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2024-04-21

主人公イケメンではないキャラとくっつく少女漫画といえば「セキホクジャーナル

だが今見るとそんなものすごいブサイクなわけでもなく、ただ目が死んでて髪の毛がサラサラじゃないだけだな

主人公ははじめは先輩の目がキラキラで髪の毛がサラサラな人のことが好きだったが

ほのかな憧れ程度に終わって目が死んでる奴と交際するようになった

作者の小坂理恵赤松建が大学漫研いたころの先輩で赤松漫画の書き方を教えた人だが

産休に入った後で冷遇されもう戻れなくなったとHPに書いていた

今はどこでなにをしているだろう

2024-04-14

anond:20240414124452

恋愛モノにすると最終的には誰か1人に落ち着かせざるを得ない

ポリガミーカップルというのもあるけど、たいていの人はモノガミーだからそういう結末にすると感情移入できないだけではなく本気で不快に思う人も多いのでは

昔のハードボイルドの男女逆転ものみたいな、「女探偵がいろんな男とセックスしまくりほのかに恋しそうになるが事件解決とともに結局振られる」みたいなシリーズモノなら成立するかもしれない

食欲じゃなく性欲に方向性が向いた八田百合みたいな感じ

2024-03-31

静岡JR社員ストライキなどはしないんだろう

リニアが出来るまで闘争をするなんてほのかに旧国鉄な感じがするから

2024-03-25

顔を出す方言・出さな方言

先日「テレ東旅の日」で太川陽介バス旅を見ていたら前編のゲスト村井美樹だった

もう一人のゲストはこの人アフガンハウンドそっくりだなと常々思っている長髪の関西ジャニーズの人で、

その人の言葉につられたのか村井さんが普段標準語とは違うばりばりの関西弁を話していて初めて村井さんが関西出身だということを知った

太川さんには標準語で受け答えしていて、そういう使い分けのできる人でもつい顔を出してしまう生まれて育った場所言葉の強さを感じた

私は北海道札幌市に生まれて今まで住んでいるが、錦鯉長谷川雅紀が東京に長く住んだのちの今ですら朴訥な北海道弁のイントネーションで変わらず楽しそうに喋っていることへの好感がほのかにある

GERAなんかを聴いていても○○でないの、○○っしょー!って本当に自然に出るんだねあの人は

かなり年齢を重ねてから上京たからだろうか、方言があまりにも自然すぎてあたりまえすぎて標準語の上書きをされてもその下からくっきり浮かび上がって、結局それがそのまま表面になっているという感じだ

こういった場面を見るにつけヤーレンズ楢原の異質さが浮かび上がるような気がする

ネタ上京理由に直結する部分だから言葉に対しての覚悟や強固さがよりあるのかもしれない

コンビインタビューでそのあたりについて語られたりはするけれど、ネタ動画の中ではそのあたりをあまり感じさせない飄々さとやのらりくらりとした感じもいいなと思う

人によってそのままの言葉選択された言葉もあって、常に混ざり合っている社会はいいなと思う

(状況や立場生得的なものによって特定方法を必ず選ばざるを得ない、という人たちの側面のことも考えながら)

2024-03-21

anond:20240319213303

これ気になってドラッグストアーで件のポテチを、ローソン無印てんさい糖ビスケットを買ってきて実際にやってみたけどおいしかったわ

てんさい糖ビスケットほのかな甘みにバターっぽい香りの独特の甘さと塩気と油が加わってパンチのある味になったし食感もポテチの固め厚め+ビスケットサクサクの軽さの違いで食べごたえ出る感じ

ビスケットプレーンココアとあるけど、プレーンのに合わせる方がおいしいよね

山登りやめてずいぶん経つけど、これ自分ミックスして作る行動食にするとかなりよさそうだなと思った

ジップロックに1:1で混ぜて持ち歩くのいいか

まあもう登らないんだけどどっか遠くの川見に行くとか公園行くとか長い散歩ときと持って歩こうかな

ありがとう増田

2024-02-16

急に人が倒れた場面にでくわした

仕事帰り、電車乗ってたら隣に立ってた女性がぶっ倒れた。

焦って受け止めたが、非力のためずるずると2人とも床にへたり込む。私がクッションになったから、女性は頭は打ってはいないはず。顔は真っ青、話しかけても反応薄い。

近くの乗客が緊急停止ボタン押そうとしたから、駅の途中で止まると逆に時間うからこのまま次の駅で降ろして救護呼んだ方がいい、駅に着いたら降ろすのを手伝え駅員を呼べと叫んだ。

女性が落としたスマホを本人の鞄の奥に押し込んで、後はもうすぐ着くから大丈夫だ!と肩を抱いて背中トントンした。ちょい頷いてるようにも見えてたか意識はあったのかな。

駅に着いたら、近くのおっちゃん達がパッと集まって力を貸してくれて、みんなで抱えてホームのベンチに座らせた。

他の女性客が自分はこの駅で降りるし、救護への引き継ぎやりますと声をかけてくれたので、甘えてあとはお願いしますと車内に戻った。そのまま電車はすぐに出発。

この対応でよかったのかな。

追記:地味に興奮して寝付けないのです。

人が倒れるなんてあんまないことで驚いたし、

私は女だけど、若い女の人を抱きしめるなんてそうないシチュエーション。私のコートほのかうつり香がついて、そっきにもドキドキしている。

2024-02-07

コロッケタネつまみ食いしながら、ふとこれはパン粉をつけて揚げる必要があるのだろうかと思った。

熱々の衣にザクリと歯を立ててかき分けた先にあるものは、揚げたとてあんまり変わらない気はする。

ただでさえ糖質の塊だというのに、それを更に揚げる事で上乗せされる不健康度と満足度の上昇度合いが釣り合っていないのではないか

それではコロッケではなくただの挽肉入りマッシュポテトではないかとも思ったが、おれにとって衣のサクサク感や油っこさはコロッケの美味しさにとってさほど重要な部分を占めない。タネと衣が口の中で混ざりあった時の食感と味わいに重きを置いている訳でもない。

唐揚げなら揚げるしかないだろうという無二の存在感があるけれど、コロッケにそれがあるだろうか。実はおれはコロッケではなくマッシュポテトが好きだったのではないかジャガイモ玉ねぎの甘みとほのか塩味、時折感じる挽肉の風味。それだけではややまったりとしすぎる所にソースの刺激を与えればもう完璧だ。

まあでもソースドバっとかけて飯のアテにするには、確かにハッシュポテトよりコロッケの方がしっくりくる。

こち亀で読んだ、ソースをかけまくって平たく潰し、チビチビ食いつつ飯を沢山かき込むという両さん流の食い方になんとなく憧れを感じて未だに真似している。あそこまでは潰さないが。

しか餃子と同じでコロッケもおかずというよりは単品で完結している料理な気もするし、わざわざ飯と合わせなくとも良いのではないかという気がしなくもない。まあそんな擦られまくったような話をする奴は死んだ方がいいのであまり気にはしない。お好み焼きでもシチューでも合わせたきゃ合わせればいい。

2024-01-10

ポットを欲しがる増田のお湯小野田酢丸が支保をトッポ回文

手もとが寒いのでカイロを握りしめて救えなかったものの儚さをお風呂でのバブのように消えてしまうような温かさです。

おはようございます

さより一層増してきてやっぱり室温が15℃を下回ると寒いわ!

つーか手がかじかんでキーボードが打てない方が支障きたすので、

身体寒いよりも

手が冷たい方が私は嫌だわー。

寒いけどお湯を飲めば白湯!って言うぐらい温まるわ。

それでさー

給湯室のポットのお湯!

使ったらなくなって減ってきたら水を補充してくれる人がいなくて、

私がだいたいいつも貧乏くじを当てまくりまくりまくりすてぃーで

いつも水補充係!

補充してもすぐにお湯にはならないか

本当は補充したあとの次の人が本当の貧乏くじかも知れないわ。

お湯じゃなくて水が出てくるんだもん。

大きなポットのお湯運用4リットルとかもっと大きなポットにしておけば良かったと思うのよね。

でね、

前言ったかも知れないけど

言ってなかったら初めて言うけど

この今使ってるポット空焚きしちゃって1台こわしちゃったのよね!

