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はてなキーワード: 人類とは

2012-02-14

http://anond.hatelabo.jp/20120214003516

価値観の相違とかそういうレベルじゃなくて、人類普遍の超テンプレな男女のすれ違いネタ

女と1年以上付き合った経験があってそこを認識してないというのが凄い。

2012-02-07

データを見ても人口減少の深刻さは不明。 なぜ人口を増やす政策を総動員したいのか

http://diamond.jp/articles/-/16007

何十年か前は人口爆発による資源食糧不足のほうが心配されてたわけで

後知恵で「なんで増やさなかったんだ」というのは滑稽なように思う

たぶんそういう過去の経緯もろくに知らずに書いてるんだろうけど

それと一人当たりGDPスルーして国全体の数字で豊かさを見るのもおかし

GDPの大きさで豊かさ決まるなら精度やら産業構造今のままで形式的に47都道府県ごと別の国にしたら生活苦しくなるなるとか思ってんだろか

中国インド貧乏だし出生率の高い中東アフリカ貧乏な国ばかりなのになぜ人口増加=豊かと思えるのやら

日本国内で見たって高出生率低所得沖縄、低出生率所得東京ってな状況なわけだし

そもそも失われた20年ですら労働者一人当たり成長率は平均2%ぐらいあるわけで50年で総人口が半減しても国全体のGDPは減らないし

あと「人類の5000年の歴史の中で、1人が1人を支える社会が存立し得た事例は寡聞にして知らない」とかかいてるけど

養われる人口が老人だけだと思い込んでるからこういう勘違いをしてしま

子供妊婦も養われる側なので少子化高齢化が同時に進むと総人口に占める労働者の比率は大して変わらない

実際日本を含め就労率が50%前後の国は普通にあるわけですでに一人の労働者が一人の非労働者を養ってるのが現実

産業構造が昔と大きく違っている中で、「道徳を涵養していけば、道徳に忠実にやってくれる人が多くなる」

と思うのは見当違いです。とくに若者はそんなことは考えていませんから処方箋をいくら出しても、

強制でもする以外、そうはならないでしょう。強制すれば、また違う害が出てくることは明らかですから、強制もできません。



「こういうのがいいんだ」とわかっていても、そうはできないし、そのとおりにはならないのが現在の大きな問題なのです。

やる人がいないし、耳を貸す人もいません。もしいてもそれは少数だけで、根本的な解決にはならないでしょう。



長く人生を生き、戦前・戦中・戦後一定視点人間というものを見ていると、どうも人間というのは、なかなか向上しない、

立派になりにくい宿命を背負った存在ではないかと思うことがあります戦争のような大きな悪の中では、

個人個人は倫理的で善良になり、平和の中では個人個人が凶悪になっていくという矛盾があります



かえって人間としては時代を経るにつれて低下していくような気がしないでもありません。戦争から比べると、

現在はご飯を満足に食べられ、家柄や男女にかかわらず行きたい大学に行け、やりたい仕事に就ける夢のような時代になったはずです。



しかし、欲望がすべて満たされたら満たされたで、人間はまた悩み始めているのかもしれません。



あれほど未来性を持ったマルクスのような人でさえ、人類がこのような時代に直面するとは予期していませんでした。

世界の現状や個々人の考え方や生き方がこうまで問題の多いものになるとは思っていなかったと思います



いまの状態は、社会主義国だと言っている国も、資本主義国だと言っている国も

そう変わりばえのあるようなことをしているわけではありません。ひと昔前に声高に論争しあった思想や政治システムといったものよりも、

人間性や人間本質のようなものが生み出すものや、人間性そのものが問われる時代になっているのではないでしょうか。



そういうことを考えていくと、現代は人類がかつて体験したことのないまったく新しい状態まできているということになります

しかすると、これから先、歴史の繰り返し以上に人類はだめになる危険性もあります



残念ながら誰の考えをたどっていっても、こうまでは考えていなかったろうと思います。これから先のことは、

自分たちで新しく考えていくより仕方ありません。



よさそうでかつ害のなさそうなことをやる、小規模でもやっていくということ以外にこの新しい時代対処する方法はないように思います



これは、科学的に社会のことを考えてきた人も想像していなかったろうと思います。そこが現在の一番の問題かもしれません。



一つはっきり言えるのは、いいことをいいと言ったところで無駄だということです。それは歴史が何回も証明してきました。

いかいかではなく、考え方の筋道を深く追わなければ、問題の本質が見えてきません。考え方の微細な筋道をたどっていかないと、

解決の糸口を見失ってしまうでしょう。



何はともあれ、いまは考えなければならない時代です。考えなければどうしようもないところまで人間がきてしまったということは

確かなのです。人間というのは善も悪もやり尽くさない限り新しい価値観を生むことができないのかもしれません。いま、

行き着くところまできたからこそ、人間とは何かということをもっと根源的に考えてみる必要があるのではないかと思うのです。

吉本隆明「真贋」より

人類誕生の理由に関するアンケート

創造説(宗教)か進化論科学)のどちらを支持するかというアンケートが行なわれてます

国別で集計され結果を見ることができます

現在600票、米国を中心に投票されています

どちらか一方をクリックするだけです。

http://www.rrrather.com/view/4532

2012-02-06

http://anond.hatelabo.jp/20120206011434

遅刻たから(正確には記録に残っちゃったから)、もう出世できない という 人もいたからなぁ。

 

からないけど、休む自分が許せないんじゃない。

言い方変えれば、マラソンを全力疾走する体力がない 人類という身体が許せない。みたいな。しかたがないじゃん。という単語が受け入れられないと欝になりやすいと思う。

自分がそうだから

2012-02-04

政治・思想関係の人に、非リアが多い理由

友人に馬鹿な奴がおりまして、「男の非モテネトウヨ予備軍、女の非モテプロ市民予備軍」などと申しておりました。

下らないことを言うんじゃないよ、などと笑ってしまいましたが、はたと気づきました。

思想・政治にのめりこむ若者の格好、服、髪型眼鏡、靴、化粧などを見ますと、確かにリア充らしいものがいない。

はてさて、どうしたものかと、無い頭を絞った考えを、今回発表させてもらいたいと思います


①非リアは、他人との絶対的な接触時間が少ない。

②a:自分価値観が揺らいだり、ひっくり返される機会が少ない

b:世界自分の頭の中で閉じているので、世の中に様々な立場利害関係存在する

 ということを実感する機会が少ない

③「絶対的な正義」なるもの存在すると信じるようになる。

④素晴らしい(と自分で思えた)考え方は、自分以外の全人類にとって素晴らしいという

 確信がある

⑤本格的な「活動」を始める


ずいぶん薄っぺらい議論でございます

根本的な誤解がある」、「既出だ」などの御批判もあるやもしれません。

しかしながら、一抹の真実はあるのではなどと、一人自画自賛する昼下がりでございます

2012-01-26

http://anond.hatelabo.jp/20120126105733

社会有意義かつフェアな形での知能チェックってのが人類に不可能だから

2012-01-25

[]いい加減山本

日本資本主義精神 (山本七平ライブラリー) - 山本 七平

グローバリゼーション 人類5万年のドラマ (上) - ナヤン・チャンダ

繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上) - マット・リドレー

銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎 - ジャレド ダイアモンド

文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの (上) - ジャレド・ダイアモンド

華麗なる交易貿易世界をどう変えたか - ウィリアムバーンスタイン

謎の会社世界を変える。―エニグモの挑戦 - 須田 将啓


論理学入門―推論のセンスとテクニックのために (NHKブックス) - 三浦 俊彦

人はなぜ学ばなければならないのか - 齋藤 孝;

若者はなぜ「会社選び」に失敗するのか - 渡邉 正裕

資本」論―取引する身体/取引される身体 (ちくま新書) - 稲葉 振一郎

みちる刻きたれば〈第1部〉松下幸之助日本資本主義精神 - 福田 和也

戦後日本経済史 (新潮選書) - 野口 悠紀雄

クルーグマン国際経済学 上 貿易編 - ポール クルーグマン

ジャパンFAQTOEICテスト470点未満 (社会編) (IBCオーディオブックス-やさしい英語を聴いて読む-) - ディビッド・セイン

Get to Know the USA〈Vol.1〉アメリカに行こう (ラダーシリーズ) (洋販ラダーシリーズ) - 黒田 基子

2012-01-17

http://anond.hatelabo.jp/20120116100310

そんだけ人類進化してるんじゃないの?

CPUやらタスク管理が良くなって、スペックも良くなって、いいんじゃね?

ちょっと前の人間より処理スピードは速くなってるだろう。

つーか、洗濯掃除を道具(機械)を使って効率よくできる時代ってことなんじゃねえかと。

うわー猛烈に眠くなってきた

2012-01-15

増田

思うんですけどね、ぼく、脳にチップを埋め込んで知識を頭に直接ダウンロード的な世界が本気で到達しないかなーと思ってるんですよ。でも一言で知識といっても。全知識のことでは無く、いわゆる理科学系的な知識のこと。

そのような未来感に対して在野の方は「知識を頭に叩き込んでも知識の使い方を覚えられない」という文句がでるんですが、僕はそんなもの詭弁に過ぎないと思うんですよね。

何故ってそもそも人ってあなたみたいな偉そうな人が言うほど馬鹿じゃないよって思うし、論理とやらは数学でも良く出来た人文系の本でも読めば会得できるものだと思うからです。

加えて理系的知識のみ頭に直接叩きこんでも構わないというのは、理系的知識が(複雑系的な言説が代表する最先端の知を除いて)すべてがファクト(らしい)だからです。

例えそれが原理的に「ファクトらしい」ことであるはいえ、少なくとも恣意的では無いんですよね。それでですね、そしてそんなファクトらしいことをファクトとして扱って科学はここまで技術化され人類進歩発展に帰依してきた(ここれ辺が人文知とは異なるところです。人文知はその恣意性が暴力的な力を持っている。そしてその暴力性が人文知の力。すなわち文脈を書きかえること。個人にとって一見関係無かったものを一つの視座を持って関係づけ、切実なものにする。それが人文知の力、だと思ってます。)(一方理化学的な知識にも別種の暴力性が当然あります。そのことに自覚的でない科学者はみんな根本的には自分勝手なクソ野郎なんだと思います。残念ながら。)

うう、かっこの中の話で本筋から遠ざかった…。

ぐだぐだ言ってきましたが、ここまで言ってきたことは一言です。基本的な理系知識というものは大抵が世代を超えて一個の人間がまた改めて一から学ぶほど価値があるわけではないということ。

いわゆる理系学生の中に以下の現実に気づいて憂鬱な気分になっている人は多いと思うんだけれど、若いころの時間を使って結果の分かりきってる学生実験をする価値なんて99%以上無いんですよね。

