はてなキーワード: 描写とは
実用的に利用されていく(というかすでにされてるかも)のが
早いのは背景画とかのほうだろうな。
ぶっちゃけ背景画を食い入りようにチェックする層なんて少数派で
なんとかなく雰囲気を薄目で眺めているだけだと思う。
だから人物は人が描いて、その人物とうまくマッチさせて背景を描写してくれるAIとかがあれば即戦力として実用されていくだろう。
ワートリのカップで揉めてたけど、あの人物紹介の要って、本編では女子キャラもしっかり描写されてて、男子キャラと同様に思考し、戦い、生活していて人物紹介でも来歴や性格が書かれてるのに、文章の〆がいつも
「○○○な△カップ。」
なところだと思った。「幾何学が産んだIカップ。」とか。こういうのは当たり前だが女子だけ。
作中ではしっかり人物描写しといて、最後は結局まるで本体がおっぱいだった!みたいに落とされる。
女子キャラたちも他の男子たちと同様に仲間だと思ってたのに、おっぱいが喋って戦ってる!と思われてたのか…という落胆、みたいな。
これを男子キャラに置き換えるの難しい。チン長だとなんか違うし。「虫が苦手な9センチ。」…ちゃうなこれは。
似た感覚になるの何か無いか考えてみたが難しいな。男子におっぱい相当の機関が無いし。強いて言えば身長か髪の多さ?それもちょっと違うか。
そこでふと思い出したが、以前「ぬいぐるみにちんが生えた」とかいうやつ。女性が性的関係なしの友人だと思ってた男性が性欲見せるとゲッてなる現象を男性は「男は安全なぬいぐるみじゃねぇ、性欲もある人間だ」と怒ってたやつ。それと似てるかもしれない。人間として対等に接してると思ってたのに違ってショック受ける、ってやつ。
でも感覚は似てるけど対称的だよね。
女性は人と人として性関係なく対等に接してたと思ってたのに男性からは性的おっぱいが喋ってると思われていたショックで、男性は性的関係込みの人間として付き合ってたつもりが性欲のない友人として扱われてたショック。俺たち、私たちは人間なんだぞ、という。どっちもわかるよ。
いまさらだけど、作者の性癖は別にいいんだ。人物像を細かく描写しておいて「…というおっぱいちゃんだったのさ」ってやるのがどストライクなんだろう。ただまあそれでウホッッッ、ってなる人も、ガックリ、ってなる人もいるのは理解されてほしい。
白人警官が無抵抗の黒人を殺すシーンをみたら、悲しむ黒人がいる。真似する白人がいる。
だから、過去の史実をいかなる理由でも再現すらしてはならない。
といい、
まともな表現規制派は、
過去の史実すら再現しないのでは、差別があったこと、今もあることを忘れてしまうのよくない。
と考えるのです。
それを元増田に例えるとして、差別がある事を描く為の巨乳表現とは…?
例えば巨乳をネタにするセクハラ男が作品内で悪とされ制裁されるストーリーなら文句つけられる事はないと思うが
(勿論、ただ最後に言い訳として制裁ネタがオチとしてつくだけの巨乳=男向けの性的サービスとして描写してる作品、は別として)
ここで誰もそんな話してなくね?
アメトーーク!見てて思い出した。
なんていうか、中華料理ってたーんとおたべって感じの量と見た目の華やかさがあって
しあわせなご飯って感じがする。
赤いテーブル、ツルツルの床、茶色ばっかりの品々。あつあつできたて。
はー中華料理食べたい!
ここ数年電通が流行らせてオタク女子が支えてる系の少年漫画系アニメって
なんでどれもこれもグロ描写ある露悪的な作品性なやつばっかりなの?
もちろん影響力を自覚してる美容業界内でしっかり自主規制とかはあるっちゃある
でも今増田の間で流行ってる「少年誌でのカップ数表記」とか「胸を弄る描写」が無くても、たとえ素直にゾーニングされていたとしても"異様に巨乳なキャラ"そのものが差別の再生産である(=ゾーニングの問題ではない)という論調を美容系にも通すなら
とどのつまり美容系商品を売る事それ自体が構造への加担という判定になってしまうわけだからアウトになる
なんかそう考えると滅茶苦茶だけど
その場合は美容系そのものの排除ではなく個々にそれぞれが自分の理想を目指せる、けれどその上で目指さない人も抑圧や差別を受けない社会の形成が大事なんじゃないのか?
