はてなキーワード: 土地とは
持ち主が死亡して誰も相続しないで放置された住宅の解体を国が公共事業化すれば
土地を国有化して定期的に競売にかければいいし、解体屋や廃棄物処理業者などにも
お金が落ちるから経済も少しは回って誰も損はしなさそうだけど、そういったビジネスモデルって
具現化できないものかなぁ
ドイツは周囲の貧しい国の人間が出稼ぎにくる土地で。元々移民が多い国だからなあ
陸続きの国なんて大体そんな感じでみんな移動して儲かってるところで仕事するんだもんな。
都会は土地が高いなあ……せや!
子どもを生む若者自体がまともに人権保証された人生歩めてる自覚を持ててないのにそこに子どもを生んでもらおうと政策考えてるのがおかしいんだよ。
震度1で液状化するような土地に遊園地作って集客しようとするのと変わらん。
若者に幸せになってもらいたいと思ってない。産めばちょっと見返り与えてやってもええが?みたいな態度をぐずぐずの基盤の上でやってて馬鹿なのかな?と思う。
独身の否定、子なしDINKSの否定、性的マイノリティーの否定、別姓(というより男の姓に変えない女)の否定…とあらゆる人の人生選択を否定しまくって子ども産んでくださいはないやろ。
面積でいえば中の上の国が何故それなりに上位に居るのか
狙ってか、狙わずか、コンパクトシティを先取りしてたのかもしれない
もちろん、慎重に設計したら、もっと効率的な国(街)づくりが出来てたとは思うけど
ある意味では山林を捨て、地方はわずかな地場産業でそこそこ価値を見出し、
それ以外の産業は基本は三(四)大都市に集約させたってのが、勝ち筋作ったに見える
他の国でも成功してるとこはそんな感じなんだろうか
人口増加期には、そうやって無駄な仕事を作ることで雇用が生み出されて結果オーライだったんだと思う
駅前に何軒もコンビニとかスーパーとか要らないから統合したらいいと思った
人手不足は解消されるし、人件費が削減された分でコストも抑えられる
小~中規模スーパー3軒で賄ってた分を1軒に集約することになるから巨大な店舗が必要になったり
競争しなくなって安売りとかが減ったり……
なんだかんだで失業率が高くなった(特にパートタイムの働き口がなくなった)り、
色々ありそうだなぁ
結局色々探りながら落ち着くところに落ち着くんだろうけど
それにしてもコンビニは多すぎる
駅徒歩1分に某ソンがあって、歩いて5分でまた某ソンがあるのは便利にしようとしすぎてる
馬がレースや調教以外の日常送ったり、繁殖や子育てをする牧場は基本的にそんな儲かりはしない。
種馬を高い値段で沢山種付けする時に儲かるのは牧場じゃなくて、馬の権利を持っている馬主。
レースで稼ぐ金額なんてのは最高に当たりの馬でもたかが15億円程度。毎月数十万の養育費がかかり、引退したら大半は手放す。
馬で本格的に儲かるのは強い種馬を種付けして、更に強い馬ができるといいですねってガチャの部分。
レースで強い馬から確実に強い馬が出るわけじゃないから走れば強いけど繁殖で雑魚な馬もいるし、その逆もいる。
この馬ガチャをやったり、自分で牝馬たくさん抱えて血統を自分で作っていくような人たちは馬が好きだからやってる人たち。
金持ちの道楽かもしれんし、土地やコネがあって他に何も出来ないからやってる人もいて、それは上流社会みたいなもんとは関係ない。
サイバーエージェント(サイゲームス)がやってる事と、日本の個人藤田晋がやっている事を分けて考える所がスタートラインなんでまずスタートライン立ってくれ。
タイトルそのまま。
私はロシアがウクライナに戦争しかけたのみた時、メチャクチャ怖かった。今も怖い。
でも武器とか日本はウクライナに送れないし、募金くらいしか出来んし、食べて応援みたいなのもそもそも輸出が出来なくって、そんで私の住んでる地方の田舎にウクライナ料理のお店はない。
なんも出来ないなって。
この戦争は長期化するっニュースとTwitterでみて私もそうだなと思った。
ロシアも怖いけど、仕事的にコロナの方が身近でもっとヤバくて、このままウクライナの事は遠くの世界のことになっていくのかなって思って。
東野篤子先生のTwitterは前からよく見てる他の人が「フォローしてます」って流れて来てて、戦争はじまってからフォローはしてなかったけど良く流れて来た。
なんか細かい事は覚えてないんだけど、あーそうだよなーって思うツイートが多かった。でも、わかりやすい事書いてくれる人は警戒しないとってのも頭にあった。
