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2017-04-21

http://anond.hatelabo.jp/20170421171342

アカリ登録してる?

自分就活した時はSPIというものについぞ出会わなかったような気がする.

2016-09-02

君の名は。オタクへのご褒美だった

君の名は。控えめに言って最高だった。

まりにも良すぎていてもたってもいられず、この気持ちをひとまず文章にしようと思って書きました。

以下、本編過去作のネタバレを含みます

見てない人はマジでこんな駄文読む価値いかチケット取って映画行ってきてください。

まず、冒頭のOPからクワクが止まらない。

そして、衝撃。

あれ?こいつらすごく真っ当なキャラ達だぞ?

すごく社交的で友達もいてそれなりに楽しそうな学校生活を過ごしている。

間違っても学校サボって御苑で金麦おばさんと密会なんてしそうにない。

なんかこの時点で、今回の新海監督は今までとは違ったものを作ったんだという実感がビシビシ伝わってきた。

そこからコミカルな入れ替わりのやり取りはコメディタッチ楽しいんですよ。

TSモノ大好きおじさんとしては、とてもツボなやり取りにニヤニヤしっぱなし。

また、メイン二人の俳優さんがとてもうまいんですよね。

入れ替わってるのが声からスッと入ってくるから、どんどんのめり込む。

なんだよ、なんだよ〜めっちゃ面白いやん!

というか二人共めちゃくちゃかわいいし、なんて明るくて楽しい映画なんだ!!

なんて思ってましたよ。

海監だってこと忘れて楽しんでたので、中盤隕石落下下り

あ、忘れてたけど、これって新海監督の作品やんけ…

叩き落とされて、そこから這い上がっていく瀧の姿。

なんだよ、めっちゃ主人公じゃん!!

で、あのカタワレ時のシーンね。

感動的なのに、口噛み酒やおっぱいで笑かしてくる。

そんなところもすごく楽しかった。

で、マジックが落ちて記憶がなくなっていくシーンは号泣するしかない。

あの、一瞬で音がなくなるシーンは本当に鳥肌が立った。

そこからはずっと泣いてたと思う。

新海イズムみたいなものが全開で、それでもあのハッピーエンド

エンドロール最中はずっと心臓がドキドキしてました。

で、まず思ったのは、背景。

海監督の代名詞といえば、あの印象的な背景が上がること多いでしょう。

それが、今回はすごく薄い。

キャラクター邪魔をしないように、すごく地に足がついた背景になっている。

ただ、一点だけ新海監督らしさを出した部分は彗星描写でした。

それが効いて、瀧の言う夢のような景色という言葉にすごい臨場感が生まれていたと思います

メリハリが付いたので、逆に印象的になっていた気がしました

で、でですよ。

まぁみなさん言及している過去作へのオマージュ

真っ先に感じたのは宮水神社御神体のあるカルデラ風景

あ、これって星を追う子どもと重なるなーと。

どこか異世界じみた風景彼岸此岸、それを分ける水。

まぁその手前でユキちゃん先生が出てきた時点でもうって感じではあるんですが。

そして瀧と三葉の間の繋がりは携帯電話。あ、これってほしのこえかと。

なんか過去作とのオマージュがぐりぐり練りこまれてて、うれしい!うれしすぎる!!

その後も、三葉になった瀧がテッシー自転車に乗ってるところは信濃新聞CMを思い浮かべるし、

ラスト就活中の瀧の語る人々の記憶に残るような街づくりがしたいって台詞大成建設地図に残る仕事と重なるし、

今まで追ってきた新海監督の作品思い入れもあって、もう胸が詰まりましたよ!

そしてラストね。

もうあのラスト

みんな騒いでますけど、あれ秒速5センチメートルですよね。

秒速は新海監督の作品の中でも一番好きな作品です。

バッドエンドなんて言われますが、自分はそうは思わないし、それも含めていい作品だと思います

あのラストはあれでいいんですよ。

出会いいからこそ秒速5センチメートルはあの作品たりえたと思うんです。

でも、タカキには、幸せになって欲しかった、出会って欲しかった。そんな気持ちがあるのもまた事実です。

叶っちゃったよぉぉぉぉっぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!!!!!!

はぁ〜叶っちゃいましたよ。

出会いましたよ。

間を阻む電車にも負けず、ちゃんと振り向いて声をかけて、三葉も振り向いてくれた。

こんな幸せなことがありますか?

何回かニアミスしてるんですよ。

新宿で、タカキが仕事に押しつぶされて帰る帰路ですら違ってるんですよ。

タカキが振り向いても、アカリは振り向きませんでした。

でも、三葉は毎回きちんと振り向いてくれて、同じ気持ちを共有している。

はぁぁぁぁ〜〜ハッピーエンドかよ!!!!!

