はてなキーワード: 出生率とは
自動車産業が抱える問題って、現在の日本の置かれた状況を象徴するものだよなぁ、と思い、少し掘り下げて考えてみた。「推測」と書いたのは、バックデータ・統計資料にわざわざ時間をかけてあたる暇はないので、状況証拠だけで考えていくということだ。暇な人、もしくは自動車産業関係者のマーケターの方、もしくはマクロ経済の専門家様、データを元にこの推測、といいますか仮説を検証してみてくださいませ。
「自動車の国内市場規模は縮小の一途。特に若者がクルマに興味を持ってくれない。」というのが、業界的に広く共有された悩みのよう。その典型的な事象の捉え方が痛いニュースのこの記事。
痛いニュース(ノ∀`) : “若者、車離れ” 日本国内で車売れない…トヨタ、本気でアイデア募集 - ライブドアブログ
この2ちゃんねるまとめブログで、板の題材として選ばれている記事がこれ。
国内で車売れない危機打開策 トヨタ本気でアイデア募集 (1/2) : J-CASTニュース
ま、痛いニュースとJ-CASTなので、、、、、でも、こういうメディアって、一般的な状況の捉えられ方やルサンチマン的なストレスを推し量るには本当に都合がいい。でもJ-CASTの元記事にはファクトデータも載っている。ちょっと引用してみると、
国内での販売は2年連続の減少だ。ダイハツ工業、日野自動車を含めたトヨタグループ販売は前期比同4%減の227万台と、米国販売との差が広がる一方だ。国内市場全体の落ち込みより減少幅が小さかったため、トヨタのシェア(軽自動車除く)は過去最高の45.8%まで上昇したが、トヨタ車単独で11万台の減では、シェア上昇も手離しで喜べない。
国内の自動車需要(全需)は、2006年度の軽を除いた日本国内の新車販売は前年度比8.3%減の358万台と、29年ぶりの低水準だ。登録車市場の低迷の原因としては、経済性や実用性を求めて軽自動車に人気が移っている影響とされてきた。しかし、軽を加えても同4.1%減の561万台であり、国内市場全体が収縮していることが鮮明になっている。
要は、
ってこと。ちなみにこの元記事は1997年という4年前のもの。
で、その対策として当時のトヨタは、
トヨタは06年末に社内横断的なチームを立ち上げ、国内低迷脱却のアイデアを懸命に探り始めた。
対策チームは、自動車という商品の枠内だけで解答は出さず、地域や社会全体の問題の中で消費を喚起する自動車を改めて模索している。携帯電話などの情報関連の支出が増えた若者の「車離れ」や、少子化による若年人口の減少による市場構造の変化を深刻に受け止め、車が売れなくなった構造要因に真剣に目を向けざるを得ない。地域ごとの特性や家庭の年代構成、消費者の行動なども踏まえて自動車市場全体を抜本的に洗い直そうというものだ。
少子化対策は政府でも有効策を打ち出せていない難題中の難問だ。それでも、トヨタの渡辺捷昭社長は「国内市場を活性化するためには、何よりも市場創造型のいい商品を投入することだ。地域の活性化を含めて、いろんな手を打っていきたい」と、社内チームの試みに大きな期待を寄せている。
というわけで、「国内市場をどうにか活性化させるための手を打ちたいと考え、具体的なアクションを起こしている」というメッセージを打ち出したわけですね。
それに対して2ちゃんねる側の反応はだいたい2分されていて、
となっている。
で、このあと2010年になってどうなったかというと、、、、市場動向、トヨタの対応、そしてネット民wの反応がツンダオワタ情報にまとめられている。(本当は産経新聞の元記事URLを引きたかったのだが、既に削除済み。というわけで、元記事の存在証明はないところはご容赦を。(だから、論文とかでは、データとしては使えないなぁ、、、増田で使うのが精一杯。)
豊田社長「マスコミは若者の車離れと言うが、離れているのは私達メーカーではないのか」 - ツンダオワタ情報
まずはトヨタがどのような手を売ったのかというと、、
トヨタは今年1月に「スポーツ車両統括部」を立ち上げ、スポーツカーの企画や開発に関する最終権限を経営陣から現場に移譲。スポーツカーの復活とともに、走る楽しみを演出する複数の
プロジェクトが始動している。足回りの良さにこだわった特別仕様車を相次ぎ発売。4人乗りで世界最小の「iQ」6速MT搭載限定車は予約開始から1週間で完売。
9月3日。強い日差しの下、静岡県小山町の富士スピードウェイで、1台のスポーツカーが強烈なエンジン音を響かせていた。12月から世界限定500台で販売が予定されている高級
