「はえ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: はえとは

2021-03-22

シグナ

「ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  さそりの赤眼あかめが 見えたころ、

  四時から今朝けさも やって来た。

  遠野とおのの盆地ぼんちは まっくらで、

  つめたい水の 声ばかり。

 ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  凍こごえた砂利じゃりに 湯ゆげを吐はき、

  火花を闇やみに まきながら、

  蛇紋岩サアペンテインの 崖がけに来て、

  やっと東が 燃もえだした。

 ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  鳥がなきだし 木は光り、

  青々川は ながれたが、

  丘おかもはざまも いちめんに、

  まぶしい霜しもを 載のせていた。

 ガタンコガタンコ、シュウフッフッ、

  やっぱりかけると あったかだ、

  僕ぼくはほうほう 汗あせが出る。

  もう七、八里り はせたいな、

  今日も一日 霜ぐもり。

 ガタンタン、ギー、シュウシュウ

 軽便鉄道けいべんてつどうの東からの一番列車れっしゃが少しあわてたように、こう歌いながらやって来てとまりました。機関車きかんしゃの下からは、力のない湯ゆげが逃にげ出して行き、ほそ長いおかしな形の煙突えんとつからは青いけむりが、ほんの少うし立ちました。

 そこで軽便鉄道づきの電信柱でんしんばしらどもは、やっと安心あんしんしたように、ぶんぶんとうなり、シグナルの柱はかたんと白い腕木うできを上げました。このまっすぐなシグナルの柱は、シグナレスでした。

 シグナレスはほっと小さなため息いきをついて空を見上げました。空にはうすい雲が縞しまになっていっぱいに充みち、それはつめたい白光しろびかりを凍こおった地面じめんに降ふらせながら、しずかに東に流ながれていたのです。

 シグナレスはじっとその雲の行ゆく方えをながめました。それからやさしい腕木を思い切りそっちの方へ延のばしながら、ほんのかすかにひとりごとを言いいました。

「今朝けさは伯母おばさんたちもきっとこっちの方を見ていらっしゃるわ」

 シグナレスはいつまでもいつまでも、そっちに気をとられておりました。

カタン

 うしろの方のしずかな空で、いきなり音がしましたのでシグナレスは急いそいでそっちをふり向むきました。ずうっと積つまれた黒い枕木まくらぎの向こうに、あの立派りっぱな本線ほんせんのシグナル柱ばしらが、今はるかの南から、かがやく白けむりをあげてやって来る列車れっしゃを迎むかえるために、その上の硬かたい腕うでを下げたところでした。

お早う今朝は暖あたたかですね」本線のシグナル柱は、キチンと兵隊へいたいのように立ちながら、いやにまじめくさってあいさつしました。

お早うございますシグナレスはふし目になって、声を落おとして答こたえました。

「若わかさま、いけません。これからあんものにやたらに声を、おかけなさらないようにねがいます」本線のシグナルに夜電気を送おくる太ふとい電信柱でんしんばしらがさももったいぶって申もうしました。

 本線のシグナルはきまり悪わるそうに、もじもじしてだまってしまいました。気の弱いシグナレスはまるでもう消きえてしまうか飛とんでしまうかしたいと思いました。けれどもどうにもしかたがありませんでしたから、やっぱりじっと立っていたのです。

 雲の縞しまは薄うすい琥珀こはくの板いたのようにうるみ、かすかなかすかな日光が降ふって来ましたので、本線シグナルつきの電信柱はうれしがって、向こうの野原のはらを行く小さな荷馬車にばしゃを見ながら低ひくい調子ちょうしはずれの歌をやりました。

「ゴゴン、ゴーゴー、

 うすいから

 酒さけが降ふりだす、

 酒の中から

 霜しもがながれる。

 ゴゴン、ゴーゴー、

 ゴゴン、ゴーゴー、

 霜がとければ、

 つちはまっくろ。

 馬はふんごみ

 人もぺちゃぺちゃ。

 ゴゴン、ゴーゴー」

 それからもっともっとつづけざまに、わけのわからないことを歌いました。

 その間に本線ほんせんのシグナル柱ばしらが、そっと西風にたのんでこう言いいました。

「どうか気にかけないでください。こいつはもうまるで野蛮やばんなんです。礼式れいしきも何も知らないのです。実際じっさい私はいつでも困こまってるんですよ」

 軽便鉄道けいべんてつどうのシグナレスは、まるでどぎまぎしてうつむきながら低ひくく、

「あら、そんなことございませんわ」と言いいましたがなにぶん風下かざしもでしたから本線ほんせんのシグナルまで聞こえませんでした。

「許ゆるしてくださるんですか。本当を言ったら、僕ぼくなんかあなたに怒おこられたら生きているかいもないんですからね」

あらあら、そんなこと」軽便鉄道の木でつくったシグナレスは、まるで困こまったというように肩かたをすぼめましたが、実じつはその少しうつむいた顔は、うれしさにぽっと白光しろびかりを出していました。

シグナレスさん、どうかまじめで聞いてください。僕あなたのためなら、次つぎの十時の汽車が来る時腕うでを下げないで、じっとがんばり通してでも見せますよ」わずかばかりヒュウヒュウ言いっていた風が、この時ぴたりとやみました。

「あら、そんな事こといけませんわ」

「もちろんいけないですよ。汽車が来る時、腕を下げないでがんばるなんて、そんなことあなたのためにも僕のためにもならないから僕はやりはしませんよ。けれどもそんなことでもしようと言いうんです。僕あなたくらい大事だいじなもの世界中かいじゅうないんです。どうか僕を愛あいしてください」

 シグナレスは、じっと下の方を見て黙だまって立っていました。本線シグナルつきのせいの低ひくい電信柱でんしんばしらは、まだでたらめの歌をやっています

「ゴゴンゴーゴー、

 やまのいわやで、

 熊くまが火をたき、

 あまりけむくて、

 ほらを逃にげ出す。ゴゴンゴー、

 田螺にしはのろのろ。

 うう、田螺はのろのろ。

 田螺のしゃっぽは、

 羅紗ラシャの上等じょうとう、ゴゴンゴーゴー」

 本線ほんせんのシグナルはせっかちでしたから、シグナレスの返事へんじのないのに、まるであわててしまいました。

シグナレスさん、あなたはお返事をしてくださらないんですか。ああ僕ぼくはもうまるでくらやみだ。目の前がまるでまっ黒な淵ふちのようだ。ああ雷かみなりが落おちて来て、一ぺんに僕のからだをくだけ。足もとから噴火ふんかが起おこって、僕を空の遠くにほうりなげろ。もうなにもかもみんなおしまいだ。雷が落ちて来て一ぺんに僕のからだを砕くだけ。足もと……」

