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はてなキーワード: コスパとは

2023-09-01

anond:20230901103856

妻のミレーナなんだ?

お前はなんでパイプカットしないの?その方が圧倒的に楽でコスパいいでしょ。

なんかすぐいやなら出てけというのかって怒るけど、制度を変えるなんて人生かけての大仕事になるだろうし(それも制度が変わっただけで人々の意識なんて世代を経なければそう変わるものでもない)、

その救世主的な精神は立派だけど普通に手間などを考えられる冷静な頭があったら自分好みの場所に行ったほうが人生コスパいいと思うんだけどなあ

[]キャベツコスパがよすぎる

これまでは切るのめんどいから切らなくていいもやし割と買ってたけど、

最近値上がりして税込み40円くらいになってしまった

一方キャベツは1/2で100円

キャベツは1/2あれば4食分になるしもやしより栄養もありそう(実際は知らん

つーわけでキャベツを買った

とりあえず今日塩焼きそばと一緒に食った

塩焼きそばの粉末ソースだけだとしょっぱすぎるのがキャベツの甘さでうまく中和された感じ

明日ナントカっていう中華のチルドかってたのがあったからそれでキャベツを食おう

トマト缶も1つ100円くらいで1食でなくなっちゃうこと考えるとキャベツはかさましもできるしすごいなー

ただ冷蔵庫いから気を付けて早く食べきらないといけないこの季節

ちゅわちゅわー

2023-08-31

まさか9999円でアルミ筐体フォーム盛りコトコト高級タイピングサウンドキーボードしかスイッチキーキャップ揃った一式が買えてしま時代がくるとは

自作キーボ界隈の嗜好トレンドを迅速に汲み取って低廉化してくる中華メーカーまじ恐ろしいわ同じ音するやつ一式安くても3万は越えてただろ

しかも南向きソケットで2.4GHzとBT無線にも対応でまあ動画とか見る感じアルミ加工の精度は自作系のバジェットプレミアム機(QKとかZoom)よりだいぶ低そうだけど1kg超で十分重さもある

とはいえソフトウェアVIAとか非対応独自ソフトでろくに機能しないゴミみたいだから自作趣味の先人もまだイキれる部分はあるとはいえ

そこさえ工夫してクリアできてしまえばモノ自体コスパ異次元なんだよなあ

サブでもっとくか……? 品切れしないうちに……

anond:20230831151622

君の親が君に対して思ってる事やで>コスパ悪い

20年使ってきた洗濯機が逝った

大学入学の時に買ったSANYO洗濯機がついに逝った。

ランプがよくわからん点滅してて、説明書読んだらメーカーに連絡してくださいって。

SANYOもうないってのw

しかし4,5万円のものが20年動くって、昔の白物家電コスパ良すぎだなw

2023-08-30

上位大学若者恋愛離れなんてしていない

これは良い記事

少子化話題になるとすぐに意識価値観の変化に矮小化して経済問題ではない事にしたがる人が沸くけれど、

この記事を見れば分かるように「子育てコスパが悪い」も「若者恋愛離れ」も上位大学学生の間では起きてないんだよ

ガチャ当たりの上級国民にとっては結婚子供も当たり前に経験する事であってそれらへの尻込み意識なんてない。

若者希望を持てず恋愛結婚出産から離れているのは階級による現象だってこと。


https://news.yahoo.co.jp/articles/e8dd6ebe824bc0984ceff04d12d5c429cb88678a

子どもは「贅沢品」になったのか。上位大学と中堅以下の大学学生たちに見えた「意識の差」』

おおむねの傾向として、上位大学学生子どもお金がかかることを気にしてはいものの、中堅以下の大学学生ほどは不安を感じていない。ニュースなどで現状はきちんと把握しつつ、その上で「自分は困窮者に該当しない」というスタンスを取っている。

 「子どもお金がかかることは承知しているが、その分稼げばいいだけのこと。就職総合商社コンサル狙い」(22歳男性・欲しい)