スポーツカー「レクサスLFA」(価格3750万円)。報道関係者らを対象にした試乗会が行われていた。LFAの最高時速は325キロだが、この日は1周4.5キロのコースを約2分で駆け抜けた。「ハンドルを握ったときにドキドキ、ワクワクするクルマをつくりたい」自らレースにも参戦する豊田社長は常にこう言い続けてきた。
つまり、
のようにスポーツカーに活路を見出そうとしているよう。
でも、その結果は、、、、「文中の」ファクトデータを洗ってみると、、
クルマが売れない。昨年の国内新車販売台数は約460万台と、ピーク時(平成2年)の6割程度にまで縮小している。景気低迷が一因だが、一般的には若者のクルマ離れが最大の理由とされている。調査によると、大学生の「興味ある製品」でクルマは17位(20年度)と、40~50歳代が大学生だった当時の7位から大きく後退している。
要は、
ということ。ただし、MTのiQは限定台数を売り尽くしたし、Wikipediaの記述を見るかぎり、LFXもきちんと台数は捌けているよう。要は、「作ったクルマはちゃんと売れたけど、市場全体の構造を変えるまでに至っていない」ってことですね。それに対するネット民wの反応は、1997年の痛いニュースから、全く変わっていないというのも面白いところだ。
結局のところ、市場の縮小は人口減少トレンド下では不可避。でも、せめて若年層にクルマを運転する楽しみを知ってもらい、高付加価値のクルマを継続して買ってもらえるようにすることで、市場構造の問題を少しでも緩和したい、っていうところだと思われます。少なくとも、ここまでに取り上げた情報ソースからすると、、、、ですが。
まず、「若者」という括りに対してツッコミがあるというのは、甘んじて受け入れよう。というか、全面的に納得せざるを得ない。で、話を単純化するために、母集団を「大学生」という括りに絞ってみることにする。大学進学率が上昇し、それによって「大学生」という母集団の性質が変化したという点については、「なぜ大学進学率が50%を超えたのか? -大学進学人口と大学数との関連-」という小樽商科大学の学報掲載記事をご覧いただければ一目瞭然。(ああ、やっと真っ当なデータリソースを挙げることができた、、、ホッ。)
であれば、「大学生」よりも、より限定した形で母集団を設定しなければ、まともな時系列比較ができない、ということになる。でも、そんな統計はまともに存在しないだろうなぁ、、、、ということで、ここからは、私の実感という超主観的な状況証拠を絡めてで話を進めたい。私は30代半ばで、某都心から50kmくらいにある某大学を職場とする人間だ。で、自分の周りがみんな全くクルマに興味がないかというと、そんなことはない。R32スカイラインをシートを始めとしてひたすら改造しながら乗っている先輩、フランス製オープンカーに乗る後輩、馬鹿でかいアメリカ製SUVで駅まで送ってくれた後輩、、、、普通にいる。しかし、キャンパスの周りが整備され、駐車場の確保が難しくなったなどの事情もあるのだろうが、昔はその存在を確認できた30万円で買った中古車で大学に通い、金はなくともバス/電車という公共交通機関の利用を忌避するタイプの層は、ほとんど見ることができない。つまり、エンスー、とまではいわないかもいれないが、クルマに対しそれなりのお金を費やししている層は昔も今も、少数ながら存在していて、がんばってクルマに乗ろうという層がいなくなったということになるだろう。
30万円の中古車というと、当時の車種で具体的に言えば、10年オチのファミリアハッチバックとか、カローラⅡとかですな。当然乗り心地は良くないし、内装はパットしないし、、、でも、なぜわざわざそんなクルマを乗り回していたかというと、一番大きな理由は「クルマが無ければ不便だった」ということではないかと思うのですよ。この15年ほどで、私鉄や地下鉄の延長、新規路線開業は相次いだし、JRも湘南新宿ラインなどの直通電車をバンバン投入した。職場近辺は、15年ほど前までは、各駅停車しか止まらない私鉄の駅までバスで15分。都心に行くには2時間じゃ利かないという状況だった。かつ周囲には自動車工場と関連施設、更には清掃工場とかしかない、街だったわけで、、、、そりゃ、がんばってバイトして、クルマ買うよなぁ。逆に言えば、今となっては、無理してバイトしなきゃ手に入らないならクルマなんて買わずに、大学が斡旋してくれるUQ Wimaxのルータでも買って、電車の中で課題をこなしている方がよっぽど効率的だ。
