なし

の二つに分かれると思うんだが、アメリカって日本のような四季に影響される販売努力があるのかなーと。

1.のような意味での手を変え品を替えの努力があるのかないのかわかんなくて、一概に販売指数報道しても意味ないんじゃないかなーと。

本気で調べようとしたら大変な努力が必要なことくらいは解るけど、それを無視・省略して他力本願な質問をするから周囲から馬鹿にされる、嫌われるんだろーね。

2009-08-19

旗を愛すること、国を愛すること

旗を愛するということ

私は、自分愛国者であると思っている。


といった事を今の日本で書くと、正月には皇居に向けて万歳を三唱し、休日ごとに家の前に国旗を並べ、小学校で「君が代」を教えないなんてとんでもない!と叫ぶようなイメージがあると解されるのだろうが、正直言って私はこのどれにも当てはまらない。


最近も、民主党日本国旗を切断し、民主党の党旗を作ったことに対して一部の人が憤懣やるかたない様子だが、愛国者である私自身はあのニュースによって何の感慨も受けなかった。


何故か。私にとって、天皇制国旗国家のどれもが日本国にとって欠くべからざる要素では無いからである。平たく言えばどうでもいいからである。どうでもいいのだが、これによって旗を愛する人たちから「非国民(この言葉は大嫌いなのだが)」と言われるのは心外だと思ったので、この駄文を書くことにした。


国とは何か

ここで、国家国家として存在するための大事な要素とは何なのか考えてみたい。Wikipedia.jpにて「国家」を検索してみると、以下の3つが「国家の3要素」として挙げられている。


(以下引用)


国家の三要素

  • 領域(Staatsgebiet:領土、領水、領空)- 一定に区画されている。
  • 人民(Staatsvolk:国民、住民)- 恒久的に属し、一時の好悪で脱したり復したりはしない。
  • 権力(Staatsgewalt)ないし主権- 正統な物理的実力のことである。この実力は、対外的・対内的に排他的に行使できなければならない、つまり、主権的(souverän)でなければならない。

(引用終わり)

もちろん人によっていろいろ異なる見解はあると思うし、個々人の見方の違いも大きいとは思うが、私にとっては、この法学的見地からの「国家の3要素」が、国家国家としてあるために最も大事な要素であると思える。


日本に当てはめてみるならば、

領域=日本国領土、人民日本国籍を所有する(外国国籍を所有せず、その事により明確に日本に恒久的に帰属している)人たち、権力日本国政府ということになるだろうか。

国を愛するということ

だから、極端な話で言えば、もし明日に日本国国家がラップミュージックに変わったとしても、私の愛国心には何の影響ももたらさないし、特に腹を立てることもないだろう。

一方で、明日にアメリカさんの上知令によって日本国領土がメキシコと取り替えられたり、私以外の日本人が何故かフィリピン人と交換されたり、革命が起こって日本国政府転覆した場合には私の愛国心は大打撃を受けるだろう。

大打撃を受けた後にまた日本を愛せるかどうかは、変化した要素が他二者を愛してくれるかどうかだと思うが、これはまた別の話であるので置いておく。


すなわち、私にとって大事なのは、小さいながらも四季の彩りに恵まれたこの日本の領土であり、総じて教育水準が高くて内気な日本国籍を所有する人であり、いろいろ間違いも多いが民主主義の原則に固執してくれている日本国政府なのだ。これらを愛することによって私の愛国は完結し、その他の旗や歌などにはほとんど向かう余地は無いのである。


私の考え方は間違っており、旗や歌を愛さない私は、愛国者ではないのだろうか?

2009-07-23

http://anond.hatelabo.jp/20090723001546

違う違う。

何見たか知らんけど、カーテンコールは出演者の為のものじゃなくて、客の為のものだ。

舞台芸術、っていうかまあ演劇系だな、しかも四季とか東宝松竹なんかの大手だと特にそうなんだけど、演者にファンがついてるから、演者の役をはずれた姿を堪能させる為に何度も出る。

あんなの、客がアンコール拍手しなけりゃ一回で終わるんだよ。金払ってる客が要求するから何度も出なきゃいけないだけ。

自分がもう満足したな、こいつらもう出てこなくて良いなと思ったらそこで拍手やめればいいの。

拍手が鳴り止まないってことは、その人達はまだ演者を見足りないわけ。演者じゃなくて客の満足な。「これだけあなたの出ているお芝居を愛しましたよ」のラブコール。名作だと演目にも固定客ついてるから長くなる傾向はあるね。

