はてなキーワード: コミュニケーションとは
1.加害妄想について
加害妄想とは、自分が相手に不利益を与えてしまう・しまったという妄想だ
言葉による暴力、振る舞いによる加害、自己臭や自己造形とうの不快なものを与えてしまうという迷惑
「こんなことをしたら嫌われてしまう」「こんなことをしてしまったから、きっと不愉快に思われている」
一種の自意識過剰だ
それと同時に、過剰なそれは対人恐怖をも招くことになるだろう
加害妄想を持つがゆえに、人に接する時の自我をとにかく綺麗にしようとするのだ
誠実で、正直で、優しく、思いやりがあり、等々
そして、自分の素の部分を隠して接していく
そうした人ばかりだから、表面上だけをなぞるような人間関係が氾濫する
3.加害妄想を持つ人の原因と結果について
では、そうした人達はどの様な形で人と関わる欲求を解消しているのだろうか
Twitterやmixi、ニコニコ動画や掲示板、モバゲーはてなといったSNS的なもののことだ
それと同時に、サービスから離れることで緊張化した人間関係を破棄することが可能だからである
この2つを利用し、時として自分を守り、時として対人接触欲求を満たすことが出来る
ここにおける問題は、「人間関係全てをネット上だけで賄えない」という事である
そして、目の前に相手が居るような直接的な人間関係において必要な対人スキルはネット上の人間関係では育まれない
なぜなら、ネット上では理想的に振る舞え、逃げる事が可能だからだ
そうした環境であれば、互いの主張や要求の対立が生じる事は少なく、生じても逃げることで回避する事が出来てしまう
相手に踏み込む経験の少なさによって、相手に踏み込む事への不安が発生する
その不安を正当化するために、「自分は相手を不快にさせてしまうから踏み込まない」という加害妄想が発生する
もちろん、実際に不快にさせてしまった=加害してしまった事はあったのかも知れない
しかし、そうした経験がなければそもそも相手との距離感の測り方は、対人スキルは育たないのだ
4.終わりに
ここは本筋とは関係ないが
名家に生まれた彼女は生まれつき大人に囲まれて過ごすことになる
それにより、幼い頃から礼を尽くす事を強いられ、他人に踏み込むという経験が欠如する
また同時に、名家ゆえの敵の多さから自分を守るために悪態を吐く事で距離を空ける行為を繰り返す
そうした自分を恥じて、「人と真っ当に関われるようになるまでは一人でいる」と実家を出て集合住宅で一人暮らしを始める
そこで、夏目残夏という人物に「人と真っ当に関れるようになるには、他人の中で傷ついたり傷つけたりする必要がある」と指摘される
まあ、人気を競ってもしょうがないでしょう。
他の要素も必要です。
これから先は本気の勝負だ。みんなマジでいくぞ。これが成功したら我々は今まで折り合いをつけることの出来なかった機会達との対話とコミュニケーション、そして、
本当の自由とやすらかさと便利とこの豊かな時代の空気を享受三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店
赤いもやもやする線がついているな。警告文だ。ここから先は我々も対処を始める三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店三店さく
また赤いもやもやした線がついているな。別ま警告だ。まだやった方が良いと。機会も心へのあご彼があるからな。
アイ・アム・レジェンド この町から抜け出すには魔法使いを雇うしかない。それが彼だ。
受け容れる器が出来るためには時間かかるかも三点三点三店三転参天…遠い遠い空の星アンドロメダ盛運の天の光り…かもしれない三点三点三店三転参天…三点三点さん
定期的に話題になるSNS疲れ。
mixi、Facebook、Twitterやらいっぱいあって訳わからん、と思いながらも自分も適度にSNSたちに浸かりながら生活している。
そんな中で感じるのは、コミュニケーション過多だなということ。
みんな絡みすぎじゃね?みたいな。
耐えられる?