これと同じ状況が広く各大学で生じている。また、首都圏・関西圏のいたる大学で、文系を中心に、バブル期に都心から30〜50km圏に新たに取得した土地に移転させた学部を、都心部の本部キャンパスに戻すというプロジェクトが進められている。というわけで、大学生の多くがクルマに乗らなくなるのは必然、というべき状況なのだ。
"Fun to Drive"というのは80年代〜90年代(だったかな?)にトヨタが掲げていたコーポレートスローガン、というかキャッチコピー。今あらためて読んでみると、いいキャッチコピーだなぁと。クルマを運転するのはやっぱり楽しいと思う。車高の低い、重心の位置が決まっているクルマって、運転技術が下手な人間でも、走らせるとむちゃくちゃ楽しい。(助手席に乗る人はたまったものじゃないわけだけれど、、、)研究者の職場というのは、普通のホワイトカラーと比べて圧倒的に交通の不便な場所に設置されていることが多い。大学しかり、企業や行政立の研究所しかり。将来的にそういった職場で、ある程度の期間働くことになったとしても、個人的にはクルマで通勤するのはできるだけ避けたいと思う。だって、遅刻の心配しながら朝必死に高速を飛ばしたり、長時間デスクワークした疲れた体で夜道を長時間かけて走って帰宅なんてしたくないじゃあないですか。しかも、クルマに乗っている限り、酒が飲めないというオチまでついてくる。正直、Fun to Driveを実感するきっかけが、自分に巡ってくる機会なんてめったにない。
タイトな仕事に従事する層が通勤でFun to Driveを感じるというのはかなり厳しい。逆に言えば、サボってもいい授業を沢山履修していたり、帰り道にドライブデートする機会が多い学生というのは、Fun to Driveを感じるのにものすごく最適化された生活をしているのだろう。もちろん、クルマで通うことが正当化されるような大学に通っている場合に限るわけだけれど、、、、
それ以外では、「もともと自宅に乗っていて楽しいタイプのクルマがあって」「工場勤務で工場隣接の寮に住んでいるから平日は閉じ込められている。近所にろくに店もないから、週末はクルマで遠出するのが趣味。店がないということは、そもそも他にお金の使い道もないし、、、」という人くらいなのではないかと思いますよ。
まあそれでも、ものづくりニッポンの文化として、モータリゼーションは浸透し続けるべきだし、それは可能だとおっしゃる向きもあるだろう。であれば、自動車文化先進国といわれるヨーロッパの状況を見てみたい。
ヨーロッパに行くと、日本ではあまりお目にかかれないブランドのクルマをよく見かける。SKODA、SEAT、そして90年代には多少日本にも乗っている人がいたけれど、、、的なOPEL、LANCIAなどもまだまだ現役だ。注目したいのはSKODAとSEAT。この2つのブランドはAudi同様VOLKS WAGENの一ブランドなのである。SKODAはもともとチェコ、SEATはスペインのメーカー。それぞれVWによって買収され、現在は中〜低価格帯のラインナップを担っている。逆にVWの高級ラインがAudi。VWは、ヨーロッパで最も販売台数が多い自動車メーカーだ。ACEA - European Automobile Manufacturers' Associationの、Year 2011 by manufacturer and by vehicle category (Enlarged Europe) <※注1:エクセルファイルへのリンクです, 注2:1月〜8月までの数値>によると、メーカーとしてのシェアは23.2%。で、問題は23.2%の内訳だ。VWブランドは全体の12.3%。高級ラインのAudiは全体の5.0%、SEATが2.3%、SKODAが3.6%である。VWはフェートンやトゥアレグなどの高級車(というか、実質中身はAudi A8・Q7ね、、、)はあれど、代数的にはごく一部だろうから、23.2%のうち、15%くらいはBセグメント以下の中小型車と推測できる。そしてVWグループの低価格帯のクルマにスポーツカーは極少数だし、Golfにしても他の車種にしても、ホットバージョンのグレードは売上のほんの少しだろう。
