はてなキーワード: 谷底とは
私の母親は、関西人なせいなのか、ギャグのつもりで人をけなすことを言う
私のことはブス、おばはん、年増、などなど。ちなみに私は今年で30歳。どうして30一生懸命生きているだけでこんな風に罵られなければならないのだろう。
日頃、年齢差別やそれに結びついた女性差別は良くないよね、みたいな感じで生きてるから、母親にこういうこと言われると、立ってる場所の床が外れて谷底に突き落とされる気分になる。
母親にそれ年齢差別だよ、とか、家族にブスとか言うのはモラハラとか場合によっては虐待だよとか
それとなく伝えたこともあるが、屁理屈言うなと怒らせてしまった
きっと母親もそうやって口汚ない言葉をかけられて、そして適応してきたのだろう。そう思ってもやはり悲しいし、辛い
だから実家へはあまり帰りたくない。父親はそういうことは一切言わないし会いたいのだが、母親はそういう感じで、会う前はすごく緊張する
私は、昔からレベルの高い本物が好きで、ハードルの高い難問を長期の試行錯誤の末に解決したりする人とか、そういう人を尊敬するタイプで、そういう人から学ぼうとする欲求が強かったのだけど…
どうやら世の中は、この逆の人が多いことに気づいてきた。
レベルの高い本物を見るのは嫌いでレベルの低い方が親しみやすく好き、だとか…ハードルの高い難問を解決してるような人を見るのは、簡単な道を歩んでる自分と比べると劣等感を抱くから嫌い、とか…
そういう感情が回るんだということが分かってきた。自分には無い感情だったので衝撃だった。私は逆に、人生イージーモードの人を見て嫉妬することはあったので、そちらの方はわかるのだけど…その逆の感情が本当によくわからない。
まさか、イージーモードの人も、神様から過酷な試練を与えられる人を見て嫉妬するんだということが驚きだった。そんなに嫉妬するなら、谷底に自分で落ちればいいのに、落ちれないことに嫉妬するのだ。
そのうちの10年を開発で過ごし、どうにか社内で一目置かれる程度にはなった。
一方で、横の広がりを目指して5年取り組んだ運用では全く芽が出なかったという、生粋のプログラマ気質な人間である。
それで、ここ数年つくづく気になるのが、開発の若手に対する、会社の扱いの酷さである。
プログラミングの簡単な外部研修だけやったら、あとはOJTと称して現場に放り込み、生き残った奴だけを拾い上げる。そして実際には殆ど誰も生き残っていない現実があったり。
まるで「ライオンは自分の子供を谷底に突き落とし」を地で行くやり方で、それに何の疑問も抱いていない。
でも開発は他の業務(保守・構築・運用)に比べて、各工程で予め知っていないといけないことが色々あるし、何より開発屋の姿勢みたいなものを最初から心得ているのといないのとでは、実際に現場の苛酷さを体感した時に大きく違うだろう。
勿論、開発は他業務と違って明らかに向き不向きがあり、かつ本当に適性がある人間は正直言って少ない。だから全員がデキる奴になる可能性は高くないこともあり、投資が無駄になるケースになる恐れも少なからずある。
それでも、向いてない奴を使い捨てて知らん顔はどうかと思うし、その結果いつまで経っても下が育たないので、仕事がちっとも上手く回るようにならない。
そしたら俺が辿ったよりも楽して結果を出す方法なんていくらでも教えてやるし、俺は過酷な現場から一歩引いて、より早い時間に(運が良ければ定時に)上がれて余暇をもっと楽しく過ごせるし。
運用でのんびり定時という手が無理筋である以上、今後自身のキャリアはこれだ!という思いが一番ではあるけど、デキる奴が増えれば、それが各現場で会社の名前を売ることになるわけだし、悪い話じゃないと思うんだけど。
さっきめちゃイケ見ててふと思ったんやけど、めちゃイケって本当最悪、早く終わればいい、三中くんもふつうに就職した方がいいよって感じ。ツイートする、で終わってもよかったけど、一応補足。
今夜のめちゃイケの中身というのが、メンバー唯一の素人三中くんが番組の企画として、みちのくプロレスに入団させられて、苦しい練習のあまり逃げ出してしまうというもの。
それを呼び戻すため、メンバーが逃げるんじゃないだの、プロ意識だの、みんな大変だのと言って叱咤激励して、結局プロレスに戻されてしまう。でも、結局また逃げちゃう。
それでまたメンバーに囲まれて、甘えるな。わがままだ、と集中砲火を受けるもの。そして、逃げた理由は芸人をするためというもので(確かに三中くんは芸人を志望していた)
逃げたわけではないというが、メンバーはそれならば、今後は素人ではなくプロとして扱う、と一気に突き放すというもの。そもそも、素人として扱う、プロとして扱うの線引きって何よ?
