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2017-04-20

http://anond.hatelabo.jp/20170419235737

プレイしないのにゲーセンに何時間も居座って、他人プレイしてる画面だけ見て京サマとか言ってる同人女うざい」と言う悪口も聞いたもんじゃ

現代であれば、ネットゲーム動画だけ見るタイプじゃろうな。

多くのゲーセンで対戦台しか置いておらず、上級者たちが並んで対戦している中で

ゲームの腕前が未熟な者乱入するのは憚られるという事情もあったがの…

自宅で一人でプレイ出来て、誰でもとりあえずクリア出来るRPGとはまた違った世界じゃった。

SNK系であれば比較的早くネオジオで家庭用が売られていたが、これがまた高くてのう。

ソフトだけで2万~などという世界じゃ。中高生くらいであれば、買えない者も多かった。

財力がある大人であれば十分買える値段であるから、勿論買う者も多かったし

SNK以外だと家庭用は発売が大幅に遅れる移植版を待つしかないため、業務用の基板を買ったという猛者もおったがのう。

あの人たちは空いている椅子勝手に使うから嫌われてたんです。

ゲームセンターお金を落とさないでその設備だけは勝手に使っていて煙たがられないわけがないので動画勢とは根本的に違います

なおSNKゲームに関して言えば駄菓子屋とかで余裕で1人用プレイできた時代で、それでもプレイしてなかった人も多かったみたいなので明らかに話が違う。

おKOFの同人誌は盛んに出ていてSNK同人の後押ししていた感じでしたがSNK倒産しました。

2017-03-24

四半世紀前、ミニ四駆第一ブームの頃

近所にプラモ屋があった。

店内は薄暗く、

商品はうず高く積まれ

レーサーミニ四駆グレードアップパーツは

万引き防止の為か店員の後ろに並べてあった

店員の兄ちゃんは細身の疲れた青年みたいな人で

義眼が特徴的な人だった。

プラモ屋の店先にはミニ四駆コースが置いてあり

買ったパーツをそこで試したりした。


ミニ四駆遊びに飽きると隣の公園に行き

公園の滑り台とかでミニ四駆を走らせて遊んだ

公園のすぐ脇には畳二畳ほどのちんまい駄菓子屋があって

基本無人なんだが、買う段になるとすーっと主人が現れて

会計してくれる。

2017-03-13

http://anond.hatelabo.jp/20170313181040

小2のお小遣いって、

子供同士で遊びに出かけて、駄菓子屋お菓子かったりアイス買ったりするようなシチュエーションで使うくらいだったかも。

2017-03-03

ベロベロとかい駄菓子

匿名とは言え少し嘘を混ぜさせてもらう。

80のおばあちゃんに話を聞くことがあった。



この年齢の人は子供の頃に過酷体験をしていることが多く、その話を使命感ではないが、どちらかと言うと好奇心で聞きたかった。

壮絶な話を聞いて「だいたいこういう話は蓋されてて話してくれない」ということの上に、話を聞く機会自体も減るのかと思いなんだか勿体無い気持ちになった。




その中でも興味深い内容だったのが「戦後駄菓子

お小遣い毎日5円ほど貰い、駄菓子屋に行っていたそうだ。




2日貯めると小さな羊羹(のようなもの)が買え、食べれたらしい。

我慢できない日は5円で「べろべろ(またはペロペロ)」というお菓子を買ったそうだ。



平たく、円形できな粉を付けて食べた。と聞いた。

早速ググる画像こそ出てこないがそれらしい情報が出てきた。

それを話したら記憶がより鮮明になったらしくもう少し具体的に話してくれた。

小麦粉を練ったものじゃなくて蕨っぽいというところまでわかった。




東京の方もそういう『屋台お菓子』?が消えてしまっていたりしてた話をテレビで見た。



何がいいたいのかよくわからないけれど、ネットでも見つからない情報ガチで消え行く情報に悲しくなった近状。

2017-02-16

http://anond.hatelabo.jp/20170215230657

エアガンなど消費してなんぼの遊び(落ち着かないので楽しめない)

わかる

・それ系のテレビゲームの体力ゲージ類(操作してないでも減るやつは絶対やらない、逆にじっとしてると回復する系はすごいじっとしてる)

 (エアガイツRPGぽいやつトラウマ級にイヤだった。ワイン取引みたいなやつもすごいイヤ)

うーん?自分で集めたエリクサーを消費できずに貯め込んでしまうのはわかるけど、体力ゲージは別に自分に属する資産という感じはしないな

トランプの手札のように、その都度配られる一時的ものなので使い切っても損にはならないというイメージ

現在の体力ではなく、Max体力のようなパラメータを恒常的に減らさきなゃいけないイベントだったら自分が損しているという気になって嫌かも

ゲーセン駄菓子屋ダーツバー(何をするにも金を使わなきゃいけないのに使わざるを得ない空気、楽しめない)

わかる

2017-02-15

「黙っていても減るもの」がダメ

さいこから「黙っていても減るもの」がイヤだ

現在進行形で減っていくのがハラハラするし、落ち着かない

たとえば、



エアガンなど消費してなんぼの遊び(落ち着かないので楽しめない)

・それ系のテレビゲームの体力ゲージ類(操作してないでも減るやつは絶対やらない、逆にじっとしてると回復する系はすごいじっとしてる)

 (エアガイツRPGぽいやつトラウマ級にイヤだった。ワイン取引みたいなやつもすごいイヤ)

ゲーセン駄菓子屋ダーツバー(何をするにも金を使わなきゃいけないのに使わざるを得ない空気、楽しめない)

パチンコなどギャンブル全般人生という賭場でもバクチは打たない)

ガソリン(車に乗りたくない理由第一位



「増える可能性があっても極力減らさな方向性を好む」

「総額の大小ではなく一定額払ってそのぶん決まった対価を得たい」のが基本姿勢だ。

ただの臆病といえばそうなんだけど、あまりにも同意されたことがない

大人になるにつれどんどん時の流れが早くなってきて、あらゆるものの減少スピードが加速してきているので正直苦悩している

2016-12-23

それどこ大賞」の審査員の末席をつとめさせていただいたのですが、

http://srdk.rakuten.jp/entry/2016/12/22/110000

実は当初、審査コメント文字数このくらいでよろしく、という指示をすっかり見落としてしまい、最初に間違えて書いたロングバージョンがありまして、せっかくなのでここに公開しておきます。受賞者のみなさんおめでとうございます

http://aonbo.hatenablog.com/entry/2016/10/12/220000

「買い物で人生が変わりました」と言われても「それはまあそういうこともあるだろうな」としか思わないかもしれません。「買い物がテーマブログコンテストなのだから、一番ど真ん中だよね、あざといよね」と穿った見方もできるかもしれません。けれど20年にわたる人生の変化と、その中心にあった買い物とをこれほど簡潔に描き、心から「ああ、買い物で人生は変わるのだなあ」という感慨をもたらしてくれる記事は、これを除いてほかにありませんでした。

「45で買ったストラトキャスター」という素っ気ないタイトルの「45」。その〈価格=45万円〉を表すようにも読めなくはないけれど、冒頭2行ですぐ、筆者にとっての「45」が〈年齢=45歳〉であることがわかります。「35で転職。37で離婚。/それから8年が経っていた。」。そして3行目に「子どもと妻がいなくなった生活。」と続きますわずか2~3行に濃密な行間を含み、 id:aonbo さんの10年間のほんの一部が明かされます

