はてなキーワード: 経済政策とは
何が言いたいのかわからんが、今の野党(維新を除く)は安倍批判するわりに解散要求はせず、国会をサボり、口を開けばモリカケ、麻生の引責辞任、云々、まじ別途委員会でやればいいんだわ。
できるだけ苦しみながら無くなってほしいと思うくらいにはむかつく
自分は左翼だが、経済政策を筆頭に難のありすぎる今の左翼政党に投票する気は全く起こらない。
安倍の支持率が「思うように」下がらない主な理由は、意味不明な野党を支持する気が全く起こらないことがメインなのでは。
またどこかが看板かけかえていたようなきがするけど、両者の代表ともに次の選挙で落ちたら面白いな~と期待するくらいには、野党に絶望している。
今の自民党・安倍政権は中道左派的な経済政策ばかりの左翼政権であり、安倍ちゃんを右翼だと批判するのはピント外れである。
野党(立憲民主党と希望の党)が自民党との違いを出そうと思ったら、中道左派と中道右派に陣取っている自民党とは違う立ち位置に立たなければならない。
そうなると、中道左派でも右派でもない、極左や極右といった「極端」な立ち位置にならざるを得なくなるが、国民はそんな極端な政党はいらないと思っている。
安倍一強体制とか、一強多弱であるとか、野党がだらしないとか色々言われているが、突き詰めて考えてみると「野党の居場所がないから」に尽きる。
共産党のような、一生政権与党になるつもりがない政党にとっては関係ないかもしれないが、立憲民主党と希望の党は、もう一度政権交代を目指しているんだよね?
今の野党にとって最も合理的な手法とは、自民党のスキャンダルを追及しまくることである。
自民党も少し脇が甘いというか、野党に格好の攻撃材料を与えていることは否めない。
そもそも、福田事務次官が辞任したからといって、なぜ麻生さんが辞めなければならないのか、意味不明だし。野党だって内心は「少し自分たちもやりすぎではないか」と思っているのではないか。
ここ一週間で自民党の支持率は落ちたけど、野党の支持率は上がっていない。
批判だけを行う
誰かを支持するということをしない
いや、批判するなと言ってるんじゃない
でも、そのあとには○○に変われ、が続くべきなんだよ
こういうとはてさは「安部じゃなかったら誰でもいいんだ、とりあえずやめさせることが重要なんだ」という
で、例えば石破が代わりに首相になって緊縮財政&消費税増税コンボを決めたらやっぱり批判するだろう
そして石破を支持した人をくさすのだ
石破を支持した人がいるなんて信じられない、日本人にはお似合いの首相だな、などと言うのである
なぜならはてさは石破を支持したわけではないから
誰でもいいは選挙の白紙投票と同じで全権委任なんだけど、はてさはそう思っていないのだ
誰でもいいをたんなる責任逃れとして使っているのだ
明確に後継に○○をっていうと○○が不祥事起こしたとき、自分の期待する政策を取らなかったときに支持したお前のせいだぞ、と言われる、というか今はてさが安倍or自民支持者、元支持者にそう言っている
自分にブーメランが帰ってこないように次期首相に○○をなんてことは絶対に言わないのだ
言ってせいぜい絶対に首相を輩出することがない共産党を支持しているというとこどまりだ
普段から自分たちは何かにつけ責任をとれと声高に批判するが、批判される対象となることは積極的に避けている
常に自分たちは批判されることのないポジションでただただマウントを取っているだけなのだ
岸田、石破、小泉、自民党でなくたっていい、枝野、野田、志位、誰だっていい
そしてその理由も書くべきだ
経済政策でもいい、国防政策でもいい、文書管理の施策だとか表現の自由だとかなんだっていい
どんどんやればいい
安倍以外なら誰でもいいというのであれば稲田が首相になってもそれを支持するのか
誰でもいいというのはそういうことだ
お前たちの批判するネトウヨだって政治的ポジションを明確にしている
翻ってお前たちはてさは反自民、反安倍に自分たちを位置づけひたすら批判だけをしている
自分を絶対に批判されない安置において批判だけをするはてさは卑劣漢だ
そしてその政治家が功績を立てたら自慢すればいい
岡田斗司夫の元愛人を名乗る人物がtwitter上で暴露漫画を描いたことでネット上で物議をかもしている。
これが非常に面白いのだ。
そもそも岡田斗司夫は80人近くの女性と彼氏彼女の関係をもっていたと発言したのだが、ふたを開ければというかあけるまでもなくわかっていたことだが、それは愛人契約以外の何ものでもないということがわかった。
もちろんその事実がわかった段階では岡田氏を擁護する者は少なかったし、消極的に岡田氏を擁護する者はいても、全肯定したり、女の自業自得だ自己責任だと切り捨てる者は感覚的に少なかったように思われる。
しかし、この暴露漫画がtwitter上で話題になると岡田氏批判と擁護が拮抗しているように思われるのだ。(勝手に思っている)
何故なのか?