こわれかけのなんとかよりもタチの悪い本当に壊してしまって。

これはさすがに自分で買い直したけれど、

その時はそんなにお湯使う人がそんなにいなかったシーズンだったので

同じ2リットルクラスの容量のポットでいいかなーって思ってそれ買ったのがケチったのが間違いだったわね。

この際大きな容量のどーんと買っておけば良かったと思う後の祭り

ポット空焚き注意!って心に決めたその時のことを忘れないように!って戒めのためにも大きな容量のものを勝っておけばよかったわー。

やっぱりさー

お湯ソリューションってあるわよね。

事務所だったらまあポットあるからいいけど

家は瞬間湧かすティファールとかのやつはあるんだけど、

あれ保温が出来ないしお湯が沸くまでそばに付いておかなくちゃいけないじゃない。

大量にもお湯が沸かせないし、

かと言って

カンや鍋で大量にお湯を沸かすと言えども

ガスなのでこれも自動的にお湯が沸いてキープが出来なくて、

となると私がゲーム中なり家事中なり出掛けてお買い物に言っている最中でも

安全にお湯を沸かしてくれてキープしてくれる温度を保ってくれるのは

電気ポットかなーって。

結構ポット自分の家にも欲しい案件

そのお湯が沸いている時間を付きっきりでコンロの前にいる時間ももったいないほど時間無駄にしたくないそれは日々のゲームに費やす時間として捻出したいわけでもあるのよね。

そうなるとさー

まあゲーム時間をーって言ってるけど

そう考えるとお湯を沸かしている時間を積み立てて考えるとポット買った方が有効時間が使える様な気がして、

あーポット欲しいなーって大容量のやつって思うのよ。

お湯があれば冬が幸せに暮らせるヒントがあると思うし、

お湯があったらあったで

いろんな使い道ができると思うのでクオリティーオブライフが上がるとも思うのよねー。

たとえ1ミリでもって思うし。

うーんここのところずーっとポットを欲しがっているので、

かと言ってあんまり無駄遣いもしたくもないし

考えちゃうわね。

でも大きなポットは憧れるわ!

ポットだけにぽっとどこから出てこないわよねー

なんちゃって

うふふ。


今日朝ご飯

ホットドッグしました。

温めてウインナープリンプリンといい音を立てて弾けてじゅわっと肉汁が広がって

それをパンが受け止めて

さらに美味しいピリリと効いたマスタードが良い仕事しているのよね!

ボリュームこそは無いけれど

食べ応えは十分あるし、

かと言って少なく感じることもない

今私の気分に応えてくれるベストバランスホットドッグよ。

デトックスウォーター

寒いのでホッツ白湯ウォーラーレモン果汁インした

ホッツ白湯ウォーラーインレモンです。

甘み入らないので

ほのかレモン香りがすれば良いのってぐらいの感じね。

ちなみにホッツ白湯ウォーラーティファールで湧かしているわ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2024-01-06

ゲーム>セックス事実に気づいて地味に傷ついた話

結婚して10年以上、子供もいる夫婦だけど大体週1-2回くらいセックスしてた。

最近旦那とある対戦ゲームにハマりだし、日常でそのゲームの話がよく話題に出るようになってきた。

結構長寿ゲームで、自分シリーズの1つをやった事あるし、旦那子供の頃からやってて進学やら就職やらで時々離れつつも、何となく好きでい続けてきたゲームという立ち位置だった。

から再ハマりしたのも、そのゲームの会話が増えるのも特に気にしてなかったけど、ここ数ヶ月くらい、セックス前後までそのゲームの話が侵食してくるようになった。

前戯中もその話、本番終わったらすぐゲームの話再開、という感じになって、セックスほのか作業感が出てき始めた。

極めつけは、普段勃ちがいい方なのに中々勃たない日があったのでどうしたのか聞いたところ、

ゲームの事考えてた」

と笑いながらあっさり言われた事。

その場はこっちも笑って流して本番終了したものの、徐々に徐々にショックな気持ちじわじわ来はじめて、それからセックスしたいと言えなくなってしまった。

向こうもこっちから言わないとしたいとは言ってこないから、結婚生活で初めてのレス雰囲気になりつつあります

自分的には夫婦間のセックスって性欲解消もあるけど、コミュニケーションの一環だと思ってたんだよね。特に子供いるか大人だけの時間って中々持てないし、自分としては貴重な時間を共有してるつもりだった。

旦那にとってはそうじゃなかったんだなってのを思い知ったのが地味にきつい。

滅多にメンブレしない性格なんだけど、ここ数日見事にメンブレして体調崩し始めてます

ゲーム自体は止めて欲しいわけじゃないので、どう言っても角が立つ気がして悩んでる。

一応セックス前後にはそういう話はしないで欲しい、とは言ったけど、向こうもそんな深刻な話だとは思ってないようで、なんかますますギャップ認識するだけになってしまった。

また楽しくセックス出来るようになるのかな。

[]

きのうかったバゲット2本、セブン無料でもらったアールグレイティー飲みながら全部食った

バゲット味ないけど、アールグレイティーほのかな甘みで全部食い切れた

トライアルいってわりびき弁当総菜ねらうか

うーんいやpsストアでセールのあれこれかうからその分せつやくするか

食いすぎだしなあ

2024-01-02

文化を感じた日

川端康成の『雪国』は読んだことがないけれども、その文頭はあまりにも有名だ。

国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」

暖かい南国で生まれた。積もった雪は見たことがなかった。大学が近くになかったので、進学組はみんな強制的一人暮らしになる地域だった。雪が見たくて、ただそれだけで積雪がある某県に進学を決めた。

学生から車は持てなくて、雪の積もった日は徒歩で30分以上かけて大学に向かった。自転車なら10分もかからない距離だ。泥混じりの雪が跳ねて、着く頃にはズボンの裾と靴下が真っ黒に濡れてしまう。それで丸一日過ごす。一年生の年明けには、雪を見るだけでうんざりするようになった。

雪の朝は、目が覚めるとすぐにわかる。妙に静まりかえっていて、ほのかに明るくて、身体の芯から冷えるような寒さの朝は雪が深々と積もっている。心底うんざりする冬の一景だ。

大学最後の年、私はすっかり暗い冬も鬱陶しい雪も大嫌いになっていた。

ある夜、何かの用事で車に載せてもらい、峠の方へ行くことになった。しっかり整備された高速道路を降りて、ろくに除雪されておらず街灯もない一般道に出た時、ふと窓の外を覗くと、月明かりのない真っ暗な夜空と真っ白な雪原が目に飛び込んできた。そして「夜の底が白くなった」ことに気がついた。

私は文豪のあまりにも的確な表現言葉を失い、雪原が終わるまでずっと、ぼんやり白い夜の底を眺め続けていた。

その後上京して何年も経つが、美術展にも行かず、バーにも通わず流行最先端にも触れず、およそ文化的とは程遠い怠惰な日々を過ごしている。これといった趣味もなく、美味いのかわからない飯を食べ、友人も少ない。都会の片隅でドブネズミ生活を送っている。東京文化人になるにも能動努力と磨かれたセンサー必要なようである

私は生憎地元でも東京でも「文化」とやらを感じることはできなかった。「印象派展」や「知る人ぞ知る日本上陸ブランド」に興味はなくもないが、疲れた週末に電車を乗り継いでよく知らない場所に行き、人混みに揉まれ行列に並ぶのは雪と同じく心底うんざりする。

このように都会暮らしでも文化を楽しむにはそれなりの素養と体力が不可欠だ。感受性が錆びつきセンサーが腐っているドブネズミがあの冬の夜、ど田舎の雪原に「文化」を強烈に感じることができたのは教育による知識下地に偶然が重なったおかげである。私はあの一景を生涯忘れることはないだろう。

2023-12-14

猫は、あけぼの

やうやう白くなりゆく、山ぎは少し明りて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

猫は、夜。月の頃はさらなり。闇もなほ。螢の多く飛び違ひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし

猫は、夕暮。夕日のさして、山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど、飛び急ぐさへあはれなり。まいて雁などの列ねたるがいと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。

猫は、つとめて。雪の降りたるはいふべきにもあらず。霜のいと白きも、またさらでも、いと寒きに、火など急ぎ熾して、炭もて渡るも、いとつきづきし。昼になりて、ぬるくゆるびもていけば、火桶の火も、白き灰がちになりて、

わろし。

2023-11-27

乳首静電気

昨日酔っぱらったまま寝て今風呂入ったけど乳首静電気くらった

びっくりとほのかな痛みとえもいわれぬ喜びがあった

Tシャツポリ30%にヒートテック重ね着してるのを一緒に脱いでそれを洗濯機入れる前に胸の高さで分けるバチバチ

再現性ありそう今晩も試す乳首の刺激に貪欲増田も試すよろし

2023-11-06

アジア人の大半にとって和食完璧ゴミ料理だよ

ヴィーガン連中は全部無理、

魚嫌いなら出汁の時点でNG

日本米も味付け無しの白米&ねちゃねちゃの食感でいつも米を食べてる人ですら大半がNG

タイ米ジャスミンライスや不純物が混ざってる雑穀米玄米のほうが日本の白米なんかよりもずっと上の評価だ。

特にパサパサライしか食べてないイギリス人の大半はねちゃねちゃの日本の白米を最低最悪の米として毛嫌いしてて絶対に食べない。


仮にそれらを全部クリアできても、生卵やら甘すぎる味付けやらで食えるものほとんどない。

タコ焼きですらタコが苦手な人が多いから食べてみて吐き出す外国人も多い。

日本大好きの外国人でさえもそう。

ホームステイ味噌汁を出された日本大好きのオランダ人

「このふわふわの白いのってカビだよね?カビスープなんて絶対飲めないけど、どうしよう・・・おぇ・・吐きそう」

登山中に日本人のおばちゃんから梅干しおにぎりをもらった親日アメリカ人

「うわ、なんだこれwwまっずwww」

ってバレないように捨てたとさ。

和食免疫のなかったオージーホームステイに来ても日本食で食えるものが何一つなかったし、某アメリカ在住Youtuberアメリカ人彼女も高級旅館料理が全部食べられてなかった。