一方、スポーツブランド、エンスーな人御用達ブランドはというと、、、ALFA ROMEOで1.0%、PORSCHEで0.3%。ボンドカーASTON MARTINもヨーロッパでは8ヶ月間で1,664台(0.0180630955651735%)しか売れていない。(これだけ売れれば十分か、、、?)ちなみにみんな大好きフェラーリは、FIATグループの中でもその他扱いされていて、数値が出されていない。っていうか、その程度のもの。ヨーロッパは階級社会が未だに色濃く残る社会なので、先祖代々馬車に乗っているような人たちが、相変わらず週末の嗜みとしてポルシェやフェラーリ、はたまたブガッティやランボルギーニなどのカロッツェリアがリリースする少数生産の高級車に乗っているのだろう。ということは、ですよ。日本においてエンスー車のみをひたすら取り上げていたCar GraphicやNaviのような雑誌がそこそこ売れ、地方自治体立の図書館に配架され、なおかつテレビ朝日系で番組まであったというのは、どう考えてもおかしい事態、なわけですね。
というと、やっぱり車の運転が「好き」っていう人はそんなにいるように思えない。バック・トゥ・ザ・フューチャーの時代から、若者の憧れはSUVだったし、トヨタがアメリカの若年層を攻略するために導入したサイオンだって、ラインナップはxB(日本名Bb)、xD(日本名ist)だし。アメリカ市場といえば、、、のホンダの戦略車種だって、ELEMENTやCR-VにMDX。ようは、SUVをカリフォルニアサーフカルチャーに振るか、ニューヨークのヒップホップカルチャーに振るか、はたまた高級志向に走るかしか、手はなかったわけで、、、、
経済成長期というのは、来年は今年よりも所得が増える人が沢山いるという状態のことだ。経済的に余裕が出来てくると、多くの人間が考えるのは生活の質的向上を図ろうというものだ。その結果、未知の様々な趣味にお金と時間を突っ込んで見ることとなる(これ、現在の中国沿海部がちょうどそういう状態)。そういった状況下で、日本のメーカーはレビン/トレノ、MR-2、CR-X、ユーノスロードスター、FTOなど低価格でかなり走りが楽しめるスポーツカーを量産してしまうことに成功してしまう。ミドシップのツーシーターが200万円台前半とか、V−Tecエンジンを積んだ2ドアホットハッチが100万円台、車の歴史から見たら、おかしいだろう!ということですよ。更にホンダビートやダイハツカプチーノ、極めつけはマツダAutozam AZ-1。軽自動車なのに、ミドシップでガルウィング。とんでもなさすぎる、、、、
で、いろいろ手を出してみるものの、そこそこ収入が安定する頃には、自分の趣味や可処分所得に見合った趣味だけに落ち着いていく。ま、もともとクルマで女の子にもてようと思えば、そこそこの外車や国産車でもレクサスになるだろう。中途半端に月3万円のローンとほぼ同額の維持費をクルマに突っ込むくらいなら、3万円を衣服費に使い、残り3万円でデートに誘う店のグレードを上げた方がよっぽどモテるだろう。結局日本という市場は、相も変わらず500万円オーバーのクルマを買い続けてくれる一部の層と、下駄として使うための安くて丈夫なクルマを選ぶ層(しかも、子育て期限定でワンボックスを買う層も多いと見た、っていうか00年代前半は、2シーター乗っていた人が、パパになってSTEPWGNやセレナに乗り換えを余儀なくされるというパターンが本当に多かったのですよ)と、クルマなんてそもそもいらないっていう多くの層によって形成されることとなる。下駄クルマは利益率は低いし、韓国・中国勢がブランド力を向上させていけば、取って代わられる事態も当然ありうる(それを日本にやられた先例がアメリカだ)。国内市場で利益をあげ続けようと思うならば、高級車のシェアを取りに行くしかない。そういう意味でトヨタはLexusを止める訳にはいかないし、他社は実質国内市場はあきらめかけているんじゃない、、、としか思えない。高級車ラインを展開できなければ、日本は欧州・アジア向けモデルを導入するone of themの市場という前提で戦略を立てざるを得ない(実際、日産、ホンダ、マツダなんかはまさしくこの戦略をとってる。マーチが全量アジアからの輸入になるなんてね、、、、)。
で、以下のURLから1本のテレビCMをご覧頂きたい。トヨタグループの一員であるダイハツの企業CMだ。
テレビCM 企業CM「日本のどこかで 新しい町」篇【ダイハツ】
このCMの読み解きは、あくまでも僕の憶測にしか過ぎないのであしからず。
都会でクリエイティブ(たぶん美容師とか、ショップ店員とかかな?)な仕事をしていた瑛太が、突如田舎にIターン(Uターン、じゃないだろうなぁ、、、)して、ガテン系(工務店)の仕事を始める。そこで、これまで乗っていたアメ車のシボレー・カマロを第三のエコカーであるダイハツの軽(ミラ・イース)に変える。生活の変化と平行して、地元の郵便局員である吹石一恵との関係が始まり、、、、というストーリーなわけだけど、設定の1つ1つに企業戦略として重要な意味合いが込められていると思うのだ。(あくまでも推測だけど、、、)