 そもそも語り口のトーンが違う。上位大学学生は、口では「いやー、お金かかりますよねー」などと口にはしつつ、どこか余裕がある。自助努力でどうにかなると思っている。お金心配はないかと問うても、多くが「自分が稼げばいい」と口にする。あるいは、冷静に対案を出す。

 「私立を避けるなど、選択肢によって比較お金がかからない方法があるので、適切に選択すればそれほど苦労しないのでは」(21歳女性・欲しい)

 一方、中堅以下の大学学生は、総じて経済的不安の深刻度が高い。卒業後の収入に自信がない。自己肯定感の低さに連動して子ども願望が低め、もしくは希望人数が控えめ、という印象だ。

 中堅以下の大学学生散見されるのが、染み付いた「負け組意識だ。「自分高収入を見込めない→だから子どもを持てない」ことを穏やかに受け入れている。「勝ち組」に対してルサンチマンを煮えたぎらせるわけでも、政府の諸政策に強く異議を唱えるわけでもない。グループインタビューの場にはソフトな諦念のようなものが漂っていた。

 上位大学グループインタビューに、そのような空気はない。稼げる仕事についてガンガン働き、複数人の子どもが欲しいと屈託なく言う。子どもが欲しくない学生であっても、経済的不安理由第一とするケースは非常に少なかった。獲得したいライフスタイルに「子持ち」はそぐわないから……といった理由が主だ。


上位大学と中堅以下の大学学生たちの意識の違いは想像以上に露骨だったが、彼らの話を聞いていて思い出したことがある。かつて、特に1980年代から90年代にかけての日本社会には、経済的にも外見的にも「上位」に位置する若年男性一定数が、個人主義的・享楽主義的なライフスタイルを貫くため「独身貴族」を決め込む風潮があった。なんなら「独身貴族」は「勝ち組ライフスタイルの一バリエーションですらあった。

 が、今回話を聞いた上位大学男子学生たちから、そのような兆候はまったく見えない。むしろ勝ち組男子ほど子どもを作りたがる。「子どもは金がかかる=子どもは贅沢品」である現在日本社会においては、当然と言えば当然の帰結であろう。

 日本社会は今後より一層、「勝ち組ほど多産」化傾向が進行し、「貧乏子沢山」が消滅していくのかもしれない。

2023-08-29

anond:20230829164215

記事をイチからジュウまで全部読んでたらコスパ悪いだろ!

真のブクマカはそんなことしない!

anond:20230829125026

そこで本当に幸せコスパがいいの?という疑念が出てきて、それに対抗するための説得力として神という道具が必要になる

しかし神という道具はあまりに強力過ぎて、持つ者を支配欲で壊さずにはいられない。

こうして宗教は壊れた人間が強力な支配力を振るう集団に変質してしまう。

貧乏凋落国家になる日本でこれから流行するもの

それはズバリ宗教です!