10年前、臨時収入を手にした、ゲーム趣味の45歳。「(うーん、このお金で何か自分にごほうび?)」の「自分にごほうび」という表現も、ちょうど10年前っぽい気分です。そんな中、とあるきっかけが id:aonbo さんに「(そうだよな。もうオレ45だよ。ゲームはそろそろやめようかな。)」と小さな一歩を踏み出させ、そこから一本のストラトキャスターを買うことによって、物語がはじまります。こうやって生きていけるのだな、と思いました。この記事は、ひとつの小さな人生賛歌です。

ところでこの記事、読後感は「ああ、人生」という感じなのですが、実は「人生」ということばは一度も出てきません。一貫して「生活」と書かれているところにも、ご本人のパーソナリティが感じられます。ぜひ賞金の30万円で、また次の10年の「生活の楽しみ」になるような買い物をしてください。おめでとうございます

http://akasofa.hatenablog.com/entry/2016/10/19/182759

つい「買い物」だけで満足してしまうことも多いですが、あくまで「買い物」はスタート地点で、使いこなせるようになっていく歓びこそが醍醐味なのだと感じさせる記事でした。「上達」を言葉で伝えるのはむずかしいですが、「カメラの上達」を伝えるのにブログというメディアはぴったりですね。

親バカ目線子ども目線がちょうど交わるところに結果としての写真がある、という感じもほほえましかったです。親が「美大生」とか「サブカル」とか評するにつれ、「最初美大生も、子どものような純粋好奇心のもとにシャッターを切るんだな」ということにあらためて気づかされたりしました。

子ども視点からしか写せない写真の魅力というのもありますね。子ども使い捨てカメラを渡して撮られた写真だけを集めた『Childlens』(リトルモア2003)という写真集があります。このまま id:akasofa さんのお子さんのカメラの腕がさらに上がっていってついにプロ写真家になったりしたら、その上達していく軌跡をまとめた写真集をぜひつくってください。ぼくは買います

http://walking-gourmet.hateblo.jp/entry/2016/10/15/164806

『買い物』することを一番最初楽しいと感じたのはいつだろう」というストレートな書き出しから、その「楽しさ」のルーツとして、子どものころの買い物の記憶、それと結びついた場所記憶を辿る旅なのですが、行き先がまさかの「屏風浦」。id:s06216to さんがご存知かどうか定かではないですが、「赤い電車」を歌ったくるりのもうひとつ京急ソングとして、その名も「屛風浦」という隠れた名曲があります。ぼくの「屛風浦出身という人もいるのだなあ」というどうでもいい感想は本当にどうでもいいのですが、ノスタルジック主題からしてもBGMとしてこれほど最適なものはないので、よろしければぜひ「屛風浦」を聞きながら読んでほしい記事です。

迷いながらも、風景をたよりにこっちかなと進んでいく感じ、「久しぶりすぎてどっちに行けばいいかすら怪しいけれどぼんやりとした記憶を頼りに歩き始めた」という感じが、写真もとてもきれいで、鮮やかに描かれています。ぼくも久々に自分が通っていた駄菓子屋に行ってみたくなりました。住んでいた部屋や遊んだ公園はなくなっていた、そして、探しものも見つからなかった、という話で終わるのかと思いきや……というところもよかったです。ちなみにぼくは、一枚20円のころでした。