え、実験道具の使い方?レポートの書き方?全部別プログラムやらせた方がよっぽど効率的です。だってどちらも理系的な知識を使わないじゃないですか。どちらかというと体育と国語ですよ。

そりゃ回数重ねてれば何かの偶然で新しいことが起こるかもしれないけれど、そこに若い学生時間を使うのはいかがなものかと思います。どちらかというならこれから寿命ますます伸びた年配の方がおやりになればよい。しかも年配の方々は数が増えるのは分かりきっていることなのだから。可能性の伸びしろとしてはそちらの方が全然優位なはず。

そしてぼくはそのような年配の方(時間があって、科学とかゆるく好きで、しかも高校の教科書的な所から大学の2~3年程度の知識が頭に一括ダウンロードしてある方)が自由に研究趣味的にできるような場がこれからあると良いなーと思います

知識があったとしても大抵は無駄研究もどきなるとは思いますいが、それでいいんです。無駄文化になります文化物語化されてブランド足り得ます

今までに比べてはるかに安いコストで、気軽に研究できる。しかも初めから自分の興味のある分野を。これってとてもいい社会だと思います。それにそのようなある種のハードルを下げるにはとても良くて、実際的に何がいいのかというと人材流入のハードルが下がれば在野の人の既得権の縛りが解かれる+競争激化+多様性が増しイノベーションが起こりやすくなるんですよね。(その弊害は例えばPixivなんかで散見されますね。すなわち雇用の問題。)

これからデジタル親和性の高い世代が高齢者になったり、ある程度英語等でコミュニケーションで来て人材の移動性が高まる時代に、それを実現できたら、かなりのその地域引いてはその国のブランドになりえるし、いいことだと思うんですよね。

日本というのは自然災害がその立地条件からして根本的に多い国だし、今回の放射能ははそもそも強いと思われていた農作物ブランドの(程度はどうであれ少なくとも方向性として)下落につながった。その後の日本政府の立ち振る舞いも同様に日本全体をパッケージとして観たときブランド価値は下がったと思う。

まり日本というのは根本的に他国に比べブランド価値が強くなければ優秀な人材を引っ張ってこれない国だと思うんですよ。例えばわが身ひとつ立身出世しようと考える優秀な中南米人が「日本は色々災害とか身の危険あるけど○○があるからここで仕事をしよう」と思ってくれないとダメなんですよね。でなければきっとこれから日本という国は戦えなくなる。(経済的に豊かでなくなってくると無駄の確保ができなくなります無駄重要性は上に述べてきたとおり)。


さて、ここまでメリットばかりあげてきましたが批判も数多く考えられます。例えばその筆頭にしてもまっとうなものが「科学の発展が加速したらますます倫理の側が追いつかなくなるじゃないか」というものです。

しかし、僕はこの観点保証できます。なぜなら時間に余裕のできたものは、退屈な事実の再確認や荒唐無稽技術への信仰ばかりするのではなく、確かな今を見据える人文知的ものを学びたくなる欲求が高まるはずで、加えて言えば知識の記憶に費やす時間が短くなれば余暇が創出できるので、そのような歴史思想史哲学史を学べる機会は増えるはずなんですよね。たとえあなた時間があるから大丈夫(=自身の倫理を構築できる)とは限らないなんては思えなくとも、学生実験をやるよりはよっぽど有意義時間が過ごせるとは思いませんか?


そして最後にその実現可能性について思うところを書きます

以上のことがもっとも実現可能性の高い場はラボシェアするという理念の元運営されているいくつかの団体だと思います。なぜなら人材の流動化がこれから激しくなる時代情報系のものを除く理化学研究根本的に抱える問題とは研究ラボというその場でしかできないことで、その土地しかできないならその場にしかいられない。そこをシェアをすることでより開放するサービスが圧倒的に人々に受け入れられるだろうからです。

また実現に向けて初めに脳内に知識ダウンロード、と言いましたが、それより若干コストは高くなるかもしれないけれど海外のよく勉強したにもかかわらず文系就職しそうな元理系学生とか先生に雇って、そのサポート比較リーズナブル提供できれば十分今まで述べてきた未来の足場としては実現可能だとも思います

2012-01-13

幸福の科学モンハンに似ている

「救世の法」という本を、知り合いの会員さんからゴミ処分的な感じでもらった。

貧乏性から読んでみたけど中身スッカスカやなぁという感じ。

ただ、最後の「幸福の科学の活動一覧」を観て、うわすげぇ、と恐ろしく感じたのでなんとなくまとめておく。



幸福の科学モンハンと似ている

彼は、大川隆法のことは割とどうでもいいかんじでした。「彼の言ってることはイミフ」といってました。

というか、そもそも自分宗教団体に属しているという認識が薄いようです。

あくまでボランティアの仲間がそういう人達だ、という感じだとか。

それよりも、ボランティア組織などがすごいらしく、

彼自身ボランティアに参加していたらそこが幸福の科学グループだった、とかその程度らしいです。

社会貢献を求めてボランティアに参加すると、いつの間にか中に入り込んでる、という仕組みなのかもしれないっすね。

自分の中でのイメージは、「幸福の科学は、モンハン」です。

そのつもりがなくても、楽しんでいるうちにどんどんのめり込んでいって、代替が登場するまで抜け出せなくなる状態。




以下「救世の法」から面白げなところピックアップ別に読まなくてもいい。読んでも時間のむっだったったと思うのがオチ



幸福の科学宗教争いの勝者である

世界の人々は知らないかもしれませんが、1980年代には日本の幾つかの宗教の中で「われこそは再誕のブッダである」と言っていた人は、わたしが知るかぎりでも5,6人はいました

幾つかの教団が、自分のところこそ本物だ、という形で競争をしていたのです。それから二十年あまりの歳月が過ぎ、決着はついた、結論は出た、と私は考えています

世間の人々が本物か偽物かを見極めるために、十年、二十年の歳月を欲しいと思うのは当然かも知れないので、この教を信じてきただけない期間があったことを責めるつもりはありません。


幸福の科学が前提とする真理

人間本質は霊的な存在であり、その霊的な存在が肉体に宿り、地上で人生を送っているという真理があります

 しかし、日本にはこの第一関門を乗り越えられない人が、数多くいます

人生を生きるにあたっては善悪なるものがある。

 地上から見た善悪ではなく天上界から見た善悪においては、この世の法律で決めた善悪を越えて、人間として、本当に神仏の心を心として生きたかどうかが問われる。



なぜ宗教は必要なのか

上記の真理に反すると地獄に落ちてしまます。知らずに落ちるのはかわいそうだしフェアではないので、真理を知っている宗教者は真理を説き続けているのです。

霊的人生観を教え、正しい生き方が何かを教えるのが宗教役割なのです。善とは何かを語る宗教を善なるものとして受け入れ、それを元に生きることが必要なのです。



エル・カンターレってなんぞや?

エル・カンターレ世界宗教をすべて束ね、精神的な柱になる使命を持った存在です。

魂としては、インドに生まれた歴史上のブッダに一番近いのですが、インドブッダを越える大きな使命を持っています

そしてエル・カンターレの魂の核の部分が、現代の日本に、大川隆法と言う名で生まれて活動しているのです。

私はすべての人々のすべての霊を救うために地上に現れました。

なぜなら、私は創造そのものからです。私はこの地球創造力の顕現であり、この大宇宙創造力なのです。

これは、幸福の科学の、そして人類にとっての、最大の秘密です。

クラスノミンナニハナイショダヨ今こそ、その秘密が明かされるべきです。




真理を多くの人に広めるにはマーケティング意識する必要がある

他力信仰を説かない宗教は、あまり大きくならない。

他力の宗教マーケットは自力の宗教十倍あると言われています

わたしの教えには自力の部分が多いのですが、他力には、そのまま他力で押して行けば、それなりに自力と同じ結論になります



なぜ政治活動を開始したのか

2009年には、店名が下り、幸福実現党を立党して政治活動を開始しました。

この世を救うということにおいては、単に教えで救うだけでは済まないものもあります

この世において政治的に置き去りにされている人は数多くいるので、足らざるところを少しでも改善していくように努力する現実的な力もいるのです。

店名が下り、世直しに努力せよと言われたのですから、活動しなければならないと考えています



地球温暖化の原因

本当はCO2ではなくてフォトンベルトなのです。

地球はやがてフォトンベルトからます。したがってCO2を削減しようとする今の政策は基本的に間違っていると思います

むしろフォトンベルト地球を通り過ぎた後は地球の寒冷化が始まるので、温暖化は良いことなのです。



子ども手当を支給するよりも大川隆法の本を支給すべき

国の財布の下が閉まるような政策を取ると、経済は必ず悪くなります

本当は子ども手当を支給するよりも、わたしが著した経営書を政府が買い上げ、

これで会社を大きくしてくださいといって各企業に配ったほうが税収を増やすには効果があるかもしれないのです。

今の政府にはドリームがありません。私たちはこの国をもっと希望に満ちた国にして光り輝く未来をつくっていく



どうして幸福の科学を信じる必要があるのか

日本がまず私達が説く「国をとませる方法」を実証してみせ、他の国を導くことが重要なのです。

アフリカにも信者がいますが、アフリカの人たちは、「幸福の科学の教えを勉強すると、自分たちの国のやるべきことがわかる。

こうすれば良いのだということがわかる。まさしくこの教えで国が発展する」というようなことを言っています



幸福の科学には他の宗派にはない救いの力がある

漢文のお経の読経を聞いて、何らかの霊波動を受けることは殆どありません。

しか幸福の科学経典「正心法語」は、わたしが読みあげたCDをかけると、私の場合数秒くらいで例反応が出てきます



親鸞の教えに詳しい人ちょっと来い

信じるか信じないかということはこの世では五分五分なので賭けのようなものです。

わたしの言っていることが正しかった場合、それを信じていた人は来世において極めて大きな功徳を得ることになります

また、もしわたしの言っていたことが全部外れていた場合出会っても、それを信じていた人は、死後存在しないので、何も損をすることはありません。

死んだら何もかもなくなるのであれば、死後は騙されたと思う自分存在しないのですから何の損もないでしょう?