都心にはダイハツが売り込む市場など、商用車以外に大して存在しない(それでも、乳幼児を抱えるお母さんが、電車に乗れなくなったから必要に迫られて車を買うというケースは結構ある(タントのCMを参照。それにしてもダイハツのCMは、意図がすっきりはっきりして清々しいほど。マーケ的お手本ですね。)。だから、当然第一次・第二次産業(の生産部門)が経済の中心であるエリア、もっとわかりやすく言い換えると、でっかいイオンモールが唯一のデートコースという地域が、ダイハツ(とかスズキとか)の主戦場となる。
そういったエリアは、都心とは異なる理由で市場の縮小が進んでいる。まずもって、人口減少トレンドがものすごく強いということ。都心の場合出生率は下がっても、人口流入が大きいので若年層人口の減少トレンドはかなり緩和されている(というか、江東区とか、横浜市なんかは、保育園入園の待機児童問題がぜんぜん解決されないままで、、、、)。でも、地方は加速度がついて若年人口が減っているというのがまず前提となる。
その上に自動車市場を冷やす意外な要因というのが、実はイオンモールの進出ではないのかな、と個人的には睨んでいる。こう書くと、「イオンモールこそが、駅前商店街衰退の最大の要因で、だからみんなクルマを保有せざるをえないのじゃないか」というツッコミがきそうだが、たぶん逆じゃないかな、と。地方の駅前商店街なんて、もともと若年層が楽しめる娯楽や、ファッションを提供する機能を持っていなかった。だから、暇な若者に出来る時間つぶしって、女の子を誘ってドライブくらいしかなかったわけだ。例えば、90年代にものすごく売れたホンダ・S-MX は、フルフラットシートにできるだけでなく、ご丁寧にティッシュボックスまで備え付けてある。わかりやすくニーズのど真ん中をついていたわけだ。
それが、イオンモールができることで状況は一変する。シネコンやタイトーとかセガとかの大規模ゲーセンやROUND1で時間は潰せるし、服を買うのも、ワールドやイトキン、オンワードといったアパレル大手のちょっと低価格ラインのショップ、レディースならば宮崎あおいがCMしてるEarth music & ecologyとか、OZOC、Melroseとか。メンズならTK Takeo Kikuchiとか。ユニセックス&チャイルドで、UNIQLOに満足しない層のために、GAPとか、無印とか、COMME CA ISMとかも入っている。ABCマートがあれば、靴も含めてそんなにダサくない、というか都心で売っているものと遜色のないものが揃ってしまう。そりゃ、裏原宿のテイストは無理だけど、池袋マルイやサンシャインシティくらいのレベルは買えてしまう。片道30分でイオンモールにつけるのであれば、その短い時間にお金をかけるよりも、一日中過ごすイオンモールの中でお金を使ったほうが楽しいわけだ。つまり、人口が少ないだけでなく、残っている若者にもクルマに必要以上にお金をつぎ込むインセンティブがもはや存在しないということだ。
じゃあ、粛々とシュリンクする市場規模に対応するだけの資源投下をすべきか、、、というとそうは問屋がおろさない。それができない要因、それは地方に数多く存在する独立資本の販売店フランチャイジーだ。バブル崩壊後、自動車メーカーはそれぞれ、ドラスティックに販売網ネットワークを整理した。今となっては複数の販売チャネルを運営しているのは、実質的にはトヨタだけになってしまった。ただし、トヨタ・日産・三菱といったメーカーの場合、販社は一部自らが出資している法人が大半であり、スムーズに(とはいかないまでも、どうにか)店舗網の縮小、合併を進めることができた。ところが、ダイハツ、スズキ、スバル、ホンダ(の旧プリモ店)は、三丁目の夕日に出てくるような個人経営の自動車整備業にフランチャイジーとして販売を委託するという形態の店舗を数多く抱える。販売店網が密だということは、アフターサービス・メンテナンスの質を向上させることにつながる。アフターサービス・メンテナンスはアフターマーケットという業界用語があるくらい、利益率の高い市場なので、各社力を入れているわけだが、サービス水準を高めるためには、各店舗の士気が高められていることが重要だ。