レ・ミゼラブルであまりのカーテンコールの長さに子役がぶーたれた顔をしたのとか見たことあるよw

あとこれはお笑いだけどラーメンズ地方公演で、3,4回目のカーテンコールあたりでコバケン半笑いで「もうね、なんにも出すものはありませんよ」っつって拍手強制終了させたりとかもあったな

「片付けが大変なんだ!」とかも言ってた。こういう笑いに誤摩化した切実な叫びはでもやっぱり笑える

2009-07-21

平川哲生「川の光リアルタイムtwitterコメンタリーまとめ (1)

Mon, Jul 20
  • 07:59 幸か不幸か起きていますので、アニメ川の光再放送に合わせてtwitterコメンタリをやります。どこまで書いていいのやら、なにを書いたらいいのやら……。タイピング速度もあるので、ちょっと下準備をしておきます。
  • 08:00 remove覚悟の上で連投します。最初にあやまっておきます、すいません。
  • 08:30 ニュースの放送中ですが、のんびりと、アニメ川の光』のtwitterコメンタリをはじめます。原恵一さんには「すべて正直に言え/書け」と言われているので、たぶん、ぶっちゃけ話もします。
  • 08:31 アニメ川の光』は、6月20日の本放送、28日のBS再放送今日は再々放送になります。本放送の視聴率はふるわなかったのですが、反響の多さから、このような短いスパン再放送になったと聞きました。涙がちょちょぎれるほどうれしいです。みなさま、ありがとうございます。
  • 08:32 まずはじめに、演出未経験の私がなぜ監督に抜擢されたか? メディアでは「原恵一さんの推薦」と語られていますが、本当は茂木プロデューサーの推薦です。原さんは「茂木が言うなら」という感じだったとのこと。私が言うのもなんですが、無謀にもほどがあります……ありがたいことですが……
  • 08:32 演出協力の原恵一さんは何をしたのか? シナリオ打ち合わせに出席して、私の絵コンテをチェックしました。通常のコンテ・チェックは監督が絵・セリフト書き消して直しますが、原さんはメモを残す。たとえば「こんなセリフはどう?」とか「アオリの構図がいいのでは」など。
  • 08:33 その後あれこれ相談して、私がコンテを清書します。全930カットのうち、原恵一チェック後に修正したのは、だいたい50カットほどだったと思います。放送後、私が「作品に原さんのテイストを感じた人が多かったみたいですよ」と伝えたら、原さんは複雑な心境だったようです。
  • 08:34 とはいえ原恵一さんの役割は小さくありません。私はチェックに通るコンテを意識したので。1カットだけ流背(専門用語です)を使おうと思ったら、「これキライ」とメモが書かれていて笑いましたw。キライって……。あとNHKエンタープライズ・廣岡篤哉さんのコンテチェックにもお世話になりました。
  • 08:35 脚本吉岡たかをさんが第三稿まで、私が第四稿を書きました。第四稿は絵コンテを想定して、プロット整理やセリフ改変など、大幅に書き換えたため、部分的にシナリオ打ち合わせの内容を無視する形になってしまい、いろいろ申し訳なかったです。この作品台詞ミス(後述)は私の責任です。
  • 08:35 はじまった!
  • 08:35 冒頭から音楽がいいですねー。レコーディングに立ち会いましたが、栗原さんはその場でがんがん楽譜を修正するんです。音のニュアンスもどんどん変える。楽器奏者はそれに柔軟に対応する。鳥肌モノでした。私は8トラックMTR宅録少年だったので、夢の現場でした。
  • 08:36 原恵一さんも言ってましたが、この作品シナリオ打ち合わせは、とても良かったと思います。アイデアがたくさん出て、それを可能なかぎり活かすようにしました。私は初監督なので知らないのですが、生産的でないシナリオ打ち合わせも多いとのことです。
  • 08:36 動物といえば「丸くなる」作画! でも、これは実は原作どおりだったりします。
  • 08:36 75分の作品なのでB級の系譜は少し意識しています。シーゲル、リュイスなどですね。結果、フォードホークスへのいびつな愛情のしみこんだ作品になったと思います。宮崎駿さんへのいびつな愛情もあり、お父さんのヒゲいじり癖は、これです http://tinyurl.com/kmxl8z]
