はてなキーワード: バスとは
実家に帰る高速バスでのこと。僕の座った席は2Bだった。進行方向に向かって左側、前から2番目の通路側だ。
隣の通路側に座っていたのは角刈りでメガネをかけたオッサン。ポツポツと髪に白髪が交じるのを見ると、50代後半~60代ぐらいだろうか。隣に誰かいることは別に不思議ではないし、別段話しかける必要もない。3時間ほどで故郷に辿りつくし、そもそもその時間は寝ていればいいだけの話なのだ。バスが動きだすまでの時間、手持無沙汰だったのでたまたまカバンに入っていた週刊誌を手に取って読んでいた。
突然、オッサンは自分の右ポケットからハンカチを取り出そうとした。社内は狭くひどく窮屈だ。足を広々と伸ばすことはできず、彼の肘が僕の胸に当たる。しかし、オッサンの様子がおかしい。なかなかハンカチを取り出すことが出来ず、グイグイと肘が僕に押しつけられた。
「何やってんだ? この人……」と思って僕は体をのけ反らせ、肘打ちを回避する。すると、オッサンはドスの効いた声で僕に言ってきた。
「お兄さんよぅ、ここまでが俺の席だからさぁ……。わかる?」
と、オッサンが指さすのは前の席の仕切り。どうやら領土を主張しているらしい。が、明らかに前の座席は、僕たちが座っている席よりも広いのだ。
最近の高速バスには2~3席ほどプレミアムシートが付いている。通常のシートが4列ならばプレミアムシートは3列。クッションも格段によいものを使っており、足元も広い。料金だって1000円上乗せするだけなので、それほど高くはない。オッサンがいう領土権が認められるのならば、僕の左足付近までオッサンの席になってしまう。半ケツが通路に出た状態で座ってろという意味らしい。「んな、理不尽聞いてられっか」と思って反撃に出る。
「前の席はプレミアムシートなんだから、広いのは当たり前でしょう。区切りはココですよ?」
と、僕は僕とオッサンの間にある肘かけを指差した。だが、オッサンは続ける。
「おまえよぅ、肘当たってんだよ」
何を言っているのかまったくわからない。
「そもそも肘打ちしてきたのはアンタだろ?」
と、さっきオッサンが僕にした肘打ちに対しての文句を言う。どうやら、オッサン的には、僕が週刊誌を読んでいるときに肘かけを使っており、僕の肘がオッサンに当たってきた。つまり、先に領土侵犯をしていたのは僕の方だという言い分らしい。だから、報復としてハンカチを取り出すフリをして肘打ちをしてきたようだ。
オッサンはメガネを外し見下すように威圧的してくる。それ以上、何もしゃべらなかったので、こちらも応戦することはなかった。が、「面倒な人が隣になったなぁ……」という思いでいっぱいだった。
道中、オッサンは柔道のルールブックを読んでいる。年齢的なことを考えれば指導者か何かだろう。よっぽど、「故意の肘打ちは柔道じゃ反則技じゃねーのかよ!?」とか、「てめぇみたいな権利だけいっぱしに主張するヤツを“老害”って呼ぶんだよ」とか、捨て台詞を吐いてやろうかと思ったけれど、また面倒なことになるのも嫌なので止めた。
このニュースについて、ツイッターで「騙された」「これが本当なら橋下を支持するのをやめる」「橋下さーん勉強しろーコラー!」という声が散見された。驚いた。
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201202/2012021001065&g=pol
橋下のことを何も知らずに投票したのか、、、相当なお馬鹿さんなんだろうな。橋下のような新自由主義思想を持った男なら、TPP賛成に驚くことはない。
下のキーワードをよく口にする文化人(踊らされてるだけの民衆は含めず)はだいたいTPPに賛成してるから、見分けがつかない人は見ておくと良いよ。
・聖域なき構造改革
・改革を止めたから景気がよくならない
・規制緩和
・法人税減税
・バスに乗り遅れるな
・先送りできない課題
・坂本龍馬
・平成維新
・開かれた日本
・外に打って出る
・市場に委ねる
・これからのビジネスで英語が話せないのは、免許がないのと一緒
・集中と選択
・競争が進むとみんなが豊かになっていく
・自由貿易
・自己責任
・既得権益を潰せ
・老害
・自己責任
・公務員改革
・公共工事削減
・緊縮財政発動
・功利主義
・官から民へ
・ガラパゴス化現象
・国際競争
・神の見えざる手
http://samuraibp.com/column/first-india-trip
この記事を見て、去年の2月に3週間ほどインド南部のケーララ州+インド最南端のカニャクマリを回ったことを思いだしました。そのことをかきます。