日本人宗教勘違いしてます

神に祈ったり崇めたりするだけが宗教なのではありません

宗教目的「人が幸せに生きるライフスタイル提案(とコミュニティを円滑に活動させるシステム)なのです

頭の良い人は自分幸せに生きるライフスタイルを見つけることができますが、そうでない人はできません

そんな人は、ただ生きるのが辛いだけです

頭の良くない人こそが、宗教提案するライフスタイルに沿って人生を送ると、自分で考えた結果より上の幸せに生きることができるのです

ただしそこが弱点なので、お金を取られて周りを不幸にする人がでてしまます

また宗教提案するライフスタイルは、それぞれの宗教で違うので衝突が起きてしまうのもデメリットです

しか本来ならお金がなくても、宗教提案するライフスタイルに沿って人生を送ればそこそこ幸せになれるんです

まり幸せコスパがいいんです

この先お金がなくなって娯楽が減り、どう時間を過してよいかからなくなる人が増えます

その時は、宗教の事を思い出してください

anond:20230828173401

政府行政に対する不信感

・「我々は馬鹿大衆と違う」という選民思想

・彼らの中の「正しさ」のみが絶対正義であり、異なる意見を認めない

・少しでも彼らの持論から逸れれば、今まで味方であっても「敵」扱い

職場や家庭での不満を、「男女差別」「資本主義」「自民党」「アベ」「ケケ中」などといったシンボル呪詛することで思考停止できるのだからコスパがいいっちゃいいのかも

南無阿弥陀仏」と一心に唱えれば極楽浄土に行けるのだ

2023-08-28

量が少ない店の方がお得感がある気がしてきた

デフォデカ盛りで1200円の店より

並盛りで900円の方がコスパいい

anond:20230828204824

子どもがいると自動車は超便利だと思う。

テーマパークに行った帰り、子供が熟睡してしまって、荷物リュックに入れ、子供は抱っこして電車を乗り継いで帰ったことがあるが、何かの修行みたいだった。

幸い駅の駐輪場子供を乗せる自転車で来ていたので、駅までついたらそれに熟睡した子供を乗せて帰ったのだが、なかなか大変だったな。

子供が多少大きくなって寝なくなっても、「キリキリ歩け!」みたいなことを言って、疲れた子供に鞭打つ必要があるので、精神的につらい。

これが車だと、「疲れたら寝てていいんだよー」と甘いことを言える。

電車で行くと遠回りになるようなところにあるテーマパークにも車だと簡単に行けるし、現地まで手荷物を運ぶのも楽だし、駐車場代を払ってもおつりがくる快適さだとは思う。

まあ、地方都心在住の場合と違って、通勤・通学には使わないので、確かにその分コスパが悪いのは認める。

趣味もないと所有はしないかもしれない。

恋愛コスパが悪い」と感じるのって、それだけ自分がこの社会において底辺で低スペックから相手に振り向いてもらえないし

万が一振り向いてもらえて結婚出産に至った場合間違いなく自分から遺伝子供を不幸にすると考えているからだと思うんだよね

そしてそういうふうに思う人が増えたっていうのは、要は格差が(現実にそうかどうかはともかく、少なくとも人々の意識の上では)拡大したって事。

出会いにはコツがある

K子との出会い

私がK子と出会ったのは、まだ雪の残る3月上旬札幌すすきのでのことであった。

K子は、私がごくたまに寄るカフェバーウエイトレスをやっていた。

年は30歳、身長157cm。体型はややガッチリタイプに見え、いわゆる固太りに近かった。

顔はまぁまぁ整ってはいたが、頭部はアメフトボールのように大きかった。

完璧メイクを追求してるようで、白塗りの土台が厚く、丸い輪郭が、さらに強調されていた。

キッチリ描いた眉に、メリハリをつけたアイライン。目元周りには、そのひとのお化粧への設計意図が表れるものだがK子の場合それは、顔の大きさを、目を拡大させることでごまかそうとする意図だった。

それとK子のメークには、悪い意味でのバランス感覚という特徴も見られた。

あちらとこちらの均衡を保とうとして、薄くするのではなく、厚く盛る方にいってしまうのである

から白塗りは行き過ぎて歌舞伎のようになってしまう。

さらにK子は勤務中はロングヘアータイトに縛ってるので、目元が上がって鋭角的になるのだが、これがふしだらで好色な印象を与えかねない外見になってしまうのだ。

ここまできては化粧も逆効果である

それはせっかくのよい素材での料理を、調理でなくソースで惑わし、お門違いの高級感を添えたつもりの洋風メニューのようだった。

白人風貌という、ないものねだりを追いかけた挙句、醜くなってしまったマイケルジャクソンのようであった。

K子は、そんな女だった。つまり、どこにでもいるひとだ。

K子はその日も普段どおり給仕をしていた。時刻は夜の9時。私のオーダーはグラスビールだった。

私のテーブルにもやってきた、そこで2人は始めて目を合わせた。

するとK子は私の顔を見るなりハッとした顔をして上背をやや引いた。私は「ああまたか」と思った。

なにが「またか」なのか。それはその時の私の顔が彼女にはイケメンに写った、ということの了解である

断っておくがこれは自慢ではない。なぜなら、こうしたことは4年に一度、つまりオリンピック開催と同じ頻度でしか、私に訪れないからだ。「またか」と感じるのは、4年がさほど長くも感じられない私なりの時性であって、傲慢の致すところではない。