  • 08:37 こういうところは演出家にとっては大問題ですが、視聴者の方はぜんぜん気にしなくていいと思います。いちおう、せっかくなので、書いておきます。ただ、やっぱり、この作品の演出は映画っぽくはないですね。当時の私は、CMなしのテレビ75分を見せきることを意識していたんだと思います。
  • 08:38 いやあ、声優が豪華ですねー。お父さんの台詞「お前が食べ過ぎなきゃね」は原さんのアイデアですよ。
  • 08:38 ペットボトルあたりの美術男鹿さんです。ふつう背景は美術ボードに似せるものなんですが、もう完全に男鹿流ですね。すばらしい。ありがたや。美術監督稲葉さん、日野さんは「男鹿さんの絵はまねできない」とか「あの絵は、音楽ライブみたいに、再現不可能」と言ってました。
  • 08:38 うう、書いてると見れない。見ていると書けない。コメンタリってむずかしい……
  • 08:39 画面がロングショット主体なのは理由があります。アップ主体のネズミ目線は、地面などの一部しかフレームに収まらず旅の感じが出ないこと。ネズミ目線が面白いのは20分が限界ということ。『ガンバの冒険』の手法を避けること。作画が楽なこと。結果的に美術の負担が大きくなってしまいました。
  • 08:40 金田朋子さんの熱演が! 人差し指くちびるにあてて、ぶるぶるさせて「ぶくぶく」の声を出してました。
  • 08:40 滝に落ちたチッチが浮かび上がって、タミーに助けられるあたりの原画は、加藤寛崇さんです。制作さんに「ちゃんとチェックしてください」と笑われ、私は「完成画面で楽しむからいいのだ」と答えたほど、ノーチェックで通せる、すばらしい原画でした。作画マニアは要チェック。
  • 08:41 現実のタミーは来客に頭からどーんと突っこんでくるお転婆な犬なのですが、平野綾さんはその感じをうまく出してますね。かわいい。タミーは最初・中ごろ・最後と短い出番ながら、印象に残ってもらう必要があったので、華のある平野さんにぴったりだったと思います。
  • 08:42 レイアウト、アイレベルが変だったりしますが、わざわざ変な感じに描いてください、と指示した結果だったりします。数えてませんが、レイアウトは6割くらい自分で描いたと思います。
  • 08:43 Aパート絵コンテの軸がぶれてます。まだスタイルというか、基調というか、トーンというか、そういうものを模索しているような印象。旅立つまでに14分しか使えなかったので、詰めこんでるのは仕方ないとしても、構図、カット割り、いま見るとつらいです。出発したBパートからマシになるような……
  • 08:44 山寺さんのお父さんはいいですねえ。少し頼りないけど、やさしいお父さんの感じがすばらしい。山寺さんは、あっという間に指示に対応できて、プラスアルファで演技を加えてもらえるすごい方でした。私は、山寺さんなら『御先祖様万々歳!』の多々良伴内の役が好きです。
  • 08:45 「川はタータの母だった」と原作では地の文で直接描いていますが、どうやってアニメ化すればいいのか、迷いました。結果、ごうごうという母体のような音にしてみました。こういうのってむずかしいですね。
  • 08:45 木が切られるあたりから、夕方まで、原画は黒柳トシマサさんです。若いし、うまいし、イケメンだし、まったくもってけしからん原画マンです。ありがたや。
  • 08:46 爺さんネズミ役は青野武さんですよ! なんという贅沢! マイケル・ペイリン! 青野さんの声は「きこりの歌」つながりで、この直後の切り株の場面に進む伏線なのです(嘘)。
  • 08:47 環境破壊はいま、たくさんの説が入り乱れている状態で、とてもアニメでは扱えません。もし扱うとしたら、ロンボルグ的な視線も入れて「近視眼的にならないよう、真剣に考える必要がある」くらいの主題になると思います。問題意識は高まっていくでしょうし、これから扱われるべき大きな主題でしょう。
  • 08:47 護岸工事環境破壊か? 答えはNOだと、視聴者の私は思います。監督の私は、巣が壊されるショックを描くために、悪者あつかいする必要があると考えていたようです。