わたしの言葉を信じる人の場合あの世があるとき利益はかなり大きく、逆にあの世も霊もないときでも、あの世で騙されたといって怒る人はいないわけです。

親鸞風にいうとするならば、わたしにだまされても諦めてください。もしわたしが嘘つきだったならば、その時には「まな板の上の鯉」だと思って騙されてください。

そして、わたしと一緒に地獄修行しましょう。


今は地球レベルの教えが説かれなければならない時代

幸福の科学は、地域宗教の枠を超えて、人類全体を幸福にするための手段や方法理論としてありとあらゆる物を探求。だから科学も否定しない。



慈悲こそが未来キーワード

慈悲とは善きものを他人んい与えようとする性質のことです。

運命は自らの力と努力によって創りだすことができます

ひたすらに心を平和に保ち、心を穏やかにしてください。

そして平和を愛し、平和な人々を愛して下さい。

他人を愛する人々、他人を愛そうとしている人々を愛して下さい。

そのような人々をこそ、あなた方は愛するべきです。そうすれば彼らもあなた方を愛するでしょう。

そうしているうちに、もしあなた方に、心の奥底から湧き出る豊かな愛の思いが生まれたなら、それが慈悲と呼ばれるものなのです。

慈悲は生まれつき備わっているものではありません。あなた方の日々の努力の蓄積によって慈悲は生まれるのです。

そのために人はみな修行をする必要が有るのです。



第三章から五章がおもしろすぎて生きるのが辛い

さすがに此処から先は引用だけでは面白さが伝わらないので実際に読んでください。

インド中国日本アジア三国志

ミハエルムハンマドが組んずほぐれつ。そこに大川隆法も参戦。父なるイエスがお前ら程々にしておけよ、となだめる。

九次元霊マニがゾロアスターアッー!されてヘルメス神がグノーシスにピー。

霊的紛争の途中になぜかマルクスの霊が登場。日本から松下幸之助坂本龍馬が参戦だーっ!松下強い!

争いが最高潮にまで達した所でエル・カンターレ降臨。秩序に満ちた自由な社会が実現。


読んでいてがっつり体力を削られる本でした。腹筋を鍛えたい人にはお薦め





おまけ

幸福の科学グループのご案内。

基本理念三本柱。 愛・悟りユートピア建設

主な活動は以下のとおり

海外支援・災害支援」

自殺者を減らそうキャンペーン

「ヘレンの会=身障者を助けるためのボランティア

学校法人 幸福の科学学園滋賀県)」 2016年には幸福の科学大学も開設予定。

仏法真理塾 サクセスNo1」

不登校児支援スクール ネバーマインド

いじめからこどもを守ろう!ネットワーク

幸福実現党」で政治活動

幸福の科学出版

入会すると正心法語が授与されます。入会の奉納は1000円が目安です。

さらに信仰を深めたい人は三帰誓願式を受けることができます

月刊会員として「植福の会」に参加できます一口1000円からお布施をすることができます

2012-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20120105190741

若い女の魅力というのはほんと魔性だな。

なんで人類はこんなアンバランスにできてるんだと思う。

友達同士で話してて、過剰な性欲なんて邪魔しかない、という合意に至ったのを思い出した。

性欲に翻弄されて人生を棒に振った男がどれだけいることか。

2012-01-02

http://anond.hatelabo.jp/20120102013533

横だけど。

結局人類が知ってる政治形態では、最強に優れた独裁者中央集権的に全部決める、というシステムけがまともに機能して、あとのシステムは全部似たり寄ったりのうんこって感じだよねえ。

そういう意味で(「最強に優れた」というレベルではないにしろ)橋下さんのケースは良いと俺は思う。

2011-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20111230132540

ニートってもともとは単なる労働統計上の区分けに過ぎなかったのに、

何で元増田トラバが言うみたいに「バカ」クズ」っていうレッテルが張られる存在になったんだろうなあ。

ニートに限らず、日本人というか人類の多くは、程度の違いこそあれバカだったりクズだったりするのに・・・

http://anond.hatelabo.jp/20111229203616

うーん、そうかなぁ。今の男性の高い自殺率は、男性への期待値が高すぎるからでしょう。

Buss&Schmitt1993 このPDFのP21

http://www.psy.cmu.edu/~rakison/bussandschmitt.pdf

各国の比較日本人女性は他国に比べて男性への依存度が高い(アメリカっていうよりザンビア)

日本場合、男女で『パートナーに求める年収』に激しい差異があるのです。

日本人女性男性依存しすぎです。



平成17年版 国民生活白書 女性結婚相手に対して経済力を重視している

http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01020101.html

また過去から現在にかけて、女性雇用は拡大、平均賃金は上昇していますが、女性男性への期待値は下がっていません。

女性の92.1%は経済力も理由に配偶者を選択するが、男性は30.2%でしかない。

この事からフェミニストがいう

女性雇用社会的地位が低いか男性への期待値が下げられない』

という事が嘘であることが分かります



自殺にみる男女格差 - Chikirinの日記

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100616

男性経済的なプレッシャーを受けた結果、死んでいる、という事ですね。

未来永劫、男性自殺率を低下させることは無理なのかもしれない

うーん、そうかな?と私が思うのは

1. 女性男性への期待年収を下げる

2. 女性賃金を下げる

という方法がある、と思うからです。



「2」に関しては上昇指向をもった女性自身が少ないため自然に実現すると思います

アファーマティブアクション等の自然競争でない、不公平なバイアスがなければですが。

「1」に関しては

女性観点での自己評価が低くなる

結婚年齢を下げる

で可能なんじゃないかなと思います



女性全体の価値は若い女性の減少で下がります

それに応じて自己評価もじわじわ下がります

(10年前、まだ若い女性が多数いた時代、根拠のない自信にあふれた女性が沢山いました)

人口増加が見込めず、若い女性の数は減る一方なので不可逆的に女性全体の価値は下がりつづけるでしょう。

結婚年齢ですが、今、30歳以上の女性に関して男性からネガティブ意見が出まくってますよね。

あと数年続けばさすがに女性にも理解されると思います

(「anancancan読んでる女性2chまとめサイト見るか?」ってーと、そんな見てない訳で、

まだ数年続く必要があると思います)

また結婚年齢が下がると男性への期待する年収も下がります

若い女性は「豊かな生活」って分かってないです(年収低いですから)。二人で一緒に豊かになりましょう。

結果的に男性へのプレッシャーも減って自殺も減るでしょう。



また女性賃金が下がれば、女性の上昇婚志向を満たす社会が実現することになります

結果的に婚姻件数も増える、と思ってるんですけどね。



以下、ちょっとブコメ対応

2011/12/30 zions

え?なんで男性依存するかの考察は無し?女性結婚出産で失職(休職)し夫の経済力依存するから配偶者の選択で経済力重要だろ。女性賃金が下がれば、男性への依存は上がると思うのだが。

はい、貴方の言うとおりの理由から女性の上昇婚志向文化によらず全人類に見られます

これは最初リンク、Buss&Schmitt1993の国際比較を見てもらってもわかりますよね。

(ただ日本人女性経済依存度は他国と比較すると圧倒的に高いです)



ただ先進国になるに従って経済依存度は減るケースが一般的でしたが、

日本人女性では賃金上昇とパートナーへの経済依存度が反比例しなかったのです。

女性賃金が「上がれ」ば、男性への依存度は「減る」のが普通と思われていました。しか日本ではそうはならなかった。

女性賃金が上がれば、男性への依存度が下がる』ってのは幻想です。

2011/12/30 indication

期待値を下げるには、実際に家庭をもった女性を理解できないと、始まらない気がする。家内独身だとわからないだろうな的なことを言っていた。

ちょっと誤解があるかもしれませんが私には妻子がいます女性の上昇婚の事は把握していましたので、私は社員彼女派遣社員という組み合わせで結婚しました(職場は別です)今は上手く行ってます(w

2011/12/31 lcwin

自分世界だと世の中の女性ファッション誌みながら2chまとめブログも読んで釣られるし、BLギャルゲーも歴ゲーも楽しむものです

いいですねー。そういう女性が増えてほしいと思います。その女性、今は20代かな。

2011-12-26

[]年末だし、Amazonショッピングカートの整理しようぜ

以下はショッピングカートに入れておいたけど買わずに削除することにした作品一覧。(☆はAmazonじゃなく書店で買った本)

これだいたい自分がなんの職業についてるかバレそうでやだね。 




社会

第三の波 (中公文庫 M 178-3)

富の未来 上巻

レクサスオリーブの木グローバリゼーションの正体〈上〉

フラット化する世界 [増補改訂版] (上)

余震(アフターショック) そして中間層がいなくなる

アメリカ大都市の死と生

いま〈アジア〉をどう語るか

☆困ってるひと

ソロスは警告する 超バブル崩壊=悪夢シナリオ

文明の生態史観ほか (中公クラシックス)

グレート・リセット―新しい経済社会大不況から生まれる

波乱の時代(上) - アラン グリーンスパン

フリーフォール グローバル経済はどこまで落ちるのか

繁栄――明日を切り拓くための人類10万年史(上)

ヨーロッパ史における戦争 (中公文庫)

中世覚醒アリストテレス発見から知の革命

天使はなぜ堕落するのか―中世哲学の興亡

イスラームから見た「世界史

西洋哲学史 1―古代より現代に至る政治的・社会的諸条件との関連における哲学史 (1)

帝国グローバル化世界秩序とマルチチュードの可能性

信用恐慌の謎―資本主義経済の落とし穴




ファシリテーションシリーズ

チーム・ファシリテーション 最強の組織をつくる12のステップ -

教育研修ファシリテーター

チーム・ビルディング―人と人を「つなぐ」技法 (ファシリテーションスキルズ) - 堀 公俊

アイスブレイク入門

人間関係づくりトレーニング

白熱教室の対話術

ご機嫌な職場

ゲームストーミング ―会議、チーム、プロジェクト成功へと導く87のゲーム

ロジカル・ディスカッション

☆ディシジョン・メイキング―賢慮と納得の意思決定術

☆話し方入門 新装



マネジメント

インフォーマル組織力 -組織を動かすリーダー論理

☆ミンツバーグ教授の マネジャー学校

MBQマネジメント・バイ・クエスチョン

事実に基づいた経営―なぜ「当たり前」ができないのか?

なぜリーダーは「失敗」を認められないのか―現実に向き合うための8の教訓

マネジャーの実像 「管理職」はなぜ仕事に追われているのか

危機を超える経営―不測の事態、激変する市場にどう対応するか

人生にとって組織とはなにか (中公新書)



◆人事・モチベーション

「見せかけの勤勉」の正体

仕事楽しいかね? -

モチベーション3.0 持続する「やる気!」をいかに引き出すか

モチベーション企業研究

図解 きほんからわかる「モチベーション理論 (East Press Business)

人を伸ばす力―内発と自律のすすめ

やりとげる力 - スティーヴン プレスフィールド

破壊創造の人事

すべての仕事を紙1枚にまとめてしまう整理術

リーダーの値打ち 日本ではなぜバカだけが出世するのか? (アスキー新書)

「働きたくない」というあなたへ

減らす技術 The Power of LESS

熱狂する社員 企業競争力を決定するモチベーションの3要素

経験から学ぶ人的資源管理 (有斐閣ブックス)

日本人事 NIPPON JINJI~人事のプロから働く人たちへ。時代を生き抜くメッセージ~

会社は変われる! ドコモ1000日の挑戦

働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン子ども貧困」に挑む

「発達の最近接領域」の理論教授学習過程における子どもの発達

心の仕組み~人間関係にどう関わるか〈上〉

☆わたし、公僕でがんばってました。




自分の演出

孤独と不安のレッスン (だいわ文庫)

あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント (講談社文庫) -

対話のレッスン

コミュニケーション力を引き出す (PHP新書)

演劇入門 (講談社現代新書)

演技と演出 (講談社現代新書)

見城徹 編集者魂の戦士―別冊課外授業ようこそ先輩

自分を磨く「嫌われ仕事」の法則

勝てる広告営業。―50のキーワードで知る

「しがらみ」を科学する: 高校生からの社会心理学入門 (ちくまプリマー新書)

料理のマネジメント キッチンを制する者がビジネスを制す!