もちろん君の名は。はそんなオタク気持ちなんか抜きにしても良い作品です。

ど真ん中どストレートの直球のようなエンタメ作品だと思います

映画館カップル中高生がいっぱいという話を聞いて、当然だと思いました。

それだけ普遍性のある作品だと感じました。

あの、新海監督が、こんな作品を作ってくれた。

それが嬉しくてしょうがありません。

ずっとずっと大好きだった監督が、メジャーに羽ばたいていく。

そんな素敵な門出に、こんなオタクにご褒美をくれる。

なんてうれしいんだろう。

海監督のファンをずっとしてきたからこそのカタルシスがありました。

小説川村さんがおっしゃっていたように、まさに新海誠集大成のような映画だったと思います

そして、そんな君の名は。で初めて新海監作品を見た人たちが、過去作でも好きな作品を見つけてくれるとうれしいなと思います

で、こんな駄文を読んでまだ映画を見てないアホは早く映画館に行こうな。

2016-06-11

艦これ個人的備忘録

http://twitter.com/DoubleCrossK

情報があまりにも少なすぎるので個人的な補完用に。

http://anond.hatelabo.jp/20160404011536

によると艦これを描いているサークル総数は年々減り続けているということで、しかC90でもC89と比べて艦これの申し込み数が減っていた。

C89=2425サークルC90=2360サークルしか当選率が上がったので当選サークル数は同じ)

こういう艦これ危機に我先とジャンルを乗り換えて逃げ出すサークル艦これへの恩を忘れた自分勝手同人ゴロであり厳しく追及する必要があると思う。

特に東方が消えていれば今ごろ艦これ一色となっていたのは明らかで、東方オワコン化に失敗した今逆に東方流出するサークルは最も艦これに害なす存在であり、そのような背信行為は界隈全体で激しく弾劾し続けなければならない。

こういう厳格な風潮が界隈にもっと広がって艦これを無闇に捨てるサークルが減り、いつまでも艦これ同人が長続きすることを願って。


リストは随時更新予定

2016-01-26

静かなアニメED好き

ヒロイック・エイジのAzurite

ToHeart2のトモシビ

クレヨンしんちゃんのつきあかりなんたら

DTBのツキアカリ

明るいのも好きだけど

2015-11-09

仮面ライダーゴーストがすでに面白くない

ベルトがウェストポーチに見えて戦いに集中できない。

ニュートンゴーストドラえもんに見えて戦いに集中できない

ベルトがうるさい。てかあの手の決めゼリフは初登場の時は笑えるが、2回目以降何回も叫ばれると不愉快。笑えない。

しかも、スペクターと同時にあれやられると、もうカオス字幕出してないと全くわからない。

ヒロインアカリが全く色気ない。いつまで「私は科学しか信じない」みたいなポジション続けんねん。

まともな思考の持ち主演じて全体のバランス取ろうとしてるんだろうが、サムいだけ。

ジジイ竹中)の「円熟したコメディを演じてるオレ渋い」、みたいな見せ方そのもの普通すぎて見てられない。

・タケルが急に消えることが出来たりする、既に人間を超えた設定なのでゴーストに変身してもあまりすごいと思わない。

他にもいっぱいあるけど、誰か追加して。

2015-07-24

ヲタTPPに反対してんのかよ

アカリズムの溜息で論破してやってくれませんかね

2014-04-24

キャプテンアース面白い

今季面白いアニメが多いけど、その中でも私的にはキャプテンアースが一番来てる。最新3話までみてる。

3話でようやく、ダイチ、テッペイ、ハナ、アカリとメインの四人が揃った。

この四人の個性役割けが非常に良い。今のところ、ダイチとアカリポジティブ、ハナはニュートラル、テッペイがネガティブ存在

ダイチはもう言わずもがな主人公ぶっ飛ばしで気持ちいいくらいのまっすぐ少年!こういう主人公好き。言うことなし。

アカリもかなりいい。闇堕ちしそうな背景を持ちながらあの率直さと明るさ、そしてロジカルリアリストダイチやハナと自己紹介しあう場面も特にないのに普通に仲良くしてて、全然コミュ障とかじゃないのもいい。ダイチとアカリが四人の中でもかなりポジティブ存在として描かれてるのは明らかだけど、ダイチは受け入れることと自分意志を貫く(やりたい事とやるべき事が一致する時行動できる男!)タイプであるのに対し、アカリ自分個性ある価値観を間違えずに躊躇いなく発揮していきながらその分相手の個性もけして否定しない感じなタイプですね。人生面白く楽しく生きようという明るさがある。ダイチもそうですが、女の子であるアカリもスタドラのタクト彷彿とさせる快活さがありますね。