とりあえず。はっきりさせておきたいのが、三中くんは「希望してプロレス行っていない」というもの。そして、番組内のメンバーが言うように彼は素人であるということである。
確かにテレビに出ている以上は多少は体を張らないといけないかもしれないが、給与も他のメンバーと比べると相当低い、それは彼が素人であるからである。
しかし、給与が低いのも彼が素人であり、プロじゃないから、というのは理由にならない。実際、体をはって彼も番組のコンテンツを作っている、貢献度が他の芸人に比べて低いから給与も低いのは
仕方ないというのだろうか、もしくは彼はまでプロダクションも所属しておらず、当然マネージャーもいなかったため、ギャラ交渉もできなかったためなのか・・・とりあえず、素人ということで給与は
安くて、ドッキリという名前で、道で不良に絡まれたり、ハニートラップにかけられたり、重いものをぶつけられたりしていたわけだ。それも本人が好きなら許されるというわけか。よくわからん。
確かに三中くんも芸人になりたい、お笑いが好きでこのめちゃイケのオーディションに志願して受かっているわけだから、めちゃイケメンバーとしていられるのが幸せなのかもしれない。
しかし、今回のように突き放されて、果たして彼の居場所があるのだろうか、むしろ、意図的に外そうとも見える。それが優しさ、獅子が子供を谷底に落とす親心なのか、純粋芸人どうしの闘争本能なのか
よくわからんが、今まで仲間だった人間を、「嫌いになる見えなくなる」というよゐこ浜口の発言をしない。
ある時はプロとして扱い、ある時は素人と扱う。まさにご都合主義である。要は三中くんはメンバーから舐められていたわけである。
めちゃイケ批判は、ネット上に多くあって、早く終われ、打ち切りか、などと書かれていて、僕の知っているころのめちゃイケは面白かった記憶があったので、そんなことはないとおもったけど、新メンバーが加入したときから
だんだん疎遠になり、中嶋Pがいいともにいって、ますます見なくなり。気づいたら、素人を囲んで集団で責めたてるお説教リンチ番組になっていた。社会は甘くない。芸人はもっと甘くない。うん、正論。だけど、これバラエティだよね。
確かにめちゃイケはこういういい話、お涙頂戴が時々あってうざかったけど、今回は特にひどい。TBSのガチンコか。視聴者はこれをみてどう思うだろうか。少なくとも10代、20代、三中くんと同じぐらいの世代はこれをみて何を思うだろうか。
めちゃイケメンバーは三中君を見る目が変わるといったが、少なくとも私の見る目は変わったなあ。よゐこ浜口は嫌いになると見えなくなるといったが、私の好きな番組からもめちゃイケは見えなくなりました。
そしてハッピーエンド
ふざけるなよ。
ロリ・ヲタ・プーの救えない男が救えないまま人生を終えるような漫画がラブやんだろ。
谷底へ向かって等速直線運動をかまして緩やかに死へ向かう姿を描き続けるのがこの漫画の売りだろうが。
それをなんだこの終わり方は。
崖の終わりが見えもうすぐ飛び降りるぞって瞬間、死へ向かっていたボロボロのハイエースから翼が生えて天へと駆け抜けていったようなラストは。
駄目人間が駄目人間なまま最後を迎えてそれでも少しだけ救われる話だ。
最強伝説黒沢なんだ。
それがなんだこれ大逆転じゃねーか。
ロリという童貞の理想郷に囚われ現実のチャンスを取りこぼすこともなく、プーとして冥府魔道を突き進みゆるやかに己の首に縄をかけるでもなく、ヲタとして生産性皆無のまま人生を終えるでもなく。
好きな相手を見つけて結婚して、ちゃんと仕事もして、ヲタクだけど生産性も常識も有る側として生きて……なんなんだよこの裏切り者はよ……。
思えば数年前からちょっとずつ歯車が狂ってきていたがそれでも俺は俺たちは信じ続けたんだぞ。