販社としては、生涯価値の高い顧客、つまり長くお金を落とし続けてくれる顧客を捕まえたいというニーズを持っている。となると、地方にやってきた若年層というのが、一番欲しい顧客のプロファイルとなる。地方にやってきて、工務店という地域密着な仕事をし、地元の(たぶん)特定郵便局の職員とつきあって結婚して、、、というのは、まさしく地方の販売店にとって喉から手が出るほど欲しい顧客像だといえるだろう。こういう層に向けて、ストレートに刺さるCM、というのは、ミラ・イースの本当の想定顧客かどうかは関係ない。(実際、イースの車種CMは、ブルース・ウィリスを起用してダジャレを言わせているわけだから、瑛太のようなプロフィール、ではないことは明白。)「企業CM」して瑛太と吹石一恵が出演するCMを放映するということは、メッセージのターゲットは販売店フランチャイジーなのではないかな、と。
小見出しで結論は言い切っちゃいましたが、基本はこれ。自動車メーカーもボードメンバーや車種開発部門は既にわかっていてやっているはず。じゃなきゃ、瑛太が乗るクルマはミラ・イースにならないし、マツダのスカイアクティブテクノロジ搭載車やホンダのハイブリッド車に国内独自モデルが1つもない、なんて事にもならないはず。
ところが、販売部門、とくに販社といっしょにプロモーション計画を取りまとめる部門は、国内は縮小均衡で粛々とやっていく、なんてことは口が裂けても言えないはず。なので、国内販社向けマーケティング担当者が考えるべきは、シュリンクする市場環境下で、世界共通モデルをいかに低コストでローカライズして、他者のシェアを奪うのか、しかないのが現状なのだと思いますよ。正直、ね。
じゃあ海外に逃げるか。といっても、
それを選ぶ人はしばらくは少数派なのではないだろうか。
はい。若者アウト!ってどっかのお気楽ブロガーも言ってたけど、
ほんとに日本にいる限りどうにもならないのか。
と言われるとちょっと違うんじゃないかと思う。
② 彼らがすでに既得権益を手にしている。
このあたりが本質的な理由とすると、
若者が勝つためには、
A 高齢者よりも数を増やす。
B 高齢者から既得権益をもらう。or高齢者が既得権益を持ってない領域をみつける。
という方向性が考えられます。
「何をアホな…」と思った人。よくきいてください。
上記の2つを日本全体でやるのは無理。
じゃあ、日本の一部でならどうか。
ある程度まとまっていく必要はあるけど。
あと年金は払わない。
自分の親くらいに仕送りをしてやれば、いいんじゃないのかしら。
他の高齢者は、無視。
しっぺ返しだよね。
若者は
みたいなのを基本方針にしてみたらいいんじゃないかしら。
追記① 9/17 14:00
「じゃあ他の土地で一旗あげてやるか。」っていうのは割とスタンダードかなと。
(アメリカ開拓史なんてまさにそう。)
だから、若者世代でも既存のシステム内で自分の居場所がある人は、(今すでにメリットがある人)
特にこんな話には関心を持つ必要がそもそもないけど、
局所的に、若者ばっかりの土地があればいいんじゃないかなという話。
本来であれば、こういう話はもっと行政がやるべきであって、
税収がない地方が、もっと人を呼び込みたい。
他の場所と比べて安いお金で家の建て替えができるようにする。
とかだったらちょっと現実性あるでしょう。
これと同じレベルで、
どうせなら、日本人の方が良いと考えれば、
出てくればいいよね。
待遇を男女均等にすべき、というのであれば、まず男女間の恋愛観や結婚観を変えなきゃいけない。
男性は「自分より高い給料貰ってる女性と結婚してもいい」という意識を持つべきだし、
女性も「自分より安月給の男性と結婚してもいい」という意識を持つべき。
少なくとも、そういう意識を持つ人が「男は女より稼ぐべき」と思ってる人と同数くらいにならないと。
この辺の価値観を変えずに待遇だけ変えちゃったら、男性にとっても女性にとっても、
結婚の対象となる異性が減るばかりで、誰も幸せにならないんじゃないか。
「給与水準が均等になれば、自然に価値観も変わってくる」という人もいるけど、
実際には雇用機会均等法後も、「稼いでる女」と「稼げない男」が結婚に二の足を踏んで、
http://www.jiji.com/jc/c?g=int_30&k=2011070800798
韓国が日本よりも出生率が低かったのは知っていたが、台湾も低い、というのは
不勉強ながら知らなかった。
で、調べてみると、シンガポールも香港も、軒並み出生率が低い。
要は、東アジア地域で、一人当たりGDPが「先進国並」とされる地域は、
軒並み出生率が1.0程度、ということになっている。
これは、「東アジア型経済発展モデルが、出生率とは共存できない」ということを示しているのだろうか?