ハナはまだニュートラル。テッペイと共に人間扱いされず抑圧され管理されメガネにはセクハラされ、大人たちに囲まれている場面ではテッペイと同じく能面の様な顔をしますが、ダイチとの再会によって変化する。「だってブーメランみたいんだもん!」笑顔を取り戻します。それからの変化は歴然。(おそらく)人間ではないから出来たことなのかもしれないけども、それまでの抑圧された環境から立ち上がり生きる歓びを自分から見つけていきます安納芋発見し、おいしそうにニコニコ食べる。司令のおうちの匂いが好きー!とお布団へ飛び込む。囚われのお姫様だったからって男が居なきゃ恋をしなきゃ自分の喜びを発見できないわけじゃない、ナイスヒロインです。

そして目立つのがテッペイのネガティブさ。悪いやつということではなくて、心を閉じているという意味ネガティブダイチとアカリの超然な明るさと、同じ状況下に居たハナの変化と比べると物凄いネガティブ存在として描かれてます。まずもって、テッペイはまだダイチ以外の人間とまともに会話してない。

ハナがいるじゃんとなりますが、ハナの裸を見て何もリアクションしないあたり、ハナに対する意識兄弟運命共同体という感じではないかなと私は思っている。おそらくダイチとの最初出会いから再会まで二人でずっと同じ様に管理され、お互いの存在を知りつつ管理下にあるので碌な私語も出来なかったでしょう。それでもハナもテッペイもお互いに遠慮がないあたり、お互いをもう一人の自分だと思ってる位の意識なんじゃないかなーと私的に解釈している。ダイチを助けにハナがテッペイを連れ出すシーンも、会話してる様子もなく向かい合って座ってるだけでしたし。もしくは、ハナはブルーメの姫?だから自分とは格の違う存在だと感じているのかもしれません。

司令ともちょっと会話してましたが、司令の謝罪への返答は「この島に吹く風は気持ちいいですね」ってこれダイチが行った言葉そのままじゃんっていう。そしてその上テッペイは今のところダイチの起こしたアクション以外で笑顔を見せていない。司令とのシーンでも微笑んでるけどダイチの言葉を言いながらだし。アカリの「笑うと可愛じゃん」というダイレクトでカッコいいい褒め言葉にも、?顔で返答なし。(アカリの人をよく見てる所と、誰とでも忌憚なく接する事を表現した良いシーン)3話ラストシーンの「神様のおかげかな?」というアカリ言葉に対しても、「神様がいるなんて思ったことないけどね」と一応言いますが、あれは会話じゃなくてもう独り言の域…。本当にこいつダイチと以外会話してねーなと。安納芋は食べないのに、ダイチの作ったカレーはい匂いだという。簡単にいえばまだダイチ以外に心を開いていないというだけなのですが。

ダイチとの再会によって世界を広め変化していくハナに対して、何故テッペイは変化しないのか。ハナとテッペイはそもそも存在が違うというのもあるのかもしれませんが、ハナちゃんは会話可能なペットのリスが居ましたが、テッペイには幼いころにダイチに渡しそこねたお守りのブルースターしかなく、それを肌身離さずもっていて、その上再会した瞬間わかってくれた(=覚えてた)時のテッペイの気持ちを考えると仕方ないのかな、とも思えます。また、自分がキルトガングで人類と敵対する存在であるのも卑屈な思いにさせる原因なのでしょう。その分、虹を出せる自分を気持ち悪いというテッペイと昔と同じくそのまま受け入れるダイチの、ブルースターを受け渡すシーンは本当にいい。そりゃ予告映像のメインイメージにもなる。既にそれだけで泣けるレベルダイチ本当にかっこいいな。鉄壁主人公ダイチにかかれば敵対種族の抑圧された少年の心を開かせることな造作も無い。

ちゃんとテッペイら子どもたちをみてくれるようになった司令もそうですが、ダイチと同じポジティブであるアカリがテッペイにどんな影響を及ぼしていくのかをみるのも本当に楽しみ。テッペイに対して、ダイチが無条件に受け入れ認めてくれる存在だとすれば、アカリは新しい世界価値観をがんがんぶつけていく存在になっていくのではないかと予想。既にアカリは、笑顔が素敵だよとか、神様のおかげだねとか、テッペイが考えたり感じたりしたことのない言葉を投げかけている。今はまだ心を閉じて世界をみていない(ダイチの言葉しか聞こえてない)ためか、何言ってんだこいつみたいな反応になってますが、アカリタクトの様な率直さで新しい世界を見せていって、ダイチとは違う影響をテッペイに与えていくんだろうなあ。(タクトが考えの停滞した島の女の子たちに変化の芽を与えまくっていたのを思い出す…)OPのように笑顔で手を差し伸べるくらいの関係になっていくのが楽しみだ。

あんまり濃厚な恋愛描写は期待してない。あまりスタドラと比べたらよくないけど、大人や世界事情に振り回されたとしても、四人で青春を謳歌する様をみていくのが非常に楽しみなアニメだ!!