「いや若様わかさま、雷が参まいりました節せつは手前てまえ一身いっしんにおんわざわいをちょうだいいたします。どうかご安心あんしんをねがいとう存ぞんじます

 シグナルつきの電信柱でんしんばしらが、いつかでたらめの歌をやめて、頭の上のはりがねの槍やりをぴんと立てながら眼めをパチパチさせていました。

「えい。お前なんか何を言いうんだ。僕ぼくはそれどこじゃないんだ」

「それはまたどうしたことでござりまする。ちょっとやつがれまでお申もうし聞きけになりとう存ぞんじます

「いいよ、お前はだまっておいで」

 シグナルは高く叫さけびました。しかシグナルも、もうだまってしまいました。雲がだんだん薄うすくなって柔やわらかな陽ひが射さして参まいりました。

 五日の月が、西の山脈さんみゃくの上の黒い横雲よこぐもから、もう一ぺん顔を出して、山に沈しずむ前のほんのしばらくを、鈍にぶい鉛なまりのような光で、そこらをいっぱいにしました。冬がれの木や、つみ重かさねられた黒い枕木まくらぎはもちろんのこと、電信柱でんしんばしらまでみんな眠ねむってしまいました。遠くの遠くの風の音か水の音がごうと鳴るだけです。

「ああ、僕ぼくはもう生きてるかいもないんだ。汽車が来るたびに腕うでを下げたり、青い眼鏡めがねをかけたりいったいなんのためにこんなことをするんだ。もうなんにもおもしろくない。ああ死しのう。けれどもどうして死ぬ。やっぱり雷かみなり噴火ふんかだ」

 本線ほんせんのシグナルは、今夜も眠ねむられませんでした。非常ひじょうなはんもんでした。けれどもそれはシグナルばかりではありません。枕木の向こうに青白くしょんぼり立って、赤い火をかかげている軽便鉄道けいべんてつどうのシグナル、すなわちシグナレスとても全まったくそのとおりでした。

「ああ、シグナルさんもあんまりだわ、あたしが言いえないでお返事へんじもできないのを、すぐあんなに怒おこっておしまいになるなんて。あたしもう何もかもみんなおしまいだわ。おお神様かみさまシグナルさんに雷かみなりを落おとす時、いっしょに私にもお落としくださいませ」

 こう言いって、しきりに星空に祈いのっているのでした。ところがその声が、かすかにシグナルの耳にはいりました。シグナルはぎょっとしたように胸むねを張はって、しばらく考えていましたが、やがてガタガタふるえだしました。

 ふるえながら言いました。

シグナレスさん。あなたは何なにを祈っておられますか」

「あたし存ぞんじませんわ」シグナレスは声を落として答えました。

シグナレスさん、それはあんまりひどいお言葉ことばでしょう。僕ぼくはもう今すぐでもお雷らいさんにつぶされて、または噴火ふんかを足もとから引っぱり出して、またはいさぎよく風に倒たおされて、またはノア洪水こうずいをひっかぶって、死しんでしまおうと言うんですよ。それだのに、あなたはちっとも同情どうじょうしてくださらないんですか」

「あら、その噴火洪水こうずいを。あたしのお祈りはそれよ」シグナレスは思い切って言いました。シグナルはもううれしくて、うれしくて、なおさらガタガタガタガタふるえました。

 その赤い眼鏡めがねもゆれたのです。

シグナレスさん、なぜあなたは死ななけぁならないんですか。ね。僕ぼくへお話しください。ね。僕へお話しください。きっと、僕はそのいけないやつを追おっぱらってしまますから、いったいどうしたんですね」

だってあなたあんなにお怒おこりなさるんですもの

「ふふん。ああ、そのことですか。ふん。いいえ。そのことならばご心配しんぱいありません。大丈夫だいじょうぶです。僕ちっとも怒ってなんかいしませんからね。僕、もうあなたのためなら、眼鏡めがねをみんな取とられて、腕うでをみんなひっぱなされて、それから沼ぬまの底そこへたたき込こまれたって、あなたをうらみはしませんよ」

「あら、ほんとう。うれしいわ」

「だから僕を愛あいしてください。さあ僕を愛するって言いってください」

 五日のお月さまは、この時雲と山の端はとのちょうどまん中にいました。シグナルはもうまるで顔色を変かえて灰色はいいろの幽霊ゆうれいみたいになって言いました。

「またあなたはだまってしまったんですね。やっぱり僕がきらいなんでしょう。もういいや、どうせ僕なんか噴火ふんかか洪水こうずいかかにやられるにきまってるんだ」

「あら、ちがいますわ」

「そんならどうですどうです、どうです」

「あたし、もう大昔おおむかしかあなたのことばかり考えていましたわ」

「本当ですか、本当ですか、本当ですか」

「ええ」

「そんならいいでしょう。結婚けっこんの約束くそくをしてください」

「でも」

「でもなんですか、僕ぼくたちは春になったらつばめにたのんで、みんなにも知らせて結婚けっこんの式しきをあげましょう。どうか約束くそくしてください」

だってあたしはこんなつまらないんですわ」

「わかってますよ。僕にはそのつまらないところが尊とうといんです」

 すると、さあ、シグナレスはあらんかぎりの勇気ゆうきを出して言いい出しました。

「でもあなたは金でできてるでしょう。新式でしょう。赤青眼鏡あかあおめがねを二組みも持もっていらっしゃるわ、夜も電燈でんとうでしょう。あたしは夜だってランプですわ、眼鏡もただ一つきり、それに木ですわ」

「わかってますよ。だから僕はすきなんです」

「あら、ほんとう。うれしいわ。あたしお約束くそくするわ」

「え、ありがとう、うれしいなあ、僕もお約束しますよ。あなたはきっと、私の未来みらいの妻つまだ」

「ええ、そうよ、あたし決けっして変かわらないわ」

結婚指環エンゲージリングをあげますよ、そら、ね、あすこの四つならんだ青い星ね」

「ええ」

「あのいちばん下の脚あしもとに小さな環わが見えるでしょう、環状星雲フィッシュマウスネビュラですよ。あの光の環ね、あれを受うけ取とってください。僕のまごころです」

「ええ。ありがとういただきますわ」

「ワッハッハ。大笑おおわらいだ。うまくやってやがるぜ」

 突然とつぜん向むこうのまっ黒な倉庫そうこが、空にもはばかるような声でどなりました。二人はまるでしんとなってしまいました。

 ところが倉庫がまた言いいました。

「いや心配しんぱいしなさんな。この事ことは決けっしてほかへはもらしませんぞ。わしがしっかりのみ込こみました」

 その時です、お月さまがカブンと山へおはいりになって、あたりがポカッと、うすぐらくなったのは。

 今は風があんまり強いので電信柱でんしんばしらどもは、本線ほんせんの方も、軽便鉄道けいべんてつどうの方もまるで気が気でなく、ぐうん ぐうん ひゅうひゅう と独楽こまのようにうなっておりました。それでも空はまっ青さおに晴れていました。

 本線シグナルつきの太ふとっちょの電信柱も、もうでたらめの歌をやるどころの話ではありません。できるだけからだをちぢめて眼めを細ほそくして、ひとなみに、ブウウ、ブウウとうなってごまかしておりました。

