はてなキーワード: サインバルタとは
私は今年鬱になった。
そういうと大げさに聞こえるし、実際はそんなに大げさなことではない。ただ、ちょっと薬に頼ってしまっただけ、くらいの感覚。
私は今年社会人1年生だ。4月から箱詰め研修でそのあと勤務先に配属になった。がむしゃらに毎日働いた。働いて働いて、毎日失敗して、怒られて。いっぱいいっぱいだった。途中で耳が聞こえなくなったりもしたけどそれはなんとか乗り越えて、仕事に慣れてきた頃、仕事で独り立ちすることになった。
自分ではしたつもりの確認が全くできてなくて、本当に毎日ミスの連続。毎日毎日失敗して、その度に上司に怒られる。「ちゃんと確認しろ」分かってるのにできていなかった。そのうち自分のミスを聞くたびに泣くようになった。会社の事務室で人が見てるのに涙が止まらなくて、会社に行くのが怖かった。「教わってないから知らなかった」と言うと、今度は先輩に疎まれるようになった。自分は言葉選びが下手で、余計なことを言ってしまうみたいで、上司からも変な目で見られるようになってある日、社会人採用の同期に呼び出された。「仕事舐めてんの?」同期にそう言われて私の中の糸がプッツンと切れた。
その日家に帰ってから、何もせずに布団に入って泣いていた。死にたいと思うどころか何も出来ない。だって起き上がれないんだから。会社はたまたま休みだったから次の日は夜までずっと寝てた。ツイッターだけは出来たから死にたいって呟いてた、起き上がれないって。病院に行けと言われたのでそのまま近場のメンタルクリニックに手当たり次第電話して生まれて初めて精神科の予約を取った。
精神科の予約の日は先だったが、ふと思ったことがあった。「もしかしたら自分はADHDなのではないか?」
インターネットで検索するとすぐにADHDのチェックリストを発見することができた。読めば読むほど自分に近い。当てはまっている。それはすごく単純なことで、たとえば貧乏ゆすりが激しいとか、物事の順番がわからないとか、まさしく注意力の欠如だったりとか。声が大きくなったりだとか、言葉が詰まったりだとか。ああそうか、自分は障害を持って産まれてきてしまったのか。それは自分にとって妙に腑に落ちるものだった。
病院では抑うつの薬を貰ったり睡眠薬を貰ったりして、まあそれなりに回復は出来たと思う。ADHDかもしれないと相談をしたらチェックをしてくれて、十中八九……みたいな反応をされた。しかし実際に治療をするには莫大な時間と金がかかるらしい。障害とはいえADHDは個性で、特性。もちろん治療をしないという選択肢がある。自分には金も時間もなく、薬のおかげで前よりは会社に元気に行けるようになってからは心に小さなわだかまりを残しつつも、そのことは考えないようになっていた。
そんな時だったか、8月くらいにアイドルマスター SideMのアプリの配信が始まった。Mマスは2年くらい前にハマってたけどそのあと忙しくて放置しててそのまま、な不真面目なプロデューサーだったのだが、アプリくらいはと思いダウンロードはすることにした。推しが踊るのはすごく楽しかったのだが、夏〜秋くらいはゲームをやろうという体力もなく他のゲームもやってたりして入れて少しやって放置、していたと思う。
Mマスはアニメも始まっていたが推しのユニットはセカライ組だったためいまいちやる気が出ず、録画だけして2週間くらいは貯めていた気がする。
そのくらい不真面目なPだったのだが、暇なときにふと Mステをプレイしていて気が付いたことがあった。
びっくりしてしまった。もともと四季のことは好きで、ファスライのsr+は1番に彼を取った。でも、こんなに可愛かったなんて気がついてはいなかった。踊るとすごく可愛かった、見たことない表情をする四季に何故だか興奮が止まらなかった。
アニメを見よう……そう決心して見始めた一話で号泣した。これは、素晴らしいアニメだ。四季くんも出るし、ちゃんと見よう、そう決めた。
ぼんやりとそんなことを考えながら生きていたある日のことだ。たまたまモバMの方にログインしたら、四季くんが上位のイベントが開催されていた。