毎日のようにこういうことが起きる人を、真のイケメンというのだが、この程度のいわば「プチ・イケメン」なら今のご時世、結構いそうである

私の顔は、それどころかまぁどちらかといえばブサメンである。口が飛び出た造作が特徴で、唇も厚い。佐藤浩市の2倍は厚い。

このせいで、顔の下部にボリュームが出てしまい、シャープには見えないモヤッとした風貌になっている。

目も悪いのでシカメっ面にもなりやすく、表情も暗い。

たとえるなら、ガリガリ君のような輪郭であるし、佐藤浩市の親父の三國連太郎みたいでもある。

芋というか、類人猿、合わせればゴリライモ。私はそんな顔なのである。そしてもちろん、あなたに「そんなことないよ」といってほしい、そんなケチな性分も持ち合わせているのだ。そこがまた醜い。

まり私も、どこにでもいる人なのである

ここ20年ほどで男もするようになった「化粧」とは、もともと目立たないもの(一重まぶたなど)を、まやかしの力で輝かせる補正技術だと思うが、私の口元のように、はじめから飛び出ているものを、平たく目立たせずに抑制する用法には、それはまったくといっていいほど役立たない。

しかし男の場合三國連太郎がそうであったように、また、佐藤浩市がそうであるように、絶対的なブ男というものはいない。バナナマンの日村も最初見たときはびっくりしたが、慣れれば愛嬌がある顔である

男は、風貌をある水準(清潔感常識のあるファッションセンス、そして似合う髪型、できれば細身)まで満たせば、異性にアピールできてしまうのである。ここらへんが女子と違う。無愛想でもある程度はイケてしまうということだ。かくして私のような者でも、こうしたラッキータイミングが巡ってくるときがあるのである

さて私にハッとして頂いた女子に対しては、私はだいたい挨拶をするようにしている。

ここでいう挨拶とは、店や本人の迷惑にならぬよう気を遣いながら、名刺を手渡すことだ。

できれば一言添える「もし、よろしければ、お近づきになれれば…」みたいなことだ。

ハッとする、させるというのは直感神秘である人間のあまたある能力のうちでも一二を争うような、めちゃめちゃものスゴい、宇宙誕生レベル認識だ。

人間(じんかん)にヴァイヴレーションが伝播する。あるひとがある人の存在にピン!とくれば、その相手にも同じピン!が、誤解も曲解もなく瞬時に伝わる。だれも解明できない感覚。こうした体感に対しては対象化なぞハナから諦め、人として素直にしたがい、謝辞を述べるのがスジというものであろう。

とりあえず自分規定する第一歩として世の中には名前というものがある以上、名乗る。

自分から名乗ることより大切なことは、世の中にそうそうない。

「4年に一度」がいつなんどき訪れるやもしれない。そんなときのために財布に名刺を2~3枚入れておく。

こうしたなんでもない普段の心がけが出会いを引き寄せる具体的な手段なのだ

こうした縁で、私はK子と付き合った。世間には「よくまぁこんなサエないのと一緒になったなぁ」というのが男女問わずいるが、なんのことはない自分もその仲間入りであり、K子の方でもそう思うときがあったかもしれない。つまり、サエないのはお互い様だったのである最初のうちは。