 シグナレスはこの時、東のぐらぐらするくらい強い青びかりの中を、びっこをひくようにして走って行く雲を見ておりましたが、それからチラッとシグナルの方を見ました。シグナルは、今日巡査じゅんさのようにしゃんと立っていましたが、風が強くて太っちょの電柱でんちゅうに聞こえないのをいいことにして、シグナレスに話しかけました。

「どうもひどい風ですね。あなた頭がほてって痛いたみはしませんか。どうも僕ぼくは少しくらくらしますね。いろいろお話しまからあなたただ頭をふってうなずいてだけいてください。どうせお返事へんじをしたって僕ぼくのところへ届とどきはしませんからそれから僕の話でおもしろくないことがあったら横よこの方に頭を振ふってください。これは、本当は、ヨーロッパの方のやり方なんですよ。向むこうでは、僕たちのように仲なかのいいものがほかの人に知れないようにお話をする時は、みんなこうするんですよ。僕それを向こうの雑誌ざっしで見たんです。ね、あの倉庫そうこのやつめ、おかしなやつですね、いきなり僕たちの話してるところへ口を出して、引き受うけたのなんのって言いうんですものあいつはずいぶん太ふとってますね、今日も眼めをパチパチやらかしますよ、僕のあなたに物を言ってるのはわかっていても、何を言ってるのか風でいっこう聞こえないんですよ、けれども全体ぜんたい、あなたに聞こえてるんですか、聞こえてるなら頭を振ってください、ええそう、聞こえるでしょうね。僕たち早く結婚けっこんしたいもんですね、早く春になれぁいいんですね、僕のところのぶっきりこに少しも知らせないでおきましょう。そしておいて、いきなり、ウヘン! ああ風でのどがぜいぜいする。ああひどい。ちょっとお話をやめますよ。僕のどが痛いたくなったんです。わかりましたか、じゃちょっとさようなら

 それからシグナルは、ううううと言いながら眼をぱちぱちさせて、しばらくの間だまっていました。

 シグナレスもおとなしく、シグナルののどのなおるのを待まっていました。電信柱でんしんばしらどもはブンブンゴンゴンと鳴り、風はひゅうひゅうとやりました。

 シグナルはつばをのみこんだり、ええ、ええとせきばらいをしたりしていましたが、やっとのどの痛いたいのがなおったらしく、もう一ぺんシグナレスに話しかけました。けれどもこの時は、風がまるで熊くまのように吼ほえ、まわりの電信柱でんしんばしらどもは、山いっぱいの蜂はちの巣すをいっぺんにこわしでもしたように、ぐゎんぐゎんとうなっていましたので、せっかくのその声も、半分ばかりしかシグナレスに届とどきませんでした。

「ね、僕ぼくはもうあなたのためなら、次つぎの汽車の来る時、がんばって腕うでを下げないことでも、なんでもするんですからね、わかったでしょう。あなたもそのくらいの決心けっしんはあるでしょうね。あなたはほんとうに美うつくしいんです、ね、世界かいの中うちにだっておれたちの仲間なかまはいくらもあるんでしょう。その半分はまあ女の人でしょうがねえ、その中であなたはいちばん美しいんです。もっともほかの女の人僕よく知らないんですけれどね、きっとそうだと思うんですよ、どうです聞こえますか。僕たちのまわりにいるやつはみんなばかですね、のろまですね、僕のとこのぶっきりこが僕が何をあなたに言ってるのかと思って、そらごらんなさい、一生けん命めい、目をパチパチやってますよ、こいつときたら全まったくチョークよりも形がわるいんですからね、そら、こんどはあんなに口を曲まげていますよ。あきれたばかですねえ、僕の話聞こえますか、僕の……」

「若わかさま、さっきから何をべちゃべちゃ言いっていらっしゃるのです。しかシグナレス風情ふぜいと、いったい何をにやけていらっしゃるんです」

 いきなり本線ほんせんシグナルつきの電信柱でんしんばしらが、むしゃくしゃまぎれに、ごうごうの音の中を途方とほうもない声でどなったもんですからシグナルはもちろんシグナレスも、まっ青さおになってぴたっとこっちへ曲げていたからだを、まっすぐに直なおしました。

「若わかさま、さあおっしゃい。役目やくめとして承うけたまわらなければなりません」

 シグナルは、やっと元気を取り直なおしました。そしてどうせ風のために何を言いっても同じことなのをいいことにして、

「ばか、僕ぼくはシグナレスさんと結婚けっこんして幸福こうふくになって、それからお前にチョークのお嫁よめさんをくれてやるよ」と、こうまじめな顔で言ったのでした。その声は風下かざしものシグナレスにはすぐ聞こえましたので、シグナレスはこわいながら思わず笑わらってしまいました。さあそれを見た本線ほんせんシグナルつきの電信柱の怒おこりようと言ったらありません。さっそくブルブルッとふるえあがり、青白く逆上のぼせてしまい唇くちびるをきっとかみながらすぐひどく手をまわして、すなわち一ぺん東京まで手をまわして風下かざしもにいる軽便鉄道けいべんてつどうの電信柱に、シグナルとシグナレス対話たいわがいったいなんだったか、今シグナレスが笑ったことは、どんなことだったかたずねてやりました。

 ああ、シグナルは一生の失策しっさくをしたのでした。シグナレスよりも少し風下にすてきに耳のいい長い長い電信柱がいて、知らん顔をしてすまして空の方を見ながらさっきからの話をみんな聞いていたのです。そこでさっそく、それを東京を経へて本線シグナルつきの電信柱に返事へんじをしてやりました。本線ほんせんシグナルつきの電信柱でんしんばしらはキリキリ歯はがみをしながら聞いていましたが、すっかり聞いてしまうと、さあ、まるでばかのようになってどなりました。

くそっ、えいっ。いまいましい。あんまりだ。犬畜生いぬちくしょうあんまりだ。犬畜生、ええ、若わかさま、わたしだって男ですぜ。こんなにひどくばかにされてだまっているとお考えですか。結婚けっこんだなんてやれるならやってごらんなさい。電信柱の仲間なかまはもうみんな反対はんたいです。シグナル柱の人たちだって鉄道長てつどうちょうの命令めいれいにそむけるもんですか。そして鉄道長はわたし叔父おじですぜ。結婚なりなんなりやってごらんなさい。えい、犬畜生いぬちくしょうめ、えい」

 本線シグナルつきの電信柱は、すぐ四方電報でんぽうをかけました。それからしばらく顔色を変かえて、みんなの返事へんじをきいていました。確たしかにみんなから反対はんたいの約束くそくをもらったらしいのでした。それからきっと叔父のその鉄道長とかにもうまく頼たのんだにちがいありません。シグナルもシグナレスも、あまりのことに今さらカンとしてあきれていました。本線シグナルつきの電信柱は、すっかり反対の準備じゅんびができると、こんどは急きゅうに泣なき声で言いいました。

「あああ、八年の間、夜ひる寝ねないでめんどうを見てやってそのお礼れいがこれか。ああ情なさけない、もう世の中はみだれてしまった。ああもうおしまいだ。なさけない、メリケン国のエジソンさまもこのあさましい世界かいをお見すてなされたか。オンオンオンオン、ゴゴンゴーゴーゴゴンゴー」