この疑問こそが僕の出発点だった。
僕の立場を言えば岡田氏のやっていることは100%間違っている。全否定派である。
のにだ。何故か批判派の論理はどこか矛盾しているように感じ擁護している側のほうにも正当性があるように感じてしまったのだ。これは考える価値のある疑問のように思われたので拙い知識で少し論じてみようと思う。
何故、岡田氏擁護側のほうにも論理的正しさを感じ、批判している側に矛盾を感じたのか。
これこそフェミニズムとネオリベラリズムのねじれ現象だと思うのだ。
批判派の論理はフェミニズム的思想によって行われ。擁護派の論理はネオリベラリズム的思想によって行われているのだ。
しかしこの二つの思想は僕にとっては共闘関係にあり手と手を繋ぎあっている仲間だと思っていたのだ!(書いてる途中でしったのだが、どうやらフェミニズムとネオリベラリズムはの関係性は大昔から論じられてきたらしい)
もちろんフェミニズムもネオリベラリズムも一枚岩ではないということは重々承知なのだが、もともと自由平等博愛という世界観を生み出した自由主義者たちが資本主義者と手を結びその中でで男女同権男女平等を唄うフェミニズム思想が生まれたのだと思えば、フェミニストは基本的に自由主義者だしネオリベラリスト達が掲げる国際化グローバリズム的思想とも
フェミニスト達は手を組めてしまうのだ。なぜならネオリベラリスト新自由主義者達は歴史、伝統、文化、国家などを解体し国境や国籍をなくし市場を開いて自由に! 平等に! 競争し貿易し取引し資本を儲けるという考え方なのだとしたら、
フェミニズムにとって邪魔な伝統や文化、家や血、身分や階級からの開放と非常に親和性の高いものだということがわかる。
つまりフェミニストの大半はおそらくグローバリストでありネオリベラリストなのだ。
ネオリベラリストたちの多くは自分のことをフェミニストだと思っている事だろう。
岡田氏擁護の論法はこうだ岡田氏はちゃんと見返りを与えている、それに選択肢も与えている、だったら女性の自己責任であろう、と。
これは男女の関係を金や権力または見た目の美しさかっこよさのみで取引できるという考え方が染み付いているのだろう。
さらに付け加えれば金や権力、美貌以外の価値観こそ女性を抑圧し束縛するものだと思っている可能性すらあるのだ。
最近togetterにまとめられていた「フェミニズムを拗らせた結果、レイプものや売春もの等しか受け付けなくなった人達(と、百合しか受け付けなくなった人達)」というのを読んだのだが、彼らは金、権力、美貌以外のもので男女が恋愛できるということを信じられなくなっているのだ! これは歴史でも伝統でも文化でも宗教でも国家でも家でも血でも身分でも階級でもなんでもいいんだけれど、そういったものにまったくリアリティを感じられない人たちに起こる現象ではないか? 彼らが異性と共有できる価値観なんてもはや金しかないと信じているのである。
そんな彼らがフェミニズムを拗らせたと名乗っているのだから面白い。
フェミニストがネオリベラリズムに正当性を与えネオリベラリストがフェミニズムの理論を武装したのである。
ネオリベラリズムの思想のなかには間違いなくフェミニズム的思想を取り込んでいるし。フェミニズムのなかにもネオリベラリズムと共有する価値観はあるということは間違いない。
しかしこの岡田斗司夫問題で、一見、僕からすれば同じグループの人間たちが喧嘩を始めるという奇妙さによって、フェミニズムとネオリベラリズムには価値観の多くを共有しているが、決定的に相容れない全く共有できない価値観があるということが浮き彫りになったのだ。(岡田氏本人がネオリベかどうかはよく知らない)