2016-12-20

4歳まで東京で育ったのに神奈川県引っ越したのが許せない

神奈川県横浜市には絶望しかない

どこまでも続く灰色住宅街と空

人間の心は深淵の暗黒

とにかく人々の表情が暗く

通勤時間都道府県トップクラスなので機能不全家族埼玉千葉より圧倒的に多い

遊ぶところもろくにない

老人や女性が多いせいで病院美容院が乱立

子供向けの玩具屋や駄菓子屋は次々と潰れた

子供にとってここはディストピアであり砂漠だった

自分が他県民だったら金を積まれ土下座されて神奈川に住んでくれって頼まれても断る

2016-11-19

VRでやりたいこと

気になる女の子と一緒に下校する

友達駄菓子屋で買ったお菓子を買いながら下校する

仲のいい家族と一緒にご飯を食べる

普通仕事について、恋人ができて、家庭が持てて、普通暮らしをする

人間を殺してまわる

2016-11-17

私の祖母を知って欲しい

私の祖母はおばあちゃんというおばあちゃんだ

お団子頭にメガネ割烹着を着てかわいらしかった

穏やかで、誰に対しても優しく、誰からも好かれた

そんな人が居るだろうか?私の祖母がそうなのだ

である私が祖母を大好きになるのは必然

朝は祖母が作ったご飯を食べ、昼まで一緒に遊び、

徹子の部屋ごきげんようを観ながらたまに出前のそばを食べた

近くの公園駄菓子屋銀行スーパーへ。何処にでも手を繋いで

夕方祖母相撲タイムだ。私はおやつに買ってもらったグリコを食べる

ごはんは母の料理自分の家の風呂に入るが、寝床祖母の隣だ

寝つきが悪くしりとりをやり過ぎるとさすがに怒られた

学校忘れ物を届けてくれた。体調が悪いと心配して正露丸を持ってきた

朝ごはんが食べられない私の口許に祖母はご飯を運んだ

毎日祖母と一緒だ。幸せってこうゆうことだ

幸せが当たり前で、祖母存在が当たり前だった

成長につれ、あまり祖母に預けられなくなった

一人で風呂に入れるし、寝られる。晩ごはんだけ一緒に食べる

祖父介護もある祖母の手をあまり煩わせないようにするためだった

祖父が亡くなった。私は晩ごはんも一緒に食べなくなった

祖母と同居の伯母が一人暮らしを本格的に始めた

から知ったが、気丈な祖母は寂しいと一度だけ訴えたそうだった

たまの晩ごはん祖母の家に来たら味噌汁がしょっぱかった

伯母が言うには最近鍋を火にかけたままなこともあるらしい

同じことを何度も何度も言うようになった

伯母が物を盗むと私に怒りを訴えるようになった

人のことを悪く言う祖母を私は始めて見た

一人で夜家を出てしまうようになった

伯母と喧嘩する声が絶えなくなった

喧嘩するたび、施設にいくたび、祖母が遠くなった

笑ってくれない。怒鳴り、殴り、怒りを見せる

私を私と分からなくなっていく祖母から私は逃げた

泣くことしか思い付かなかった。10年近く私は逃げた

ある日から少し祖母が笑うようになった

誰のことも覚えてなくてもそれだけで救われたのに

認知症は進み、デイケアで他の人から離されるようになった

すぐに笑うどころか言葉も失った

伯母は施設に入れたくないと必死だった

夜は私も手伝うが、日中は伯母一人で介護

歩けなくなった祖母を自宅介護するには限界だった

言葉も発しない、表情も変えられない、食べることさえままならなくなって

退院を繰り返し、起きてる時間も減り

しょっぱい味噌汁から20年近く経った

ずっと昔の祖母を思い出さないようにしていた

写真も見なかった。声も思い出せなくなった

もう一人のおばあちゃんにご飯を食べさせている気持ちになっていた

から物が食べられなくなって一年病院にずっといる祖母

私は焦り始めた。認知症を知らないといけないと感じた

今の祖母と向き合わないと後悔するのではないかと思い始めるには遅かったのかもしれない。いや遅かった

認知症孤独不安否定されることで症状が進むことを始めて知った

物が盗られたと言われたら一緒に探してあげるのだそうだ

私は探してあげなかった

そんなこという祖母祖母ではない、病気のせいだと

病気祖母を受け入れなかった

病院で点滴をつける祖母に呼び掛けた。笑いかけた

祖母は前よりじっと目を見てくれた。体はどんどん弱っていった

いかけても涙が溢れるようになった

容態が悪いと言われて駆け付けたときは涙が止まらなかった

私だよ、分かる? と笑いかけたら

祖母は首を縦に振った。昔より薄い色の瞳で見つめながら

一週間後に祖母時間が止まった

私の祖母が、棺桶の中に消えていく瞬間

最後に見た顔が、私の隣で眠る顔を思い出した

認知症自分がなくなっていく祖母苦痛から解放されたはずだ

でも割りきれない私がいた

祖母の部屋で祖母を探した

祖母勝手に開けてはいけないと言っていた棚

何回も何回も糸に通して遊んだビーズがあった

祖母の好きな皇室の本もあった

祖母のおしろい、ファンデーション手鏡

なくなったと思ったメガネケース

台所に貼ってあるうすちゃけた祖母メモ書き

生まれたての私と抱き抱える祖母写真

道端に並ぶ祖母と私

祖母匂い、優しい声、丸い背中

私の祖母は働き者で、誰にだって優しい

働きながら母と伯母を育てたキャリアウーマン

生命保険営業の話だって優しく聞いてあげるのだ

私や姉がいじめられたら何処からか助けに来てくれる

近所の子供たちのお世話を喜んでしていたほど子供好きで

通りすがり赤ちゃん祖母を見るとにっこり微笑んだ

私の祖母を誰かに少しでも知ってもらいたい

祖母存在していたことを知ってもらいたい

私の愚かさ、過ちを知ってもらいたい

私の自慢の祖母を知って欲しい

2016-10-17

欲しくなったら衝動買い

今日駄菓子屋10円のガム買ったった。

衝動買いしたった。

うはwwwwwwwwwwwwwwwww

2016-10-13

久々にマクドナルドに行った

数年前、マクドナルド普通に買って500円超えた時にショックを受けた

信じてたのにって

それからほとんど行ってなかった。

 

それで今日、久々にマックに行ったら

なんちゃらセットが300円台でショックを受けた

安すぎる。

 

何でこれほど感覚が変わったのか

1つは自分給料転職によりだいぶ増えたことがあるが、まあこれはいい.

2つ目は立地、都心会社に勤めているため周りの飯屋は800円〜1300円くらいだ

それに比べて300円台は安すぎる.

3つ目はコンビニ存在

最近コンビニ商品の値段がじわじわ上がってる気がする

300円台じゃ惣菜1品くらいしか買えない.

4つ目は店の経営想像してしまたか

300円台でこの客たちは何分居座るんだろうとか、回転率はどうなんだろうとか

考えだしたらどうやっても赤字になりそうで絶望感があった

おいおいコーヒーいっぱいのほうが高いぞ、って.

おそらく駅ナカなので、あくま戦略上の出店で赤字覚悟なんじゃないかと思う

 

そういえば家の近くのマックが1つ潰れたな

別に愛着があるわけではないが、何か変な気分だ

低価格で抑えてそのまま潰れる駄菓子屋を見るような、何とも言えない無常

そういえば何でマックって叩かれてたんだっけ、よく思い出せない

原田呪いか?

 

コンビニ商品がこのまま上がり続けたらまた復権するのかね?

2016-09-23

友達貧困

僕の同級生シャツはいつも汚れていた。

彼と遊ぶ時は大体野原だった。

日が暮れるまで虫を追いかけてりなんとかごっこを繰り返した。

僕は虫取りが好きだったしヒーローごっこも大好きだったから彼とはとても気があった。



ある日無性に彼の家に遊びに行きたくなっててお願いしてみたことがある。

何だか嫌がっている様子だったけど、家は知っていたから無理矢理に押しかけてしまった。

外はまだ明るいのに、家に入ると暗い居間には父親があぐらをかいて座っていた。

その後ろには掛け軸があって、細長い半紙に四文字熟語が描かれていたけど僕には読めなかった。

お父さんは鋭い目つきの強面で、びしっと決まった角刈りが印象的だった。

邪魔しますと挨拶をしたけど、黙って頷くだけで何も言わずに一点を見つめていた。

お母さんがお水とお菓子を出してくれたけど、すぐにそそくさとどこかに隠れてしまった。

おもちゃなんて呼べるものはおいてないし、なんだか友達に話しかけても全然相手をしてくれないからその日はさっさと帰ることにした。



そいつはいつも五分刈りで、髪の毛が伸びたところを見たことがなかった。

学校帰りに駄菓子屋に誘っても、一度もついてきてくれたことはなかった。

彼は決まって、遠足や課外授業になると学校を休んだ。

ある日家まで学級通信を届けに行ったことがあった。

お母さんが出迎えてくれて、御見舞をしたいというと渋々迎え入れてくれた。

この日もお父さんは居間に座って一点を見つめていた。

それから友達を遊びに誘おうと家を訪れたことがあったけど、大声で友達を呼んでいるといない時は何度目かに決まってお父さんが出てきて一言「いないよ」と言っては奥に消えていった。

その時は怖いお父さんがいつも家にいるなんて友達は辛いなぁくらいにしか思わなかったが、あとになって仕事は何をしていたのかなんてことが気になった。



そのヒントは友達ヒーローごっこをしている間の会話にあった。

僕はテレビヒーローに扮するのだが、彼が返信するのはいつも軍人だった。

神風特攻隊!」「大日本帝国バンザイ!」それが彼のいつもの必殺技だ。

何だか漢字がいっぱい並んでかっこいいなくらいにしかその時は思っていなかったけど、今思うと何となく理解ができるような気がした。



掛け軸の前に日本刀は飾られていただろうか。

それはもう定かではないが、彼のお父さんは活動生業だったのだろう。

武士は食わねど高楊枝。

友達もそれが美学だと教わっていたに違いない。

それが自分にとってリアル貧困だ。

お金を稼いで浮かれた生活をするよりも、志のために清貧を選んだ家族の話だ。

今ではもう見ることのなくなったようなたった30年前の話である

2016-09-16

自分が「だがしかし」を1巻で読むのをやめた理由

何か思い出したのでメモ

2016-09-10

http://anond.hatelabo.jp/20160910115451

おいもちょっと読み直せよww

 別に他人文章指南するほど書けるつもりじゃねーけど、これじゃ変な奴になってんぞ? いや変な奴好きだけどな、俺は。w

これさ、クラス取り巻きに囲まれ最近ちょっと目立つ奴にいきなり怒鳴りつけてから振り向いてもらえずにいきなり通行人に向かって次々と指さし、

「オマエだ!」「オマエだ!」「お前はアイツか?」「お前はアイツが化けてるんだろう?!」

「お前らみんな同じなんだからな?!」

 って感じで絶叫。注目を浴びてアジテーション始めるかと思いきや、

「――もちろん俺も! 同じ! ……かなぁ? なんかよくわかんなくなっちゃった。でもアイツと同じでボクも狭いセカイにいるんだ…。ホントダメだってわかってるんだよ? もっと広いセカイに出たいなぁって…、思ってはいるけど……、もにょもにょもにょ…。」

 みたいに見えるんだよ。

なんだよオマエ? ツンデレなの? こんなん狙ってできねーよ、いや寧ろ狙ってたらスゲーよ、もう後半とか可愛く見えてくんじゃねぇか、っつか萌え狙いなのか? って……。


思っちゃったりしたの……。(ゝω・)てへぺろ


 公衆に向け大路で声を張るは、其闘い也。

 されど小路にて呟くは真夏幻想の如く。

 挨拶をする者在り、思索に耽る者居り、且つ又大路を夢見るも大義や何処か、と。


 いや別に悪いとか言ってねーけど。

そういう風に俺は見えたってだけで正しいとは限んねーし、webってプライベートパブリック境界が滅茶苦茶なんだよな、元々。

 ある意味凄く面白いんだよ、揺らぎが。普通に出てる商業誌とかの記事じゃ味わえない感っつーかさ。

あ、俺がこの間行った南町(3丁目な?)の駄菓子屋なんだけどさ、そこでビッグカツ買った時の話とかしてもいい?