2011-04-09

日本復興への課題3/3

http://anond.hatelabo.jp/20110409170039からの続き)

安心と不安
情報統制という妄想

上杉や広瀬は、政府東電対応についてこうも批判している。

事故発生当初から「東電は事故に関して隠している、嘘を言っている」、「政府は騙されている。メディア記者クラブは、東電が最大の広告主、クライアントだから遠慮して言えないのではないか」と、自分の出演しているメディアラジオ番組で言い続けていました

いま再び、70年前(太平洋戦争末期)の大本営発表と同じことが、起こっているんだなと思います歴史教科書をみて「こんなことがあるわけないだろう」と思っていたことが、実際に、目の前で起こったことに、びっくりしています。まさか自分がそんなことの当事者になるとは思わなかったので(苦笑)。

日本人は小さい頃から新聞テレビは正しい。雑誌インターネットは嘘ばかりだ。と思い込まされているんですよ。ただ、新聞テレビ情報は、政府の発表を記者クラブとしてそのまま報じる。彼らが独自に取材した情報と内容が違っていたとしても政府の発表を採用する。だから新聞テレビは正しいと思っている国民は常にその情報を信じるから、今回も同様の洗脳が起こっている。ただ、これまでとちょっと違うのは、若い人たちを中心にインターネットを通じて「あれ、何か違うんじゃないか?」とわかって来ていること。私のツイッタータイムラインも今朝ぐらいから「新聞テレビの言っていることと事実が違うぞ!」と結構大変なことになっています。まるで、エジプトとかチュニジアたいに。明らかにそこが変化して来ていますね。

大本営発表の再来という誇大妄想と、自分が時代を動かすんだという自己陶酔で完全に正気を失っている。

だが、科学誌『Nature』は上杉などと全く逆の見解を示している。

JS: 〔…〕私としては、現在データの量と質は、満足できるものだと思います。でも、ご質問のとおり、計測方法なんかの情報が抜けてたりして、データ解釈かしずらいのは事実です。これは、ひょっとしたら、翻訳の問題なのかもしれません。もしかしたら、日本語データレポートは、もっと関連情報がしっかり網羅されてるのかもしれません。

JS: 私もGeoffと同感です。難しい状況を鑑みても、日本側のデータ収拾の努力を批判するのはどうかと思います

GB: 私がひとつ言いたいのは、報道側がこの危機をどう報道していったかは、結構問題だったと思います報道は、最大値ばっかりをレポートする傾向にあります。とくに、放射能汚染の場合は、最大値じゃなくて、ある一定の時間内での積算値が問題なわけで、最大値は、それだけじゃ、あんまり関係ないわけです。実際、低レベル放射線長期間続くほうが、ほんの瞬間の最大値よりもあぶなかったりするわけで。

すでに紹介した早野龍五と辰巳創一も、これを支持している。

また、辰巳はこうも呟く。

さきほどのツイートに関連して,こうした抑制的,かつ整理された情報発信を日本の信頼出来る科学コミュニティーから出来なかったことは,今回の本当に大きな反省点だと思う.少しこんな話をするのは早いけど,望まぬ”次”が来た時,きちんと役割を果たせる体制を作ることは我々の世代の使命だと思う.

門外漢ながらこれには同感。今回の震災で、日本の学会学会誌は何とも頼りない。下手に東電を擁護しようものなら石を投げられそうな現状には同情するが、それでもバカなマスメディアとバカなネットユーザーに好き勝手させず、学会や有志が連名で声明を出すくらいのことはして欲しい。

煽られる不安

TBSの松原耕二は、震災発生当日から報道特番で「政府不都合な真実を隠しているんじゃないでしょうか」と明言し、「「念のための避難命令」という政府の説明はどうも納得できませんね」と連呼していた。

僕らは不安であっていいんだ。それは僕らの中の危険の感知装置が鳴っていることだから。自分で量りきれない恐怖があるときに僕らは不安になるだろう。そして、僕らは今存在する危機に対して、その可能性の正確なサイズや輪郭をつかめいでいる。その不安は僕らのものだ。警報を切ってはいけない。

不安を増幅してはいけない、というのは、政府既存権力が望むことだ。なぜなら、不安は人々を駆り立て、秩序を破壊することがある。けれども、今、政府が恐れていることは、人々がどこかに殺到して怪我人や死者が出ることではない。暴動が起きることでもない。そうではなくて、原発政策が根本的に覆されることだ。今すぐ原発を止めろ、という人が増殖することだ。彼らは事故に寝るヒマもなく対応しながらも、今もそこを必死に守ろうとしている。

不安を煽るということを許さない自警的感情は、すぐに不安であることを許さない、という事態につながっていく。しかし、全員の心をそのように一つに塗り込めていくことは危険である不安は自然であり、この危機に不安を持たないことは不自然である不安はない、ということを強制すれば、その感情はいずれなんらかの形で暴発する。あるいは一人一人の心がこわれ、あるいは集団的な行動を誘発する。