  • 08:49 折笠富美子さんのタータはいいですねー。原作はタータが主人公なんですが、アニメはチッチの活躍が増えてます。が、折笠さんの演技で、タータが前に出てきたように感じました。
  • 08:49 三匹が並んで走る場面(3カット兼用)と、イタチに襲われる場面の原画は植村淳さんです。ありがたや。ネズミの走りは、急ぐときは2コマ中2枚、通常は3コマ中2枚。動物の走りはパターンが少ないので、ガンバに似ています。植村さんのところは2コマ中3枚で、空中ポーズが入ります。
  • 08:49 ちなみに原恵一さんは、当初、このイタチを中心にした物語を考えていたようです(原作にもある)。それじゃガンバになってしまう、という理由で、いまのような形になりました。それくらいガンバは恐ろしい作品なのです。アニメ史に向き合うなら、これ以外の選択肢はなかったと思います。
  • 08:49 夜、根で三匹が寝ているカットは、写真をそのままレイアウトに使ってます。写真レイアウトに使ったのは、自然物では、ここと冒頭の川の3カットのみ。バス車内はさすがに写真レイアウトが多いですが、ほかは基本的に写真は参考程度にしました。
  • 08:50 自転車のかげに隠れて走り、猫を避ける部分は、某映画からアイデアをいただいてます。
  • 08:50 チッチの「え~、もう旅行おしまい?」という台詞は、原恵一さんのアイデアをいただきました。前述の「お前が食べ過ぎなきゃね」といい、なんか、原さんらしいですよね。
  • 08:51 ドブネズミたちに会ってから、チッチが転ぶまでの原画は、石井邦幸さんです。丁寧な仕事ぶりで助かりました。かなり立体的に描く方で、ほかの原画とは耳の形などがちがいます。
  • 08:52 ドブネズミたちについて、原恵一さんは「聞き分けのない乱暴ものが良い」と考える。私は「話せば通じるやつらであってほしい」と考える。ここらへん好対照ですね。いろいろ話し合った結果、原さんの方のプランにしました。
  • 08:53 クマネズミは、人間を利用して、レストラン自動ドアを出入りするみたいですよ。能力が高すぎる。
  • 08:53 つるや食堂は、松浦さんの小説半島』から名前をいただきました。『半島』に登場するつるや食堂はもう少し小ぎれいだと思うんですが、アニメではネズミが出てきてもおかしくない、時代がかった建物にしました。
  • 08:54 ドブネズミがトリモチにかかるアイデア原恵一さんのものです。
  • 08:55 赤い郵便ポストあたりは、レイアウト、BGの兼用を考えて脚本を書いてます。涙ぐましい……
  • 08:55 まあ、ぶっちゃけホークスです。
  • 08:55 子供たちが排水溝を泳いだり、グレンに誘われるまでの原画高野登さんです。私は高野さんの原画が好きなんですよ。ベテランの風格といいますか、シンプルかつ的確で、まちがいようのない原画、撮影指示、タイムシート。完成画面では伝わらない部分ですが、とても頼りになるうまさです。
  • 08:56 ベテランの風格は、この作品では、山内さん、高野さん、山崎さん、小野さん、寺田さんの原画で見ることができます。ありがたや。作画マニアの方々は、作画の実作業を経験してないと判別がむずかしいのですけど、ぜひこういう原画のうまさにも注目してみてください。
  • 08:57 横向き歩きのリピート作画、スライドは、単純ながらいちばんのリテイク回数でした。前足にあわせると後足がすべり、後足にあわせると前足がすべってしまう。むずかしいもんです。
  • 08:58 図書館のCパートは、鏡・ガラスモニタピアノ、逆さまの本『川の四季』、逆卵型の下水道。ねちっこく反転・反射を描く画面構成です。主人公たちが屋上に上がるまで、カメラ建物の外に出ません。図書館は窓ガラスポイントになるので、モデル杉並区図書館にしました。
  • 08:58 グレンの登場から別れまでが約11分です。テレビシリーズの半パート分。短い場面ですが、大塚明夫さんの演技がすばらしく、印象に残るキャラクターになったと思います。ちなみに原作のグレンは、ソシュール以後のポストモダン社会に生きる人間の苦悩を理解しているような、賢者ネズミです。