だがしばらくすると私にはK子の大きい顔と太い骨格が、次第にいとおしく写ってきた。

そして次に、それがかけがえのない尊さに思えてきた。

というのも付き合い始めてすぐに気づいたことだが、K子は私と最初に目が合ったホンの0.1秒の閃き、焦点で、自分の開削に成功した、まったく優れた女だったのだ。

私との邂逅によってポン!と新規開設された自我内の回路に、まったく純粋に従った。

しかもそこにいささかも世俗的な疑いを差し挟まなかった。

世俗的な疑いとは、私と付き合うことのメリットデメリットコスパを考えることや、趣味や好みが合う合わないというような話などである

K子はそれらを考えもしなかった。だからデートで会ってもあまり話さず、肩を寄せ合い、手を握り腕をさすり、見つめあったりするだけだった。それでどちらも了解した。ドン存在が大きいのである100%ピュア肯定性の塊。

そしてそうしたK子の態度は、私の細胞のすみずみにあまねく影響を与えた。小さな自分固執していた私を、彼女は開放してくれた。

こういう女に慣れると、小顔ブームとか、華奢な女子スタイル固執するのは、矮小なことと知れる。しつこいようだが慣れればあの日村ですら、ファニーフェイスである

K子はやがてメークが薄くなっていった。コスメへの依存を減らしていった。

単なる身だしなみ以上のそれは、まやかしだと気づいたのだ。

食事運動に、それまで以上に気を遣い、毎日しっかり生活を積み上げていくよう、意識的自分を導いていった。

現代人はただ毎日暮らしてゆくだけで、目に見えない「不純物」が、アカのようにたまってゆく。

社会教育が、仕事常識が、不純だらけだから当然だ。

はいつも意識的に「みそぎ」をしなければならない。するとみそぎなんてしなくていいんだ、そのままのあなたでいいんだと社会その他は全力で否定する。だがそれは違う。甘言に引きづられてはいけない。やつらはあなたから銭を引き出したいだけだ。

メイクはそうした「不純物」の象徴であった。それがズバッと削ぎおとされた。

すると並行してK子の慢性的な肌荒れも改善された。

こうなると輝かしい、真の女の誕生である

人の本来的な美しさや輝き、魅力は、外から取ってきて付け足すものでない。自分内面から湧き出させるものだ。

こんなことは実に当たり前のことだが、不純物の洪水の中にいると気づかない。

自分から「湧き出させること」が自然に出来る人は、この世にいながら永遠を手にしたも同然なのである

そこではあなたわたしとなる。わたしあなただ。

理想カップル、なるものは知らない。知らないがそれは「人それぞれ」ではない。

たぶんそれは溶け合った1つの形態しかない。愛など、しらぬ。

以上この文は、まだ見ぬあなたと、まだ顕在化してない私を想って書いた。

<了>

出会いにはコツがある

K子との出会い

私がK子と出会ったのは、まだ雪の残る3月上旬札幌すすきのでのことであった。

K子は、私がごくたまに寄るカフェバーウエイトレスをやっていた。

年は30歳、身長157cm。体型はややガッチリタイプに見え、いわゆる固太りに近かった。

顔はまぁまぁ整ってはいたが、頭部はアメフトボールのように大きかった。

完璧メイクを追求してるようで、白塗りの土台が厚く、丸い輪郭が、さらに強調されていた。

キッチリ描いた眉に、メリハリをつけたアイライン。目元周りには、そのひとのお化粧への設計意図が表れるものだがK子の場合それは、顔の大きさを、目を拡大させることでごまかそうとする意図だった。