 風はますます吹ふきつのり、西の空が変へんに白くぼんやりなって、どうもあやしいと思っているうちに、チラチラチラチラとうとう雪がやって参まいりました。

 シグナルは力を落おとして青白く立ち、そっとよこ眼めでやさしいシグナレスの方を見ました。シグナレスはしくしく泣なきながら、ちょうどやって来る二時の汽車を迎むかえるためにしょんぼりと腕うでをさげ、そのいじらしいなで肩がたはかすかにかすかにふるえておりました。空では風がフイウ、涙なみだを知らない電信柱どもはゴゴンゴーゴーゴゴンゴーゴー。

 さあ今度こんどは夜ですよ。Permalink | 記事への反応(0) | 22:29

又三郎

風の又三郎

宮沢賢治


どっどど どどうど どどうど どどう

青いくるみも吹きとばせ

すっぱいかりんも吹きとばせ

どっどど どどうど どどうど どどう

 谷川の岸に小さな学校がありました。

 教室はたった一つでしたが生徒は三年生がないだけで、あとは一年から六年までみんなありました。運動場もテニスコートのくらいでしたが、すぐうしろは栗くりの木のあるきれいな草の山でしたし、運動場のすみにはごぼごぼつめたい水を噴ふく岩穴もあったのです。

 さわやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光運動場いっぱいでした。黒い雪袴ゆきばかまをはいた二人の一年の子がどてをまわって運動場にはいって来て、まだほかにだれも来ていないのを見て、「ほう、おら一等だぞ。一等だぞ。」とかわるがわる叫びながら大よろこびで門をはいって来たのでしたが、ちょっと教室の中を見ますと、二人ふたりともまるでびっくりして棒立ちになり、それから顔を見合わせてぶるぶるふるえましたが、ひとりはとうとう泣き出してしまいました。というわけは、そのしんとした朝の教室なかにどこから来たのか、まるで顔も知らないおかしな赤い髪の子供がひとり、いちばん前の机にちゃんとすわっていたのです。そしてその机といったらまったくこの泣いた子の自分の机だったのです。

 もひとりの子ももう半分泣きかけていましたが、それでもむりやり目をりんと張って、そっちのほうをにらめていましたら、ちょうどそのとき川上から

「ちょうはあ かぐり ちょうはあ かぐり。」と高く叫ぶ声がして、それからまるで大きなからすのように、嘉助かすけがかばんをかかえてわらって運動場へかけて来ました。と思ったらすぐそのあとから太郎さたろうだの耕助こうすけだのどやどややってきました。

「なして泣いでら、うなかもたのが。」嘉助が泣かないこどもの肩をつかまえて言いました。するとその子もわあと泣いてしまいました。おかしいとおもってみんながあたりを見ると、教室の中にあの赤毛おかしな子がすまして、しゃんとすわっているのが目につきました。

 みんなはしんとなってしまいました。だんだんみんな女の子たちも集まって来ましたが、だれもなんとも言えませんでした。

 赤毛の子どもはいっこうこわがるふうもなくやっぱりちゃんとすわって、じっと黒板を見ています。すると六年生の一郎いちろうが来ました。一郎はまるでおとなのようにゆっくり大またにやってきて、みんなを見て、

「何なにした。」とききました。

 みんなははじめてがやがや声をたててその教室の中の変な子を指さしました。一郎はしばらくそっちを見ていましたが、やがて鞄かばんをしっかりかかえて、さっさと窓の下へ行きました。

 みんなもすっかり元気になってついて行きました。

「だれだ、時間にならないに教室はいってるのは。」一郎は窓へはいのぼって教室の中へ顔をつき出して言いました。

「お天気のいい時教室はいってるづど先生にうんとしからえるぞ。」窓の下の耕助が言いました。

しからえでもおら知らないよ。」嘉助が言いました。

「早ぐ出はって来こ、出はって来。」一郎が言いました。けれどもそのこどもはきょろきょろ室へやの中やみんなのほうを見るばかりで、やっぱりちゃんとひざに手をおいて腰掛けにすわっていました。

 ぜんたいその形からが実におかしいのでした。変てこなねずみいろのだぶだぶの上着を着て、白い半ずぼんをはいて、それに赤い革かわの半靴はんぐつをはいていたのです。

 それに顔といったらまるで熟したりんごのよう、ことに目はまん丸でまっくろなのでした。いっこう言葉が通じないようなので一郎も全く困ってしまいました。

あいづは外国人だな。」

学校はいるのだな。」みんなはがやがやがやがや言いました。ところが五年生の嘉助がいきなり、

「ああ三年生さはいるのだ。」と叫びましたので、

「ああそうだ。」と小さいこどもらは思いましたが、一郎はだまってくびをまげました。

 変なこどもはやはりきょろきょろこっちを見るだけ、きちんと腰掛けています

 そのとき風がどうと吹いて来て教室ガラス戸はみんながたがた鳴り、学校のうしろの山の萱かやや栗くりの木はみんな変に青じろくなってゆれ、教室のなかのこどもはなんだかにやっとわらってすこしうごいたようでした。

 すると嘉助がすぐ叫びました。

「ああわかった。あいつは風の又三郎またさぶろうだぞ。」

 そうだっとみんなもおもったときにわかにうしろのほうで五郎が、

「わあ、痛いぢゃあ。」と叫びました。

 みんなそっちへ振り向きますと、五郎が耕助に足のゆびをふまれて、まるでおこって耕助をなぐりつけていたのです。すると耕助もおこって、

「わあ、われ悪くてでひと撲はだいだなあ。」と言ってまた五郎をなぐろうとしました。

 五郎はまるで顔じゅう涙だらけにして耕助に組み付こうとしました。そこで一郎が間へはいって嘉助が耕助を押えてしまいました。

「わあい、けんかするなったら、先生ちゃん職員室に来てらぞ。」と一郎が言いながらまた教室のほうを見ましたら、一郎はにわかにまるでぽかんとしてしまいました。

 たったいままで教室にいたあの変な子が影もかたちもないのです。みんなもまるでせっかく友だちになった子うまが遠くへやられたよう、せっかく捕とった山雀やまがらに逃げられたように思いました。

 風がまたどうと吹いて来て窓ガラスをがたがた言わせ、うしろの山の萱かやをだんだん上流のほうへ青じろく波だてて行きました。

「わあ、うなだけんかしたんだがら又三郎いなぐなったな。」嘉助がおこって言いました。

 みんなもほんとうにそう思いました。五郎はじつに申しわけないと思って、足の痛いのも忘れてしょんぼり肩をすぼめて立ったのです。

「やっぱりあいつは風の又三郎だったな。」

二百十日で来たのだな。」

「靴くつはいでだたぞ。」

「服も着でだたぞ。」

「髪赤くておかしやづだったな。」

「ありゃありゃ、又三郎おれの机の上さ石かけ乗せでったぞ。」二年生の子が言いました。見るとその子の机の上にはきたない石かけが乗っていたのです。

「そうだ、ありゃ。あそごのガラスもぶっかしたぞ。」

「そだないでああいづあ休み前に嘉助石ぶっつけだのだな。」

「わあい。そだないであ。」と言っていたとき、これはまたなんというわけでしょう。先生玄関から出て来たのです。先生はぴかぴか光る呼び子を右手にもって、もう集まれのしたくをしているのでしたが、そのすぐうしろから、さっきの赤い髪の子が、まるで権現ごんげんさまの尾おっぱ持ちのようにすまし込んで、白いシャッポかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。