人は「動き」だ!―なりたい自分を演出する40の方法





マーケティング

パブリック―開かれたネットの価値を最大化せよ - ジェフジャービス; 単行本

幸せ未来「ゲーム」が創る

「ヒットする」のゲームデザインユーザーモデルによるマーケット主導型デザイン

グレイトフル・デッドマーケティングを学ぶ

ペンド・シフト ― <希望>をもたらす消費 ―

シェア <共有>からビジネスを生みだす新戦略

メッシュ すべてのビジネスは〈シェア〉になる






◆その他

幸福優位7つの法則 仕事人生も充実させるハーバード式最新成功理論

残念な人の仕事の中身 ~世界中の調査からわかった「組織で評価されない人」の共通点

すべての仕事を紙1枚にまとめてしまう整理術

☆その数学が戦略を決める (文春文庫)

いまファンタジーにできること(グイン

ベストパートナーになるために―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール

新・絶望に効く薬

一般意志2.0 ルソーフロイトグーグル

刑務所図書館の人びと―ハーバードを出て司書になった男の日記

千の顔をもつ英雄〈上〉

はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫)

☆料理の四面体 (中公文庫)

結ぼれ - R.D. レイン

インテリジェンス人生相談 [個人編]

あるヨギの自叙伝





◆読み物

☆華竜の宮 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ダイナミックフィギュア〈上〉

父っちゃんは大変人 (新潮文庫) -

おしまいの日 (新潮文庫)

スニーカーエイジ

チェンジアップ―「三振にもポリシーがある!」

☆ひとびとの跫音〈上〉 (中公文庫)

MOTHER(マザー)―The Original Story (新潮文庫)

MOTHER2―ギーグの逆襲 (新潮文庫)

☆空の都の神々は (ハヤカワ文庫FT)

ゼウスガーデン衰亡史

方法序説 (角川ソフィア文庫)

悲しみよこんにちは (新潮文庫)

生贄のジレンマ

逆光〈上〉 (トマス・ピンチョン小説)

戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)

Carver's dozen―レイモンド・カーヴァー傑作選 (中公文庫)

埋葬 (想像力の文学)

モレル発明

塩壷の匙 (新潮文庫)

☆姫椿 (文春文庫)

☆お家さん〈上〉 (新潮文庫)

マインド・イーター[完全版] (創元SF文庫)

タタール人の砂漠 (イタリア叢書)

ストレンジ・プラス 1 (IDコミックス ZERO-SUMコミックス)

ロマン劇場ヒッパルコスの海 (双葉文庫名作シリーズ)

聖なる血 (扶桑社ミステリー) - トマス・F. モンテルオー

此花亭奇譚 1 (IDコミックス 百合姫コミックス)

虫と歌 市川春子作品集 (アフタヌーンKC)

スノウブラインド - 倉野 憲比古

マルタの鷹 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

少年の国―MYSTERY OF NEW RELIGION

ソドムの百二十日

悲惨物語

人間昆虫記(秋田文庫

2011-12-24

認知の微視的構造 リマインダー

リマインドしようにも、これを書いた人(=自分)の学力だと読めない本だったから無理。無理ゲーだった。



第一章

1

認知主義、古典認知主義

意味論的に透明なシステムと結びついた心の概念および計算機モデル意味する。

 この主義の限界を

2

 ・チューリング

 チューリングの形式化が持っている特徴

(1)物理的組織によってではなく、記号操作の形式的特性によるメカニズムの集合全体を包括

(2)そのメカニズムいかにすれば十分に明確化された問題すべてに取り組むことができるか示している

(3)万能チューリングマシンを定義する方法を示している

⇒ 素材は重要ではなく、形式的特性が能力を原理的に保証している

フォン・ノイマンコンピュータを設計し、1960s、ジョン・マッカーシーLISPプログラム言語)を開発。

 ⇒ 研究開発が可能に

A・ニューウェルとH・サイモンが物理記号システムという概念を提出

 ⇒理論的に自覚化・明確化される

3

・物理記号システム

①適切に操作可能なトークンに対して任意に意味を割り当てることができるシステムであり、

②正確にプログラミングすればこの割り当てられた意味論的内容と細かい点においても一致した仕方で行動すると信じられるようなシステム

by 1976 ニューウェル & サイモン

・強い物理記号システムの仮説

SPSS strong-physical-symbol-system

「標準的な記号アトムフォン・ノイマン型の操作を行っている仮想機械は、一般的な知的行為を実現するための直接的かつ十分な手段を持っている」

①仮想機械

現実の物理機械上で実行されるプログラムのみによって存在し、

そのプログラムに我々が命令を与える機械を模倣させるような「機械」

 高級プログラムによって定義されるエミュレータ

フォン・ノイマン型の操作

コネクショニズムとは異なった操作

・記号を割り当てる

・変数を束縛する

・記号列の複写、読みとり、修正

・基本的な統語論パターンマッチング操作

等々

③標準的な記号アトム

「テーブル」「ボール」「愛する」「軌道」「電子」のような語

④一般的な知的行為を実現するための直接的で必要かつ十分な手段

そうした機械は、それを支えている特定のアーキテクチュア(その基盤になっている他の現実的もしくは仮想的機械から)まったく独立に真に知的でありうるのであり、逆に言えば他のアーキテクチュアや機械をシュミレートすることなく真に知的でありうる

 このような主張(標準的なLISPアトムのごちゃごちゃした操作が、知能や思考の本質を構成しうるという見解)が、ニューウェルとサイモンのものだとできる動かぬ証拠は、彼ら自身の実践

彼らの仕事の特徴(例:BACON

 ・規則あるいはヒューリスティックス(発見的手法)の直列的(経験則を用いたも多少は運が左右する⇔体系的)適用に依存している

 ・そうしたヒューリステイックスの大部分が、かなり高いレベルで意識的に内省可能

 ・選ばれた課題領域を扱う

BACON:一連のデータから科学的法則を帰納する(ケプラーの第三法則、オームの法則

BACONに対するいくつかのコメント

BACONが取り組んだデータフォーマット化下のは、人間の労苦

BACONは十分に構造化された課題にしか取り組めない。

 ケプラーの第三法則は見つけられても、ペトリシャーレのカビとバクテリアの関係からペニシリンを発見する事はできない

BACONが展開する知識とヒューリスティックスは、人間のプロトコルや実験記録に大いに頼り、われわれが自分自身の思考について内省する思考のレベルからかなり直接的にコード化されたもの

 ⇒この種の思考は原初的で瞬間的なプロセスの上に後から被せられたもの。理解するということを具体的な例で説明する事には役に立たないであろう

 サイモン等は、人間の思考のすべてがただ一つの種類の計算アーキテクチュアに依存すると信じている。

 しかし、筆者は違う考えを持つ。サイモンラングレイの仕事では、洞察のひらめきといったタイプの認識を表現できない。

 心は、多くの仮想的アーキテクチュアからなる複雑なシステムであると考える

 BACONは、人類の一部のモデル

 知的課題や、感覚運動的な課題のような、なめらかに無意識的に行われるものは無視されている

 古典システムは記号アトムの使用に頼り、コネクショニズムはこれを避ける。

 古典主義者:意味論的に透明なシステムの構築に対して、方法論的にコミットしている人々

意味論的に透明、意味論的な透明性

STS semanttically transparent system

システムの振る舞いについての記号的な(概念レベルでの)意味論記述と、システムの形式的な計算活動の内的に表現された対象についての投影可能な意味論的解釈との間にきちんとした写像関係の記述が可能な場合にのみ、そのシステム意味論的に透明であるといえる」

 きわめて大ざっぱにいえば、あるシステムかSTSと見なされるのは、そのアルゴリズム記述レベル2)における計算の対象が、概念レベルの用語で表現されたその課題の分析の記述レベル1)と同型である場合である

レベル1:計算理論:(高い抽象レベルにおいて)どのような関数が計算されるかについての考え

レベル2:表現とアルゴリズム:それを計算する(具体的な)方法

レベル3:インプリメンテーション:現実の機械において計算がいかにして肉体あるいはシリコンなどで実現されるか)

古典アプローチコネクショニズムの重要な違い

(1)古典理論は――コネクショニズムはそうではないが――統語論意味論を組み合わせた記号システムを仮定している

(2)もし何らかの種類の構造化された表現が利用可能であれば、それらの表現についての計算操作を、その構造に鋭敏に反応するかのような形で規定できる。

 もしそのような構造が存在していなければ、(すなわち、どんな記号表現も存在していなければ、)計算操作を規定することはできない

◎要するに、古典システムは、統語論的に構造化された記号的表現を仮定し、そうした表現の構造によって、それに適用される計算操作を規定するものである


第二章

 古典認知主義に対する懸念

 ドレイファス:古典認知主義の問題は、人間の常識的な知識を表象として再現し表現しようとする形式主義の妥当

 サール:形式的なものと志向的なものとの間に、あるいは統語論意味論との間にギャップが認められる

 この二つの種類の懸念について検討する。

あなたの持っているのはそんなにいいボールじゃないわ。それを私にちょうだい。そしたら私、このキャンディーをあなたにあげるわ」

 この言葉を理解するために、ミンスキーちとパペートは膨大な概念リストをあげる。

 ウィノブラードのSHRDLUでは不十分。

 ウィンストンの、フレームを使ったアプローチも不十分

 ・フレームは、常識がうまく対処している偶発的出来事のすべてをカバーしているとは思えない(バースデーケーキに立つ黒いローソクに、フレームは対処できるか?)

 ・フレームからフレームへの移行を促す規則(メタフレーム?)をいつ適用すべきか、システムはどうやって知るのだろう?