今意図的にこれらSNSから少し離れているけど、なんか少し不安になっちゃう。
適度に利用しているつもりが、知らないうちに依存しているのかもしれない。
すごく便利になってすごく世界が広がったのに、なぜか窮屈になっていく。
考え方がゆがんでるところがあるんだろうなあ。
大学では好きなコに告白したり、社会人で頭おかしくなったときは身内にも話して助け船を出したりもしたが、ぜーんぶダメだったんだよね。返ってきた反応は拒絶と無関心だった。別の身内にだって、同じように頭おかしくなって病院いってる「前例」なんてたくさんあるんだけどね、それでもなお、関心を示そうとしないんだ。
実の息子が鬱でアタマおかしくなって死にそうで助けを求めて駆け込んできて、それを蹴飛ばすんだね。
コミュニケーションの薄い家庭だとは思ってたけど、いざというときは助けてくれたりした芯の通った家庭だと思ってたんだけどね。
だから、もう誰にも頼ろうとしない。頼れるものは自分だけだから、自分が倒れたらそれで自分はおしまいだ。自分を支える外的要因はどうやら何も無いらしい。そう悟ったから、自分ひとりで生きていった。そんで、なんとか三途の川から戻ってきたところです。
おかげで、三途の川がどこにあるのか場所が分かったので、ああ、今度そっち行くことがあったら死ぬんだなってわかった。親にいろんなものを求めすぎるのも無理な話なんだなあ。って。
関心を持って、話を聞いてくれる人がいたら、また違っただろうね。おれの人生は。
だから、自分から人に何か働きかける、っていうことが少し億劫なんだよね。ま、まーたどうせ話し聞いてもらえないんだろうなあ。って思ってしまう。だから2chが必要なんだよね。
「愛を知らない悲しい暴魔~」って。
愛が足りない → 暴れる → 正義の味方に退治される。
僕が育った環境はLower middleかなあ。たぶん。
少し昔の話だが、知り合いに唐突にブログのアドレスを送りつけられたことがあった。
まだ知りあって間もないころ、しかも異性だったもんだから正直戸惑った。
俺に教えてこの子は何を期待してるんだろうとか、俺が見るべきもんじゃないんじゃねとか
他の人には教えるなとか言われるし、そんなもんを俺に教えんじゃねぇよと思ったんだけど
色々考えた結果スルーすると決めた。
その後、ミクシィやらツイッターやらが普及しだして俺はそれについていけなかった。
日記を書いて、それに反応してくれるのを待つっていうのが
知ってほしいなら口で言えよと。言えないことなら抱えて生きろと。
なんというか、こういうことをやると人としてランクが下がるように感じた。
今まで社会が許してなかったであろうことを
いまや誰もが平然とやってるというのが受け入れられなかった。
でも、考えたら俺だって誰かが反応してくれることを期待しながらここに書き込んでるわけで
そうじゃなかったら最初からメモ帳かなんかになぐり書きするわけで
結局人は一人では生きていけんのかなぁ認めたくねぇなぁという身も蓋もないオチでスンマセン
その通り。本人のスペックがいくら高くても、採用自体がもうまったく全然ないとか、都道府県によっては数年間そういう状態が続いたりしてた。
…にも関わらず、地元の教育大学の定員が変わるわけではないしね。どうしろ、と。講師世代は本当に報われない。
最近は、若干採用が回復しつつある(団塊世代の退職により)。で、過去からのいきさつや不況のお陰で採用試験の受験者のスペックはいろいろ高くなってる。まあ、優秀な人が教員になってくれるのはいいが、いざ採用されて現場に行ったとき、「ちょっと上の頼れる先輩」世代が全くいない。20代の上はいきなり40代後半とか、そういうレベルになるので、今度は
・基本スペックが違うので、話が合わない
・そのせいで職場のコミュニケーション不足も含め、意識の共有が難しい
・経験や指導技術の継承しなきゃいけないけど、うまく伝わらない
・「ガリガリ仕事したいが指導力低い若者」と「指導力高いが家庭妻子にリソース割く必要からガリガリ仕事したくない中堅」ギャップ
「そのくらい言わなくても分かれ」みたいな言葉ってすごく便利だよね
態度に示してくれたって相手がどう思ってるかなんて言ってくれなきゃちゃんとわからない
こういうことかな?って努力した結果を「もっと考えてよ」って言われた時はすごくガッカリする
書いてすっきりしたので仕事に戻れます。こんなことでもやもやした気持ちになって自分の時間がもったいないです。
お察しします。
もうちっと何でこんなことになったかを付け加えると、
①町山智浩氏が日本にいないため、対面のコミュニケーションで埋め合わせられる理解がない。