どこかの気持ち悪い物書きの文章。

風評被害」というのは「悪いことでも異常なこともなく」、情報不足した時に起こる「正常な人間社会活動」ということです。だから、風評被害をなくすには、一にも二人も人間自分を守りたいという本能に適した「正確な情報を提供する」ということなです

中部大の気持ち悪い教授の文章。

最近、このような主張が散見される。その理由はきっとこうだ。「政府東電原発行政を守るために偽りの安全を強調するに決まっている。だから安全だと強調されればされるほど不安になるのは当然だ」と。

では、何故不安を煽ってはいけないのか。それは、人は不安になると冷静な判断ができなくなり、誤った衝動に駆られるからだ。注意を促すことはよいが、不安を煽ることは絶対にすべきでない。

また、正確かつ十分な情報を人は必ず判断できる、ということもまた大いなる幻想だ。「自分が安心できないのは政府東電からの情報が不十分だからだ。何故そうだと分かるかと言うと、それは自分不安いるからだ。自分不安でいる理由は、それ以外に考えられない」。このような自己欺瞞責任転嫁はもう止めてもらいたい

群衆の行動や心理について詳しい新潟青陵大大学院の碓井真史教授社会心理学)は「現在自分が普段と違う心理状態だと自覚する必要がある。一部の極端な行動で多くの人が脅かされる。そういうことを皆が理解し、協力しようとすれば、パニックは避けられる」とアドバイスする。

「落ち着いてください」「安心してください」と言われれば言われるほど落ち着かず不安になるのは、政府東電が悪いのでない。それはそうなる人の心理が異常を来たしているのだ。「情報や説明が不十分不正確だ」と思うのは、ただそう思い込んでいるからではないだろうか。

東電魔女狩り

人災論批判

東電の武藤栄副社長は25日の会見で「連動地震による津波は想定していなかった」「(貞観地震に対する見解が)定まっていなかった」と釈明。東電対応に、岡村さんは「原発であれば、どんなリスク考慮すべきだ。あれだけ指摘したのに、新たな調査結果は出てこなかった。『想定外』とするのは言い訳に過ぎない」と話す。

震災の発生以後、殊に原発事故の発生以後、「1000年に1度の大地震を想定していなかったのは怠慢だ」「これは天災でなく人災だ」という声がよく聞かれる。こういった東電非難の意見が、私にはよく分からない。

もし国や地方自治体東電以外の企業などがすべて1000年に1度の大地震を想定していたのならば、今回の原発事故は人災と言ってよい。だが、そんなものを想定していた団体はどこにも見当たらない。東電だけを非難するのは全く不公平だろう。

仙台に巨大津波が押し寄せる恐れがある」と16年前に警告を発していた郷土史家がいる。津波の歴史研究し、対策の充実を訴えていた仙台市宮城野区の飯沼勇義さん(80)。東日本大震災大津波を目の当たりにし、「行政も住民も危機管理が不十分だった」と悔やんでいる。

飯沼さんが暮らす宮城野区蒲生アパートも津波で壊滅的な被害を受けた。身を寄せる避難所で飯沼さんは「歴史は繰り返す。震災を教訓に、津波対策や避難誘導のシステムを早急に構築するべきだ」と語っている。

仙台への大津波を警告していた郷土史家もいたが、その本人のアパートでさえ津波で甚大な被害を受けるほどの、つまり想定以上の大津波だった。

WSJ:東電は甘かった?

米倉氏:甘かったということは絶対にない。要するにあれは国の安全基準というのがあって、それに基づき設計されているはずだ。恐らく、それよりも何十倍の安全ファクターを入れてやっている。東電全然、甘くはない。

GB: 原発は、すべて、ある程度のリスクはこえられるように設計されてます。ここで留意しておきたいのは、福島原発は、設計段階で考えられていた最大の災害よりも何段階も上を行く大災害にみまわれたにもかかわらず、一応は、破壊されずに、まだ残っているわけです

今回の震災では、2万数千人が大津波の犠牲になった。筆舌に尽し難い被害だ。しかしこの被害について、「国や地方自治体が1000年に1度の大津波を想定し、沿岸から数km圏内の住民に立ち退きを命じていれば2万数千人は死なずに済んだ。だからこれは天災でなく人災だ」と非難する人は誰もいない。沿岸に原発は造っちゃいけないが人間は住まわせてもよい、などということにはならないだろう。

しかも今回の原発事故では、将来を悲観して自殺した農家を除いて、まだ誰も死んでいない。これは事実だ。まだ誰も死なせていない原発事故は2万数千人の津波被害と比べて軽微だ、などと言うつもりは毛頭ない。原発事故によって多くの福島県民の生活が破壊されたことも、また事実だ。しかし、東電のみを非難して国や地方自治体を非難しないのはどう考えても不公平だ。

「津波が想定を大きく超えた」という。早い話が、東電の想定が間違っていた。地球や自然への畏敬(いけい)が足りず、結果として津波に負ける原発を海辺で動かし続けた。天災が暴いた人災である

東電に「地球や自然への畏敬(いけい)が足り」なかったのであれば、庁舎ごと津波に飲み込まれた南三陸町なども同然なのではないか

ここぞとばかりに反原発を唱えてる人へ

警鐘を鳴らしていた(キリッとか知った事言ってるけど

今回の津波は日本最高新記録なんだけど予想できたの?

