はてなキーワード: ファシズムとは
トラバの反応がつまらん。もう少しわかりやすく書くべきだったか。反省。
肝心の問題についての議論はどうしたよ。「子供がうるさい問題」だよ。
このまとめだけだと「大人が子供に暴言はいて許されるか」問題じゃないか。そんな結論分かってる部分はどうでもいいんだよ。
未だにこの問題で万人に共有されている常識があるなら、問題なんてそもそもおこってないだろ?
うるさいと感じた時、どう対応すべきか、それについて受け手側はどう受けるか。
どうやれば一番衝突時のショックを減らせるかというクッションの構築とか
どうすればスムーズに話がススメられるかっていうプロトコルの設定が礼儀であり常識の役割だろ?
全然できてねーじゃん。この状態で「常識」を語るのって、そりゃお前の意見の押し付けに過ぎねーだろうが。
というかさ、何これ。
gnt カスが。お前の心の平安と、子供が歌う自由を天秤にかけるつもりかよ。
誰であろうとも「子供が歌う自由」を制限していいはずがない。公共? 迷惑? クソ食らえ
子供に寛容を通り越して子供様憐れみの例状態になってる奴とか見ると何考えてんのか分からん。
子供は犬か。なん歳児を想定してるんだよ。そして、そもそも抗議の自由しか無いとか何考えてんの?
禁煙ファシストに飽きて、今度は子供様ファシズムに傾倒中なの?ナチなの?死ぬの?
どうせこういう子供の味方みたいなコメ書く奴に限って、しつけやら教育の行き届いてない厨房にはマジギレするんだろうがよ。
まず子供でも何でもバスで歌うのはありなのか? 無しだと思わないか?
で、基本的にはだめだけれど、子供だから許してやれよって話になるなら、線引きが必要だろ?
「子供」なんて曖昧な言葉でいうなら、そりゃ成人するまでこどもだぜ?親にとっては、そいつは一生子供なんだぜ?
「子供だからゆるしてやれ」っていう曖昧な理屈付けは百害あって一利なしなんだよ。
基本的に教育はその親がやらないといけない。
その親は教育の指針として、ある程度社会で合意がとれた条件を参照する必要がある。
んだから、そこで他人ごとだからといって「子供だから許してやれ」みたいな曖昧な話をしてるのは馬鹿げているにも程がある。
そういう無責任な発言を大人がしていると、参照するべきものがない親はそれぞれにマイルールを適用してしまう。
よそに対しては大人だろうが子供だろうが容赦なく厳しいくせに、自分の子には甘甘みたいな間違った親が今の時点でも沸きまくってるだろう?
いい大人が自分に責任がないと思って、「子供」というものを曖昧に捉えて、無責任になんでもありの状態を作っちゃダメだろ?
それはまず親にとっては途方に暮れる様なことだし、最終的には子供にとっても良くないよ。
人間は二種類いる。
バカと利口だ。
劣等と優等、と言い換えてもいい。
奴隷は全員バカで劣等だ。だが、優等の中には奴隷と支配者がいる。
優等の中にいて、バカを馬鹿と見分けられ、バカを操るすべを知っているのに、奴隷に落ちる、優等の中のバカもいる。
劣等と優等は、別の種、と言ってもいい。劣等な人間には見えないモノが、優等な人間には見えている。
逆に劣等な人間は、優等な人間の前では丸裸になっている。ケツの穴まで見られている。ただ、ケツの穴を見られても劣等な種は恥ずかしさを感じない。家畜が尻を晒しているように。人間はそもそも気づかないか、気づいたら目をそらす。劣等な種が晒しているケツから目を逸らすのは優等な種である。
これは能力であって、優等な種が劣等な種に対して迫害したとか、何らかの操作をした、というわけではない。
ライオンは最初から兎を足止めする眼力をもっている。これは遺伝子に刻み込まれた能力であって、「努力」によって勝ち取られたものではない。
(というより、「努力」という言葉自体に幻想を抱けるからこそ奴隷は奴隷である証拠だ。そして、奴隷が抱くその幻想が、経済を動かしている)
こういうことを言うと、ファシズムがどうとか、ナチがどうとか、ガチで言い始める奴がいる。
「劣等遺伝子を持った人間を虐殺するのか!」「オマエのような差別主義者は許せない」と。
結論から言えば、ナチスとは、優等な種をジェノサイドした、劣等な種の集まりだ。
