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はてなキーワード: 擬似科学とは

2021-05-18

anond:20210518063647

うちのおバカな母もいろいろハマってたな。全部、辛い現実から逃げたいがための傾倒だった、今思えば。

【偏った歴史ユダヤ人は優秀で素敵な可哀想純粋被害者、とかそういうやつを子供に事あるごとに言って聞かせる。イスラエル歴史ご存知?

擬似科学EM菌バイオセラミカブルーベリーカプセルetc. エビデンスゼロエビデンス必要としない人たちがはまる。

マルチ】なんかマイナーなやつ

FX】稼げる能力があれば良いが、バカがやるもんじゃない

【他】ありがとうと言うとなんかよくなるやつ、感謝を込めると作物がよく育つやつ、水からの伝言、その他いろいろ気持ち悪い思想

まり金をかけてなさそうだったのがまだマシなのかもしれない

2021-04-05

anond:20210405235121

でもそれで皆科学的な思考をするようになったかっていうとそんなことは全くなくて胡散臭いもの擬似科学としてかえって社会蔓延してしまった気がする。

宗教でいてもらった方がまだマシだったのでは。

2021-02-20

古文漢文をやったことに意義を感じない

全然役立った気がしないぞ

確かセンター古文満点だったし、漢文も1ミスくらいだったから、少なくとも「古典が大の苦手」ってことはない あんなんカン結構読めるしな

でも、ホントになにかに活きた感じが全然しないのよ

俺の「活きた」のハードルはかなり低い

ナショナルジオグラフィックとか見てて、森の中にひらけた場所があるのが映ったとき「あ!ギャップだ!ヤッター!」と思えればもうそれは活きた判定になる

そうすると、かなり色々活きてるんですよ

現代文:評論文を読もうという気になれる 漢字が読める 問題に使われた小説を読もうと思う

歴史:フィクションの下敷きになってる史実がわかって楽しい

科学:科学番組を観てて楽しい 擬似科学を警戒できる ドクターストーン的な作品をより楽しめる

英語:洋楽を聴いて楽しめる 洋画を原語で見ると楽しい 英語インターネットを楽しめる

数学:日常のなかでちょっとした確率計算とか測量の真似事みたいなことをして楽しめる お金計算にも役立つ

 

ほら、ホントに色々役立ってるんスよ

古典文法くんさあ……君はなんだい?

俺が日本史に興味薄いかそっち系コンテンツに触れることが少ないっていうのももちろんあるけど、それにしたって活かす機会がなさすぎる

枕草子パロディでウケられる」みたいな話を古典学習メリットとして出してくる奴いるけど、枕草子くらいのメジャー作品って逆に古典時間あんましっかりやらなかっただろ!

あいうのはむしろ中学校の初期とかにサラサラっと通すだけなんだよな そのころの教科書にはだいたい結構しっかりした現代語訳も載せられていて、ホント入り口っぽい感じの運用なんだ

で、そういう体験ツアーみたいな感じで読むメジャー作品の話しか出てこないんだよマジで 古典の話するときはさあ!

とりかえばや物語とか落窪物語とかそういうのもやった記憶はうっすらあるんだけど、ホントにうっすらした記憶なんだよな

なぜならクソつまらなかったか

古文ってほとんどカスだな……昔の日本人ゴミだったのか……」みたいなことを思いながら読んでた記憶しかない

からいからつまらないとかじゃなくて、文意をしっかり解釈できた上で、「で?」という感想しか残らないんだ

つうか、かきつばたを見て都を思い出すのはいいけどよ、そこで「この気持ちを歌にしよう、そこにかきつばたの頭文字を織り込もう!」ってなるのがホンマに気色悪いね

マジでキモいんだよな キレそうになる

ミュージカルじゃねえんだから気持ちをいちいち歌にするな 薄ら寒いねん 俺はもっと自然感情の発露が見たい

歌が技巧的だと「こいつこんな小手先テクニック弄してる余裕あるし、実は全然感情動いてねえだろ」ってなる

逆にシンプルな歌だと「クソつまらんヘタクソな歌だ、こんなん読むくらいなら黙ってた方がマシだろ」ってなる

和歌文化ホントに心から嫌いなんですよ マジで気色悪い 死んで欲しい(もう全員死んどるか!ガハハ!ざまあみろ!!)

友蔵心の俳句本質が同じなんですよね オッサンが事あるごとにヘッタクソな俳句を詠んで聞かせてきたらマジでぶち殺したろかと思うが、古文読んでると常時その気持ちになる 常時

あと、なんかムダに引用みたいなのを会話に織り込んでた記憶もある 内輪ネタへのリファレンス=賢さみたいなノリ本当にキモい 淫夢ネタゲラゲラ笑ってるのと何が違うのか

本当にカスなんだよな古文

そんで漢文だよ

漢文、さすがにバカでけえ中国産なだけあって内容はやや面白いことが多い そこは認めよう

でもこう、なんつうか、儒教的?すぎるんだよな

基本的オチというか教訓が読めるんだ この展開ならこういう教訓を引き出す方向に行くだろうっていうのが容易に読めてしまう こぢんまりと纏まってるんですよね サプライズがない