 みんなはしいんとなってしまいました。やっと一郎が「先生お早うございます。」と言いましたのでみんなもついて、

先生お早うございます。」と言っただけでした。

「みなさん。お早う。どなたも元気ですね。では並んで。」先生は呼び子をビルルと吹きました。それはすぐ谷の向こうの山へひびいてまたビルルルと低く戻もどってきました。

 すっかりやすみの前のとおりだとみんなが思いながら六年生は一人、五年生は七人、四年生は六人、一二年生は十二人、組ごとに一列に縦にならびました。

 二年は八人、一年生は四人前へならえをしてならんだのです。

 するとその間あのおかしな子は、何かおかしいのかおもしろいのか奥歯で横っちょに舌をかむようにして、じろじろみんなを見ながら先生のうしろに立っていたのです。すると先生は、高田たかださんこっちへおはいりなさいと言いながら五年生の列のところへ連れて行って、丈たけを嘉助とくらべてから嘉助とそのうしろのきよの間へ立たせました。

 みんなはふりかえってじっとそれを見ていました。

 先生はまた玄関の前に戻って、

「前へならえ。」と号令をかけました。

 みんなはもう一ぺん前へならえをしてすっかり列をつくりましたが、じつはあの変な子がどういうふうにしているのか見たくて、かわるがわるそっちをふりむいたり横目でにらんだりしたのでした。するとその子ちゃんと前へならえでもなんでも知ってるらしく平気で両腕を前へ出して、指さきを嘉助のせなかへやっと届くくらいにしていたものですから、嘉助はなんだかせなかがかゆく、くすぐったいというふうにもじもじしていました。

「直れ。」先生がまた号令をかけました。

一年から順に前へおい。」そこで一年生はあるき出し、まもなく二年生もあるき出してみんなの前をぐるっと通って、右手下駄箱げたばこのある入り口はいって行きました。四年生があるき出すとさっきの子も嘉助のあとへついて大威張りであるいて行きました。前へ行った子もときどきふりかえって見、あとの者もじっと見ていたのです。

 まもなくみんなははきもの下駄箱げたばこに入れて教室はいって、ちょうど外へならんだときのように組ごとに一列に机にすわりました。さっきの子もすまし込んで嘉助のうしろにすわりました。ところがもう大さわぎです。

「わあ、おらの机さ石かけはいってるぞ。」

「わあ、おらの机代わってるぞ。」

「キッコ、キッコ、うな通信簿持って来たが。おら忘れで来たぢゃあ。」

「わあい、さの、木ペン借せ、木ペン借せったら。」

「わあがない。ひとの雑記帳とってって。」

 そのとき先生はいって来ましたのでみんなもさわぎながらとにかく立ちあがり、一郎がいちばんしろで、

「礼。」と言いました。

 みんなはおじぎをする間はちょっとしんとなりましたが、それからまたがやがやがやがや言いました。

「しずかに、みなさん。しずかにするのです。」先生が言いました。

「しっ、悦治えつじ、やがましったら、嘉助え、喜きっこう。わあい。」と一郎がいちばんしろからまりさわぐものを一人ずつしかりました。

 みんなはしんとなりました。

 先生が言いました。

「みなさん、長い夏のお休みおもしろかったですね。みなさんは朝から水泳ぎもできたし、林の中で鷹たかにも負けないくらい高く叫んだり、またにいさんの草刈りについて上うえの野原へ行ったりしたでしょう。けれどももうきのうで休みは終わりました。これからは第二学期で秋です。むかしから秋はいちばんからだもこころもひきしまって、勉強のできる時だといってあるのです。ですから、みなさんもきょうからまたいっしょにしっかり勉強しましょう。それからこのお休みの間にみなさんのお友だちが一人ふえました。それはそこにいる高田さんです。そのかたのおとうさんはこんど会社のご用で上の野原の入り口へおいでになっていられるのです。高田さんはいままでは北海道学校におられたのですが、きょうからみなさんのお友だちになるのですから、みなさんは学校勉強ときも、また栗拾くりひろいや魚さかなとりに行くときも、高田さんをさそうようにしなければなりません。わかりましたか。わかった人は手をあげてごらんなさい。」

 すぐみんなは手をあげました。その高田とよばれた子も勢いよく手をあげましたので、ちょっと先生はわらいましたが、すぐ、

「わかりましたね、ではよし。」と言いましたので、みんなは火の消えたように一ぺんに手をおろしました。

 ところが嘉助がすぐ、

先生。」といってまた手をあげました。

はい。」先生は嘉助を指さしました。

高田さん名はなんて言うべな。」

高田三郎さぶろうさんです。」

「わあ、うまい、そりゃ、やっぱり又三郎だな。」嘉助はまるで手をたたいて机の中で踊るようにしましたので、大きなほうの子どもらはどっと笑いましたが、下の子どもらは何かこわいというふうにしいんとして三郎のほうを見ていたのです。

 先生はまた言いました。

「きょうはみなさんは通信簿宿題をもってくるのでしたね。持って来た人は机の上へ出してください。私がいま集めに行きますから。」

 みんなはばたばた鞄かばんをあけたりふろしきをといたりして、通信簿宿題を机の上に出しました。そして先生一年生のほうから順にそれを集めはじめました。そのときみんなはぎょっとしました。というわけはみんなのうしろのところにいつか一人の大人おとなが立っていたのです。その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇あおぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。

 ところが先生別にその人を気にかけるふうもなく、順々に通信簿を集めて三郎の席まで行きますと、三郎は通信簿宿題帳もないかわりに両手をにぎりこぶしにして二つ机の上にのせていたのです。先生はだまってそこを通りすぎ、みんなのを集めてしまうとそれを両手でそろえながらまた教壇に戻りました。

「では宿題帳はこの次の土曜日に直して渡しまから、きょう持って来なかった人は、あしたきっと忘れないで持って来てください。それは悦治さんと勇治ゆうじさんと良作りょうさくさんとですね。ではきょうはここまでです。あしたかちゃんといつものとおりのしたくをしておいでなさい。それから四年生と六年生の人は、先生といっしょに教室のお掃除そうじをしましょう。ではここまで。」

 一郎が気をつけ、と言いみんなは一ぺんに立ちました。うしろ大人おとなも扇を下にさげて立ちました。

「礼。」先生もみんなも礼をしました。うしろ大人も軽く頭を下げました。それからずうっと下の組の子どもらは一目散に教室を飛び出しましたが、四年生の子どもらはまだもじもじしていました。