それとK子のメークには、悪い意味でのバランス感覚という特徴も見られた。

あちらとこちらの均衡を保とうとして、薄くするのではなく、厚く盛る方にいってしまうのである

から白塗りは行き過ぎて歌舞伎のようになってしまう。

さらにK子は勤務中はロングヘアータイトに縛ってるので、目元が上がって鋭角的になるのだが、これがふしだらで好色な印象を与えかねない外見になってしまうのだ。

ここまできては化粧も逆効果である

それはせっかくのよい素材での料理を、調理でなくソースで惑わし、お門違いの高級感を添えたつもりの洋風メニューのようだった。

白人風貌という、ないものねだりを追いかけた挙句、醜くなってしまったマイケルジャクソンのようであった。

K子は、そんな女だった。つまり、どこにでもいるひとだ。

K子はその日も普段どおり給仕をしていた。時刻は夜の9時。私のオーダーはグラスビールだった。

私のテーブルにもやってきた、そこで2人は始めて目を合わせた。

するとK子は私の顔を見るなりハッとした顔をして上背をやや引いた。私は「ああまたか」と思った。

なにが「またか」なのか。それはその時の私の顔が彼女にはイケメンに写った、ということの了解である

断っておくがこれは自慢ではない。なぜなら、こうしたことは4年に一度、つまりオリンピック開催と同じ頻度でしか、私に訪れないからだ。「またか」と感じるのは、4年がさほど長くも感じられない私なりの時性であって、傲慢の致すところではない。

毎日のようにこういうことが起きる人を、真のイケメンというのだが、この程度のいわば「プチ・イケメン」なら今のご時世、結構いそうである

私の顔は、それどころかまぁどちらかといえばブサメンである。口が飛び出た造作が特徴で、唇も厚い。佐藤浩市の2倍は厚い。

このせいで、顔の下部にボリュームが出てしまい、シャープには見えないモヤッとした風貌になっている。

目も悪いのでシカメっ面にもなりやすく、表情も暗い。

たとえるなら、ガリガリ君のような輪郭であるし、佐藤浩市の親父の三國連太郎みたいでもある。

芋というか、類人猿、合わせればゴリライモ。私はそんな顔なのである。そしてもちろん、あなたに「そんなことないよ」といってほしい、そんなケチな性分も持ち合わせているのだ。そこがまた醜い。

まり私も、どこにでもいる人なのである

ここ20年ほどで男もするようになった「化粧」とは、もともと目立たないもの(一重まぶたなど)を、まやかしの力で輝かせる補正技術だと思うが、私の口元のように、はじめから飛び出ているものを、平たく目立たせずに抑制する用法には、それはまったくといっていいほど役立たない。

しかし男の場合三國連太郎がそうであったように、また、佐藤浩市がそうであるように、絶対的なブ男というものはいない。バナナマンの日村も最初見たときはびっくりしたが、慣れれば愛嬌がある顔である

男は、風貌をある水準(清潔感常識のあるファッションセンス、そして似合う髪型、できれば細身)まで満たせば、異性にアピールできてしまうのである。ここらへんが女子と違う。無愛想でもある程度はイケてしまうということだ。かくして私のような者でも、こうしたラッキータイミングが巡ってくるときがあるのである

さて私にハッとして頂いた女子に対しては、私はだいたい挨拶をするようにしている。

ここでいう挨拶とは、店や本人の迷惑にならぬよう気を遣いながら、名刺を手渡すことだ。

できれば一言添える「もし、よろしければ、お近づきになれれば…」みたいなことだ。

ハッとする、させるというのは直感神秘である人間のあまたある能力のうちでも一二を争うような、めちゃめちゃものスゴい、宇宙誕生レベル認識だ。

人間(じんかん)にヴァイヴレーションが伝播する。あるひとがある人の存在にピン!とくれば、その相手にも同じピン!が、誤解も曲解もなく瞬時に伝わる。だれも解明できない感覚。こうした体感に対しては対象化なぞハナから諦め、人として素直にしたがい、謝辞を述べるのがスジというものであろう。

とりあえず自分規定する第一歩として世の中には名前というものがある以上、名乗る。

自分から名乗ることより大切なことは、世の中にそうそうない。

「4年に一度」がいつなんどき訪れるやもしれない。そんなときのために財布に名刺を2~3枚入れておく。

こうしたなんでもない普段の心がけが出会いを引き寄せる具体的な手段なのだ

こうした縁で、私はK子と付き合った。世間には「よくまぁこんなサエないのと一緒になったなぁ」というのが男女問わずいるが、なんのことはない自分もその仲間入りであり、K子の方でもそう思うときがあったかもしれない。つまり、サエないのはお互い様だったのである最初のうちは。