そんで、あの形式をわざわざ読めるようになる意味マジでまったく感じられない

返り点とか漢文の授業以外で一切見たことねえもん 最初から書き下して出してくれればいいじゃん

古文にも共通する話だけど、漢文ってもう増えないじゃん いや、増やそうと思えば増やせるだろうけども、増やす意味がない

中国語をそのまま読むわけでもなく、かといって日本語でもなく、なんなんだ?マジで

というか、機械的に書き下せるものをワザワザあの若干読みにく形で出してくる意味マジでからない

漢文自転車でいうところの補助輪みたいなもんだと思ってるんだけど、補助輪つき自転車トラックをビュンビュン走らされてるような違和感がある

ガッツリやりたいなら補助輪をとれ 軽くやりたいならそれなりの軽さにしろ 半端やねん全てが

つか、内容、古文よりマシとはいえ意味わからんのも多いしな なんか突然神仙要素が出てきて、昔の中国ってこんなノリなんだ〜…ホーン…と思いつつ終わることが多かった

何が言いたいかからなくなってきた

とにかく、古文漢文文法からガッツリやるようなものではないんだよな

それよりスペイン語でもやったほうがいいですよマジで スペイン語やったらイタリア語ポルトガル語あたりもうっすら分かるようになるし、英語への理解もより多角的になる感じあるもん

¡Que mueran los hatenars! ¡Os odio!

ホラかっこいいじゃんスペイン語

朝ぼらけとか言ってる場合じゃないですよ、マジで

 古文死ね ああ古文死ね 古文死ね

  つまら和歌を 詠むんじゃないよ

マジでこんなクオリティ和歌ときどき出てきてたからな 問題用紙破り捨てたくなるもん

俺、なんなら古文なかったほうが先人への尊敬度高かったと思う

古文いくら読んでも軽蔑の念しか出てこないんだよな 垣間見文化とかもキモいし、とにかく全体的にキモすぎる 

あと平安あたりだと都なんかに住んでる貴族しか出てこないのも腹立つ 所詮金持ちボンボンどもが暇にあかせて遊んでるだけやんけ

本当に嫌いなんだ俺は

2019-12-02

anond:20191202122937

その指摘そのものに「負の性欲」なんていう擬似科学的糖衣をまぶして「これが科学的真理、これを理解できない女はアホ」みたいな態度とったらそら怒られるやろ。

2019-07-05

擬似科学科学的には正しくないが政治的には正しい

結局これに尽きるんだよね。

擬似科学って科学には反してるけど政治的正しさには反していない。

擬似科学ヘイトスピーチ歴史修正主義に加担した?してないよね?

擬似科学人達はわかっていないけど正しさって一つじゃないんだよ。

科学的正しさと政治的正しさのどちらに重きを置くか、ってこと。

そもそも擬似科学批判って被害者へのセカンドレイプマンスプレイニングトーンポリシングなんですよ。

お前たちは科学リテラシーのない知的弱者から騙されるんだ、って間接的に言ってるわけ。

あなた方にそのつもりはなくても被害者はそう受け取るの。これって政治的に正しい?正しくないよね?

逆に擬似科学弱者擦り寄っている寄り添っている。科学的に正しくないので問題解決しないけどその分不安感を軽減している。

まり擬似科学患者クランケ)に安心を投与しているんだよ。寄り添うってこういうことだよ。うんうん政治的に正しいね。

からない人はわからないだろうなあ。これ以上言ってもきっと水素水かけ論 水かけ論になるんだろうし。

2017-09-13

「みんなが君を笑うけど、君は自分の信じた道を進めばいい」みたいな

中学高校くらいの時はこの手の歌や歌詞勇気づけられてきたけど

30歳を超えた今になって改めて聴くと、極端な考えや偏った思想の持ち主を肯定できてしま

危うさを感じる。

なまじ歴史修正主義やらニセ医学擬似科学の論争を長いことウォッチしてしまっただけに

なお更そう感じてしまう。

悲しいね

2017-09-01

低能連呼マンの人が「低能ネトウヨ」と争ってることなんて少なくない?

擬似科学とか福島関連では出てくるけど、自民党とか安倍内閣とかの話題に絡んでるのは見たこと無い。

2016-08-28

思いつきで擬似科学っぽい話をするインストラクター

いや、擬似科学なのはいいんだよ、病は気からとも言うし

世間にはそう言った類のものが溢れており、それなりに体系化されているし

漢方だったりインド薬学だったり、嘘とまでは言い切れないものだってたくさんあるわけだしね

整体流派だったりツボだったりも、まるで関係ないわけでもないだろう

けどそういったものを読みかじり聞きかじりした知識から勝手アレンジして適当なことを言うのはやめてほしい

適当に思いつきで言ってる話というのは、言い方話し方でなんとなく分かるもんなんだ

江原啓之の話し方もそんな感じだったけど、似たような感じ)