そんなの当たり前だろとおっしゃる方もいるだろうが、僕にとってこれは発見であり、フェミニズムという思想には大きな矛盾と逆説を抱えているように思ったのだ。
もちろん岡田氏を批判している多くの人は別にフェミニストなどではなくただ直感で不愉快に思ったからだろうが……。そのなかに紛れているフェミニスト達を見ていると(岡田はパワハラで性暴力で女性の敵! といった意見)岡田氏の様な恋愛資本主義的な思想に正当性をもたせたのはフェミニズムなんじゃないのかと思わずにはいられないのだ。
これまでフェミニストはどう考えてもネオリベラリストたちを利用してきたように思われる。
歴史、伝統、文化、国家からの開放という理念、男性社会からの開放という思想は
国家主導の経済政策ニューディーラーやケインズ理論のような社会主義的な政策を嫌うネオリベラリストをフェミニストは利用し、
男女同権をネオリベラリズムによる労働規制の緩和と非正規雇用や外国人労働者などを使った低賃金化といった改革によって達成した。
そして行き着いた先これである。
自由と平等を過激に極端に推し進め規制は悪であるという考え方が導き出した論理こそ弱肉強食なのだ。
クルーグマンもスティグリッツも最近話題のピケティも言っている格差問題はネオリベラリズムによるところが大きいが、
フェミニスト達にも米国におけるトップ1%が金融危機以来95%の富を得ている等の責任があるように思えてならない。
ネオリベラリズム的政策に正当性を与えたことは言うまでもない。
僕は今フェミニストがネオリベラリズムを利用したといったが、もちろんネオリベラリストがフェミニズムを利用したことも疑いようのない事実だとは思う。お互いがお互いをうまく利用してやろうとしたのだろう。
だからこそフェミニスト側が、ネオリベに裏切られた! 私達は被害者だというのはやめてもらいたい。ネオリベラリズムの思想によってフェミニズムの目的の大部分は達成したのだろうから。それが仮に弱肉強食にさらされるという事であっても……。
別に男と女が対立するのも結構だが、格差問題が深刻になりつつある今、フェミニストがやることはネオリベラリズム批判ではないだろうか?
フェミニスト達が今回の暴露漫画における岡田氏擁護派の論理、つまり弱肉強食という考え方を否定し資本による自由平等を批判しても、恐ろしいことにそれを望んでいたのは(少なくともそう見えた)フェミニストなのだから自分で自分を殴っているような滑稽さ、それが僕の違和感であり矛盾であり、擁護派にもそれなりの正当性があるように思えた理由なのだ。
家や見合いを否定し自由恋愛が生まれ、今度は家庭を否定し、恋愛資本主義にまでいきつき男女ともに恋愛による価値観は金と権力と美貌しかなくなるのも頷ける。
金と権力があればモテルやただしイケメンに限るなんてのもネオリベラリズムに毒されれば必然的な帰結だろう。
このような思考回路を持つ、岡田氏を擁護する人間や岡田氏の様な人間を作り上げたてしまった責任の一部にフェミニスト達が関係していることを考えるとなんともいえない気持ちになる。
男女の平等を達成するためにネオリベラリズムを利用したらネオリベラリストによって性的被害を受けた、なんと皮肉なことか。
弱肉強食と男女平等が共存する社会が仮にあるとすればそれは旧石器時代のようなものではないか? それこそがフェミニストとネオリベラリストの理想郷であることは疑いようもない。
気になって仕方がない。少なくとも、自分の目にはネトウヨのやり方のほうがずっとうまく見える。
某匿名掲示板の、某実況板のことだ。
