はてなキーワード: アルバイトとは
(元ネタ:http://www.bengo4.com/bbs/read/104409.html)
当時大学に通いながらアルバイトをしていた私は、家族の紹介で都内のある会社(A社)が主催する所謂自己啓発セミナーにボランティア・スタッフとして参加しました。
当初ボランティアの内容はセミナー当日に会場を設営するなど簡単なものでしたが、1年ほど続けた頃、A社の社員から営業活動を求められました。具体的には、A社が指定した人物を勧誘したり、説明会を企画して人を集めるといった内容でした。
加えて、セミナー申込のキャンセルを少なくすることも活動の一環でした。A社としては申込みはあくまで任意としていますが、実際は強引な勧誘も多々あり、後日キャンセルを申し出る人は多いのですが、そうした場合に再度説得することもボランティアの活動でした。
申込数やキャンセル率には目標があり、達成できないと叱責されることもしばしばありました。そもそも昼間は大学に通っていますので、ボランティアは夕方以降の参加となり、叱責が深夜に及ぶこともありました。
ボランティアを続ける中で、私自身もセミナーに参加するよう求められました。勧誘してくる者が身内ということもあり、断れずにいくつか参加しました。セミナーの基本的な内容は講話と「シェア」と呼ばれる参加者の内面の吐露、ロールプレイングのようなものなどで構成され、3〜4日間、2時間に1回30分程度の休憩をはさみながら朝8時〜夜8時まで行われます。上級のセミナーになると週に1度、夕方に2〜3時間程度を2ヶ月続けるというものもあります。
上級のセミナーを開始後しばらくしたある日、全く何もする気の起きない日が続くようになりました。後日、大学のカウンセラーのすすめで精神科を受診し、うつ病と診断されました。大学は留年、アルバイトは休職扱いとなり、1年間を療養に費やしました。
発症の時期や精神的ストレスの度合いを考えれば、A社での活動がうつ病の引き金となった可能性が極めて強いと思うのですが、責任を追求することは出来るのでしょうか?
ちなみに、セミナーに参加する際には「セミナー中、過度な精神的ストレスを感じる場合があり、自己の責任で参加する」旨の同意書に署名を求められます。
某サイトに掲載されたコラムが発端となり、ブログ・SNSに飛び火し、基本的に若者は恵まれているというスタンスで進んでいる論調。
現在の社会はインフラが高度で合理化され、過去の自分たちが費やした苦労や時間とは比較にならない容易さで、クリック一回で実行できる社会。
そこで高い代償を支払わずに、ゆるい連携を持って生活する若者は恵まれている、しかし熱が感じられないので、過去の経験から「夢」と「積極性」を持つことをアドバイスする。
という点、過去は苦労したが未来は明るいという楽観的な先入観はもう通用しない時期に来ているのに、発展した未来のインフラや生活様式に気を取られ新たに発生した問題が見えていない。
見えていないというより「更に発展した未来で解決可能」又は「過去の苦労に比べればやさしい問題」と考えているのでしょうか。
社会基盤が発展すれば、価値観や生活水準が変わりますと言えば、誰もが同意するでしょうが、負の発展(規模の縮小)は誰も経験していないのです。
例えば90年代まで若者のアイテムとして誰もが持っていた車、車離れが叫ばれて久しいですが、都市に住んでいる若者における車の必要性が低下し、代わりに携帯電話とPCを持つようになっただけです。
しかし車の購入・維持に比べれば遙かに購入が容易な端末なのに、PCを持っていない人が大勢いる。00年代初頭における我が国のITインフラ整備率は世界一位ですが、現在は目も当てられない状況です。
PC購入するだけの収入がない若者は携帯で何をしたか、現在ではスマートフォンでかなり情報収集が便利になりましたが、ガラケーと呼ばれる国産端末におけるネット探索能力は前者と比べると劣悪で、利用者は検索エンジンで何かを調べるというより、遙かに狭い範囲でしか活動できなかった。新聞も購入していない、TVも見ない、社員として収入が確保できる30代以上は例え不慣れでもPC位なら即金で購入する事が出来るので、ある程度のリテラシーを培う事が出来ますが、その機会さえも与えられていない。結果情報を持つ人と持たない人の間の格差が広がる。所得が低くなっても相対的な幸福度は昔より高いという人は、かつての新聞とTVから情報を得ていた経験から言うのでしょうが、インターネットで必要な情報を素早く調べて理解するというのが基本となった世の中で、流動的な情報ニュースより固定化されている公的・私的な各制度のアクセスにおいて絶望的な差が生まれている。利益が1与えられるか99与えられるかの差でなく、0か100かの差で生きなくてはいけない。この問題に最初に晒されたのが現在の20代後半。