日本10年ぐらい住んでる外国人Youtuberですら和食は一切食べてないし、「日本コンビニおにぎり評価してみた!」みたいな動画を上げては

梅干しおにぎりまっずwwやっぱこんなん無理だわww」

とか

明太子おにぎりまっずwwwww」

昆布なんて臭すぎてなんて人間が食べる物じゃないww」

とかそんな評価からな。

それが現実

日本人の俺ですら子供の頃は懐石料理とか食べるたびに「なんで日本食ってデフォで酸っぱい悪臭や生臭い臭いほのかに放ってるんだろ」って思ってたもん。

2023-10-25

中学受験をしてない人生経験してみたかった

docomo配信サービス配信されている、とあるアイドルオーディションサバイバル番組にどハマりしてずっと見ている。過去シリーズまで追って、そこからデビューしたアイドルを推すほどハマっている。

そんな番組出会ってしまたことをきっかけに、自分人生について、過去に無いくらい考えて悔やんで分析して、を繰り返している。

両親のことは大好きだ。

奨学金なんて必要いくらいの収入があった父親専業主婦毎日「おかえり」と言ってくれる母親、3食おいしいご飯、たまの家族旅行、何一つ不自由なく育ててもらった。

中学入って以降は、私のやりたいことが私の成長に繋がるのならばと、できる限りを尽くしてやらせてもらった。

ガチャかい言葉だって必要ないほど恵まれ環境で育った。


でも、自分のことはびっくりするほど好きじゃない。

顔とかスタイルとか容姿ではなくて、人としての中身の問題だ。

根暗で、卑屈で、俯瞰してて、ひねくれていて、粘着質で、冷めていて、僻みがちな中身の問題だ。

絶対に生まれた時からこんなんだったわけじゃない。

少なくともまだ年齢の数字が1桁だったときは、明るくてよくしゃべる、放課後毎日遊びに行くような友達の多い子だったと思う。

それなのに変わってしまったのは自分の中で明確なターニングポイントがあって、それが「中学受験」だったと思っている。

身バレしたらしたで仕方ない。

ずっと抱えてきた贅沢な息苦しさを誰かに聞いてほしい。

から話す私の生い立ちがとんでもなく恵まれていることなんてわかってる。今から話す全てがとんでもなく甘いことなんてわかってる。無いものねだりの高望だってことだってわかってる。だから、この長くてまとまりのない文章をもし読んでくれるのであれば、この親不孝ものが、甘ったれが、クズが、って、思う存分バカにして反面教師にして笑ってほしい。


物心ついたときから、歌ったり踊ったり楽器演奏したりするのが大好きだった。

私の通っていた郊外幼稚園にはたしか必須クラブ活動があって、年少さんのときは親の意向で「お作法クラブ」に入れられた。お着物を着てお茶の飲み方を教わったり毛筆書道を並んで書いたり、素敵なことなんだけれど、3歳の私は幼いながらにかなり堅苦しさを感じていた。

クラスで一番仲の良かったおともだちがバレエクラブに入っているのがとても羨ましかった。ことあるごとに私もバレエクラブがいい、来年は変えて!と主張し続け、年中になった時には晴れてバレエクラブに入れてもらえたが、年長に上がった段階ではなぜかもとのお作法クラブに戻されていた。

幼稚園の3年間はクラブ活動とは別で習い事をしていた。英会話教室と、今は無きn田チャイルドアカデミー(n=7)だ。英会話教室は5歳になっても何のために何をやっているのかわからなかったのと、言葉先生に通じないのとでかなりストレスを感じていたと思う。

n田は、英会話教室なんかよりもはるかに何のために何をやっているのかわからなかったのと、毎日課される難解な宿題プリントと、自分習い事をどういうふうにおともだちに説明すれば伝わるのかがわからなさすぎて、何が何だかよくわからないまま終えた。

ピアノバレエを習っているおともだちがそれはそれは羨ましかった。


小学校に上がるタイミング関東の割と都会な地域引っ越した。その地域から無理なく通える範囲に高偏差値私立中高一貫校が2つもあり(以下A中学•B中学、A中学のほうがレベルが高い)、どうやら親はその学区の良さに惹かれてその地域に引っ越すことを決めたようだった。

n田の難解な宿題プリントはなぜか小学生に上がってからも続いた。学校宿題とは別で、毎日ノルマを課されていた。新しい学校で持ち前の明るさを発揮し、近所に友達もたくさんできて、遊びたい盛りだった低学年の私には、異常に難しい問題を怒られながら泣きながらこなすのは相当な苦行だった。

小学2年生になってからは、年に2,3回、大手中学受験塾のオープンテストを受けるようになった。気づいたら申し込まれていて、気づいたら受験票があって、気づいたら当日その塾に連れて行かれて謎のテストを解いている、そんな状態だった。n田の毎日プリントのおかげか、成績は相当良かった。

あなたはこれからA中学を目指すのよ、みんなと同じ隣の中学校にはいけないの。地元中学校に行くのはちょっとばかなのよ。と言われる(刷り込まれる)ようになる。

地域お祭りに行った時にステージで見た、小学生ダンスチームの発表がとてもかっこよく見えて、釘付けになった。家に帰ってから親にそのことを話し、「私もダンスやってみたい、習い事したい」とお願いをしたら、「5年生くらいになったらいいよ」と言われ、私はその言葉を信じて3年待ってみることにした。

風呂オリジナルの歌を歌ってみたり、適当な踊りを作ってみたり、自分カリスマアイドルとしてデビューするような妄想をしていたのもこの時期だったと思う。

小学3年生になってもオープンテストは言われるがままに受け続け、2月には「新4年生」としてついに入塾していた。ちょうどこの頃、近くの高校中高一貫ではない、以下C高校)の合唱部が私の小学校演奏会をしに来てくれて、その演奏の素晴らしさに感動し、ほのかにC高校に行きたい!という思いが芽生えた。


4年生になり、中学受験がはじまった。目標はA中学県内屈指の進学校を目指して塾通いが始まった。事前の数年間のオープンテストの結果、クラスは一番上になり、受験が終わるまでクラスが落ちることは一回も無かった。

自体はとても楽しかった。10数年経った今でも連絡を取り合うような大事な仲間もできたし、なにより当時は小学生にして他校に友達がいるという事実が誇らしかった。


常になにがなんだかわからないままテストを受け続けてついに始まった中学受験生活だったが、私の意識は常に「親に怒られるから仕方なく勉強している」だった。

今までは存在しなかった授業ごとの予習•復習の行程、難しい問題で躓き、とくに算数強敵だった。ほんとうに難しかった。

からなくて、理解できなくて、私の勉強のあまりの進度の遅さに怒られ、毎日のように殴られ、教科書を破られ、ノートを破られ、こっそり楽しんでいたニンテンドーDSliteは見つかって真っ二つに折られ、悔しさと意味のわからなさに泣き叫び、近所から苦情が入り、さらに怒られ、テストの点が悪いとため息をつかれ、そんな日々が3年間続いた。

受験直前にはもう燃え尽きていて、自習と嘘をついてショッピングモールに出かけたりもしていた。当然バレて、さらに怒られた。口も悪くなったし、このあたりから私も何かあるとすぐキレてしまうような難しい性格になった。


学校環境も少し問題だった。

小学4年生ともなるとだんだん人間味を帯びてくる。ヒソヒソ話や悪口友達グループ化が激化する。塾に行くようになってからは遊びに行くことも減り、放課後も付き合いがあるような友達も減った。

塾に行くようになったことで、授業中の発言普段言動に対して「いい子ぶってんじゃねーよ」「頭いいからって偉そうにしないでくれる?」と言われるようになった。

自分問題があるんだと思い、明るかったのが嘘のようにあまりさな子どもになった。実際何かしら偉そうに聞こえるような言動はあったんだと思う。

5,6年生のときクラス3分の1が中学受験をしている子たちだった。

学年の受験生がほぼ固められているにもかかわらず、次の担任中学受験に対する理解がまるで無かったので、日記帳を1日見開き1ページ書くという宿題毎日出た。

大体の日はそれにプラスしてワークなどがあった。当然、学校宿題の量と塾の与復習の両立に苦戦した。家ではそれが原因でさらに怒られた。

周りの受験生も学校宿題が大変と愚痴をこぼしていたので、私だけじゃないと知って安心した。

クラスで私を仲間はずれにした女子のことを陰で女王様揶揄っていたら、誰かにそれを担任にチクられ、授業をひとつ潰してまで説教された。

泣いて謝り許しを乞うまで説教は終わらなかった。世の中には私の味方なんていないんだと思った。

そういえば、2年生だったあのときから待ちに待っていた5年生になったので、めちゃくちゃダメ元で親に「ダンス、習わせてくれるんだよね…?」と聞いたら、何わけわかんないこと言ってんの勉強に集中しなさいと一蹴された。