決めてからは早かった。先輩Pに連絡して走り方を教わってカードを借りて、もうスタパの発売は終わってたからゲロまずいと言われながらもPエンパックを買った。それからはひたすら毎日プレライを殴っていたと思う。殴る間も四季くんのことを沢山考えた。がむしゃらに殴って課金してなんとかメガアクマックスの四季くんを手に入れる頃にはすっかり私は四季Pだったと思う。
四季くんの笑顔は私に勇気と元気をくれた。メガアクマックス四季くんが信頼度maxになると私で元気をチャージしてるという。むしろこちらの台詞だ。そもそも四季くんにしょんぼりすることなんてあるんだろうか?あったとしても一瞬で忘れちゃいそうだな。そう思ったときにふと過去の雑誌の四季くんを思い出す。営業の時に見た四季くんの台詞を思い出す。
四季くんの過去の雑誌、過去のイベントをそれから必死で全て読み漁った。四季くんはいつも元気でまっすぐで他人に迷惑をかけてしまうことはあっても、いつも一生懸命だ。眩しかった。四季くんが本当に眩しかった。何故か?それは私も自分に自信がない人間だからだ。
アニメでハイジョ回が放送された後の夜、次の日5時起きで出勤なのに眠れなくて、ベッドの中でずっと泣いていた。青春のリミットなんて言葉、しきくんには1番似合わないのに四季くんにピッタリの言葉だ。四季くんの寂しそうな笑顔が脳裏に焼き付いて離れなくてずっと泣いてた。勝手に涙が流れてくるから。そのあとナオミの部屋で八代さんの笑顔を見てなかったら眠れなかったと思う。
四季くんのプロデューサーなんだと思って生きる毎日は本当に楽しかった。四季くんが好きで、ナンジャに行ったりアニオンに行ったりする私はいつも明るくて笑顔だった。知らないプロデューサーさんに話しかけて仲良くなったことまであった。私が四季くんになったみたいに笑顔でいられて幸せで仕方がない。
そうやって毎日四季くんのことを考えて生きていたらふと気がついたことがあった。私と四季くんって似てるかもしれないなって。
メンヘラ女に似てるって思われてる四季くんは可哀想だけれど、本当にそう思ってしまった。自分に自信がないところとか、後先考えずに突っ込んでしまうところとか、ちょっと空気が読めなそうなところとか、いきなり大声出しちゃうところとか近いものがあるかもしれないなと。でも私と四季くんは頂点に立つキレイでかっこよくてキラキラで人気者な男の子と底辺メンヘラ女だから全然違う。私と四季くんの違うところはなんだろう。
そう、四季くんは私みたいに自分の自信のなさをマイナスに捉えないのだ。
どんなに自信がなくても、失敗しても頑張るぞ!って前に進むことができる。四季くんはハイパーネガティヴなのに、ギガテラMAXでポジティブなのだ。四季くんが私に力をくれるのは、私と同じなのに私と全く違う、私の生きる目標みたいになり始めていたからだと思う。
四季くんのことを思い始めてから、キツくて薬を飲む回数が減った。何故なら私の目標のような存在がすぐそばにいてくれるようになったから。事務所に行って四季くんの笑顔を拝むたびに、私もこんな風に笑えるように頑張ろうって踏ん張れるようになった。私のような存在が四季くんと同じなんて烏滸がましいけど、それが私に何よりも勇気をくれた。毎日を進む力をくれた。どんなに辛いことがあっても、四季くんみたいにがむしゃらに前に進もうと思えるようになった。
去年の今頃、精神科にかかっていた時に処方して頂いたサインバルタという精神薬を服用した際に起きた副作用が原因だ。
具体的にどのような症状があるかというと
・恒常的に性欲が減退していて、性欲を刺激されることがない
・男性器に刺激を与えてもまるで反応がない
といった症状がある。
因みに夢精についてなのだが、EDになった最初の月に1回、その翌月に更に1回の夢精を経験したのだが、どういうわけかそれ以降現在に至るまで一度も夢精を経験していない。
シコってもいないし、夢精もしていないとなると、俺の身体の中で製造されている精子は何処へ向かっているのか、その行方が非常に気になるところだが、それは別に本題とは関係がないのでここでは置いておく。
さて、本題の「男女間の友情は成立するか否か」であるが、俺はする......と思う...... うん......