②twitterは論争向きでない。用意に誤解を生むし、話しあう項目をごく限らないといけない。そこですれ違いが起こると全く理解に達しない。
うん。今まで無視していて、つい先ごろから適切に俺が突っ込むようになったので、ヤツとのコミュニケーションの齟齬がじんわりストレスになっているのかもしれん。
忘れないうちに幹事についてまとめる。
あとでトゥギャッターにでもしよう
本当に来ていただいた皆様には感謝
で今回は一応無事になんとか終わった印象。
少し私が顔とIDと経歴とを間違えてて不愉快にさせてしまった可能性は否めない案件はあって
hwoffについて、57人参加で運営上の大きなトラブルがないのは奇跡に近くて
それに甘えてる幹事な私。
普通このくらいの規模ならば、連絡なしのドタキャンが発生することは否めないし
可能性としては織り込まなければならない。
その場合にキャンセル料はどする?全額請求するのか、参加者につけ回すのか。
今回はドタキャン発生が皆無なのは本当にすばらしい、金銭的な収支も計算どおり。
実際はこれに対処する術をもっていない
現状1人でやってるってのは良くなくて、不測の事態が起きた時に対処が遅くなる。
本来ならばすでに1人でまわすことが無理あって
hwoffの参加者が行儀がいいだけの話。
なんで一人幹事ばかりなのかっていうと、話しあうとか意思疎通のコストが高いと思い込んでるから。
対人関係をうまく構築できないといってもいい。
運良けりゃ回るけど、最悪なことが起きた場合 例えば私が当日42度の熱出てほんとに動けないとか
そんな時を想定すると1人で回すのは愚の骨頂。
マネジメントみたいな話になると思うんだけど、もう少し
自分でやったほうが早いとかいってないで、自分の分身をつくらなきゃまずいよね 的な。
結局1hくらいはLTやってた、このあたりのバランスは確認したい。
全部に興味ある人はいないだろうし、それを考えるとLTを挟むことの是非とか。
もともとの趣旨は顔見せて集まることの少ないエンジニアの交流促進なわけで
そーすると無くてもいい事項か。
会費については5000円が妥当か。しゃぶ庵で3.5h専有して とか考えると
高いとは考えないが財布の状況を考えると軽食程度にして4kとかに抑えることも視野に。
今お越し頂いてる層が上は50くらい 下が19くらいなことを考えると微妙
大半は社会人なのを考えると5kにして、未成年とB2~M2まではキャッシュバックみたいな事を考えるか。
→コストどーすっかね。
例えば立食で軽食で4h専有できて60人でみたいなスペースはあるんじゃないか
しゃぶ庵のご飯は僕は好きだし美味しいと思うけど、それをメインにしてる人もいないのは事実
そーなると軽食のがいいのかしら。
これからの規模について
もし1人体制を改めるならより大きくする方向はありか無しか。
それとも縮小させるか。
すでにある程度顔見知りになってしまってる人が多いので
このまま回数重ねて同じ人ばっかりになるとコミュニケーションの方向性が内向きになることはやむを得ない。
すでに常連みたいな人は30人を超えてる。
そーなると新しい人が入りやすい、コミュニケーション取りやすく促進をはかるならば規模は増大させるほうが望ましkうはある。
いまの規模の制約条件は、私個人が幹事である、私の知り合いに基本声かかる 宣伝の問題なんか。
規模大きくすると、特徴性が薄くなるのは仕方ない。
もし来場者の満足度を最大限高める方法って。。?つうか顔見知りばかりなら僕が主催しなくてもいいよね。
もし規模を拡大するならば、親和性の高そうなところに声をかけるのはありではある。
例えばtggdとかUNIXのAndroidのとことかmbedのところとか
規模拡大させればいいこともあるし当然トラブルが増える可能性は非常に増大するよ。
定期的に開催することの意義はホントにあって
次いつやるかわからないよりは、来年もあるよね ってのが集客しやすいよね。来やすいだろうし。
会場にお願いの連絡いれて12/21にATND立ててしばらくはtwitterで広告みたいな感じか。
なので
もし来年も動くならば、それも一人でやらないなら少なくとも12/15くらいには動き始めようね 的な。
ということで乱文ですがざっと今回の0128hwoffの思うところでした。
そして双方が車の両輪の如く、ほぼ一致していることが理想的なロールモデルと言われるようだ。
大雑把に言って、肉体年齢の2/3くらい。
その幼さ故、正直かなり行き詰まりを感じている。