カズフサは俺たちを裏切らないって。
思えばNHKにようこそもさんざん引き伸ばしてリア充恋愛エンドだったな。
くそっ……どいつもこいつも読者をなめやがって。
漫画として綺麗に締めれば信用できる漫画家だと思われるってか、違うね。
読者を裏切らないことが大事なんだ。
"一般的な漫画"のセオリーを守ることじゃなく、"それぞれの漫画"のセオリーを守ることが大事なんだ。
綺麗で味気のない終わり方なんてモグラ野郎に漫画を習ってるド素人共に任せときゃいい。
15年かけて続いた連載が爆発オチ、それが俺たちの信じピロシだと……そう信じていたのに……
子供を持つ親は沢山いるだろう。
過保護な親も沢山いるだろう。
あれもやってあげてこれもやってあげて、、、
なんでもやってかわいいかわいいして過保護、と言われてる人もいるだろう。
だが究極の過保護ではない。
究極の過保護は世間様にうわあ、と思われる手段をとってでも自立させる事だ。
どう考えても親のが先に死ぬし、運よく130歳くらいまで生きて、自分より先に子供が先立つかもしれないが、そんな歳まで支援できる訳じゃない。
なるべく多く生きる力になる知識を身につけさせるために、今何を学ぶ必要か考えて見つけられるようにしよう。
学校からそんなに課題を出されたら、何を学校で学習して、何を覚えたりしたらいいのか自分から考えなくなるだろうと文句を言ってもいいだろう。
いじめられたらいち早く気がついてあげて、学校になんとかしろ、と言うのではなく、どんなにいじめられても暖かく帰れる家があることを実感させて、帰れる所がある安心感の中で沢山相談して愚痴も聞いてみたりして、
将来今のままあまり変わらないだろう日本の社会でどんなに虐げられても自分の中でなるべくストレスにならないような耐性をつけてあげよう。
遅い時間に学校に電話でもして勤務過多で慢性的に疲れてる状態でいるような非常識な態度でうちの子の担任するな、授業するな、と怒鳴りつけるのもいいだろう。
ソーシャルワーカーでも心療内科の医者とかでもないのにあんまり深い悩みに首を突っ込むなってのもありだ。
あれやれ、これやれなんて学校に注文すると面倒見がよくて自立がなかなか出来ない学校が出来上がるから必死に阻止しよう。
そんな時間ない?
早く結婚して産めだの言ってる政治家が急かすくらいだからあっという間に子育て支援の制度が出来上がるだろう。
な?
自立することが一番子供を救う。
それが出来るのは血の繋がった、しっかりした縁のある家族だけだ。
とある年数だけの関わりでは到底まかないきれない保護を親のみなさんは出来るんだ。
何かと子育てしているみなさんが、頼ったりクレームつけたりやらせたりする場所を間違えないようにしよう。
究極の過保護になってみよう。
俺にはお前がだれだか分からんので全部書いておこう。
メタな視点とはなにか、むしろ、「目的」というものは本来与えられてるものではない中で、
進化してる事は種を存続するため、従ってそれを「目的」と言っている。
これは形而上学的な考えではないのか?物理学や生物学そのものの話ではない。
片方の増田が「種の存続」のために進化してる、に対し、かたやその様な事は100年で考えが変わった、後、そんなものは物理現象にすぎないので目的などというものを定義することすらおかしい、
と論拠を変更。
まあなんでもいいや。
自分の知っていることが簡単に相手に説明できると思っていることだ。
人間の断絶は深く深く深いので、罵倒や挑発で埋まったりはしない。
谷底に落ちていくだけのこと。
お前は何も理解してないのに知識があると勝手に勘違いし、それを簡単に相手に簡単に説明できると思ってることだ。
お前自身が理解してないことを他人に説明出来るわけがなかろう?