ってよくわからないなぁって思ってたんだよね。
そもそも映画やドラマ、漫画やアニメ、小説も全部フィクション、人の想像力の産物じゃんって思ってたわけ。
でも、そういうことがわからず、こういう意見の人がいるのは狂気だなぁと思うわけ。
https://anond.hatelabo.jp/20221012152008
巨乳ばかりの作品を見て「こんな巨乳の女ばっかりおるかい!」ってツッコむのはいいし、
「マジで不快だからあの作品嫌い!絶対にこの作者には金を落とさない!」って公言するのもいい。
例えばその作品の描写がいかにも日本の高校や日本の風景で、日本の男子高校生や女子高生がキャッキャウフフしてたとしても、
「この作品はニッパムというとても現代日本によく似た国ですが、地球ではない別の惑星のお話です。
この惑星の生物はホモサピに非常に類似した進化をしておりますが、
胸が巨大化する傾向があり、平均的な女性の胸のサイズはGカップです。」と
「これはフィクションであり、実在の物とは一切関係ありません。」の一文の前に追加すればいいから。
こういうどうでもいい一文で全部OKになるよ。だってフィクションなんだから。
だから受け手ができることは「嫌いなものは見ない」「マジで不快だからあの作品嫌い!絶対にこの作者には金を落とさない!」だけしかないと思うのよ。
でも、巨乳の女性やイケメンの男性が街を歩いていても逮捕はされないし、
青空文庫に掲載済み→ https://www.aozora.gr.jp/cards/000207/files/357_22446.html
正直、10人が読んだら9人以上は「面白くない」と言うような気がする。
でも、大人になって以降、自分にとっては、あらゆる小説の中で『外套』が最高峰にある。
箸にも棒にも引っかからないような人間に、どれだけの尊さが詰まっているかを、これ以上ないほどの解像度で描いている。
訳注を入れても文庫で53ページしかない短編なので、読んでもらえたら嬉しい。
青空文庫に掲載済み→ https://www.aozora.gr.jp/cards/001799/files/56638_61335.html
大人になるとわからなくなってしまう、子供から見た世界を、世界中の誰も真似できないくらい生き生きと描き出している。
ただ、そのせいで、この作品の真価を理解できる大人はとても少ないと思う。
自分はこれを小学生の時に読んで、この作品は大人の文章力としても凄いくらいなのに、子供の感覚をあまりにそのまま、手触りや空気まで再現されてしまうくらい鮮烈に、それこそ子供が一心不乱に遊ぶ時のような底なしの没入感で描いていて、恐怖を覚えるほど驚き感動した。
それなのに、中学生の時にはもう、読み手としての解像度が決定的に劣化していて、以前ほど理解できなくなってしまった。
でも、例えば夏目漱石はこれを読んで「子供の世界の描写として未曾有のもの」と激賞したらしいから、わかる人もどこかにはいるだろうし、なにかのきっかけで子供の人に伝わると嬉しいから、書く。
ワールドトリガーは胸のカップ数(バストサイズ)表記をやめてほしい。
A面は、ワールドトリガーの単行本カバー裏に記載されている女性オペレーターのみ胸のカップ数が表記されていることに対して、やめて欲しいと記載している文章である。
大本のページは削除されている。魚の拓本については御察しください。
A面に対するレスポンスは、A面が個人の気持ち表明だとしつつも権威化するために個人の気持ち以上のものを持ってきていることはいかがなものかという文章である。
<A面に対するレスポンス>
https://anond.hatelabo.jp/20221010163416
私が、なぜやめて欲しいかについて語る前提情報として、基本的なコンプライアンスのおさらいを挟む。
コンプライアンスという概念はアメリカで生まれ、日本に持ち込まれた。
英語表記でComplianceと書く、Comply(従う、応じる)の名詞形のことを指す。
https://www.astron-japan.co.jp/pdf/chapter_01.pdf
一方、日本における「コンプライアンス」は「法令遵守」だけではなく、「その背景にある精神や価値観、倫理観や社会規範に従うこと」の意味で使われる。
つまり、「法令」だけではなく「規範」「社会常識」「倫理」「道徳」ひいては「CSR(企業の社会的責任)」をも守る必要があるといえる。
https://www.bandai.co.jp/csrkids/whatscsr/
また、「社会常識」「倫理」「道徳」はその時代により変化していく。現代においては「ハラスメントをしてはいけないこと」も含むだろう。
「女子オペレーターのバストサイズのみ、単行本の裏表紙に記載すること」は、コンプライアンス違反に値すると思う。
現実世界でもあるだろうが、創作作品上でバストサイズを「胸の大きさを女子が気にする。大きいと男子が喜ぶ。胸の大きさという本人の努力でどうにもならない部分のある容姿をからかうネタにする」ことがある。「バストサイズネタ」と言えば、だいたいの人がどういう内容か想像できるのではないだろうか。
私は、バストサイズをネタにすることは、現実の子供たちが「バストサイズはネタにしていいことなのだ」「バストサイズは気にするものなのだ。自分のサイズはどうなのだろう」「(周りがからかってくる場合)からかわれても仕方がないことなのだ」と判断することが嫌だ。バストサイズをからかうことはセクシャルハラスメントである。それを善しとする社会になって欲しくない。
