はてなキーワード: ブルジョワとは
ベーシック・インカムの精神そのものには、私は反対の立場じゃないんだけど、どうしようもなく疑問なんで答えて欲しい。
BIの導入に伴う問題点として、税収の絶対量についてはこの際論じない。それ言えばキリがないので。「国債の自己引き受けで余裕さ、地球の自転が止まらないように輪転機も永劫を輪廻するのさ」という前提を置いておく。お予算の問題は、無いものとしての議論。
その上で、まぁBIを導入したとする。日本の人口一億2000万人×10万(仮にね)×12ヶ月のカネがマーケットに流れていく。すると、まぁ需要は喚起されるよね、間違いなく。みんながどんどんお金を使い、市場はマネーで潤いこの世の楽園となる・・・んだろうか?
疑問は二点ある。
一点目は「喚起された需要が果たして国内に向かうのか?」ということ。我々の消費生活は、多くの場合輸入に依存している。中国産製品、例えば100均ショップにある小物類のお値段は、つめ切り一つにしても国内生産のものの四分の一とかそんなものだ。現時点でも、高品質・高価格帯を除けば国内生産品はほとんど壊滅に近い惨状にあると言っていいと思う。これは、皆さんが周囲を見渡せば容易に理解されることだ。メイドイン・ジャパンのチェアで増田を嗜むブルジョワ御仁がどれだけいるか?
すると、国内のマーケットに供給されたマネーは個人の消費性向の問題として、国内を潤わせることなく海外へと流出していくのではないか?インドの綿製品が流れ込んだイギリス状態になる気がするのは私だけかな。
例えば、日本銀行は最近になって通称「成長基盤オペ」と呼ばれる金融政策を打ち出している。これは、銀行にどれだけカネを供給してもマーケットに出て行かないことに業を煮やした白川さんが、「じゃあピンポイントでヒモつきのカネをブチこんでやるよ!」という、局所療法に出たわけだ。これは、理解しやすい。しかし、それに対して全く逆の効果を持つのがBIではないか。
確かに、総量緩和による政策は果てしないマネーを預金に積もらせただけで、観念的バベルの塔を築く以外にはほとんどなんの効力ももたらさなかった。しかしまた、同様にグローバル化の世界において民衆にカネをばらまくことは、海に向かって魚を放流すること以上の意味を持ちえるのだろうか。もちろん、マグロが近海を泳ぐようになるならいい。しかし、そのイワシは大方が真っ直ぐ中国に向かってしまうのではないか?
もちろん、魚を囲う「網」になり得る可能性は存在する。マネー総量の爆発的な増加による円安傾向、並びに通貨価値の下落(これを、通貨信認の毀損と呼ぶことも出来るが、それはめんどくさい議論になるので後述。また、「バーナンキの背理法は間違っている」という可能性も排除する。)これが天然の関税として作用する可能性はないか?
円の価値が思いっきり落ちて1ドル150円になったとする。確かに輸出産業は活況を呈するだろう。しかしその一方、我々の消費傾向が国内回帰する可能性はあるか?私は難しいと思う。仮に、中国産製品の値段が二倍になったところで、それでも我々はメイドイン・チャイナの椅子に座り、メイドイン・チャイナのつめ切りを使うのではないか。
この段階で、議論はフィフティ・フィフティだ。どっちに転がる可能性もある。輸出と輸入は美しいバランスを保ち、冷戦構造のような調和ある対立を得るかもしれない。しかし、BIの性質そのものがメイドイン・チャイナを強力に後押しする可能性を考慮して欲しい。というのも、こういうことだ。労働価値というのは、A・スミスの慧眼が予見したとおり通常市場における神の見えざる手で決定付けられている。それに対して、半ばマルクス的な色合いを持つ「最低賃金」や「基本的人権」の観念、ひいては労働法規がその下限を決定付ける。翻ってこのBIの制度、これはかなり強力に労働単価を引き上げる効果を持つのではないか。
平たく言えばこういうことだ。働かなくても食える世界で、時給640円で働く労働者は存在し得るか?ということ。これは、人間の性質に関わる議論なので、ソヴィエト連邦の国家運営がうまくいくかどうかと同じくらい「やってみないとわからない」。しかし、偉大なるレーニンやサン・シモンに敬意を払った上のこととしても、私は多分ダメだろうと思う。いや、ダメだろ?BIには、鎖国、ないしは強力な関税政策が必要になる。
そして、更なる恐怖がBIには待っている。これが疑問の二点目だ。それは、わが国の根本的性質に深く関わっている。
それは、わが国は「カロリーベースですら食料が自給出来るか微妙」ということ。そして、更に絶望的なるもう一点。「資源がありません」ということ。円高になればなっただけ、輸入コストは増大する。これに更に追い討ちをかけたのが先日の震災だ。原子力抜きで、エネルギーの自給が果たして出来るのか?1ドル150円になれば単純計算でガソリン1リットル300円くらいだろうか。さて、果たしてこれはどうなる?