一気に白けて、そのクラスの全てが胡散臭いものに感じられてしま

ストレッチなんかの人体に関する知識は間違ってないんだろうし、そこだけちゃんとやってほしい

嘘も方便とばかりに勝手不思議な話を創作しないでくれ

そのつまらない一言で全体評価を下げてるんだよ

ストレッチクラスインストラクターが、たまにオカルト的な話題をする」じゃなく

オカルトかぶれのインストラクターストレッチクラス」にそろそろ感じ始めている

クラス自体は気に入ってるんだからあんまり余計なこと言わないでくれ

2015-08-03

http://anond.hatelabo.jp/20150802170546

精神分析擬似科学。なぜなら科学方法に欠けているから。以上。

科学方法の不在を指摘されているのだから反論したいなら、精神分析科学方法に則っていることを示せばよい。

2014-08-01

http://d.hatena.ne.jp/scopedog/20140729/1406649206

これのブクマ読むと擬似科学的な扱いを受けてるようにみえる

でも、軍事の話全くわからんから、どのへんが破綻してるのかよくわからん

2013-08-20

擬似科学のとても簡単な見分け方

ネット界隈では盛り上がるネタの一つである擬似科学」。

アヤシゲな話に騙されない為にも、何が擬似科学で何がそうじゃないかを見分ける能力を身につけるのは

重要な事だと思うのだが、擬似科学を扱ったサイトを見てみても、そういった事を書いたのは少ないし、

あったとしても「科学リテラシをつける」みたいな感じの「そんなのできたら苦労しないよ」ってなのが多い。


そこで私がいつも使ってる、とても簡単な擬似科学判別方法を紹介する。

といってもかなり荒っぽいものから、後述するようにうまく当てはまらない場合もあるけど、

擬似科学を疑う最初ステップとしては非常によい方法だと自負している。


その方法は、「これまでの研究をくつがえした」と言ったら、とりあえず眉に唾をつけるというものだ。



で、なぜこの方法がうまくいくか。それはそもそも科学がどういうものかを考えてみればわかる。

科学、とくに物理学の素晴らしさは、物理学のいろんな分野が膨大な現象を説明し、数百年もの間に膨大な工業製品に応用されているにも関わらず、

それらが全て整合性が取れ、矛盾していないところにある。


定説となった科学理論はどれも、世界中で行われた膨大な数の実験と、膨大な整合性確認という強烈な淘汰で勝ち抜いたものだ。

からこそこうした驚嘆すべき整合性があり、その整合性こそが科学根本価値の一つである


であるのだから、「これまでの研究をくつがえす」などという事は基本的に起こらない。

だって過去理論がくつがえったのだとしたら、それってそれを実証した膨大な実験が全て実験ミスだったって事でしょ?

そんな事ありえるはずがないのだ。



…こんな事を書くと、「相対性理論はそれまでの理論をくつがえしたじゃん」って指摘が入りそうだけど、これは認識が間違っている。

相対性理論はそれまでの理論をくつがえしてなどいない。

(本論とは関係ないので興味の無い人は「話を戻そう」の行まで飛ばしてください。)


これはちょっと説明を要する。まず相対性理論以前の理論ってのは、物体が「常識的なスピード」で動いているケースを扱ったものだ。

ここで「常識的」ってのがどの程度なのかは略すが、時速1000キロくらいでも何ら問題ない。


それに対し、相対性理論ってのはさらにずっと速く秒速30万キロ(=光の速度)程度のものを扱った理論だ。

ってなわけで相対性理論はそれまでの理論適応範囲が違うので、決して前者が後者を「くつがえした」わけではないし、

過去実験も全て物体が常識的なスピードで動いているケースのものなので、尋常でない速度を扱った相対性理論とは矛盾しない。

相対性理論が示したのは、それまでの理論適応できる範囲には近似の点から見て限界があるという事。)


しろ相対性理論が作られた時求められたのは、それまでの理論過去実験結果との整合性だ。

前にも言ったように、整合性が取れてなければ、過去の成果が全て実験ミスだったという無茶な結論になるからだ。

から科学整合性は相変わらずくつがえらない。




…話を戻そう。

ってなわけで、科学理論は基本的にはくつがえされないし、「これまでの理論をくつがえした」と称するものは大抵単なる大嘘だ。

から前述の方法は大抵の場合擬似科学のよい判断基準となる。


しかしこの判断基準も絶対ではなく、うまく擬似科学を判別できないケースもある。

最後にそれを指摘して本稿を終わろうと思う。


まず理論最先端過ぎて、定説が固まってないケース。

この場合はまだ科学の側が準備不足なので、「これまでの理論がくつがえる」事もありうる。

しかしこうしたケースではそもそも正しい理論がなんなのか誰も知らない状態なのだから

いずれにせよ眉に唾つけてかからねばならない事には変わりが無い。


もう一つのケースは何らかの理由で実験しづらかったりデータがとりづらかったりする分野の理論場合

(例えば医学では倫理的理由で実験ができない場合があるし、深海の奥底のように人類が到達できなくてデータが取れない場合。)

前述のように科学の信頼性は実験とそれを支えるデータにより担保されているので、

こうしたケースで完璧な信頼性を保証するのは難しく、「これまでの理論がくつがえる」事もありうる。


しかしこうしたケースであっても前述の擬似科学判定法はある程度よい基準になる。

なぜなら、科学進歩普通の人が考えるよりもずっと遅く、10年かかってやっと一歩進むか進まないか

というようなレベルからだ。


残念ながらテレビを見ていると自称科学者達が「これまでの理論がくつがした」と称して

怪しげな自説を言っているのを頻繁に見かけるが、

科学進歩が数十年単位である事を考えれば、こうした自説の大半は間違いなのだ


から「これまでの理論がくつがした」ものはいずれにせよ眉に唾をつけ、

色んなメディアで色んな学者から同じ説を複数回聞いて

はじめて新説をちょっと真面目に調べてみる、というくらいの距離の取りかたでも十分では無いかと思うのだ。



追記:

いうまでもない事だが、本稿がいいたいのは、「「これまでの理論がくつがした」といったら大抵は擬似科学」というものであり、

「「これまでの理論がくつがした」と言わなかったもの擬似科学ではない」というものではないので、その点は注意。


さらなる追記:

本稿はあくまで「科学にあまり詳しくない人が努力せずに疑似科学を見分ける」という視点で書かれているので

論を簡単にする為細かいところで色々とごまかしたのだが、その辺を的確に指摘してくれた方(http://anond.hatelabo.jp/20130821065224)がいるので

興味のある方はそちらも参照ください。また同じ方の指摘により、誤解されそうな部分を微修正した。指摘してくれた方、感謝

2012-07-02

血統主義少年漫画が多い」=「オカルト非科学マンガが多い」

はてなブクマ

日本少年マンガは、血統に秀でた主人公が多い、

 そんなのでは萎えいか感情移入できないんじゃないか?」という問題指摘が

中国人マンガ愛好家からあった。

http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1719416.html

主人公が戦いの中で強くなる、強さを見せるというのはアニメ漫画における

>爽快なシーンですが、その強さの理由に「キャラクターの血統」といった背景が関係することも

>多いかと思います中国オタクの中には「強い理由が血統」ということについてちょっと

>考えてしまうこともあるらしく、中国ネットで話題になっていました。

>考えてみると日本の作品の主人公の強さって、結局は血統で決まってない? 

>強いキャラはみんな「良い血統」という背景がある。主流な少年漫画を見てみれば、

ルフィナルトゴン一護リクオもハッキリと血統による強さとなっているし、

コナンなんかでも同じ分野で優秀な親の才能を受け継いでいる。

>優秀なキャラには、優秀な血統が背景としてあることが多いね。ここまで多いと、

>この設定が日本人感覚独自の強い説得力を持っているのではないかと考えてしまう。

>血統か……特に印象的なのはNARUTO」かな。ロック・リーはどうすればいいんだ……

ジャンプ系だと、「るろうに剣心」が血統による強いキャラってのが出てないね

>ただ、あれは時代設定的に明治維新というそれまでの封建体制が崩壊した時代と関係するから

>血統重視のキャラが出ていないのかも。(続く)

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0629&f=column_0629_029.shtml

少年漫画範疇ではないけど「ベルセルク」のガッツは血統とか全く無いキャラだね。

>言われてみればああいうのは珍しいかも。日本アニメは昔からそうだぞ。

>お前ら「一休さん」が単なる片親しかいない子供だと思っているのか?

一休南朝天皇私生児で、出家しなければ大きな問題になっていた。

>それと単なる寡婦だと思われていることの多い母親藤原氏の血統だから

一休はスゴイ血統のキャラということになる。

>全てが血統によるものではなくても、本人の努力師匠存在、育った環境過去

経験と同じかそれ以上に重要ものだったりすることは多いかも。

それから血統と背景があると話が作り易いのかもね。伏線にもできるし。

>正直、修行で強くなったりはするけど強くなれた理由が結局は血統による能力ってことだと、

>なんとなく冷める時がある。

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2012&d=0629&f=column_0629_029.shtml

成る程、と思ってよくよく考えると、もっと根の深い話が日本少年コミックには

あるような気がした。

いわゆる「日本少年誌」というのには

ファンタジーSF伝奇モノ」が多くて、

スポーツモノ・学園モノ・ギャグコミックが少ない」ということもあるのではないか

30年以上前自分小学生の頃の「ジャンプ」「サンデー」「マガジン」などは、

もうちょっとスポーツモノ・学園モノ・ギャグコミック」が多かった気がする。

特に学園モノ・ギャグモノとかは、主人公の血統を問わない設定が大半だし

有閑倶楽部あたりは違うな、少女漫画だが)、スポーツモノも、

主人公の血統がいいパターンは、あまりないと思う。

なので、自分小学生の頃は、それなりに少年マンガを読んでいたと思う。

しかしその後、少年マンガを暫く読まないまま大人になり、たまに散髪屋とかで

ジャンプ」「サンデー」「マガジン」あたりを手に取ると、

殆どファンタジーSF伝奇モノ」で、ビックリした。

ここでいう「ファンタジーSF伝奇モノ」というのは

主人公超能力や霊力を駆使したり」

現実世界ではありえない世界設定」だったり

現代科学に則らない法則を前提とする」マンガのこと。

こういうマンガでは、そりゃ血統の設定が重要視、当然視される。

自分は元々が「オカルト擬似科学嫌いな理系チック人間」なので、

主人公超能力で対決する」という設定のストーリー、と分かった時点で

「次の頁を一切見たくなくなる、興味が萎える」。

ジャンプ辺りで「安心して読める」のは、せいぜい「こち亀」くらいか

(あれもハチャメチャなマンガではあるが、一応現代科学法則を逸脱はしていない)

それ以外は全て超能力系だったりして、腰抜かした。

まあ自分が「今の小学生」だったら、これら3誌は絶対買わないなあ。

ジャンプサンデーマガジンでこんなに非科学マンガが横行して、

 日本科学リテラシー大丈夫か?オカルトに嵌る若者を産みだす下地を作ってないか?」と

心配になる反面、

少年マンガの売れ行きが減少しているのは、オカルト流行りの連載ばかり

 厚遇されている誌面作りに、小学生中学生が飽き飽きしているから、

 彼等もバカじゃない」という側面もあるのでは?と思うので、少し安心する。

せめて成人コミック程度に、

オカルト頼みじゃない、リアルワールドコミックの比率を高めようよ」と

集英社小学館講談社に言いたい。

2011-08-02

http://anond.hatelabo.jp/20110802185301

子育てに遺伝やらDNAやらを持ちだすのは基本的に擬似科学なので、そんなの気にせず普通に勉強して普通に子どもを産めばいいと思うよ。

遺伝子だけ見て子どもがどう育つかなんて分かるわけがない。

2010-11-22

生半可な知識で「本能」「進化」「遺伝」といった言葉を使いたがる人は自己正当化をしたいのかね。

本能だから正しい」「遺伝だから仕方ない」と。

擬似科学に騙されそうだこと。

2010-02-11

http://anond.hatelabo.jp/20100211155827

姓名判断で悪い結果が出ているから」という理由で自分名前を貶されたら、誰だって怒るんじゃね?