あ、予想してた?

こんな津波来るって予想できたなら

先に堤防が無い町に警鐘を鳴らしてやってくれ

放射能汚染は元に戻るまで長い年月が掛かるから次元が違う、という意見もあるかも知れない。しかしそれだったら、犠牲者の埋葬は1年も掛からないから大したことはない、ということにならないか。死者はもう二度と元には戻らない。

そして、妻は自分にいい聞かせるように、こういった。「これは天災だからね。天災に勝てる者はいないよ」

ただし、「私は東電を許します」という発言は記事に見られないので、そこは印象操作かも知れない。

東電への迫害

上記のような東電非難を口にする人は、そもそも原発が嫌いな人が少なくない。また原発いでなくとも、こういった大災害では誰もが怒りや悲しみの捌け口を求める。東電は格好の悪玉候補だった。しか理不尽不公平な非難は決してよい結果を生まない。

原発事故処理最前線は如何に苛酷な環境かが報道されても、聞かれるのは「やっぱり東電は酷い企業だ」「国はちゃんと東電監督しろ」といった非難ばかり。「現場作業員のために、みんなで食料や寝袋を送ろう」なんて応援活動は全く聞こえてこない。

激励慰問の手紙を送ったアメリカ小学生の方が、人としてよほど真っ当だと思うのは私だけだろうか。

危険な状態が続く東京電力福島第一原子力発電所国民不安といらだちが募る中、東電社員への苦情や脅迫嫌がらせが目立ち始めた。東電社員の安全を守るため、社員寮の表札から社名を消した警視庁も警戒を強める。

護憲反核薬害問題に対する活動をしている女性・星アカリさんが、インターネットコミュニケーションサイトTwitterで「東京電力社員子供を全員がボイコットしなさい」などの発言をし、インターネット上で炎上状態となっている。

社員やその家族が身の危険を感じるほどの東電叩き。なのに流石は糞っ垂れのガジェット通信

果たして現在国民政府東電を正しく冷静に評価することが出来ているだろうか。

今、国民がすべきこと

冷酷な減点法からの脱却

こうした政府対応について、災害時の心理に詳しい広瀬弘忠東京女子大教授災害リスク心理学)は、「パニックを恐れて、余計な情報は出さないという心理が透けてみえる」と話した避難指示の範囲が拡大された理由の説明も遅れた。広瀬氏は「わかること、わからないことをはっきりさせて、説明するのが危機管理の基本だ。大変なことが起きているのは、すでに皆がわかっている。私たちのリスク観はもっと成熟しているのにバカにしている」と批判した

週刊現代も同様のバカ記事を書いている。

政府東電対応情報公開に問題があることは事実だ。これらの記事は、不適切な対応情報公開はすべて故意や怠慢によるものだと決め付けている。だが、このような冷酷な減点法こそが不適切だろう。

1000年に1度の大震災が発生した時点で、すでに満点の対応を期待することは出来なくなった。譬えるなら、100点満点のテストマイナス数十点のハンデ付きで受験するようなものだ。政府東電さえしっかりしていれば何も問題は起こらなかった、などという仮定は成立しない。

しかも、政府東電もまた被災者だ。負傷者がより深刻な負傷者を手当てしているようなものなのだから、対応に不備があったからと言って叱責するのは余りに冷酷で不当だ。

原発内にいる人達は、みんな命懸けです。きっと、報道されてること以上にやってることもあると思うし、報道されてほしいことが報道されてなくてってこともあると思う。私は、東電社員だったことを誇りに思うし、今原発内にいる東電社員の方々を本当に誇りに思います。予想外の津波がきて、原発での事故が起こってしまった。でも誰も悪くない。東電が悪いわけじゃない。誰も悪くないんだよって思う。色々な批判や、文句がある。でも今も寝ずに国民の安全の為に、一生懸命原発内で戦ってる東電作業員がいることを忘れないでほしいと思います

WSJ:当局への不信が国民にみられる。東電責任問題情報公開問題はどうか?