たぶんリンク先の記事は、インド北部のメジャーどころを念頭に置いて書かれてるんだろうと思います。自分は10年前にデリーやバラナシを巡りましたが、その時は確かにこんな感じでした(IT化は全然してなかったけど)。でも、同じインドでも場所によって結構空気が違うんですよねえ。リンク先の記事はコンパクトなのにツボをおさえていて良い記事だと思いますが、地方を巡った経験からの、ちょっと異なるアドバイスを敢えて書かせていただきますよ。どっかしら観光地として日本ではマイナー感漂うケーララを推すべく。
何故かケーララ州ではぼったくりが(あまり)ありませんでした。全般的に、デリーやバラナシの人たちと比べてギラギラしたがめつさが希薄。しかも、どうやらリキシャ運転手同士で客引きルールが設定されているらしく、長距離バススタンドや駅といった場所では日本のようにリキシャが客の順番待ちをしていました。僕が間違って列の後ろの方の運転手に話しかけると「俺の順番じゃないから先頭に行ってくれ」と言われました。信じられますか。インドでですよ。3週間滞在しましたが、金のことでもめたことはほぼありませんでした。
(ここからは推測。ケーララはインドで唯一共産党が政権とってる州でして、そのせいか妙に皆の団結力が強いそうです。リキシャの運転手たちも、全員で示し合わせてストをしたりしてるそうで。上記の話もその土地柄の一環なのかもしれません。彼らに直接聞いたわけではないですが)
(あと、田舎に行けば行くほど、観光客向けの商売人からギラギラさが薄れる気がしますね)
でもこの町では、バスは結構難易度が高かったです。なんせ、バスの路線番号表示がアラビア数字じゃなくて現地語なんですよ。読めねえ。安いし、車窓が高いので町の見物にもってこいなんですけど、目当ての路線を探すのに手間取る可能性があります。あと当然車内アナウンスはないので、おりたい場所に近づいたら結構必死で町並みを観察していないといけません。もし自信が無ければ隣に座ってるおいちゃんに教えてもらうか、諦めてリキシャるかするといいと思います。
ケーララは長距離バス網が異様に発展しているので使いませんでした。
ちなみに鉄道はほぼ予約必須なんですが、最近はネット経由で予約ができるそうです。わざわざ駅に行って朝から窓口に並ぶ必要がない。すばらしい。はずなんですが、なぜか自分のクレカ(viewスイカ)は使えませんでした…。使えるカードと使えないカードがあるみたいなので、渡航前に実際に予約サイトに行って、使えるかどうか実験しておくといいとおもいます。予約の件は日本人から教えてもらったので、日本のクレカが全部ダメってわけでもないんでしょうけど。
公営バスがちょう整備されてます。ケーララを旅するためのメイン交通機関です。まちがいない。
うっかりデメリットの説明の方に力が入ってしまいましたが、便利だったのは間違いないです。ケーララは鉄道の本数が少ない土地なので、うまくバスを使いこなしていただきたいところです。
余談ですが、公営バスは全部、黄色と赤の共産党カラーで統一されてます。窓から見える風景には、鎚と鎌のあのマークがよく落書きされてるので、共産趣味の人は楽しめるはずです。
前述の僕のクレカは、こちらのオンライン予約ではなぜか通りました。べんり。
SIMロック外したあいぽんと現地で買ったSIMカードとの組み合わせ最強です。foursquareで普通にチェックインできます。でも、何故か、SIMカードを売ってくれる店と売ってくれない店がありましたね。コーチンなどの都会では、店はたくさんあるけど何故か売ってもらえず、地方都市のクミリーでようやく買えました。
噂によると、外国人がSIMカードを買うためには、パスポートと、住所の確認が本当は必要で、住所がないバックパッカーは売ってもらいにくい、とのことです。とはいえ僕の英語力に問題があった可能性も大なので、本当かどうかはわかりませんが……。もし携帯を現地調達するなら、パスポートの写しと滞在ホテルの住所を持って行った方が吉かも。
ちなみに日本のSIMカードで海外ローミングを使っても通信はできます。当然一日1000円以上の高価な通信料がかかりますが、極めてお手軽なので、なんかあったら使えます。
あ、それと、あいぽんはコンセント形状さえなんとかすれば変圧器なしで充電できます。
子供の物売りやコジキは、引き際を知らないので大人より扱いに疲れます。
ケーララは日本人ぜんぜんおらんかったですよ。多分地球の歩き方で割かれてるページ数が少ないからだと思います。クミリーの動物保護区でトレッキングに参加したら「おれのツアーに参加した日本人はお前が始めてだ」と言われました。そのあとサファリツアーに参加したんですが、欧米人リア充カップルの群れに混じって、ぼっちでジープに乗るのは辛いものがありました。ケーララは風光明媚だし商売人がギラギラしてなくてゆっくり過ごせるので、もっと日本でもメジャーになってもらいたいものですよ。
昨日行ってきました。
すごく楽しかった。
しかしそこはオレ、10時の開館から18時の閉館まで居座ったね!