だがしばらくすると私にはK子の大きい顔と太い骨格が、次第にいとおしく写ってきた。

そして次に、それがかけがえのない尊さに思えてきた。

というのも付き合い始めてすぐに気づいたことだが、K子は私と最初に目が合ったホンの0.1秒の閃き、焦点で、自分の開削に成功した、まったく優れた女だったのだ。

私との邂逅によってポン!と新規開設された自我内の回路に、まったく純粋に従った。

しかもそこにいささかも世俗的な疑いを差し挟まなかった。

世俗的な疑いとは、私と付き合うことのメリットデメリットコスパを考えることや、趣味や好みが合う合わないというような話などである

K子はそれらを考えもしなかった。だからデートで会ってもあまり話さず、肩を寄せ合い、手を握り腕をさすり、見つめあったりするだけだった。それでどちらも了解した。ドン存在が大きいのである100%ピュア肯定性の塊。

そしてそうしたK子の態度は、私の細胞のすみずみにあまねく影響を与えた。小さな自分固執していた私を、彼女は開放してくれた。

こういう女に慣れると、小顔ブームとか、華奢な女子スタイル固執するのは、矮小なことと知れる。しつこいようだが慣れればあの日村ですら、ファニーフェイスである

K子はやがてメークが薄くなっていった。コスメへの依存を減らしていった。

単なる身だしなみ以上のそれは、まやかしだと気づいたのだ。

食事運動に、それまで以上に気を遣い、毎日しっかり生活を積み上げていくよう、意識的自分を導いていった。

現代人はただ毎日暮らしてゆくだけで、目に見えない「不純物」が、アカのようにたまってゆく。

社会教育が、仕事常識が、不純だらけだから当然だ。

はいつも意識的に「みそぎ」をしなければならない。するとみそぎなんてしなくていいんだ、そのままのあなたでいいんだと社会その他は全力で否定する。だがそれは違う。甘言に引きづられてはいけない。やつらはあなたから銭を引き出したいだけだ。

メイクはそうした「不純物」の象徴であった。それがズバッと削ぎおとされた。

すると並行してK子の慢性的な肌荒れも改善された。

こうなると輝かしい、真の女の誕生である

人の本来的な美しさや輝き、魅力は、外から取ってきて付け足すものでない。自分内面から湧き出させるものだ。

こんなことは実に当たり前のことだが、不純物の洪水の中にいると気づかない。

自分から「湧き出させること」が自然に出来る人は、この世にいながら永遠を手にしたも同然なのである

そこではあなたわたしとなる。わたしあなただ。

理想カップル、なるものは知らない。知らないがそれは「人それぞれ」ではない。

たぶんそれは溶け合った1つの形態しかない。愛など、しらぬ。

以上この文は、まだ見ぬあなたと、まだ顕在化してない私を想って書いた。

<了>

立ち食い寿司っていいな

高級寿司敷居が高いし、回転寿司だと物足りない。本格的な寿司を手軽に食べられる立ち食い寿司がなんだかんだ一番コスパも良いなと思って最近よく行ってる。

でも不満があるとしたら、椅子があればいいよね!!!!!!!!!!そしたら普通寿司屋になっちゃうね!!!!!!!!!!!!


🍣

2023-08-27

anond:20230826190254

しろ子供が減ったほうがええやろ。

社会リソースバカ食いしてコスパ悪いし。

もっと子供を作りづらい世の中にすべきやと思う。

少子高齢化移民解決する。

移民ならわざわざ莫大な金と時間かけて20年子供育てなくても、大人になった状態で来てくれるわけだしな。

これほどコスパの良いものもないわ。

漫画ってめっちゃお金からない?