お前はすでに谷底に居るんだよ。
デフレの谷底にいたときのマスコミは「このデフレ不況はいつまで続くのか!」と煽ってたけどね。
迫害された時期が長かったせいか、架空のマスコミを作り上げて被害妄想に浸りきっているのがリフレ派なんだよね。
いまも議論相手を「反リフレ派」に見立てて、こっちが有利だ、おまえは不利だ、なんてわけのわからないことを言っているでしょ。
2006年にハルヒのアニメが、その前年できたばかりのYouTubeでブレイクしたとき、ちょうど30歳になった。
そしてそれくらいの年齢から、20代まではビデオやHDDプレーヤーフル稼働であんなにチェックしまくっていたアニメを、あまり見なくなっていった。
DVD-BOXはToHeartとGA1期とおねツイを最後に買っていない。サクラサクミライコイユメは名曲だったし亜沙先輩は可愛かったと思う。
しかし世間はハルヒ&つべを起爆剤に、今やオタカルチャーがネット連動で空前のブームに。
最近のまどマギやあの花の受容のされ方を見ていると、時代は明らかに変わったと思わされる。
あんなにキモがられ、日陰者扱いされていたアニメやアニオタは、面白いコンテンツを気軽に選び、気楽に楽しむものに変貌した。
もはや「なろうと思ってなったもんじゃねぇから、やめることもできねぇよ」みたいな屈折や屈託は過去の話だ。
事実上、アニメは「やめる・やめない」という踏み絵的な後ろめたさと覚悟と諦めを伴うものではなくなったのだ。
一方、自分の同年代では未だにオタ・非オタの断絶は途方もなく大きい。
結局ネットで若い人と同じ目線で話してるほうが全然楽しいけど、これも何か間違っている気がする。
こうした流れは自分にとって、大きなすれ違いがまた一つ生じたと言えるもので、結構愕然としている。
まあ、昔よりいい時代になったのは間違いないし、嬉しいとは思ってるけど。
ちなみに自分が小学生の時は、このハイテクの時代24時間戦ってめちゃくちゃカネかけまくったものすげーという風潮→バブル崩壊就職氷河期の谷底どうしてこうなった
中学・高校の時は女子大生ちやほやされまくり→大学入ったらコギャル女子高生ブームにシフトどうしてこうなった
というわけで、自分の世代はブームの中心からはとことん外れているという印象。
強いて言うならエヴァは間違いなく「俺らのアニメ」とか、CDのミリオンセラーバブルを体感したとか、2ちゃんの中心世代というくらい?個人的にはニコ動のが好きだけど。
あと同年代として、ひろゆきは永遠の19歳というにはさすがに老けた印象あるけど、いつまでもダラダラと、クラスにいる嫌な奴っぷり(褒めてます)をキープして生きて欲しいと思ってます。
……ごめんなさいね、「36歳女SE独身 もう死にたいです」(http://anond.hatelabo.jp/20120411194626)という増田を読んで、なんか人事だと思えないからちょっとオマージュっぽくしてみました。
割と同じような体験をして、同じように死にたいって思ったけど、今はもう死にたくないんだ。
私は8年間付き合って、6年間同棲した3つ年上の彼氏と別れました。
別れの理由を聞いたところ「わからない、でもお前とは結婚できない」でした。
お互いの親にも会っていて、結婚の約束もしていて、ウェディングフェアなんかにも行ったりして、私は彼が本当に大好きでした。
今も正直好きで、やり直そうなんて言われたら、多分揺らぐと思う。そしてやり直してしまうと思う。
そのぐらい彼のことが好きなんです。
だから「わからないじゃ納得出来ないし、私の親に報告できない」と言ったら「お前は部屋の掃除ができないから」と言われました。
確かに私は整頓が苦手で、それを言われるとぐうの音も出ませんでした。
彼とは趣味も性格もよく合い、今までずっと仲良くやってきました。
一緒に色んな場所へ出掛けました。
私は誕生日がクリスマスイブなので、でかけたって、街はクリスマスを楽しむカップルでいっぱい。
自分の誕生日は他の人にとっても想い出深い日で「私の誕生日なのに特別なことはあんまりできないなぁ」ってあきらめていた中、すごく嬉しいサプライズをしてくれて、私は本当にこの人が大好きだって思っていました。
20代も後半になると、友人が徐々に結婚していき、本当はちょっと私もお嫁に行きたいななんて思っていました。
ですがその当時、彼は仕事関係の人にお金騙し取られて失業して、やっとのことで再就職した先でパワハラに遭い、うつ病になったりで、
結婚なんてとても言えない。
せめて私は明るくふるまって彼を支えようと、就職の事などはあまり言わず、二人で貯めた貯金もあるし大丈夫だよってポーズをとっていました。
今年の夏、彼がきちんと再就職できたので、出産のことも考え、いよいよ結婚を切り出してもいいんじゃないかな?
