■楡の歌
一筋の樹木がそこにはあった
その樹木の陰に、寄り添うように一人の人がいた
その樹木の名前を、その人は知らない
今、その場所にその樹木はない
その人もどこかへと行ってしまった
その場所を訪れることももうできない
もう存在しない土地に、存在しない樹木、存在しない誰か
戦争があったわけではない
爆弾が降ってきて、地面を燃やしたわけではない
誰かが海を枯らしたのではない
誰かが目を閉じたのでもない
夢を誰かが払ったのでもない
そこには昔、一筋の樹木があった
そこには一人、寄り添って眠る人がいた
そんな場所が、昔はあった
土手の道を自転車で進みながら、そんなことを考える
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