はてなキーワード: アルコとは
この元増田って、女だと思うんだよ。女だからどうこうという意味ではなく、その上司の見当違いでしかないということなので、念の為。
この程度の時間でその上司との密な関係を得られるのなら楽なものだし、ましてや、酒やゴルフみたいな役に立ちそうもないことに付き合わされるわけでもないという実益を兼ねた上司の接待だし、これが男なら美味しいチャンスをゲットしたと思うんだろうが、たぶん女だからこそ違うんだと思う。
三種類に分けたのは女性蔑視とかではなく、男についても、睾丸>脳、フツウの男、仕事向きの男と分けられるので、念の為。
で、世の中にはフツウの女が一番多くて、その「自分の生活」というのは、やがては仕事をやめて主婦とかパートになるという生活。そういう地点がゴールだとすると、働いてる会社の自社株なんて全然役に立たない知識だから、元増田が勉強会を押し付けだと思って、ウザイと考えるのも当然だと思う。目的地が違うんだから。元増田にとっては、仕事は上司から与えられた仕事を淡々とこなし、社内とかいろんなツテで結婚をして家庭に入ることがゴール地点なんじゃないのかな。
これは、以下の三点から、勝手にこのように想定しただけで、「これだから女は」的なことをいうつもりはないので、念の為。
10年以上前に、アリーMyLoveというアメリカテレビドラマで、主役の女弁護士が、自分の事務所の女職員との間で、「どうして上を目指さないの?」「上を目指すだけが人生じゃない」的な会話があって、時代が進んだ今ではさらに、その女職員と同じように考える男女が多くなっているだろうし、そこそこの給料と地位でまったり生活するワークライフバランスについても全く非難するつもりも無いので、念の為。
さらに、ツリーの本旨と全然関係なくなるけど、書いていて、女は「男社会だから出世できない」という言葉によって、社内における競争から安全に離脱することができていいなぁと思い浮かんだ。伊集院光が落語をやめたときに立川談志の落語を理由にしたのと同じように。世の中の大部分の男は出世できない仕組みだけど、出世できない(ポストの不存在が原因だとしても!)のは、すべて自分の能力・責任に帰結されて、社会のせいにするのは許されない一方で。
以下、2011/12/16追記
また、元増田が消失した。マスダ デハ ヨクアルコト。でも、ワタシトテモカナシイ。身バレとか気にして消したのなら、三行まとめにしてツリーは残して欲しかった。俺が3行にまとめるのは面倒だから、全部コピペ。
「株のこと教えてあげるよ、この会社の連中は、自社株のこともよく知らないんだから、全く。
最初は、正直興味ないけど、それで色々わかるようになるならまあステキ!と思っていたので「ありがとうございます^^」と返事をした。
次の日から、いきなりメッセンジャーで「今から30分くらい軽く勉強会するかい?」と誘いがくるようになった。
目上の人だから断りづらい… 言われるがままついていく。
まずは触りからだね、とペラペラ話し出すこと2時間。老人は時間感覚ねーのか。タイムイズマネー!!