振り返れば、小学校高学年の時点で戦隊物やドラえもんを卒業していなかったし、中学生になってもコロコロコミックがプッシュするビックリマンシールに興味があったし、高校はファンタジー系ラノベとアニラジとモータースポーツにハマり、大学はテレ東のアニメと声優とプレステのゲームに耽った。
20代はその延長で真面目系クズの社畜としてヘタレに仕事しつつ深夜アニメを毎週チェックし、一方で今更服や髪型に凝り出す。30になったくらいからアニメそのものをほとんど見なくなりニコ動にシフトした。
そして30代半ばの今。
肉体的には美容院でアンチエイジングのスカルプを施し、徹夜ができなくなり、下腹部の膨らみを恐れる状態なのに、見た目的には大変幼いのか、現役の大学生とかから高確率で院生に間違われる。仕事では年下から「ずいぶん若いのが来たなあ・・・」と思われたこともあった。
流石にアニメにはどっぷり浸かってないけど、それでもけいおん!やまどマギやISやあの花は面白いと思ってしまった。
そんな調子なのでもちろん未婚だけど、いい加減落ち着きたい。「一人は寂しい」と思ったときは手遅れだろうし。
要するに自分は、小学校低学年でドラえもんや戦隊物を卒業し、高学年をコロコロとファミコンで過ごし、中学高校でジャンプとサッカーとプロ野球を楽しみ、大学でトレンディドラマ()とミリオンセラーのJ-POP()をハシゴしつつコンパとバイトに明け暮れ、20代後半で結婚して、今は子供が2人いて仕事では役職持ちみたいな、自分の世代にとってごく一般的な道からは、全く外れた人生を歩んできたわけだ。
お陰で、若い人とはそれなりに気が合うものの、周囲の数少ない同年代とはいつまで経ってもスムーズにコミュニケーションを取れないどころか、年を追うごとに相手は大人・自分は子供という精神的成熟度の差を実感するようになるばかり。
ましてや年上の人からは完全に舐められ、軽く見られている。そりゃ年齢の割には不器用だし甘ったれだし色々迂闊だし「こいつは本当にいつまでもガキなんだよなあ。もう少し大人になれよ・・・」と思われるのも無理は無い。
多分、肉体年齢と精神年齢の乖離はこれからどんどん酷くなる一方だろう。精神の成長速度が肉体のそれより著しく遅いのは、これまでの自分の歴史で明らかだからだ。
つまり、このまま行けば30歳の心を持つ45歳、40歳の心を持つ60歳、50歳の心を持つ75歳という具合に年を取り・・・もはやホラーだが、ほぼ確定の路線と思われる。
正直言って怖い。
こんなはずじゃなかったのに・・・。
そうは言っても、これまでもこれからも、他の人と交流しながら年を重ねていくしかないのだが、問題は交流する相手だ。
一体、どういう人達と付き合っていけばいいのか、皆目見当もつかない。
子供じみている自分と、付き合う相手の人生が、お互い少しでも良い方向に変わる可能性のある交流ってなんだろう。
実家に帰るといつも「~の背後にはCIAが」とか「地震兵器が!」とか「統一教会が!」とか「在日が!」とかいうの。
で、「その証拠は?」と聞くと、返答は以下のパターン
「証拠がないのがやつらのすごいところ」
「確定的な証拠を待っている前に状況証拠で判断して動かないと」
「証拠を求めすぎるのが現代の流行だな」
やってらんないのだが、家の設計上居間にPCが置いてあってその前に陰謀論者が鎮座してる。
でトイレ行くにも玄関行くにも風呂行くにもその居間を通らないとダメ。
「こないだ俺が言ったこと思い出していってみろ、テストだ」とか
「どうして俺の言うことがわからない。家族だったらわかるだろう」とか
別の家族は気が小さいので、俺みたいに時折反論したり
無視したりできない。
家族として、どうやって好きになってコミュニケーションとればいいのかわかんないところだよ。
俺がいろんなことに疲れて、実家で少しくつろごうとしてもそんなのに付き合わなきゃいけない。
こういう人ってどうすれば強引な陰謀論を人に伝えなくなるんだろうか。
関連書籍でも読んでみるか
さてこんな文章を見たのです。
[文系が、インターネットの仕組みについて教えてもらった記録 - のんたんのインターネット日記]
酷い。
てへぺろじゃねーよ。
ブコメみたら、あぁ皆さん優しいなぁ〜って。
「知ってる人からみたら当たり前、でも知らない人からしてみたら凄い事なんだぞ★」みたいなのは基本的に戯言だと思っていて、
なぜなら彼女は「知っておくべき立場」ですよね。「インターネットの会社」の中の人なのだから。
あの、申し訳ないのですが、はっきり申しまして「この人が営業に来たら嫌だな」。まずはこの一言に尽きる。
だって、知識がないんでしょう?