米倉氏:一生懸命やっている。考えられていないが、東電自体が被災者だ。従業員が津波に流され、機器も津波に流されているところがある。そういったなかで一生懸命努力をしている。

これらを関係者による身内贔屓などと切り捨てるべきでない。

GB: 〔…〕あと、付け足しておきたいのは、今の状況は、計測するにしても、かなり難しい状態だ、ということです。日本側の行っている計測やサンプリングいちゃもんつけるのは簡単なことですし、まあ、そうやって、批判的に事態を見つめていくことも、大切だと思います。でも、特に震災の直後は、計測用の計器もままならなかったし、交通網もやられて、原発の周辺へ近づくことも、簡単ではなかったんです

政府東電とも一つに

震災以前において、菅政権を信頼することは明らかに狂気の沙汰だった。それは同意しよう。私も数年前から一貫して、民主党などに投票するのは狂気の沙汰だと考えてきた。しか震災以後、政府はかなりよくやっている。完璧ではないが、それでも国民から糾弾されるべきほどには酷くはない。

サッカー試合で観客がすべきことは、「ドリブルで繋げ」「ディフェンスを上げろ」などと指示を飛ばすことでない。そんなことをしても大歓声で掻き消されてしまい、監督選手たちの耳には届かない。たとえ届いたとしても、観客一人ひとりの指示に従っていたら試合を戦うことは出来なくなる。また、味方の監督選手たちにブーイングを飛ばすことはもっと間違っている。もし味方のチームに勝って欲しいなら、観客は声援を送るべきだ。それが選手たちの士気を高め、勝利を引き寄せることになる。

現在の日本には、政権交代どころか、与野党国会で議論している余裕すらない。国民はもっと政府を信頼すべきだ。政府東電を信頼し、激励し、慰藉すべきだ。それが問題解決の何よりの手助けとなるだろう。

また、マスメディアは徒に政府への不信や不満を煽ってはならない。政府東電の説明に不十分なところがあれば、その意を酌んで誤解のないよう報道しなければならない。政府東電を叩いて足れりとするような報道は厳に慎むべきだ。

政府は日本の政府であり、東電は日本の電力企業だ。日本が一つになって頑張るために、今は政府東電とも一つになって頑張ることが求められている。文句があるなら試合が終わってから伝えればいい。

2011-04-07

http://anond.hatelabo.jp/20110407113552

けど、「子供は直接関係ない」という口が、「東電潰せ」「社員原発で死ぬまで作業しろ」ってのが分からんのだよね。

それって、実際に及ぶ子供の被害に眼を瞑ってるよね。

仮に想像しても、「仕方がない」って言うよね。

それくらいなら、むしろ東電を応援しろよ。

そうウェットな議論に走らずもっと平易に考えてみるといい。


たとえば俺があなたに対して債権持ってたとするね。

で、支払いが怪しかったらあなたに督促に行くわけだ。

「こういう債権があるんだからあなたは払わないといけないだろう」

「期日を過ぎてるがどうするつもりなんですか」

などなど。

これは債権者の正当な権利


だがそこで、

あなた小学生子供が居ると知り、その子を待ち伏せてひっぱたいたりしたら、

これは正当ではない。

債権と関係ない人に督促するのは筋違いという意味と、

弱い者をいじめるのは卑怯という意味と、

ビンタという手段が間違ってるという意味で、

正しくないわけ。

アカリが間違ってるのはそこ。


一方で

あなた

「お前に借金を返したら今月の生活費が3万円しか残らないんだよ!

 子供連れて外食いけねえじゃねえか、子供は関係ないのに巻き込む気かクズ!」

って言い出した

これも正当ではない。

子供は関係ないって言うなら債権なんか放棄しろよ!」

なんて言い出した

「知らんがな」

と言う。

ここで「知らんがな」といわないなら社会なんか成り立たなくなるよ。

わかるよね。


「関係ない」は

子供が「親の債務や罪科とは」関係ないということ。

子供は「親の境遇や浮き沈み」とはすごく関係あるよ。影響を受けまくる。そしてそれは誰のせいでもない。

どうしてこれぐらいの論理の分別がつかないかな。

http://anond.hatelabo.jp/20110407111752

JSFが言ってた東電叩く前にまず自分の家のブレーカーを切れって話じゃないか

なんだそりゃ

意味も効果も怪しい

提唱者はきっと頭が悪い

ていうか「罪がない子に」シカト良くないって言い方は「罪がある子」ならシカトしていいって含意があって

それは「シカトされてる子は罪があるからでだからそれは正当なんだ」ってロジックに転化して

それ今のいじめ構造そのものじゃんってことになるんだけどそういう議論にはならなかったみたいから

結局「正しいいじめ」ならやっていいってみんな思ってるって事なんだろうな

それは全く頓珍漢な読解だね。

今回の教訓は

「関係無いところに」「子供弱者に)」「シカト攻撃を向ける」のは、筋違いだし、卑怯だし、方法が間違ってるということ。

この逆は

「罪のある」「子供を」「シカトせよ」ではな

責任のある」「大人に」「正しいやり方で非難を向けよ」だ。

この点は

アカリ批判者の道徳性に問題があるのではな

単に君の論理能力に問題がある。

例の星アカリ発言に関連して

子供責任はない」とドヤ顔で言ってるやつも、同じ口で東電の不買しろという。

これはあれだろ?