今の大学生はPCを所持することを半ば義務化されていますが、業務で使用できるレベルでOfficeを使えると認定される資格を持っている人は、2割居ないでしょう。ですが、職安に出されている求人のほとんどはOfficeを最低限使える人間を求めている、でも資格を取れるレベルで教えてくれる高校や大学はほとんどない。高卒は自力で学ばないとスタートラインにさえ立てない。しかし採用基準は厳しくなったのに、現在働いている社員になんら教育を施さない、Excelで文章作成する事の何が悪いかのかさえ分からない。
収入は、小泉改革以降合理化され、事務職は派遣で構成され収入は捨扶持レベルの15万円程度、それでも仕事があればマシと言えるかもしれませんが、今後は労務環境の国際化によって事務職そのものが国外に外注されるのは確実。そして発生する人口減による国内市場の縮小、70年代に隆盛を誇った着物業界の現状の様な事態が各分野で発生するでしょう。
中年が考える未来は必ず発展し、解決されうるものとして存在していますが、今後の日本が進む道はその真逆としか言いようがない。中流のホワイトワーカーは営業を除いて全滅し、高所得者は移民の導入を要求する、対して単純労働者は仕事を取られまいと反対に回る、すでに同じ事が発生している会社もあるでしょうが、これが社会全体で常識となるのに何十年もかからないでしょう。
更に合理化され、余計な費用を払わずに生活できる世の中、しかし収入は少ないのに、最低限のインフラをそろえないと就職さえままなならない世の中、企業では仕事を一から教えてくれないので、自費で各種の専門校に通い勉学する日々、収入のすべてをつぎ込んで遊びなんて全くできない20代、当然お金が足りないので脛を齧れる人は脛をかじり、齧れない人は何年もアルバイトをして費用を捻出して、職歴なしというハンデを背負い戦う。大人は新卒ですぐ就職することが全てでないと高説を垂れるが、そんな人間を雇う気は無い。
昔あった問題と今の問題、問題という意味では等価値で、その大きさは当人には判別できない。過去にとらわれているのはどちらだと。
戦前に生きていた人達は、次の世代に多くの機会を与えましたが、その世代は次の世代に機会を与えない。というのは言いすぎですかね。
胃が痛い。今また、あの頃のことを思い出すような状況で胃が痛い。
新卒で正社員として就職した会社は中小だったけど、ひょんなことから経営陣との距離がとても近い部署に配属された。
お偉い上司と二人きり、ほぼマンツーマンのような状態で仕事を行なう。まさにバディ状態。
新入社員が突然お偉方を相手にする訳だから縮み上がった。やっていけるのか自信もなかった。不安で一杯だった。
でもマンツーマンだからこそなのか、上司の人柄か仕事への姿勢の所為か、
何をするにしても報・連・相、それに確認から細かい指示に至るまで、
あれやれこれやれと口頭でギャーギャー言われる。それに答える形で自然とこちらの口数も多くなる。
気付けば上司とは密にコミュニケーションするようになっていた。
上司とはお互いそれなりに心を開けていたのではないか、と思う。
そのうち偉い立場だからこそ苦労している上司の素顔も知った。懐の深い人だった。
上司は何とか改善しようと思いつきで新しい要求を押し付けてくる。
誰も使い方のわからない、機能しない新しい提出書類の種類だけが増えていく。
そんなその場凌ぎの思いつきに応えられるほどこちらの余裕もスキルもなく、
軽口のつもりかもしれないが、上司が自分の同期のことを悪く言うのも許せなかった。
今にして思えば、この時一度きちんと話し合うか、他の部署の上司にでもいいから相談するべきだった。
結局堪忍袋の緒(とはちょっと違うけれど)が音を立てて切れ、
誰にも相談せずに一人会社を離れる決心をして、飛び出すようにして転職した。
でも後悔先に立たず。この会社での仕事の仕方は自分に合っていたのか、染み付いているのか
結局この会社、この上司が自分にとって一番だったのだと後々思うことになった。
転職先は大きな会社の子会社だったが、前の会社に比べるとかなり堅い会社だった。
制服有り、5分前着席。始業時と終業時、休憩時にチャイムがなる。
インターネットも閲覧規制がされていた。トイレ休憩すら気軽に行き辛い雰囲気だった。
そして自分はかつて学校が苦手な、いつも学校から浮いているような生徒だった。
派遣の社員が多かったこともあり、正社員ということも大きな足枷となった。
○○さんは正社員なんだから頑張ってもらわないと、この仕事もやってもらわないと、