ウクライナから避難してくる方のニュースみて、そんで私が勤めてる会社にもウクライナから避難してこられた方が勤める様になった。
私の勤めてる店とは全然遠い、都会の支店の話だったから、接点なかったけど、地方に避難される方もいて、もしウチの店で働くことになったら、どうしたらいいのかわからないって思った。
外国の人と一緒に働いたことない。時々駅で見かけるのは大学の先生とかそういう人か、水産加工とかタオルの工場とか、もっとしんどいトコで働いてるベトナムの人。
でも会社としては大々的に支援するって言ってて、どうしたらいいのかなって思ってた。差別したらダメだでも怖い。私も含めて日本はそんな外人さん暮らしやすいとこじゃない。でも大変な思いでここまで来た人らだし、何より悪く思われたくない。
ゼレンスキー大統領の演説で故郷に帰りたい気持ちってワードが響いたのね。
人がたくさん死んでしまう一番身近で新しい記憶は、自分にとって東日本大震災だったので。あれで、あー、この人らもそうなんやなー、一緒なんやなって思ったのね。
細かい言い回しとか違うかもだけど、その後、東野篤子先生のツイートで多分誰かの質問かつぶやきに答える形やったと思うんやけど、質問がこのまま戦争が長期化してったら国際社会も忘れて行ってしまうんじゃないんか?興味なくしていくんでは?みたいな質問だったと思う。
それに、これまた細かい部分は違ってたらすみませんなんやけど、東野篤子先生が逆の立場だったらどうか?って言ってて、自分たちの国が戦争で大変な事になってるのに周りから忘れていかれたらどう思いますか?私らが出来る事は興味を持ち続けることですって言ってて、それがホント当たり前のことなんやけど、あーそうやーって思ったのね。非難された方のインタビューでこっちに身内がいる方、娘さんとか息子さんが結婚したり仕事でおられる方がまさか日本にこんな形で来るとおもわなかったって言ってたけど、そうりゃそうだ、こんなメチャクチャ遠い全然言葉も違う国、なんぼ身内がおるからってそうそうこんやろ、身内がいる国やから多少の興味は持ってもらっててもあらーいつか行きたいねー観光したいわーくらいはあっても、避難って。ましては身内がおらん人だって避難して来とるわけやん。しんどいと思う。
日本でもし戦争が起きて、もうどっか避難せないかんってなって私がウクライナの人がおいでっていうてくれて避難することになったら、やっぱりしんどい。ウクライナの人がメチャクチャ良くしてくれても、言葉も違う生活習慣も違う、なんもかんも違う国に避難して、しかも日本にはいつ帰れるかわからん。やれんやろ、別にウクライナ嫌いじゃなくても帰りたいって思う。ゼレンスキー大統領が土地全部取り戻してから話をしてやるて言いよるのも当然やと思う。
帰るのも国じゃいかんよ、自分が住んでた、自分が生活しよったトコじゃないとしんどい。西に住んでる自分が日本帰れるけど、西は占領されてるから東京ね北海道ね(ごめん、ディスってるわけじゃない)ってそこでイチから食べていかんといかんて、ホントしんどい。言葉も全然ちがう。何もかもイチからよそもんから出発。自分が望んだわけでもないのに。
それからなんていうか、帰って欲しいって気持ちに折り合いがついた。この人らだって好きで日本に来て生活してるわけじゃないんや、家に帰りたい人らやろう。自分が逆ならそうや。相手が嫌いとかじゃなくて、誰でも自分の国や家が生活してた場所がそりゃ普通は一番なんやし、私は早く家に帰れるようにしてあげないかん、大事なお客さんなんやって思うようになった。
戦争してる間は興味を持ち続ける事が大事って他の先生らもTwitterしてて、しんどい時はちょっと離れる事もあるし、やっぱりコロナの方が身近で職場も家族もそれでいっぱいいっぱいやし私もちょっとあって、ウクライナに興味持ち続けようよって感じの話は全然出来んけど、今はずっと興味を持ってニュース追う事しかできんからする。戦争はいつの間にか始まったって言いよった、日常の延長だから次は日本かもしれんって怖さもあるから、怖いけど。
東野篤子先生のツイートはこれだけじゃなけど、あーそうやなー今こんなんなんかーって気づいたりすること多い。だからとてもありがたいしめっちゃ助かってます。
土地を買って家を建てろ。分譲マンションじゃダメだ。それはお前だけの土地でも建物でもない。