全く知識もない興味もない状態で、途中からわけがわからなくなる。
帰りに本屋で関連書を買って読むことにした。
また次の日も、誘いが来た。言われるがままついていく。
自分がいかに苦労して知識を身に付けてきたか、自分の仕事がいかに会社に貢献しているかという話だった。
本を買ってみました、と話すと喜んでいた。
また次の日も、誘いが来た。言われるがままついていく。
だんだん話がわかるようになってきた。
「それはつまり、○○ということですね!」「ここはどういう意味ですか?」相槌もうまくなってきた。
しばらく忙しかったようで誘いが無かったが、一週間ぶりに誘いが来た。言われるがままついていく。
ー「まあ、本にはそう書いてあるけどね、実務では違うんですよ」
ー「まだまだ理解が足りないようですね。ニヤニヤ」
次の日も誘いが来た。言われるがままついていく。
上司が作っている資料を持ってきた。
「この資料はね、本部長クラス以上と、僕くらいしか理解できないんですよ」
「へえ・・・(あ、そう)」
1枚ペラの資料をつくるのに、いかに細部にこだわり、いかに苦労して作っているか、そしてその平社員には読解できない資料がいかに経営に役立っているかを語りだす・・・
いい加減にしてください。
そりゃあ、そういう重要資料が読めるようになるのはステキやろうけど、
理解できない平社員がいっぱいいるというのは、それを理解できなくても別のスキルで会社に貢献すればいいってことじゃないの。
まったく興味のないことを、教えてあげるなんて言われても、話についていくのも、いちいち感謝するのも、しんどいっす。
すごいですね、優秀なんですね、あなたが会社を支えてるんですね^^ って、私みたいな平社員に言われて何が嬉しいねん。
せっかく勉強しようと思ったのに、分かるようになったら「僕のおかげですね」分からなかったら「まだまだ修行が足りないですね」
誰もお前なんか目指してないから。
役職があって、高い給料もらって、それでも褒められたいのか。
http://anond.hatelabo.jp/20110906150347
読んだけれども全部は内容を把握できてないかもしれません。アダルトチルドレンというのは、ずっと前にも自分の今は使ってないgreeの中にも書いたのですが、アダルトチルドレン オブ アルコーリック の前の部分だけを取り出したもので、アルコール依存症患者とともに子供時代を過ごした人(今は大人)について、を指す言葉で、その人たちが大人になった時に同じような精神症状を示し、それがどうも過去に起因するのではないかと、精神医学の分野の人たちではなく、アメリカで心理療法家や臨床で精神的な問題を抱えた人に心理的なアプローチをする実際に身近にいる治療者たちから、言われ始めそのような研究や論文も(英語の論文サイトで見た事もある)少しはできたりしてたらしいです。(少しはと書いたのはアメリカが元だけど、そんなにアメリカで持て囃された理論でもなかったと思うから)
しかし、虐待の連鎖については、調べてみたら有意な差は認められなかったという結果が出た事もあったと、日本の精神科医のサイトで見たこともありました。(この元の論文は探してるけどまだ見つけてない)
日本では、虐待の連鎖も理屈や理由や統計は求めらずに一部専門家が言ったら、確定事項みたいに流布してしまっています。ACの流行の盛りは過ぎたと思ったのに、質問サイトではいまだに虐待の連鎖を心配して、被虐待者が自分が将来虐待するのではないかと相談しています。被虐待者に不安を与えて信者にして儲けようとしている人もいるかもしれないと思ってしまいます。日本の精神医学の学会ではACというものには懐疑的らしいです。なぜかというと、アダルトチルドレン オブ アルコーリックの人の症例や理論を拡大解釈し過ぎだし、誰にでもあるような事や、大して問題とも言えない事まで問題視する本をAC理論を唱える関係者がを出したりしてたからです。
虐待により精神的な問題を抱えるようになった人たちがいるのは事実だと思います。その人たち(自分もかもしれませんが)に適切な治療の場やサポートが与えられる必要はあると思います。AC本批判の医者の中にも極端な考え方をしている人も居ると思います。 精神症状の原因を外部に求めるのがいけないという書き方の本もありますから。どちらとも決め付けられない事だと思います。