それも冗談で済む?

動物占いは、本とか見ないと誰がどの動物かは分かりづらいから、まだ助かっている。

血液型性格判断は、血液というデリケートな領域を扱っている上に、

誰にでも簡単に分かるということ、さらに擬似科学的な要素も相俟って、特に問題視されている。

2009-09-24

科学リテラシーEQは「反比例」する?

知的水準が高く、かつ理系比率が高い「はてな」は、

擬似科学感情が強く、参加者根底の思いとして

一般ピープル科学リテラシーを高めて、血液型占いとかの

 疑似科学を衰退させなきゃ」という思いが根強い。

しかし、「科学リテラシーが低くても、社会生活上支障ないじゃん?」という

投稿がはてなブックマークを集めている。

http://d.hatena.ne.jp/filinion/20090921/1253543117

>世間一般の科学知識って、実は絶望的にレベルが低いんじゃないか、とは、私も過去何度か感じたことがあり。

>でも、逆に考えると、その程度の知識しかなくても、多くの人は幸せ人生を送ることができてるわけですよね?

>それも、そういう人がとりたてて低学歴社会的地位が低いとかそういうことではなくて。

>……ウチの奥さんだって、明らかに科学リテラシーは私より低いけど、社会人としての適性は私より高いし。

そうそう、ウチの妻も科学リテラシーめちゃ低いケド、世渡りは小生より「上手」だ。

これをもっと直球で言えば、

理系人間科学リテラシーを有している人間)は、確かに論理的思考力や知識には

 秀でているが、うまいこと世渡りをする術、以前の流行語で言えば「EQ」が低い」

と言えないか?

例えば、科学リテラシーが高い人は、血液型占いについて、基本的に否定的である。

しかし、例えば職場での茶飲み話で、血液型占いの話題になったときに、

真顔で「あれって科学的根拠ないんですよ、皆さん騙されていませんか?」と

言ってしまうと、「場の雰囲気」がぶち壊しになる。

一方で、科学リテラシーが低い人は、場の雰囲気を壊すことがなく、

会話も弾み人脈も維持する。

どちらがEQが高いか、は明白である。

あるいは女性とのデートの際に、ついつい理系的な受け答えをしてしまうと、

「場の雰囲気を壊してしまい」、女性に逃げられてしまう。

異性獲得という側面においては、なまじ科学リテラシーが高いと

「足を引っ張ってしまう」面がある。

(勿論、「理系的な頭のいい人がいい」という女性もいるだろうから、

 科学リテラシーが100%ダメ、ということはないのかもしれないが)

まあ、一番「賢い」のは、

科学リテラシーを持ちながら、場の雰囲気も察して、

 TPOをわきまえて、科学リテラシーを『封印』する」理系人なんだろうが、

その『封印』のタイミングが難しい。

血液型占いだと擬似科学臭が濃厚なので、

小生も「TPOを察知して封印」という「大人の態度」を取れるのだが、

ビミョーに疑似科学だと、うっかり『封印』し忘れることがある。

以前、職場の話題で「フロッピーディスクドクター中松発明したんだってね」

という話題になったときに、「いやいやあれはドクター中松じゃないんですよ」と

うっかり言ってしまって、「場が白けた」という失敗を個人的に経験している。

この場合、変にドクター中松フロッピーディスクについて「予備知識」を

持たなかった方が、「EQ的には高い」のである。

2009-08-11

http://anond.hatelabo.jp/20090811133348

最近は、クラスタがはっきりしてきて、昔ながらの「はてな村の議題」みたいなのはなくなってきてるかなぁ。

政治を語るクラスタウェブマナーを語るクラスタ擬似科学を語るクラスタプログラミングについて語るクラスタ人間関係について語るクラスタ…。

そろそろ最近の話題についてひとこと言っておくか、みたいなやつは、Twitterに移行してしまったし…。

あ、でもちょっと前は「ハックルベリーに会いに行く」の人が人気だったね。

2009-02-25

是非、科学史の人たちに作ってもらってください

今さっきググったら、東大駒場学生向けに、生命科学の入門的教科書出版されていることに気がついた。

文系のための生命科学

東京大学より初の文系向けテキストが登場!「食」「健康」などの身近な話題から「生命倫理」まで,社会的関心の高いテーマを軸に生命科学の基本を解説.一般教養を身に付けるために最適!日本図書館協会選定図書.

http://www.yodosha.co.jp/book/9784758107211.html

理系総合のための生命科学

東京大学発の必修教科書第2弾!今回も強力な執筆陣が,分子から細胞,個体,種への連なる生命現象の全体像を基礎から解説.理・医・農・薬・歯学部など生物系を専攻するなら,必ず読んでおきたい一冊!

http://www.yodosha.co.jp/book/9784758107112.html

教授から、上記のような生命科学教科書をつくる動きがあると聞いたときに、開口一番

「是非、科学史の人たちに作ってもらってください」

と言ったことを思い出した。

本自体は総合文化研究科生命系の人たちがオムニバス形式で作成したようだ。

 