引き継ぎは直に辞める派遣社員からだったが、その人から教えてもらった仕事の細かいノウハウは
「貴方は派遣ではなく正社員なのだから」ということで通じないことが多かった。
配属された班はあまり口数が少なく、そもそもこの子会社そのものが親会社に引け目を感じて
小さく小さくなって仕事をしている感じだった。
無論、社内(社内は親会社と繋がっている)での自分の立場も小さくなって過ごさなければならなかった。
上司や周囲からの指示はポストイットでの伝言や、メールで行なわれることも多く
無駄口や世間話一つするのも妙にこそこそとしてしまい、周りの目が気になった。
総じて会話が少ない職場だった。生のコミュニケーションの不足を感じた。
取引先に配布するカレンダーを巻く向きが表裏逆になっていたのだった。
そもそもカレンダーを巻いて取引先に配布すること自体、自分には初めての経験だったので
何度も周りの人にやり方を確認して注意を払ったつもりだった。
でも、何故か表裏の向きを間違えたまま自分一人で山のようなカレンダーを次々に白い筒状に巻いて行った。
「やっと全部巻き終えた!」一仕事終えた次の日、机にメモが載っていた。
隣りの席の営業から、「カレンダーの向きが違うから全部巻き直してほしい」との伝言が書かれていた。
隣りの席の営業とは、それなりに親しくしているつもりだった。
カレンダーの配布も既に始まっていた。
ならば何故、もっと早くに、直接口頭で言ってくれないのだろう。
そう思うと何とか堪えようとしても、どうしても涙が止まらなかった。
途方に暮れながらも、半分泣きながらも、全部のカレンダーを正しい向きに巻き直して行った。
心の中にぽっかり穴が空いたような気がした。
それから。
会社にいても、始終極度の緊張状態にいた。
緊張し過ぎておしっこが近かった。行ってもまたすぐ行きたくなる。
誰かに監視されているような気がして、常に気が抜けなかった。
常に息苦しく、ゼエゼエハアハアと呼吸をしていた。
毎日なんとか耐えて、8時間座りっぱなしの時間をやり過ごした。
そのうち胃にポリープが出来て、身体は極度の緊張状態が毎日続くものだから
背中の筋肉が肉離れを起こしたり、座骨神経痛で夕方まで座っているのが難しくなった。
腰が痛くて、ただベッドから動けず横になっていることしか出来なかった。
もうこの会社にいても自分が出来ることは何もないだろうと思い、結局会社を辞めた。
今。フルタイムでの勤務はもう自分には体力的に出来ないだろうと思い、
けれど、この会社もポストイットやメールでの指示や伝言が多い。
それはそう教わったのだけれど、とかそもそも違う人が作業した部分なのだけれど、と心の中で思う。
そして、何故目の前の席にいるのに面と向かって話をすることが出来ないのだろうか、と思う。
小さなことでも声を掛け合い、コミュニケーションの積み重ねで互いをより理解し、円滑な作業に生かす。
それはそんなに難しいことなんだろうか。嫌がる人の方が多いのだろうか。
いつも賑やかで活気のある職場は夢やフィクションの世界だけなんだろうか。
今は頑張り所なんだろうか、それとも早めに見切りをつけるべきなんだろうか。
10代の頃から実家を出て、目指している処にひたすら近づこうとがむしゃらに努力した。
結果、小銭程度は稼げるレベルになったがとてもじゃないがそれ一本じゃ生きて行けない。
年齢的に別軸のスキルを磨かないとこのまま詰むのが見えてきたのが23。
でも目指す処を諦める踏ん切りがつかず、中途半端に続けながら同時に生きるためのスキルを磨いていた。
自分のことをよく知っている人間からは、「すごいね」「良かったじゃん」「好きなことしてるお前はいいよな」等々、
「でしょ」「やっぱ好きなことしないとね」と当たり障りのない返答で受け流していたが当事者としてはそれどころじゃなかった。
一日でも早くソレで生きていける安心・自信みたいなものが欲しかったから、ソレがない現状、毎日が不安と将来への恐怖で一杯だった。
仲の良い友人達と数年ぶりに飲む機会があった時、「クリスマスは彼女(彼氏)かな~」
その時は、純粋に「いいなぁ」と思えたが今なら「脳内お花畑だなぁ」と思うだろう。自分は嫌なヤツになった。
そんな焦燥の日々に疲れたのが25歳。
その頃は今まで目指していた処のコトは考えるのはやめ、現実的に別軸のスキルに全力を注いだ。
結果その業界で細々と生きていけるだけのスキル・諸々は得られた。
アルバイトから正社員へ。今まで欲しかった安心が少しだけ貰えた。
だが、数年勤めてそこを辞めてしまった。
その会社は典型的な搾取システムで、実働の若い世代を言葉で騙し、釣って、飼い殺し、捨てる。
上の役職は長いスパンで変わっていないのが納得する会社だった。「どこの会社もこんなもの」と折り合いが付けられなかった。
