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2012-02-14

パリストン凄すぎ、つかハンターハンター凄すぎ

パリストンがいいやつだった件」

なんてまとめがあったが、いいやつって敢えて安っぽい表現してるのが、かえって深く考えさせられるね

結論から言うと、パリストンはいいやつ

とてつもなくいいやつ

なんせキメラアント作って放したんだから

理由、キメラアント編の結果を見ると

・東ゴルド共和国解体

・NGL自治国→非合法武器麻薬密輸組織の壊滅

ゴルドーは軍事国家正攻法で攻めたら戦争レベルだし、NGL自治国に至っては表向きが超自然回顧主義だから軍隊突入させる事すら不可能な完璧システムを構築している

それが、結果的に見ると、たった数人のハンターの命を犠牲に解決している

戦争起こすより、よっぽど少ない犠牲と言えるんじゃない

さらに言えば、キメラアント討伐の結果、ハンター協会は世界規模のピンチを救うという功績を残している

ハンター認定証を売ると人生遊んで暮らせる、それぐらいハンター特権階級だけど、それはハンターが今までに功績を残しているからで、今後においてもキメラアントの残党狩りのためにハンターの地位は確固たるものとなり続ける

しかゴン達の視点で見ればキメラアント編は苦難の連続だったし、親しい人をどんどん亡くしている

しかし、一般の人間や関わっていない大多数のハンターにとって非常に望ましい結果となっている

「いいやつ」の定義を「大半の人間が望ましい結果を出すやつ」と定義すると、パリストンすっげえいいやつって結論になる

そこで疑問、パリストンはどこまで計算してやったの、少なくとも会長達が失敗したとき世界規模でピンチになるんじゃねえの、てこと

ここで再考察したいのがキメラアントのシステム

キメラアントの社会システムは、女王、もしくは王を倒せば一気に崩壊するシステムになっている

そこで、世界規模のピンチ派遣されたハンターが、何でたった三人だったかと言う話

・貧者の薔薇をかかえているネテロ会長は、一対一の戦いにおいては、勝利か相打ちしかない

・モラウとノブ能力は、会長を一対一の戦いに誘導するのに最適な能力

キメラアントは、トップさえ倒せば崩壊するシステム

成功確率は充分な作戦に見える

それでも、万が一メルエムが予想外に強すぎたりして、会長一行が失敗した場合どうすんの?世界が終わるじゃん、って話になると、活きてくるのが先週の発言

「信じてますよ。決まってるじゃないですか」

パリストンは会長に絶対の信頼を置いていたからこそ実行できた、ていう根拠になる

結果的にネテロ会長は相打ちになったけど、ジン曰くハンター最高の快感

「狙いが自分の思った通り動いた時」

であり、パリストンもまたハンターの一人なんだよね

どこまで富樫が考えてやってるのかわからんけど、やっぱハンターハンターはすげえや、って事で

2007-11-08

ケータイ小説を責めないでください!

パリスとあたしの違いはカメラがついてきてるかどうかだけだ。そう叫んで自殺した少女日本に生まれていれば、人生を謳歌できていたかもしれない。

確かに一歩目はブログだった。しかし、その次の飛躍はケータイ小説が成したものだ。ブログによって引き下げられた記述することに対する障壁を、情動のスイッチを押すことに特化した一群の物語完膚なきまでに破壊した。ケータイ小説赤潮のように繁殖した。その作り手であるケータイ小説家もまた。

いまやケータイ小説消費者のほとんどが生産者であった。創作されたケータイ小説はまず周囲の友人達によって読まれ、そのほとんどがそこで停止するものの、稀に口コミで広まり一般文芸にはありえない形のヒット飛ばすこともあった。そして、ヒット作の周囲には多くの模倣が生まれ、そのミームは拡散し浸透した。この文化の担い手は主に少女達であったが、彼女達にとって今や物語コミュニケーション上で通貨の役割を果たしていた。「泣ける」「感動した」等の賞賛の言葉は優れた物語に対する報酬ではなく、自分の物語を読んでもらうための対価となった。

このまま過飽和の状態が続くわけも無い。大方の識者と呼ばれる程度の文筆家達はそのように考えていた。事実、彼らのやり取りする物語は、劣化したミームのまとまりの無い堆積のようなもので、そこに生の声が塗りこめられていたとしてもそれを汲み取ることは、本人達にとっても容易なことではなかった。さらには、仲間内でしか判らないコード進行バズワードなどによって共通言語が小集団に分断されていき、しまいには原宿少女には渋谷で書かれたケータイ小説が読めないいうことも起こった。この緩やかなまとまりを持ちつつもタコツボ化していくケータイ小説界は、人文系、特に言語学者フィールドワークの対象として魅力的に見えたらしく、いくつかの論文を産んだ。中でも「ケータイ小説の系譜」はケータイ小説神話の発生と絡めたこともあって現代の金枝篇との評価も高い。