科学史に対する勝手な思い込みもあるのだけど、

擬似科学ニセ科学進化論論争といった話が盛り上がるのを聞くたびに、

科学史が決定的に足りていないよな、と思う。

 

理由は、「あまりに科学が進みすぎた」こと。

「」付きにしたのは、「普通に生きている人が共通常識として共有するには進みすぎた」程度の意味

もちろん、「普通の人」だけではなくて、医師国家試験でも、そういった進歩の弊害は指摘されているようだ。

現代において正しいとされている科学的知識を得たところで、

多くの人は空中分解しちゃうんじゃないかな。

 

だからヒストリーとしての科学が必要だろうと思う。(ヒストリーと書いたのは「ゲシヒテではなくて」程度の意味

もちろん学問としての科学史科学者研究的な面や公共政策学的な面があるのは、

デカルト研究とか、ダム建設科学的根拠を住民がどのように受け入れたかとか、そういうテーマ

寡聞ながらも承知しているのだけど、

「大きな科学物語」が必要なんじゃないのか、と思うのですよ。

 

最近増田大学院の話が盛り上がったけど、

今の教授たちが学生だった頃に比べると、修士といえども桁違いの知識が要求されるわけでしょ?

しかも、ネットを使って、そういった知識に簡単にアクセスできるから、

「知りませんでした」とは言えない。

情報量が多すぎて、分析コストが大きくなりすぎる、

Analysis Paralysis になっている大学院生も多いんじゃないかな。

 

Analysis Paralysis なのは、大学院生だけではなくて、

普通の人も同じでしょう。

擬似科学ニセ科学進化論論争というのは、

普通の人にとって「科学的であるためのコストが大きすぎること」が問題の本質なのではないですか。

今更、科学の量は減るわけではないので、

触媒化学反応に必要とされる活性化エネルギーを下げるように、

科学を理解する触媒となる物語が必要だろうと思うのですよ。

 

工学出身の東大現総長の小宮山先生が、「知の構造化」を掲げている。

確かに、マインドマップ的な構造化・可視化も、科学理解の手助けになると思うけど、

物語が一番理解しやすいと思うんだよなあ。

 

 

 

アタシ

 

黒曜石

 

割るとガラスみたいに尖りやすい

 

昔から

 

ナイフに使われてた

 

みたいな

 

だからさ

 

ねぇ

 

磨いてよ

2009-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20090206194726

臨床心理学って擬似科学扱いされてる部分もあるから注意しよー。

認知療法とかカウンセリングとか微妙ーー。しかも結構お金かかるし。。

薬でなんとかなるなら、圧倒的に薬のほうがいよ。

基本は投薬と休養。それ以外は電気痙攣療法とかあるけどあまり使われない。

医者と薬を信頼して。薬は飲み続けたほうがいいよ。

2009-01-22

投稿ミスったら変な事になった(汗

http://anond.hatelabo.jp/20090121235603

に対して。


疑似科学批判者が二言目には「疑似科学擁護者や疑似科学批判批判者はおそらく無知」というのはどうなんだろうね。確かに確率的にはその方が多数だろうから、そう思うのも無理はない(実は俺も内心そう思ってるし)。しかしそれを公然とおおっぴらに認めてしまったら、「こいつらとは話し合う価値もない」で終わってしまうわけで、それならその通りなにも話す必要はない。

そもそもニセ科学批判批判者がニセ科学批判を批判しなければ話し合いが発生する余地は無い。

なぜならニセ科学批判の目的ニセ科学批判であってニセ科学批判批判への応答では無いから。


1.ニセ科学を批判したら

2.擁護or批判批判をして来たので

3.話し合ってみたら

4.無知な上に無知改善する気配も見えないので

5.話を終える


最終的に無知と判断されるニセ科学擁護者やニセ科学批判批判者と、ニセ科学批判者とのやりとりって大体こんな順番。

で、tittonさんが言ってるのは『4、5をやるならなら、そもそも3をやるなよ』って事なんだが、3をやってみないと相手が無知かどうか何て判断出来る訳が無い。

今までの経験から2をやる人間は大体無知である可能性が高いよなあという話はすれども、2の段階で相手を切り捨てるニセ科学批判者は今後も出てこないだろう。

何故ならそれは科学者の態度ではないから。


疑似科学批判はある意味馬鹿を相手にする作業」だ(学校の教師とか新米社員を指導する上司とかも同じ)。逆に言えばそれに耐えきれず「こんな馬鹿とはまともに話したくない」とサジを投げてしまうような人には疑似科学批判は向かないと思うよ。

ここで突然に疑似科学批判者が相手にしている物が『疑似科学擁護者・擬似科学批判批判者』から『疑似科学』と入れ替わった話になっているのは何故だろうか。


また「科学を根拠に水伝ダメだとは批判していない」については、「適切な根拠を用意できていないまま批判している」から問題だと言っている。

馬鹿は騙されるぐらいが良い』って詐欺を容認するような事を言ってのける人間が判断する『適切』は、一体誰が許容する『適切』なんだろうか。


疑似科学批判のパターンはだいたい次のようなものが多い。○○が批判される立場の疑似科学だとすると、

1)○○の科学的な誤りを列挙。それゆえ○○は科学的に誤っていると結論。

2)にもかかわらず○○は科学と自称していると主張。

3)科学でないものを科学と喧伝する○○はけしからん。そんなものは社会から排除しよう!