 あれ、同じ名前で違う商品が幾つもあるのな。

http://www.geocities.co.jp/Foodpia/3772/bigkatsu2.html

 俺がガキの頃買ってたのって"すぐる"のだったんだけどさ、そこの店にあったのは"菓道"のだったんだよ。

んで思い出したんだけどさー、中学校くらいの時になんかクラス替えしてから駄菓子屋行こうぜってなって何人かで行ったのな? そしたら普段と違う店に行く事になってそこにあるのが"味の彩"だったんだよ。

「何だこりゃ?! パチモンじゃねーかよ!」とかキレたら大喧嘩になってさーww

あ、ごめん長くなるからいか

 増田主のよく食ってたのってどこのだった?

2016-08-25

http://anond.hatelabo.jp/20160825170044

もともと、焼きそば駄菓子屋で売られてる軽食にすぎなかったからなぁ。

焼きそば専門店というわけにはいかなかったんやろなぁ。

2016-07-02

ノーセックス・イン・ザ・シティ日本に住む外国人女性気持ち

何年も前の記事だけど、ふと思い出して訳してみた。

反応が気になるので、ちょっと長いけど増田投稿してみる。



ノーセックス・イン・ザ・シティ日本に住む外国人女性気持ち

Reannon Muth



女性教師に長くいてもらうのは大変なことなんだ。」東京英語教師になって初出勤の日、私の上司はこう告げてきた。「大抵の場合、6ヶ月以上はもたない。」私は驚いて、登録教師リスト(30人―全て男性から目を上げた。


「それはこの学校でという意味ですか?」


「いや。日本で、という意味だ…。」彼は肩をすくめた。「東京は独り身にはつらい街なんだ…西洋人女性にとってはね。分かるよね…。」


 彼の後ろの壁にかかっていた写真をちらりと見た。四人の中年白人男性。みんなひげを生やして禿げかかっていた。同じような歳の取り方で、垂れ下がった髪がメタリカメンバーに似ていた。そして全員が、モデルのようにほっそりした身体の、厚化粧をした美人日本人女性に抱きつかれていた。


 問題を抱えることになるとは思えないけど、と私は思った。


 私が魅力的な美人だったからそう思ったのではない。私は美人からは程遠い。スリムで中背、薄茶色の目とそばかす。良く言えばかわいい、悪く言っても並程度。でも私は競争相手が持っていないものを持っていた。長くて自然ウェーブのかかったブロンドの髪。その上私はバイリンガルで、旅行にも慣れていて、大卒だった。


 でも日本に来てから数週間の内に、不可解なほどに、もどかしいほどに、自分自身透明人間になっていることに気がついた。


 スターバックスかわいいバリスタ達は私に見向きもしなかった。自転車に乗ったビジネスマン達は私を無視して走り去っていった。大学生達はボソボソと謝りながら急いで私から遠ざかって行った。天気のことを話したり、道を聞いたり、何か話すきっかけを持とうとした時はいつもこうだった。彼らは挨拶すらしてくれなかったのだ。本当に。


積極的にならないと。」と日本人女性友達アドバイスをくれた。「日本の男はシャイからあなたから行かないとダメよ。」だから私はバーでもバスでも、男性達には誘いかけるように微笑んだ。レストランメニューや、地下鉄の案内の読み方を聞いたりした。


「何かおすすめの本/ドリンクはありますか?」本屋で隣に立った時や、バーで隣に座った時には、このおなじみの台詞男性達に尋ねていた。でも魅惑の眼差しや会話のきっかけなんてものは、相手が私を見てくれなければ効果がない。彼らが私と完全に目が合うのは、うろたえた表情を向ける時だけだった。まるで「私が将来産む子供達の父親になって。」と、たった今私がお願いしたかのような表情だった。上司が言っていたことは正しかった。独り身の西洋人女性日本に住むのはつらい。でもどうしてなんだろう?


 アドバイスを求めてインターネットを見てみると、デートできない西洋人女性というのは国外居住者の間ではおなじみのキャラなのだと知って驚いた。国外居住者が集う掲示板での、孤独独身女性書き込みの多さを見た限りでも明らかだった。


 深刻な問題のように思えたのだけれど、多くの女性が話すのをためらっていた。議論するには難しいテーマであるのも無理はない。その国の50%の人たちを極端に一般化することになるし、より悪く言うと、レイシスト男嫌い俗物女のように思われてしまうからだ。


 国外居住者日本人との間で同じように広まっている見解なのだが、実のところ日本人男性西洋人女性に魅力を感じてはいるのだ。付き合うために行動する度胸がないだけで。国外居住者達の間では、アジアにいる西洋人女性ジェニファー・アニストンのようなものだった。強くて、自立していて、積極的で、はっきり物を言う。遠くから見とれるには興味深い存在だが、実際に話しかけてみようとする男性はいない。西洋人女性は違いすぎて、異国すぎて、デート相手にするのは事実上不可能と思われていた。


 Y染色体を持つ国外居住者達にとっては話は別だ。女性国外居住者達が土曜の夜を一人で、ラーメンどんぶりに涙をこぼしながら過ごす一方で、男性達はキープしている女性達と我が物顔で飲み歩く。彼らはそうやって過ごしていた。


 アジアに行ったことのある人ならば、弱々しくてガリガリに痩せたベトベトの髪の白人少年が、完璧メイクしてミニスカートはいアジア人女の子と手をつないで歩いているのを見たことがあると思う。こんなことは世界の他の地域では決して起こらない。アジア以外の場所では、バービーケンと結ばれることになっている。不完全雇用で人付き合いの苦手な、日本刀コレクターの隣人、ケビンとではないのだ。でもアジアでは、デートルールがあらゆる論理進化法則に反している。アジアでは、オタク王様なのだ


 立場が違っていたらよかったのにと願ったとか、そういうことではない。ほとんどの場合で、私は彼らを喜ばしく思っていた。彼らは自分の国にいた時にはデートの予定を書き込むこともできなかっただろう。でもアジアでは高嶺の花を勝ち取ったのだ。彼らはまさにサクセスストーリーのものだ。魔法抜け道を使って、有利な条件の元で高根の花とデートしているとはいえ、誰がそのことを非難できるだろうか?西洋人女性にとってのそのような涅槃の地が存在するならば、きっと私もそこへ移住するだろう。


 時折、カップルを見て「彼女は本当にあの男と付き合っているのだろうか?」という疑問がかき立てられることはあったが、なぜ日本人女性西洋人男性を(オタクっぽいのでさえ)魅力的なデート相手候補と見ていたのかを理解するのは簡単だった。彼らは一つの物事に対して、真っ直ぐで広い心を持っていた。彼らはメガネ越しの西洋の目で、恋愛関係を対等な協力関係として見ていた。それは、昔ながらの了見の狭い日本人男性には、まだできていないことだった。西洋人男性達がガールフレンドを大切に扱って、お互いが二人の関係に満足しているのを見て、それが分かってきた。彼らの思いがけない行動や奇妙な言葉遣いが、翻訳で多少失われて、伝わらなかったとしても何の問題があるだろうか?社交的でない人も、愛し愛されてしかるべきなのだ