劣等な種が集まり、優等な種のなかの一部にそそのかされ、他の穏やかな優等な種を虐殺するときの欺瞞として、「(ほんとうは劣等な種だが)オレ達は優等な種であり、(ほんとうは優等な種でかなわない相手なのだが)劣等な種は有害だから滅ぼす」という言葉を創りだした。
この言葉すら、たぶん優等な種のうちの一部が創りだした言葉だろう。劣等な種に言葉を紡ぐ能力など無いし、能力があればそれは優等な種だ。
そして、先ほどの「オマエは差別者だ」と言っていたような奴が、先頭を切って虐殺を行い、「わたしはこんなに苦しい思いをしながら、しかし大義に報じるため、しかたなく屠殺を行っている。おお神よ」と舌を出していたのだ。
優等な種は、家畜をむやみに殺さない。
劣等な種だけが、虐殺という経済行為(これは経済行為の一種だ)を行う。
優等な種が憂うのは、劣等な家畜たちの反乱である。その反乱は、優等な種を滅ぼしたあと、劣等な種を激しい自死に誘う。内ゲバ、粛清、リンチ、処刑。
ロンドンで暴動があった。家畜の暴動だ。その前にフランスで暴動があった。家畜の暴動だ。
ハリケーン・カトリーナがニューオリンズを襲った。優等な種も劣等な種も被害にあった。そして、つかの間、「ユートピア」が現れたが、教育を受けた劣等な種が、怯えから大虐殺を行った。
劣等な種は、怯える。不安を紛らわせるために、建設的で地道なこと以外のあらゆることを行おうとする。
劣等な種が怯えている。彼らは奴隷の一揆を起こそうとしている。彼らは「自分たちは報われるべき人間なのに、このように不安を抱えている状態は許せないしそれは支配者が悪い」を合言葉に打ち壊しを始め、やがてその打ち壊しが自己目的化する。
優等な種は憂いている。
わたしは穏やかな劣等種なので、このような駄文を書いて自滅を避けることを(それはできないが)呼びかけることしかできない。
http://anond.hatelabo.jp/20110823091052 読んだ。
最初に騒いでいた人たちと今騒いでいる人たちはセグメントが違うんじゃないか。
特に芸能人(たむらあつし、おかむらたかし、ビートたけし)が「嫌なら見るな。」と発言した頃から。
「嫌なら見るな? おいおい、そりゃねーだろ、マスコミさんよー」
みたいな感じで。
韓流ゴリ押しはスルーしていた人たちも、この芸能人の傲慢さは見過ごせなかった。
そして今までうやむやにしてきた電波利権、利潤一辺倒の企業体質、コンテンツの公共性についての不満が一気に噴出した。
メディア批判へと変遷したのはメディアに原因があったからで、差別意識とは関係ないだろう。
集団の中にはさまざまな思想を持つ人たちがいるのに、それを十把一絡げに民族差別者と断じる輩の方が、将来、全体主義(ファシズム)の尖兵になりそうで怖い。
国を愛するのはよいが、熱狂的なナショナリズムはたいていの場合ファシズムを伴うから嫌いだ。
自分たちを同じように愛し、同じようにやり、同じような反応をしなくてはいけないように言ってくるのが気持ち悪い。
そもそもからして、その地位に必要な共同体への義務さえ果たせば、そんなことを他人に強制されるいわれなどないはずなのに。
彼らはまるで、学校でヒステリックに叫んでいた女学級委員長のようだ。
なんでまた、学校時代のような度を逸した共同意識への強制を叫ばれなくちゃいけないのか。
なにより気にくわないのが、みんな一緒じゃなくちゃいけないという意識だ。
普段の時には、そっちから一緒になるのを拒否してはぶっておいて、そんなことを言い出す。
そちらから手を払っておきながら、手を繋いでない奴がいるとか言い出す喜色悪さ。
その話は置いておいても、最近のナショナリズムというのは、バカにする文化から来ているような気がしてしまう。
愛していると言うよりも、寄っかかっている。
だいたいからして、最近の日本人は中国人化、韓国人化が進んでいるように見える。
中国人や韓国人が帰化した日本人が増えたという事じゃなくて、日本人が三国人化してる。
ちょっと前までは中国韓国人しかやってなかったことを、カウンターとでも言うかのように、同じようなことをして返している。
将来を考えないただ叫ぶだけの浅薄な愛国心。薄っぺらい自尊心。
貧民のような守銭奴根性。村農民出のような強制する共同体主義。
昔は脱亜して入欧しようとしてたのに、わざわざアジア式に染まっていって、なんの得があるのか。
「6.11新宿・原発やめろデモ」において発生した、20歳学生に対する集団リンチ