最初に当たり前のことを書いておくけど、もちろん例外もあれば※個人の見解と妄想です。
ここで言うネトウヨネトサヨは本来の意味での「右翼」「左翼」じゃなくて、妄信的かつ攻撃的な自民党支持者と妄信的かつ攻撃的な自民党アンチまたは野党支持者、という意味です。
あとどっちが正しいとか悪いとかって言うエントリーじゃなくて「行動」の話です。
前提を書いてばかりいると長くなるから書きたいことを書く。
ここ数日ずっと「森友学園問題」のスレッドがたっている。と同時によく見るようになったのが、「政治豚を追い出したい」というスレッドだ。
1のhissiを見るとそのスレッド以外に参加していなかったりする。
政治スレアンチスレは今までもごくたまーに建っていたし、正直匿名掲示板での議論は(まともな人もいるけど)ほぼほぼ子供の喧嘩みたいなものだから気持ちは分かる。
でもこんなに建つようになったのは森友スレッドが毎時建つようになってからだ。すごい時には政治スレアンチスレが3つ同時に建った。
そして大体が自民党を指示する旨のスレッド、または野党批判のスレッドだ。
このことを繋げて妄想すると、ネトウヨは森友問題を批判するよりも、もっと大きな枠で話題を追い出した方が反感が少ない、と考えたように見えるし、実際これがネトウヨがやっているだとしたら凄く成功している。
この「ネトウヨの方が上手くやっているなあ」というのは他のところでも見える。
某板のネトサヨ系のスレッドの多くは「ネトウヨ死亡wwww」とか「安倍ガイジ」とか、とにかく馬鹿みたいなスレタイが多い。
スレタイだけならまだマシで、内容はもっと酷い。(もちろんネトウヨ系スレッドでそういうものもあるけれど)
ネトウヨ系レス「安倍の経済政策の恩恵受けてない国民なんかいないだろ」
くらいの差がある。
こうしてみるとネトサヨ系の意見は馬鹿っぽくてネトサヨを見下してしまうけれど、「逆に恩恵を受けていないと感じる」ことは(レス内容の真偽は別として)自分自身を見下しているような気分になる。
(まともな自民批判レスもあるしそういうスレッドが建つこともある)
私の疑問はこのネトウヨの「○○支持者を馬鹿に見せる」行動を何故ネトサヨがとれないのかということだ。
あのとき多くの人が与党支持野党支持に関わらず「何やってんだこいつら…」と思ったはずだ。「何やってんだこいつら」を支持している人は馬鹿に見える。(なんで野党はそこまで考えないんだろ…)
某掲示板においてもネトサヨの攻撃対象が常に与党なのに対して、ネトウヨの攻撃対象は「馬鹿なネトサヨ」に向けられることが多い。
時々ふっと「ネトウヨが馬鹿なネトサヨのふりをして書き込んでいるのではないか」と思うときがある。
だとしても、だ。だとしても、やっぱりそのやり方はうまい。
発言内容よりも発言者、発進サイドの方を見ていることは政治の話に限らずよくあるし、自分もそういうところがあるから。
だからなんだって別にまとめもないけれど、ネット上ではその意見の内容よりも、意見支持者の民度やモラルなんかでの「イメージ」が大切に成ることが多いっていうことを考えた方が良いと思う。
みんなこういうばくぜんとした雰囲気だけの言い方するんだけど、じゃあ安倍政権の経済の上手さ?はどこからきているの?
阿部総理自身が経済詳しいの?閣僚が詳しいの?じゃあたとえばブレーン引き抜けば?ってことを聞きたいんだけどなあ。
「うーんこの政党は経済音痴」「まあしょうがないからこっちの方がましか」って選び方で選んでいいレベルじゃないと思うんだけど、
今回のごたごたは。官僚制とか民主主義とか全部ちゃぶ台ひっくり返してるけどそれでもなんとなく経済うまいっぽいから続けさせるの?