そんな会社でも人間性が保てている人、尊敬できる人に出会えたので感謝するべきなのだろうが、あそこの人間とはもう関わりたくない。
それからそこを辞めたタイミングでニートになった。墓まで持っていくであろう汚点も作った。
このままじゃ駄目だと思った。だから出来るだけ深く深く、自分を内観した。
今までのスキルはあまり活かせないが、やりたい事が見つかった。
そして、色んな人達のおかげでアルバイトだがなんとか社会復帰できた。
そして必死で働いた。自分の時間はなくて当たり前の日々だった。
ある日仕事を任された。興味があったしやりがいがある。本当にやりたい仕事の範疇だが、それではやりたい仕事のスキルが伸びないのでいつか見切りをつけて、
責任も増えた。
だが失敗した。「自己研鑽が足りなかった」と答えは出ているが、その時間を作れなかった。
そんな事を考える余裕すら無かった。
今念願のやりたかった仕事をしているが、本当にやりたかった仕事なのか疑問に思えてきた。
「逃げ・甘え・危機管理能力の無さ・青臭い」色んなことが頭をよぎる。
なんか疲れた。
今日できないアルバイを首にしたのですがほんとによかったのか今も悩んでます。
理由は勤務態度が悪かったためです。
悪いといってもお客さん対してあまりいい印象を与えないといった程度のものです。
言われた仕事はキチンとこなしていました。
以前から仕事に対してあまりやる気が無くやめてもらおうか悩んでいたのですが、
今日勤務中にお客さんから見えるところで携帯電話をいじっていたのが直接となりやめてもらうことになりました。
携帯電話については以前軽く注意したことがありますが、勤務態度について今まで面と向かって叱ったことはなくその子からしたらとても急なことだったと思います。
クビを告げられた時は呆然として涙ぐんでいました。。
私自信部下をもった経験がほとんどなく、自分より下の人への接し方に悩むことが多いです。
やはり一度面と向かって話をし、アルバイトの成長を促すべきだったのでしょうか。
小売業でアルバイトをしていた(今は大手メーカー正社員)のだが、そこの店で、月に一度ぐらいの頻度で、私より二回りほど年をとった男性に接客することがあった。
その人はヒゲを生え散らかし、何年も着古した服を何枚にも重ね、いかにも無職ですというオーラを振りまいていた。
彼に接客していると、よく話が他へ外れた。おそらく、話し相手もいなかったのだろう。
なんだかんだで不況なので、そういう話題になることが多かった。話の背景から察するに、リストラ組なのだろう。
まだ就職も始まってなく、当時は特に就職氷河期とも呼ばれていなかったが、不安であることは間違いなかった(その不安は杞憂だったが)
そして私は数十年後の自分を彼に重ねていた。
あの人は今も生きているのだろうか。
将来が暗いニュースや、若者が辛い時代になると言う世論も多いけど、良く考えたら悪い時代では無いんじゃないかと考えた。日本のバブル時代や、バブル中の国と比較すれば、もちろん見劣るし夢も萎む。
日本はすでに人口オーナス(人口も減り、老人が増え働き手が減る)であり、成熟国に入っている。
人口ボーナスがあり、発展が途上の国と幸せのあり方を、一緒に考えてはいけないのでは。
ガンガン物を手に入れて幸せになる時代ではなく、持っている物を楽しむ時代であると感じる。
もちろんバンバン働いて、金や物も手に入れて幸せになることも正しい。
ただそれを、バブル期や発展途上国のように、絶対的な物差しとしてはいけないと考えた。
約2010年の日本人が普通(8割ぐらいの人は)に持っている物は、
・贅沢はできないが、安心で好きな食べ物やおいしい食べ物を入手できる環境
・ガードマンはいないけど、安心して外出でき夜中でも襲われることのない日常
・100%保証ではないけど、安心して通院できる医療制度や腕利きの病院
・費用負担はあるけど、十分使えるパソコンに、自由なインターネット環境
・住んでいる地区にもよるけど、お金をかけなくても楽しめる観光や旅行や遊ぶところ
・他にも、漫画、アニメ、映画、SNS、2ch、はてな、Amazon を嗜む環境etcetc
は大体の人が持っていて、無駄遣いしなければ月10万あれば、この暮らしができる
(例:家賃5万、デリカ250円×3=750×30=22500、ネット3000円、その他10000円、貯金10000円。かつかつで)
月10万なら、資格や能力が何も無くても、特殊な問題を抱えていなければ、ある程度
年齢が越えていても、コンビニ等の働き先は、いくらでもあるんじゃないかと。
さらに8割以上の人は、18万以上稼いでいますよね。
何も無い人が、簡単に月10万稼げる国は、世界でも少ないはずで、