はてなにも漫画好きの人がたくさんいておすすめ漫画エントリーとかもよく入ってくるけど、漫画って読むのにめっちゃお金かかるのにすごいなーといつも思ってる。

一巻500円とか800円とかするじゃん。それをシリーズごとに10巻とか20巻とか集めるわけでしょ?800円で20巻となると16,000円もするわけですよ。そんなシリーズ1020も集めてるって、今の時代相当ブルジョワ趣味ではないかと思う。1巻読み始めたら半強制的に全巻読まなきゃとなるから心理的ハードルが高いし、かと言ってつまらなくて1、2巻で諦めたらそれこそ金をドブに捨てたような気持ちになってしまう。

しか漫画って単行本一冊買ってもものの30分で読み終わってしまう。もちろん何回か読み返すとは思うんだけど、コスパ考えるとそこまで良いとは言えない気がしてしまう。

みんな漫画喫茶とかサウナ漫画読んでるのかなと思ったけど、はてなエントリーに入ってくるような面白いけどメジャーじゃない漫画達ってそういうところに置いてなかったりするじゃん。いろんな漫画網羅してる人達って一体漫画に年間いくら注ぎ込んでるんだろう。

面白い漫画は次々と生まれてきちゃうわけで、それを追っかけるのにも大変なコストがかかってくるでしょ?個人的には漫画ってゴルフやら釣りなんかより余程ブルジョワジーな趣味に感じちゃうんだよなー。漫画をあまりお金をかけずに楽しむ方法があったらぜひ教えてほしい。

2023-08-26

心身ともに疲れきってる時に行くといい場所

日々の労働でもう身も心もボロボロですわ。

いつもこういう時は家で爆睡するだけなんだが、たまには金と時間を使ってリフレッシュしてみたい。

候補としては

銭湯…よく行ってたけど、最近サウナブームで混んでたりマナーが悪い客が目についたりするのであまり行ってない。コスパは良いかな。

温泉宿…客の少ない場所を選べば思いっきリラックスできそう。でも金と移動の労力がかかる。妊娠中の妻がいるから今は行かない。

マッサージ…昔一回だけ行ったことあるけどなんか男に触られるのが合わなくて行ってない。アラフォーになった今なら気持ちいいのかな?

・メンエス…行ったことないからいってみたい。結局エロは活力。でも高い。妻にもバレたくない。

こんなもんか。

あんまりこういう遊びをしてこなかったか選択肢の幅が狭い。

もっと面白いとこ知ってたら教えて。

陰キャオッサンからライブに行って騒ぐといいよ!!みたいなのはナシで…

anond:20230826141127

ドルクラスの作るならパーツショップの近くに住んでるならともかく、相性で動かないだとかで返品や交換等いろいろやる時間考えたら普通にその分働くなり勉強するほうがコスパ良いレベルだと思うわ。

ハイエンドとかで組むならやっぱ自作のほうがコスパ良いとは思う。

子育てコスパ言ってる人は親にはなれないと思う

独身結婚もう無理なおっさん発言なので異論は認める

色々婚活も進めていたがもう潮時と思い、アプリで出て来る人や自分スペックを見ながら胸焼けして疲れてしまった。

不景気拍車掛かっているけど、それで無くても子育てそもそもコスパは悪いと思う。恋愛などがあって相手自分の子供を作りたいと言う苦労を進んでやるのだから色々採算も合わない行為と思う。それでも得たいという思いからやるので、まあコスパは悪いと思う。

既に亡くなった育ててくれた親の事を思い出してさら自分の子供の頃を考えると本当に頭が下がる。最近たまたま母親を題材にした歌を耳にしたが自分の事のようで涙が出て来た。後悔と感謝しかない。

婚活界隈で相手を見てスペックや性能がと互いが互いに足元見合う事にも自分が嫌になって来た。

自分は親の姿を見て自分子供を持ちたいと思ったが、相手からすると低スペの自分を不満持たれながらそんな人とやっていけるかというともう体力がそこまで持たない。

無理を通してもそんな生活は成り立たないだろう。

自分も無理だし、異性側でスペックとか言い出している人は一生無理と思うし、言っている時間がもう自分賞味期限が加速して減っているのだから目も当てらられない。

親になる理由コスパじゃない

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