中学受験中にダンスなんてやってる場合じゃないのはわかってはいたけど、それはそれでつらかった。

頭打ちの成績、勉強に対するやる気の無さ、新しいクラスでできた友達とも遊びたい、そんないろいろな要因が重なって、家庭内でも勉強をしたがらない私に対する怒鳴り声は常に飛んでいた。

怒られない日の方が珍しかった。

自分の気力、体力、学力には到底合わない高いレベルの内容には正直ついていけていなかった。

当然勉強は嫌いになった。少し理解できない問題が続くとなんでそんなにできないのと怒られ顔を引っ叩かれ毎日泣いて、ある日勇気を出して「受験をやめたい」と言ってみた。

親にはA中学B中学に行くとこんなにいいことがあるんだよお前の将来の選択肢が広がっていい大学にもいけるしいいところに就職できるんだよ、それはみんなは高校受験競争率が高い中やることだから中学のうちにやっておいた方がいいんだぞ、それでもお前は受験をやめるのかと言われたが、私はある日にはC高校に行きたいと自分意思で思ったんだから高校受験でそこを目指したいんだと強い意志を持って受験をやめる選択をした。

地元中学に行く奴はバカと言われて育って来たので少しプライドが許せなさそうだったが、それよりもこの受験生活が、「私のため」の名のもとに暴言暴力の飛び交うこの異常な家庭が嫌だったので、受験をやめる決断をできたことにほっとしていた。

後日優しい口調の親に丸めまれ、なぜか受験は続行することとなった。正直どうしてこうなったのか何も覚えていない。

結局中学受験は完遂し、A中学は落ち、B中学そもそも受験せず、家からは少し遠い第3志望のD中学入学することになった。

B中学よりはレベルの高い進学校だったので、A中学に落ちたことによってプライドが傷つくこともそこまでなかった。

中学に上がり、かねてより部活というものに、特に運動部に憧れがあったので、そのまま運動系部活に入った。

チアリーディング部はあったが、正直ヒップホップ系ダンスがやりたかったのと、小学生の時にあてられた記憶女子集団が完全に苦手になってしまったので、チアリーディング部には入らなかった。

これが「初めて自分で何かを選択できた瞬間」だった。

毎日練習が楽しくてヘトヘトになって帰ると、勉強する体力とやる気なんて残っていなかった。

最初地頭で乗り切っていた定期試験だんだん順位が落ちていき、高校に上がってから留年スレスレ彷徨うこととなった。

中学受験で完全に捻くれた性格が災いし、人間関係の構築は部活以外では皆無であった。

内向的になりかけていた自分性格さら内向的になり、何重にも殻に閉じこもるようになった。

順調に過ごす周りの同級生を見て、どうしてこの子達は同じ壮絶な受験経験しているはずなのにこんなに真っ直ぐで明るいのだろうと疑問に思っていた。

中高一貫校性質上、入学早々にやらかすとそこから卒業までは取り返しがつかなかったので、本当に部活の仲間以外の友達はいないに等しかった。

進学校勉強についていけないことと友達のいないストレスが相まって、学校の授業は休んだり遅刻したりすることが多かった。それでも部活時間には必ず練習場に行って、毎日練習には参加した。その甲斐あって、部活の方は最終的には目標だった県の上位層に食い込むことができた。

家庭では大学受験を見据えろとか勉強しろとかは一切言われなくなった。

流石に留年が危ぶまれた時は進級できるくらいにはなってくれとは言われたが、それくらいだった。希望ではないもの進学校に入れることができた満足と、あと妹の中学受験が始まっていたのも一因だったと思う。

結果的に妹は黙々と学習を重ね国内トップレベル中学入学したし、私は大学受験勉強を相当サボりつつも、運良く上位校と呼ばれるような私立大学のよくわからない学部に現役で合格した。

私の中学受験生活が酷すぎたぶん、妹には重い重い期待がかかっていてプレッシャーだったと思う。妹は妹で家庭でもあまり感情を出さずおとなしくして親の言うことを素直に聞いているように見えた。

姉のふり見て我がふり直せ、だったんだろう。

申し訳ないことをしたと思っているし、やはり我が家中学受験なんて向いてない家庭だと思っている。


半年に一回くらい、ボイストレーニング無料体験に申し込んで、無料体験レッスンだけ受講したことが何回かあった。ボーカリストオーディションとか受けてみたいなと思い調べることもあったが、一回も応募したことはなかった。



そして今、私は大学生をしている。

持ち前の勉強嫌いを発揮していくつかの単位を落としながら、中高でやっていた運動は続けながら、アカペラサークルミュージカルサークル所属してステージに立ってみたこともあった。

お金が想定よりかかったり、思ったよりも本気で音楽に向き合う人がいないいわゆる形だけのサークルだったりで、どちらもすぐ辞めてしまった。

そして、とある前世持ち練習生の存在きっかけに、冒頭に書いた某アイドルオーディションサバイバル番組配信に辿りついた。

が、その番組や前シリーズやそこからデビューしたグループを見ていくうちに、自分と同年代の子達がデビューに向けて取り組むのを見ていくうちに、何か動悸がするような、焦るような気持ちが抑えられなくなっていた。

大きいステージに立っているアイドルを見ていると涙が出てくる。

私もそっちに行きたいって。

アイドルを目指していたなんて言えるほどの努力は一切していないけど、ステージ表現して人の心を掴むということに対する強い憧れはずっと持っていて、悔しさがこみ上げてきて。

私の好きなアイドル10年を超えるダンス歴で、とにかくいろんなステージに立っていろんなオーディションを受けて大きな挫折も味わって、そんな長い下積みの末やっとデビューした。

その人が「小学生の時にダンスを習い始めて、そのおかげで内気だったのが明るい性格になった」とたびたび話していて、でもそれを聞くたびにすこし胸が苦しくなる。


中学受験じゃなくて、ダンスだったら?

私は音楽が好きで、自分で何かを表現たかったという気持ち絶対にずっとあって、それを無理に抑えてこなかったら?

中学受験の時のあの地獄のような家庭環境が無かったら、ダンスというずっとやりたかたことで自己表現ができていたら、もっとまっすぐな明るい子だったのではないか

小学校からダンスや歌を本格的にやらせてもらっていたら、私もあの番組ステージに立てたのではないか

私の勉強嫌いは完全に中学受験からきているわけで、それが無かったら別に高校受験からでもこの大学に入ることはできたんじゃなかろうか。勉強自発的にできるようになって、もっと良いところに行けてた可能性もあったんじゃなかろうか。逆も然りだけど。

今考えたらあの習い事クラブ活動も全部親の決めたもので、私の意思なんてこれっぽっちもなくて、全てが勉強につながるようなもので、だから今の私は勉強がとてもとでも嫌いだし、大学生になった今でも勉強自分のためではなくて新卒大卒獲得のためにやらされるものだと心の底では思っている。

中学受験の時の生活は今考えたら虐待だったね本当にごめんねと親は言ってくるけれども、明るかった小学3年生以前の私の性格はもう帰ってこない。

元の形の記憶を失うほどにねじれて拗れてズタズタになってしまったあの時の私から変われる気配なんてない。今から明るく優しい子になんてなれない。

家庭内でたまに言い方がきついと怒られそれがきっかけで大きな喧嘩になることもあるけれど、あの多感な時期に毎日怒られ怒鳴られ殴られ続けて親の口調が移らないわけない。私の口調と親の口調はびっくりするほどそっくりだ。


全部、中学受験のせいだと思ってしまう。


私のために全力でサポートしてくれたんだと思う。でも別に中学受験させてくれなんて頼んでなかった。あんな怒鳴り声と泣き叫ぶ声と暴力の絶えない家にしてくれなんて頼んでなかった。あんなんなるなら、地元中学でもよかった。


やりたいことなんて何もできなかったし私の話なんて微塵も聞いてくれなかったなと思ってしまう。


それでも、ここまで育ててくれて、私のことを考えて人生設計の手助けをしてくれて、中高大10年間の私立学費を惜しみなく出してくれた親には本当に感謝している。本当に恵まれた家庭で何ひとつ不自由なく育ったと思う。


それに、本当にダンスや歌がやりたかったなら、中学に上がったタイミング部活に入らずに、今度こそダンスを習わせてほしいボイトレに通いたいと親を説得することだってできたはずだ。そうしなかった段階でそこまで本気じゃなかったんだと思う。このことに気づいて、初めてあ

中学受験をしてない人生経験してみたかった

docomo配信サービス配信されている、とあるアイドルオーディションサバイバル番組にどハマりしてずっと見ている。過去シリーズまで追って、そこからデビューしたアイドルを推すほどハマっている。