 でもうらやましいと感じないようにするのは大変だった。私が毎週末、クラブダンスフロアに一人で立ち向かっている一方で、バカっぽい外国人男性達が上手にナンパして電話番号を交換し、最初デートの予定を決めているのを見た時は、特につらかった。彼らは駄菓子屋ではしゃぐ子供達のようだった。日本人女性グルメ向きのトリュフチョコレート。一方で西洋人女性は、容器の底に溶けてこびりついた三年物のトッツィー・ロール。日本人男性達はたぶん私達に気後れしていた。外国人男性達は私達を気兼ねなく無視するだけだった。


 でも私は出会いを求めてアジアに来たわけではないのだ。いつもそう自分自身に言い聞かせていた。ここに来たのは、日本語マスターして、自分の国とは大きく異なる文化を楽しみたかたからだ。でも生活日本に移すことが、恋愛生活故郷に置いてくることを意味するとは予想もしていなかった。東京での生活を存分に楽しんでいたとはいえ、公平な取引だったとは思えなかった。


 外国人女性恋愛には成功話がほとんどないと言っているわけではない。知人の何人かは日本に来た後、夫または婚約者を連れて帰国して行った。でも彼女達は少数派だ。ほとんどの西洋人女性は一人で日本に来て、ずっとそのままだった。


 とある金曜の夜、仕事からの帰り道の途中、自分がもう日本に九ヶ月いることに気がついた。この逆境に打ち勝ったことを内心喜んだ。上司が間違っていたと証明したのだ。でも重い足取りで帰宅し、『The Office』の再放送を見ながらセブンイレブン寿司の残りを食べるという、いつも通りの夜を過ごしていた時、何のために頑張ってきたんだろうと疑問に思った。魅力がなくて、誰からも求められない、最低で、女性扱いすらされない。ずっとそう感じてきた。短いスカートはいた時や、ぴったりとしたトップスを着た時でさえ、男性達はちらりと見るだけだった。いやらしい目を向けるような建設作業員でさえ、私に対しては退屈そうで無反応だった。自分火星人になってしまったように感じた。そしてすごく、すごく寂しかった。外国人女性達を、デートのチャンスがある輝かしい境地へ連れて行ってくれる最後の船に乗らなかったのは、もしかすると間違いだったのかもしれない。


 なぜなら事実として、東京は独り身にはつらい街だからだ…。西洋人女性にとってはね。分かるよね。



記事No Sex in the City: What It's Like to Be Female and Foreign in Japan - Vagabondish

2016-05-30

小3ぐらいか田舎で育って嫌だったこと



学校

・常時体操服を着ていないと異常者扱いする上級生とその親たち

・明らかな教師勘違いでいわれのない叱責や体罰を受けて、その場に40人近くいるのに誰も一切反論しないどころか、涙ぐんでごめんなさいとか呟いてる同級生たち

・上記のようなことが何度かあって我慢できなくなって反論したら、主張が正しいかどうかは関係なく「教師に反抗した」という部分を問題視されて親まで呼び出されたこと

・そのことが「あの家の子はとんでもない不良」「都会ではプチスケバングループを3つ率いていた」(どんな小3だよ)という形で村中に広まっていたこ

・熱で2日学校を休んだら、「休んでた」とだけ子供から聞いた親の間で「村内初の不登校児現る!」というゴシップになっていたこ

いじめをなくすためにあだ名禁止し、男女差も無くすため「(苗字)さん」と呼ぶことを強制する教師しか田舎なので増田(仮)と田中(仮)と鈴木(仮)が5人ずつぐらいクラスにいる

部活問題が起こったりするとみんなで謝罪しに行くが、その際に「お前らの誠意を見せろ」「本気具合を見せろ」と言われてみんなで正座土下座するのがお決まりコースという気持ち悪さ

・外走ってこい、床に正座させる、平手、突き飛ばし、耳掴み、髪掴み、胸倉掴み、吊り上げ、つねり、投げ、小キックまではセーフ(Not体罰)という認識教師が多かったこと

いじめられる人間が悪いと堂々と言い放つ教師が多かったこと

・「目が気に入らない」というヤンキーみたいな理由生徒指導室に連行されたこと

連行された生徒指導室で「今日はお前が泣くまで帰さん」という謎の基準で1対3でプレッシャーをかけられたこと

・結局泣かないまま18時を過ぎたら親まで呼び出されて、親が教師からボロクソに言われて、それを見て泣いてしまったこと

物事がなぜそうなったのか、背景や理由をちゃんと説明してくれる貴重な教師の、生徒・保護者からの人気が

 「理屈っぽい」「何を言ってるかわからない」「外人と繋がりがあるらしくて怖い(英語教師)」という理由で異様に低くて、担任交代まで追い込まれたこと



村編

・最寄駅(徒歩1時間~)

路線バスが1日2本、のちに廃線

子供だけで行動が許されてる範囲コンビニはもちろんスーパー駄菓子屋図書館本屋文房具屋もないこと

子供会という自動的かつ強制的に「参加することになっていた」謎の組織

一言もやるともやりたいとも言ってないのに問答無用でやらされる子供会スポーツ

酔っ払いおっさんたちに担がれてガッサガッサ縦に振られまくる神輿の中で、太鼓を叩きながらよくわからない唄を絶叫させられつつ村内を練り歩くお祭り

・女だから○○、男だから○○、子供から○○といった考え方が明らかに都市部より強く、それをかなり押し付けられること

電話をかけてきた相手に「どちらさまですか」と聞いても「ワシやけど!」「ワシじゃ!」「ワシや!(怒)」としかわず全然名乗らないこと(最近オレオレ詐欺流行ってちょっと減った)