今の経済政策がうまくいってるとしたら、安倍政権がどうなろうが次の政権がだれだろうがそれなりにうまくいくように考えないと
いけないんじゃないかと思うのだけど。
安倍が最高ってわけでもないが
安倍を降ろしたがってる人たちは人たちで、ああいうレベルなんだよ。
安倍を降ろしたがってる人たちは、安倍よりもっと酷い経済オンチなの。
そうでなくとも
安倍政権でしかできないこと?立憲民主党や共産党や希望の党ではできないこと?
それはなに?優秀なブレーンがいるとか?コネクションが強いとか?
「経済のことを考えると仕方なく安倍政権」みたいなのよく聞くけど、
その理由がよくわからない。アベノミクスが「こういう手法のもので今このように有効です」ってのが
分かっているのなら、それを他党もやればいいと思うのだけど、できないのかな?
追記
このツリーで見えるのがまさに僕が疑問に思っている事そのものなんだけど、
なんでもいいからさ、例えば消費税上げる上げないとか、そういう「安倍政権はこれをしているから支持、
これは他党にはできない」みたいなのないのかな。ないの?
追記
どこがすごいの?
僕は、安倍氏自身のロマンのために見える憲法改正とか、あるいは労働観とか、モリカケあたりにみられる身内への甘さとか
自分ではヤジ飛ばして自分がやじられるとぶちぎれてるところとかそういうのが嫌いなんだけど、
「安倍自民党は賛同はできないけどほかの党にやらせると経済がだめだから仕方なく」
みたいな言い方もよく目にする。
アベノミクスっていったいどういうものなの?これって立憲民主党や希望の党にはできないことなの?
安倍氏自身が経済にとびぬけて詳しいようには思えないんだけど、だれか優秀なブレーンがいるってこと?
野党も優秀なブレーンがいればいいの?それとも、いろいろな官庁や団体とのコネクションの有無とか?
なんかイデオロギー的に、安倍氏の価値観と経済政策が一致していて、それが他党のイデオロギーとは相いれない
ようなものなの?
なんかいつも疑問に思って。安倍氏のやっていることがそんなに難しいことなのか、他党がそんなにだめなのか、とか。
優しい人教えてください。
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO27391860W8A220C1000000/
「物価の2%上昇というのは、政策目標として適切なのだろうか。物価の上昇がよいと思う人は世の中にどれだけいるのか。政策目標とすべきなのは、賃金の上昇だ。賃金が上がらないのは売り上げが伸びないからだ」
「国内総生産(GDP)の7割を占めるサービス業の生産性は恐ろしく低い。だから人が集まらないという悪循環に陥っている。日本のサービスは非常に高度であり、正当な対価を受け取る仕組みが必要だ。労働者のスキル向上とセーフティーネットを張ったうえで、製造業などからサービス業に雇用をシフトし、生産性を高める。それがアベノミクスの次に求められる経済政策だ」
概ね論旨には同意するんだけど、それってべつにフェミニズムに限ったことではない案件だよね。低所得者に対する経済政策なんてのも「目の前の得」ではあるわけでしょ。「パット見の利権が与えられてて弱者も、弱者を取り巻く言論も分断されている」というセンテンスは女性を主語にしなくても成立するし、事実社会にはそういう状況が散見される。
にもかかわらず、フェミニズムのひとはフェミに限った問題でもないのにフェミだけを主語にしようとする。相対的にそれは他の弱者を蹴落として自分が優先的に蜘蛛の糸を登る行為(すべての弱者がそういう状況でもフェミニズムだけに注目させようとする行為)なわけだから、当然全く同じ論法(フェミ論者が女権だけを拡大しようとするのならば、他の弱者差別解消論者が自分自身の選んだ特定弱者だけを優先救済しようとして何が悪い?)で蹴落とされるよね。
フェミニズムにだけこんだけアンチが湧く理由のひとつは、(ラディカルを中心とした)フェミニズムの言うことがあんまりにも隙きだらけでわたしをぶって!状態だっての、あるとおもうよ。