企業家にとっては恐ろしい未来が待っている。労働単価は高止まりし、原料費は高騰する。こうなると、「円建てで取引するのがそもそも間違ってんじゃないか」という思考に陥る可能性すらある。折角需要が喚起され、天然の関税障壁に守られたかに思えた国内生産品も価格競争力を持つことが全く出来ない。
そして追加的な怖さはこれだ。確かに、私もバーナンキの背理法は間違っていないだろう、と思う。確かに、マネーの総量が経済に影響を「与えない」と仮定するなら、世界はすぐに楽園になるだろう。なるほど、どこかで必ず飽和点は訪れ、円高は終わりを告げる。問題は、緩やかに落ちるかキリモミ落下して地面に突き刺さるか、だ。確かに円は高い、しかしわが国の財務状況は決して明るい未来を指し示してるとは言えない。つまるところ、通貨バブル、国債バブル(私は現在の状況をそう認識しているが、これには異論があるかもしれない。むしろ、通貨の絶対価値とはスイスフランによって計測されるべきである、という考え方に対しては一理を認めるしかない)が大爆発するリスクはどうだろうか。BI,とはベーシックなインカムである。それは、やはりベーシックなインカムと呼びえるだけのキャッシュフローでなければいけない。しかし、それだけのマネーを市場に放った結果について、我々は誰も知りえない。バーナンキの背理法は「リフレ政策の効力を約束した」わけではない。むしろ、「長期的に人は必ず死ぬ」といったニュアンスに近い。老衰で死ぬか、腹下しで死ぬか、爆散して骨も残らないか、誰にもわからない。
しかし、これは端的に私の知識不足、ないしは知能・理性の絶望的不足に根ざしている可能性も否定できない。
私は、BIの精神性を否定しない。むしろ高く評価するし、すばらしいと思う。ここがウクライナだったり、あるいはアルゼンチンであるなら、是非にもやるべきだと思う。また、日本が産油国であればもっといい。しかし、そうではない。
ベーシックインカム論者の反論を求む。
あ、ごめん。労働単価の高止まりの根拠として、「BIは高税率が回避できない」ってのがあった。多少働いても、まぁかなり少なめに見積もっても半分は税金で持ってかれる。厳密に計算したわけじゃないけど、「どんなに少なくても」それくらいは要る。労働意欲の喚起はかなり難しいだろうと思うよ。
特にアニメ部分に関してはほとんど同じ水準にある萌えオタニュース速報とどうしてこんなに差が空いてるか、は興味深い。
結論を先に書くと、私が思ったのはやらおんって階級意識が明確だよねってこと。そして、一番人数が多い層の人間が一番優越感を感じられる仕組みになってること。
そして、その仕組みの結果としてやらおんでは祭りが発生する。萌えおたニュース速報では発生しない。この差は大きい。
発端は、批評家たちに対しての反発だろう。
こいつらアニメにとって何もプラスの貢献をしなかったよね、むしろ存在自体がマイナスだよねってくらいの嫌悪感を感じる。
同時に、技術とか能力ないけどアニメについて語りたいって層を大歓迎してるというのも感じる。
えらいのは、作ってる人と声優さん。それから買ってる人。ちょっと下の階層に楽しもうとしてる人。アンチや批評家は最下層に位置づけ直してる。
私は声優に全く興味がないし、ローソンフェアとか全く興味ない。売上情報もそこまで気にすることないと考える。
なので、なんでこの人こんなに声優とか消費活動取り上げるんだろう、って思っていたのだけれど、
こういう序列になってるんだと考えれば納得する。そりゃこっちのほうが重要度高いんだからあたりまえだよな、と。
批評家の毒にも薬にもならない批評よりかはよっぽど役に立つよねー、ということなんだろう。
他にもイロイロと特徴がある。たとえば理解しようとしてる人間への寛容さや親切さ。パロディによる個々人の楽しみ方の紹介など。
今では他も真似してるけど禁書の解説記事を毎回載せてたのは印象的。
本来禁書みたいに「解説が必要なアニメ」は、キャラ魅力が低かったらボッコボコに叩かれてたんだろう。実際錦織監督は叩かれまくってるわけで。
AB!に対するの態度も全体を叩きつつキャラ萌えを押し出そうとしてたし、
女にコンプレックス抱いてるキモオタ男読者が多いのを意識してか君に届けとか放浪少年を取り上げないところとか心遣いがわりと細かい。
かなり明確な思想の持ち主であると思う。
一方やらおん空間においては今まで好き勝手に作品を叩いてそれなりにいい気分に浸っていられた批評家やアンチの扱いは悲惨なものだ。
やらおん空間においては彼らは「バッシングを受ける対象」としてしか存在を許されていない。
お前らの存在いらねーんだよ、と。もう口閉じて眼と鼻と皮膚呼吸もやめて死ねくらいに思ってそうだ。
せめて口を開くなら、ヤマカンやハルヒの中の人のようにアニメの話題の肥やしになれ、うんこ野郎。
あずまんみたいに言うだけじゃなく自分で作ってみろ。そして作った物に責任をとれ、敬意を払えと。
実際の事情はどうか知らないが、制作者の立場に立ちながら無責任、アンチな言動とったと受け取られたあずまんはまさにワーストオブワースト。
やらおん空間ではリサリサ先生のまなざしを向けるのがふさわしいレベルなんだろう。
そういうやつらを見せしめにして、名状しがたい祭りを楽しむのがやらおん。
割とたんたんとアニメの話題だけを載せ続ける萌えオタニュース速報。
どっちが正しいとは言えないけど、人気があるのは圧倒的にやらおんだなぁ、と思う今日この頃。
個人的には、やらおんの価値観の再配列ははわりと一時大戦後のドイツの全体主義を彷彿とさせるものがあってあまり好きではないのだが人気には納得する。
よく「やらおんに比肩するサイトがない」っていうのが話題になるけど、扇動力が全然違うのは確かだよ。ほんとうに良く出来てる。
最終的に、能力も知識もない人らが権力を握ったアニメ業界が、知識層を追いだしてどういうアニメファン層をつくるかと思うとげんなりするが、それが世界の選択というのならしょうがないわね。理想としては、既存の評論家どもはきっちり潰れて、個人サイトとか若い人らが評価され直すといいんだけどなー。
で、そもそもなんでこんなに批評家や知識人(笑)に対して風当たりが強くなってるんだろうか。
それは、多分みんな「このままだとアニメそのものがなくなっちゃう」ってぼんやりと危機感を覚えてるんじゃないだろうか。
あるいは、少なくとも批評家をトップに置く序列に対する現状に対する猛烈な反発があるんじゃないだか。
上から目線で批評を加えたり製作者の状況無視して割りに合わない要求ばかりしたり、
アニメにはいろんな要素があることを忘れてテーマとかストーリー語ってるやつらばっかりだと、
じゃあお前らは文学(笑)でも読んでろって製作者がブチギレて、
ほんまに純粋にビジネスとして萌え豚向けアニメしかつくられなくなるんじゃねーかと。
それぞれに人の集まりができて、市場ができてってなっていけば。
でも、どいつもこいつも批評家の口にするのって同じことなんだよね。内輪感半端ない。
あずまんとか宇野とかそういうもともとコミュニケーション苦手そうなやつらがメインとなって
自分たちの居心地の良い空間をつくろうとしてるから異物があまり育たなかったんだろう。
楽しみ方が恐ろしく窮屈で偏屈。喋ってる本人らはデブばっかのくせにどうしてこうなるんだろう。
あの界隈、多分2~3人いたらあと全部キャラかぶってるからいらない。
そういう批評家どもの多様性の無さのため、批評家が褒める作品って限られてくる。
そうすると、こいつらを中心とした序列だと、本当に一部の作品しか残らない。
それは、ものすごくアニメというものをつまらなくさせてしまう、と、そんな展開。
これも本当のところはどうかしらない。ただ、明らかに彼らが戦犯扱いなのは間違いない。
あまり気持よくないのだが、ドイツのブルジョワ階級と違って批評家が役立たずだという点には同意してるのでまぁ別にいいかな(爆
参考記事
はちま機構のことはしらんけど、こういうのと比べるとやらおんは比較的全うだと思う。
それはその通りで、オリジナルビデオアニメとか、アニメ全般は基本的にブルジョワにしか向いていないから、譬え容量的にBDに全部おさまっていたとしても「コレクション性」という名目で、1作品1BDになるわけです。
コレクターにとっては、ディスクの中身よりもディスクの盤面や、箱の方が重要なわけで、内容が重要な人間はそもそも1回テレビシリーズを見るかビデオで見るかで満足するはずなので、そいつらが望む価格帯に合わせようとすると一気に利幅が下がってしまって採算が取れなくなるんです。
ましてや「シリーズ」「コレクション」と付いていればなおさら。
映像だけ欲しい人は、(多分おそらく公式には否定するでしょうが)「動画サイトとかで違法にうpされているので満足していてください^^」ってのが、結論なんだとおもふよ。
やらなきゃいけない仕事があって、時間なんかどれだけかかっても良いからそれをやろうと思って、残業してやってる。
でも年間の残業時間が360時間を超えると、課長に労働組合と協議してもらわないといけない。
それで課長と相談して、年500時間残業ぐらいで協議してもらうんだけど、組合が認めてくれない。
とか、言われるらしい。
「ごめん。組合に協議で負けちゃったから残業させてあげられない」って課長が言う。
なんで、組合員がやりたい!って言ってて、そのために課長が頑張って協議してくれてるのに、組合が駄目だっていうのか解らない。
認めてくれないとしょうがないから、建前は組合の言う通りに残業減らしたことにして、実際はサービス残業してる。
組合のやつらって一体なんなの?
仕事もしないでボーッと座っててさ。毎月組合費だけは取られてる。
汗水たらして働いてるプロレタリアートから金をかすめ取って、その金で自分達は温泉とか行ってるブルジョワみたいな奴なの?
あいつらホントに一体なんなの?
消えてなくなって欲しいわ。ソビエトに帰れよ。
<追記>
色んなコメントありがとう。
「残業しなくて済むように、業務の効率化考えたら」という趣旨のコメントについて。
それは、その通り。業務の効率化考えなくちゃいけない。
それで業務を効率的にやったら、業績が改善するよね。
でも、それって組合に言われることなの?
「そんなに残業させる管理者は無能だ」という趣旨のコメントについて。
それも、その通り。でもそれって経営者が判断して、管理者を減給するなり降格するなりすれば良いよね。
僕のケースでは「職場の労働者の過半数を代表するものと協約を取り交わ」そうとしてて、この協議が認められれば500時間分の残業代が支払われる。
そういう風にしといて「こんな人件費使う管理者はアカンは」って、経営者に判断させればいいんじゃないの。
それを、どうして組合が止めるのかが解らない。
少なくとも360時間分は残業代もらってるからダンピングじゃないよね。
あと組合が500時間で認めてくれたら、500時間残業代もらってサービス残業じゃなくなるから、ダンピングじゃないよね。
「360時間残業に対して残業代が支払われるのは組合のおかげ」という趣旨のコメントについて。
これは、そうだなと思った。
で、いまね、一部上場企業のうちみたいな会社から労働組合が消えたとき、360時間残業に対して残業代支払われなくなるのかな。
「労働組合が社会を良くしてくんだぜ!」っていうことならね、うちの組合プロパーは労組のない中小企業に行って、これまでの組合経験活かして、そこの改善必死にやった方が良いんじゃないの?
なんで労働貴族になってふんぞり返ってるの?
<また追加>
「残業自体が労働ダンピングである」という趣旨のコメントについて。
ここも「そうかあ」と思った。
なんか、そういうことをやろうとして、組合活動やってるんだったら凄えなと思った。
だったら組合もさ「組合員の皆様が残業をすることにより、世の中の労働者の雇用機会を奪っています。みなさん残業しないでください」って言えば良いのに。
正規雇用者しか守れない現行の組合が、そういうこと言うのかなあというのは興味ある。
そして、うちの組合がそういうこと言うか解らないけど、もしそういうこと言うんだったら企業別組合じゃなくて、違う組合組織に属して言った方が良いよね。
<続き書いた>
色々コメントありがとう。続き書きました。
1.
昔の日本は士農工商とかだったし、今の海外も、先進国でなくとも文明化しており職業分化が進んでいる国であれば、
職業に貴賎があるのが当たり前。資本主義国家だとブルジョワとプロレタリアートの区別があるし、
それ以外にも貴族と庶民の区別は日本以上に明確。貧民街があったりな。
アメリカなんて行ってみたら分かるが、驚くほど職業差別がある。
なにせ、ILOの定めた雇用平等に関する条約に批准していないのは先進国でもアメリカと日本だけ。
日本の場合は、確かに肉体労働者や風俗などに対する職業差別は存在するが、国民の意識として職業差別がいけないということは皆の了解事項となっている。
2.
こうした、欧米人の持つ差別意識を理解するうえで大切な点は、彼らは生まれつきの才能・素質を認めるという点である。以下、アメリカを例にとる。
素質論と哲学では呼ばれるのだが、日本でも多少は家柄を大切にする風潮はあるものの、さすがに生まれつきアホといった考え方には
大きな抵抗を示す人が大多数である点で、日本では素質論はあまり馴染みがないと言える。
ところが、アメリカでは、宗教的な理由や文化的な理由からか、生まれつきアホという考えはよく行われ、それがいけないことだという意識はあまりない。
また、アメリカ人は自分のことを平気でアホと認めるものである。日本人であれば、馬鹿にされることを嫌うものだが、
アメリカ人の場合はアホであっても人間としての尊厳が失われるわけではないと思うような感性を持っている点で大きな違いがある。
だから、遺伝子研究にしても、アメリカでは「デブの遺伝率は何パーセント」「知能の遺伝率は何パーセント」といった研究が非常にさかんであるし、
そういったことに興味を持つ人が多く、そのことについて人道的な問題を感じる人は少数なのである。
日本であれば、人道的な問題があるから、あまり遺伝率についての関心が低いし、研究結果がでてもあまり注目されない。
さらに、アメリカでは日本と圧倒的な差でIQテストに関する関心が高い。
これはアメリカ人数人がいる場所でIQの話題を出してみれば分かることである。彼らはたちまち食いつき、議論が始まる。
知能集団メンサの会員も、アメリカでは5万人いるのに対し、日本のメンサ会員は300人ほどしかいない。
IQを測るテレビ番組「テスト・ザ・ネイション」も、元はと言えばアメリカの番組であるし、
IQだけでなく、クイズやパズルへの関心も高く、クロスワードパズルが非常にアメリカ人は大好きである。
日本生まれアメリカ育ちの友人が五人ほどいるのだが、そのうち三人はパズル大好きである。
日本でパズル大好きな人間というと、10%もいないのではなかろうか。
東京に来て驚いた事の一つに、純血種の犬を見かける機会の多さがある。
どこ行ってもさも当たり前のように犬を連れた人々を見ることが出来る。
そりゃ人が多いんだから、それに比例して犬を飼う人が多いのは当然なんだけど
そこには田舎の犬飼いと決定的な違いがある。純血種があまりに多いということだ。
チワワ、ダックス、ゴールデンレトリバーなんかはもう当たり前、
その他犬種はわからないがブルジョワな匂いがぷんぷんするかっこいい犬がわんさかいるのだ。
そりゃ犬用のケーキだの服だのを扱う商売が成り立つわけだと思った。
犬好きなのでたくさんの犬種が見られるのはうれしいんだけど、同時に疑問ももたげてくる。
★疑問1
飼い主を見てみると、20後半~30代位の若夫婦でもおしゃれな感じの犬を飼っていたりするんだけど
一体何の仕事してるんだろう?時々犬と同時にお子さんも一緒に見るとなお不思議。
「犬を飼う=子どもを育てるのと同じ位金も手間もかかるんだよ」と言われて育ち、結局犬を飼えずにいる身としてはすごい疑問。
そりゃ、全く同額の金が必要とは思っていないけど
動物って病院代は保険効かないし、高級そうな犬って一匹5~20万円もするんだからやはり経済面は豊かであるに越したことはないよね。
結局、東京人は金持ちも多い=高級そうな犬を飼うことができる、ってことなのかなあ…で、何の仕事(ry
★疑問2
雑種はどこにいるの?
東京でも雑種を飼ってる人を見たことはある。しかし、圧倒的に純血種飼ってる人のほうが多い。
アパートやマンション暮らししてる人が多い→小型犬が好まれる→チワワやダックス飼う人が多い ということなんだろうか。
雑種マンセー主義でもなければ純血種アンチでもないが(むしろどっちも好き)、田舎と比率が逆転しすぎてるんでちょっと疑問。
単純に人気がないのか、純血種を購入できる環境が整っているからなのか、他に理由があるのだろうか…
■!ママからチョコを貰っている著作権資本帝国主義の手先有村悠を粉砕せよ!
大衆的大連帯の爆発でママからチョコを貰っているはてな皇帝有村悠粉砕へ!