こんなふうに意見が別れるのも、抽象的でどちらとも言えないもの決め付けられないものを、AC本は決め付けてしまっているからだと思います。
極端な考え方のものはともかくとしても、精神医学系の学会が、ACという考え方に関して疑問視していたと知って、書かれた疑問も読んで、ほっとはしたものの、なんだ、自分が思ってた事と同じではないか!もっと早く言ってよ!!と思ったことはありました。
認識の問題とか、自分の回復のために、そのような問題を書き綴って確認作業のような事をするのは、本人にとって害はないからよいと思いますが、お金を払って治療を受けに行くと、信者にされる可能性もあると思います。
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昼間に書き始め、途中でやめて、また書いているので、最初言いたかった事とずれてしまったかも。
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こういう問題について書こうとするとよくわからなくなってくる。
ただ、アダルトチルドレン オブ アルコーリックは、アルコール依存症患者とともに育った子供時代を持つ大人を指すので、例えてみれば、中国残留日本人孤児の人たちが今は大人なのに孤児と呼ばれているので、中国残留孤児だった大人と正確に呼び、その後半部の「孤児だった大人」の部分だけで呼んで「孤児だった大人」「孤児だった大人」と呼んでいるようなものだと思うから、何だかこっけいな感じがしてしまうのですが・・・
今自分が書いたものでも、つい「アダルトチルドレン」と繋げて書いてしまいました。 これを言うなら「アダルト チルドレン オブ アルコーリック」とすべきでした。その方がわかりやすかった。子供だった大人、どんな子供? アルコール依存症の人と一緒に居た、ということだと思うんで、そこから、心は子供体は大人、とか 見た目は大人なのに中身は子供で、そうなってるのは本人のせいではない、みたいな理論とか、大人になれない子供とか(これは批判のように捉えて嫌がる自分はACだと思ってる人もいるみたいだけど)、子供時代を失った子供とか(これはある意味そうなんでしょうけど、それを指摘して何になる?当事者でもない専門家が親切にもあなたは子供時代を失ってますよ~と言ってくるというこっけいさ。それって親切なの?かわいそう攻撃じゃないの?) 子供時代に大人の役割をさせられた子供とか(これもそうかもしれないけど、それをACと称する事に、関係者がお布施を募る事ができる以外、何の意味があるかわからない) ...etc
これらの状態を アルコール依存症の人と一緒の子供時代を送って育った大人、とどう結び付けていけるのかわからない。
アダルト・チルドレン という響きが、聞こえが良かったのではないか? 自己愛的傾向を持つ人々の心を掴むのに、格好のネーミングだったからではないか?
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子供時代に受けたトラウマが、精神症状を引き起こす事はあると思います。それを否定するものではありません。それに対しては個別にそれぞれの現在の状態に合わせて対応するべきだし、親に限らず他人から受けたトラウマで精神症状が引き起こされる事はあるでしょう。親と言う人と接するのは、自意識や自我が発達してなくて判断力がない時期からだから、混乱させられやすいという事は言えるかもしれません。
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アダルト・チルドレンというものを考える上で、こういう事も念頭に置いた方が良いのでは無いかと思ったので書いてみました。
心に傷を持つ人、空虚なものを持つ人、家庭に問題があった人、孤独な人、こういう人は都会に出たら、何とか商法や、壷や絵を買わされやすい傾向にあると思います。怪しい宗教なんかも付け入ろうとするかもしれません。(孤独なお年寄りが布団売りつけられるようなものです。)
それよりはマシかもしれませんが、本買ったり心理療法に通わされたりするのも、同じような面もあるのではないかと思います。
手を変え品を変え、有名人を引き込んだり、NHKで有名作家にカウンセリング体験を語らせたり・・・
これで得をするのは誰でしょう?