はじめにおはなしデンワとやらを渡されるから、まずは見て回ろう、と思うのが素人
オレたち玄人はわけが違う!
まずはカフェ
そんで朝食、これだね
最初にカフェに来る人は少ないし10時の開館直後だから待たずに入れる
ちょっとゆっくりしたら、1階に舞い戻っておはなしデンワを受け取る
その頃には展示スペースも空いてきててゆっくり見られる
おっと、展示スペースの休憩エリアを忘れずに
きれいなジャイアンが見られるぜ
それだけじゃない
外をみると小さいのび太が寝てるし、さらに手前の木の上には…
展示スペースを見終わったら1階受付でもらった切符を渡してFシアターへ
映画が終わると何かが起こる…!
シアターから直接外に出られるんだ
だがオレたち玄人はそんなことじゃあいけない、わかってるだろ?
少し小さめで見つけずらいが、階段があるんだ
そいつで3階へ行こうか
3階にはオバQ、どこでもドア、ピー助が目立っているが、柵の外にも眼を向けて欲しい
黒べえはすぐわかるだろう
すべて見終わったら小休止
おやつもある
休憩が終わったらじゃあどうしよう?
見るだけでも楽しい、でもいっぱい買え
こいつは100円入れて鍵をかけるんだが、なんてこった、開けたらお金は戻ってくる!
お土産を買い込んだ上で手ぶらになったら、今度は2階へ行ってクイズでもやろうか
目指せ全問正解!
ま、楽勝か
そしたら夕食までマンガを読もう
大体16時、ちょっと手前くらいがいい
一度カフェへ行って予約をとる
カフェに入れたら夕食だ
しおから、たくあんだのもついてるぜ
これがうまいんだ
夕食は17:30くらいに終わらせよう
夕食がすんだら外はすっかり暗くなってる
外へ出てみるとライトアップされてることに気づくはずだ
18時閉館だから夏場は明るくて見られないだろうな
1周したらそろそろ帰ろう
ロッカーに預けた荷物を忘れないように!