・自宅の出入りがごく自然ウォッチされていること、訪問頻度から恋人ができたとかできそうとかも全部把握されていること

玄関納屋→裏口と回ったがすべて施錠されていたので、仕方なく雨戸と縁側の戸(鍵が壊れてる箇所がある)を強引に開けてキュウリを届けに侵入してくる近所の人

勝手に入ってきたお坊さんが勝手仏壇にお経を唱えて勝手に帰っていくこと、シャワー浴びてる間にいつの間にか来て、いつの間にか去ってた

・昔の人基準で作られた異様に低いつくりの台所

町長自分会社に請け負わせて謎のでかい建物を建てていた、子供が見てもわかるぐらい利権ずぶずぶっぽい構図

・持ってる土地とその家の発言力が大体一致してて、子供までその感覚自然と染みついていること

分家のくせに本家の子より成績がいいか生意気とか、そういうことを本気で言っちゃう人が結構いること

ビールを飲んだ後、最後日本酒を飲んだから酔いがさめてセーフという頭のおかし理論で車を運転するクズ一定数生息していたこ

信号がないので車が常にかなりのスピードを出すこと

・下衆かったり下卑てたりするおっさん・じーさんの比率がとてもとても高く、中学生以上の女性セクハラの嵐に遭うこと

 公民館で何かの炊き出しの手伝いに来てた大学生のおねーさんに近づいてきて

 「○○ちゃんか?おほー、大きなったなー!どれ、三千円でどや?アカンか?ガッハッハ!!」と言いながら

 肩から尻まで背中を撫でまわして嵐のように去って行ったおっさん自分の中でワースト1

・家がボロくて台風が来る度に屋根が飛ばないか本気で心配すること

下水道はきたけどリフォームするお金がなくてまだ水洗トイレがないこと

若い女が乗る場合軽自動車フロントガラス根本にフワフワのファーを敷きつめておかないと「ババくさい」とバカにされること

・うちに来るツバメがもう何年も連続でヘビにタマゴやヒナをやられていること

・家の周りの草引きから戻ってきたら、換気の為に開けていた裏口からキッチンに入ってきたシカがなにかをモシャモシャしていたこ

・夜中に薄い壁一枚隔てた場所から聞こえる「フゴッ……ブヒッ……」というイノシシ息遣いで起きること

・寝ててふと気づいたら顔面にサワガニがいたこ

・1シーズンに2回くらい入浴中にムカデ天井から降ってくること

村八分実在すること




嫌なことばかりじゃ流石にアレだから田舎で良かったことも書く



・何と言っても自然豊富、裏を返せば虫とかもかなり多いけど個人的には割と平気なのでメリット寄り

・夜空とか綺麗、星が多すぎて星座を探すしょうもない課題が高難度クエスト化する

・水はおいしい

・米とか野菜が大体タダでもらえるし、受け取るとありがたがられたりする

・家と敷地が広くて隣まで距離があるので割と好き勝手できる

空気が綺麗、というか車通りの多い街に行くとすぐ喉が痛くなる

体操服(小中)→制服(高)→野良着 が標準なのでオシャレとかしてなくても誰も気にしない、プリントTシャツハイカラって言われるレベル

 GU(遠い街にある)がユニクロ(隣町にある)より上位ブランドっていう扱いなのでチョロい

・シカはよく見るとかわいい

イタチかわいいけどクサイ

・外からはあまり村の中の様子がわからないので、雪がちょっと降った日に家の周りで割と積もったことにしてゆっくり会社学校に行っても隣町の人に信じてもらえる

親子丼にのせる山椒を買い忘れても裏庭でとれる

自分ちが持ってる山でマツタケが採れるらしい(食べたことない)

・川でよくわからない魚とか獲って遊べる、カメはいるけどスッポンがいないのが悔やまれ

・水がおいしい

・村内の噂になり尽くしておくと、何をやってても話題として面白味がなくなるらしく、

 後はウォッチはされるけど放っておいてもらえるので、2○歳の私が笹船流して併走しながら「いけーソニックー!」とかキャッキャ言ってても全然ヨユー、大丈夫

ウシガエルとかも触らなければ案外かわいい、ボテボテしてる

・カマとかナタとか小刀とか持って歩いてても放置されるぐらい平和、ハサミも持ち歩けないシティとは大違い

・ジジババのネットワークGPSばりの精度で村人の居所が割れから、誰かに用事があるときは便利

・自宅なのにまだあまりあさったことがない領域結構残っていて、暇なとき探検ができる、古い茶碗とか謎の農具の残骸とか黄ばんだ書類とか出てきて鑑定団ごっこするのが楽しい



多分この集落も、もう20年もすればかなり滅びに近づいているだろうなーと思うし、自分もいつまでここにいるかからないけど、

好奇の視線を耐えきった結果今はそこそこ居心地もいいので、もうしばらくはこのままかなー。

あーでも、手に取って選びたい派としては本屋はもうちょっと近くに欲しいなあ、一番近いツタヤまで車で20分だもんなあ……。

2016-04-08

だがしかしによって駄菓子屋が復活したという話を聞かない

だがしかしによって周辺の閉店した駄菓子屋が復活したという話を聞かない。

僕は大阪住みだけど、西成にたくさんあった駄菓子屋

だがしかしというアニメ作品によって再開したという話を全く耳にしない。

それどころかコンビニスーパー駄菓子商戦の影響もあって

駄菓子屋に来るお客さんが少なくなり、殆どいなくなって

すっかりしょ気返ったお婆ちゃんが、ガラガラと店を下した悲しげな背中を見て

わず貰い泣きしそうになったよ。

だがしかしによって本当に駄菓子屋は復活したんだろうか。

大阪の都会だからそんな事がなかっただけかもしれない。

きっと兵庫とか奈良駄菓子屋は無事に復活して

さな友達の賑わいの場になっている事を想像して

今日コンビニうまい棒を買い漁る事にしたい。

2016-03-13

ローカルコンビニが好きだった

店内に延々と流れていたオリジナルソングを今もおぼえている。

県内に数店舗あるかないかの小さなチェーンでさ、住宅地の近くに初めてできたコンビニだったんだ。駄菓子屋には置いていない菓子肉まんをたまに買うのが本当に楽しみでね。

自転車で5分も行けば着く、今から考えればどこがコンビニエンスなんだと言いたくなるような距離も、ぶっきらぼうな接客も、たいしたことのない弁当も、比較にならないくらい便利な現代コンビニよりずっと愛着を持っていた。

大手の、ローソンセブン広告ドンと出して進出してきてコンビニでござい、なんて顔をしているのがどうにもイヤな感じがあった。結局奴らには勝てなくてつぶれちゃったんだけど。

たぶん、子供だった俺にとってはちょっと贅沢な駄菓子屋だったんだろう。

2016-03-05

にっき

相談の仕方が分からないけどネット上では既にIDがあるのでここを使わせてもらう.

半年に一回くらい,心がすごく痛くなることがある.奇しくも今日がその日となってしまった.

いつもの通り寝て食って嵐が過ぎ去るのを待つのもいいけど,最近小説を書き進めていることに関連して,僕の心のなかを書いてみようと思い,某記事を思い出してここに来た次第だ.


まず,痛くなった原因っぽいのを幾つか.と言うか今日の行動まとめ.

今朝の夢はゲームイベントの期間がいつの間にか終わっちゃってるって内容だった.皆勤賞を逃してすっごく嫌な気分だったけど目が覚めて日付とイベント情報を見てホッとした.他の夢は忘れた.

そして風呂入るの忘れたまま寝ちゃってたんでほかった.ほかったってもう最近使わなくなったよね.

風呂上がって歯を磨いてたら物音がした.母が起きたっぽい.しまったと思いつつも観念して顔を合わせて自室へ.また風呂代がもったいないと暗に言われた気がした.

その後寝たらまた昼まで寝そうなので寝ずにPCゲームしてた.生産性のない繰り返しのゲームチートまがいの強化をして無双をして飽きての繰り返し.オンラインじゃないから誰にも迷惑かけてない.

1ゲーム終わった辺りで一応起きてることを示しにリビングへ.最近親に顔合わせるっていうかリビングに行くのも億劫.これは引きこもりの第一歩かな?

兄も起きてきて朝の忙しない時間.僕は普段居ないから何していいか分からず棒立ち.兄はペットの世話,母は仕事とご飯.今日の朝食はコンビニ麺.ワカメそばは飽きたって言ったらとろろそばになった.

朝ドラを見る.初恋がどうとか.

母出る.僕は風呂掃除してアニメBDの視聴を再開.

いわゆる鬱回で泣きそうだから事前に対策を打つ.コメンタリーゲームを挟んでみたら泣かなかった.でもつらい部分はつらい.でも好きな部分は好き.

昼くらいにアニメ見終わる.終わっちゃった感と終わった感に包まれつつ昼飯.また麺.昼は自分で作る.

この時指をはさみで切る.久々に出血ビビるけど湯が沸いてるので冷静に対応した.パスタはうまかった.

場所場所なので前述のゲームに影響出そう.まあいいや

食後眠くなったのでエナジードリンク無駄に飲む.寝ても良かったけど今日CD届くし.と思ったらあとから調べたら不在でもポストに入れてくれるタイプらしい.じゃあリビングにいても意味ないし自室へ.兄はもう寝てた.

CD待ちつつゲームとか小説の設定整理とか.主人公格の数人の名前とか特徴とか決まって嬉しい.絵も描きたい.まだスキルはない.でも板タブはある.