そんな番組出会ってしまたことをきっかけに、自分人生について、過去に無いくらい考えて悔やんで分析して、を繰り返している。

両親のことは大好きだ。

奨学金なんて必要いくらいの収入があった父親専業主婦毎日「おかえり」と言ってくれる母親、3食おいしいご飯、たまの家族旅行、何一つ不自由なく育ててもらった。

中学入って以降は、私のやりたいことが私の成長に繋がるのならばと、できる限りを尽くしてやらせてもらった。

ガチャかい言葉だって必要ないほど恵まれ環境で育った。


でも、自分のことはびっくりするほど好きじゃない。

顔とかスタイルとか容姿ではなくて、人としての中身の問題だ。

根暗で、卑屈で、俯瞰してて、ひねくれていて、粘着質で、冷めていて、僻みがちな中身の問題だ。

絶対に生まれた時からこんなんだったわけじゃない。

少なくともまだ年齢の数字が1桁だったときは、明るくてよくしゃべる、放課後毎日遊びに行くような友達の多い子だったと思う。

それなのに変わってしまったのは自分の中で明確なターニングポイントがあって、それが「中学受験」だったと思っている。

身バレしたらしたで仕方ない。

ずっと抱えてきた贅沢な息苦しさを誰かに聞いてほしい。

から話す私の生い立ちがとんでもなく恵まれていることなんてわかってる。今から話す全てがとんでもなく甘いことなんてわかってる。無いものねだりの高望だってことだってわかってる。だから、この長くてまとまりのない文章をもし読んでくれるのであれば、この親不孝ものが、甘ったれが、クズが、って、思う存分バカにして反面教師にして笑ってほしい。


物心ついたときから、歌ったり踊ったり楽器演奏したりするのが大好きだった。

私の通っていた郊外幼稚園にはたしか必須クラブ活動があって、年少さんのときは親の意向で「お作法クラブ」に入れられた。お着物を着てお茶の飲み方を教わったり毛筆書道を並んで書いたり、素敵なことなんだけれど、3歳の私は幼いながらにかなり堅苦しさを感じていた。

クラスで一番仲の良かったおともだちがバレエクラブに入っているのがとても羨ましかった。ことあるごとに私もバレエクラブがいい、来年は変えて!と主張し続け、年中になった時には晴れてバレエクラブに入れてもらえたが、年長に上がった段階ではなぜかもとのお作法クラブに戻されていた。

幼稚園の3年間はクラブ活動とは別で習い事をしていた。英会話教室と、今は無きn田チャイルドアカデミー(n=7)だ。英会話教室は5歳になっても何のために何をやっているのかわからなかったのと、言葉先生に通じないのとでかなりストレスを感じていたと思う。

n田は、英会話教室なんかよりもはるかに何のために何をやっているのかわからなかったのと、毎日課される難解な宿題プリントと、自分習い事をどういうふうにおともだちに説明すれば伝わるのかがわからなさすぎて、何が何だかよくわからないまま終えた。

ピアノバレエを習っているおともだちがそれはそれは羨ましかった。


小学校に上がるタイミング関東の割と都会な地域引っ越した。その地域から無理なく通える範囲に高偏差値私立中高一貫校が2つもあり(以下A中学•B中学、A中学のほうがレベルが高い)、どうやら親はその学区の良さに惹かれてその地域に引っ越すことを決めたようだった。

n田の難解な宿題プリントはなぜか小学生に上がってからも続いた。学校宿題とは別で、毎日ノルマを課されていた。新しい学校で持ち前の明るさを発揮し、近所に友達もたくさんできて、遊びたい盛りだった低学年の私には、異常に難しい問題を怒られながら泣きながらこなすのは相当な苦行だった。

小学2年生になってからは、年に2,3回、大手中学受験塾のオープンテストを受けるようになった。気づいたら申し込まれていて、気づいたら受験票があって、気づいたら当日その塾に連れて行かれて謎のテストを解いている、そんな状態だった。n田の毎日プリントのおかげか、成績は相当良かった。

あなたはこれからA中学を目指すのよ、みんなと同じ隣の中学校にはいけないの。地元中学校に行くのはちょっとばかなのよ。と言われる(刷り込まれる)ようになる。

地域お祭りに行った時にステージで見た、小学生ダンスチームの発表がとてもかっこよく見えて、釘付けになった。家に帰ってから親にそのことを話し、「私もダンスやってみたい、習い事したい」とお願いをしたら、「5年生くらいになったらいいよ」と言われ、私はその言葉を信じて3年待ってみることにした。

風呂オリジナルの歌を歌ってみたり、適当な踊りを作ってみたり、自分カリスマアイドルとしてデビューするような妄想をしていたのもこの時期だったと思う。

小学3年生になってもオープンテストは言われるがままに受け続け、2月には「新4年生」としてついに入塾していた。ちょうどこの頃、近くの高校中高一貫ではない、以下C高校)の合唱部が私の小学校演奏会をしに来てくれて、その演奏の素晴らしさに感動し、ほのかにC高校に行きたい!という思いが芽生えた。


4年生になり、中学受験がはじまった。目標はA中学県内屈指の進学校を目指して塾通いが始まった。事前の数年間のオープンテストの結果、クラスは一番上になり、受験が終わるまでクラスが落ちることは一回も無かった。

自体はとても楽しかった。10数年経った今でも連絡を取り合うような大事な仲間もできたし、なにより当時は小学生にして他校に友達がいるという事実が誇らしかった。


常になにがなんだかわからないままテストを受け続けてついに始まった中学受験生活だったが、私の意識は常に「親に怒られるから仕方なく勉強している」だった。

今までは存在しなかった授業ごとの予習•復習の行程、難しい問題で躓き、とくに算数強敵だった。ほんとうに難しかった。

からなくて、理解できなくて、私の勉強のあまりの進度の遅さに怒られ、毎日のように殴られ、教科書を破られ、ノートを破られ、こっそり楽しんでいたニンテンドーDSliteは見つかって真っ二つに折られ、悔しさと意味のわからなさに泣き叫び、近所から苦情が入り、さらに怒られ、テストの点が悪いとため息をつかれ、そんな日々が3年間続いた。

受験直前にはもう燃え尽きていて、自習と嘘をついてショッピングモールに出かけたりもしていた。当然バレて、さらに怒られた。口も悪くなったし、このあたりから私も何かあるとすぐキレてしまうような難しい性格になった。


学校環境も少し問題だった。

小学4年生ともなるとだんだん人間味を帯びてくる。ヒソヒソ話や悪口友達グループ化が激化する。塾に行くようになってからは遊びに行くことも減り、放課後も付き合いがあるような友達も減った。

塾に行くようになったことで、授業中の発言普段言動に対して「いい子ぶってんじゃねーよ」「頭いいからって偉そうにしないでくれる?」と言われるようになった。

自分問題があるんだと思い、明るかったのが嘘のようにあまりさな子どもになった。実際何かしら偉そうに聞こえるような言動はあったんだと思う。

5,6年生のときクラス3分の1が中学受験をしている子たちだった。

学年の受験生がほぼ固められているにもかかわらず、次の担任中学受験に対する理解がまるで無かったので、日記帳を1日見開き1ページ書くという宿題毎日出た。

大体の日はそれにプラスしてワークなどがあった。当然、学校宿題の量と塾の与復習の両立に苦戦した。家ではそれが原因でさらに怒られた。

周りの受験生も学校宿題が大変と愚痴をこぼしていたので、私だけじゃないと知って安心した。

クラスで私を仲間はずれにした女子のことを陰で女王様揶揄っていたら、誰かにそれを担任にチクられ、授業をひとつ潰してまで説教された。

泣いて謝り許しを乞うまで説教は終わらなかった。世の中には私の味方なんていないんだと思った。

そういえば、2年生だったあのときから待ちに待っていた5年生になったので、めちゃくちゃダメ元で親に「ダンス、習わせてくれるんだよね…?」と聞いたら、何わけわかんないこと言ってんの勉強に集中しなさいと一蹴された。

中学受験中にダンスなんてやってる場合じゃないのはわかってはいたけど、それはそれでつらかった。

頭打ちの成績、勉強に対するやる気の無さ、新しいクラスでできた友達とも遊びたい、そんないろいろな要因が重なって、家庭内でも勉強をしたがらない私に対する怒鳴り声は常に飛んでいた。

怒られない日の方が珍しかった。

自分の気力、体力、学力には到底合わない高いレベルの内容には正直ついていけていなかった。

当然勉強は嫌いになった。少し理解できない問題が続くとなんでそんなにできないのと怒られ顔を引っ叩かれ毎日泣いて、ある日勇気を出して「受験をやめたい」と言ってみた。

親にはA中学B中学に行くとこんなにいいことがあるんだよお前の将来の選択肢が広がっていい大学にもいけるしいいところに就職できるんだよ、それはみんなは高校受験競争率が高い中やることだから中学のうちにやっておいた方がいいんだぞ、それでもお前は受験をやめるのかと言われたが、私はある日にはC高校に行きたいと自分意思で思ったんだから高校受験でそこを目指したいんだと強い意志を持って受験をやめる選択をした。