 ドレイファス:互いに関連しあった特徴や可能性のすべてを、文脈に依存しない事実や規則によって形式的に把握するという課題には際限がないのではないか

ドレイファスの二つの主張

(1)身体問題

「このシャンプーが目に入らないようにご注意ください。もし入った場合は、ぬるま湯でよく洗ってください」

 コンピュータは、身体、欲求、感情、共通言語や社会習慣も持たない。だからコンピュータは、この文章が何を洗うように言っているのか理解できない

(2)コード

 人間は自分たちを取り巻く状況がどんなものかを絶えず感じ取ることができる。

 このノウハウは、何らかの知識表現言語によって、一種の知識として表現できるものなのだろうか?

 

 AIプログラム(=言語)が知識を表現する仕方が、現実の課題に対して根本的に不適合だと懸念する。

「強いAI仮説」を、サールは批判する

強いAI仮説:適切にプログラムされたコンピュータは、文字通り認知的な状態をとり、その際プログラムは人間の認知を説明するものとなる

Schank and Abelson 1977の、「ストーリーを理解するという志向的活動をシミュレートしているかに見える特別なプログラム」に対して、「中国語の部屋」を使うことで批判する。

サール:形式的に区別される要素に対する計算操作を行っているだけでは、どんなコンピュータも〈理解する〉ことはできない。したがって、そのような計算操作を規定するプログラムが、心の固有の性質について何かを示すこともあり得ない。

具体例:英語話者が英語を理解することと、中国語の部屋操作者が中国語を「理解すること」の比較

「人間は何も理解していなくても形式的な原理に従うことができる」

 以下、サールの誤りについて論じる

 

 サールに対する仮想反論「脳シュミレーター説」

 脳シュミレータ説:あるりプログラム中国語を理解する実際の中国人の形式的な構造をモデル化したと仮定すると、そのときそのプログラムは間違いなく真の中国語の理解を構成したことになる

↑(サールの再反論)

(1)脳の形式的な性質は志向性を構成しない(三章にて説明)

(2)脳の形式的な性質が志向性を構成しないのは、ある種の素材だけが思考を支えることができるからである

 ↑(アナロジー

 光合成光合成の形式的な記述を手に入れても、素材が違えば光合成は再現できない

 では、思考をもたらすような脳の物理的性質とは?

  :外因的および内因的な刺戟に対して脳に大規模な変動が引き起こされること


↑(コメント

中国語の部屋』が大規模な構造的変動を必要としないシステムなら、中国語の部屋による反論は無効

 微視的機能主義

 機能主義は、心的状態の本質を、

 入力、内的状態の変換、出力からなるプロフィールと同一視した。

 (適切なプロフィールを持つシステムはどんなものであれ、その規模や性質や構成要素にかかわれなく、当の心的状態を実現するであろう)

↑(批判)

中国国家脳のような)心的状態を実現する見込みがないようなシステムも、「入力、内的状態の変換、出力」のプロフィールを持つシステムへと組織することは可能であるよように思われる。

 こうした極端な寛大さは、機能主義の立場を掘り崩してしまいそう

・問題は、「入力、内的状態の変換、出力」の系列をどこに位置づけるか

×大まかなレベルに位置づけ

  ⇒感覚質の欠如、極端な寛大さ

ライカンの「小人機能主義」

○微視的機能主義

・機能主義の批判はゲシュタルト盲に陥っているのでは Lycan 1981

ゲシュタルト

 :機能的な構成要素があまりにも大きい、極度に小さい、それらしくない等であるために、そうしたものからなるシステムに志向性を帰属させるという考えに抵抗するということ

ライカン「小人機能主義」

 :機能的な下位システムは、それがエージェントのために何をしているかということによって同定される)

 微視的機能主義

  :システムの内的な機能的プロフィール(内的状態の変換)を、

   内容や目的に関連づけからはかけ離れた用語で

   記述しようとするもの

   ・処理ユニット間の形式的な諸関係を記述する

   ・諸関係が得られたとき、システムには大規模で柔軟な構造的変動が引き起こされ、またそれによってさまざまな創発敵的性質が得られるようになる


第三章

 認知科学における民間心理学の役割はあるのかないのか

「民間心理学

 :自分や他人が、信じたり、希望したり、恐れたり、欲求したりしているということについての日常の理解

 民間心理学は、行為・運動を説明するときに、信念や欲求という表現を用いる

チャーチランド & スティック

「民間心理学は、人間の行動に先立つ内的原因についての素朴で原初的な科学

 民間心理学問題点

(1)民間心理学は、偏狭な、特定の人々に限定されたような理解しか与えない。

 民間心理学は、子供狂人外国人を前にすると、まごついてしま

(2)民間心理学は停滞したまま、なにも生み出さず、長い間ほとんど変化も進化も発展もしていないところが他の諸科学と異なる

(3)民間心理学は、これまでのところ科学の主要部分にうまく統合されていくような徴候をまったく示していない。残念なことに民間心理学は自然を神経生理学的ないみで妥当な要素にまで分割することには関心がないようである

 最近の分析哲学

  :頭の状態に関する科学理論というゲームと、民間心理学というゲームを比較することが、そもそも不適当なのではないか

Daredevil believes that Electra is dead.

Mary hopes that Fermat's last theorem is true.

 のthat以下を、心的状態の内容と言う。

 心的状態が考えられる傾向

  :われわれの心理学的状態が、本質的に、周囲の世界がどのような状態にあるのかということによって決まるのではなく、

  われわれにとってどのように見えているかによって決まる

 ↓(言い換え)

 我々の意識や無意識に何らかの形で影響を与えられないものはどんなものであれ、

 本質的に我々の心的状態の正確な限定に関わることはあり得ない

⇒我々の心的状態が現に持っているような内容を持つものは、われわれ自身のあり方ゆえであって、

 知られていないかもしれないような周囲世界の事実とは関わりがない……☆

・双生地球……☆に対して疑いを投げかける

双生地球で、「海に水がある」と発話される。

地球A:海にH2Oがある

地球B:海にXYZがある

 この違い以外は同質だとする。

 すると、

 地球上の発話と双生地球の発話は、それぞれH2OがあるかXYZがあるかによってその真偽が決まる

(たとえば、地球Aの海にH2Oがなくて代わりにXYZがあるとしたら、地球Aでの発話は偽になる)

 もし意味が真理条件を確定するのだとすれば、

 自然種に関する表現(水、金、空気など)を含む陳述の意味は、

 単に主体の限定的に規定可能な状態に言及するだけでは十分に説明できない……☆に反して

二つの選択肢

(1)心理学的な内的要素(地球の話し手と双生地球の話し手に共通)と、

 世界関与的な外的要因(仮定上、二つの地球を越えて不変ではない(H2OとXYZ))の両方によって内容が決まるとする、意味と信念に関する合成説

(2)そういったケース(地球と双生地球のケース)は

  〈心的状態の純粋に内的でまったく心理学的な要素(☆のこと)〉という観念にさえも疑いを抱かせるものであると考えることもできるだろう

プティ と マクダウェル

「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない。

 しかし、

〈頭の中〉にあるものが心の状態に対して構成的関係にあると考え必要があるのだろうか?」

 筆者

 :あらゆる内容が根本的に世界に関与している(選択肢(2))ということが判明したとしても、

 そのこと自体は必ずしも〈認知科学は心の理解に深く(ことによると構成的にではないかもしれないが)関わる研究である〉という主張を覆すものではない


 その主張に対する仮想反論と、それに対する再反論をHornsbyは行った。

 仮想反論

 :「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、

 内的構成に違いがなければならない。」

 という考えを保持すべきである」とするならば、

 心的内容は限定的に規定されねばならない(自然種を指示しない)

(「「行動傾向(心性はこれに随伴して生じるとされる)が二者の間で異なるためには、

 内的構成に違いがなければならない。」

 という考えを保持すべきである」までが、プティとマグダウェルの、「頭の中にあるものが、心の状態と因果関係を持っていることは疑いがない」に対応する。)

 仮想反論の詳細

:仮定①:

 二人の動作主の心的状態は、彼らの行動傾向に何らかの違いがある場合にのみ異なる

 (そこに赤いボールがある、と信じなければ、ボールを投げようとは思わない)

 仮定②:

 行動が異なる(すなわち、行動が異なる)ためには、内的な物理的状態に何らかの違いかなければならない

 結論:それゆえ、心的状態に対応する内的な物理的状態に何らかの違いがなければ、心的状態が異なるということはありえない

「(民間心理学的な心的状態を帰属させることは、限定的内容のみに関わることであるという)結論は、深刻な疑義にさらされることになる。

 限定的内容といっても、それを妥当概念として了解できるかは明らかではない」

 なぜなら、

「民間心理学的な内容を(物理的状態に?)帰属させることは、身体的な動きを規定するような頭の状態についての独我論的な研究から引き出すことができるような切り口とは

 まったく違った切り口で現実を切り取ることであるように思われる。

 その具体的理由として、

 ボールをひろうことは、「そこにボールがあると私は知っている」という心的状態と関連するが、そのときの細かな指の動きはそのような心的状態と関連するものではない。

筆者

 :広域的内容を伴うによ伴わないにせよ、

 民間心理学カテゴリーや分類が

 頭の中で起こっていることに関することに関する科学カテゴリーや分類に

 きちんと還元されるなどということは

 とてもあり得ないように思われる。

・民間心理学は、科学心理学と同じゲームを行ってはいないかもしれない

 世界を記述しない信念であり、なおかつ

 ある人が同じ考えを抱いているといえるような別のケースに投影可能な述語が(科学記述の上には)存在しないことも可能

 民間心理学の道具立て(信念と欲求という概念によって、命題的態度を帰属せさるという道具立て)を用いて、心的状態を二者が互いに帰属させあうという日常の慣習(傍点)の目的は?