その上で、ワールドトリガーは商業誌として株式会社が出版する書籍である。広く流通するし、年齢制限がある訳ではなく、子供が主人公なこともあり、沢山の子供たちも読む。子供の教育に影響を及ぼすと考えられないだろうか。
ここで関わってくるのが、「CSR(企業の社会的責任)」である。
「子供を顧客層に持つ漫画等の作品を多数取り扱う会社」には「子供たちの教育に対して社会的責任がある」のではないだろうか。私は「子供たちの教育」とは、「現代社会」の「社会常識」でいくと、「ハラスメント防止」が含まれると思う。
私は、ワールドトリガーという作品が好きだ。作り込まれた世界観やランク戦のルール、読んでいてストレスの溜まらない精神年齢の高い子供たちのやりとり、キャラクター立ちしている登場人物、違法行為をしていそうなのに表向き明るい雰囲気の企業、そのどれもに魅力を感じている。
そのように好きな作品であるからこそ、私から見て「ハラスメントに繋がりそうなことを、CSRを守らずに行い続けている」、コンプライアンスに違反しているように感じるから嫌だ。また、CSRを口に出していることからもわかるかもしれないが、出版社が企業としての責任を果たすためにも(作者の同意を得たうえで)掲載しないことや年齢制限を設けることで子供への影響を減らすなどの対応がもっともだと考えている。
同人の自費出版であればバストサイズを記載していただいて何の問題もない。好きにすればいいと思う。しかし、自費出版でも一般書店に流通を持ったり、何万部も頒布したりするような大きな力があれば、企業まではいかないにしてもそれなりの責任を持つ必要があると思う。
なぜやめて欲しいかを記載したため、どのような対応を望むのかについて記載していく。
第一に、「今まで女性オペレーターだけバストサイズを載せていたけれど、考えてみたらバストサイズを載せる必要は無かったので、今後は取りやめる。過去の分は削除する」と発表したうえで、新規掲載なしかつ過去分削除することである。
第二に、何も言わず新規発行の巻や増刷分から削除していくことである。
第三に、男性オペレーターも登場させてバストサイズを記載したり、そもそも性別関係なくスリーサイズを載せることが挙げられる。
第四に、過去の名作たちの本の冒頭ページに挟まっているような「本誌は掲載当時の価値観で描かれたものであり、差別の意図はありませんでした云々」というような但し書きをつけて販売することである。
いずれも、作者に対応させるのではなく、企業として企業が対応する必要があると考えている。作者の趣味で時代にそぐわないステレオタイプの描写があったら、編集者が変更させるべきだと思うのだ。
正直、バストサイズも嫌だが、それ以上に「オペレーターは女性、技術職員は男性」「迅悠一のセクハラ」について引っかかっている。
バストサイズ以外の描写であればコンプライアンスに違反していそうでも問題ないだろう、なんてことは勿論ない。
特にセクハラである「同意なく他人のお尻を触る」ことは「強制わいせつ罪」である。
それも、「旧ボーダー」「S級」「未来視」といった「組織にいなくては困るような重要な人物」からされたら、断れない人もいる。その上で「断れない相手を選んで行っている」ことは最悪である。
「オペレーターは女性、技術職員は男性」はしれっと削除して欲しい。
「迅悠一のセクハラ」は犯罪でありコンプライアンス(広義)ではなく(狭義)で完全にアウトなため、何も言わず削除するという選択肢はないと考える。「今まで放置していたが、欠点や親しみやすさを醸し出すためのキャラ付けとして描くには軽率な選択だった。今後真似する子供が出たり、行っても良いのだと思われたりしても困るため、削除することにした」と発表のうえ、削除して欲しい。
いずれも、作者に対応させるのではなく、企業として企業が対応する必要があると考えている。作者の趣味で時代にそぐわないステレオタイプの描写があったら、編集者が変更させるべきだと思うのだ。
その他事項についても、作者に対応させるのではなく、企業として企業が対応する必要があると考えている。まだ刊行の続いているかつ、アニメ化をするような勢いのある作品であれば、作者の趣味で時代にそぐわない描写を編集者が変更させるべきだと思う。
私は休載後にハマった新規勢だ。ハマってすぐに迅悠一が最推しになった。
しかし、どうしてもセクハラに大して拒否反応が出てしまい嫌だと思った。セクハラさえなければ悩むことなく完璧に好きになれたのにと思ったこともある。
インターネット上で迅悠一のセクハラについて書いている人がいないか検索し、文章を探して読んでは大きく頷くこともあった。好きなキャラだからこそ受け入れがたかった。(勿論、読者が無理にキャラクターを受け入れる必要などない)
2022/10/12現在修正も何もないので、作者の中では現実世界のようにハラスメントは厳しく罰せられることだと社会常識が変わろうとも、迅悠一というキャラクターはセクハラを続けるのだと解釈している。それでも私は迅悠一が好きだが、罪には罰をと考えているため、企業内の就業規則等に従い、厳格な処分が正常に下されていることを願っている。
作る側に巨乳表現をやめさせるより、見る側に「漫画アニメと現実は別!」という認識を広めるべきでは?