まあ俺も正直EDになる前は20代前半の成人男性相応の逞しい性欲を所持していたので、ぶっちゃけ男女間の友情なんて成立するわけないと思っていた。
因みにそうした否定的な意見に対してしばしばこういった反論があったりする。
「凡そ異性として見るに値しない外見の女性or男性なら友情は成立するだろう」という反論だ。
「異性として見ることが可能なレベルの男女」である為に、このような指摘は全く当たらないのだ。
故にEDに罹る以前の俺にとって、男女間の友情とはファンタジーでしかなかった。
だがEDに罹った以後の俺にとって、それは逆説的にリアルな存在になっていた。
なんたって女といい雰囲気になっても欲情しないのだ。勃つものも勃たないのだ。
エロビデオやエロ漫画を見たって欲情しないのだ。勃つものも勃たないのだ。
そして実際に裸の女と触れ合ってみてもなお欲情しないのだ。勃つものも勃たないのだ。
つーか実際的には”なかった”のだ。
こうなってくると話はだいぶ変わってくる。
別に俺が欲情しなかったのは相手の女性が「凡そ異性として見るに値しない外見の女性」だったからではない。
完全に俺は相手を「女」として見れていた。が、俺は性欲を抱けなかったし、行為も行えなかった。
これは最早男女間の友情成立の一歩手前の状態まで来ているのではないだろうか?
要するに「男女間の友情を成立させる為の下準備」が整った状態なのではないだろうか。
それは肉体的な疾患が原因なのだから、仮に今後完全に友達でしかない女友達が出来たとしても、それは男女間の友情が成立したとは言えない!と言う人もいるだろう。
しかし友情って元々様々なプロセスによる成立があり得るものではないか?
最初はいけ好かない奴だとお互いに思っていたけど、言葉を交わしていく内にそうした悪感情が払拭され逆に好き合うようになり成立した友情
あくまで互いに便宜上仮初の友人関係を構築していたのだが、次第に私的な交流を重ねる機会も増え、そうこうする内に本心からお互いを好き合うようになり成立した友情etc.
このように友情とは本質的に多様なプロセスを内包する概念である。
よってこの先俺が実現させ得るかもしれない男女間の友情もまた、1つの男女間の友情の形に他ならないのである。
だが、俺は信じている。
必ずや近い将来、俺は男女間の友情を成立させるのだろう、と。
その時が来たら、俺は堂々とこう答えるだろう。
「男女間の友情は成立する!!」と
結論:一週間くらいでなんとかなった。
金曜の夜から飲むのをやめ、土日は引きこもり、月曜日は無理やり起きて会社に行った。
支障はあまりなかった。
という話をダラダラと書いています。
まぁ自分語りをさせてくれ。
睡眠薬の世話になって4年半。
はじめはエバミール半錠だったのが最終的にはマイスリー5mgと を飲んでいた。
併用して鬱病の薬 サインバルタ30mg飲んでいたが、こちらも止められた。
が、これは急激に止めたというより、飲むのを忘れるときがちょくちょくあり、それなりになくても大丈夫なのではと思ったから緩やかに止めていったというのが正しいのだろう。