できればギチギチの建売とかではなくて隣家との距離が取れるほうが良い。そこはお前の土地と建物なので他人に文句を言われる筋合いはないが文句を言う輩もいる。メンタルが弱いと辛くなるので不安は事前に排除しろ。
お前の土地の上に建ったお前の建物は紛れもなくお前の居場所だ。
そして会社を立ち上げろ。登記の住所はお前が建てたお前の家にしてしまえ。
できれば人を雇え。今度はお前がだれかの居場所を作る番だ。
金が足りないなら貯めろ。自分の居場所を作るまで、という期間限定で考えれば他人の居場所を借りるのも耐えられる。
最後まで他人の居場所に間借りして生きても別に良い。借りるのは悪いことじゃない。そもそも我々は宇宙から居場所を借りて勝手に所有権を設定している。
地名も分からない、土地勘も無い所で、なんで地元民向けのサービスである路線バスを使おうとしてるんだ。
主要な観光地ならタクシーが捕まらないなんて事は無いし、最近は田舎でもスマホの配車サービスに対応してるとこが増えてきてる。
コロナのせいでタクシー業界も厳しいから、最近のタクシーの運転手さんめっちゃ丁寧だし、ちょっとしたガイドもしてくれるぞ。
時間に追われて常にストレスに晒されてる上に薄給の路線バスの運転手に、なんで自分から関わろうとするんだ。
それに観光が盛んな地域だと主要な観光地を巡回する観光客向けの循環バスを走らせてるところもある。
ああいうのだったら基本的に料金は固定だから、バス代がいくらか分からないなんて事もない。
毎日決まったところから乗って、決まったところで降りる、そういう人達が使う乗り物だ。
路線バスの利用者が重視するのは、バスの使いやすさや料金体系の分かりやすさじゃない。
なによりも運賃が安い事を重視してるんだ。
たかが10円と思うかもしれないが、毎日の通勤通学に利用している人間からしたら10円でもバカにならない。
地方じゃ最賃ギリギリで働いてる人が多いし、その最低賃金にしたって東京より大分安い。
たとえ定期券の利用で多少割引があるとしても、かなり痛い。
その為、地方のバス会社は運賃を可能な限り上げない事を最優先にして経営してる。
バスの運転手の待遇が悪いのも、やたら古いバスがいつまでも走ってるのも、分かりにくい運賃箱がそのままなのも人件費や設備投資の原資となる運賃を上げられないからだ。
つまり地方の路線バスは利用者の声をちゃんと聞いているからこそ、ああいう初見の人にわかりにくいサービスになってるんだよ(とはいえSuica使えるところは徐々に増えてるけどな)。
おそらく、いずれ各地の路線バスは自動運転の無人バスにならざるを得なくなるだろう。
全国的に料金体系や乗り方などが統一されるとしたら、そのタイミングになるんじゃないかと思う。
ただ技術的な課題を考慮すると、最低でもあと10年くらいはかかるだろうな。
それでも、どうしても路線バスで観光したいっていうのならスマホを活用してくれ。
専用アプリまで用意してるところは少ないが、大抵の場合、各バス会社は行き先検索を自社サイトに用意してる。
コロナ禍以前は外国人観光客もスマホで調べて路線バスを利用していた。
それから何か分からない事があった時、外国人観光客は積極的に他の客に質問してたな。
よっぽどじゃない限り、それくらいは教えてくれる。
とか考えていたとき、ふと思い出した。
私が小さい頃に遭遇した変質者たちはまだこの町にいるのかな?
始まりはもう30年近く前だけど
人生の中で、この町で、5回変質者に会っている。
参考になるか分からないけど一応手口とか書いてみるね。
①道に迷ったお兄さん
初遭遇にして一番悪質だった。
口頭で伝えても分からないって言われて
当時小1で人を疑うことを知らない女子だったので
友達と共に素直に目をつぶったら
②陰部を落としたお兄さん
写っているのがおちん○ん。
『あれおち○ちんだったよね?』って言われた。
③唾液の研究をしているお兄さん
しかもこの人はすでに男子数人のをゲットしていた。(男子もその場にいた)
中1の部活帰りの暗い夜道で、
今までの人は若めだったけどこれはおじさんだった。
すでに変質者慣れしていたのでスルー。
⑤自転車往復お兄さん
向かいからチ○コだして自転車に乗った人(服は着ててズボンから出してる感じ)が
携帯見て、気にしてないふりしてたけど、
早足で人通りのある道に向かったけど4回すれ違った。
(ちなみにこの人イ○パルスの堤○に激似すぎて、申し訳ないけど今でも○下嫌い)
帰宅中に後をつけられてるな〜とかはあった。
性犯罪って身近だよね?