「6.11新宿・原発やめろデモ(http://611shinjuku.tumblr.com/)」において、20歳の学生に対する、集団リンチ事件。
「ヘイトスピーチに反対する会」有志
柏崎正憲 栗原学 常野雄次郎(@toled) ほくしゅ(@hokusyu82) 山口素明 ほか2人
残念ながら
自分の説得力の無さを言葉の威力で補うヤカラがいっぱいいすぎて
自由も人権も市民もファシズムもナチスも差別もほとんどの言葉は神通力が大幅に減じるか、胡散臭い副イメージがついてしまった。
本当にそういう言葉が指し示す概念を大事にする、もしくは重大視する人は
それらの言葉を大事にして、1ミリでも言葉の威力を増した状態で次の世代に手渡すべきだったんだけど
実際には言葉を振り回して使い倒してスッカスカにしてしまうから
もうみんなそんな言葉聴いても笑うだけだし、次の世代に受け取り拒否されることまである
威力を減らさない・増やすやり方も一応書いておくと
それはもちろん「決して鞘から抜かない」ことに他ならない。
鞘から抜かない状態で示す、もしくは鞘すら表には出さないで示唆する…
まあそんな芸出来る知性があったらそもそも振り回さないだろうけど。
(なんか例が政治的な用語ばっかりになっちゃったけど、政治と関係ない日本語もそうだよ。
たとえば「号泣」なんて、大の男がウワワワーッ!て泣くような、見てる人間全員が怖くなるようなものを本来指す言葉なんだけど
テレビで女性タレントがくっだら無いことでメソメソ嘘泣きするのを「号泣!」って宣伝欄に書くようになって随分過ぎてしまった
言うでしょ、綱紀粛正って。
組織に属しているくせに組織を愛せない、組織の命令に従わないような人間は組織から締めだすべき。
あと、飲み会やプライベートでこぼした愚痴なんかは密告すると昇進の判定に良い影響が出る、というのもいいではないか。
っていうのが俺の理想で、どの組織にも属せない反社会分子をあぶり出し、見せしめに殺すところまでいければいいなって感じ。
というか、ファシズムだ北朝鮮だっていうけど、北朝鮮って国家間の協調体制に協力しないから糾弾されてるだけでしょ。いつミサイルぶっぱなすかわからないアキバの加藤みたいなのが北朝鮮。国歌で起立しない教師みたいなのが北朝鮮なんだけどさ、そういうの持ち出してる人ってほんと頭悪いよね、誰とは言わないけど。
俺はそういうの抜きにすれば北朝鮮は嫌いじゃないよ。喜び組とか軍隊の行進とか美しいじゃない。ああいう整然とした美は大事だよ。日本の自衛隊ももっとそういうとこアピールすればいいのに。
こんにちは、愛国的恋愛マネジメントを専攻しているアメノウズメ嬢です。私は学歴も知識もありませんしブスですが、恋愛に関してはプロフェッショナルで愛国者。今回は、モテる愛国系女子力を磨くための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。
あえて2~3世代前の憂国本を持参するようにしましょう。そして飲み会の場で好みの男がいたら話しかけ、わざとらしく憂国本を出して読み上げてみましょう。そして「あ~ん! この『日本改造法案大綱』本当にマジでチョームカつくんですけどぉぉお~!」と言って、男に「どうしたの?」と言わせましょう。言わせたらもう大成功。「戦前右翼とか詳しくなくてぇ~! ずっと雨宮処凛や赤木智弘とか批判してきたんですけどぉ~! 北一輝は右翼なのに労働基準法もびっくりするほど労働者の権利を保障しているんですぅ~! ぷんぷくり~ん(怒)」と言いましょう。だいたいの男は新刊の憂国本を読みたがる習性があるので、古かったとしても『国民の歴史』あたりを読んでいるはずです。
そこで男が「晋遊舎本は読まないの?」と言ってくるはず(言ってこない空気が読めない男はその時点でガン無視OK)。そう言われたらあなたは「なんかなんかぁ~! 最近、外山恒一が右翼雑誌を出したんでしょー!? あれってどうなんですかぁ? 新しいファシズムらしいんですけどわかんなぁぁああい!! 私かわいそーなコ★」と返します。すると男は「外山恒一でしょ? 根は左翼だよ。本当に良くわからないみたいだね。どんな本を読みたいの?」という話になって、次の休みの日にふたりで憂国本選びのデートに行けるというわけです。あなたの女子力が高ければ、男が『ゴー宣』全巻を買ってくれるかも!?
