はてなキーワード: 汚職とは
自民党の裏金問題によって、遂に自民党の政党支持率が14%台になったと言うニュースがあった。
今まで1980年代のリクルート事件や90年代の官僚汚職事件によって「政治不信」が叫ばれることはあったが、今回は今までと状況が違っていると思う。
まず自民党に問題が起こると、野党の支持率が上がるものであるが、今回はそれすらないのだ。
はてな界隈でも「政権交代を起こそう!」という声が全く上がっていないではないか。
2010年代の日本の政治は「自民一強」「安倍一強」と言われて、野党が支持を増やせないだらしない状況がずっと続いていた。
裏を返すと、自民党さえしっかりしていれば、日本の政治は大丈夫なのだという安心感があったのも事実。
その自民党がヤバい状況になり、その代わりになるはずの野党もいない。
自民党「五輪でウン兆円の税金を使途不明金で闇に葬り去ったけど、日本人ポンコツやから逃げ切ったやで」
自民党「統一教会とのズブズブばれたけど日本人はすでにカルト化しとるからなんとか逃げ切ったやで」
自民党「裏金問題、こんなん余裕やん思ってたらなんか雲行き怪しいやんけ!この島国、無法治国家やなかったんか???」
自民党「前々から話してた、あのネタを投入するときがきましたなあ」
国民「ぐあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー、裏金?そんなんどうでもええわ。みんなで増税すりゃ怖くない理論や」
自民党「温めておいたネタを文春使って世に出したったで。いつもやったら薬やってる芸能人ネタを投入するけどそれじゃちょい弱いからなあ」
吉本「これからも税金をドバドバ流してくださいよ、期待してますよ〜」
スキャンダルは起こしたほうが悪いし隙を見せたほうが悪い面はある
最近嫌いになったのは、そもそも芸能界自体が衰退産業だからだろうと思う
有能な人間が群雄跋扈する時代、刺すか刺されるかみたいなシーンでは場ではそういうスキャンダル叩きもありなんだが
それほど憧れられる存在でもなくなり、各ポジションが「まあこの人しか居ないかなみたいな」というような、人材の需給バランスが安定した時には
もちろん汚職や違法なことであればすげ替えるべきだが、当時はくだらない理由でもメディアが大々的に取り上げ炎上していた
そうすると、政策がどうかではなくその人の人間性がどうか、あるいはその人の行動が完璧だったかどうかに焦点がずれるわけだ
これは非常にもどかしかった
特にここ数年は芸能人にも政治家並みのコンプラ意識が求められるように成り
今や芸人ですら清廉潔白でないと生き残れないという奇妙な時代に突入した
原因は高齢化とSNSの登場だ、昔は皆が週刊誌を買うわけではなかったし皆がワイドショーを見ているわけではなかったので
スキャンダルに対して「気にしない」ができたわけだが
ここ数年はバズによって一気に全員が知ることになった
結果、一定の割合の人が発狂しスポンサーに問い合わせするため、結果芸能人は炎上したら負けの戦いを強いられるようになった
こんな状況だからますます、政治家に成りたい人が居ないのと同様に、芸能人に成りたい人も、どうなんだろうね
それよりYoutuberに成りたい人のほうが多いのでは?と体感では思っていて
それに加えてテレビは衰退してるし若者も減るし、もう死を待つだけだね
というところに出てきたのが文春なんだ
やってることは昔のフライデーと大差ないんだけど、やっぱり「今」ってのがでかい
週刊誌と芸能界は持ちつ持たれつでやってきた、1990年頃のFF戦争時代には、写真週刊誌市場は600万部/四半期あった
今はなんと全部合わせて100万部を切っている
15年前からずっと苦しいと言われていたのが、更に苦しくなっていて
BBCがジャニーズを取り上げた段階でもう終わっていたのかもしれない
今の芸能界が入れ替わったら、今度こそ写真週刊誌の客はついてこない
本当は次はガーシーの時代だったんだろうと思う、第二第三のガーシーは出てくるんだろう
だから今の文春の流れは、沈みゆく船で誰かを殴ってるような、「どうせ死ぬなら最後に殴っとくか」みたいなノリを感じる
映画だとこういうシーンで「なんだこいつ」ってなると思うが、俺は今そういう心境なんだろうと思う
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参考:
https://www.sankei.com/article/20231224-AFQCTVQYHBNNDFX6CMBIJQXMCE/
『週刊文春』 20万8418
『週刊現代』 12万5869
『週刊新潮』 12万2781
『週刊ポスト』 11万7835
『週刊プレイボーイ』 6万9205
『週刊大衆』 6万8150
『AERA』 3万4570
半期で20.8万部、1年で41万部だとすると、年間売上は約2億円であり、もうお小遣い程度である
やはり文春は結構前からワイドショーなどに動画やネタを売ってるらしく
アラン・デケイロス「サルは大西洋を渡った 奇跡的な航海が生んだ進化史」
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第S1話 スメルズ・ライク・イーヴル
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第S2話 ステアウェイ・トゥ・ワンダーランド
ルイジ・ピランデッロ 「ピランデッロ戯曲集I 役割ごっこ/作者を探す六人の登場人物」
アゴタ・クリストフ「第三の嘘」
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第S3話 シー・キャント・エクスプレイン
アゴタ・クリストフ「昨日」
マイケル・カニンガム「めぐりあう時間たち 三人のダロウェイ夫人」
日経アーキテクチュア編「危ないデザイン 建設設計や運用に仕える知見を事故に学ぶ」
池澤夏樹「ワカタケル」
M・R・オコナー「絶滅できない動物たち 自然と科学の間で繰り広げられる大いなるジレンマ」
特別展「毒」
「すずめの戸締り」
ボドゲ(クイックショット、マーダーミステリー・想いは満天の星に、ワードウルフ)
友人のブログで見かけた本や、別の友人から紹介された本や、旅先の十和田市の図書館で見かけた本を読んだ。アゴタ・クリストフは再読。昔は低く評価してしまったが、再読して正解。引越し先にも持っていきたい。