2)で『にもかかわらず』を使いたいならば、1)に『○○は科学を自称していない』が必須。日本語論理的に言って。

つまりは日本語破綻しているか、論理破綻しているかのどちらか。すなわち『駄目』って事。


疑似科学批判の中にはほとんど言いがかりこじつけのような安易なものが少なくない。これはいわば魔女裁判と同じで「魔女だ!」と言われてしまえば、疑似科学側から反証することは難しい。またそのような「暴走」に疑似科学批判者側が自主的に歯止めをもうけようという動きもない。

破綻した物を前提に話を進めているので、それだけでも意味が無い話だと結論できる部分。

ついでに現実存在する疑似科学批判は『実証されていないものを実証されたと強弁している物』を対象にしている物ばかり(水伝とかゲーム脳とか血液型性格判断とか)なので、

言いがかりこじつけのような安易なものが少なくない。

というのは事実に反する言いがかりこじつけに類する物だと言える。

破綻言いがかりを重ねた上で発せられる『暴走の懸念』は、徴候さえ存在しない事実も踏まえれば、ほとんど考慮に値しない。


3)については、それが社会から排除されるに見合うほどの大罪なのか?という量刑が常に疑似科学批判者の一方的な判断で行われているのが問題。

法的にも犯罪だという判断が行われてるが、犯罪社会から排除されるべきではないとでも?

現実被害者が出ているというのに『一方的な判断』とは、無知もここに極まれり。


かつて科学が神を冒涜する気などないのに神への冒涜だと一方的に断罪されたことの裏返し。どんなに価値のある思想であっても、ちょっとでも抵触すれば断罪され社会から排除されなければならないのか。

実証されていないものを実証されたとするニセ科学は、その意図が有ろうと無かろうと科学を否定するものだ。

かつて、神の存在を確かめようとしていたのに神への冒涜だとされた科学とは明確に違う。


それについて疑似科学批判側は説得力のある説明を用意していない。そういう点が問題であり、疑似科学批判側が何らかの自浄作用を見せないと、疑似科学批判そのものが世間から信頼を失うだろう、と警鐘を鳴らしている。

色々な場所で、幾度も、ニセ科学批判の批判対象に『将来科学になり得る物は入らない』と説明されている。

これに説得力を認めないのは『科学が何を対象としているかを理解できない人間』の個人的資質に帰結する問題だ。

警鐘を鳴らすのは勝手だが、それが考慮に値する者として受け入れられないのは、疑似科学批判批判の場合は往々にして警鐘を鳴らされた側の問題ではない。

それは、詭弁無知破綻だらけの警鐘を鳴らす側にこそ存在する。

2009-01-21

匿名ダイアリーに書いたのには深い意味なし

http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-4ad1.html

から始まった

http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20090119

あたりでのもめ事に横から口出し。

表題の通り、匿名ダイアリーに書いた理由は

・横やりとしてコメント欄に書くには長すぎる

・かといってこのためだけにブログを立ち上げる気力は無い

からで、特に意味はないです。

で、結論としては、そろいもそろって「トンデモが言うことはトンデモだからちゃんと聞く必要は無い」という考え方に取り憑かれている様で。

NATROMさんとかもっと理性的に相手の言うことを聞けると思ってたんだけど。

tittonさんは結構まともなこと言ってるのに相手がそんな状況だから理解されずに孤立無援になっちゃってるという。

以下、各論。

そもそもtittonさんは『「水からの伝言疑似科学ではない』なんて事言ってない。

tittonさんが言ってるのは、『水伝批判に疑似科学批判メソッドを用いても無意味』ってことだと私は読み取りました。

tittonさんがはじめに水伝に言及したのは

これって水伝批判の構図と同じだよね。水伝自身は「これは科学ではない」とはっきり言ってるのに、「いや、科学と言っている。科学でないものを科学というのはけしからん」と批判しているわけだ。

これじゃ魔女裁判と同じで、いったん嫌疑をかけられた側は反論しようがないじゃん。こういう浅はかな人たちが疑似科学批判ブームのって、社会正義に酔いしれている事の方がよほど危険

って事で、水伝疑似科学じゃないなんて一言も言ってない。

この文をTAKESANさんが変に読んで

上で自ら水伝話と絡めているので、「なぜ水伝擬似科学では無いか」もよろしく。まだ説明を頂いてませんので。

って言い出した。これはTAKESANさんの読解ミス

まあ、tittonさんもそのミスを指摘せずに

だから水伝は(少なくとも最近水伝は)科学を自称していない。科学でないと明言さえしている。科学を自称していないものを疑似科学と呼ぶなら宗教だって疑似科学になってしまう。疑似科学宗教も人心を惑わすという似たような面を持っているが、同じ方法では対抗できない。科学科学でないものを批判できない。(有害な)思想思想として批判すべきこと。

って返事しちゃったから、疑似科学批判側が誤解したのも無理はない。

でも、この文にしても、へんなフィルターがかかってなきゃ、

水伝科学を自称してない→だから水伝批判に疑似科学批判メソッドを使っても意味はない

とも読み取れるはず。まあ、正直伝わりづらい書き方だとは思うけど。

で、この読解ミスと返事から議論が始まってるから、そもそも噛み合うはずがない。

tittonさんが言いたかっただろうこと

水伝実験が間違っている。

ということは「科学を使って」言える。

しかし、

水伝実験が間違っている→だから水伝側の主張は間違っている

ということは「科学を使って」言うことはできない。

昨今の疑似科学批判者は科学の名を騙って思想を批判することが多い。それは科学科学以外の目的に使っているわけで、疑似科学論者がやっていることと同じ。科学が批判できるのは提示された事柄が科学として見た場合妥当か否かだけであり、思想までは判断できない。