  • 08:58 収録は一日で終わらせる強行軍でした。お昼の弁当休みも早くすませよう、「30分くらいか?」と話していたところ、大塚さんがあのいい声で「15分だ!」と勇ましく叫び、笑いをとってました。大御所声優さんたちは、技術も一流ですが、現場の雰囲気づくりもすごいんですよね。勉強になります。
  • 08:59 大塚さんマジでかっこよすぎるぜ……
  • 08:59 鏡やモニタに映るグレンは、やっぱりアングル的におかしいですね。絵コンテに「おかしいですが堂々とやりましょう」と書いたのは自分ですが…。当時の私は、リアリティに足を縛られて窮屈な演出をしてはならぬ、などと考えていたんでしょう。視聴者の私は全体的にそういう傾向を感じました。
  • 09:00 原作のドブネズミ帝国が削られてしまったので、いちおう「なかにはいいやつもいるんだ」という台詞を入れました。ここらへん、面白いところなんで、ぜひ原作もお楽しみください。
  • 09:01 グレン大塚さんと、タータ折笠さんのからみは抜群ですねー。いいわー。
  • 09:01 「そうなんじゃないか」とか「そういうことなんじゃないか」は、松浦寿輝さんの作品にたびたび登場するので、グレンの台詞にしてみました。
  • 09:03スネークならダンボールに隠れるはず」という感想に笑いました。勉強不足でしたw。ただ、ハンカチに隠れるのは、バスの場面でタオルに隠れる伏線です。
  • 09:04 チーズケーキ番長なのに、ショートケーキを出しちゃって申し訳ありません。チーズケーキって絵にならないんですよね……。まあ、食べるほうとしてはそこがいいんですけど……
  • 09:05 給水機は原作になく、水の音、母の音、抱きつくタータ、川への思い、みたいなことをまとめて表現しようとした結果です。ここらへんはコンテを描いてうまくいったかも、と思いました。
  • 09:06 大塚さん……。
  • 09:07 シンメトリーの構図は、右を描けば左は反転してトレスできる、一枚描けば裏返しトレスで別カットも完成、という効率重視のために採用してます。みみっちいですね……
  • 09:08 図書館からの大俯瞰のBGは5回くらい兼用します。大変なカットはとにかく使いまわす。エコロジーであります。
  • 09:09 逆卵型の下水道、ここの背景は稲葉さんの担当です。描きこみすぎ!ありがたや。
  • 09:10 「あの雫が落ちたら」あたりは原作にありません。原恵一さんに「別れの場面をもっとじっくり」と言われたので、あれこれ迷って、こうしてみました。
  • 09:10 下水道プラットフォームあたりの背景は草薙の方が担当です。とくにマンホールがかっこいい。「クオリティが高くて驚いた」と美術監督の若いふたり、稲葉さんと日野さんも言ってました。私も上がりを見て驚きましたね。ありがたや。
  • 09:11 鉄砲水あたりの作画は、4カットほどが沓名さんの原画です。ここらへんは担当原画がとびとびなので、作画マニアの方でも見分けるのは難しそうですね。
  • 09:13 下水道のDパートから、ブルーのEパートまで、クレジットにないですが虫プロダクションが作画を担当しています。が、かなり原画がこぼれたので、手分けして描いてます。私も少し原画を描きました。
  • 09:13 下水道マンホールから煙草が落ちる場面。原恵一さんは喫煙者ですが「こんなことする人はいるのか? このシーン必要か?」と言ってました。私は「する人もいる。闇にぼわっと浮かぶ光は面白い、水の勢いを表現するため、またカップ容器で流れるくだりの伏線になる」と言い張って、入れた場面です。
  • 09:14 原恵一さんに口ごたえするとは、なんとも生意気新人監督であります。しかし、ひとつの作品にふたり監督は立てないので、仕方ない。
  • 09:14 カップ容器で流れる三匹、脚本ではお父さんの「しっかりつかまってろ!」という台詞が二回連続していました。が、山寺さんは何も言われずとも的確に判断して、二回目を「ちゃんとつかまってろよ!」に変更していました。これは収録中にいちばん驚いたことです。すげえ。