そう思って彼に「結婚の時期どうしようか?」と言った結果が、上に書いたとおりです。
彼は私と結婚するつもりで付き合っていなかったのようです。
特に彼が他の女に浮気したわけでもないのですが、「お前に飽きた」なんて思われるぐらいなら、正直、他の女が好きになったって言われたほうが納得できたんじゃないかと思いました。
引越しの準備を始めても引き止められることもなく、私達の築き上げて来た8年は何だったのかな? と思いました。
でもそれもなく、私は彼と別れて33歳アルバイトにして一人暮らしを始めました。
彼と最初のセックスの時「生じゃないと嫌だ」と生でされました。
ちなみに、その時点では正規雇用で働いていて、お金にも余裕があったし、ピルを飲むことで生理の日が把握できることで自らも恩恵を受けていたと思います。
ですが、私が30歳ぐらいの時、ある勉強がしたくなり、会社を辞めて、ピルのお金も勿体無いので服用を中止しました。
「節約したいしピルやめた」と言ってから2年ほどセックスレスになりました。
私は本当はセックスがしたくて「なんでしれくれないの?」と恥を忍んで聞いたところ、彼の答えは「お前はもう家族みたいなものだからそういう対象に思えない」とのことでした。
なぜなら、彼とずっと同じ時を過ごして、同じ景色を見て、一緒に幸せを感じたかったから。
「お前は家族みたいなものだから」と言われながら、土壇場で拒絶されて、捨てられて、絶望しました。
今では月経周期が通常より早く、産める体なのかとても心配です。
もう誰も信じられなくなり、しばらく飲むヨーグルトしか摂取できなくなりました。
祖母の遺影に「早く私をそっちに連れて行って」って祈っていました。「おばあちゃん、私を早くそっちへ連れて行って」って、ずっとずっと。
震災で亡くなられた人のことや、不慮の事故のニュース、殺人事件の報道を見るたび、私が変わってあげられればって。
この人たちのほうが、私なんかよりはるかに生きる価値も意味もあるのに、なんでなんだよと。
ショックのあまりパニックを起こしたら、異国にいる母が一番早く日本に来られるエアチケットをとって来てくれて、心療内科に引きずられて行きました。
病院でずっと泣いて、薬を処方され今でも安定剤を飲んでいます。
あれから3ヶ月弱が経過し、私は今死にたいなんて思わなくなりました。
33歳、世間的には婚活とかちょっと頑張ってもいい年なのかもしれないけど、恋愛はしばらくはいいやって思っています。
その精神的な変化の理由はまず、多分人間に備わった「忘れる」という機能なのでしょう。
かつて、テレビ番組でヒトの記憶は「嬉しかったこと:普通のこと:辛かったこと=6:3:1」というのを見て「へぇ、そうなんだ」と思っていました。
辛かったことを覚えていることも大事かもしれません、でも忘れられないと辛すぎるというのも事実です。
あとは、こんなひねくれた私に対して、多くの人が優しくしてくれたこと大きいいです。
母の事は正直、全然尊敬していなかったのですが(私は離婚家庭で育って、母は可愛らしいからモテるんだけど男を見る目がなくて……)今回、一番私を支えてくれました。今まで「お母さんは男を見る目がない」と言ってごめん。私も十分なかったw 遺伝かしら?