また「科学を装っている」という人もいるが、装っているかどうかは多分主観的なものであり、文章をどう解釈するかとか社会通念に照らしてどうか等は科学が扱う問題ではない。もちろん科学とは別個に、有害思想詐欺行為として批判するならそれは自由だ。しかしそれを科学の名の下に行うのは科学を逸脱した行為。

で言ってるのは多分そういうこと。

疑似科学批判は『水伝実験ダメダメなんだぜ』までで留めるべきで、『だから水伝思想ダメダメなんだぜ』までは、「科学を使って」言うべきではない。

これは至極真っ当な主張だと思うんだけど、疑似科学批判批判っていうレッテル貼っちゃうとちゃんと読み取れないんだろうなぁ。

水伝思想が正しいとも間違っているとも言っていないことにも注意。

聖杯工業(株)について

titton 俺はあなたのサイトの愛読者なのだがね。聖杯とかを騙ったグッズを売っている会社があればキリスト教信者疑似科学信者になるの?会社疑似科学なだけだろうに。rev-9人はそういう安易さに逃げたくなるものだw

がtittonさんの考え方の説明になってるっていうのはその通りだと思うけどなあ。この辺もみんなちゃんと読む気がないんだろうなあ。

sunagimo2 バチカン(江本)が聖杯工業(株)を設立して、そこのサイトに「主と聖杯科学する」と書いていて、なおかつ信者がこぞって聖杯グッズ(なんか適当科学っぽい説明つきの)を買い求めればそうなる

そうなりますかね?

聖杯工業疑似科学になるのはtittonさんも同意してますよ。(だからNATROMさんの『tittonさんがどうお考えになるかは自由ですが、だいたい読者のみなさま方は納得されたようです。tittonさん以外で、どなたか「バチカン聖杯科学的だと自称して売り始めたら疑似科学とみなされる」点について疑問の方はいらっしゃいますか?』は的はずれ)

キリスト教信者」が「疑似科学信者」になるんでしょうか?

聖杯グッズの科学的な効用を信じて買った人は疑似科学信者になるでしょう。

しかし、科学的な効用とは関係なく「信仰心から」聖杯グッズを買った人も居れば、聖杯グッズに関係なくキリスト教信仰してる人も居るわけで、そういう人たちに『聖杯グッズの科学効用の批判をしても信者には効果無い』っていう事は容易に想像出来るじゃないですか。

つまり、

a.水伝実験科学的だから信じる

b.水伝実験科学的じゃなくても信じる

c.水伝実験関係くそ思想を信じる

の三種類の人が居る状況で、aにしか通用しない『水伝実験科学的じゃない』っていう主張に意味は有るのか?ってことですよ。(ましてやその主張が再三されてaはほぼ絶滅してる状況で)

tittonさんの疑似科学批判批判の根本はここかなあ。bやcに対して、したり顔で「水伝実験科学的じゃないんだぜぇ」って言ってどうすんの?ってことかな。

(個人的には社会全体に対して発信する事は意味があると思うけど)

それを踏まえて今回の根本に戻る

で、TAKESANさんに↑みたいなヤツだなあって言ったのが今回の根本かな。

でも、少なくとも今回に関してはTAKESANさんが悪いのは確定的に明らか。

そもそも「確定的に明らか」でググれば「巨乳貧乳では巨乳の方が優れているのは確定的に明らか」が三番目に出てくるんだから、どういう使い方をされるかくらいは想像できるはず。

それに対して

画面脳レベルダメさですね、この人。何を的外れな事を言っているのか。

っていう言い方をして(しかも他人のページに対するブクマコメに対して)「バカにした」んだから、召還したtittonさんに煽られてもTAKESANさんはしょうがない。

まとめ

で、私の個人的まとめとしては、

・「疑似科学ではない」と「疑似科学批判メソッドで批判しても意味はない」を混同している。疑似科学批判側もしてるし、tittonさん自身も多分混同してる。

・tittonさんは孤立無援になるほどトンデモさんじゃない。

・NATROMさんやTAKESANさんはフィルターを介さずtittonさんの文を読むべき。

てとこでしょうか。みんなもっとちゃんと読もうね!

当然ですけど、tittonさんの考え方を私はこう読み取ったっていうだけの話なので、ご本人の考え方とは違う可能性があります。

で、tittonさんの考え方に対して個人的に異論はあるけど、その辺はNATROMさんたちがやってるんで、今回は遠慮します。

さて、現実逃避はこれくらいにして卒論やろ。

2008-12-24

http://anond.hatelabo.jp/20081224091045

実際にそうなのかは知らないけど、もしそういう批判があるとするなら、

現実から乖離した難解なだけの言葉遊びに終始してる研究者とか、

サブカルチャーについてクソの役にも立たない自分主観を嬉々として語るオタクとか、

偏った政治信条を合理化するための擬似科学を展開する人とか、

そういう人らを十把ひとからげにして批判されてるんじゃね?

カルチュラルスタディーズの人の中でも、

きちんと文化人類学とか社会学とか心理学とか経済学とかのバックグランドがあって、無駄に難解な言葉も使わず、

統計やエスノグラフィで現実世界の仕組みを明らかにしようとしてる人たちも当然いるわけだから、

そういう人たちに対しては当てはまらない批判だけどね。

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