こんだけ満喫できて、入館料は1000円
映画に行くよりずっとお得だ
行ってよかった、また行こう
翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。
彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである。
村上的ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツをアイロンがけしている、など)が
突然非日常(不思議な電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。
言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、
たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。
村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界のあいだで翻訳をしている。
言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ。
村上の車の後部座席に戻ろう。
多くの企業の本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。
およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。
木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。
靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。
自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。
同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。
(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)
オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。
山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。
室内のもう一つの棚には村上の人生と作品にまつわる思い出の品々がある。
彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニー・ウォーカーを描いたマグカップ。
はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真(1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。
壁にはレイモンド・カーヴァーの写真、グレン・グードのポスター、ジャズの巨匠の肖像がいくつか。
村上がもっとも好きなミュージシャン、テノールサキソフォンのスタン・ゲッツの写真もある。
私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。
『1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である。
それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。
同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。
村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。
「オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」
彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。
「シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから、日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」
「シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。
彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。
「The Many Sides of Gene Pitney」。
カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカのクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。
村上は13歳の時、このレコードを神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。
針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初のヒット曲「Town Without Pity」。
劇的な、ホルンの即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。
「若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」
終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。
『1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。
彼は読み直したといい、それは退屈だったという。
(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)
「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマック・マッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間が人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」
『1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」
「オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。
「ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分は政治好きな人間だと思うけれど、政治的メッセージを誰かに向けることはない。」
とはいえ村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治的メッセージを大々的に言明している。
2009年、批判のなか彼はイスラエルでエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルとパレスチナについて語った。
この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本の原子力行政を批判した。
一度目はまったくの被害者としてだったが。
バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。
「市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」
演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。
人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。
「これは日本にとって転機になると、日本人のほとんどが考えていると思う」
「悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格と目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」
その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国をモデルケースとして見ているのか、と尋ねた。
「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」
地下鉄サリン事件、阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。
地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。
彼は深さのメタファーを多用することで知られる。
登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。
(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。
毎日机に向かい、集中力に満たされたトランス状態の中で、村上は村上的キャラクターになる。
それは、自らの無意識の洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である。
「僕は東京に住んでいる。ニューヨークやロサンジェルスやロンドンやパリのように文明的といっていい世界だ。
魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。
魔法的リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。
書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」
執筆しないとき、自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。
彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。
彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。
人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。
実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。
1995年サリンガス事件があったとき、村上は被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、
その結果を分厚い2冊組の本として出版した。
のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語に翻訳された。
この会話が終わったとき、村上はランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日のランニングを通して学んだ」と彼は書いている)
身軽で、安定していて、実践的だ。
たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上は自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。
それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。
そんな言い方をした理由はすぐに分かった。
というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。
もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、
地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。
道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。
そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。
上へ、上へ、上へ。
しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。
海ははるか下に見えた。
それは秘められた巨大な水世界、日本とアメリカのあいだの、人が住まない世界だ。
その日見たかぎり、水面は静かだった。
そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。
大通りのサーフショップ、漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。
空気は湿っていて塩のにおいがした。
私たちは並んで浜まで走った。
村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。
セミについても話をした。
何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。
走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂のエアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。
最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。
が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。
飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。
最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。
見たことがないほど変な蝶だった。
浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、
私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。
それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。
蝶が去ってまもなく、村上は階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。
見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分のボトルから水を飲み、私を見上げて言った。
「日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」
「オチが救われない話」というまとめサイトを読んでいたら、こんな救われない話を知った。
『フランダースの犬』は、アニメとして日本人によく知られている。
もとは1872年発表のイギリスの童話だが、原作者の女性がベルギーの風俗をイギリス人の目で偏見的に描いている。
イギリス人の心の奥底には、ヨーロッパに対するかすかな敵意が潜んでいる。
「この地方は荒れ果て、人々は不親切で、しかも愛すべき犬を何代にもわたって、激しい労働に不当にこき使っている」
こんなことをずらずらと書いているのだ。
その上、本家イギリスでは、運命に抗わずに教会で死ぬという内容がアングロ・サクソン的に受け付けられなかったようだ。
結局欧米では、誰も見向きもしなくなったというわけだ。
ところが日本では、1975年に感動的なアニメが作られたために爆発的な人気を獲得する。
80年代からの海外旅行ブームでは、ベルギーのフランドル地方観光が定番コースの一つとなったほど。
もっとも、ルーベンスの絵を観ることはできても、『フランダースの犬』にまつわるものがそこには何一つない。
日本人がガッカリして帰国するのが、当時のツアーのお決まりのパターンだったとか。
ところが、1982年、大きな転機がやってくる。
ベルギー・アントワープの観光局で働いていたヤン・コルテールという男性が、運命を変えた。
日本人観光客から『フランダースの犬』という物語の存在を聞いたことが発端である。
生真面目な性格で、面白みのない変わり者と思われていた彼には浮いた噂もなく、恋人はおらず、友達も少なかった。
そんなオタク青年の彼は、地元に関係する噂話を聞き逃さなかった。
「アニメをやってたんだけど、もしかしたら原作があったのかもなぁ」
というだけで『フランダースの犬』について、はっきりとしたことが分からない。
街の誰に尋ねても、何もわからなかった。
しかし彼はあきらめない。
「この地方を舞台にしているのなら、図書館にヒントがあるかもしれない」
図書館であらゆる資料をあさり、……そしてとうとう、60年の間、二、三度しか借りられていなかった原作を見つけたのだ。
欣喜雀躍たる、彼の喜びが想像できるだろう。
……だが、読み終えた彼はがっかりした。
実は原作には、最後にネロが天使に救われて天国へと召される……というシーンはない。
ただただ暗いだけの作品なのだ。
原作者は夫に捨てられた後、犬の保護に尽力していたが周囲に相手にされなくなり、晩年は30匹の犬に見守られて亡くなっていた。
(この原作と日本人の感動との間の乖離は、いったいなんなのだろう?)
もしかしたら、それがヒントになるのかも?
彼は、日本語を学び、日本人観光客の友だちを作り、帰国した彼らからアニメビデオや童話集を取り寄せてみた。
その結果……感動したのだった。
情熱は、いよいよ膨らむ。
一年半かけて調査を行ない、原作の舞台が近くのホボケン村だと突き止めた。
当時の日本なんて、極東の島国で、ドイツに加担して負けた挙句に少々景気を持ち直しただけの国、というイメージだったから、仕方ないだろう。
だが、彼の熱意は次第に周囲を突き動かしはじめた。
ルーベンス以外にこれといって観光資源のないこの街に、もう一つの観光シンボルが生まれるかも知れない。
そういった周囲の思惑も重なり、ついには1985年、ネロとパトラッシュの小さな像が、ホボケン情報センターの前に立てられた。
除幕式にはアントワープ州知事、市長、在ベルギー日本大使らも参席、盛大なパーティーが開かれたという。
ネロとパトラッシュが共に埋められた(ことになっている)街の教会は、観光コースとなった。
ルーベンスの作品を観るためにアントワープを訪れていた日本人観光客がホボケン村にも立ち寄るようになった。
その地域は観光収入でおおいにうるおい、観光局勤めの彼の名声も次第に上がった。
フランダースの犬はベルギーで放送され、80%近い視聴率をとったという。
ヤン・コルテールは『フランダースの犬』研究家として知られるようになる。
その地域では日本通として知られ、日本との橋渡し役としても活躍するようになった。
研究のために日本へ何十回となく訪れるようになり、大の親日家となった彼は、日本人女性の石井ヨシエと結婚した。
彼は妻と共に、今でも地元でつつましやかに幸せに暮らしている。
……はずだった。
なぜなのか?
コルテールが日本人の妻をもらい、日本とベルギーの架け橋として活躍していることまでは、いろいろなサイトで詳しく取り上げられていた。
ところが、彼が犯した殺人についての続報をいくら調べても、日本語のサイトでは何一つその理由が分からないのだ。
英語のサイトで調べても、アメリカ人などが『フランダースの犬』に関心がないためか、まったくヒットしない。
仕方ないのでグーグル先生の力を借りて、オランダ語のサイトを日本語に訳したり英語に訳したりしながら調べた。
その結果、驚くべきことがわかった。
コルテールとヨシエが結婚して数年は、大変幸せそうだったそうだ。
だが、次第にヨシエは旦那の拘束がうとましくなってきたらしい。
もっと自由にさせて欲しい、自由にいろいろな場所に行きたい、というのがヨシエの欲求だったそうだが、コルテールはそれを許さない。
異国の地にやってきて、海外でしか味わえない自由を満喫したい日本人女性。
彼女を大切にするあまりに、彼女の全てを管理したいと願うベルギー人男性。
だんだんと、二人の間には溝が生まれるようになった。
二人の間はギクシャクし始める。
その時に彼女の前に現れたのが、口が堅いという噂のピエールだった。
「夫とは長いこと話してないの。夫は頑固でさ」
秘密を守れるピエールへの心安さからか、ヨシエは彼へ愚痴をこぼすようになった。
「彼は変わり者だからね。我慢さ」
愚痴を聞いてもらううちに、ヨシエがピエールに親しみを感じ、やがて二人が愛しあうようになるまでに時間はかからなかった。
ピエールの口は固かったが、ヨシエの下の口はゆるかった。
二人がバスルームで愛し合っているところを、コルテールが発見してしまったのだ。
口がゆるい上に、脇も甘かったというわけだ。
だが、そのときヨシエは豹変した。
日本女性のおしとやかさはどこへやら、情事を発見したコルテールを怒鳴りつけたという。
「あんたさぁ、男としての魅力がないんだよ!!」
彼女の口は、悪かった。
その時に、コルテールは、彼女のことを深く深く愛していたことに改めて気づく。
何があろうと、彼女の気持ちが戻ってくればそれでいい、というのがコルテールの偽らざる気持ちだった。
彼は、離婚を迫るヨシエに対して、仲を修復したいと取りすがった。
しかし、彼と別れてピエールと一緒になりたい、というヨシエの気持ちは変わらない。
それは、最後のお願いとして、彼女と日本を一緒に旅行することだった。
二人が出会った日本で過ごせば、彼女の気持ちも戻ると思ったからだ。
……これ、男にありがち。
男の浮気は「名前をつけて保存」だが、女の浮気は「上書きして保存」
他の男に気持ちが移った以上、振り向くわけなんてないのだ。
日本でヨシエは、両親にコルテールを引きあわせたという(この辺りは女性特有の図太さといえよう)。
それでいながら、彼女の気持ちが変わることはついぞなかった。
それを拒むコルテールを、ヨシエは罵った。
そして、決して犯してはならないラインを越えてしまった。
彼女は、職場のベルギー人の同僚達と彼とを一人ひとり比較して、いかにコルテールが劣ったオタク野郎なのか、痛罵したのだ。
……こと、ここにいたっては、どうしようもない。
その時の衝撃は、彼の行動が示している。
コルテールは逆上し、ヨシエをナイフで22ヶ所切りつけて、殺害したのだ。
リアルは、『フランダースの犬』以上に救いようのない話だった。
★人間、選択肢が10個以上あると、かえって逡巡して行動ができなくなる傾向にある。
「首都圏以外の43道府県が選択肢」となって、選択肢多すぎて決断できない、という
状況に陥っているような気がする。
「東北のどの県を支援するか、予め決めておく、カウンターパートナー方式」を取ったように、
「世田谷区だと岩手県を紹介、杉並区だと山形県を紹介」のように
首都圏人から見ると、山形と青森、いずれも自然が豊かなんだろうが、
「山形も青森も、自然が豊かなのはわかったけど、どっちがいいの?
今度の旅行でどっちに行けばいいの?
迷っちゃって面倒だから、旅行取りやめ」てなことになりかねない。
ビジネスも同じ。
その点、韓国と相対する福岡県であれば「日本で一番韓国に近い都市」ということで、
北海道は「日本で一番ロシアに近い都市」ということで、差別化が可能。
青森が「ロシアとの交流」を標榜しても、地理的関係では北海道に負けるし、
大分が「中国との交流」を標榜しても、地理的関係で長崎に負ける。
であれば、多少「こじつけた理由」で、他国(非英語圏が望ましい)と
「A国のことなら、B県に聞いてしまえ」というまでにのぼりつめればいい。
例えば、大分県の「こじつけ理由」として、大分県は地熱発電が盛んである。
であれば、地熱発電が盛んなインドネシアと、カウンターパートナーとなる。
具体的には、
・大分空港からジャカルタへ直行便、ジャカルタ以外の複数都市にも直行便
・大分銀行が、日本企業(県内企業)のインドネシア進出サポート
・大分県内のNHK/民放で、インドネシア語のバイリンガル放送
・県内図書館にインドネシア語書籍、インドネシア関連書籍揃える
・インドネシア系企業・商店が集積する「インドネシア村」の設置
「インドネシアに強いかどうか」ということで、明白に差別化できる。
在京企業もインドネシアビジネスしたい場合には、大分に行ってビジネスした方が
他県も、こじつけでいいから、外国とカウンターパートナーの縁を結ぶ。
鳥取は砂漠研究が盛んだから、中東の例えばサウジアラビアと縁結びする。
りんご栽培が盛んな青森は、中国アメリカに次いで世界3位のリンゴ大国のポーランドと縁結びする。
さくらんぼ栽培が盛んな山形は、世界1位のさくらんぼ大国のトルコと縁結びする。
多少こじつけでもいいから、その地域の「強み」が生きる相手国と
縁結びするのである。
こうすれば「青森と山形、大同小異、どんぐりの背比べ」じゃなく、
「青森はポーランドビジネスの拠点、山形はトルコビジネスの拠点、日本国内でオンリーワン」となる。
非英語圏諸国は、英語が通じない、通じづらい、というハンディを抱えている。
そのハンディを、カウンターパートナー先の県が、教育・マスコミ総出で
解消してあげるのである。
この構想は、今47都道府県にばら撒かれている「各県インフラ4点セット」を、
逆に利用してやれ、という発想である。
各県インフラ4点セットとは、空港・国立大学・地銀・県紙(テレビ)である。
明治以来150年の歴史を誇る、47都道府県の4点インフラを有効活用しないのは、
いかにも惜しい。
台北には何回か行ってるけど、今回は2011-2012の年越ししてみた。
ガイドブックにあんまり乗ってなかったことを中心にメモっておきます。参考にでもなれば。