 すると三郎はさっきのだぶだぶの白い服の人のところへ行きました。先生も教壇をおりてその人のところへ行きました。

「いやどうもご苦労さまでございます。」その大人はていねいに先生に礼をしました。

「じきみんなとお友だちになりますから。」先生も礼を返しながら言いました。

「何ぶんどうかよろしくねがいいたします。それでは。」その人はまたていねいに礼をして目で三郎に合図すると、自分玄関のほうへまわって外へ出て待っていますと、三郎はみんなの見ている中を目をりんとはってだまって昇降口から出て行って追いつき、二人は運動場を通って川下のほうへ歩いて行きました。

 運動場を出るときの子はこっちをふりむいて、じっと学校やみんなのほうをにらむようにすると、またすたすた白服の大人おとなについて歩いて行きました。

先生、あの人は高田さんのとうさんですか。」一郎が箒ほうきをもちながら先生にききました。

「そうです。」

「なんの用で来たべ。」

「上の野原の入り口モリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」

「どこらあだりだべな。」

「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」

モリブデン何にするべな。」

「それは鉄とまぜたり、薬をつくったりするのだそうです。」

「そだら又三郎も掘るべが。」嘉助が言いました。

又三郎だない。高田三郎だぢゃ。」佐太郎が言いました。

又三郎又三郎だ。」嘉助が顔をまっ赤かにしてがん張りました。

「嘉助、うなも残ってらば掃除そうじしてすけろ。」一郎が言いました。

「わあい。やんたぢゃ。きょう四年生ど六年生だな。」

 嘉助は大急ぎで教室をはねだして逃げてしまいました。

 風がまた吹いて来て窓ガラスはまたがたがた鳴り、ぞうきんを入れたバケツにも小さな黒い波をたてました。

 次の日一郎はあのおかし子供が、きょうからほんとうに学校へ来て本を読んだりするかどうか早く見たいような気がして、いつもより早く嘉助をさそいました。ところが嘉助のほうは一郎よりもっとそう考えていたと見えて、とうにごはんもたべ、ふろしきに包んだ本ももって家の前へ出て一郎を待っていたのでした。二人は途中もいろいろその子のことを話しながら学校へ来ました。すると運動場には小さな子供らがもう七八人集まっていて、棒かくしをしていましたが、その子はまだ来ていませんでした。またきのうのように教室の中にいるのかと思って中をのぞいて見ましたが、教室の中はしいんとしてだれもいず、黒板の上にはきのう掃除ときぞうきんでふいた跡がかわいてぼんやり白い縞しまになっていました。

「きのうのやつまだ来てないな。」一郎が言いました。

「うん。」嘉助も言ってそこらを見まわしました。

 一郎はそこで鉄棒の下へ行って、じゃみ上がりというやり方で、無理やりに鉄棒の上にのぼり両腕をだんだん寄せて右の腕木に行くと、そこへ腰掛けてきのう三郎の行ったほうをじっと見おろして待っていました。谷川はそっちのほうへきらきら光ってながれて行き、その下の山の上のほうでは風も吹いているらしく、ときどき萱かやが白く波立っていました。

 嘉助もやっぱりその柱の下でじっとそっちを見て待っていました。ところが二人はそんなに長く待つこともありませんでした。それは突然三郎がその下手のみちから灰いろの鞄かばんを右手にかかえて走るようにして出て来たのです。

「来たぞ。」と一郎が思わず下にいる嘉助へ叫ぼうとしていますと、早くも三郎はどてをぐるっとまわって、どんどん正門をはいって来ると、

お早う。」とはっきり言いました。みんなはいっしょにそっちをふり向きましたが、一人も返事をしたものがありませんでした。

 それは返事をしないのではなくて、みんなは先生はいつでも「お早うございます。」というように習っていたのですが、お互いに「お早う。」なんて言ったことがなかったのに三郎にそう言われても、一郎や嘉助はあんまりにわかで、また勢いがいいのでとうとう臆おくしてしまって一郎も嘉助も口の中でお早うというかわりに、もにゃもにゃっと言ってしまったのでした。

 ところが三郎のほうはべつだんそれを苦にするふうもなく、二三歩また前へ進むとじっと立って、そのまっ黒な目でぐるっと運動場じゅうを見まわしました。そしてしばらくだれか遊ぶ相手がないかさがしているようでした。けれどもみんなきょろきょろ三郎のほうはみていても、やはり忙しそうに棒かくしをしたり三郎のほうへ行くものがありませんでした。三郎はちょっと具合が悪いようにそこにつっ立っていましたが、また運動場をもう一度見まわしました。

 それからぜんたいこの運動場は何間なんげんあるかというように、正門から玄関まで大またに歩数を数えながら歩きはじめました。一郎は急いで鉄棒をはねおりて嘉助とならんで、息をこらしてそれを見ていました。

 そのうち三郎は向こうの玄関の前まで行ってしまうと、こっちへ向いてしばらく暗算をするように少し首をまげて立っていました。

 みんなはやはりきろきろそっちを見ています。三郎は少し困ったように両手をうしろへ組むと向こう側の土手のほうへ職員室の前を通って歩きだしました。

 その時風がざあっと吹いて来て土手の草はざわざわ波になり、運動場のまん中でさあっと塵ちりがあがり、それが玄関の前まで行くと、きりきりとまわって小さなつむじ風になって、黄いろな塵は瓶びんをさかさまにしたような形になって屋根より高くのぼりました。

 すると嘉助が突然高く言いました。

「そうだ。やっぱりあい又三郎だぞ。あいづ何かするときっと風吹いてくるぞ。」

「うん。」一郎はどうだかわからないと思いながらもだまってそっちを見ていました。三郎はそんなことにはかまわず土手のほうへやはりすたすた歩いて行きます

 そのとき先生がいつものように呼び子をもって玄関を出て来たのです。

お早うございます。」小さな子どもらはみんな集まりました。

お早う。」先生はちらっと運動場を見まわしてから、「ではならんで。」と言いながらビルルッと笛を吹きました。

 みんなは集まってきてきのうのとおりきちんとならびました。三郎もきのう言われた所へちゃんと立っています

 先生はお日さまがまっ正面なのですこしまぶしそうにしながら号令をだんだんかけて、とうとうみんなは昇降口から教室はいりました。そして礼がすむと先生は、

「ではみなさんきょうから勉強をはじめましょう。みなさんはちゃんとお道具をもってきましたね。では一年生(と二年生)の人はお習字のお手本と硯すずりと紙を出して、二年生と四年生の人は算術帳と雑記帳と鉛筆を出して、五年生と六年生の人は国語の本を出してください。」

 さあするとあっちでもこっちでも大さわぎがはじまりました。中にも三郎のすぐ横の四年生の机の佐太郎が、いきなり手をのばして二年生のかよの鉛筆ひらりととってしまったのです。かよは佐太郎の妹でした。するとかよは、