いやいや、今の時代はつらいよ。原発、老人介護、医療、年金etcと、これから大変だよ。
患者150万人のうち15万人が死亡。
世界恐慌に加え、冷害・凶作、昭和三陸地震や津波が続き、身売り、欠食児童、行き倒れ、自殺などが激増して悲惨な状態
生活はどんどん制限
生活はどんどん制限
3500人死亡
約30万人が死亡
日本は300万人が死亡
今は戦争も日本ではないし、食べ物はあるし、病院もあるし、すごい良い時代だ。
人口ボーナスがあり、発展が途上の国の幸せのあり方だったと思う。
これは悪くない時代だったはず。
で僕らは、獲得する幸せは感じないけど、1950年代の人が、全力で手に入れた物を
僕達が今後いきる世界は、今あるものを十分に楽しんで生きれば良い。
つか、ネットがあると、それだけ十分楽しめるよねって話でした。
若者の意識や離職率に急激な変化は見られない。企業側の採用行動の変化により、希望通りのコースを歩めないというのが事実である。働く意志がある人間がなぜ働けないのかという観点から、企業の側の原因が指摘されてきた。これを、働く意思の存在しない、特異な傾向を持つ集団にフォーカスすることによって若者が甘えているからいけないのだ、と「問題のすり替え」が行われているのがニート問題(あくまで2005年段階の話です)。実際は、たとえニートを働かざるをえない状況に追い込んでも働くことはできない人が多数いることが問題。
しかもニートの中でも「刹那を生きる型、つながりを失う型、立ちすくむ型、自信を失う型」の4類型が確認されているが、このうち「刹那を生きる型」のみに焦点が当たっている。ニートについてすら正確に理解されていない。ニートですら甘えが本質問題ではない。
高度に専門化した現在の職業状況では、最も多いと言われる文系のフリーターがちょっと訓練さr他程度では使いものにならない。それゆえ彼らはノースキルでもなんとかなるアルバイトや派遣社員を選択せざるを得ず、また企業側もそうした使い捨ての人材を欲するという構造的悪循環。しかもこれを放置していると潰しの聞かない人材を多く抱えたフリーター世代が後世で日本社会の大きな負債となる。
そもそも若年層の就業問題とは、既得権益を有した、特に男性の年長世代が、相対的な弱者としての若者にたかる構造だったのだ。若者はそうして保護された親の既得権益にたかりかえしているのであり、あくまで「たかりあい」の関係。この認識ができていないと議論が進まない。
自己責任原則は、一方で国や企業に頼るなといいながら、あらゆる長期計画(安定性)を放棄せよというダブルバインドなメッセージを発している。若者たちはこの分裂したメッセージに対処するために、やりたいことを目指しながら、現在の状況をそのまま受け入れるという宿命論を招き入れざるを得ない。結果、不断の躁鬱状態に置かれることになる。
同い年だと年収も同じくらいだからね。その点、年下アルバイトみたいな女の子だと
自分より年収低いと思われるのでオススメです。経済的格差を求めてる女性はいるのよね。
どう知り合うのか、ってハードルはあるけど。
といっても、下請けなので、アルバイトを雇ってきて、ライターさんにデスク業務をお願いしながら、映画やゲームの情報をおカネを貰って書く、あるいは2ちゃんねるまとめサイトにに情報を流させるとか、あるいはサイバーエージェントさんの仕切ってるブログに芸能事務所経由で情報を掲載してもらうとか、そういう業務。
最近騒がれたというのもあるけど、そういう方面に広告を依頼すると依頼したことがバレてしまうのではないか、ということで警戒するクライアントが増えました。個人的には良いことだと思います。でも、あまりネットでも指摘されないのは、どういう経緯でそういった依頼が来るのかということ。
うち以外ではいろんなルートがあるのかもしれないけど、うちの場合は出会い系をやっていた仲良しの会社さんから、ウェブマーケティングをやっている会社が中卸をしていて、その先は末端の営業をする代理店が取ってきているらしい。らしい、というのは、どうもリクルートの下請けだけでは喰えなくなった会社さんが、そういうステマを商材のひとつにしたり、SEOで名前を売ったけどその後売上がさっぱりの会社さんがSEOやリワード広告と抱き合わせで売っているそうで。
実はやってる私たちも良く分かりません。
一応、私なりに頑張ってどうやったらステマでどのくらい効果が出ているのか調べようとしたり、同業者からの情報収集は怠らないようにしているんですけどね。