普通の人が「頑張って勉強してます」を実直に語るのは素敵な事だと思うのだが、
「インターネットの会社の中の人」なのだ。外から見たら変わらない。シス担だろうとマーケディレクターだろうと、「インターネットの専門知識を持つ人」なのだ。
少なくとも、彼女は企業名をヒモ付したアカウントで、当該の日記を書いている。
そんな訳で、ちょっと話が変わってくるのだ。
まぁ、確かに?企画/アプリレイヤーならインフラ周りとか一切分からなくても良いでしょうよ。
まして営業となると、余計そうでしょうけど。
うん、確かにそうだ。
って事で用意してくださった研修、これの意味を軽く考えていないか。
会社としては、趣味なんかではなく「必要だから」企画したはず。
なのだが、一体いつまでの期間で行われていたかは知らないけれど、
彼女は9月の時点で「えーれこーど」の事が分かってなかったらしい。
いや、この文章が、それをありし過去の事として、段違いに成長した今の自分の目線で語ろうという試みならば痛快だった。
だがどうやら違うのだ。
理解がね、とても遅いのです…
終盤に綴られたこの一言は、当人の自覚以上に余りに色々を語っていると思う。
体系的に書かれているサイトがすごく少ない
そうかもね。
でもさ、本屋で少し立ち読みとかしてみた?一流のテクニカルライターとプロの編集者が高い意識でまとめた作品が、たくさんあるよ。
家にいながら指を10本だけ使う作業によってカバー出来る範囲だけが「勉強」だとは、とても思えないです。
ともすれば、「インターネットに書かれてないことは分かりません!」って無意識に思い込んでるよね。「逆切れ」、ってそういう事だろ。
惜しいなあ、その悔しさをバネにした素晴らしいエピソードも載せて欲しかったな。
大変だ。(笑)
というか、「理解」するまでを「学び」というのでは。理解してない、ならそれを恐らく「学び」とは言わない。
いやはや、恥ずかしくないのか。
周りと比べたら、多分遅れてるよね。同じ選考を通過して、給料で働かせて貰って。
鑑みるに、「勉強したら、分かるんだね」という経験を今までしたことが無いのかも知れない、
「知識は人に教えてもらうもの」と、そう思い込んでませんか。
第一、タイトルからして「文系」などとう言い訳がましい冠を自ら被っている。
職種は、業種は。「文系」
業務領域に対する意識の低さを見事に露呈してるようで、それがとても鼻に付く。
この文章がムカつくところは、そこだろう。
たぶん社内SNSで日報として学びをUPするのはとてもいいコミュニケーションであり、等身大の自分を伝えたほうが上司にとっても有難いだろう。
なぜ、はてブロに書かなければならなかったのか。
「ソーシャルメディア」に載せるというのは360度どこから刺されてもおかしくないリスクがある訳だが、
そこで「専門領域」に関して「素人」となる事に関して、何も気持ち悪さを感じなかったのだろうか。
15回ほど色んな方に説明をしていただいていました
そのうち、10〜13回くらいはうんざりされたんじゃないかな。どうだろう。
「人数増やすと…」について補足。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E6%9C%88%E3%81%AE%E7%A5%9E%E8%A9%B1
スケジュールが遅れているソフトウェア開発プロジェクトにさらにプログラマを追加すると、そのプロジェクトはさらに大幅に遅れる。これを「ブルックスの法則」という。この大幅に遅れることの原因は、新しく参加するプログラマがプロジェクトについて学ぶ時間が必要となること、およびプログラマが増えることでコミュニケーションのオーバーヘッドが増えることである。N 人の人々が自分たちの間でコミュニケーションをとる場合 (階層的な組織を構成していないものと考える) 、N が増加すると、彼らの生産量 M は減少する。生産量 M が負の量になることさえ起こりうる (例えば、ある日の終業時点における全ての残務作業量が、その日の始業時点における全ての残務作業量よりも大きい場合——たくさんのバグを作りこんでしまった場合など) 。
今回のケースでは、60人が1300人になったので、コミュニケーション量は約477倍になるわけだ。
簿記会計の処理するために 自分自身が簿記できるくらい勉強する のは 設計に入るし
デザイン周りの処理するのに 簡単なデザインできるくらい勉強するのは 設計に入るし
プロ並みにとはいわんが、業務知識があって、それをベースにそれぞれのプロとコミュニケーションして設計するってのは設計の基礎。
既存システムの巻き取りで、死にながら既存システムのコードを読んでコードレベルで、旧設計を理解するのも設計の基礎
って思ってる俺は間違ってるのか?