って感じだった気がする。
n=1だからなんの参考にもならんけど
下校中の低学年が狙われやすいのか。。。
①とか③とか、そんなん引っかかる?って思うけど
現在50代〜60代になっているとして
まだ変質者やってるのかな?
捕まったり性欲が衰えたりでもうやってないといいのだけど。
我が子が小学生になった今、
この人たちがまだこの町にいるかもと思ったら
なんだか怖くなってしまって。
『死ぬまで現役です!』とか言われたら落ち込んじゃうな。
『30年も前の話でしょ?時代が違いますよ』って言われるかな。
私もそうであって欲しい。
まあ一番は、全員死んでてほしいわ。
***思い出し追記***
そんな奴もいたなと思い出してしまった
多分高1、高校まで徒歩通学してたんだけど
すれ違いざまに下ろしてる方の手と軽く当たってしまい。
とっさに『すいません!』て言って
ぶつかった箇所を見たら白いアワアワが。。。
ああ、、、臭いが唾液、、、おえっ
ちょうどいい女子とすれ違うのを狙っていたのか、、、
他にもどんどん埋もれた性被害出てきそうな気がしてる
祖父は田舎じゃ規模のでかい建設会社の創業者で叔父と叔母の婿がそこの社長、父は地方銀行員って感じの家庭で育った。小さな頃から祖父の家に行くとよくヤクザさんが来てた。ヤクザって言っても三次団体の小さな組。祖父が満州から引き揚げて建設会社を起こす前に、土地を失った地主たちのために元の小作人から無理矢理小作料を取り立てる仕事をして稼いでおり、その時からの付き合いらしい。
親分さんと祖父は県会議員や地元選挙区議員の後援会の人、県庁の職員や父の上司の銀行の人を連れてきては両脇から肩を組んで酒を飲ませ、色々困らせていた。
俺が好きだったおじちゃんはそこのヤクザだった。小さな頃はよく祖父や叔父、親分さんにからかわれて泣かされていたんだけど、そのおじちゃんは物静かで「これ食べるかい?」と刺身なんかを食べさせてくれた。話し方とかも子供扱いしてこなかったので好きだった。そのおじちゃんの「親分どうも」という挨拶と独特のおじぎが好きで小さな頃からよく真似していた。祖父や親分さんは笑っていたが、父や母は良い顔をしなかった。大人になってから知ったが賭場開帳や強盗殺人未遂の前科があったそうで、そりゃ両親的には子供が懐くのは嫌だったのだろう。
俺が中学受験のために母と上京するタイミングで組が解散した。親分さんが高齢になったのと、ヤクザへの締め付けが厳しくなり始めたタイミングだった。
それ以来おじちゃんは親分さんから譲ってもらった喫茶店と雀荘をやりながら独りで暮らしていた。奥さんと子供はいるけど何年も会っていなかったらしい。
大学に入った最初の夏休み、帰省した際にその雀荘に地元の友達と行った。アルバイトのお姉さんだけがいて「店長来ないんだよね」と言っていた。心配になってお姉さんとアパートに行くと、そこで亡くなっていた。着替え中に脳梗塞で亡くなったようで、服を脱ぎかけたまま倒れていた。
お通夜とお葬式には行けなかった。両親からダメだと言われたし、その頃は祖父も叔父や父から強く言われてヤクザとの関わりを絶っていたから。葬式のあった夜はとても悲しい気分で過ごした。それから雀荘で両親には内緒でこっそりお別れ会をした。祖父、俺、友達、バイトのお姉さん、元親分さん、元組員さん、おじちゃんの恋人だったスナックのママなどが集まった。それからしばらくして親分さんも祖父も亡くなった。
最近地元の繁華街で覚醒剤を巡る半グレの乱闘騒ぎが起こったそう。祖父が親分さんに「そろそろ引退して解散しろ」と言った際に親分さんが「この辺でシャブ売り出すやつが出てくるぞ」と言っていたが、その通りになったんだなと複雑な気分になった。