ただ、やっぱりみんな嫌悪感を持っているのと、その割にリピーターがちゃんとあるのを考えると、それなりの効果があって、見合うからこの仕事が減らないのだろうなあと。たまに、マーケティング目的で自社で適当にデザインしたヲタ向けグッズとかステマで売ってみたりしていますけど、二千万ぐらいが天井で、あんまり儲かりません。手間を考えるとそこそこといったところでしょうか。
アフィブログ、まとめブログの周辺は、本当に友達付き合いの世界というか、誰でもやれば儲かるというものではありません。
仕事を取ってきてくれる仕組みの中に入らないと、本当に単なるPVのいっぱいあるアフィブログになってしまいます。
やっぱり老舗は強いってことですが、私たちのような下請けからするとステマのビジネスの全体像が良く分からないので不安です。やっぱり【広告】などと入れるようにしたほうがいいんでしょうか。
http://anond.hatelabo.jp/20111230232131
私は女性だけど、父親から「誰が稼いだ金で生活してると思ってるんだ?」と毎日言われたから、とっとと就職して独立したかったよ。親がやってくれたことと同じことを子供にしようとは思わない。
夫婦で稼げる精一杯のことをする。そして、子供に「生まれてきてくれてありがとう。私の宝だ」と言いながら育てる。
貧しくても穏やかで、誰も怒鳴らない穏やかな家庭を作る。
子供が「親に迷惑かけてごめんなさい」と思わなくてもいいような家庭であれば、お金なんて生き延びられる程度にあればいい。進学したかったら、奨学金とアルバイトで大学まで行ける。
たしかに私は無職です。この年にしてアルバイトというのは親不孝も甚だしいと思っています。
ですが、誰しもがみなさんの言うような「まっとうな社会人」にはなれるわけではないのです。
皆さんの記憶の中に、進路を失敗した、受験で挫折した、いい大学行ったけどいい企業には入れなかった、そんな人はいないのでしょうか?
そもそも、まっとうな社会人とはなんでしょうか?
ご子息の配偶者にとってふさわしい、他人に紹介しても恥ずかしくない人、ということでしょうか?
まっとうな、という言葉が係っているのですから、当然、まっとうでない社会人というのも、あるのでしょう?それは、どのような人を指すのでしょうか?
今いる人間は追い出される可能性がある
追い出される可能性があるのに頑張って仕事をしようとする人はおそらくいない
生産性が低下し、売り上げも落ちる
法律で強制したとしても売り上げが落ちることは回避できないから裏でやり続けるだけよ
(平社員やアルバイトだったら変わりはいくらでもいるから補助金でも与えれば解決するだろうけど、上位クラスの人間はそういうわけにもいかない)
この補助金を使えば、一時アルバイトを雇ってしのぐことも、一時的に仕事量を減らしてもしのぐことができるよね。その代わりちゃんと元の人たちを職場復帰させないとあかんよ。と取り締まる。
これだけである程度解決するだろ?
まぁそれをやれるだけの甲斐性があるかはともかく。
アルバイトでもいいから何らかの仕事をさせてあげた方が、お互いのためという気がする。
単発アルバイトだと、出荷物の振り分けとか、男女問わないのがそこそこあったと思う。
彼氏がどうしても家事がしたくないなら、まぁそれしかないというか。
多少掃除をしなくても死にはしないし……。家のことはおいておきがちになるのは覚悟の上で。
彼氏としては、家が散らかっていることに、特に問題はないみたいだし、散らかりっぱなしでもいいというなら、これくらいしか道は思いつかないかと。
ただ、絶対に女性で無ければならない出産で、職から離れるのは一ヶ月程度でしょう。
その一ヶ月のためだけに、なぜ子育ては全部女性に任せるという扱いなのか、という話の流れのつもりでした。分かりづらくてすみません。
男と女五ヶ月ずつ仕事を休めばそれで上手くいくだろうに、なぜか女性だけが職を離れざるをえなくなり、それがますます女性を仕事から遠ざける。
無論家庭に入る生き方を間違っているとは思いませんし、それを望む人はそうするのが幸せだと思います。
ただ、現状、女性に生まれただけで、全員がほぼ無理やりそこしかルートがないのが問題だと思います。
家庭に入りたい人は家庭に、働きたい人は働く、が出来るのがベストだと思うのです。
ただ、現時点で最も多いのは、家庭に入りたいけど、仕事もやりたい。ただ、どちらか片方しか選べないなら、家庭。という選択肢の選び方が一番多いと思います。
実際主婦も、もともとしていた仕事に戻りたいと思う人がとても多い。
にもかかわらず、キャリアが断絶されて、まともに仕事に戻れない。アルバイトの若いこと同レベルの軽いパートくらいしかできないわけです。
あと、そもそも家事育児のスキルが、現状お金にならずに潰しが利かないという問題もあります。
家事や子育てに向かない夫婦が、それ以外の仕事でお金を稼ぎ、家事や子育てに向いているが子育てを終えてしまった人を雇って、家事や子育てを頼む。