直接的に子供を叩くのは良心が痛むが、間接的に東電家族が苦しむのは無問題って心境なんだろ。

笑わせるよな。

2011-04-06

http://anond.hatelabo.jp/20110406155224

これはあるね。

事故対応や事前予防について、責任は役員にある。

そういう意味で確かに下の方の社員は関係ない。


でも東電の強さ、給与水準社会的ステータス恩恵については

社員全員が末端に至るまで浴してたはずなんだよなあ、ヌクヌクと。

いざ東電が大チョンボして、弱り、名前自体がマイナス効果を持つようになったとき

「私達は関係ないじゃないか!」なんていう資格東電社員にあるのかなー。


会社がうまくいってる時はあったりまえの顔で何の疑いもなくメリットを享受して

会社コケてそのデメリットかぶりそうになったら誰よりも被害者ヅラ

これはどうよ?


アカリたい基地外が攻撃を始めたとき

周囲の人間が「民度低い真似はやめろ!恥晒し!」って止めるのはとても正しい良いことだけど

もし東電社員自分達のこと被害者だと思ってるようなら、

…ねえ?

アカリの「東電社員子供を無視しろ」問題について

http://togetter.com/li/120388

責任を取るべきなのは情報と権限を持っていた東電の役員クラスだけだ。

一般社員には福島原発危険性など知る権限がなかっただろうし、知っていたところで改善要求をすることもできなかっただろう。

無力な若手社員が集まる独身寮や、社員家族にまで攻撃が及ぶ現状は恐ろしく、醜い事態だと思う。

では、どうしてそういった醜い事態が起こるのか。

平時において、東電社員への妬みや、社員子供への妬みがあるからだと思う。

電力会社のような安定企業でそこそこの役職にあれば、コネクションで自分の息子や娘を好きな職業につけてやることができる。

多くの人が憧れる人気職業であってもそうだ。

CAスッチーなんて呼ばれて、今でいう女子アナのような花形職業だった頃でも、

電力会社のお偉いさんの娘なら、容姿英語力共にイマイチでもねじ込まれていた。

優木まおみ学歴容姿・司会力共に及第点なのに、実家がただの中華料理であるために女子アナ入社試験に落とされ、

父親が有力な娘たちが次々パスしていった話はそれなりに世間に知られている。

後ろ盾を持たない娘は、グラビアから始めるしかない。

有力者の息子や娘は、そこそこの容姿を充たしていればグラビアオーディションショートカットして売り込まれる。

上場企業秘書なんかも、試験が有って無いような、実質コネ枠だ。

有力企業管理職を親に持てば、人気職業と安定を高確率で手に入れることができる。

断言する。生まれながらにして彼らは勝ち組だ。

都内の有名私大お嬢様女子大の、比較的「イケてる」とされているグループと一切関わりを持たない人々は、一生知らずに過ごすのだろう。

もしくは知っていても憧れるだけであり、どうにかしてそういったグループと接触して何らかの利益を得ようとすり寄るかもしれない。

(星アカリの主張を感情的脊髄反射的に批判している人々の中にもそういう人間がいるはずだ。

 あなたたちは本当に子供がかわいそうで星アカリを叩いているんですか?)

それらが現状の所得固定化を招いている。一般市民無知、もしくはエゴである

東電社員子供は、原発事故が起こらずに育ち続けていれば、中小企業社員を親に持つ子供よりも相当な利益を享受していたはずだ。

疑いも持たず、当然のようにして。周囲がそれを不当な利益だとは言わないからだ。

しかし、その文化こそが今の醜く不当な中傷を招いている。

有力企業管理職の息子や娘さらには妻が、日常的に不当な利益を得ていて、それをねたまれている状況だからこそ、

こうした事故が起きた時に、一切関与していない罪についても不当に叩かれる羽目になるのだ。

このような醜い事態を二度と起こさないためには、有力者の子供コネクションによって望む職に就ける状況を無くすべきであるし、

有力者の妻が主婦コミュニティの中で不当に持ち上げられ、権力を持つ状況を無くすべきであるし、

親の高額の資産が、基金寄付に使われず子に相続されていく状況を無くすべきである

家族から不当な利益を得ている限り、不当なしわ寄せも被ってしまうのだ。

全て断ち切り、自立するべきである

有力企業管理職の息子に生まれようが、ストリッパーの息子に生まれようが、同じ土俵で勝負できる環境にすべきである

有力者の息子にすり寄ってオコボレを頂こうとする卑しい市民や、

水商売の女の息子を見下して優越感に浸る卑しい市民の性根を叩き直すべきである

そうならないと、親の罪が子供に被せられる醜い現状は改善できない。

 
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