さておき、浸透と拡散、特化した小集団の枯死といった経過をたどってブームとして消費されるかに見えたケータイ小説は突如として変貌する。あるケータイ小説家が「あなたの人生小説にします」と宣言しサービスを始めた。既にケータイ小説市場に新奇の物語要素は存在せず、彼らは自分達の生活そのものをドラマチックな嘘と仲間内のコードで修飾して市場に流すようになっていた。そこにビジネスチャンス見出したのだった。ゴーストライターである。熟年を対象とした自叙伝ビジネスとほぼ相似の関係であるが、このゴーストライター雇用者に対して聞き取りをしない。雇用者の一切の創作の手間を省くためであるのだが、雇用者が若年であり語るべき過去を持たず現在進行形小説としてほしがったためでもある。従ってゴーストライター雇用者のあとをついていき、行動を小説に書き起こす。小説頒布とそれに生じる利益の追求は雇用者が行う契約だった。1:1対応のビジネスモデルは多くの追随者を生み、ケータイ小説市場モデル消費者でもある雇用者とゴーストライターに二分された。

「書として街に出よう」

一番最初に組織化されたゴーストライター協会のキャッチフレーズだ。人々はゴーストライターという形でフィクションを身にまとうようになった。そしてゴーストライター達は昔の演劇要素を発掘してきて観察者たる立場を確固たるものにした。

日本人外国人と街を歩くと説明に困る事態に遭遇する。外国人たちはあらぬほうを指差し「あれは何だ」と訊ねる。だが日本人には「あれ」が認識できない。認識しないことになっている。勿論「あれ」はゴールドライタンであり、認識しないのはそれが黒子の格好をしているからである。組織化され認知されたゴーストライターはその数を増し、街を行く人々の半数が黒づくめだった。この奇妙な習慣は海外に紹介され「KUROKO」は各国語に定着するほどになった。デートスポットなどでは男女のカップルの後ろに黒子が一人ないしは二人控え、次にささやく愛の言葉インカムを通して伝えていた。人々はいつしか物語の後ろを歩くようになっていたのだった。このことは、よりドラマ性を求める人々によって多くのトラブルを産んだ。例えば暴行現場を取り押さえた警察官によって逮捕された三名の中に黒子が二人含まれていたことなどを軸に、主体の所在についての論争がしばしば起こされた。この事件は合意の有無を巡って最高裁法廷に最終的に判断がゆだねられた。

そして、殺人教唆逮捕されたカリスマ黒子「IA☆GO」がAIであったという暴露により、混乱はピークを迎える。ゴーストライターの慢性的不足から、ゴーストライター協会は自立AIをひそかに利用していたのだった。このスキャンダルで幹部数人が逮捕されることになりゴーストライター協会は解散した。

後を受けて設立されたゴーストライター連盟が、AI「IA☆GO」の基本構造を継承して作られた記述AIをPAB(ParsonalArtificialBrain)として公式に商品化し、それがやがて人類から機械知性に文明を禅譲する流れになっていくのである。



ファック文芸部杯参加作 http://neo.g.hatena.ne.jp/objectO/20071117

2007-06-16

ネットイナゴ解決策

del.icio.usは何故はてなブックマークのようにならないのかを少し考えてみた。

結論は第一に、個人のタグコメントが分割されて表示されること。第二にブックマークしたユーザが多すぎる場合は全員のタグを確認する動作にワンクリック必要な事、第三にユーザーアイコンの有無だった。

参考リンク


第一の問題が少し大きく、タグが個人のコメントと結びつく時、その最小単位言葉で構成されるタグの含蓄性と、第三のユーザアイコンがなんらかの意味を持たせてしまい、そのタグコメントがなんらかの重みを持ったものになってしまっている現状があるのかなと。


問題発生の遠因のように考えられ、リンク先ページへのタグコメントを集積する場のデザインUI)はそのままそのWebサービスアイデンティティなので、単純に改善が行なえるわけではなく、デザインの変更は多少なりとも大きな爪あとを残すので難しいところ。ページデザインがそのサービスに影響を与えるのは増田をみてもわかるように、一つ考えておきたい点だと思うので考えてみた。


diggなんかはどうなっているのだろうか。はてブdiggのように今をメインに扱う指向も有していると思われるので。それと同じものを持つWebサービスとして追加でdiggの印象を思考してみた。

個人的に、diggdiggで色々な問題があるけれども、スレッド型表示と、発言者に明確なレスポンスが送れ、そのレスポンスがちゃんとその対象とするコメントの下にくっつくページデザインの作用で、ネガティブコメンターに対し冷静なコメントがなされる事があり、ネットイナゴ現象・2ちゃんねる現象までは起きていない感がある。


蛇足だが、diggのモデレート機能もそこそこ機能しているようで、パリスヒルトンの記事があがった時にはビッチ刑務所レイプされてろよなんてコメントがちゃんとマイナスモデレートされて表示にワンクリックが必要なようになっていた。そのコメントの後に付いた、パリスなら喜んで腰を振るだろうなという発言に笑ってしまったのは秘密である。

その記事でも、ちゃんと賛否両論意見があり、行き過ぎたコメントには釘を刺す反応がなされていた。単純な言いっぱなし、単調な意見スクラムだけにならず、何気に機能してるなぁと思ったものである。


はてながどのような対策をとるかは見物である。はてなってなに?

- 転職ならen
- 派遣ならen
 
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