「うわあ、兄あいな、木ペン取とてわかんないな。」と言いながら取り返そうとしますと佐太郎が、

「わあ、こいつおれのだなあ。」と言いながら鉛筆をふところの中へ入れて、あとはシナ人がおじぎするときのように両手を袖そでへ入れて、机へぴったり胸をくっつけました。するとかよは立って来て、

「兄あいな、兄なの木ペンはきのう小屋でなくしてしまったけなあ。よこせったら。」と言いながら一生けん命とり返そうとしましたが、どうしてももう佐太郎は机にくっついた大きな蟹かに化石みたいになっているので、とうとうかよは立ったまま口を大きくまげて泣きだしそうになりました。

 すると三郎は国語の本をちゃんと机にのせて困ったようにしてこれを見ていましたが、かよがとうとうぼろぼろ涙をこぼしたのを見ると、だまって右手に持っていた半分ばかりになった鉛筆を佐太郎の目の前の机に置きました。

 すると佐太郎はにわかに元気になって、むっくり起き上がりました。そして、

「くれる?」と三郎にききました。三郎はちょっとまごついたようでしたが覚悟したように、「うん。」と言いました。すると佐太郎はいきなりわらい出してふところの鉛筆をかよの小さな赤い手に持たせました。

 先生は向こうで一年の子の硯すずりに水をついでやったりしていましたし、嘉助は三郎の前ですから知りませんでしたが、一郎はこれをいちばんしろちゃんと見ていました。そしてまるでなんと言ったらいいかからない、変な気持ちがして歯をきりきり言わせました。

「では二年生のひとはお休みの前にならった引き算をもう一ぺん習ってみましょう。これを勘定してごらんなさい。」先生は黒板に25-12=の数式と書きました。二年生のこどもらはみんな一生

anond:20210321165609

どんな極悪人からまれた子でも子どもに罪はないから全員救われてほしいけど自分に面倒が降りかかったら拒否すると思う。

増田はえらい。

2021-03-18

anond:20210318104534

かけ流し温泉とかで汁云々とか言うなら、部屋付の露天なんてほぼラブホだろうにそれはええんか?

2021-03-16

anond:20210316164317

本当に頭が悪すぎて話にならんね

程度問題理解できてないし、別の問題混同させるし、誰も「スルーしていい」なんて話はしてないからね

しか日本における韓国朝鮮系への差別意識文明開化植民地支配歴史を色濃く反映しているものであって、そこはえたひにん差別アイヌ差別も同様で極めて構造的なものだよ

anond:20210316102950

ジャガイモはええのか...

(せやかて増田、じっさいあの国の人らは、「いちいち食事のたびに献立メニュー考えるのメンドイから」ゆうて同じもん喰っとるんやろ?自業自得やんか)

2021-03-15

anond:20210315191257

まりの余裕っぷりに・・・スタッフオーラを感じたのを表現

まだはえーよ。あっためろ感

2021-03-11

anond:20210311215031

お金を配る仕事というのがあるはずもなく

そんなもの自分自分お金払ったほうがはるかはえーだろ決済権利自分が持ってんだから

anond:20210311184906

何が矛盾しているの?

悪を批判する善を行ったら、必然的に悪は下げられるじゃん。一体の行為だよね。

「人を殺すなと訴えるのは、『人を殺さない俺はえらい』というマウント意識を感じるので、むかつく。注意するな」的な認知なのか

2021-03-09

anond:20210308234115

これは本当にそう、昔は最高税率が70%あってお金持ちはえらいみたいな風潮だったけど

最近節税という名の脱税ばっかりしていて税金を払わない方が偉いみたいになってる

最高税率引き上げて、抜け穴も塞いで欲しい

2021-03-08

ここ数日ツイッター生理用品の話題で盛り上がってるみたいだけど、やれ30枚で280円だったとかやれ月経カップ使えだとか。

黙れという話。

その程度で済んでる人たちはいいよな。

こちとらカップに収まりきらん量がボタボタ出てくるんだよ。

1時間に1回どころじゃない頻度で替えに行かなきゃならないし、そもそも替えるとかじゃない。

そんなせき止められてたら生理痛で倒れる。

個室で替えるんだからすぐ手あらえないし。

血まみれの手でトイレのあちこち触るなんて不衛生すぎる。

1回の生理(7日間)で多い日夜用が2パック消費される。

酷いときは3パックいく。

30cm代のやつだと漏れるので40cmは必要

それでも服汚したり布団汚したりする程度の量が出る。

1パック大体500円弱で10枚も入ってない。

タンポン使えって話もあったっけ。

吸いすぎて膨れて出すとき痛いし、ドロドロの塊系は吸ってくれないから結局変わらない。

そんなに金かかるのはおかしいからとりあえず婦人科受診しろ病気可能性があるって意見も見た。

私もおかしいと思って受診したけど、ただ穴がちっちゃいってだけだった。

出血量は多く出るとこがちっちゃい、だからなかなか終らないし血でお腹は冷えて痛いし下痢にはなるし、貧血フラフラ、服も下着も汚れる、ルナルナ入れてるけど私の生理気まぐれだからたまにドハズレして大変なことになる。