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追記
アダルト・チルドレンがキーワードになってたので、読んでみたら
今はACは、機能不全家庭で子供時代を過ごした子供たちの総称になっているそうです。
機能不全という言葉で用いられている機能というものが、そもそも抽象的なものでしか無いので、そのあたりが問題ではないかと思います。
自助団体 (自助という言葉が適当かどうかわかりませんが、そう自身で名乗られているので) からも、AC本の人には抗議文が送られていると、はてなキーワードで見ました。やっぱりねw
わかるとは思いますが アダルトチルドレンではなく、キーワードがACなので、リンク貼っときます。 http://d.hatena.ne.jp/keyword/AC
追追記
837 : 没個性化されたレス↓ : 2010/04/20(火) 00:09:36
ACを商売にしてる人はACに根拠が無い事がばれてくると今度は
「負の連鎖」とか「虐待の連鎖」というこれまたまっったく根拠の無い概念で
新たなお店を開いているようです
838 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/01(土) 18:57:32
根拠あるでしょ。十分に。
839 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/02(日) 13:58:54
ACに根拠があるかどうかに関わらず、
(傷付きやすく騙されやすい)ACをターゲットに商売をする人たちは
距離の近い親の本質を暴くことは、世の中の危険な人の本質を見抜くよりも簡単。
世の中、表面的にはイイ顔をしてても、中身は毒親みたいな搾取的な
結果として騙されたり、時間を無駄にすることだって多いのかもしれない。
840 : 没個性化されたレス↓ : 2010/05/08(土) 19:27:01
それに騙されて身動き出来ない人がいるということ。
>ACが自身の主体性を取り戻し、社会性を得ることの難しさに、
ウソ概念で騙されているんだから主体性を取り戻せるわけがない。
カネを搾り取ったがもうカネも出て来なくなったら主体性を取り戻せという。
AC業者の糞なやり方には本当に腹が煮えくり返る。
986 : 没個性化されたレス↓ : 2010/06/29(火) 22:37:15
アメリカのソーシャルワーカー達がアダルトチルドレンという無根拠なレッテル貼りを始めてから
もう40年という月日がたってしまった。
それを利用したAC業者やマスコミが被害を拡大させて、日本でも30年近くこの無根拠な概念が暴威をふるった。
このAC概念は無根拠なくせに極めて専横的で疑いを許さなかった。マスコミとAC業者がそうさせなかったのだが。
AC概念は人々を苦しめ、裁き、断罪し、この概念のくびきのもとで生きる事を強い、いささかの救いの道をも与えなかった。
ACは無根拠であるが故に疑いを許さなかった。ヒットラーのように。北朝鮮のように。
AC収容所の人間は小石のようなあきらめをしゃぶり乾きを癒すしか無かった。
ACに根拠は無いのに。
そして強制収容所の人々が「ここにいるから私は友と知り合えて生きていること許される」と心理的な合理化をするように
「ACを知ったからこそ私の人生がある」と合理化をするようになる。
商業主義の暴虐に痛めつけられ囚われの身となった人の心が、最後の誇りを失わないようにするために
強制収容所に30年幽閉された人が解放されてもとまどうように。
30年と言う月日をAC商業主義の暴虐に晒された心に「ACには何の根拠も無い」
と言われてもすぐには受け入れらないのはもっとなことだ。
このスレも次スレもこうしたAC被害者のリハビリをどうするかという問題も検討されるべきだろう。
http://logsoku.com/thread/academy6.2ch.net/psycho/1035617398/
某巨大掲示板のログですが、学問板なので、それなりにそれなりのモノの見方をする人も出てきてますが、残念ながらACと言われる人を責めるレスも時々あります。しかし、それに反論レスもあります。反論するのはAC理論が正しいとは思ってない人たちの場合も多いです。AC理論は否定するけどACと言われる人たちの中には精神的な症状がある人がいるのも事実だろうという認識です。
AC理論を唱えて儲ける専門家たちは、自分たちにとって一番楽な状態の人しか相手にしません。具体的な事をしなくて良くて、心理的なものの具合だけを診ていれば良い状態の人、過去の事で精神的に問題がある人、これらの人たちなら過去の事だから、今現在具体的に人権救済しなくてよいわけだし、ただでさえ、親の事で肉体的な暴力でもない精神的心理的抑圧なんて、そんな昔の事で・・・と言われるのが落ちで、グチや不満ではなく本当にわからなくなったり混乱したりして話したとしても、親の変な話をするというふうにしか受け取られなかったりする傾向にあるから、そういう専門の心理の療法家しか、自分たちの事をわかってくれない!と思いつめさせそこに依存させたり、信仰させたりする事もできる。
自分たちのところに来ない人たちの事はサバイバーと呼び、さも来ないのが変みたいに思わせる。
成人後も困った親から逃げている人たちもいる。そういう人は助けないのだから、おかしい。
413 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/22(木) 10:43:37
おばさんになってからの自認でしたから、既に生き辛さへの改善は進んでいたのですが、
嗜癖と自責の負のループに陥っていたのですがACと自認した途端、解放されました。
2. 思考の偏りの起因を知り、改善が進む。その際自己嫌悪から解放される。
AC論が正しいとしても、正しくないとしても、また自称だとしてもそれが役に立てば良いのではないかと思います。
極論、機能不全家族が原因で無いとしても、その考えに辛さを預けて進めれば良いのでないかと。
ただ、ACが免罪符であってはならないのでしょう。自己の努力が不可欠であり、その時こそ、AC自認が有効に働くと思います。
(意外にこの特効薬を求めてACを知りたがっている人が多いような気がする)
今抱えている問題は過去に起因していても、今の自分の問題であるという事ですよね。
414 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 09:00:50
>413
誤った疑似科学的概念が人に仮の安定をもたらすというのはよくあることだ。
ここは学問板なので出て行ってもらいたい。
またそうした方が幸せは長続きするだろう。
それに耐えうる概念のみが生き残る。
事に気づいているからこそ、
415 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 09:52:07
仮の安定ですか。
仮の概念により得た安定の方が私にはしっくりきます。勘違いなのかな?