そういう形が一番上手くいくと思うのです。
某地方の専門学校の教員をしている。一応、地域ではNo.1と呼ばれる学校だ。
元々はIT系を仕事にしており、今はその時に得た知識を教えている。
就職予備校としての位置付けにあるとされる専門学校だが、現実社会とは大きく乖離している。
モラトリアム期間とはいえ、あまりにも目を覆うしかない現状をここに記す。
当校では担任制をとっている。
最近では大学でも担任制をとっていると聞くが、一部の大手専門学校以外では担任制は普通。
(聞いた話では某人気校は40人分しか机がないのに退学者を見込んで60人ほど合格させるらしいが)
先の連絡でもそうだが、宿題を出していない学生への対応は担任。
客観的に見て学習障害(ADHD等の発達障害を併せている事も多い)。小中高での問題を先送りした結果。
認定をされているものもいるが、大半は現実を見たくない保護者の反対で医者にすらかかっていない。
成果で評価せずに、努力の量や伸び幅(そんなにないけど)で評価する。もちろん、努力させるのは担任の仕事。
(発達障害への評価の仕方は高等教育機関に文科省が通達を出したもの。専門学校は都道府県の管轄だから管轄外だけども)
入学した以上、ムリヤリにでも卒業はさせるけど就職は難しいと思う。
先の学生のように明らかに問題がある学生は「就職辞退」させて就職率の分母を削る。
就職率は「就職希望者」に対しての就職決定率だから、「就職希望者」で無くさせるという事。
ひどい学校だと「契約社員」「派遣」「アルバイト」も就職とみなしているからなあ。
専門学校の大半は「福祉系」「IT系」。最近は公務員も多いけど。
学生が理系離れが進んできたので、IT系の募集も思わしくない。その結果、生まれたのが「ゲーム系」というジャンル。
しかし、ゲーム系は大手の学費がクソ高い学校以外ではゲーム開発経験者は限りなく少ない。
IT系の教員がゲーム系を教えていることも多い。就職はもちろん、IT系。
ゲームクリエイターになりたければ安いゲーム専門学校に行くな。大学行って、空いてる時間にバリバリプログラムをするべき。
高校までの延長だから、環境は整えてもらって当たり前。大学生は履修も自分でするし出席も自分で管理する。
それができなければ専門学校に行くしか無い。専門学校は就職したくない、勉強したくない学生の溜まり場。
専門学校の教員には教員免許が必要ない。だから、教えるための最低限の知識すら持ち合わせていない事もある。
つまり、教える教員の人格による部分が多い。もちろん、教えるスキルを身につけることも可能。
もちろん、組織がバックアップするなんてことはない。ハズレの教員もいる。
23歳高卒ニートです。起業したい。就職して企業の奴隷になりたくないことが理由です。
どんな会社をつくろうと考えた時、IT系のサービスをつくりたいと考えました。昔からパソコンだけは使い続けていて、抵抗は少ないと思うからです。
しかし技術を一切持っていません。専門学校へ行きたいのですが、経済的な原因で行けず。独学はしていますが、周りとの競争がないからか、ペースがものすごく遅い。
ゆえに、当然ですが、起業の仲間を探すサイトなども全く使いこなせません。
僕が今後どうすべきか、相談させてください。
アルバイトなどをしながら、独学をある程度までしてから、起業しようとしている人たちに声をかけるべきでしょうか。
とりあえずでも、起業に関するイベントを探して参加してみるべきでしょうか。もしそういう集まりがあれば、教えて頂ければ幸いです。
父の死後母親はスラム街を離れ、シングルマザーとして働きながら子育て。
その頃から人並み外れた商才を周囲に感じさせる異端児であった。
やがて母はよき男性と再婚。継父は氏に対し実の息子のように遇し、名門大学に進学する。
在学中に事業を興し失敗。
事業を精算せざるを得ない状況になったときに、法の力の絶大さに触れ、弁護士を目指す。
弁護士としての彼は人の三倍の仕事をこなし、テレビタレントを副業とするまでの有名人となる。
そして、大政党からの推薦を得て、州知事候補として立候補するまでとなる。
生まれ持った商才、弁護士時代に培った法律の知識と交渉術、それらを駆使し破綻寸前の州を建て直そうと奮闘する。
次第に、扇動の才も発揮していく。
しかし、それらを持ってしても彼の行く手を阻むのは、組織そのものを解体しなければならない構造的な問題、それを守る既得権益層。
この冬、州知事を辞任し、市長選挙立候補という前代未聞の奇策に打って出る。
独裁者と罵られ、ヒットラーとさえ言われながらも、圧倒的な支持を得て当選。
彼の戦いの第二章が今始まる!!