搾取され続けてきたすべての学友・人民の諸君! 今まさに諸君ははてな皇帝有村悠の反動宣言に
直面していることを革命的に認識しなければならない。その攻撃とは何か? いうまでもなく、
有村がツイッターにおいて喧伝した「著作権資本帝国主義」であり、
すなわち、有村権力は不景気の到来による心身の寒さにつけこんで「帝国主義」成立を煽りたて、
「犬宣言」成立をテコ入れに労働者・学生・人民への収奪を肯定せんとしているのだ。
それが端的に現れているのがブルジョワ帝国主義肯定であり、新月お茶の会と称する反動プチブル集会であり、学閥である。
だいたいありむーは昔、「バレンタインデーはママからチョコを貰う」と自慢していたではないか。
いまさらママと仲が悪いというのは欺瞞である。
著作権資本帝国の犬宣言を端緒とする三大有村搾取=ブルジョワ帝国主義、新月お茶の会、学閥こそ、
死の苦悶にあえぐブルジョワ帝国主義が見出した搾取の維持であり、矛盾の爆発点である。
故にこそ、はてな皇帝有村悠はブルジョワ帝国主義が「民主主義」として定着しているかのようなデタラメな前提をでっち上げ、
以下のはてブを通じて腐臭ふんぷんたる資本の犬宣言を行っているのだ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/mamiamamiya/20090306
y_arim メタブクマの翼 id:BigHopeClasic 勝手にしてください。おれはもう疲れた。オタクは最初からブルジョワ民主主義と共犯関係にある、体制に飼いならされた犬なんです。悪いけどもうこれ以上、自己矛盾に耐えられない。おれは犬として生きる
lisagasu 政治>芸術が左翼とするなら、私は有村さんを左翼と感じたこと一度もない。芸術至上主義を自称する高橋直樹さんの100倍芸術至上主義者に見える/あ、でも「主義者」は違うかも
搾取され続けてきたすべての学友・人民の諸君! 今まさに諸君ははてな皇帝有村悠の反動宣言に
直面していることを革命的に認識しなければならない。その攻撃とは何か? いうまでもなく、
有村がはてブにおいて喧伝した「ブルジョワ帝国主義肯定」であり、
すなわち、有村権力は不景気の到来による心身の寒さにつけこんで「帝国主義」成立を煽りたて、
「犬宣言」成立をテコ入れに労働者・学生・人民への収奪を肯定せんとしているのだ。
それが端的に現れているのがブルジョワ帝国主義肯定であり、新月お茶の会と称する反動プチブル集会であり、学閥である。
犬宣言を端緒とする三大有村搾取=ブルジョワ帝国主義、新月お茶の会、学閥こそ、
死の苦悶にあえぐブルジョワ帝国主義が見出した階級搾取の維持であり、矛盾の爆発点である。
故にこそ、はてな皇帝有村悠はブルジョワ帝国主義が「民主主義」として定着しているかのようなデタラメな前提をでっち上げ、
はてブを通じて腐臭ふんぷんたる資本の犬宣言を行っているのだ。
大衆的大連帯の爆発でママからチョコを貰っているはてな皇帝有村悠粉砕へ!
搾取され続けてきたすべての学友・人民の諸君! 今まさに諸君ははてな皇帝有村悠の反動宣言に
直面していることを革命的に認識しなければならない。その攻撃とは何か? いうまでもなく、
有村がツイッターにおいて喧伝した「著作権資本帝国主義」であり、
すなわち、有村権力は不景気の到来による心身の寒さにつけこんで「帝国主義」成立を煽りたて、
「犬宣言」成立をテコ入れに労働者・学生・人民への収奪を肯定せんとしているのだ。
それが端的に現れているのがブルジョワ帝国主義肯定であり、新月お茶の会と称する反動プチブル集会であり、学閥である。
だいたいありむーは昔、「バレンタインデーはママからチョコを貰う」と自慢していたではないか。
いまさらママと仲が悪いというのは欺瞞である。
著作権資本帝国の犬宣言を端緒とする三大有村搾取=ブルジョワ帝国主義、新月お茶の会、学閥こそ、
死の苦悶にあえぐブルジョワ帝国主義が見出した搾取の維持であり、矛盾の爆発点である。
故にこそ、はてな皇帝有村悠はブルジョワ帝国主義が「民主主義」として定着しているかのようなデタラメな前提をでっち上げ、
以下のはてブを通じて腐臭ふんぷんたる資本の犬宣言を行っているのだ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/mamiamamiya/20090306