地元中学に行く奴はバカと言われて育って来たので少しプライドが許せなさそうだったが、それよりもこの受験生活が、「私のため」の名のもとに暴言暴力の飛び交うこの異常な家庭が嫌だったので、受験をやめる決断をできたことにほっとしていた。

後日優しい口調の親に丸めまれ、なぜか受験は続行することとなった。正直どうしてこうなったのか何も覚えていない。

結局中学受験は完遂し、A中学は落ち、B中学そもそも受験せず、家からは少し遠い第3志望のD中学入学することになった。

B中学よりはレベルの高い進学校だったので、A中学に落ちたことによってプライドが傷つくこともそこまでなかった。

中学に上がり、かねてより部活というものに、特に運動部に憧れがあったので、そのまま運動系部活に入った。

チアリーディング部はあったが、正直ヒップホップ系ダンスがやりたかったのと、小学生の時にあてられた記憶女子集団が完全に苦手になってしまったので、チアリーディング部には入らなかった。

これが「初めて自分で何かを選択できた瞬間」だった。

毎日練習が楽しくてヘトヘトになって帰ると、勉強する体力とやる気なんて残っていなかった。

最初地頭で乗り切っていた定期試験だんだん順位が落ちていき、高校に上がってから留年スレスレ彷徨うこととなった。

中学受験で完全に捻くれた性格が災いし、人間関係の構築は部活以外では皆無であった。

内向的になりかけていた自分性格さら内向的になり、何重にも殻に閉じこもるようになった。

順調に過ごす周りの同級生を見て、どうしてこの子達は同じ壮絶な受験経験しているはずなのにこんなに真っ直ぐで明るいのだろうと疑問に思っていた。

中高一貫校性質上、入学早々にやらかすとそこから卒業までは取り返しがつかなかったので、本当に部活の仲間以外の友達はいないに等しかった。

進学校勉強についていけないことと友達のいないストレスが相まって、学校の授業は休んだり遅刻したりすることが多かった。それでも部活時間には必ず練習場に行って、毎日練習には参加した。その甲斐あって、部活の方は最終的には目標だった県の上位層に食い込むことができた。

家庭では大学受験を見据えろとか勉強しろとかは一切言われなくなった。

流石に留年が危ぶまれた時は進級できるくらいにはなってくれとは言われたが、それくらいだった。希望ではないもの進学校に入れることができた満足と、あと妹の中学受験が始まっていたのも一因だったと思う。

結果的に妹は黙々と学習を重ね国内トップレベル中学入学したし、私は大学受験勉強を相当サボりつつも、運良く上位校と呼ばれるような私立大学のよくわからない学部に現役で合格した。

私の中学受験生活が酷すぎたぶん、妹には重い重い期待がかかっていてプレッシャーだったと思う。妹は妹で家庭でもあまり感情を出さずおとなしくして親の言うことを素直に聞いているように見えた。

姉のふり見て我がふり直せ、だったんだろう。

申し訳ないことをしたと思っているし、やはり我が家中学受験なんて向いてない家庭だと思っている。


半年に一回くらい、ボイストレーニング無料体験に申し込んで、無料体験レッスンだけ受講したことが何回かあった。ボーカリストオーディションとか受けてみたいなと思い調べることもあったが、一回も応募したことはなかった。



そして今、私は大学生をしている。

持ち前の勉強嫌いを発揮していくつかの単位を落としながら、中高でやっていた運動は続けながら、アカペラサークルミュージカルサークル所属してステージに立ってみたこともあった。

お金が想定よりかかったり、思ったよりも本気で音楽に向き合う人がいないいわゆる形だけのサークルだったりで、どちらもすぐ辞めてしまった。

そして、とある前世持ち練習生の存在きっかけに、冒頭に書いた某アイドルオーディションサバイバル番組配信に辿りついた。

が、その番組や前シリーズやそこからデビューしたグループを見ていくうちに、自分と同年代の子達がデビューに向けて取り組むのを見ていくうちに、何か動悸がするような、焦るような気持ちが抑えられなくなっていた。

大きいステージに立っているアイドルを見ていると涙が出てくる。

私もそっちに行きたいって。

アイドルを目指していたなんて言えるほどの努力は一切していないけど、ステージ表現して人の心を掴むということに対する強い憧れはずっと持っていて、悔しさがこみ上げてきて。

私の好きなアイドル10年を超えるダンス歴で、とにかくいろんなステージに立っていろんなオーディションを受けて大きな挫折も味わって、そんな長い下積みの末やっとデビューした。

その人が「小学生の時にダンスを習い始めて、そのおかげで内気だったのが明るい性格になった」とたびたび話していて、でもそれを聞くたびにすこし胸が苦しくなる。


中学受験じゃなくて、ダンスだったら?

私は音楽が好きで、自分で何かを表現たかったという気持ち絶対にずっとあって、それを無理に抑えてこなかったら?

中学受験の時のあの地獄のような家庭環境が無かったら、ダンスというずっとやりたかたことで自己表現ができていたら、もっとまっすぐな明るい子だったのではないか

小学校からダンスや歌を本格的にやらせてもらっていたら、私もあの番組ステージに立てたのではないか

私の勉強嫌いは完全に中学受験からきているわけで、それが無かったら別に高校受験からでもこの大学に入ることはできたんじゃなかろうか。勉強自発的にできるようになって、もっと良いところに行けてた可能性もあったんじゃなかろうか。逆も然りだけど。

今考えたらあの習い事クラブ活動も全部親の決めたもので、私の意思なんてこれっぽっちもなくて、全てが勉強につながるようなもので、だから今の私は勉強がとてもとでも嫌いだし、大学生になった今でも勉強自分のためではなくて新卒大卒獲得のためにやらされるものだと心の底では思っている。

中学受験の時の生活は今考えたら虐待だったね本当にごめんねと親は言ってくるけれども、明るかった小学3年生以前の私の性格はもう帰ってこない。

元の形の記憶を失うほどにねじれて拗れてズタズタになってしまったあの時の私から変われる気配なんてない。今から明るく優しい子になんてなれない。

家庭内でたまに言い方がきついと怒られそれがきっかけで大きな喧嘩になることもあるけれど、あの多感な時期に毎日怒られ怒鳴られ殴られ続けて親の口調が移らないわけない。私の口調と親の口調はびっくりするほどそっくりだ。


全部、中学受験のせいだと思ってしまう。


私のために全力でサポートしてくれたんだと思う。でも別に中学受験させてくれなんて頼んでなかった。あんな怒鳴り声と泣き叫ぶ声と暴力の絶えない家にしてくれなんて頼んでなかった。あんなんなるなら、地元中学でもよかった。


やりたいことなんて何もできなかったし私の話なんて微塵も聞いてくれなかったなと思ってしまう。


それでも、ここまで育ててくれて、私のことを考えて人生設計の手助けをしてくれて、中高大10年間の私立学費を惜しみなく出してくれた親には本当に感謝している。本当に恵まれた家庭で何ひとつ不自由なく育ったと思う。


それに、本当にダンスや歌がやりたかったなら、中学に上がったタイミング部活に入らずに、今度こそダンスを習わせてほしいボイトレに通いたいと親を説得することだってできたはずだ。そうしなかった段階でそこまで本気じゃなかったんだと思う。このことに気づいて、初めてあ

黒木ほの香1st写真集 ほのかあまい

発売日:11月27日(月)

黒木香のむすめか・・・と一瞬思ってしまったのは、内緒

目鼻立ちとかよく似てるわ。

2023-10-23

メスの匂いとは?

初々しい人の表現として使われる匂い

男の生活にはない匂いで、妄想の元になる匂い

依存してしまう人の表現で使われる匂い

生物特有匂い

複雑な匂い故に好奇心を掻き立てられる

何だと思う

2023-10-12

念のための検査香りの戻りの増田スマ海苔共のリオかと三家のメタノンね(回文

おはようございます

蒼井優です。

ウソです。

一応さー

昨日の今日今日の昨日ってことなので

念のために念のためを重ねてもう一回検査してみたの。

研究抗体検査じゃなくて、

体外診断用のやつで。

そしたらやっぱり陰性で

でもやっぱり匂いは戻ってこないのよね。

かに戻りつつあるけど

昨日だって風呂石鹸香りシャボン玉ふわふわと手からあぶくが浮かんだとき

弾けたシャボンほのか石鹸香り全然しないの!