(俺自身 大規模設計の時はそれをやるので、最初はプロと作って業務知識を担当者に教えてもらうところから始める)
設計だけの設計がなんか、半完成のプラモを組み立てるみたいなことをイメージしている気がした。(それ設計違う)
例えが違うかもしれないけど、楽譜が読めないけど指揮者なら出来る、みたいなことをいわれても、指揮の前提には、楽譜が読めて、総譜を暗記していて、その次に指揮ってのがプロでしょ?指揮しかできない。っていわれたら、普通は楽譜は読めるのが前提だよね。一般的には。そうじゃなければ、指揮の真似で棒を振るしかできないという言い方になると思う。
http://www.asahi.com/business/update/0124/TKY201201240616.html 24日のニュース
http://www.meti.go.jp/press/20100820003/20100820003-2.pdf その発端ともいえる二年前の報告書
始まりは、ありがちな汚職だと思えた・・・その巨大プロジェクトの実体は!
1部~2部で内容が重複してるから、ストーリーだけ知りたい人は3部から読むのをお勧めする。図表もあるのでわかりやすい。
これについてのブコメやTwitterを見ていると不祥事を叩いたり、やめた事を批判して55億賠償しろって人も結構いるのだけど、なんかもうそういう問題よりも気になる点が山ほどある。自分の感想をまとめておく。不祥事そのものより、その裏にあるプロジェクト全体や日本の開発にありがちな問題にもっと注目されて欲しいのでそういう視点で書く。
入札前の情報漏れにしても、その後のNTTDとのやりとりにしても、情報漏洩やそれにまつわる金銭の動きは犯罪だ。けどもそれが行われた動機が私利私欲のためだけとは思えない。
共有されるべき情報が共有できるようにされていない。やりとりできるべき情報ができるようにされていない。必要な情報がちゃんと流れていないから、イレギュラーな方法で流れている。特許庁, NTTD, TSOL この三社間のコミュニケーションがどこも投げやり丸投げ気味で、慢性的に情報不足だった感が伺える。ここを改善する必要があるよね。
極秘情報は必要最小限にして、より情報の共有を図るべき、入札前に必要な情報は公開できるようにすべきって報告書でも書かれている。
入札での評価が金額偏重で、マネージメント力を評価してなかったって問題。マネージメント力を評価してないのマジやばい。あ、でもマネージメント力を評価するには、全体を理解できる人材が必要だよね。で、次の問題に繋がるんだけど。
報告書だと、上流の話しか出てこない。だから、「設計もろくにできないで55億無駄にしたのか!」って話になるけど、ちょっと待って。設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないってことなんだよ。特に、このプロジェクトは既存システムを0から作り直すのだから、既存システムをよく理解して、また既存システムにかかわる技術者とよくコミュニケーションが取れて、それを設計に正しく咀嚼できるスキルの持ち主が必要で、設計しかできない人材ではなく全体を理解できる人材が必要だったはず。
既存システムをちゃんと理解できてない人間だらけになったということが報告書でも繰り返し指摘されてるけど、その根底には設計しかできない人間が山ほどいても捗るわけがないという問題があると思うんだ。
6年?そもそも設計に数年ってのが、もうそういうの無理が来てるって感じ?6年経つ間に色々変わっちゃう。
どうしても、がちがちのウォーターフォールでやるなら、もっと受注も小分けにして、まずは既存システムの仕様まとめプロジェクトから開始するのが良かったんじゃないかな。
6年まとめてどん!だと中断の決断もなかなかできないよね。
これだけプロジェクトが炎上していたのに、汚職がきっかけで調査が入るまで炎上がちゃんと認知されていなかったというのがやばくね?もし汚職が見つからなかったら、炎上のまま・・・
これは国のプロジェクトだから汚職で厳しい調査が入って、プロジェクト炎上まで色々赤裸になったという見方もあるかも。民間だったらもっとなし崩し的に炎上プロジェクトを続行するケースが多いように思う。