そういう意味でも学問板に書く資格が無いのは確かでした。本当にそうですね。
申し訳ありませんでした。
416 : 没個性化されたレス↓ : 2007/11/26(月) 11:59:34
>415
例えば「全ては神の思し召し」ということで安定する人もいる一方、
そこと格闘しなんら安寧を獲得せずこの世を去る人もいるわけです。
AC概念は控えめに言って「視点を固定した時そう見えるだけという誤認」にすぎません。
それでもよければどうぞ。
親に対して、細かい指摘ができる(細かく正当な指摘ができると言う意味)はてなブログの方でも、心理療法家についてはあまり疑ってないみたいだったけど
この方の親程度に自分に都合が良い事をするその手の専門家はくさるほどいると思う。
精神科医でも、ACとはまた別の話で、NHKでもうつ病の薬について、医者がわかっていて儲けのために依存させる事もあるかのような特集も前やっていたのを見た。わかっててやったかどうかはわからないが、今は規制されてると思うけど、リタリンで依存症を起こし、離脱症状などでわけがわからなくなりまだ若くて健康だったのに、自殺されてしまった方の遺族が訴訟を起こしていたのもニュースで見たことある。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1271342947 目を通すだけでも通してほしいのですが、(タイトル)
抜粋
>心療内科、精神科に行ったら、もっと惨めな気分にさせられ実際泣いて帰ってきた…
>これはあくまで私の私見ですが、
>精神科医の半分強、カウンセラーのほとんどが、ほんとうはその本人がケアを求めていると私は思っています。
>「あなたは甘えている」
>という言葉の裏には、
>「私はあなたより苦しいのに、なんであなただけ治療を受けられるんだ!私だって甘えたいんだ!」
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1425822034 うつ病の診察中に精神科医からの言葉に精神的ショックを与えられました。
はてな日記の親の心理的搾取を理性的に指摘されている方も、機能不全という言葉は信じて使ってらっしゃるようでしたし、自分が精神科医にかかった時に、医者に言われた事で、微妙な事でカチンと来た事や無駄なアドバイスだと思ったと言うような指摘は書いてありましたが、精神医療の構造的な欠陥 (昔 医師会の当時の会長に「家畜経営」と言われた精神病院の経営の仕方など、自分たちの利益のためなら人を壊す事も構わない、人間を獲物にしてる) までは、関係ないからという事もあるでしょうけど、全然言及されてません。
弱みがある人間が行けば、いい餌食にされる可能性は、弱みの無い人より高いと思います。 悪い医者ばかりではないと思いますが、精神医療はいろいろと矛盾を内包して闇の部分が多すぎます。
ACというものについては、学問板といっても、2chなのでスレ内では、自称とか言って責めるような意見も煽りとして存在してました。しかし、アダルト チルドレン オブ アルコーリック でも アダルト チルドレン オブ アビューシブ ペアレンツ でも アダルト チルドレン オブ ディスファンクショナルファミリー でも アルコール依存症の人と一緒に子供時代を過ごし大人になった人 という意味や、虐待する両親の元で子供時代を過ごした大人 という意味や、機能不全家庭で子供時代を過ごした大人 という意味なら、ACは居る、存在している、と言えると思います。
しかし、AC専門家?サイトで13の特徴とか、非科学的な啓蒙活動をするのは、間違っているのではないかと思うし、そこに挙げられているようなACというものについてなら、居ない と言えるのではないかと思います。