結構石鹸単体に直付けの鼻!で遠くに石鹸香りがいるような感じ。

一昨日は全然香りがしなかったから、

多少は増しになっているかも知れない鴨鹿。

不思議と酸味の酸っぱさの匂い結構感じるのよね。

多分理由は酸っぱい匂いが一番なんか生活において危険信号無視出来ない横断歩道は青ではなく点滅でダッシュ赤ならまだ行ける!って意味とは逆に

危険信号みたいなので、

臭覚のというより刺激的な刺激の酸っぱさの匂い

この食べ物危ないんじゃね?っていにしえのディーエヌエーの刻み込まれ

木の実の皮がツルッと剥けたとき気持ちよさは太古の狩猟木の実狩り時代の思い出として刻まれいるか

理由もなく木の実の皮がツルッと剥けたとき気持ちよさは

理由説明が出来ないほどと同様に、

酸っぱいもヤバイ!って事らしいので

あんまり味も復活しているとは言い難い今日この頃なんだけど

おにぎり紫蘇とか刻み梅の梅感は感じるのよね。

不思議だわ。

人体の不思議展を繰り広げたいぐらいよ。

なので

まだまだ完全に匂い理解した!って言えないところが完全じゃないところなのよね。

まあ陰性だったのがよきよき!ってことで良かったのかしらね

日常生活で支障がないと言えばウソか本当かは信じるかはあなた次第だけど

食べ物あんまり美味しく思わないのと、

梅系ばかり食べていても仕方ないでしょ?

あとルービーもさすがにこの体調の異常ステータスありきで飲むのは美味しくなさそうだし、

でもだからといってここで諦めたら秋の夜長の楽しい晩酌の終わりですよ!って安西先生名言を言ってるように

ハイボールは試してみたら

こっちの方がまだ美味しいかも知れない味わいの秋の夜長。

なのでハイボールは行けちゃう感じのってところかしら。

秋の味覚秋の祭典真っ盛りなのに

秋の食べ物が楽しめないなんてちょっと残念だけど

逆に言うと今しかこの機会体験することが出来ないこれ幸い検査も陰性だったか

暦の上ではアースウィンドアンドファイアーだけど

から9月のセプテンバー12月のディッセンバー

これが好調だったからって間の10月11月

オクトーバーやノーベンバーって歌を歌えばいいのにと思うぐらい暦の上では秋の食べ物が楽しめる真っ最中アースウィンドアンドファイアーなのが悔しいわ。

なんか季節がずれていることの言い訳として日本

いや暦の上では!ってなんか言い訳するけれど

海外のそう言う暦カルチャーではそう言った

歴代気象予報士がもう何百回と使ってきて使い擦られた

暦の上では!って枕詞はもうアースウィンドアンドファイアー!って言い換えていいぐらいだと思うわ。

だって9月12月も一緒って意味じゃない。

結局は。

違うかー?

またミルクボーイさんみたいな

なになにを探しているんだけど、

これとは違うかーを9月を探す旅に出る羽目になるとは思わなかったわ。

アースウィンドアンドファイアーさんたちの楽屋

弁当いったい幾ついるんだよ!って話しよね。

違うかー。

よくさテレビ番組の収録の前の楽屋芸能人の人がいるとき

楽屋のドアにこの楽屋はだれだれさんがみたいな紙貼ってあるのよくそういうシーン見るじゃない、

あれの紙にアースウィンドアンドファイアー様って書いてあるのが貼ってあるだけでジワジワくるわよね。

そうは思わない?

でもまあ私はとりあえずの検査結果はアースウィンドアンドファイアーだったので、

セプテンバーと言えばセプテンバーだけど

ディッセンバーと言えばディッセンバーなのには変わりないわ。

みなさまもどうぞご自愛下さいませ。

うふふ。


今日朝ご飯

納豆巻き食べてみたの。

納豆の味はするけど鼻から抜ける風味がやっぱり弱いみたいよまだ。

本来の美味しさを100としたら

今は100ってところかしら気持ちで補完よ!

大事なのはこれが上からの100なのか下からの100なのかってことで、

あんまりパクパク美味しく進む!って言うほどの勢いの美味さ爆発!ではないところなのよね。

好調とは言い難いわね。

デトックスウォーター

水出し緑茶ウォーラー

これも風味が分からなくて、

お茶緑茶の緑の成分の渋味が栄一!って感じかしら。

舌の上の苦味を感じる図解のゾーンに集中したら

緑の緑茶の葉っぱの苦味の成分を舌でしか味わいが無いといったところ。

から抜ける風味ってとても大切なのよねと

大切なことを当たり前のことのように言ってみたわ。

ただただ冷たくて美味しい!ってところよ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2023-10-11

脳が飛び出そうな感覚になる奴いる?

小学校歯科検診の時に気付いた。

カチャカチャと歯に金属が当たる音、ほのかゴム手袋の味、

「〇番から〇番まで斜線、〇番CO、〇番から〇番まで斜線」

と言われながら、歯を見られているとき

脳がグワッグワッと上に波打って飛び出そうな感覚になる。

当時あるあるだと思って友人に話しても共感は得られなかった。

大人になっても歯医者に行く度にこの感覚になる。

これは何なんだ。

YouTubeによく上がっている歯医者のASMRを見ても同じ感覚に襲われる。

脳イキだとも思ったが、

絶頂はしてないし、興奮状態でもない。

脳が飛び出そう、それ以外の感情はない。

もし同じ感覚が起きる奴がいるなら、分かち合いたい。

2023-10-10

女は下腹部がいい

だんだんとたるんでいるお腹の肉が、ウエストの下側でぶにゅって自己主張し、ゆるくたなびいているのがいい

夜はセックスがいい

ゴムありは、言うまでもない

ゴム無しもやはり

尿が多く乱れ飛んでいるのや、また、ほんの一滴二滴と、ほのかシーツに跡があるのもよい

シーツがぐっしょり濡れているのも格別

2023-09-21

anond:20230921163032

アボカドを押さずに買うなんて

子供を作るかどうか話し合わず結婚するようなもの

硬い中にもほのか弾力があれば食べられるし

ヘタの周りが柔らかいのは地雷

2023-09-17

スプラトゥーン3の1周年記念フェス運営数字操作の疑いについて

前置き

2023年9月スプラトゥーン3の1周年記念フェスリーダーにふさわしいのは?」において、中間発表で出された数値や状況に不自然さを感じて、内容を書き留めた記事となります

個人的プレイしていた側からすると、運営数字操作しているだろうという疑念は真っ黒に近い印象ですが、大げさに騒ぎたいわけでもありません。(心には強い不満がありますが)

ただニンテンドースプラトゥーン部門の人が、ゲーム不正利用を許さな立場であるにも関わらず、もしフェスの数値を操作してプレイヤーを欺いているのなら納得がいきません。

この疑いが黒だったとしてもスプラはやりますが。好きだからこそ黙っていたくなかった、そんな感じで書いてます

  

数字操作があっても、金銭的な被害が生じてるわけではありません。とはいえプレイヤーを欺くような数字表示はよくないと考えます

※参考動画投稿者さんは敬称略とさせてもらいます

※長文でまとまりわるいかもしれません。長いお気持ち表明と見てください。。m(_ _)m

  

  

疑念のはじまり

中間発表で、下記の33%ずつ勢力拮抗するという数値を見て、「え?そんなきりのいい数になったの…?」と、不思議に思ったことがはじまりでした。

フウカ派 33.80%

ウツホ派 33.11

マンタロー派 33.09%

ありえないことではないけど…。1周年記念フェスでこんなにきれいに3等分されるとは出来すぎかと。

スプラトゥーンは「333倍マッチ」など3にこだわりを見せた部分があるため、偶然ではなく作為があったのでは?、と疑ったわけです。

  

  

疑念の詳細

フェス1日目終了後、中間発表がされますが、そもそもこのパーセンテージが何なのか、実ははっきりしない問題も含まれていました。

フウカ派 33.80% で1位とは、何で1位だと思いましたか

私は長らく「中間時点の得票率」だと思っていましたが、それだと今回のフェス実態に合わないのです。(後述)

また、ニンテンドーWebサイトより中間発表の数字が何なのか問い合わせしてみましたが、

「恐れ入りますが、『スプラトゥーン3』を含め、ゲームの内部的な設定や詳しい内容、製品の開発や仕様意図などについては、個別にご案内を行っておりません。」

と回答され、教えてもらえませんでした。

  

得票率かそうでないかも回答できない…? それも少し不可解ですが。。

そのため、中間発表が「得票率」の場合と、「得票率ではない数値」の場合とで分けて考えます

(あと他の疑念記載します)

  

  

中間発表が「得票率」だとおかしい点

3陣営勢力拮抗してると見えるけど、実態はそうなってませんでした。

ウツホ派で参戦した自分はフウカ派としか対戦が発生せず。

この記事後半に書いた「マッチング状況の検証」でも、フェス1日目からウツホ派・マンタロー派は、ほぼフウカ派としか対戦しない状況とわかります

これだけでも33%ずつの得票率になったとは考えられない。

  

また別視点でも数字で異常が見られる。

中間発表が得票率33%ずつだとすると、下記の最終の得票率になるのがそもそも難しい。

最終の得票率

フウカ派 55.18%

ウツホ派 17.73%

マンタロー派 27.09%

  

もしフェス2日目で残り半数のプレイヤーが参加陣営投票をすると仮定すると、フェス2日目だけの投票率は下記である必要がある。

フウカ派 約76%

ウツホ派 約3%

マンタロー派 約21%

  

1日目までは33%ずつの均衡があったのに、2日目が激変することになる。

全国規模の集計でこんな異常な変動がありえるのか…。

  

また、1日目までにプレイヤーの約55%以上がすでに投票済みだとすると、

ウツホ派は2日目の投票率が0%としても

1日目33% → 最終約18% の変化が起こり得ない。(私の計算力によれば)

そういう訳で、中間発表が得票率というのは無理がある、と考える。

  

  

中間発表が「得票率ではない数値」だとおかしい点

得票率以外で33%ずつ分かれそうなのは、バトルの「こうけん度」になるけど。(ホラガイ獲得率はもう最終値が出てるので)

最終のこうけん度はチャレンジオープンで別々に集計するけど、中間ではまとめた表示にしてるということだろうか?