鬱病であると診断されてなんの疑いもなく飲んでいた睡眠薬だったが、
脱ニートして(というか大学卒業後)働き始めてから規則正しく6:30に起きなければならなくなり、無理やり起きると薬が残っていて強烈な眠気がくる、というのが問題だった。
睡眠薬をグッドミンから変えたばかりで、やっぱり合わないのか…と思ったが
効かないような気も少ししていたし、効果が半減する時間になれば目がさえる時すらあったからだ。
悩んだ結果、「一度飲まずにいよう」と思ったが、土日に試せば眠れず、「やっぱり睡眠薬は必要なのだ」と思うループ。月曜日に眠れない/起きられないのが怖くて、睡眠薬に手を出してしまった。立派な依存だ。
そこで目に留まったのが、「睡眠薬を5日で止めた」という知恵袋のノート。
麻薬と同じで断薬すれば良いのでは、実際私も云々と詳しく書いてあったが、記憶に残ったのは「5日」
5日我慢すれば良いなら…と三連休が近かったので決行することにした。
やけだったかもしれない。
が、今となってはよかったのだと思う。
とある週末の記録
…案の定、眠れない。
眠れないので、撮りためたアニメを見たり、動画サイト見たり、ツイッターしたりする。
眠い。結局最後に時計を見たのは4時くらいだったと思う。そこから記憶がない。
…そしていつも通り6:30に自然と起きる。悲しい。
開き直ってご飯を食べ、またベッドでごろごろする。
土曜夜、一応23時には部屋を暗くする。眠れるはずもなくアニメ。してたら寝落ちしていた。
しかし6:30に起きる。
昨日眠れなかった分寝ようとはしないらしい。私は社畜か。
土曜日に眠れなかったぶんか、日曜日は細切れで寝る。寝られる時に寝なければ。
日曜夜、3夜連続の薬無しに挑む。
月曜日が多分一番辛かった。
まぶたは開けられないのに寝付けない。挫折と思われたが正直薬を手にするのも面倒だった。
買い置きの菓子パン(目を閉じていてもなんとなく袋を開けられたら食べられる)も底を尽きる。
起きられないかもしれない不安とか、逆戻りするんだろうかとか諸々。
起きてる時間は解脱症状についてぐぐりまくり、この最中だ抜いてる最中だ耐えろと念じていた。
最後になんとかアラームの確認をし、眠れないとぐずつく自身と戦う。不安もあるのか、4時を確認した覚えがある。
火曜日朝。
…6:30起床。
身支度もほどほどに、家を出た。
その日は仕事中に寝ることもなく、定時退社。
そして、帰ってほぼすぐに眠くなった。
お風呂だけはと入ったが、髪を乾かすのもそこそにエアコンつけてバタンとベッドに倒れた。
若干の寝付けなさはあったが、30分以内には寝ていた。相当疲れがきたのだろうか。
少なくとも30分ほどの動画をラジオ代わりに聴いて寝たが、後半の覚えがない。
水曜日、すっきり目覚める。
途中覚醒もなし。カフェオレドーピングはしたが、ほぼ問題なく勤務。
時折眠くなったが、トイレで3分突伏したりシュレッダーかけたりしてしのいだ。
そして定時退社(ありがとう周りのみんな)(優しい会社です)(なお定時退社のツケをいま払ってます残業代おいしー!!!)