作者名が抜けまくってます。さすがに補足する気力なし。サーセン・・・orz
上手に引用をしたいなら、すぐれた読み手でなければならない(アルコット)
人生の前半は楽しむ能力があってもそのチャンスがなく、後半には楽しむチャンスがあってもその能力がない(マーク・トウェイン)
危機という言葉は二つの感じで出来ている。ひとつは危険、もうひとつは好機である(中国のことわざ→JFケネディが引用)
共に生きることを学ばなければ、ともに愚か者として亡びるであろう
楽観的な人はトゲではなくバラを見る。悲観的な人は、バラに気づかずトゲを見る
話すことは知識の本領を発揮することであるが、聞くことは知恵の特権を享受することである。
権利には責任が、機会には義理が、所有には義務が伴う(ロックフェラー)
平等の欠点は、われわれが目上の者との平等のみを求めることだ(ヘンリー・ベック)
経験は自然には身につかない。自然に身に付いたことを活かし、行動すると経験になる(アルダス・ハクスレイ)
日曜日の身なりを持って、人が裕福かどうか、敬虔かどうかを決めつけてはいけない
いくじなしは、土地を手に入れても、採掘権を手に入れることができない
いったん悪が蔓延すれば、それが避けようがなくなるまで悪に対抗する解決策は生まれない。
勇気を試されるのは、しぬ時ではなく、ただ生きているときである。
「長さ」が足りない分は、幸せが「幅」で補ってくれる。
健やかな精神だけでは不十分で、それをどう使うかが大切だ
議論する人より、回避しようとする人を恐れなさい(シェンバッハ)
誰もが知りたがるが、誰もが料金を払おうとしない
これまでずっと知っていたことが突然新しく見えるようになることをこそ、学びという
年齢は年月ではなく、心のありようと健康状態によってもたらされる。
本当の知識とは、言葉ではなく物事を知っていることだ。
狭い心の持ち主は普通でないものにひかれ、広い心の持ち主は、ありきたりなものにひかれる
破滅の道はいつも手入れが生き届いている。その道をたどる旅人が自らその費用を払うのだから。
倫理的な人は、相手の望んでいる以上のことを行う。同時に決して自らの許容範囲を超えた行動をとることがない。
賢明な人は、発見するより多くの機会を生み出す(F・ベーコン)
不都合だと考えるべきではなく、むしろ災難だと考えるべきだ
世界には苦しみが満ちているが、克服される苦しみもたくさんある(ヘレン・ケラー)
風がなければ、オールを持てばいいじゃない(ラテン民族のことわざ)
なぜフェンスが建てられたのかわかるまで、決してフェンスをとりはずしてはならない(チェスタートン)
港にいる船は安全だが、それは船が本来作られた目的ではない
どれほどよい友であろうとも、人はみな、それぞれだ(カベンディッシュ)
知識には、徳の高い行動が伴わなければいけない。無知は危険だが、無責任な知識はもっと危険だ。
成功は、成功するまでの所要時間を知っているかどうかにかかっている(モンテスキュー)
将来は、それを準備した人の手のうちにある。
他人の身に起こっている間は、どんなことでも陳腐にしか見えない
人はあなたが何を言ったかを忘れても、あなたが言ったことでどう感じたかは決して忘れない(ビューナー)
悪を悪であるが故に選ぶ者はいない。悪を幸福と誤解しているにすぎない。
悪という木の枝をたたく者は何人もいるが、根を叩くものは常に一人
われわれが持ち込む内容に応じて、世界は我々をよりよくしてくれる。
人格はあなたが何者かであるという答えであり、評判は他人がどう見ているかということだ。あなたの評判でなく、人格を見なさい。
人格は授けられるものではなく、勝ち取ったものであり、これからも勝ち取っていくものである。
能力は沈黙のうちに形成され、人格は激流の中から生まれる(ゲーテ)