そうこうしてるうちにCD着てた.取りに行ったら兄も起きてた.ここらへんは確かアニメドラマCD的なの聴いてたと思う.買ったCDインポートしようとしたら自動再生されてびっくりした.

びっくりしたので横になる.2ch見てたらとあるスレが目に入る.

詳細は省くけど母祖母殺しのやつ.生前いじめられてたからその情状酌量がどうとか.

いつもだったらへ~くらいで流してたろうけど,今日は引っかかってしまった.原因はアニメ見て感情が高ぶってたのと爆音聴いてびっくりしてたのと.

その中でも1つのレスクリーンヒットした.こんなの↓

『肉親も愛せないような人が誰かを愛するなんて言ったって胡散臭いじゃん』

なんかメッチャ刺さった.きつかった.

実は僕彼女が居たんだ.誰にも言ってなかったけど.彼女親友に言ってたけど.

居たんだって言葉通り,今は居ないんだ.死んではないよ.多分元気に腐ってる.

僕としては告白されて断る理由もないし,断ったら今後空気がつらいなって思って承諾した気がする.でも好きって言われてすっごく嬉しかったし,一緒にいてつらくなかったか幸せだった.

でも彼女は一緒にいるだけじゃダメだったみたい.曰く愛してくれるんだろうけど分からないと.貴方は私の一番だったのに,私は貴方の一番になれない気がする.でも一番じゃないと嫌だ.嫌だからもう距離を置こうと.

言われる前からなんか空気重いなって思ったけど言われてびっくりした.ちょっとだけ我儘だなって思ったけど別に嫌いになってはないよ.そもそも恋なんて我儘でナンボみたいなところあるし.

で,まあここで食い下がっても不毛なだけっぽいし,なんか彼女の眼冷め切ってるし,ちょっと怖いし.承諾してじゃあねって言ってからもう会ってない.たまに生存報告的なノリでSNS見るけど.

で,ここでさっきのレスに戻るけど.愛してくれていたんだろうけど分からないって言葉リンクしてさ.

僕は本当に彼女を愛していたんだろうか?って.

求めていたのは愛してくれる存在で,それは一方的ものだと思ってたんじゃないかなって.

一方的な愛.そんなの某マリア様くらいじゃないのって思う?でも皆受けてたんじゃないの?親から

僕は多分親の愛を感じられなかったんだと思う.本当に無かったは別として.てか本当ってなんだよ.感情に本当も何もあるのか?感情かいうよく分かんないもの科学をぶつけるのか?


脱線した.戻す.基本誤字以外は訂正してないんで多分おんなじこと繰り返したりするけど許してね.これ独白みたいなもんだし.最初に言ったけど僕相談の仕方分からないし.

で,なんだっけ.ああ愛か.愛かって打ったら辞書登録してた長文が出てきて笑った.真顔だけど.

愛です.愛.愛ってなんだよ(哲学)とかやってもいいけどそういう気分じゃないのね.僕の独断偏見持論パラダイスで行くね.

どっかで聴いたけど子供は親とのつながりを起点にしていろんな人と付き合っていくらしい.親(母親が多いらしい)という絶対なる信頼基準を持っていれば,拒絶されても泣きつけるしうまく行けば報告してほめてもらえる.いいなあ.

僕はそこまでの関係を親と築けなかったんだと思う.僕は長男じゃないから,一回目の緊張した気分での子育てじゃなさそうってのもあるけど,環境と親の性格が影響していると思うのね.

まず環境.ここまで読んで気付いた人はすごい.褒める.から褒めて.優しくして.

そう,僕には父親が居ないのです!

あ,血縁上の父上は居るよ.中東に.日本人だよ.たまに帰ってくると髪メッチャ茶色になってるけど.あっいま住所にないから正確には日系人か?

僕にとっての『父親』ってのが多分他の人の父親ものすごく乖離してると思うんだ.

一般的父親イメージというかぼくがえがきだすりそうのおとうさんを挙げるね.なんかここで突然泣きそうになってきたけど耐えるよ.泣いたら怒られちゃうから

おとうさんってのは,頼り甲斐があって,威厳があって,強いの.別に亭主関白主張しますっ!とかじゃなくていいの.寧ろそれヤダ.怖いじゃん.

例えばテストで悪い点数取ったら怒ってくれて泣いたら次がんばれよとか言ってくれる.かっこいい.

運動が得意じゃなくても良いよ.なんか一緒に遊んでくれたら楽しそう.一緒にスマブラとかしたかった.もう兄ともやらない.てか兄ともやったこと少ないかも.

でもね,でもね.うちの父上は違うのでした.

まずそもそも家に居ない.いつからだったかなあ,単身赴任したの.小学校あたりからかなあ.でも単身赴任前も仕事忙しくてあんまり喋ったこと無いんだ.お父さんが帰ってくる頃まで起きてると早く寝なさいって言われたことある

それで,単身赴任中の父上と連絡は基本取れない.取ってても母介してだから秘密相談とか出来ない.男同士の秘密とかも全く出来ない.そのせいか未だにエロい話苦手.自慰はするけど.エロい話は家族タブー感ある.

たまーに父上は日本に帰ってくる.その度に色んなとこ行ったり豪華なご飯食べたりする.書いてる小説のせいでごうかが業火と劫火が先に出てきて笑った.これはくすっと来た.

最近はそんな感じだけど,一回決定的なのがあってね.

覚えてる?僕が友達電車乗って遠くのヨーカドー行きたいって言ったの.アレまだ覚えてるよ.

最初お母さんに相談して,敗色濃厚だったけどせっかくお父さん居るし相談してきなさいって言われた.相談してみた.なんて言った?

『お母さんがダメって言ってるならダメじゃない?』

絶望したよね.だってお父さんって家庭内で唯一お母さんと対立できる存在でしょ?あ,祖父母はないものします.

まあ確かに母親が子の面倒見て父親が稼ぐってスタイル普遍的だよね.でも意見すらしないのってどうなの?せめて貴方意見を聞かせてよ.特にうちの母は普遍的じゃないんだから.あ,母親については後述.

この事件きっかけにして,お父さんには何を相談しても無駄だなあって思うようになった.これが一つ目かなあ.

二つ目.やってきました母親

うちのお母さんはね,子供ぽいんだ.

子供っぽいって言うと良い感じだよね.じゃあ悪い感じで言うね.ガキ.キッズ.幼稚.ごめんなさい.ガキ消そうと思ったけどやめた.

ここで関連してくるのがさっきのスレッド儒教の教えかな,親は敬えっての.これが形骸化して,親らしくない親でも敬え的なことも言われるようになってるよね.スレッド内でも親絶対主義みたいなの居て怖かった.

簡単にまとめようとしてみるよ.うちのお母さんは子供っぽいから,親としてあんまり機能してない.というか不具合起こしがち.でも親だから敬わないといけない.そんな感じ.まとまってないなこれ.

まあ敬う敬わないは置いといて.どう子供っぽいのか.

情緒不安定なんだわ.あの人.

親ってさ,悪いことしたら叱ってくれるし良いことしたら褒めてくれるってのが理想?じゃない?

でもね,あの人は当人の気分でキレたり機嫌良かったりが大半なんだ.

いくつか覚えてる例挙げるね.

なんか母親が頼んだことしなくて,僕がすねて部屋に引きこもった.母親駄菓子屋行くから許して?って言った.僕は承諾せずだんまり

しばらくしたら,下で母親がキレた.

ぼくは母上が失敗しても怒らないことを学びました!