  • 09:14 こういう台詞が二回連続してしまうミスは、実はけっこうやってます。すべて私のミスです。次から気をつけます(もし次があるのならば)。
  • 09:14 カップ容器からチッチが落ちてしまうあたりは、石田慶一さんの原画です。暴れん坊ですねー。びっくりするくらい枚数の多い原画で、タイムシート等もひじょうに複雑、完成するまで画面がどうなるかわからなかったんですが、ど派手で面白い感じになったと思います。
  • 09:15 ブルーのEパートは、手水鉢・猫ベッド・染料鍋と、凹のような形のものを3つ。瓦屋根と鍋蓋で抜けている上の面を覆う、という画面構成。最後に、指輪が鍋蓋の上に置かれていたのは、構成上の理由があります(レイアウトを兼用する目的もあります)。
  • 09:15 少佐ーッ!
  • 09:16 けっこう小さい紙で作画しているので、大きいテレビで見ると粗が見えますね……。
  • 09:17 ブルーの家あたりは、美術監督日野さんです。上品な感じですね。
  • 09:18 内田百間の『ノラや』をやろうとして、やめました。ちょっと後悔してます。
  • 09:19 ブルーが「白を受け入れよ」とさとすくだりは、汚れたチッチを手水鉢に落とすところ、汚れたチッチを舌でなめるところ、瓦屋根の上の場面で計三回くり返されます。ここらへんはアニメオリジナルで、原作にない場面なんですが、好き放題やってるなぁ、と視聴者の私は思いました。
  • 09:19 ブルー役の田中敦子さんの演技がまたすばらしいですね。なんというか、包容力があって、長台詞も説得力をもっています。こんなに豪華なキャスティングなら、もっと台詞を増やせばよかったですねえ。尺が厳しいため、一文字二文字の単位台詞を削ったので、仕方ないのですが……。
  • 09:20 ブルーは友達がいない、必要ない、という原作を少し意識して、野良猫を追い払う場面を入れてみました。
  • 09:20 猫ベッドで寝ているお父さんに、タータが言う「ちょっと待ってね」の芝居が、実に折笠富美子さんらしくて、すばらしいですね。ここだけくり返して見たいほど。私は『あたしンち』のみかんファンなのです。
  • 09:21 ブルーの家の台所、染物の機材がならんでいる場面の背景も草薙の方です。とても丁寧な仕事です。たくさん描きこんじゃって、ほんとすいませんでした。山本二三さんは公演で、「平川監督空間フレーム内の何も描かれていない場所)恐怖症だ」と言っていたようです。ほんとすいません。
  • 09:22 染料鍋に入ろうとするチッチをブルーがはじくところ、絵コンテでは前足だったんですが、担当原画の方がしっぽに変更していました。ブルーはしっぽの雄弁なキャラクターだったので、私は「それだ!」と思い、すんなり変更しました。
  • 09:22 私のぬるい絵コンテを適宜変更していただいた、ありがたい原画は、小野隆哉さんです。またしてもベテランの風格! 原画は演出の領域に踏み込まざるを得ない、という好例ですね。
  • 09:22 私はブルー屋根のところの劇伴が大好きなんですよ。栗原さんの曲は、楽しげなものもいいですが、せつない曲がたまりません。
  • 09:23 「やさしさのない職場だぜ……」
  • 09:24子供がいるとそれはそれで」は原作どおり。こういうユーモラスな場面、いいですよね。
  • 09:26 原作動物病院アニメでは出せないので、ネズミたちがピアスを見つけるくだりを指輪に変更して、ブルーの場面に入れました。ピアス指輪に変更した理由は、丸いこと、尻尾に通せること、いろいろあります。動物病院は登場させたかったですねえ。残念。
  • 09:27 ジョン・フォード! でも真似することにも失敗している!
  • 09:27 公園のFパートは、高低差、3の均衡、人工的な自然、という画面構成。少し欲張りすぎたかもしれません。「3の均衡」は、1・2・4のときにバランスが崩れ、何かが起きる、たとえば3人の親子が座るベンチ下にネズミのお父さんが入ると、蹴り出されてしまう、など。うーん、ややこしいですね。

増田の文字数制限にひっかかったので(2)へ続く

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