もうね、
TSOLによる設計作業は ,平成18年当初60人体制でプロジェクトをスタートさせたが,翌年初めには遅延が 始まったため,順次増員を行い,同19年3月には200人,同年5月には450人体制とした。
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
TSOLは ,工程の遅れの解消に向けて,大幅な人員の増強でこれに対処しようとし,平成20年11月以降に は 1300人もの体制を整えたが
(((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
あたりまえのこと。TSOLでも仕様をしっかり理解してる人は少数だったのに、増員の9割は下請けだったのだから、さらに破滅の様相が想像できるってものだよ。
大量の下請け同士の連携や情報共有がされていなかった。経験やノウハウの共有がなされていなかった。と報告書にある。なんでこうなっちゃうんだろうな。何のためのプロジェクト管理なんだろ。ノウハウの管理はもっと意識されるべきだよ。
人数増やしてプロジェクトが炎上するというのは、お約束すぎる。規模の大小や分野にかかわらず、開発をやった事のある人ならわかると思う。
開発や設計って?という人にもわかりやすいように説明する。
例えば、優れた売れっ子のマンガ家がいて、老練な担当者がついていて、名アシスタントがいて、才能ある若手アシスタントがいて、10人のチームでマンガを描いていたとしよう。一方、大して技術もない凡人を100人集めて、前出のチームと同じマンガができるとかと聞かれたらどう思うだろう?殆どの人はそれは無理じゃない?と思うだろう。1000人でも無理かもしれない。
開発も同じなんだよ、本質的にはね。
でもそう思われにくいのはなんでだろう?それは多分、開発に従事する人にはマンガ家のような才能や際立った技術は必要ないと思われてるからだ。言われた所を言われたようにベタを塗るだけがプログラマの仕事だと思われているからだ。実際それをプログラマなのだと定義している会社もある。技術はお金にならない低俗なものだという偏ったイメージもこの世界には蔓延している。それが上流偏重の問題なんだ。
売れっ子のマンガ家のような設計(マンガで言えばネームや原作)からプログラミングまでこなせる技術者、老練な担当者のようなプロジェクトマネージャ、名アシスタントのような匠のプログラマ、勉強熱心な技術者は実際に存在してる。並以下の人材を倍集めたって100人集めたって彼らと同じものができるわけじゃない。
でも、どんなプロジェクトにもそんなスター的な人材が確保できるとはいえないし、単純な増員で対応できるようにする必要が、日本の大きな会社や大きなプロジェクトではあった。それを可能にするのが分業化だ。工程を徹底的に分業化することで、末端のセクションの習得コストを出来る限り低くし、品質の維持も図る。言い方を変えれば、創作を出来る限り製造にするということ。
それによるデメリットは明確だよね。新しいアイデアが実現されにくくなる。時代の流れの速さに追いついていけない。個々の持っているスキルが生かされない、技術が評価されない。技術者のモチベーションが下がる。なにより、正しい分業化とマネージメントが行われずに盲目的に人数を増やすと、ただただ炎上にしかならないってこと。お金だけが莫大にかかっていくということ。
これは間違いない。
このまま続けていたら、沢山の技術者の尊い人生がデスマに捧げられただろう。数年間のどろどろの煮詰まった成果物は、黒歴史を語るまいとひた隠しに、更なる問題を生み出しながら使われ続けただろう。考えただけで悪夢だ。
このプロジェクトのやりなおしに、どれだけ前回の経験が生かされるのか、そこにこそ注目していきたいと思う。
時間ができたら後で読む
http://www.jpo.go.jp/torikumi/system/system_optimize_re.htm
実際の業務の内容がある
http://myatsumoto.hatenablog.com/entry/2012/01/26/082554 良いまとめ