「目立ちたい」とか「人気者になりたい」などを表現する【拡散希望】を伝聞情報に付け加えてコメントすると、Twitterの低脳ユーザーは「なんだってーっ」や「これはひどい」と思って公式RTしてくれます。インターネット上では現実世界よりも怒りが増幅されて相手に伝わるので【拡散希望】を多用することによって、低脳はあなたを社会派で意識が高いと勘違いしてくれるのです。そういうキャラクターにするとほぼ絶対に荻上チキに嫌われますが気にしないようにしましょう。
3. とりあえず男には「えー! なにそれ!? 天誅ですっ! 殺しまーす♪」と言っておく
飲み会などで男が女性に話すことといえば中国や韓国の悪口ばかり。よって、女性にとってどうでもいい話ばかりです。でもそこで適当に「へぇー在日なんですかぁ~?」とか「よくわかんないですけど売国奴ですねぇ」と返してしまうと、さすがの男も「この女ダメだな」と気がついてしまいます。ダメ女だとバレたら終わりです。そこは無意味にテンションをあげて、「えー! なにそれ!? 天誅ですぅ! 殺しまーす♪」と言っておくのが正解。たとえ興味がない話題でも、一人一殺の行動する保守でその場を乗り切りましょう。積極的に国賊を誅する女国士に男は弱いのです。
いろいろと話を聞いたあと、「〇〇は〇〇で、〇〇が〇〇なんですね! 覚えたぞぉ! 天誅天誅!」とコメントすればパーフェクト。続けて頭に指をさしてくるくる回しつつ「朕惟フニ我カ皇祖皇宗國ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹ツルコト……」と言って、「どうしたの?」と男に言わせるのもアリ。そこで「私の精神は、神武国祖の創業、明治大帝の革命に則るのでありますっ☆」と言えば女子力アップ! そこでまた男は「この子ほんものの国士かも!?」と思ってくれます。私は学歴も知識もありませんしブスですが、こういうふうに本物の右翼ぶれば、知識がない私のような愛国女子のほうがモテたりするのです。男は天誅が怖いですからね。
男とレストランに入ったら、真っ先にパスタなどの小麦粉を使った料理を探して「あーん! 私これ食べられないんですよねぇ~(悲)」と言いましょう。するとほぼ100パーセント「どうして? 嫌いなの?」と聞かれるので、「嫌いじゃないし食べたいけど食べられないんですっ><」と返答しましょう。ここでまた100パーセント「嫌いじゃないのにどうして食べられないの?」と聞かれるので、うつむいて3~5秒ほど間をおいてからボソッとこう言います。「……だって、……だって、お米を食べなかったら農家が死んじゃうじゃないですかぁっ! 自民党の新人議員かわいそうですぅ! まだ本格的保守政治家になっていないのにぃぃ~(悲)。郡部で票を稼ぐこととすらできずに新自由主義的政策で都市部での集票を目指すのですよ……」と身を震わせて言うのです。
その瞬間、あなたの女子力がアップします。きっと男は「なんて天照大御神のようなコなんだろう! 絶対にゲットしてやるぞ! コイツは皇大御国の女だ!」と心のなかで誓い、あなたに惚れ込むはずです。意中の男と付き合うことになったら、そんなことは忘れて好きなだけパスタを食べて大丈夫です。「食べられないんじゃなかったっけ?」と言われたら「親米保守になった」とか「脱亜入欧」、「経済を軽視するとは言ってない」と言っておけばOKです。
電池やランタンは売り切れ。
夜停電になったらかなり困る。
米やトイレットペーパー、水なんかも手に入らない。
とはいえガス水道電気といったライフラインも(計画停電を除けば)問題なく来ている。
家や家族を失い、未だ不安の中にある被災地の皆さんのご苦労を思えばその位なんでもないだろう。
でも実際多少なりとも不便さを感じているのだから、少々愚痴りたくもなる。
しかし今ツイッター等でそれを口にするのははばかられる雰囲気だ。
「贅沢言ってんじゃねえ。」
「おまえらに電気送るために被災地が計画停電に巻き込まれてんだぞ。」
「おまえらが買い占めるからこっちに物が回ってこねーんだよksg」
等々、いろいろ言いたいことはあるだろう。
だがこっちも生活がある。
懐中電灯と電池位買いたくなるだろうが。
それとも暗くなる前に全ての仕事を終わらせろとでも?
被災者から見たら「被災していない奴から見たら所詮他人事だろ」って言うだろうな。
はっきりいう。悪いが他人事だ。
今は外食屋が通常営業だから特に食料品は買い占めないが、いよいよ食うに困る状況になったら買い占めるだろう。
被災者に聞きたいが、もし逆の立場なら全てを被災者に捧げられるのか?
こんな風に書くと血も涙もない鬼のように聞こえるかも知れない。
少々愚痴位言ったってバチは当たらないだろ。
つーか既に重点的に被災地へ物資が送られているんだろ?
実際どれだけの非被災地民が「買占め」してんのかよ?
むしろ買占めてんのは(軽度の)被災地の奴らじゃないのか?
おそらく名目上は独立を保つのだろうが、経済的、社会的、政治的、そして、もしかしたら軍事的に、
具体的な内容は、こんな感じ。大きな五星紅旗をそれぞれ手に持ち行進する中国人らしき集団が見える。
ここで場面が変わり、東アジアの地図が眼前に表れた。中国の領土が真っ赤に染められている。
左上のほうには金の星が見える。どうやら、国旗の五星紅旗が中国の領土の形に描かれているらしい。
すると、中国領の赤い色が下方に染みてゆき、ラオスの縦長の領土を完全に赤く染めてしまった。
地図は好きなほうだが、ラオスが中国と国境を接していることは、このときまで不覚にも忘れていた。
でも、その赤くなった国がラオスだということは、どういう訳かインスピレーションで分かった。
晴れてラオスは中国の一部となり、この小さな国の出来事をきっかけとして、国際社会は衝撃を受け、
これまでの中国への見方を改めざるを得なくなる。そうした事が全てテレパシーのように伝わってきた。
かつての大日本帝国ほどではないにしても、現在の中国の本質は帝国主義であり、ファシズムなのだ。
「行って警告しなさい」
声のような思念のようなメッセージで、そう訴えかけられるのを感じた。
最後に、「ラオスがなぜか中国に併合される」と、自分がPCに向かって打ち込んでいるところで、
その奇妙な夢は終わった。
これは、いわゆる予知夢なのだろうか。東南アジアで中国の影響力が急速に強まっていることは、
あの地域の事情に疎い自分でも知っていた。今年の初めにも、ラオスの地デジ放送が中国政府や
資本の協力で始まったという話を、WBSで見たばかりだ。これが潜在意識に影響したのだろうか。
それでも、まさか国の併合にまで話が飛ぶとは…。
自分は、右翼のような中国脅威論者ではなく、中国との関係はどちらかと言えば楽観的に見ていた。
とくに、中国の諸々の問題は体制によるものだと思っていた。けれども、そう単純ではないらしい。
体制という「上」からの影響だけでなく、大衆心理という「下」からの作用もあるのかもしれない。
つまり、大衆の即物的な欲望であり、愛国心教育、民族主義教育で植え付けられた自民族中心主義だ。
冒頭の五星紅旗を掲げた中国人と思われる群衆は、そうした大衆心理のメタファーのように感じられた。
中国との交流が進むことは善いことだ。中国を変えられるものは、隣の日本との交流以外に無いだろう。
排斥は、より強い憎悪として返ってくるだけだ。そもそも、もはや中国なしで日本の経済は成立しない。
でも、目先の利益だけを考えて中国依存を進めていけば、夢で見たラオスのようになるのかもしれない。
日本は、もっと色々な国と深く付き合うべきという事なのか。例えば、他の新興国であり、EUであり、
隣の韓国やロシアだ。ちょうどこの夢を見た25日、思いがけず、ASEANの外相らが陸路でラオスを通って
中国詣でに出掛けたらしい。とくに、ラオスは、資源があり、ここ数年、中国の援助や投資が凄いようだ。
ちなみに、自分としては、ラオスの夢よりも、この夢が終わった後の神秘体験のほうが印象に残っている。
目が覚めていて、意識はあるのだが、身体が動かない。部屋はほぼ閉めきっているはずなのに、
何か風のようなものを四方から強く身体に吹き付けられている感覚がする。これが暫く続いた。
科学的に説明できる錯覚なのかもしれないが、自分にとっては恐怖体験としか言いようがなかった。
自由 リバタリアニズム 政治 多様性 社会主義 日本 考え パターナリズム
bradexさんが、ナチスの「25か条綱領」というのを紹介している。
ウィキペディア - 25か条綱領
http://ja.wikipedia.org/wiki/25%E3%82..
<25か条綱領(独: 25-Punkte-Programm)はナチス党(国家社会主義ドイツ労働者党)の党綱領。1920年2月24日、ミュンヘンのビアホールホフブロイハウスで採択された>。
その25か条綱領には、次のようなものが含まれている。
・我々は、老齢保障制度の大幅な強化を要求する。
・我々は、健全な中産階級の育成とその維持、および大規模小売店の即時公有化、小規模経営者に対するその安価な賃貸、全小規模経営者に対して最大限考慮した国家・州または市町村に対する納品を要求する。
・我々は、我が国民の要求に適した土地改革、公益目的のための土地の無償収用を定める法の制定、地代徴収の禁止と土地投機の制限を要求する。
・我々は、公共の利益を害する活動に対する容赦ない闘争を要求する。高利貸し、闇商人等の民族に対する犯罪者は、宗派や人種にかかわらず全て容赦なく処罰される。
・我々の要求をすべて実行するために:国家の強力な中央権力の確立。中央議会の国家全体および組織一般に対する絶対的な権威。公布された国家の大綱的法規を連邦各州において実施するための階級・職業別の団体の形成。
これを大雑把に言い直せば、「大企業は儲けすぎだからもっと税金を取れ」「老人への保障をもっと手厚くしろ」「大きな店は潰して、小さな店だけにしろ」「不動産を貸したり転売して儲けることは許さない」「高金利の金貸しは許さない」といった話だから、いまの日本でもよく言われているような話である。
これがナチスの綱領であることを隠して、「このような政党があったら支持するか?」というアンケートをもし日本でやったら、支持する人はかなりいるのではないか。「立派な考えだ」「なかなかいいことを言っている」といった反応がおそらく続出すると思う。
ナチスについて少し調べればわかることだが、ヒトラーは「ただの極悪人」ではない。ユダヤ人への弾圧や虐殺などがひどいのは言うまでもないが、上記のように、政策の方向性としては「左翼的な正義」が基調である。いわゆる「悪人」というよりもむしろ、「使命感に燃えた善人」に近いといってもいい部分がある。
実際、ヒトラーは自分が「善」だと強く確信していたからこそ、権力を握ることで「悪」を撲滅しようとしたのだろう。そして、それに一定の説得力があったからこそ、支持を集めて、権力を得ることができたわけだ。
もちろん、ナチスの政策だから全部間違っているということにはならないし、ナチスの政策にも正しいものはあるかもしれない。重要なのは、ナチスの政策が正しいか間違っているかというよりも、「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方そのものが危険だ、ということなのだ。
正誤・善悪によらず、何かを他人に「強制」するという考え方にこそ、全体主義やファシズムへの萌芽がある。何かを他人に「強制」してもいいと考えている人は、自らの無謬性(誤りがないこと)をまったく疑っていない。自らの正しさを確信すること自体は問題ないのだが、それを「他者に強制する」ことから問題が生じる。
自由主義やリバタリアニズムがこの「強制」を嫌うのは、何が正しいのか、何が善なのかということに関して、唯一の絶対的な基準があるということを疑っているからだ。自由主義者やリバタリアンは、つねに異なる意見、異なる価値観を共存させ、多様性を認めることで、社会は発展するし、また社会は安定する、と考える。
自由主義者が政府より市場を好むのも、政府は「強制」するものであり、市場は「自由」な取引で成り立つものだからだ。
私の見たところ、日本というのは「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方がわりと強い国だと思う。そういう考え方の人は、たいてい「悪人」ではなく、むしろ「善人」だったりする。「いい人」なわけだ。しかし、他人に「強制」すべきでないということや、異なる考え方をあえて共存させる「多様性」の重要性については、あまり理解されていないように感じる。
菅首相なども、「善人」なんだけど、「強制」することが問題だとわかっていない人の典型である。左翼的な考えの持ち主はわりとこのパターンが多くて、弱者を思いやる「善人」なんだけど、「強制」することでどういう問題が生じるかがわかっていない、と感じられる場合が多い。こういう人は、弱者を思いやるのはいいのだが、その一方で、金持ちや経営者を「悪」だと決めつけてしまいがちだ。
「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方は、まさに「パターナリズム」である。それは、親が子供に対しておこなう場合であれば許されるだろうが、社会のなかで他者に対して「強制」をおこなうことは許されない。しかし、この「強制」が唯一、合法的に許されているのが政府である。
よって、政府は「これは善なのだから、他人に強制してもいい」という考え方の危険性や副作用をよく理解して、どうしても「強制」を行使しなければならない場合にのみ、きわめて慎重に行使すべきなのだが、日本政府はそれをあまり理解しているようには見えない。最近また大店法の話が出てきたりしているのを見ても、「これは善なのだから、他人に強制してもいい」ということを、むしろ無邪気に信じているかのようだ(特に民主党は、以前からこの傾向が目につく)。その規制が経済をブチ壊すことを理解できないのだろう。それも経済産業相が、である。
民間人は「ゲームプレイヤー」であり、政府は「ゲームデザイナー」である。企業や民間人は、政府のような「強制」力を一切持っていないのだから、社会問題になるような「構造」問題に対しては、企業や民間人には責任が生じようがない。これは「システム」の問題なのであり、よって責任があるのはもっぱら、「強制」力によって制度設計をおこなった政府である。それなのに、民間の企業を「ワルモノ」扱いして、その行動をさらに規制すれば問題が解決すると考えているのだから、まるで逆だ。セーフティネットは必要だが、市場を規制してもセーフティネットにはならない。
http://mojix.org/2010/10/11/national-socialist-program
関連エントリ:
http://mojix.org/2010/01/23/libertarianism_kimo
どんなに素晴らしい価値観であっても、価値観の「強制」には反対する
http://mojix.org/2009/08/01/kachikan_kyousei
地獄への道は善意で敷き詰められている(The road to hell is paved with good intentions)
10月1日からのタバコの値上げで禁煙にチャレンジする人も増えているだろうが、
実は禁煙に関しては誤った知識で望んでいる人が多い。
全て 活発化するためゼロからやりなおしになる。』
一見もっともらしく語られている通説であるが、実はこれ間違いである。
1. 依存度には個人差があり、ニコチン受容体の数や感度にも大きな開きがある。
2. 誰もが1本吸った程度で受容体がマックスに反応するのであれば、
1日に何十本も吸ったり、チェーンスモークする喫煙者は存在しない。
3. 微量なニコチン摂取で受容体が生成されたり活発化するというのであれば、
吸うより多くのニコチンが含まれる副流煙を吸ったり、ニコチンパッドやガムでも禁断症状が発生する事になる。
しかし、タバコの充満する居酒屋などに数時間いた程度で、非喫煙者や禁煙者が禁断症状を起こすことはないし、
一本オバケの正体とは根性禁煙派が作り出した一種のファシズムであり、
一本くらい吸ったくらいで、振り出しに戻ることは絶対にない。
一本オバケ派によって禁煙は非常に困難なものというイメージになっているが、
本来は本数を減らしたり禁断症状の経過をみながらゆるやかに行うべきである。
もし、禁断症状がずっと抜けずに苦しんでいる人は、立ち止まって自分のペースを見極めて欲しい。
節減は医者も認める禁煙法の一種で、禁断症状を最小限に抑えながら
禁煙に向かう安全な方法である。
実は、一本オバケとは敵ではなく味方なのである。
正しい知識で安全に行って欲しい。
これを読んだ全ての方の禁煙成功を祈って。