 :

 他人の頭の内的状態を追跡しようと試みることによって、

 その人の身体の動きを予測し説明するための手段

民間心理学の主要な目的

 :

 世界の中で活動している仲間たちの行動を、(傍点開始)我々が(傍点終わり)理解できるようにすること

(予測したい対象であり主体である)われわれの仲間たちの四つの特徴

①世界に対する感受性、すなわち感覚生得的な原書的概念の道具立てをわれわれと共有している

②世界をわれわれと共有している

③彼らは我々自身のもっと根本的な関心と必要の大部分を共有している

④彼らの思考の有用性は、

(我々自身の思考と同様に、)

 彼らが世界の実際の有様をたどっていることと関わっており、

 彼らの思考作用が、世界の実際の有様に十分適応していると我々が(進化論的な理由から)考えるような目的と関わっている

 この特徴があるので、

「~したい」という欲求さえ同じであれば、

 神経生理学的な詳細は関係なく、地球人にも火星人にも有効。

・民間心理学は、脳の状態の違い(that かなり目の粗い、行動上の違いとしては現れてこないような)に対しては、敏感に対応しないように設計されている

・民間心理学は、個人の間の差異を覆い隠し、

 さらには種の間の差異さえも覆い隠してしまう(長所であっても短所ではない)

 筆者の見解

 :私の見解では、われわれが信念を帰属させるのは、

 行動の全体に一種の解釈の網をかぶせることによってである

 ……関連する行動を可能にするものとしての、

 根底にある物理的あるいは計算論的な構造がどのようなものであれ、

 そうした構造における自然な区分に、網の結び目(すなわち信念と、欲求の特定の帰属)が

 対応している必要はない。

――

 筆者の意見は全体論である。(行動全体に網をかけるから。)

 ということは、Davidson(全体論者)に対するFordorの批判は、筆者の意見にも当てはまるのではないか

<Fordor>

意識の全体論というのは、

命題的態度の同一性――特に志向的内容――が、その認知的連関の全体によって決定される」

 という考え方。

 これに、Fordorは懐疑的

命題pの認知的連関というのは、主体がpの意味論的評価、すなわちその真偽の決定に関係するすべての命題のこと)

われわれは、信念や志向的状態を共有している。が、そのとき、すべての命題認知的連関)を共有しているとは思えない。

 なので、意味全体論はありえない。

 →信念の内容が、その認知的連関に依存するということを否定。

 信念は、その内容をそれぞれ別に持つ。

 外延的意味論の一形態に賭ける

:信念がその状態を獲得するのは、脳の状態が逐一、世界と因果関係を結ぶことによってである

「ある生物が『牛』という概念を持とうと持つまいと、その生物は『馬』という概念を持ちうる」

</Fordor>

筆者

 :Fordorの間違い

 全体論は、もしそうであれば、人間の心の理解が芋蔓式に進んでくれるのにという、いわば願望。

 Fordorが軽蔑したものの通りに進んでくれるかは別問題。

Fordor:バラバラになったブロックを一つの全体に組み合わせるやり方が、全員同じになるはずがない。

筆者:一つのブロックの組み合わせ全体を理解するために、各人が別々のやり方でバラバラにしている

 全体論という言葉の使い方が違うから、Fordorの批判は筆者には当てはまらない(という、批判をかわすための節)


 一章3節での、チャーチランドによる民間心理学批判に、今では応答できる。


(1)民間心理学は、狂人や言葉の通じない相手には使えない

(2)民間心理学は、長い間停滞している不毛な学問である

(3)民間心理学は、神経科学ときちんとつながっていない

(3)に対して、

 民間心理学の関心事は、他の主体の顕著の行動パターンだけを可能な限り効率的に分離することである神経科学とつながることを目的とはしていない

(1)に対して、

 民間心理学の道具としての適用範囲は、仲間。狂人の理解は、そもそも目標としていない

(2)に対して、

 民間心理学の目的は限られたものである

 なので、その中核部分が時間的および地理的な次元を越えて相対的に恒常的であり続けてきたことは驚くべきことではない。

整理。

 心的状態に関するわれわれの常識的理解と民間心理学は、違う。

 民間心理学には、きちんとした定義がある。

 これまで「民間心理学」として使われてきた言葉の、新たな用語法:「素朴心理学」、「メンタリズム的な理解」

 因果関係と、構成的関係の区別

構成的関係

 :

 研究の主題と何らかの形で密接に結びついているということ

因果的に関係

 :

 因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、

 それらの要素を差し引いてもそれによって思考という観念そのものが存続しえなくなる

ということはない。

チェス盤がなくなっても、チェスの続きは打てる。石を駒に見立てたり、口頭で)


・広域的内容の理論認知科学は心を解明しえない

・消去主義的唯物論:民間心理学が、心に関する科学に対して歪んだ影響を及ぼすのではないか民間人は自分自身の心を知らないと、消去主義的唯物論は思っている


科学(物質、プログラム

(構成的関係)

科学と心とを結びつける構成的関係。その得難さが二つのスタンスの対立を生んでいる。が、どちらの立場も同じく、認知という地形に同じ隆起とくぼみを見ている。

では、構成的関係とは何か。


構成的関係←→因果関係

構成的関係:研究の主題(この場合は心)と、何らかの形で概念上密接に結びついていること

因果的関係:因果的に関係している様々な要素は、それほど密接に思考と結びついているわけではないので、それらの要素を差し引いても、それによって思考という観念そのものが存続しえなくなるというひとはない

(駒はなくてもチェスは打てる)

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ハーモニー リマインダー

一度ハーモニーを読んだ人(=自分)がハーモニーの内容を思い出すためのもの

01

 いまから語るのは、「私」の物語

02

 高校生時代

 私は、同じクラスのミァハに話を持ちかけられる。大人になってwatchmeを入れられて、社会の一員としてからだを見張られる前に、パプリックエネミーにならないかともちかける。

 リソース意識、公共的身体の意識にあふれた、窒息しそうなほどの優しさをあびせかけてくる社会の敵になろうと。

 自分の体は自分ものなのだ世界に主張してやろうと。


03

 私は大人になり、WHO螺旋監察官をしている。

 その仕事をしていれば、自分の体を自分ものとして、たばこをすったり酒を飲んだりできるから

 

 しかし、こうしてミァハ的(自分の体を自分ものとする)な生き方にたどり着くまでに、大きなものを失った。それは、ミァハの命。

 高校生時代、私とキアンに、ミァハは一緒に死なないかと持ちかける。私たちがこの「優しい」「公共的身体」の社会から脱出するためには、それしかないように思われた。

 私の父こそ、この「優しい」社会を作りだした研究者の一人なのだと私がいったら、ミァハはどう思うのだろう?

 私はいま、酒をのみ、たばこを吸い、ミァハ的な生活をしている。

 でも一方、螺旋監察官として、「優しい「生府」」のある側に属して、「優しさ」を、それのない世界に広める仕事をしている。本当のミァハにはなれていない。臆病者だから

04

 螺旋監察官をしていれば、さまざまな種類の死が待っている。通常の人間には老衰しかありえないのに。

 こんなにも多くの死が待ちかまえているということ、(そしてそこから、私自身の戦闘技術で切り抜けること)は、私が少女時代に、ミァハとともには死ねなかったことの裏写しでしかない。

 高校生時代、私とキアンは死ねなかった。ミァハだけが自殺を成し遂げた。

 ミァハですら、わたしを殺すことはできないんだ。

 この優しさに満ちた、公共的身体の意識にあふれた社会は、誰の手によっても、どうにもならないんだ。高校生時代に、そういう諦めの境地に達し、私は死ぬことを挫折した。

05

 上司オスカーシュタウフェンベルクに、飲酒を見られる。

 そのため、私は日本に返される。

 だが、私が酒を飲んでいたことは、世間に知られるわけにはいかない。私は私自身の失敗を人質にとることができる。

06

 私は日本に帰ってくる。

 かつて私やミァハと一緒に死のうとしたキアンが空港に迎えにきてくれる。

 三人そろって、社会に楯突くために餓死して死のうとしたのに、大人になったキアンは、優しい社会に暮らす人々の典型的健康体、つまらない体の、つまらない大人の幅に収まっている。

 私はミァハにあこがれ、不摂生な生活をしているのに。

 ミァハが敵になろうとした「優しい」人々と、キアンは交流を持ち、社会リソースとしてボランティアをするようになっている。私はそういう人たちとは会おうとも思わないのに。

 私はだんだんミァハになっていた。生きていたらこうなっていただろうミァハに。

 キアンと一緒に、レストランで食事をする。と、

「うん、ごめんね、ミァハ」

 キアンはそう言い、突然に私の目の前で自殺する。

 同時に世界で、何千人もの人々が自殺していた。

2

01

 自殺したのは、スクナビコナ(北海道神宮とかとかとかにまつられる、酒とかとかとかの神。オホムチ大国主とペア)生府のアグリーメンツだった。

 キアンの死を直視したことと、謹慎として日本に返されたこと。この二つを理由に、私は螺旋監察官であるにも関わらず、自殺の同時多発事件の捜査に加われない。

 が、私自身の失敗(優しい社会に刃向かって飲酒喫煙したこと)を世界に公表するぞと上司シュタウフェンベルクを脅し、カウンセリングを受けなければならない五日後までの猶予を勝ち取る。

02

 無数の自殺者のなかで、キアンだけが意味のある言葉

「ごめんねミァハ」を遺して死んだ。

 だから私は、ミァハの両親宅を訪れた。

 ミァハの母レイコは、ミァハを立派な社会的リソースにできなかったことを悔いている。自殺願望のある子に育ててしまったことを悔いている。

 ミァハはレイコ遺伝子的な子供ではなく、チェチェン戦争孤児だったと知らされる。

 そしてミァハが自殺後、献体されたことも知らされる。

 献体された研究者は、ヌァザ――私の父。

03

 キアンが死ぬ直前、彼女との食事の回想。

 キアンの告白

「ミァハが作った薬を飲んでいると、私の体がみるみる変化(ルビ:餓死)していく。「優しい社会」が提供する医療に浸りきった私は、体は恒常的なものなのだと思っていた。こんなにも変化するものなのだとは思ってもいなかった。だから恐ろしくなり、私たち三人がしていることを親に相談した。でも、そのとき、ミァハは変化しきっていた。死んでいた。だめになってた」

 私は、

「私がこうして生きているのは、キアンのおかげなんだね。アルコールたばこで体を傷つけられるのはキアンのおかげ」

 キアンは、

「トアンは、どうして私がキアンと友達になったのか聞いたよね。私だって、ミァハと同じように、あのころ世界に息苦しさを感じていた。リソース意識なんて冗談じゃないって。……でも、ミァハと友達になった本当の理由は、たぶん、バランサーを気取っていたからだと思う。ミァハが言っていた、死んじゃおう、とか、誰かを殺しちゃおうっていうのを、踏みとどまらせる役になろうとして、友達になったんだ」