母以外にも、上でも書きましたとおり私はある技能を身につけるために勉強中の身で、生徒さんは母親ぐらいの世代だったりします。
そんな人生の大先輩たちに「そんな無責任な男、結婚したらもっと厄介だったわよ」とか「これからまだ楽しいことあるよ、2倍位以上長く生きている私が言うんだから間違いないよ」と言っていただくと説得力がとてつもないのです。
そしてその勉強。
彼は私を結果として裏切りましたが(客観的に見るとそうでもないのかもしれないですが、少なくとも私は裏切られたと思っています)、自分のした努力、学びは私を裏切りません。
幸いにも私は今やっている勉強が大好きでなので、学ぶことが私を生かしているといっても過言ではないと思います。
1ヶ月前までは死ぬことばかり考えていましたが、今は生きたい。
正直バイトの身だし、貧乏で将来に何の保証もないけど、生きてたくさん学びたい。
そして身につけた技術で多くの人を助けて恩返しをしたい。
そう思えるようになりました。
でもね、結婚なんてしてなくったって、生き生き楽しく生きている人は周りに沢山います。
そういう人をステキだなって思えるんだもの、別に結婚なんてできなくてもいいし、チャンスがあればすればいいやぐらいに思えるようになりました。
子どももね、出産のリミットとか考えてしまうけど、この間、一人で傷心ディズニーした時に赤の他人の子どもを見て「アホだわー。でもそこがかわいいわー」なんて思っていたら、自分の子どもだけでなく、人の子どもを愛したっていいんじゃないかなって考えるようになりました。
少子化だなんだって言ったって、未だにビッグダディに子どもが生まれているんだもの、私ごときが産まずとも大丈夫! と先日のビッグダディでも思っちゃいました。
春子さん。
「はてなのアカウントも消します。コメントも見ません。支離滅裂ですが、読んでくださってありがとうございました。さようなら。死にはしませんが、さようなら」
でも言わせてね、春子さんにとって今は人生の谷底かもしれないけど、生きるってことは捨てたもんじゃないんだよ。
未だに彼に未練はあるけど、今後はとにかく勉強を頑張る。
無理をして大人になろうと努力をしてきたので、
子供を見ると谷底に突き落とすような厳しさを与えたくなるのではないでしょうか。
ご自愛下さい。
http://anond.hatelabo.jp/20100913002509
小学生の頃、中休みや昼休みに遊びの輪に入れず図書室に逃げ込んでいた。
そこで読んだ「十五少年漂流記」や「ロビンソン・クルーソー」辺りが出発点だろう。大丈夫、俺もそうだ。
そして大方の場合、小学校~高校までははっきり言ってクソだっただろう。
グレたか孤独だったかの二択しかない。家庭科の授業と体育は大嫌いだ。大丈夫、俺もそうだ。
そんなわけで、自分の才能はどこにあるか小学生の俺は考えた。運動、論外だ。絵、話にならない。勉強、出来なくはないが一番には到底なれそうもない。そんな時、読書感想文コンテストが市の優良賞に選ばれた。そうか、俺の才能文章じゃね?