ご飯を食べ、お風呂に入る余裕あり。しかし眠い。23時に暗くして、24時ごろには寝たのではないだろうか。
人間、寝る力は備わっているというが復活してきたような気がする。
いつも通り起床。5時ごろ一度覚醒、のち寝むれた。奇跡かと思った。
眠さはつきまとうものの、睡眠薬が残っているようないまにも寝落ちそうなのに寝られない…という感覚ではない。
もしかしてこれ、単に寝不足でねむーい…なのでは…と仕事中なのにちょっと嬉しくなった。トイレで突っ伏す。
72パーセントカカオのチョコが良いらしいと聞いて午前中に投入。少し楽になった。
6:30起床。
…もしや、これはもう成功したのではないかと感激する。寝辛さは若干のこるし、眠いは眠い。
ただ、睡眠薬を片手に唸る夜の方が辛かった。
飲んでも眠れない辛さに比べたらこちらの方が圧倒的にマシである。
わりとすっきり過ごせた。
この1週間お世話になったもの
1位 カフェオレ
セブンのノンスウィートを愛飲。現在はコスト減のため、ペットボトルのアイスコーヒー+牛乳となっている。
時間がない朝でもコンビニで買って飲めるのは助かった。多分薬代より安い。…そんなことはないか?(計算したくない)
2位 アニメ
撮りためを引っ張り出してBGM代わり。内容を覚えているため耳で聞いても脳内で映像再生余裕でした。
3位 菓子パン
片手で食べられる。汚れない(あまり)。頭を使わなくても安全に食べられるものを用意する必要がある。本当ならばタンパク質とかそこら辺とったほうが良いのだけど数日は気にしなくて良いと思う。
何かお腹に入れていたほうが眠れる、と思うので買っておくと良いと思う。引き籠もろう。
カップ麺はお湯を沸かさなくてはいけない=火を使うのでNG。虚ろな目で食べられるものを。
その他
周囲の協力。
働いているならば早出なし残業なしが難しい人もいるかもしれない。
正直後半、職場に行く必要性で起きて、寝るために体力を使ったおかげもあると思う。 引きこもり時代はこれがない。そして眠れない悪循環とあった。
最後に。
これは独断で行った睡眠薬断ちである。本来ならば医者と相談して少しずつ減らしていくべきである。実際結構辛い5日(以上)であった。
大手を振ってこれを推進しようとは思わない。
しかし、もし不眠で薬が手放せなくなっている人が、この文を読んで少しでも役に立ったと思ってくれたら嬉しい。
それぞれどのくらいの期間服用しているのか、どのくらいの量から初めて今現在どのくらいの量を飲んでいるのかが書かれていないので何とも言えないところではあるけど、診断名が「うつ病」で間違いないなら、
・レクサプロ → いわゆるSSRI。うつ病に最初に処方する抗うつ剤としては妥当。
・エビリファイ → DSS。レクサプロを漸増していき十分量まで増量しても効果があまり見られなかったので追加されたものと推測。抗うつ剤にエビリファイ少量(3mg〜15mg)を足すのはいわゆる「増強療法(オーグメンテーション)」と呼ばれる方法で、中等症〜重症うつ病、もしくは治療抵抗性うつ病で使われる。これもまあ治療ガイドラインどおりの処方という感じ。
・サインバルタ→SNRI。レクサプロとエビリファイでも十分な効果が見られなかったか、もしくは抑うつ状態は改善してきたものの「やる気、意欲」の改善がいまいちだったため処方されたものと推測。
林先生は「抗うつ剤が著効するのは内因性うつ病(古典的うつ病)である」という立場を取っていて、「抑うつ気分を伴う適応障害」などは「抗うつ剤があまり効かない」として区別している。
バイクでGhettoに通っていたので酒は飲んでいなかったが
プロジェクトがとりあえず納品されて力つきた。
すぐに山口に帰った。
前歯を抜いてそれでもダメで、でもたまぁに痛みから解放される時間があって
その瞬間はとてつもなく幸せだった。
すぐ慣れちゃうんだろうけど。
2年前かな復職したが、すっかりハプバーの住人になっていて
睡眠薬とお酒を飲むとハイになって出かけては、あびるように酒をのみ
翌日休んでいた。
我孫子にかよっていた時は久々にプログラムがかけて楽しかった。
週末はハプバーで朝までのんで日曜はドロのように眠り、月曜会社に
通っていた。