ビー・ウィルソン「キッチンの歴史 料理道具が変えた人類の食文化」
スティーヴン・J・ダブナー 、スティーヴン・D・レヴィット「ヤバい経済学 悪ガキ教授が世の裏側を探検する 増補改訂版」★
山下いくと「EVANGELION ANIMA 1」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 2」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 3」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 4」
山下いくと「EVANGELION ANIMA 5」
繁田信一「平安朝の事件簿 王朝びとの殺人・強盗・汚職」★★★
「レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才」
「活字 近代日本を支えた小さな巨人たち」於・横浜市歴史博物館
特に平安時代に思い入れがあるわけではないが、何となく読んでいる。
千葉雅也はゲイコミュニティの様子が描写されていて面白い。ただ、作者がどちらかと言えばインテリ寄りなので、わかりやすく書いてくれているだけってのもあるだろう。
「EVANGELION ANIMA」は新劇場版に流れた設定があるだろうかと思って読んだ。とはいえ、シン・エヴァンゲリオンでいろいろな感情が成仏したため、考察を深めるにはいたらず。
ジャスティン・O・シュミット『蜂と蟻に刺されてみた 「痛さ」からわかった毒針昆虫のヒミツ』
尾脇秀和「氏名の誕生 ――江戸時代の名前はなぜ消えたのか」★★
ロブ・ダン「家は生態系 あなたは20万種の生き物と暮らしている」
ジャン=アンリ・ファーブル著、奥本大三郎訳「完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル著、奥本大三郎訳「完訳 ファーブル昆虫記 第1巻 下」
「シン・仮面ライダー」
かつて友人に「最近はあまり文学が読めなくて困る」と愚痴ると、「おっさんになると政治経済歴史、生物学の本を読むことが増える」という返答が戻ってきた。
あまり感情を揺さぶられたくないと感じてしまっているのか、歳月がある程度風化させたものに関心が向かうのだろうか。
現に「ファーブル昆虫記」を読み始めた。最近は何が読みたいのかがわからなくなってくると、やたらと巻数のある本を読むことが多い。昨年も「旧約聖書」を通読したし、その前は「聊斎志異」「三国志」「西遊記」、その前は「ラーマーヤナ」や「ガラン版千夜一夜物語」を読んでいる。
下村智恵理「AN-BALANCE:日本非科学紀行」第3話 魔の山を走れ
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第2巻 上」
梅津和夫「DNA鑑定 犯罪捜査から新種発見、日本人の起源まで」★
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第2巻 下」
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第3巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル、奥本大三郎訳「ファーブル昆虫記 第3巻 下」
フレデリック・クレインス「ウィリアム・アダムス 家康に愛された男・三浦按針」
高野秀行、清水克行「世界の辺境とハードボイルド室町時代」★★★
「ルーヴル美術館展 愛を描く」展
高野秀行は定期的に読みたくなる。
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第4巻上」
スージー・ホッグ「5歳の子どもにできそうでできないアート 現代美術(コンテンポラリーアート)100の読み解き」★★
スージー・ホッジ「世界をゆるがしたアート クールベからバンクシーまで、タブーを打ち破った挑戦者たち」★★★
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第4巻 下」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第5巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第5巻 下」
堀越啓『西洋美術は「彫刻」抜きには語れない 教養としての彫刻の見方』
グレイソン・ペリー「みんなの現代アート 大衆に媚を売る方法、あるいはアートがアートであるために」☆
また、先月の鶏に続いて、食肉にまつわる本を読んだ。屠畜の現場についての本も読みたくなったのだが、関心がほかのテーマに移ってしまった。「昆虫記」を読んでいると、当時のヨーロッパの屠畜について書かれているのも興味深い。
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第6巻 上」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第6巻 下」
渡邊大門「清須会議 秀吉天下取りのスイッチはいつ入ったのか?」
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第7巻 上」
武澤秀一『伊勢神宮の謎を解く アマテラスと天皇の「発明」』★★
ジャン=アンリ・ファーブル「完訳 ファーブル昆虫記 第7巻 下」
「マティス展」
「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」
読書を休んだ日が多い割にはまあまあのペース。昆虫記は8月の中頃に読み終わるだろうが、旅行にまでに間に合うかはわからない。間に合わなくても構わない。
当時はそう書いていたのだが、なんだかんだで間に合っている。
こうしてみると美術展には毎週行っていることになる。旅行先で絵画ばかり見るのにはもう飽きたと口にしているものの、そうでもないのかもしれない。それとも、歴史や神話の知識で「読解」できてしまう西洋の古典絵画に飽きているのか? だから博物館の歴史的遺物により惹かれるのか。
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