当方、長らく国立に住みこのロージナ茶房も贔屓にしておりましたが、この度店長の対応に興ざめし二度と訪れないことに決めました。
こちらのオーダー伝票は、料理名から金額まで手書きでされるのですが、どうやらアルバイトの女性が金額を書き間違えたようでした。
気づかずにそのままレジへ向かい、レジにいた店長に伝票を渡したところ・・・
明らかに金額の間違いに気付いた様子でした。(声にならない気づきと言うか、はっとした表情というか)
そのオーダー自体は良く出るもので、店長ならまず間違いようの無いものです。
例えば、生ビール500円→800円とか。
ここで、普通なら間違いを訂正し、きちんとした金額を請求するところですが...
なんとそのまま会計をして、間違った上乗せ分ごとの金額も請求されました。
(この時点で、私は間違いの内容に気付いていません)
店を出て連れに確認したところで、その請求金額の間違いを確証しました。
が、単に多く請求されたことよりも、その店長の態度があまりにも気に食わず
頭に来てしまい、戻ってそんな説明をすること自体に嫌悪感を覚えました。
たかだか数百円を多く取るために、リピーターを失い、このようにマイナスの
風評をされて、つくづく大きな過ちをしているなと感じました。
http://anond.hatelabo.jp/20100124203114
結婚することになった(ただし二年後)ので、過去の一番しんどかった自分に増田を書く。
また何かひっくりかえるようなことがあるかもしれないけれど、それでも少し人生が落ち着いたから。
・とりあえず、あなたはそのあと20人くらいに告白されます。まったくわけがわかりません。そのうち3人が付きまとってきます。
1人男の子にふられますが、そいつも付きまとってきます。ええ、あなたがふられてあなたが付きまとわれます。
そいつが残したダメージは甚大です。あなたの姉代わりの人が亡くなった日からそいつがストーカーにトランスフォームします。
ただし、ときどき恐怖で泣きながら目覚めるレベルのズンドコ見ます。
・姉代わりの人が残した子供たちの面倒を巡って、あなたは仕事を辞めることになります。
務めが決まった会社はネタレベルのブラックですし、辞めたことは後悔していません。
人間関係もとてもひどかったですし、楽しいのは営業の数字を伸ばせることだけですが、血便やら円形脱毛やら抱えます。
いろいろなことを学ぶので、それでも居る価値はあったのだと思っています。
今現在、二年目の冬、あなたの同期は半分になっています。いまのところあなたが最後の脱落者です。
たびたび奇声をあげつつわけのわからないことを主張し、物を壊しまくっています。最近はどうも自分の思い通りにならないものすべてを攻撃し始めました。
本人は「わたしは悪くない。わたしは被害者だ」と主張しつづけているのでどうにもなりません。
おばあちゃんに相談したところ、「あなたのおかあさんは若いときからああだった」と言われたのでもうあきらめた方がいいです。
・いまとりあえず「アルバイトのようなもの」で食いつないでいます。
なぜか男性同士の距離が近いので
なんだかどきどきする日々を過ごしています。
具体的には「全員下の名前で呼び合う」「股間を触りあっている」
「電話してくると“俺、●●さんの声が聞きたくなっちゃったんだ”とナチュラルに言い合っている」
「俺●●さんの彼氏になりたい、と男性同士で言い合う」などと、
軽い腐女子になったあなたにはちょっとしたいい会社です。時期安いけど。
相手はあなたと別れて踏ん切りがついて、踏ん切りがついたみたいで、今ずーっとずーっとあこがれてた職のあこがれていた立場にいる。
すごいよね。あの人ならなんだってできるのにって地団駄踏んでたのが嘘みたい。
別れた後少し話す機会があった。
「別れてよかった」「あの時の俺は増田に遠慮してやりたいことができなかった」
「ふざけんな私のせいにすんなよ」って二人で納得して笑いながら電話を切った。そのあと少し泣いた。
でもあの時みたく「あいても自分も悪いけど私死んだ方がいい」みたいな考えじゃなくて
「合わなくなっちゃったんだなあ」っていう諦めの明るさで泣いた。
また変な人です。尋常じゃなく心が広いです。具体的に言うと上に書いたこと全部知ってます。
まずあなたはデートに財布を持ってくることすら許可されませんでした。これは話し合いにより改善されました。
車のドアの開け閉めすらさせてもらえませんでした。これは話し合いにより改善されませんでした。
「料理が苦手というかわからない」という話をしたところ、話し合いにより料理教室に放り込まれました。
ただし相手は小学生から家事をすべて引き受けてきた家事マスターです。それでも出来ないのを見守る優しさもあります。
何かしてあげたいな、と思うと、ちゃんとそれをさせてくれる人です。
たぶん、がんばって一緒に生きていける相手なんじゃないかと思いますが、ダメだったらごめんね。