空港周辺のバス停に幾つか止まってから、高速に乗り、台北市内に入る。市内でまた幾つか止まって、民権西路に着く感じ。
http://tombi00.sakura.ne.jp/taiwan2/taiwan121.htm
を参考に…
自分のたちは、101の東側、永春駅の少し南の駐車場で見た。そんなに混み合ってなく、見やすかった。
↑このあたり
自分たちは、永春駅あたりからタクシーで民権西路付近に帰った。市政府付近の道が混みまくり。運転の上手い運ちゃんだったので、なんとか抜け出したけど、頑張ってMRTに乗っても良かったかなとも思う。
(淡水と書いてましたが、北投ですね、、、すいません。)
そういう末端の公務員がいるのと同時に、民間企業の感覚では信じられないような、楽な仕事で高給貰ってる奴も少なからずいる。
橋下が潰そうとしてるのは後者で、抵抗してるのも当然後者。抵抗勢力は普通に仕事してる公務員も巻き込もうと必死のようだけど、薄給でこき使われてる方は全然なびかなくてジリ貧に陥ってる。貴族が奴隷に「我々の既得権益が奪われてしまう!一緒に戦おう!」と言ってるようなもんだから。
大阪なんかだと、バス専用レーンに駐車してるクルマに注意してまわるだけの、実働一日5時間程度の仕事に毎年一人800万円くらい払われてる。しかも週に三日~四日しか勤務しなくていい。時給換算したら数千円になりそうなケースがゴロゴロある。これらの1/4~1/3でも是正すれば、多分大阪の財政赤字は劇的に改善すると思う。
なるほど、確かにそうだな。おまえの言うとおりだ。
ただオレ個人の直観を掘り起こしてみると、オレの中では「電車やバスの中で子供を叱りつけてでも静かにさせる」というのは無理な種類として分類されているんだ。
まあその瞬間に叱りつけることはできるんだけど、本質的な解決ではないというか。
「お前んちのガキの歌をバスの中で聞いて可愛い!なんて思うのはお前だけだということが。頼む、親子で死んでくれ」 - Togetter togetter.com
というtogetterがある。
内容はまあタイトルで大体わかると思うけど
バスの中で歌う子供とそれを注意しない親について怒る人のツイート他。
これについたはてなブックマークの反応で
ぶっちぎりの一番人気を獲得したのがこれ↓
guldeen guldeen society, communication, もめごと, traffic, 子ども, family
片岡K(@kataoka_k)さんは、コンビニでもいいので接客業を体験してみる事をオシシメ。
いやホント、接客業をしてみると、忍耐力というか他人の失敗の大半は笑って許せるようになるよ。
2011/11/21Twitterでのツイートを閲覧26 clicks Add Starshadow-toon52tsugo-tsugo
この論理の骨子は要するに
・もっと辛い目に遭えばわかる
・お前は苦労が足りない
・文句言うな、不満は甘え
ってこれ
なんでこれだと絶賛するんだろう。
他にも
「それを禁止するルールはない」「うるさいこというな」「尻の穴が狭い」のように
寛容さや自由さを押す声が多い。
一方で
「絶対譲れ」「譲らないなんて許せない」のように
厳しいルール主義の声で一色になる。
別にどっちに賛成だ反対だというわけではないんだけど
筋と言うか、一貫性に欠けるような気がする。
茅ヶ崎商工会議所青年部では、これまで皆さまからの義捐金の寄付等さまざまなご支援・ご協力により、東日本大震災で被災された、宮城県南三陸町の方々に対する支援活動を行ってきました。この度、当青年部では南三陸町復興支援プロジェクトチームを結成し、新たな支援の取り組みとして、ご家庭などで不要となった「金属・金券」の寄付を募ることといたしました。寄付いただいた「金属・金券」は後日市内リサイクル業者により現金化して、市内和菓子業者にお餅を発注します。そして、年末にプロジェクトメンバーが南三陸町を訪問し、同町内の仮設住宅で暮らす被災者の方々へお正月用のお餅としてお贈りいたします。皆さまのご協力をよろしくお願いいたします。