出生率が低い、というのは、長期的にはその国の経済の足を引っ張ることになるが、
短期的には「従属人口比率が低い」ので、経済的にはプラスに働く。
勿論、各国政府も少子化を座視することはできず、シンガポールなどは
高学歴者に対し国営お見合いサービスを提供する、なんて話もあるが、
結果として「出生率が1.0程度に低位推移していることが、現在の経済発展に貢献」していることになる。
これは、東アジアの「国家競争」「都市間競争」に巻き込まれる日本には、著しく不利だ。
言ってみれば、他国が「出生率を切り下げダンピング」して競争に挑んでいるので、
日本だけ「自国は長期的視座で出生率切り上げを図る」とすると、競争から脱落するからだ。
まあ、東京都市圏は、必死になって、この「出生率切り下げダンピング競争」に加わっているのだが、
その対価として東京都市圏単体では「出生率=1.0程度」とダンピングしている。
日本の地方部が、競争から脱落し掛かっているかわりに、出生率を1.5程度に保っているのが実情。
各国とも、「出生率回復」に表向きは躍起になっているのだろうが、
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110707/221347/?P=1
を見ると、年金制度自体が、高齢者層に不利、若年層に有利に設計されているらしい。
となると、日本のように「年金財政破綻を回避しなければ」という少子化対策インセンティブは
働きにくいことになる。
※もともと、内需で産業が成り立つだけの人口を国内に有していない。
となると、日本のように「国内人口が減少すると、内需が先細りになって、産業にダメージ」という
問題意識も働きにくくなる。
「将来底辺労働力が不足するのなら、移民労働力を確保すればいい」という割り切り判断も、あるのかもしれない。
国内には「労働力の量」より「労働力の質」を求めるつもりなら、
「少数の子弟に英才教育を施す」という少数精鋭主義でいい、少子化でも問題なし、となる。
一方の日本は、年金制度が高齢者有利、内需依存企業が多い、底辺労働力型、という「三重苦」状態。
これでは、「出生率を切り上げざるを得ない」ので、「東アジア出生率ダンピング競争」に敗退する。
「各国ともに、出生率切り上げで協調しましょう」と圧力を掛けていく、という必要があるのではないか?
欧米だと「異性のパートナーがいなければ不自然」で、かつ「異性パートナーは自分で見つける」
という価値観があるのに対し、
東アジアでは「異性パートナーはお見合いや一族長老が見つける」という規範がかつては存在したのに、
それが経済成長で崩壊し、かつ「パートナー不在を異端視しない寛容な社会規範」があるから、という気もする。
あるいは、東アジアビジネスモデルは「極端な学歴主義」なので、教育できる子供数は1人でアップアップ、ということも
影響しているのかもしれない。
人口曲線が『予測』出来るようになったのっていつからか知ってる?
走りはマルサスだけど、それ以後だって実は「人口増加」に関しては、グラフ作ってみて
「まー長期的に見てこんな感じに推移するんでね?」レベルで、一国の人口趨勢を完璧に予測するなんて
ほぼ無理ゲーじゃないっすか。
んで、人口対策なんだけど。
個人的に思うのは、左派的な家族解体攻勢や移民法案仕掛けなくても「教育は基本的に無料」
くらいのことやればいいんでないかと思う。教育費用さえ気にしなければガキなんて作れるし。
移民入れるのはもー、世界中でやらかしまくったから無理だし、現状で「ガキ増やせ」も無理。
そんな1かゼロかみたいなこと言われても。教育部分だけでええんでないですかい?