そもそも「書きたいもの」がそんなにない。ファンタジーもSFもラブロマンスも特に好みではない。
なんとなく「文学」に憧れはあるが、そもそも文学ってなんだ。これは本を読まねばなるまい。
とりあえず「金閣寺」と「人間失格」を買ってみた。どっちも意味がわからなかった。ただ、人間失格を読んだとき「要するにゴミ野郎だよね」と思った記憶はある。これのどこがいいのだろうか、と真剣に思った。金閣寺は途中で放り投げた。
仕方が無いので、遊び人のおじさん(36歳、ヒモ)に相談した。面白い文学ってない?おじさんは「これを読め」と安部公房の「壁」を貸してくれた。世界がひっくり返った気がした。あの衝撃は未だに忘れられない。「S・カルマ氏の犯罪」「バベルの塔の狸」。まさに「衝撃」と呼ぶのにふさわしかったと思う。ようするに、文学とは衝撃なのだとそのとき俺は思った。「作者は何を言いたかったでしょうか?」という国語教育の呪縛から解き放たれた瞬間だったと思う。
おじさん、面白かったよ。とおじさんに本を返すと、次におじさんが貸してくれたのは
中島らもの「バンド・オブ・ザ・ナイト」と三島の「不道徳教育講座」だった。今思うと、中一に貸していい本では決して無いのだが。これらの本は「衝撃」という点では安部と全く比較にならないが、とにかく面白かった。中島らものラリった文章と三島と毒たっぷりのユーモア。おかげで、俺は加速度的に人生を踏み外していった。その後、叔父さんは叔母さんと離婚しどこかへ消えていってしまった。どこかで野垂れ死んでいるかもしれないが、元気ならいいな、と思う。
もともと、安部公房からスタートした読書遍歴だったのでとにかく「実存主義」というやつに俺は興味があった。
言うまでも無い、カミュである。「論ずるに値する議題は一つしかない、自殺である」(ちょううろおぼえ)のシジュポスの神話、なにより「異邦人」は安部以来の衝撃を俺に与えた。また、この頃俺の心を捉えたのはもう一つ、いわゆるビート文学である。ケルアック、ギンズバーグ、そしてバロウズ(これは中島らもの影響も強い)、そしてもう一つ。読書暦の長い人は次に何が来るか容易に予想が出来るだろうが、ドストエフスキーが直撃した。「カラマーゾフの兄弟」や「罪と罰」は当然として、俺の心をえぐったのは「貧しき人々」だった。あの主人公の愛すべきクズっぷり!誰も悪人はいないのに、誰もが加速度的に人生の谷底へ落下していく感覚。学校をさぼっては喫茶店でひたすら本を読んだ十代だった。しかし、サルトルに関してはさほどピンと来ていなかった。「嘔吐」が面白いとは全然思えなかったのだ。根っこをみたらゲロが出る、それで?といった感じだった。
この年齢になると読書に対する耐性もかなり固まっていたので、バルザックやゾラも読んだ、カフカも読んだ。ラテンアメリカ文学にも手を出し始めた。ボルヘスやマルケスも悪くはなかったが、なんといっても「ペドロ・パラモ」のファン・ルルフォが心を捉えた。セリーヌ、ジット、ベケット、クノー、ロブ・グリエといったフランス文学の一連の流れも好きだった。とにかく読みまくっていたことだけは覚えている。おかげで、センター試験の数学は4/200点だった。
そして高校を卒業した。この時期には熱心に小説を書いていたような記憶がある。だが、今読み返しても全く面白くもなんともない。無駄に重苦しい下手糞な文体、意味不明なストーリー展開、自意識過剰さだけがひたすら鼻につくクソみたいな小説だった。大学入試は願書を出すのを忘れた。家にもいられなくなり、家を出た。その後はなんか二年くらい働いた気がする。ある日ふと、立ち寄った本屋でテリー・イーグルトンの「文学とは何か」を読んだ。そうか、よし、文学理論をやろう!そう思って大学を受けた。北海道の片田舎で二年も働いただけあって貯金はそこそこあった。なんとなく某私大を受けたら受かった。奨学金を借りて、三畳間に住んで暮らした。死ぬほど楽しかったことだけは覚えている。図書館の充実っぷりと来たらすさまじいものがあった。幸せだった。いつまでもこうしていたかった。
大学の間は一生懸命研究をやったとしか覚えていない。卒業する頃、現実的に大学院はムリだと悟り就職した。その間に小さい文学賞や論文の賞を幾つか取ったけれど、デビューには全くつながらなかった。今はとある金融機関の出納担当をしながら小説を書いている。明日も早いから寝なきゃならない。何が言いたいのかさっぱりわからなくなったけど、とにかく小説っていいものですよね。人生って辛いですよね。そういうわけで、リンク先の増田にイーグルトン読めとお勧めしたいだけなんですよ。面白いよ。