1年前に出禁になるが酒がのみたい。ハプバーのようなインスタなセックス
と会話を求めたが、それに変わるものもなく、ガールズバーだのキャバクラ
などで何十万か使った。
鎖骨が折れて、くっつけて、でまた離れて。。
で膝を骨折してもうて、もうなんだか焼けぼっくりだった。
でまあ膝も治って、よし運動だぁ。とスケボーに乗って出かけるも
そこは歌舞伎町。見事なまでに記憶をなくし、うん万円がなくなっていった。
病気ですね。
哲もゲマもおかしかったが、あっちでシポしポやってりゃよかったかなぁ。
でまぁ、1年ぐらい英語でエッサホイサ仕事しる間に10キロ太っていた。
産業医面談は毎回苦痛だったが、体重計に乗るたびにビビってた。
昼飯食べて、よるも酒となんか食って、運動もしないからそりゃあ太るさね。
なんでかかんでか、大東田町にぶっ飛んだ。
ドロドロプロジェクトには覇気がなく、ひっそりしてれば、何もしなくてよかったので
ひっそりしていたのだが、大将に上手く踊らされた。
これは良くないですね。
頭もめっきり回らない。当たり前ですね。
なので、酒ダメ・ゼッタイと思っているのだが、週末はもう何も用事がなくて昼から
酒。で下痢。
体が摩耗していった。
大将の旗振りで頑張って走ってみたけど、摩耗した体は風呂はおろか洗濯さえも
めんどくさくなるほど。
でガラシさんがやってきて、これがダメだ。
まぁ勉強がんばってるのは分かるが、長い。
もう。厳しいと思ってまた休んだ。
休んだ最初の週に酒のんで、もう飲まない。と思ってまた飲んで。
まぁアル中だったのですね。
そういうのなくなるともう、酒。
で昨日も飲んでもうて、寝ようとおもって眠剤のんだら、なんだか
歌舞伎町へ。
夏にも同じようなことがあったなぁ。
もう死にたい。
今も酒が飲みたいが、なんとか我慢できている。
一日家にいても酒をのまずにいれるようになれば
気分が良い日もきっとくる。
それが出来たら、やっと前に進めるきがするのだ。
バイクでGhettoに通っていたので酒は飲んでいなかったが
プロジェクトがとりあえず納品されて力つきた。
すぐに山口に帰った。
前歯を抜いてそれでもダメで、でもたまぁに痛みから解放される時間があって
その瞬間はとてつもなく幸せだった。
すぐ慣れちゃうんだろうけど。
2年前かな復職したが、すっかりハプバーの住人になっていて
睡眠薬とお酒を飲むとハイになって出かけては、あびるように酒をのみ
翌日休んでいた。
我孫子にかよっていた時は久々にプログラムがかけて楽しかった。
週末はハプバーで朝までのんで日曜はドロのように眠り、月曜会社に
通っていた。
1年前に出禁になるが酒がのみたい。ハプバーのようなインスタなセックス
と会話を求めたが、それに変わるものもなく、ガールズバーだのキャバクラ
などで何十万か使った。
鎖骨が折れて、くっつけて、でまた離れて。。
で膝を骨折してもうて、もうなんだか焼けぼっくりだった。
でまあ膝も治って、よし運動だぁ。とスケボーに乗って出かけるも
そこは歌舞伎町。見事なまでに記憶をなくし、うん万円がなくなっていった。
病気ですね。
哲もゲマもおかしかったが、あっちでシポしポやってりゃよかったかなぁ。
でまぁ、1年ぐらい英語でエッサホイサ仕事しる間に10キロ太っていた。
産業医面談は毎回苦痛だったが、体重計に乗るたびにビビってた。
昼飯食べて、よるも酒となんか食って、運動もしないからそりゃあ太るさね。
なんでかかんでか、大東田町にぶっ飛んだ。
ドロドロプロジェクトには覇気がなく、ひっそりしてれば、何もしなくてよかったので
ひっそりしていたのだが、大将に上手く踊らされた。
これは良くないですね。
頭もめっきり回らない。当たり前ですね。
なので、酒ダメ・ゼッタイと思っているのだが、週末はもう何も用事がなくて昼から
酒。で下痢。
体が摩耗していった。
大将の旗振りで頑張って走ってみたけど、摩耗した体は風呂はおろか洗濯さえも
めんどくさくなるほど。
でガラシさんがやってきて、これがダメだ。
まぁ勉強がんばってるのは分かるが、長い。
もう。厳しいと思ってまた休んだ。
休んだ最初の週に酒のんで、もう飲まない。と思ってまた飲んで。
まぁアル中だったのですね。
そういうのなくなるともう、酒。