y_arim メタブクマの翼 id:BigHopeClasic 勝手にしてください。おれはもう疲れた。オタクは最初からブルジョワ民主主義と共犯関係にある、体制に飼いならされた犬なんです。悪いけどもうこれ以上、自己矛盾に耐えられない。おれは犬として生きる
lisagasu 政治>芸術が左翼とするなら、私は有村さんを左翼と感じたこと一度もない。芸術至上主義を自称する高橋直樹さんの100倍芸術至上主義者に見える/あ、でも「主義者」は違うかも
搾取され続けてきたすべての学友・人民の諸君! 今まさに諸君ははてな皇帝有村悠の反動宣言に
直面していることを革命的に認識しなければならない。その攻撃とは何か? いうまでもなく、
有村がはてブにおいて喧伝した「ブルジョワ帝国主義肯定」であり、
すなわち、有村権力は不景気の到来による心身の寒さにつけこんで「帝国主義」成立を煽りたて、
「犬宣言」成立をテコ入れに労働者・学生・人民への収奪を肯定せんとしているのだ。
それが端的に現れているのがブルジョワ帝国主義肯定であり、新月お茶の会と称する反動プチブル集会であり、学閥である。
犬宣言を端緒とする三大有村搾取=ブルジョワ帝国主義、新月お茶の会、学閥こそ、
死の苦悶にあえぐブルジョワ帝国主義が見出した階級搾取の維持であり、矛盾の爆発点である。
故にこそ、はてな皇帝有村悠はブルジョワ帝国主義が「民主主義」として定着しているかのようなデタラメな前提をでっち上げ、
はてブを通じて腐臭ふんぷんたる資本の犬宣言を行っているのだ。
搾取され続けてきたすべての学友・人民の諸君! 今まさに諸君ははてな皇帝有村悠の反動宣言に
直面していることを革命的に認識しなければならない。その攻撃とは何か? いうまでもなく、
有村がはてブにおいて喧伝した「ブルジョワ帝国主義肯定」であり、
すなわち、有村権力は不景気の到来による心身の寒さにつけこんで「帝国主義」成立を煽りたて、
「犬宣言」成立をテコ入れに労働者・学生・人民への収奪を肯定せんとしているのだ。
それが端的に現れているのがブルジョワ帝国主義肯定であり、新月お茶の会と称する反動プチブル集会であり、学閥である。
犬宣言を端緒とする三大有村搾取=ブルジョワ帝国主義、新月お茶の会、学閥こそ、
死の苦悶にあえぐブルジョワ帝国主義が見出した搾取の維持であり、矛盾の爆発点である。
故にこそ、はてな皇帝有村悠はブルジョワ帝国主義が「民主主義」として定着しているかのようなデタラメな前提をでっち上げ、
以下のはてブを通じて腐臭ふんぷんたる資本の犬宣言を行っているのだ。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/mamiamamiya/20090306
y_arim メタブクマの翼 id:BigHopeClasic 勝手にしてください。おれはもう疲れた。オタクは最初からブルジョワ民主主義と共犯関係にある、体制に飼いならされた犬なんです。悪いけどもうこれ以上、自己矛盾に耐えられない。おれは犬として生きる
lisagasu 政治>芸術が左翼とするなら、私は有村さんを左翼と感じたこと一度もない。芸術至上主義を自称する高橋直樹さんの100倍芸術至上主義者に見える/あ、でも「主義者」は違うかも
搾取され続けてきたすべての学友・人民の諸君! 今まさに諸君ははてな皇帝有村悠の反動宣言に
直面していることを革命的に認識しなければならない。その攻撃とは何か? いうまでもなく、
有村がはてブにおいて喧伝した「ブルジョワ帝国主義肯定」であり、
すなわち、有村権力は不景気の到来による心身の寒さにつけこんで「帝国主義」成立を煽りたて、
「犬宣言」成立をテコ入れに労働者・学生・人民への収奪を肯定せんとしているのだ。
それが端的に現れているのがブルジョワ帝国主義肯定であり、新月お茶の会と称する反動プチブル集会であり、学閥である。
犬宣言を端緒とする三大有村搾取=ブルジョワ帝国主義、新月お茶の会、学閥こそ、
死の苦悶にあえぐブルジョワ帝国主義が見出した階級搾取の維持であり、矛盾の爆発点である。
故にこそ、はてな皇帝有村悠はブルジョワ帝国主義が「民主主義」として定着しているかのようなデタラメな前提をでっち上げ、