日時平成23年12月17日(土曜日)10時から15時まで会場茅ヶ崎駅北口ペデストリアンデッキ (バス・電車等公共交通機関をご利用の方)
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金券 商品券、テレフォンカード、図書券、切手、はがき、ビール券など(未使用のもの)
(※)ボランティア運動の性質上、今回の募集は換金率の高い上記金属に限らせていただきます。鉄・ステンレス等の金属は運搬・処理等にコストが多くかかるため募集はいたしません。
問い合わせ
#この文章は「シムシティ4」をプレイしたことある人向けです。プレイしたことない人は、攻略サイトなどを見てから読むとより分かりやすいでしょう。
シムシティ4は起債も不可能となりいよいよ収入不足でフローがマイナスになると「上院選立候補のため市長退任」というゲームオーバーがある。国政転出ってなんかリアルでもありそうな話だw
こちらの記事に次のようなことが載っていた
橋下徹の良さを説明できない橋下支持者
http://h.hatena.ne.jp/shigeto2006/243603298512464724
もう一つ気になったのは、橋下支持者のコメントの多くが「橋本」と誤記しているのですね。自らが支持している政治家の名前も正しく書けないというのは理解に苦しむことですが(※)、つまり、彼らの橋下に対する理解というのはその程度のものということでしょう。彼らは橋下を正しく理解していないがゆえに橋下を支持する。むしろ、橋下をよく理解している人間のほうが橋下を批判しているのだから皮肉なものです。
「ほんまかいな?」ってことでこちらのブクマから支持派、反対派それぞれの「橋本」の表記回数を調べてみた。
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.yomiuri.co.jp/election/local/news/20111127-OYT1T00554.htm
結果。
橋下支持派 6人
橋下反対派 1人
「橋下徹の良さを説明できない橋下支持者」。これは全くその通りで、「大阪都構想」が何たるかもわかっていないし、彼がどういう政治を大阪で行おうとしているかもわからない。
ただ、
「大阪をよくしてくれる」
「既得権益層を追い出してくれる」
「老害を排除してくれる」
だが、彼の正体は、財界を中心とする、今よりもさら巨大な既得権益層が大阪に喰らいつくための為政者だ。彼はこれから、バスと地下鉄の民営化をし、ありとあらゆるサービスの民営化、コストカットを行っていくらしい。これはまさに小泉改革でやったことと同じだ。思い返せば、郵政選挙の時も 小泉派は「既得権益層をぶっ潰す」と国民に宣った。その時、報われない若年層、中年層を中心として「既得権益排除」が叫ばれ 小泉一派に票が集中した。その後の政治で、格差は急拡大し、多くの日本固有の資産が外資に奪われることになった。
高地での仕事が終わって、温泉街の駅前で電車乗り継ぎの為にバスを降りる
既に夕暮れ深くなった駅前のケンタッキーとミスタードーナツの前の通路に果物や漬物をたくさん台車に乗せたおじいさんが
寒さに耐えながら売れるのを待っていた
バナナはかなり黒くなっていて、大きなみかんは皮が柔らかくなってるのが見て取れて、すぐに食べるなら食べごろだけど
「持ち帰るにはちょっとな・・・」という感じだった。案の定ぜんぜん売れてなさそう
おじいさんをスルーしてドーナツ屋のキャンペーン見てたけど冬だからみかんが食べたくなって振り返ったら
おじいさんは売るのを諦めて台車がやっと通れるような駅高架下の狭いアーケード街に向けて帰っていこうとしてた
「おじいさん、待って」と声をかけてみかんを一ネット200円で買った
他にもバナナとか漬物薦められたけど、給料日前だったのでみかんだけ
スーパーのみかんと違って、大きくて大雑把な形の甘味の蜜柑は甘味が凝縮されてなく甘味が適度にさっぱりしてる
どうした?
http://anond.hatelabo.jp/20111122003536が思うように釣れなかったから
また同じようなネタで頑張ってるのか?
んで結局、バスで歌う事のどこが悪いのか返事しないの?