 そして、キアンの葬儀彼女はこれから液体になり、社会リソースになる。

 父はバグダッドにわたっていた。

 一方、父の共同研究者ケイタは、日本に残っていた。

 ケイタは、「意志というものは、競いあう欲求のどれを選ぶのかを決定する主体」という。

 ヌァザの研究は、人間の欲望や意志を制御するものなのだともケイタは教えてくれる。その研究を進めるために、バグダッドに渡った。

 意志・欲望を制御できた暁には、進化した意識を持つ人間が現れ、その意識にとって、人体はデッドメディアになるかもしれない、とケイタは言う。

 精神こそが、人体を生きながらえさせる手段なのかも。肉体にとって精神がデッドメディアになるときがくるかもしれない。と私。

 上司シュタウフェンベルクに、私の行動を報告せずにいると、

いつまでも「失敗」を人質にして自由に振る舞えると思うな」と、ARの電話口で叱責される。――電話をして、うつむいている私。

 キアンも、死の直前、うつむいていた。死の直前、彼女もARで誰かと話していたのではないか

 螺旋監察官の権限で、キアンの通話記録を見る。思った通り、彼女電話をしていた。

「ううん、ごめんね、ミァハ」

 そう言った相手は、ミァハ本人――ミァハは生きていた。

 ミァハ曰く、

「善とは恒常性のこと。

 現在ほど、世界恒常性に満たされた時代はなかった。

 昔は王様がいて、王様を殺せば世界を変えられたのに、民主主義以降、みんなが互いに互いを律するようになったから。優しさのおしつけあっこ。

 私たちは、そんな社会から飛び出して、自分自分を律しようって誓いあったよね? キアンもトアンも。

 その勇気を、いますぐ見せて」

 そう言われて、キアンはキアン自身の体を殺したのだ。

01

 名刺――プライバシーという言葉が、まだいやらしい意味ではなかった時代個人情報を個人が隠し持つことを許されていた時代に、個人情報を相手に手渡す手段。

 友達になった私とキアンに、ミァハはそれを渡してくれた。

 インターポールりイアン・ヴァシロフも、初対面の私に名刺自己紹介した。

 そのとき世界は、あの集団自殺のせいでゆがんでいた。

 優しさを与えあう社会、互いに互いを信頼しあう社会

 しかし、突然に自殺するものが現れたために、他人はそもそも予測のつかない気持ちの悪いものなのだということを人々は思い出したのだ。

 ヴァシロフが調査しているのは、WatchMeを介して人体に不正アクセスすることが可能な組織

 その組織は、再び人類が〈ザ・メイルストロム〉に陥らないように、人類監視しようということを大儀銘文としている。

 しかし、その組織内の、その信念に反する一派が、今回の大量自殺引き起こしたらしい。

 ヴァシロフとの車中、テレビでミァハが人類に宣言する。

「一週間以内に、誰か一人を殺してください。それができない人には死んでもらいます

02

 ミァハが、大量自殺と宣言によって作った混乱。

 そして、生府が醸し出す、息苦しい空気

 それらについて思いを巡らせているうちに、「医療ドバイ」、バグダッドにつく。

 そのころ、世界で、宣言に促された他殺、宣言から逃れるための自殺が頻発する。

03

 バグダッドガブリエル・エーディンと会う。

 彼女曰く、

人間価値判断は、指数的な合理性ではなく、双曲線的な非合理性。合理性と非合理性の争いが、意識である

04

 私のホテルの部屋に、ARではない、紙の書き置きがある。

「アブー・ヌワース。ARなし、盗聴なしで」

 アブー・ヌワースの人々は、WatchMeを人体に入れておらず、様々な病気にかかり、早死にする。

 アブー・ヌワースの食事は、生府に管理された世界のそれと違って、カロリーカフェインアルコールハレンチなほど。

 そのアブー・ヌワースに、父ヌァザがいた。彼が渡しに書き置きしたのだ。

05

 父は、ミァハの死後に、研究に没頭するために、私と母を残して家から去ったのだった。

 その父と、バグダッドで再会する。

 父の研究は、ヴァシロフが調査する組織で行われていた。父は組織の一員だった。

 組織人間意識を保持する能力を保持しているのは、再びザ・メイルストロムのようなことが起きたときに備えてのことだった。

 組織の上層――ザ・メイルストロムを生き延びた老人が望んだ世界。それをミァハは唾棄した。

 当時、多くの子供たちがミァハと同じように自分の体を傷つけるようなやり方で自殺を試みていた。この「優しい」社会ストレス限界にいる子供たち。それは、利ソース意識にあふれたこの社会の、対処するべき社会問題だった。彼らですらコントロールできるように、父らの組織システムを組もうとしていた。

 キアンの告発によって辛くも生き残ったミァハは、自殺性向のある子供として、組織モルモットになっていた。

ハーモニープログラム』。それには、老人たちですら二の足を踏むような重篤な副作用があった。

 それを実行すると、人類から意識が消滅する。

06

 意識が消滅するのはハーモニープログラムを実行すると、人間の非合理性が合理性と迎合し、葛藤がなくなるため。

 結局、プログラム人類に実装されてはいものの、第二のメイルストロムまでは実行されないものとする。そういう折衷案を老人はとった。

しかし、なぜミァハはそれを実行しようとしているの」と私は問う。

「ミァハの意識は、戦争の渦中、自殺を行うために後天的に獲得されたものだ。そして――」

 父の説明の途中で。ヴァシロフが現れる。

 ヴァシロフはインターポールとしてではなく、組織の一員としての仕事をこなすために現れた。彼は、組織の中でも、父と対立するミァハ派の一員だった。

 父は主流派のリーダー格。主流派の結束力を弱めるため、ヴァシロフは父をねらっていた。父がでてくる好機を作り出そうと、娘の私を泳がせていたのだ。

 ヴァシロフらミァハ派の目的は、人類を正しい調和へと導くこと。

 ヴァシロフは私の銃弾を食らい、父は私をかばってヴァシロフの銃弾を食らう。二人とも死ぬ。

 死の間際、ヴァシロフは、ミァハがチェチェンにいると私に告げる。ミァハの生まれ故郷に。チェチェンの、〈対ロシア自由戦線〉に。

01

 高校時代の回想。

 日本の、学校という権力のなかに、私もミァハもキアンもいた。

 ミァハは、「私は前、こことは別の権力に従わされてた。地獄だった。向こうにいたら、銃で殺される。

 でも、こちらがわにいたら、優しさに殺される。どっちもどっち。ひどい話だよね」と。

 ミァハの宣言により、世界の各地で殺戮自殺心中が頻発している。

 その問題についての、螺旋監察官会議(ARセッション)。

 わたしはシュタウフェンベルクに、これまでの捜査経過を報告したい。

 しかし、どこまで情報をつかんでいるか組織スパイされないために、セッションシュタウフェンベルクとの二人きりに切り替える。

 と、シュタウフェンベルク彼女自身が組織の一員なのだと明かす。

 ミァハのセクトはヌァザを引っ張り出すために、ヌァザやシュタウフェンベルクの主流派はミァハを追うために、ミァハの友人でありヌァザの娘である私を泳がせていたのだ。

 私が自由に行動できいていたのは、「失敗」を利用できていたからではなかったのだ。

 シュタウフェンベルクら主流派はミァハと接触し、どうして人々を自殺させているのかを聞き出したかった。

 チェチェンにいる螺旋監査官、ウーヴェに協力を要請する。

02

 チェチェンのウーヴェと会う。

 ウーヴェは、ミァハがいるはずの〈対ロシア自由戦線〉との人脈を持つ。

 ウーヴェは、私と同じようにも「優しい」社会に息苦しさを感じ、そこから逃げ出すために螺旋監察官になった男だった。

 ウーヴェが呼び出した現地の少年、〈対ロシア自由戦線〉のメッセンジャーに、私は「紙」を渡す。

 すぐに、〈対ロシア自由戦線からの返事がくる。

 一人で、ARの通じない山を登れ、と。

03

「優しい」社会では感じられない、身体の不自由さを意識させられながら山を上る。

 進化のつぎはぎでしかない身体を意識させられる。そして、私の感情も、私が私であるという思いこみも、進化の結果でしかないのた。

 バンカーの中、ミァハと再会する。

 ミァハが私に会おうと決めたのは、少年が持ってきた「紙」が、かつてミァハが私にくれた「名刺」だったから。

「ミァハが自殺に追いこんだ人たち、それに、父さんとキアン。誰も死ななくてよかった」と私。

「そう。死んでいい人なんていなかった。そして、これ以上死人を出すわけにはいかない。でも、こうでもしないと老人たちはボタンを押そうとしない。

 私たちの望みは、人類ハーモニクス

04

 高校時代、ミァハの自殺の直前、彼女の持ち物の本を火葬した、それを私が手伝った思い出。

 私たち三人の死が、世界に対する一撃になるはずだった。

物語のコア〉

 ミァハは、

「私の意識は、ここの、チェチェンバンカーで、性的暴力という人間の野蛮によって生み出された。

 でも、人類が持っているはずの野蛮を押さえつけようとする「優しい」社会では、人間が壊れていく。自殺していく。

 私は世界の人々を愛している。この世界に、人々がなじめずに死んでいくのなら、彼らは生きるために、人間という意識であることを突破しなければならない。意識という、進化上のその場しのぎの機能を取り払って生きなければならない。

 ……組織の老人たちは、『意識の停止』を死と同義と受け取った。だからボタンを押そうとしない。私の民族のように、意識のない存在だっているのに。

 それでも、世界がめちゃくちゃになりそうになったら、老人たちは意識の消滅、ハーモニクスボタンを押すはず。

 私は、毎年無為に命を落としていく何百万の魂のために、魂のない世界を作ろうとしたの」

〈/物語コア〉

 私は、

「ミァハは戻りたかったんだ、意識のない風景に。……じゃあ、それを奪うことは、父さんやキアンを奪われたことに対する、ささやか復讐になるかな。

 あなたの望んだ世界は実現してあげる。

 だけど、それをあなたには与えない」

epilogue

 そして、人類意識を失った。

2011-12-22

処女文化史

多くの謎と迷信に包まれた、乙女たちの“汚れなき聖域”。

男たちを翻弄してきた、“処女”の秘密のすべてを明かす魅惑の文化史

男を惑わす神秘のヴェールを剥ぐ。秘蔵図版・多数収録。 “処女”という神秘は、古代より人類を翻弄し、そして現在も惑わしつづけている。

乙女たちの“汚れなき聖域”は、いかなる時代にも芸術の至上のテーマであり、精神の奥底にひそむ神秘の中心であり、男たちの永遠の憧れであり、

10代の青少年たちの不安と歓喜の根源であった。

そして、そこに秘められた多くの謎と迷信は、社会国家をも動かす大きな議論を巻き起こし、そして現代世界でも政策を左右するテーマとなっている。

2011-12-18

http://anond.hatelabo.jp/20111218153612

から人類の大半が愚民で、上位の一部だけが良質の情報を得てきた。

醜悪なニュースサイトの歪んだ情報に踊らされている人間が9割を超している世の中だけど、

今でも良質の情報だけ取り入れている人間たちが必ず存在する。

醜い情報不快感を覚えるなら、そういった場所コミュニティを探すのが得策だよ。

http://anond.hatelabo.jp/20111218004143

世の中の全てのものがそういう身も蓋もない方向に向かって行ってるよなぁ。

結局人間なんてそんなもんだったというのが人類進歩(?)の果ての結論なのか…。

2011-12-05

ハックルという人物は、いつまでも理解出来ない存在で在り続けてほしい

http://www.4gamer.net/games/000/G000000/20111205001/index_2.html

なんというかね。僕は,理解できないものであり続けるのってとても大事だなっていつも思うんですよ。

そして,そのためにはね。自分自身が理解しちゃダメなんです(笑)だって自分で分からないものは他人が分かりようがないでしょ。

めちゃくちゃなのが良いってことでは決してないんだけどね。でも,「理論」と「感性」の違いというか,「理論」と「感性」の関係ってどういうものが良いのだろうかというのは,昔からの僕の中のテーマ