TV面白くてご飯食べずにずっと見てた.早く食べなさいって言われたけど空返事.

しばらくしたら玄関のそばにおいてあった僕のランドセルを土間に逆さにぶちまけた.

ギャン泣き.母ガン切れ.

言うことを聞かないとものに当たられることを学びました!

母親喧嘩っぽいことになった.言い返した.泣かれた.部屋に引きこもられた.飯が食えない.まだ幼かったしご飯作れなかった.てか多分勝手に作ろうとするとキレられたと思う.

母上と喧嘩しないこと,言い返さないことを学びました!

こんなもんかしら.いやもっとたくさんあるけどこれ書いてたら日が暮れるか涙出てくるかすると思う.もう日暮れてたわ.

まーこんな感じで子供っぽかったわけですよ.子供なら子供同士ぶつかり合えばいいんですけど,そういう時だけ親権限発動したりして.

簡単に言うと一方的ボコリですかね.ゲームで嫌われるやつだな.

まあここらへんまではある程度一般的なのかなあ.分かんない.友達の親皆いい人.日本人いい人.僕も母も日本人だけど.父も.

もう一つ致命的な点があってですね.

陰口多いんすわ.

一般的な陰口って当人の及ばないところでの集団での悪口とかそんな感じだったっけ?でもそうじゃないんだ.

あの人ひとりごとでクソだの死ねだの言ってるんすわ.

しかも○○死ねとかじゃないの.ただひたすら罵り言葉

しかも最悪なのが『聴こえる』ってこと.

家って防音性高く無いじゃん?普通の家だし.

そんな中でまるで目の前の相手に吐いてるかのように言ってるんですよ.もうメッチャ聴こえる.

聴こえる旨を言えばいい?言ったら聴いてることバレるじゃん.マジで殺されたらやだよ.

これに関して一番怖かったのはリビングで僕が遊んでる時(一人遊び),食卓の机に座りなら小声で(死ね死ね死ね死ね)って言ってた時.しかもその直後話しかけたら何事もなかったかのように返答してきた時.

書いてて思ったけどこれ心の病気なのかなあ.分かんない.

せめて対象設定してたら僕だ,僕じゃないとか分かったんだけどさ.してないからさ.

でも全部僕じゃないって思うのは無理で.僕とやり取りしたあとにやってたりなんかするとああ僕のことなんだろうなあって.

これが原因で僕は学校とか電車とかで誰のものともしれない悪口が飛んで来ると全部僕なんじゃないかって思うようになりました.

人間不信本来信ずるべき肉親を信じられない.もう誰も信じられない.

そんなこんなで思春期くらいにはもう母親のことが信じられなくなってました.受験とかでがんばってねって言われても響かないし合格おめでとうって言われても何も喜べない.そのくせ悪態だけは信じる.

ダメですね.どうせなら何も信じなければいいのに.でも負のワードは全部本当なんじゃないかって思っちゃうし,正のワードはどうせ心のなかでは……って思っちゃう

別に友だちがいないわけじゃあ無いよ.居る居る.合計10人位かな.

でも親友かって言うとうーんって感じ.いや皆いいやつなんだけどさ,裏では……とか本心は……とか思っちゃう.ひどい人間だ僕は.

そんなわけで冒頭の相談の仕方がわからないとも繋がるのです.だってから信頼できていないから相談事を言いふらされちゃいそうだから

言いふらすで思い出したけど,付き合ったこととか何したとかも彼女は友だちに言ってたっぽいね.いや別にそれは良いんだけど.あ~そういうことも言っちゃうんだ-って思ったりもした.

僕は誰にも言ってないよ.付き合ってたことも,別れたことも.だって言わないでって言われたし.

ええっと,なんだっけ.いろいろ書きすぎて忘れちゃったわ.

あー,愛せないハナシね.そうそう.

まあ友達ともそんな感じなので,付き合ってもこんな感じで.手出して良いのか?って思っちゃって何も出来なかったりしたり.

そりゃ何もされなきゃ愛されてないんじゃ…?って思いかねないよな.わかるわ.分かってなかったけど.

そうだ,思い出した.

一番になれないって言われたけど,そもそも僕は誰かを愛したことがあるんだろうか?って事だね.

両親こんな感じだから愛とか全く感じられなくなっちゃって.でその埋め合わせを彼女に求めちゃって.愛して欲しかったけど愛し方は分からなくて.

どっかで見たけど当人負担パートナーに求めるのは甘えってのがあったな.確かにそうかもなって部分とじゃあどうすりゃいいんだって部分があった.

さて,愛されているとは思えなかった僕はどうすれば愛されるのでしょうか.

BAにはコインいっこあげますコインってなんだ.

無償の愛を与えてくれる人には甘えてあげます.あげますってなんて上から目線だ.


こんな所で僕の話はお仕舞い.そろそろ母親帰ってくるからリビング行かないと.


この話はフィクションですって書いとかないと特定されたら燃えそうだな.そういうことにしといて.あと特定しないで.でも助けはきて.

2016-02-24

組体操は俺が考えた渓流めかくし列車と変わらない

長野県山村伝統行事なの。

澄み切った渓流を中学3年生が目隠しして渡るのね。

それだけじゃつまらないって駄菓子屋ケン坊が言うもんだから参加者の足をチェーンでつないだ。

誰かが転倒するとみんな倒れる。参加者全員が流されて大惨事になったこともあるのよ。

でも、廻りの大人はみんな渓流めかくし列車経験しているわけで、この村では通過儀礼みたいになってる。だからなくならない。

役場に勤める洋七と駄菓子屋ケン坊が考えた歴史の浅い伝統なんだけどね。何が目的行事なのか、もはや誰も覚えてない。

書いてから思ったけど、カイジの鉄骨渡りにも似てるな。楽しむ人がいるんだよね。こういうエセ伝統は。

2016-02-21

学校って辛くない?

義務教育時代は8時半登校で7時半に起きて全力で朝飯&準備して学校までダッシュ

息つく間もなくHRそして授業、合間の休み時間はたった10分、体育なんか10分で着替え、移動、整列までしないといけないし

トイレも極限まで我慢を強いられる(手を挙げてトイレ!とか絶対無理)、食事は30分で終わり、後片付けと掃除も30分、

休みは長いけど何もする気力が無く、午後に備えて寝るしかなかった、グランドで全力疾走してる奴らは頭がおかしいと思ってた

午後も2時間みっちりあるし、終ったころは4時。そこから部活を3時間、全身の細胞から力を振り絞るようにやってすっかり暗くなる頃に塾のバスに飛び乗る

塾で勉強をこれまたみっちり3時間ほとんど何も頭に入らない)やって、中休みに近くの駄菓子屋パンを買って貪り食う、帰るのは11時半

帰ってからも家の手伝い、掃除洗濯炊事片付け育児主婦メニューを一通りこなし、一風呂浴びてから宿題にとりかかる、ここで午前1時半

ラジオを聴きながら宿題悪戦苦闘、心はもう半分夢心地眠るのは午前3時

ここから少しの自由時間があり、親の目を盗んでゲームをしたり漫画を読む、カラスの声を聴きながら4時ごろ就寝

3時間ちょっと睡眠の後、再び学校へ全力投球、日曜祝日文字通り糸が切れたように微動だにできなかった

これ今考えると異常に辛い。辛すぎる。フルタイム正社員よりよっぽど辛い。刑務所より辛いんじゃねーかな。大人の仕事なんて一種類だけ延々とやってりゃ済むし。

これだけやって日本学力は低いってどんだけだよ。システムに欠陥ありすぎだろ。

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