で昨日も飲んでもうて、寝ようとおもって眠剤のんだら、なんだか
歌舞伎町へ。
夏にも同じようなことがあったなぁ。
もう死にたい。
今も酒が飲みたいが、なんとか我慢できている。
一日家にいても酒をのまずにいれるようになれば
気分が良い日もきっとくる。
それが出来たら、やっと前に進めるきがするのだ。
当初の予定の人が書いてないようなのと、今年中に吐き出してしまいたいので書いときます。
同僚が見たら誰だかわかると思いますが、年のため増田に書いときます。
まず寝ても疲れが取れない、起きたら絶望っていう状態が続いてました。これはキッカケはわかってますが原因は後述します。それでさらに両親(+兄弟)が別居状態で、その調整とか引き取って引っ越したりして更に疲労が蓄積しました。この頃には一週間近く休むことが度々ありました。
上司にはこの件事前に伝えていましたが、同僚には伝わってないのでネットの知り合いにパワハラだと勘違いされてますが、むしろ上司には大変気を使ってもらってます。
これまでもうつで休んだことがあったので、起きたら絶望って時も既に薬は服用してました。
まず休んだ直後に医者に相談したところ、薬が合っていないのでは?ということで薬を序々に変えていきました。
が、これが最初合わずに辛い思いをしました。睡眠時間が1日の半分以上になり、起きた後のだるさが更にひどくなる始末。即座に医師に報告して変えてもらいました。一時期SNSを見るのが怖くなり、繋げなくなったりもしました(1ヶ月程度)。
結局休む前と比べ大幅に薬が変わりましたが、今は大分安定して起きてもスッキリなとこまで来ています。
現在服用してないのも参考までに載せておきます。なお効果は人により差が出ると思うので医師と相談の上ご使用ください。
以前服用したことがありましたが、効き目が薄い上射精障害がひどくて変えてもらいました。
今後もお断りです。
長い間使ってました。なんで変わったのかは忘れました(効かなくなってきたからかな?)
寝るための薬として出されたのがこれ。最初は寝るようになって効果がでたのですが、寝過ぎる上に起きた後の絶望感半端無いのでレクサプロに変えてもらいました。
tanakhさんの日記にもありますが、かなりいい効きを発揮してくれてます。1ヶ月位服用中。救世主。
不安を取り除いてくれる薬。ただしいきなり断つとひどい禁断症状が起きます。結構お世話になりましたが、これも徐々に別のに変えました。
朝の出社が辛いと言ったら出されたのがこれ。落ち着かせる方に働かせるそうです。でも今の医師は意欲を上げる方がいいとのことでやめました。
どちらも名前が違うだけで同じものです。寝やすくするための薬。かなり強力で、無意識のうちにいきなり寝てしまうくらいです。そのヤバさからアメリカには持ち込みに手続きが必要。
だいぶ前に飲んだことがありますが、太ります。もともと胃薬だしねぇ。
あとなんか舐めるだけでよくて、何も考えられなくなるのがあったはずです。翌日まで効果続くし強烈なので常用できません。
ここのところあまりに精神的に調子が悪いと感じていたので心療内科に行ってみた。
典型的な鬱症状、ということで抗うつ剤飲みましょう、という流れになった。
安全な薬ですから、というしあまりに薦められるのでじゃぁいっちょ飲んでみるか楽になるなら、と処方してもらった。
そんなにうつ状態であるという自覚はないのだが、とりあえず休みの日の朝に一錠飲んでみた。
サインバルタ、という薬はSNRIというやつで副作用も殆ど無い、と言っていたんだけど昼ごろにはひどい吐き気と眠気に見舞われてぐったり。
15時頃うとうとして目が覚めると、吐き気はおさまったけどいてもたってもいられないぐらいの強烈な不安感に見舞われて悶絶。
16時頃収まったけど、あの強烈な不安感はすごい。あれが続いたら正気を保てる自信がない。
将来の不安とか、日常の不安とか仕事や健康の不安とかが際限なく膨らんであーもうどうしよう・・・もうダメだ、という感じになる。
むしろ抗鬱剤を飲んだほうが調子が悪いのでいったん飲むのをやめた。
心に効く薬はなんだか怖い。睡眠薬はあまり抵抗がないのだけど。
抗うつ剤なしではよくならないんだろうか。運動とか筋トレとかしたらセロトニンがドバドバでて良くなったりしないのか?