巨乳のキャラを見て「豊胸手術しなきゃ!」て思うほど感受性の強い(オブラートに包んだ表現)女、他の描写でも自分を追い込んじゃうだろ
ただ、ストーリーに必要ないのに入れるなってのは違うと思うんだよなぁ
ストーリーだって作品の1ピースに過ぎないわけで、重要度に差があるとはいえ性的な描写とかと並列でしかないわけよ
んで、単行本をひとつの作品と考えた時、キャラ紹介でのカップ表記も作品を構成する上でのパーツになる
横だけど、性的パーツを誇張して描く事自体に問題があるんじゃなくて、そういう文脈の作品じゃないのにそれをする人は問題あるなあと思ってる
要はエロ本とかそこまで行かなくてもラブコメ作品だったり趣味全振りの同人誌などで体の特徴を描いたものは理解できるけど、バトル物など基本的にエロスが話の本筋じゃないのにセクハラめいたネタや乳揺れなど性欲に関連した描写をする人は、異性を人間と思ってなくてアクセサリーの類としか思ってないんだろうし、本人にそれが恥ずべきことって自覚がないんだろうなと思う
ではおさらいしようか
童貞弄りはそもそも男→男に対してすることも多いマチモズ文化なので
童貞弄り描写は、弱者男性の性的コンプレックスを刺激するだけでなく
童貞弄りは、性器を同性に弄ばれ屈辱的なことをされる一種のレイプの入り口でもある
弱者男性ガーと言いたがる界隈は、本当に知らないのか?
それとも「俺たちのズリネタを守ることが当然優先されるべき」という思考なのか
彼ら童貞弄りと言う名の性的被害受けた弱者男性に配慮してトラウマ刺激するようなものを
公共のポスターに採用しない、という配慮はできないのか聞いている
と俺が問うたら
「まだ童貞のふり続けるの? 真面目にやるつもりなら、もっと童貞の事を知らないと。」(原文ママ)
「なりすましのお前と違ってこっちは当事者なので」(原文ママ)
「もっと童貞を理解してから書き込みましょう。 0点です。書き直し。」(原文ママ)
などなどのお前は偽物だ、当事者じゃないと決めつける発言が多数あったのですが
論点はそこじゃない
童貞弄りはそもそも男→男に対してすることも多いマチモズ文化なので
でも「コンテンツとして悦んでいる人もいるよね」とか言い出したら
男性差別ですらそういう扱いを喜ぶ視聴者もいる、で正当化できてしまう
本題とは逸れるが、なんとなーく「同一人物じゃね?」的に思ってた増田が取り上げられてた上に所感とも一致したので、俺も書いてみようかな。
あくまで「俺がそう感じた」レベルの話でしかないので、絶対そうだ!って認定ではないので悪しからず(つーか、id出てないんだから特定は原理的に不可能でしょ)
把握してある過去分は後で纏めて書くとして、新規投稿あれば追記していく形で。
※ここらへん、はてな離れてた期間があって断絶してる。他にもあったらトラバで指摘よろ
特徴的だとは思ったけど名前まで知らなんだ。国語力増田ね、覚えておく
過去分を追加しようと思って編集しようとしたんだが、その前に検索したらこんなのが引っかかった。
あれの問題は「男の欲望を満たすために性的に誇張された表現」が差別なのだという主張だ
セックスできない
現在の課題は竿役の固定です。自動生成に頼る他ないため、属性の固定に取り組んでいます
手描けない
概ね出来ます。
手の部分再描写という手段を発見したので、従来よりも低コストでリテイクが可能です
複数人描けない
ただし鏡音リン・レンのように関係性が近い個体の場合は両立が難しい場合があります
武器持てない
概ね出来ます。
包丁を持つ、銃を構える、刀を握る等の主要な動作は発見しました。
ただし探索には相応のリソースをつぎ込んでいるため、応用の難易度は依然として高いままです
これらはAIイラスト未踏探索グループによって得られた成果のため、個人で試行錯誤している人の元にはまだ届いていないかもしれません。
依然として集団による呪文マイニングがオペレーターの発展に必要な最大の要素と言えるでしょう。
今すぐジョインすべきだ