生理痛ひどすぎて失神したこともある。

7日間のうち2日はベッドから起きれもしないしね。

生理はえろいこととか快楽を伴うとかいってるトンチンカンなアホたちは何言ってんだろう。

子宮やるからかわってくれ。

2021-03-07

ふつうのにっき

マジで何にもしなかった

辛うじて洗濯と洗い物だけはしたけどあとはほぼ外にも出てないし家にいても掃除もしてないし

ごろごろして動画見てたら終わってしまった

平日はわりかし食器片付けて簡単に部屋をきれいにしてから寝るってルーチンがあるんだけど

まったく予定のない休日だとそれさえしないでシンクに洗い物溜まったりする

なにしたっけなーそういえば月一の検査なので近所の診療所は行ったな

なんか機械が壊れたとかで混んでいて、じいさんがイライラして声を荒げていた

まあ気持ちはわかるけど嫌なものです

いつもあんなに人がいたことないから驚いた

あとはえーとセンコウガールを読んだな

あの手の漫画を買ってしまう流れはいつも同じで

広告で流れてくる漫画センセーショナルな場面だけの切り取りから飛んで

無料部分だけ読んでまあこんなかんじの話だねーと見当がついたら一応満足するんだけど

それが二回三回と繰り返し遭遇すると「あーこれ途中まで読んだなどんな話なんだっけ」って気になって

結局そんなに惹かれるあらすじでなくても記憶に引っ掛かるストレスから解放されるために課金して全部読んでしまうという

なんか不健康な感じの漫画の買い方をしてしまう…

広告経由でもたとえば「ヒメゴト」なんかは無料分読んでなにこれむちゃくちゃ面白いぞ…!!ってなった幸せ出会いだったんだけど


かいてるけどセンコウガールべつにつまらなくはなかった

なかったんだけどなんだろうな

ガールミーツガールが後半の肝になってくるんだけど

少女」の描き方がなんというのか言い方悪いけど男性作家的というのか……

うまい言い方が見つからないんだけど

文学であっても何であっても恐らくずっと昔から

作品なかに出てくる「少女」ってカテゴリはあって

でもそれは現実に生きて笑ったり苦しんだりしている10代の女の子の反映ではなく

他者欲望をどのように映し返すか/映し返してほしいかというバリエーションがあるだけの存在に見えることがある

純粋少女悪女もそう

サロメとかさ、あれ「輝くばかりに美しく残酷で幼い」存在表現したい、てやつじゃん

それはそれで美しいし好きなんだけどそれは書いた人の妄想を反射してるだけであって「人間」ではないよねーと思ってしま

なんだろうな、人間からその人の欲望に叶う部分だけを抜き出して固めて、作者の欲望妄想をよく反射するためだけに配置されてる感じ

ちょっといきがっていわゆる純文を読み始めた頃、作品なかに描かれる「少女」の人間ではなさ、現実人間との決定的な差異みたいなのをどう考えていいのかわからなかったよ

あれに比べればりぼんとかの主人公の方がまだしも「人間」なんだよな

いやセンコウガールの話だな

からこの作品女の子達はやはりそういう「人間」ではないものに私には見えてしまったと言う話

それぞれにトラウマがあり満たされない思いがありそれが分かりやすく描かれるんだけど

我ながらどうしてこう思ってしまうのかわからん

たとえばこの間読んだ「裸足で逃げる」とどう差を感じているんだろう


そういえば途中で主人公が他の子に肘鉄を食らってがくっと崩れ落ちる場面があったんだけど

そのときスカートが上がっておしりラインが見える描写がされててそれはちょっとびっくりしたんだよな

べつに描く必要のないおしりだったか

ねっちりした描写って訳でなく手癖みたいなものだったんだろうけど

なんだろなー有り体にいうとセーラー服女の子が怒ったり苦しんだりしてるところがみたい!というフェティシズムめいた欲望をなんとなく感じ取ってしまったのかもしれない

いや作者の人がそんなことを一切思っていなかったら申し訳ないが

そして思ってたとしてもそんなの作品を作る上でものすごくありふれたことなので悪いというわけではない

ただ私にとっては「人間」でなくフェティシズムを反射するための素材に見えてしまって気になった

ネガティブめには書いたがたとえば10代の頃とかに読んだらすごく好きだったかもしれない

人間のどうしょうもないことあれこれを削ぎ落として何かの純粋な塊みたいに描かれたもの子供の時にはすごく刺さるかもしれない

あと絵はすごくよくて表紙のキラキラした目とかすごくひきこまれ

[]

ぼくは美容師

専門は陰毛

今日自分陰毛をハサミで刈る

今日はどのようにいたしましょう

かゆいところはございませんか

陰毛の注文はいつも同じ

ばっさり短くしてください

承知しました

こちらもいつもどおりの返事でこたえる

できるだけ根本をつかんでグリグリとこよりを作るように陰毛をまとめる

その後、できるだけ根本からザックリと切る

ここで皮を切らないのが腕の見せどころ

陰囊もお願いしますと追加注文

まいった

こちらはより繊細なハサミ使いが要求される

バリカンだと効率はいいけどたまにイテッとなってしまうからはさみが一番いいんだけど

ひげを1本ずつ抜くのと同じくらいめんどうなのだ

でも注文されたのだからしょうがない

ほんに玉袋に毛のはえお客様の難儀なことよ

ただやっぱりこの仕事やりがい

チリチリ陰毛可能な限り大量にこより状にまとめて根本からザックリいくときのあの感触です

笑顔を見せて陰毛美容師職場を後にした

2021-03-06

anond:20210306173137

人の家に勝手に入ってタンス漁ったり壺割ったりする勇者はええんけ?

2021-03-05

おっさんちょっと若者擁護したら寄ってたかってぼこぼこにされるはてな村怖い

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/gendai.ismedia.jp/articles/-/80819

文章説得力がない上憎悪クリエイター的な記事タイトルダメポイントだらけの記事からこういう感想はええねん。

若者若者に向けて作った作品についてアラサー以上向けに解説ってのも野暮だ

90年代エロゲ語りだってmixiLINEだって、当時口うるさい年長世代がいない若い俺達の遊び場なのが最高だったわけです。/なのでそもそも年長者がこの曲に言及する事や若者語りする事自体がうっせぇわなんですよ。


でもさ、こういうコメントおっさん差別嫌悪表明禁止違反に問われるべきでは?これ書いた人がおばさんだったら同じくらいきつい語調で責めれましたか

この人も単なるおっさんなのになぜ若者の声を代弁できるのか不思議主語かいし自他境界線曖昧メンタル病みそうな思考回路。こういう人ってどういう風に自己客観視してるんだろ?

こういう若者の味方の顔して、いつまでも若者気分でいる年長者ってのも嫌われますよね。自分が表面上やり過ごされてる対象じゃないかと内心恐れてるのが文面に表れてますよ。自分はそうじゃないと思いたいという…。

この手の評論で痛々しいのは、自分は「うっせぇわ」を言う側の人間だという暗黙のマウンティングにあり、読む限りこの人も「うっせぇわ」を言う側の年代ではない。


たすけてガチャピン……

2021-03-04

動物って本質的に全員カスだよな

植物はえらい

ほっといたら地面に当たって霧散するだけのエネルギーを受け止めて、それを生産活動に充てる

地球は緑の星だ 緑は植物だ 本当に偉い

植物なかったら地球生命成立してない

メチャクチャ頑張っとる サンキュー植物

 

翻って動物はどうか?

そも、「他者を食らってそれによってエネルギーを得よう」って魂胆が気に食わない

肉食獣の残酷さみたいなものは取り沙汰されることが多いが、草食獣だってやってることは同じだ

まあ果実食の鳥とかは、生産者と消費者意図が噛み合ってるからいいのかもしれない

ほかの動物、全員クズなんだよな

ムシャムシャやってぶっ殺しておきながら、「私は何も殺さな平和草食動物です!」みてえな態度してるやつらがイチバン気に食わねえ

太陽エネルギーをせっせと変換してくださってる植物先生容赦なく食ってんだから、草殺しの顔をしろ

 

人間なんか存在せず、植物しかなかったらどんなに良かったか

争いって言ってもいまみたいに直接殺し合うヤバンな感じじゃねえ

相手にあたる日光自分にあてる 要はその一点だけ

光を介した闘争だ 間接的なんだよ本質

そういう世界が俺は良かった

動物になろうなんて言った奴は誰なんだ?

植物先生を殺す業を背負って、俺たちの暮らしは本当に楽しいか?いま!

しろ植物のほうがよほど安楽に見えるよな

本当に最低だ

「食い食われるのが自然の摂理」じゃねえんだよボケ

太陽からエネルギーを得てれば、本来殺し合う必要なんてなかったんだ

摂理でもなんでもねー

カス自己正当化

動物、全部死ねばいいと思う

乳首が浮いてる絵はえっちだよ

そのために描かれてるから

でも人間はそうでもない 混同できない

絵が好き 絵はかわいいはいい 絵が好きなんだ

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん