はてなキーワード: 可処分所得とは
結局金額変わるだけで会社の納付の手間は発生し続けて個人の手間が追加され全体の手間が増えるようにしか思えん
そうではなくて社会保険料は従来通りで所得税のみやめるにしても
社会保険料控除があったり会社の扶養手当が所得税の扶養控除を連動させてたりするからやっぱり言うほど手間は減らんような気がする
社会保険料の事業主負担も社会保険料控除も廃止して会社の扶養手当もなくしてしまえという事なら
会社の手間も金銭負担も減るけどサラリーマン個人は手間が増えて可処分所得もさらに減るからあまりありがたくなさそう
まあ自民党総裁選の公約だからサラリーマン向けの人気取りより経営者向けの人気取りの方がふさわしいという冷徹な判断なのかもしれんけど
人が集まるから企業が集まり、文化というラベルを貼った消費活動が盛り上がり、通勤ラッシュが盛り上がり、家族が住みづらくなり、子育てがしづらくなり、文句だけが積み上がりなんの解決策も提示されない。
上級国民と、金払いの良い外国人旅行客と、上級国民に滅私奉公する高望みしない独身奴隷が暮らす街として今後最適化されていくだろう。
かといって、東京からいきなり地方に移住しようにも、独身だろうと家庭があろうと可処分所得の高い仕事なんか余ってないし、靴を履くのと同じ感覚で車に乗る、いわゆる「車を履く文化圏」への移住には、消費活動にどっぷり浸かった本人が簡単には適合できない。
金の面で言うと一番厳しい選択肢だと思う。
生活に必要な金は首都圏と比べて劇的に下がるわけではないが、地方大都市での雇用は収入が劇的に下がるから。
ただ、首都圏脱出を考えるときに首都圏の雇用を維持したまま地方からリモートワーク出来るなら地方に適合するかどうかを試す試験期間として地方大都市で住んでみるというのはアリだと思う。
首都圏で陥った消費中毒のリハビリとして地方大都市で住んでみて、消費デトックス出来そうならさらなる地方へ移っても良いし、中毒症状がどうにもならないなら、地方大都市に留まるなり首都圏に戻るなり考えれば良い。
地方には地方の問題が、首都圏には首都圏の問題がそれぞれ独立して存在しており、現状を打開する画期的な策は国内のどこからも挙がらない。
無いんだから当たり前だけど。
アメリカでは人が集まりすぎて上級国民しか住めなくなり腐っていくカリフォルニアから出て行く人が増える一方らしいが、そういう現象は日本では起こらないだろう。
首都が全国から人と金を吸い上げ、地方を末端から壊死させ、人で溢れかえった首都圏は上級国民と金払いの良い外国人旅行客だけが堪能するバラ色の生活を支えるために全国から集まった独身奴隷が働くようになるだろう。
「好きと良いは違う」に対して還元主義(?)的に考えていった結果、良いと悪いは好き嫌いの多数決でしかないのではないかという結論に至った。
この服はなぜ良いのか?
着心地が快適だから。なぜ着心地が快適だと良いのか?快適である状態は良い事だから。快不快の問題だ。
かっこいいから。なぜかっこいいと良いのか?そもそも「かっこいい」の定義は?かっこいいものを身につける事は精神的充足に繋がるから。かっこいいとは見ていて嫌悪感を抱かず、むしろ快楽や憧れの念を抱かせるような事である。快不快の問題だ。ちょっとトートロジーめいてる気もする。
安いから。なぜ安いと良いのか?可処分所得の減少が少なくなるから。なぜ可処分所得の減少が少ないと良いのか?可処分所得の消費による購買の機会を増やし、効用の追求機会が増えるから。快不快の問題だ。
高いから。なぜ高いと良いのか?高額な消費であればより大きな効用を得られるだろうという誤謬めいた判断が快楽をもたらすから。高額の消費、及びそれを誇示する服を着ることが収入の高さ、引いては社会的評価の高さを示唆し、自尊心の向上や社会的承認が得られるから。快不快の問題だ。
もっと言えばエシカルコンシャスネスだとか、造形の斬新さや精緻さ、テーマ性の反映度合いや精神性が云々だとかいくらでもあるけど、それらを測る評価軸はどこから湧いて出きたのかという事になる。
いずれの評価軸も快不快、好き嫌いの問題へと収束していくはずだ。デニムなんかで着心地が悪いからこそ「良い」みたいな美意識もあるだろうけど、それも然りだろう。
いつからかあってこれからもあり続けるであろう自然法則を所与の前提として持つ自然科学と違って、何が良いかという判断においては意図的に何かを前提として置かなければならないのだから、感覚的な部分に頼らざるを得ないのは当然に思える。
ただそれだと必ずしも多数派に支持されない「権威」の存在の説明がつかない。
ハイメゾンの攻めたコレクションを見て賞賛を送る人間は多数派だろうか?もっと定量的にいけばジャンルを変えてトマトメーターでも見れば分かるけど、権威と大衆の意見は必ずしも一致しない。それなのに権威の意見が良し悪しの評価に無影響だとは受け取られていない。
謎すぎる。
世界共通の自然法則に支配される存在であって、かつ誤差みたいな個体差はあれどほぼ構造も似たような生き物同士なんだから、何かしら共有されている本質的な感覚があるのだろうか。
それはまああるか。
様々なノイズを除去しながら、そういった本質的なものを見極めて評価の対象物と照らし合わせる技能を持った人間が伝導師として権威を握っているんだろうか。
ただ人類の共通の感覚って言ったって大枠のものに過ぎない気もする。ドブ川の水を啜って美味いと感じる人間は多分いないだろうけど、椎茸を美味いと感じる人間もいれば嫌いな人間もいる。
アレルギーでもなきゃ、食わせ続ければいつかは美味しさを「理解」して好きになるのか?
宗教規範から脱却したように思えてその実人々が未だ様々な信仰に基づいて生きている点は全く変わらないように、本質主義だとか教養主義だとかが社会の中で生き永らえているだけの話なのか?
多数派が好き(あるいは嫌い)だと思わないようなものについても、新たな価値判断の基準を提示して「言われてみれば、確かに……」という共感を呼び、考えを変えてしまうような魔力を持った主張の出来る人間が権威を握るのか?常にそれが達成される訳ではないにせよ。
論理的に分析してみた所でそれが良いか悪いかは論理ではなく基準の問題なので、共感の方が重要に思える。
基準に沿った判断は合理的にやっていけるけども、基準そのものの妥当性はより上位の基準でしか判断出来ない。好き嫌いというのは恐らく最上位の基準であって、それ以上の基準はなく共感によって一変してしまうのかもしれない。
これなら原則として良い悪いが好き嫌いの多数決によって決まるという説の中でも得意的に良い悪いへの影響力を持つ事がさほど矛盾しない気がする。一番しっくり来るかもしれない。
哲学の世界ではとうにこんな議論もグチグチと交わされてるらしいけどおれの中では前向きなニヒリズムが一番納得感があるし、それ以上の理屈を求めようという気にもあまりならない。
額面で400万とすると、ボーナスが夏と冬に2か月分と想定して16で割ると25万だからそれなりにあるけど、
やっぱり半分より上のレベルの求人だよな。額面で20万前後とかそれ以下の求人めっちゃ多いし。
額面で25万だと、地方大都市に住むとしたら家賃が首都圏よりちょっと安いぐらいでそれなりにかかるし、
中心部から離れると家賃安い代わりに車必須になるからそっちのコストが別でかかる。
ボーナス少な目で夏と冬に1か月ずつとすると14で割って28.5万になるが、そうなると全体の求人のうち3割程度かなぁ。
普通に就職すれば得られるってレベルというにはちょっと厳しいかと思う。
ただ、これから先人口が減っていくからそういう求人は淘汰されていくとは思う。
地方で職を得られた人の給与水準が、その職にありつけなかった人の給与となんの関係があるんだよ。
その中間層からあぶれて東京に行くヤツをバカって貶す理由になんかならないだろ。
「こんなに給与水水準の高くて可処分所得の多い仕事が地方に余ってるデータがあるのに東京でわざわざ搾取されるのはバカ」って示してんなら「データで語れ」っていうのも分かるが、そもそも無関係なデータ出してドヤ顔でデータで語れって言われてもそれは無理でしょ
いや、「関東に出るヤツはバカ」って貶すなら「既に地方で職を得た勝ち組の給与の高さ」を根拠にするんじゃなくて「余ってる仕事の給与がこんなに高い」って示さないとなんの根拠にもならんでしょ
なんか全てがズレた解釈してるよな。
まず最初に「地方から女性が出ていく」って記事を「東京すげーポルノ」って受け止めてるのがもう世界が違いすぎる。
「女性は嫁としてもらわれて云々なんて聞き流せ」ってのも、何度も同じこと言われるクソ環境なんかとどまる理由無いだろ。
東京で中小に就職したって可処分所得が少ないってのもさ、地方はもっと可処分所得少ない仕事しか余ってないんだよ。
地方でまともに可処分所得ある仕事なんか、コネやら東京本社からの配属ぐらいでしかありつけないよ。
地方で真っ当な給与得られる仕事に幸運にも就けたなら存分にその環境満喫すれば良いけど、そういう仕事は地方で全然余ってないからよりマシな環境を求めて出て行くヤツに唾吐いたって人口流出は止まらないよ。
あるレベル以上の収入があると、収入における可処分所得の割合は下がるわけで、要は可処分所得の占める割合が全国平均以上になれば東京に住むことがお得になる分岐点を計算すれば良いんじゃねーの。
GPTにテキトー計算してもらったら「収入約333万円」と出たけど、色んな条件があるだろうから本当かどうかは知らない。(そうだとすると東京損益分岐点は意外と低い。)
君の目で確かめてくれ!
統計的に見て、東京に住む人の可処分所得は全国平均に比べて必ずしも低いとは言えませんが、生活費が高いために実際に使えるお金(可処分所得)が減る傾向があると言えます。以下のポイントで詳しく説明します。
1. **所得水準**:
東京は全国平均と比べて所得水準が高いです。総務省の「家計調査」や厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によれば、東京都の平均賃金は全国平均を上回っています。
2. **生活費**:
しかし、東京は生活費(特に家賃)が高いため、手取り収入(可処分所得)に占める生活費の割合が高くなります。これにより、可処分所得が相対的に減少する可能性があります。
総務省のデータを見ると、東京都の世帯収入は全国平均を上回っている一方で、生活費も高いため、可処分所得が全国平均と大きな差がないか、場合によっては低くなることがあります。
2. **家計調査**:
総務省の「家計調査」によると、東京都の家庭の支出は他の地域よりも高い傾向があります。特に住居費や通勤・交通費、外食費などが高いため、可処分所得の余裕が他の地域よりも少ないことが多いです。
### 具体的な数値例
東京都の平均所得が全国平均を上回る一方で、東京都の平均的な家計支出も全国平均を上回っています。たとえば、家賃や公共料金、食品や外食費などが高くなるため、手元に残る可処分所得は減少します。
東京都の相対的貧困率が他の地域よりも高い場合があり、これは高い生活費が原因の一つとなっています。
### 結論
統計的に見ると、東京に住む人の収入は全国平均よりも高いものの、生活費の高さがその分相殺されるため、実際の可処分所得は全国平均と大きな差がないか、場合によっては低くなることがあります。従って、東京の高い収入が高い生活費により、実質的な可処分所得を減少させるという点で、「東京に住む人の可処分所得は全国平均に比べて低い」と言うことができますが、これは主に生活費の影響によるものです。
今年28歳、大したことない地方国立工学部学卒。新卒で奇跡的に某電力に内定を貰い、喜び勇んで入社した。配属は原子力部門。原発で働いている。
俺のところの原発はまだ再稼働していないのでもっぱらデスクワーク。資料を作ったり直したりがメインの仕事。
残業は長めだが、後述するように給料は高いし、人間関係にも恵まれている。給料が高いので皆ある程度心にゆとりがあるのが大きいだろう。
で、毎日何をやっているかというと、今のところはお国向けの許認可対応用社内資料を作っている。
勤務時間のだいたい半分くらいは誤字脱字・てにをは・レイアウト修正。あとの時間は会議とか雑務。
出張はほとんどないが、研修で外に出ることはある。出張すると飯代の名目で小遣いがもらえるので嬉しい。
お国に提出するものだと考えると体裁が重要になるので、目を皿のようにしてチェックしているが、難易度は正直高くない。
それで年収は残業代込み600万超。28歳の時点でこれだぜ?仕事の負荷、労働強度で考えるとかなりの高収入じゃなかろうか。
勤務地は一言でいうと僻地。独身寮があるのでそこに住んでいる。
寮から職場までは(当然といえば当然だが)バスの通勤ルートが完備され、皆それが前提なのでアフターファイブ的なことも気にしなくて良い。
飲酒運転の厳しいこの時代に、車を使わないと飲み屋ですら行くのが難しい。笑
唯一ギリ徒歩圏内にスーパーとコンビニが一軒ずつあるが、それだけ。
けど俺にはアマプラがある。これのおかげで文化的な生活を送れていると言っても過言ではない。サンキューベゾス
食事は朝晩は寮が食堂を開いてくれており、自炊する必要もなくかつ安い。
昼は原発の食堂。コンビニよりは栄養バランスも考えられて、コスパもいいし、毎日数種類から選べ、その選択肢自体も適宜アップデートされる。
毎食のメニューを考えなくてもバリエーションのある食事を摂れるというのは、自炊経験がある奴ならその有難さが理解できるだろう。
30が見えている今婚活という単語も意識する世代だが、社内には出会いが無い。
だが車も生活の前提なので中古も新車も入手性がよく、行動半径が広い。車を飛ばして県庁所在地に行けば女も捕まる。
家賃が安いので、可処分所得は同世代の似たキャリアの東京住みよりもなんなら高く、駐車場は大抵無料なので車の維持も容易だ。
行った先では酒を飲む関係で一泊することになるが、カプセルホテルかネカフェみたいな施設もちゃんとあるので、安く済ませたければそこで寝ればいい。
そうやって結婚していった人はよく見るし、地元では最強クラスの名刺なので婚活を始めれば容易なのもわかっている。結婚相手で苦労する人はほとんど聞いたことが無い。
電力はガチゴチの年功序列だから、飛び級みたいな出世は期待できないが、その分何歳になったら給料なんぼかというのは全部分かり人生計画が立てやすい。
遅くとも42歳までには管理職に上がり、年収1000万。ペイペイ管理職以上に上がれるやつは相当少ないが、最低ラインでそれだというのがデカい。
今の生活が至上至福かと言われると、まぁ多少の不満がないといえば嘘になるが、とはいえ富みすぎず乏しすぎず、中の上をキープできており非常に安定している。
まさに「トンカツをいつでも食えるくらい」の人間になったという実感がある。幸せと言ってもいいだろう。
安定しすぎて引退老人みたいな精神性になってしまうのが逆に怖いかな。そこはネットも駆使してインプット・アウトプットを怠らないことでカバーしたい。
土日祝休みに有休も十分なので、それを活かして資格にも挑戦しようと思ってるし、彼女も欲しい。やることは尽きない。