こうけん度だとして、中間ではそう表示しない理由はなんだろう?

こうけん度の状況をみて、2日目に投票先を決めるプレイヤーがいるかな? 参考にしたいのはやはり得票率で、多数派投票するかどーかがプレイヤーの気にするところではないだろうか。

…という訳で、得票率ではないとするとそれも納得しがたい。。

  

  

③ホラガイ獲得率の奇妙な点

間中レベルアップすると、ホラガイ1コもらえてガチャが回せる。

ホラガイ獲得率が、下記のどちらだろうかとも考える。

(A)1人あたりの平均ホラガイ獲得数

(B)陣営ごとの合計ホラガイ獲得数の比率

  

(A)の場合、単に平均ホラガイ獲得数を発表すればよかったのでは…と思う。

ここからさらパーセンテージにするのが奇妙なかんじ。

何に対する割合?ってね。

3クラスの平均点を比較するという例を考えると、

Aクラス平均80点、Bクラス平均90点、Cクラス平均70点 のデータを、

A33%、B38%、C29% みたいな見方するかな?(あってもいいのかもしれないけど)

  

(B)の場合、ホラガイ獲得数は個人プレイ時間で変動するでしょうが、全体的に見れば各陣営参加者の数に依存する部分が大きいはず。

200人のプレイヤーが獲得するホラガイと、100人プレイヤーが獲得するホラガイだと、前者がほぼ勝つと思う。

プレイ時間を長くすればホラガイ増やせるけど、多数派にも長時間プレイヤーはいるのだから

ウツホ派は最終得票率約18%ながら、得票率55%のフウカ派にホラガイ獲得で勝っている。

3倍の人数差でよく勝てたね…となる。

ホラガイ獲得期間はフェス本番とは別だから、最終得票率で考えるべきではないかもしれないけど。

  

  

※※※ 以下は参考データです ※※※

  

  

フェス日程

前哨戦 (ヨビ祭) たぶん9/1(金) 17時~9/9(土) 9時

 ヨビ祭結果発表 9/9(土) 9時

本祭1日目 9/9(土) 9時~9/10(日) 9時

 中間発表 9/10(日) 9時

本祭2日目 9/10(日) 9時~9/11(月) 9時

 フェス結果発表 9/11(月) 11

  

※詳しくはゲームWiki参照

https://wikiwiki.jp/splatoon3mix/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%B9

  

  

マッチング状況の検証

2人の配信者の配信アーカイブから、どのような対戦が発生したかカウントしてみました。

ウツホ派・マンタロー派で参戦すると、ほぼフウカ派との対戦になっていて、フウカ派が多数と推測できます

  

参考配信

2023/9/9

ほのかゲーム部屋 「ウツホ派 すりみ連合フェス 高校生ほのかスプラトゥーン3実況」

https://www.youtube.com/watch?v=7t4IZGCut94

ウツホ派 で参戦した結果

VSフウカ派 26

VSマンタロー派 0

(VSウツホ派 0)

  

参考配信

2023/9/9

メロン 「【フェス一周年記念フェス!!8連続一傑目指してがんばる 【スプラトゥーン3 】」

https://www.youtube.com/watch?v=afyQ8SsH3Yc

マンタロー派 で参戦した結果

VSフウカ派 33

VSウツホ派 6

(VSマンタロー派 0)

  

ほのかゲーム部屋の前半で色が異なるのはゲーム内の色覚サポートによるもの。(57分から色覚サポートOFFにしてる)

多数派のフウカ派はマッチングであぶれるので、フウカ派同士での対戦が発生します。(他の配信者の動画で見ました)

  

  

ヨビ祭結果発表

ヨビ祭 ホラガイ獲得率

フウカ派 32.49%

ウツホ派 34.65% (1位/ +7p)

マンタロー派 32.86

  

参考動画

2023/9/9

黒霧にいろChannel 「【速報】第9回フェス開始!ヨビ祭ホラガイ獲得率1位はまさかのあの!陣営!【スプラ3】【splatoon3】【スプラトゥーン3】」

https://www.youtube.com/watch?v=tauqas84WS4

  

  

中間発表

フウカ派 33.80% (中間1位)

ウツホ派 33.11

マンタロー派 33.09%

  

参考配信

2023/9/10 (フェス2日目)

ティラミスちゃんねる 「スプラトゥーン3 1周年ってヤバすぎだろおおおおお【生放送】」

2分35秒から

https://www.youtube.com/watch?v=gw8YLiJVEik&t=155s

  

[会話部分] ※パーセンテージが何の数値かは示されてない。

フウカ 「さてさて、フェスも大づめ後半戦! ここらで中間発表とまいりやしょう!!」

ウツホ 「よっ、ホホジロ屋ー!」

  

フウカ 「ここが天下分け目のナンタイ山! 現在の1位チームは~?」

マンタロー 「エイ…(ゴクリ…)」

  

ウツホ 「てけてけてけてけー…」

マンタロー 「エイエイエイエイ~…」

  

ウツホ 「ぽん!」

マンタロー 「エイ!」

(上記の数値が画面に出る)

  

マンタロー 「エ゛イ!(ボクらのチームが1位だと思ったのに~!)」

フウカ 「ンフフ♪ なんや悪いなぁ ウチらがこのまま勝ってしまいそうやわ~」

  

ウツホ 「ええい、チーム全員 ワシを信じてついてこい! こっからはトリカマッチが解禁じゃー!!」

マンタロー 「エイッ!(力を合わせて逆転しよう! 勝負最後までわからないよ!)」

  

  

最終の結果発表

  

①ホラガイ獲得率 (ヨビ祭の分)

フウカ派 32.49%

ウツホ派 34.65% (1位/ +7p)

マンタロー派 32.86

  

②得票率

フウカ派 55.18% (1位/ +8p)

ウツホ派 17.73%

マンタロー派 27.09%

  

③こうけん度 (バトル結果/敵陣営に勝ったときにもらえる数字)

オープン

フウカ派 33.51% (1位/ +12p)

ウツホ派 33.13%

マンタロー派 33.36%

  

チャレンジ

フウカ派 29.83%

ウツホ派 34.82%

マンタロー派 35.35% (1位/ +12p)

  

・トリカマッチ

フウカ派 34.06% (1位/ +18p)

ウツホ派 32.48%

マンタロー派 33.46%

  

合計 (①+②+③)

フウカ派 8p+12p+18p = 38p (フェス勝利!)

ウツホ派 7p

マンタロー派 12p

  

参考動画

ネプサティ 「スプラトゥーン3 1周年フェス 結果発表!」

https://www.youtube.com/watch?v=u0-_KAK2Yj8

  

※③こうけん度の補足

多数のフウカ派が稼げそうに見えるけど、フウカ派はウツホ派・マンタロー派との対戦で勝たないとこうけん度はもらえないので、多数だから有利でもないです。

  

  

最後

自分はこれまでほぼフウカ派でフェスをやっていて、ウツホがかわいそうになったときウツホ派に投票するくらいでした。(今回でウツホ2回目かな)

本当はもっと気分よくフウカ派で参戦したかったんですけどね…。

  

フェス数字については、今回に限らずずっと昔からおかしかったんじゃないかという気もします。

ただ確認できる情報がないし、そこまでする気もありません。

今回は状況が不自然すぎたので確認時間使いました。

  

アンケート系の運営による結果の操作は、あちこちであるのかなとは思います

このキャラを1位にしたいとか、僅差の勝負や逆転劇を見せたいとか。

でも小学生とかが学校アンケートでそんなことやり出したら悪夢だと思うし、子どもプレイヤーも多い世界であたり前のようにやってほしくない。

(子どもの話は付け足した蛇足ですが)

  

スプラトゥーンとてもいいゲームなので、こんなこと考える必要がないようになってほしいですね…。

  

見直しはいますが、書き間違いなどあったらすみません

匿名ブログをはじめて使いますが、使いにくい…。メモ帳の内容をポンとコピペたかった。。

  

(おわり)

  

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