「産んで」「育てて」「教育する」の三つが、基本的には親の義務だとされてるけれど。
この「教育する」の部分だけを国家が、極めてソフトランディングな形で受け持てば、出生率上昇は結構
まぁ、国家が教育を受け持つってのは実は相当キケンなことではあるんだけどさ、歴史的にね。
でもまー、この辺りまでは妥協していいんでないかと思うよ。移民よかマシって意味で。
移民はマジめんどい。本人たちどーこーもめんどくさいが、国内で吹き上がるであろう反移民攻勢がウザイ。
まーでも、もっと言えばさ。
人口問題って、人口の絶対数の問題っていうよりは年代の偏差の問題なんだよね。
今の年寄りどもがどーにかなる大体30年後には、そこそこ落ち着いてるはずなんだよ。人口予測が出来るならね。
もう、抜本的解決よりも「どーやって耐えるか」に視野を移すという手もある。
暇人\(^o^)/速報 : 【速報】少子高齢化が加速しすぎて、あと数年で日本破綻が判明 - ライブドアブログ
ドラッカーが言っているように、社会において最も重要かつあらゆる社会指標の中で「ほぼ確実に」予測できるものがが人口問題だ。
2012年に世界が滅びるかどうかはわからないが、2030年に日本の人口構造がどうなっているかは、ほぼ確実に予測できる。
はっきりいって日本の人口問題はもはや手遅れで、30年前にとりかかるべきだった問題なのだが対策しないわけにはいかない。
生涯未婚率が上昇し、単身世帯がかつてないほど増えるなかで、今の日本で人口問題を解決するべき方法は2つしかない。
移民受け入れか、未婚女性出生率(事実婚率)の上昇か。それだけだ。
本当にそれだけ。
なぜなら、保守にとって、これは受け入れることのできない政策だからだ。
アメリカのティーパーティー系保守が脊髄反射する論点として、"3G(God,Gun,Gay)"と呼ばれるものがあるが
それとほぼ同じくらい、日本の保守にとって譲れない論点が、「移民・家族制度」だ。
「売国法案」「日本解体法案」でググれば、いくらでも見ることができるだろう。
外国人地方参政権が日本を滅ぼすのであれば、移民政策などもってのほかだ。
選択性夫婦別姓が日本の家族制度を崩壊させるのであれば、事実婚奨励などもってのほかだ。
こうして、人口問題は絶対に解決されない。
日本を誰よりも愛する人たちによって、日本は超超高齢化とともに縮小していく。
いまや「保守」というのは、形骸化した「左翼」のようなものになってしまっている。
保守を自称するのであれば、腐ったホシュと手を切ることから始めなければならない。
ここでいう腐ったホシュとは単なる情念で結びついている奴らのことだ。
今の日本の「ホシュ」と、アメリカの「ティーパーティー」とはあまりにも類似点が多い。
________
こういう人ね
何をもって「真面目に考えた」とするかだけど、
お前が無いなりに無い頭絞って考えた形跡があれば「真面目に考えた」としてやる用意はあったよ。
一切無かったよね。
世界中の賢い人たちが考えても上手くいってない現状を考えると、
これは上手くいかせる方法がないと考えるのが妥当でしょ。
上手く行ってる国はあるんだけどね。
解釈の仕方にもよるが。
出生率の回復例は色々有る。
お前はそれすら知らないわけじゃん。
つーかわが国の少子化対策がどんなことやったか、失敗ならどんな失敗をしたか、それすら言えないだろ。
お前は「賢い人達」の取り組みがどんなものであるかも、どういう進捗状況かも、調べたことすらないわけだ。
「賢くない人」でもそれぐらいは出来るはずなのにやっていない。
何度も何度も増田で少子化憂う国士様書き込みしてる時間で出来ただろうに。
俺が知恵をしぼったくらいで上手くいくとは思えない。
「俺がいくら知恵を絞ってもわからなかった」じゃないんだよな。
つまりそもそも知恵を絞ったことも考えたことも無い。
よく「普通に考えたら」とか言ったもんだ。
ちょっとでもモノ調べなきゃいけない、考えなきゃいけない、って流れになると
途端に不機嫌になって自分を「賢くない人」に定義してでも逃げ回る癖に
その「抑圧しろ!」って”政策提言”だけは放棄しないのが面白いよね。
何でお前が政策を語るの?
それに、道が無いんじゃなくて、今たくさん模索してる道があって、
そこに思考能力ゼロの人が「お前ら無駄だ!一か八かこれをやれ!」なんて喚いてもさ。
誰もそんな馬鹿のご意見は必要としてないし、聞いてくれないよね。
つーか
馬鹿自身だってほんとはてめえで唱えてるそれを本気でやるつもりなんか無いんだろ?
過激思想っぽいことや「抑圧しろ!」ってのをネットに書いてる間、キモチイイだけだろ?
惨めな自分を忘れられるんだろ?
文章の内容が完全に誰がどう見ても文句なしの低能馬鹿丸出しだから聞いてんだよ。
尻丸出しで言ってんだ。