いかなる場合にも、自分の役を上手に演じなさい。
服従を経験したことのない者は、よい司令官にはなれない
愛情より、信頼で示される賛辞の方が素晴らしい(マクドナルド)
夢を見つめる前に、自分の財布を見つめなさい(ベンジャミン・フランクリン)
倹約とは将来欲しくなったときにモノを買うために今欲しいものを買わないようにすることだ。
浪費は今欲しいものを買うために、将来欲しくなったときにモノを買うことを諦めることだ。
多くの人は、裕福にはなりたいが、裕福になるためにすべきことをしたら負けかな、と思っている(シュタイン)
食欲に罰を科せられるより、食欲に罰を課しなさい。
富を産まずに富を消費することができないように、幸福を創り出さずに幸福を消費することはできない。
礼儀に対してはすべてのドアが開かれている(トマス・フューラー)
言葉での説明は長い時間を要するが、模範で示せば簡単でしかも効果的である(セネカ)
良心のコストがその価値ほど高いことはまずない。規律ある良心そのものが最高の友である。
規律を身に付けた人だけが自由を手にする。自分自身を征服せずに、自由を勝ち得る人はいない。
心には、頭の中とは全く異なる、心の理屈っちゅーもんがあるねん(パスカル)
始めに習慣を作るのは私たちだが、そのあとは習慣が私たちを作る(トライデン)
習慣は最高の召使か、もしくは最低の主人である。
電灯のもとで正しいことが、太陽のもとで正しいとは限らない。
思慮に裏打ちされない力は、自らの重みで崩壊する(ホラティウス)
自由の身に生まれた者の最大の誉れは、自由を子孫に伝えていくことである。
私が恐れるのは自分に課された義務を知らないことと、その義務を果たせないことの2つだけである。
多様性は楽しさの母である
若い時に学び、年老いてからは理解する(シェンバッハ)
将来もっと不幸な時が来るのかもしれないのだから、今が不幸だと思うのはおろかしい(セネカ)
不運を恐れる気持の方が、不運そのものよりたちが悪い(カーリー)
幸福の秘訣は、好きなことをすることではなく、やらなければいけないことを好きになることだ。
語るだけでは不足だ。信じなくてはいけない。信じるだけでも不足だ。行動しなくてはならない(E・ルーズベルト)
人生は、憎しみ合ったり、誰が悪いのかを追及したりするには短すぎる
他人と戦争をしている者は、自分自身との平和を築いていない(ウィリアム・ハズリット)
常に頭は高く、ただし鼻は高くなりすぎないように
まず熟慮し、それから勇気を出しなさい。順番を間違えてはいけません。
相手の同意なく相手を支配できるほど優れた人など存在しえない(リンカーン)
請求書とは泣きわめく赤ん坊のようなもので、すぐ面倒を見なくてはならないって父がいってた(リンドバーグ)
ヒトを学校に連れて行くことはできても考えさせることはできない
支配者にとっては、戦場の敵より民衆の不満の方が危険である
教育とは、感情を乱さず、尊厳を保ったまま、なんにでも耳を傾けることができる能力のことをいう(ロバート・フロスト)
教育の目的は、人々に正しいことをさせるだけでなく、それを楽しませることである(ジョン・ラスキン)
批評家のいうことなどに耳を傾けるな、批評家の功労をたたえて銅像が建てられたことなどないのだから(シベリウス)
賢明であるとは、すなわち見逃すべきものを知っているということである
博愛主義者なら、友人たちを恥ずかしい目に合わせないよう「自分の欠点を大目に見る」べきである。
最高の政府とは何か?私たちが、自分自身を統治できるよう教えてくれる政府のことである(ゲーテ)
<最後に>
私が人生について学んだことなら一瞬でようやくできる。「ずっと続く」ということだ(ロバートフロスト)
いつも晴れ晴れとした気持ちでいる人は長生きする(シェークスピア)