休むのがいちばんだとどこ行っても言われるけど、休めるぐらいならうつ状態にならないような気もするし。
気分変調症と診断されました.
気分変調症ってのは,うつと同じ症状だけど軽症で,日常生活は送れるんだけど投薬が必要で,本人的にはつらい症状.抑うつ状態が2年以上続く感じです.
だから,体がしんどい,眠いんじゃなくてしんどくて朝起きられない,気分が沈みがちっていう人がいたら,体質だからって諦めずにとりあえず内科と心療内科に行くことをおすすめします.
それを前提として,私が実行している,こういう状態から脱出するために行っていることを書いてみます.
一週間ほど続けているけど,割と快調.
まず,そもそも気力が戻ってこないと何も行動できないので,薬の力を頼ってます.
1. サインバルタ 抗うつ剤です.効用についてはググってほしいけどうつ状態を治していく薬。
3. 補中益気湯 胃腸の働きをよくして、元気をつける漢方薬。
元気になるために行うこととしては
http://www.utu-naoru.com/cat141/post_31.html
を参考にしました.
箇条書きにすると,
1. 朝5時〜7時の間に起きて朝日を浴び,身支度,食事を済ませる。その後は一日中寝てても良い。
3. ものづくりをする.
元気がないと,これらをするのもすごく大変です.
なので,私は抗うつ剤に加え,元気の出る漢方,補中益気湯を出してもらいました.これは,栄養ドリンクみたいな感じで,飲むと動けるぐらいの元気が出てきます.
<朝7時に起きるためにやっていること>
次に,朝起きたいけど,私は寝付きが悪い上に睡眠が浅く,いくら寝ても一日中体がだるいです.
最後に,自分のキャパシティーを超えて仕事(私は大学院生なので研究)をすると疲れて次の日から3日ぐらいは非常に体調がわるくなるので,研究時間を極端に減らすことにしました.あと,生活リズムを整えるために早く帰る.
大学院生からは信じられないと思いますが,9時から5時の8時間です.昼食も挟みます.
博士課程なので,こんなんじゃ学位とれないんじゃないかと思われるでしょう.
この際学位がとれなくてもいいやって思ってるのですが,実は文部科学省のデータによると,大学院生が自分の(論文を書くための)研究に費やしている時間は週6日に換算すると実際8時間なんだそうです.それ以外の時間は自分の研究以外の仕事なんだそうです.雑用とか,他の人の手伝いとか,後輩の指導とか.
私は非常に恵まれていて,自分の研究さえやっていればOKなので,1日8時間やることにしました.
夜23時には寝て,7時に起きます.
これはそのまんまですけど、バナナはジュースにして飲んでます.
牛乳はたくさん飲むとお腹を壊すので,幼児用の牛乳パック買ってきてそれを飲んでます.少ないので飲みやすい.
ニンニクは,ひとかけをスライスにして,油で揚げて塩振って食べてます.
<ものづくり>
何かものを作ることはうつにはとてもいいんだそうです.達成感でドーパミンがどーのこーのだったかな.
http://www.origami-club.com/unit/polyhedron1/index.html
ここを参考に多面体を作りまくってます。
他にも手芸をしてみようかなとか,本棚作ってみようかなとか色々考えるだけで楽しいです.
9時5時の生活はできない人が多いので結構無理があるかもしれないですけど,抑うつ状態で悩んでる人は参考にしてみてください.