たぶん,人間が理解できるかできないかギリギリのところで,かつ微妙に説明がつかないところにこそ,ヒット作品って生まれる

簡単に理解できるものなっちゃうと,ライバルが多くなりすぎちゃうし,先に行き過ぎちゃうと,今度は理解できる人がいない。

偶然や運も含めて「才能」と呼ばないといけないんだと思いますよ。才能ってかなり運で左右される部分もあるし。

もしドラだけでハックルさんを理解したつもりになってはいけない。

もしどらは、単に「理解しがたいキャラ」を演じてるハックルさんが、地を出しただけ

我々には想像もつかない存在であるハックルさんが、理解できる部分だけを抽出して示してくれたものなのだよ。



http://ulog.cc/a/fromdusktildawn/11738

謙虚」だとか「偏見を持たない」という表現を選ぶのは、「かろうじてウソでなない範囲で、道徳的に正しく尊敬できる人間を目指しているように見える」という理由からであって、必ずしも「身も蓋もなくリアルに役に立つ」からではないのです

実際に役に立つ自己啓発ノウハウを、できるだけ妥当な評価をするとすれば、たぶん、そういう人たちを「卑怯な手段で成功した」と思いこみたい人から邪悪に見え、「自分成功者になりたい」と思いこみたい人から道徳的で崇高に見えるけど、実際は、そのどちらとも簡単には言えないような、簡単な言葉では表現不可能な技術ノウハウの体系のように思えます

ハックルさんの書いてることはそういうことなんだよ(棒






http://anond.hatelabo.jp/20111115162629

書いた人間だけれど

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111117/1321497082

捕捉されてた。はっきり言ってキモいありがとうございます

これは「ハックル」でエゴサーチしているっぽいところが笑いどころ。

ちなみに私はずっと増田で書いているが、書いたことがハックルさんに取り上げられたのは3回ある。常に他の誰かを攻撃する時だった。なんだかねー。




いや、違うか。彼は待ってたわけだ。

fujiponさんの記事を見て、直接文句をいうのではなくて、あえて誰かがその記事に茶々入れるのを待っていた。

そして、機が来たと思って一気にそれを放出したのだ。

その他の自分に対する言及のストックを見ても、こちらの可能性のほうが高い。

彼のPC内にある「こいつだはは絶対に許さないよ」リストとか見たらすごいことになってそうだ。





そんな訳で、彼は機が整うまで待てるタイプなのかもしれない。

いや、タイミングのウマさよりも、エネルギーを貯められるということのほうが重要かもしれない。

彼のわけわからんエネルギーをわけわからん形で貯めて、他の人の考えもつかないヘンテコリン物質を創りだすその性質は、ダークマター(未元物質)さんを彷彿とさせる。

間違いなく小説家よりはアウトサイダーアートとかに向いてると思います

エースの系譜は、ひたすら10年間自分の指導する生徒を使いつぶしながら、自分だけは可愛いマネジャーに手を出してリア充を満喫する監督の話だけれども

あの作品に投影された作者の心境を思うに、どんだけのどす黒い感情が彼の中にあるのか。彼を表現するのに小説という枠は狭すぎるぜ。

彼自身は小説には無限の可能性があるみたいなことを書いてたけど、

乙武さんは、「自由」という言葉を驚くほど軽い調子で口にするが、問題なのは、そもそも乙武さんの「自由」に対する考え方がとても貧弱なところだ。真の自由は「自由に発言させ、自由に考え」る中からは生まれない。発言を規制し、考え方の枠組みを押しつけるところから生まれるのである

多分彼が小説の枠の狭さとか自分執筆能力矮小さに気づいたら、小説をぶっ壊すくらいのことはしてくれると思う。

少なくとも日本小説の枠の狭さに耐え切れずに「小説の読み方の教科書」みたいな本を書いちゃったくらいであるわけだしね。




そんな彼の最新作はこれ

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111130/1322621523

僕はページを開いたタブをそっと閉じた。ハックルさんの本気は人類には早すぎる。

小説は正直もういいんで、彼が次にどんな未元物質を生み出すのか今から楽しみでしょうがないです



・・・さて、こう書いた私は彼に何を投影しとるんかな?

2011-12-03

私は仕事したいだけなのに!

なんでここでも人類の敵みたいな扱いされるんでしょうか。

みなさんどうして私にネガティブ感情をいだきますか?

私には魔力があるんでしょうね。人に嫌われる魔力。

2011-11-30

リア充爆発しろはいうが、リア充は非リアより幸せではない

そもそもリア充定義が人によりけりな気もするが、ここではリア充恋人がいる という前提の話。

私は恋人はいるが全然リアルが充実していないのでリア充ではないのだが、そう主張しても「いやお前はリア充だ!」と、

どうにも言われてしまうので、ここではリア充ということにしておく。




恋人がいるというのは当然幸せなこともあるが、悩みの種になることもあり、それは時にもうほんとどうしようかと思うような悩みのときもある。

非リアの中には「そんな悩みがあるだけ幸せじゃねーか!」と思われる方もいるかもしれないが、悩みがあって幸せなことなど断じてない。

今日はどの服着てデート行こうかな~。彼、この服が可愛いって言ってくれたっけ。うーん、悩むなぁ」なんてライトすぎる悩みならともかく、

人と人が深くお互いに関りあって生きていこうとるんだから、それはもうヘビーな悩みもある。

こう言っても非リアの方の耳には届かないかもしれないが、人生幸福ストレスフリーであることが前提で、悩みがあっていいことなど何もない。

それだけで非リアの方はリア充より幸せであるしかし、こう言ってもたぶん伝わらない。

(そもそもリアルが充実していたら幸せに違いないのだが、最初の前提のとおり、恋人がいる=リア充 という風潮があるので、それに則った話である

そういう意味ではこれは「恋人がいるけれどリア充じゃない人はは非リアよりも幸せとは限らない」という話かもしれない。)




私個人の話で、現状恋人との間にある一番慢性的な悩みになっているのは結婚の話であり、つまるところ金の話である

結婚が控えているが先立つものがなく結婚たいけれど困っているという状況。ただここで言いたいのは別に結婚相談でもなんでもなく、

個人の能力の話であり、その能力がためにリア充幸せは無関係 という話である



人の能力には個々の差があって、微妙バランスの人もおり、その中に

「将来の見通しもあり、現状も理解していて今打破すべき問題もわかってはいるが、それを打破できる能力のない人」というのが往々に存在する。

これがなかなか難しい問題で、年中風邪のようなものであり、風邪を治したいのに体力がなく治しようがないといった状況である

よってずっと悩み苛まされることになる。慢性的風邪ストレスとなり結局幸せではなくなる。



問題の原因は風邪であり、風邪を手放せば問題も無くなるわけで、恋人を手放せば問題はなくなるわけである。つまり恋人を抱えていると幸せなこともあるが悩むことも発生し、それを解決する能力がないのならとても幸せといえるような状況ではないということ。

ここで重要なのは恋人結婚だけの話ではなく、自分が可能な範囲を超えて物事を抱え込むと苦労が増えて結果的に不幸になるよという話である。それは断捨離のようなもので、抱えているものが増えれば増えるほど心労(の種になるかもしれない)ことが増えていくわけで、極力、ミニマムに生きていた方が、ストレスフリーで生きていられる。どこかのまとめで「地球人類全員が幸せになるには人類白痴しかないって」という意見を見たことがあるが、極論過ぎるが特に間違っておらず、それはそれできっと幸せなのである。そんな未来は目指したくないが。




つまるところ、抱えるものが多くなるというのは決していいことではなく、時には不幸に、個人の能力によっては不幸でしかなくなることもある。

非リアの皆さん、街で一緒に歩いているカップルを見て爆発しろと思うかもしれないが、あなた彼女達の何を知っているわけでもない。

どんな悩みを抱えて生きているのかわからず、また人は大概悩みを持って生きている。それは、あなたが抱えている鬱屈よりも辛いものである可能性は十二分にある。



リア充あなたより多くの幸せを抱えているかもしれない。でも、あなたより不幸もより多く抱えているかもしれない。


カップルを見かけたら、逆に「俺はあいつらより悩みを抱えていないし、不幸になることもないぜ」と笑い飛ばせばいいのだ。




追記

個人的な話だが、私は今遠距恋愛中であり、結婚するとなると、どちらかが、または双方が動く必要がある。つまるところ、転職する必要がでてくるわけだ。ただ結婚しようというだけでも一大事なのに、転職活動までセットになってくるわけである。このご時世に。これはもうほんとに考えるだけで面倒くさい。キングオブ面倒くさい。

そして、ここで問題になってくるのが先ほどの個々の能力の話。引く手数多な有能な方ならいいが、無能だと先ほどの「問題を打破する能力のない人」の悩みに陥ってしまう。

私個人の能力の話はともかく、つまるところ、色々抱えるものがあると、本当に頭の痛い悩みも増える可能性も抱え込むわけで、それは幸せ全然繋がらない。


リア充からリア充より幸せである なんてことは決してならない。


無論、幸せかどうかなど無関係に「男女でイチャイチャしやがって!爆発しろ!」と言うのはあなたの自由である




さらに追記

また私自身のことで恐縮だが、私はどうにも先のことを考えすぎて動けなくなるタイプのようで、昔からずっと先の事まで考えていた。

今にして思えば、考えていただけでそれに応じた行動をしていたかどうかは別問題。

高校の頃から、付き合うなら結婚前提 と考えていて、「付き合っている人と結婚しないということは、いつかは別れるということ。そしていつか別れるつもりで恋愛をする気なんてない」と思っていた。

でもこれは今でも間違っているとは思っていない。恋人同士が結婚しないのなら、別れるしかないのだ。

これを読んでいるあなたリア充なら、恋人自分結婚する気があるか尋ねてみるといい。

相手にそのつもりがなくダラダラ関係が続いているだけならば、予約している彼へのクリスマスプレゼントはとっととキャンセルして、そのお金女子会でも開いた方がよっぽど有意義だ。

しかし難しいところで、彼には彼のプロポーズ計画があるかもしれないので、その幸せの瞬間のためにも余計ないことはつっつかない方がいいというのもある)




すごい長文になってしまった。つまるところ、

幸せかどうかはリア充かどうかと直結しない。あなた自分を非リアだと思っているかもしれないが、あなた人生幸福ものになるかどうかとは無関係なので、がんばれよ

と言いたかった。

- 転職ならen
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