はてなキーワード: 一身上の都合とは
エヌ氏の一日は、「いいね!」ボタンをクリックすることから始まる。
「いいね!」ボタンは、エヌ氏が参加している仮想世界上の友達の日記やひとりごとつぶやき機能についているお手軽評価ボタンのことだ。
エヌ氏の友達は、熱心に仮想世界上の日記に日々のできごとを綴っていた。
朝ごはんに食べたもの、今いる場所、気がついたこと、天気のこと、猫や花の写真とありとあらゆるものが仮想世界上の日記としてほぼリアルタイムに書き込まれていた。
エヌ氏は仮想世界上の友達との友好的なコミュニケーションを円滑に果たすために、早起きしてエヌ氏が就寝してから起きるまでの間に書かれた日記にたいして、「いいね!」ボタンを次々と押していった。
本来は、どういうふうに「いいね!」なのかを感想コメントとして残すべきなのだが、何せエヌ氏が読まなければならない日記の量は膨大で一日のうちのかなりの時間をそれに費やしていた。そんな状態だったので、コメントを残さずとも、友達の日記を読んだ証拠を残せる「いいね!」ボタンはエヌ氏にとって、歓迎されるべき機能であった。
出勤前の30分の時間で、「いいね!」ボタンを押し切ったエヌ氏は、朝食も摂らぬまま駅へ向かうバス停へ向かった。
するとエヌ氏の仮想世界上の友達たちは、これまでのエヌ氏の「いいね!」行為への対価を果たすべく、「家を出ました」日記に対して「いいね!」を連発し始めた。
はたからみると、一体全体、何に対して「いいね!」なのかさっぱりわからないが、「いいね!」ボタンを介したコミュニケーションはエヌ氏の生活の一部となっていた。
バスに乗り込むとき、エヌ氏はバスのナンバープレートに書かれた番号とバスの形式を仮想世界上の日記に書いた。このナンバーのチェックはエヌ氏のライフワークだ。エヌ氏のこの日記に次第に「いいね!」が増えていく。増えていく「いいね!」の数を見て、エヌ氏は満足した。
バスを降りたエヌ氏は駅の立ち食いそば屋へ入り、いつものコロッケそばの食券を購入した。カウンターで食券と引き換えにコロッケそばを受け取ったエヌ氏は、隅っこのテーブルにコロッケそばを運び、携帯端末でコロッケそばの写真を撮りはじめた。エヌ氏は、そばを食べながら、器用に左手で携帯端末をあやつり、コロッケそばの写真を仮想世界上の日記として書き上げた。
当然、今年の初めからコロッケそばを何杯食べたかのカウントも忘れない。梅雨の明けたこの時期でコロッケそばカウントは65だった。
食事をこの日記に書き込むこともエヌ氏の大切な日課だ。エヌ氏は日記に書き込んだあとに徐々に増え続ける「いいね!」の数を見ながら、コロッケそばの余韻に浸っていた。
エヌ氏が朝起きてから、2時間が過ぎようとしていた。エヌ氏が見るべき新しい日記があることを画面が告げていた。交友関係が広いエヌ氏が見るべき日記の数は瞬く間に増えていく。
電車を待つホームの上でも、日記を確認し、「いいね!」ボタンを押す作業は続いた。エヌ氏はいつものように先頭から2両目の後ろよりのドアに並ぶと入ってくる電車の番号をチェックし、軽やかに日記を作成した。
日記を作成している間にもエヌ氏がチェックしなければならない日記の数はうなぎのぼりに増え続ける。電車に乗り遅れて遅刻しそうな人の日記に「いいね!」を付け、風邪でおなかを壊して寝込んだ友人の日記にも「いいね!」をつけた。ゆれる満員電車の車内で、つり革につかまらずに絶妙なバランスを取りながら、携帯端末を操作し、増え続ける日記に次々と「いいね!」ボタンを押して、日記を読んだことを示す証しを残した。
会社に着いたエヌ氏は、席につくとおもむろにパソコンの電源を入れ、社内SNSの画面をチェックし始めた。この画面にも「いいね!」ボタンが実装されており、次々と軽やかに「いいね!」ボタンを押し続けた。
会社の業績が落ちていることを示す記事、先輩が地方に転勤する記事、一身上の都合で退職することになった記事と内容のよしあしにかかわらず兎にも角にも「いいね!」ボタンを押し続けた。
プライベートな仮想日記とは別に取引先や同じ業界の人たちとのネットワークもある。社内向けの「いいね!」が終わると、仕事上のつながりのある人たちの日記に「いいね!」をつけ始めた。こちらはプライベートな日記以上に「いいね!」をつけるのに気を使う。付けもらしがあっては失礼だし、「いいね!」をつける人とコメントを書く人との間で差をつけてはいけないからだ。一応、社内の内規でコメントを書くことは作業負担も大きく、誤解を招く恐れがあるので、「いいね!」操作に限るとなっている。
ここまで仕事を終えたエヌ氏は、休憩のために喫煙室へ向かった。喫煙のための休憩はなぜか咎められないことになっている。
タバコに火をつけるのと同時に反対の手で、携帯端末から「喫煙室なう」と仮想日記に書き込んだ。
書き込んだあとから「いいね!」の嵐がやってくる。仕事中に増え続けた日記に「いいね!」をつけ終えるとエヌ氏は、喫煙室を出た。
エヌ氏はオフィスに戻ると、担当している商品のプロモーション用アカウントにログインしてみた。一般の人から感想や苦情が書き込まれることが多く、それに対してうまく受け答えをしなくてはならない。機転のきいたコメントができればいいのだが、うまいコメントが思い浮かばないときは、「いいね!」を多用した。そのときに最善の言葉が見つからなくても、会社として関心があることを示すことができる「いいね!」ボタンはエヌ氏にとっても会社にとっても都合のよいものであった。担当者が複数いても、それぞれの変な個性がでることもなく穏便にアカウントの運営ができた。
「いいね!」ボタンの操作に夢中になって仕事をしていると、とうに昼食の時間を過ぎていた。
カフェテリアでB定食を選び、デザートのショーケースから日替わりプリンを手に取り外の見える席に腰掛けた。昔は同僚と食事をともにすることが多かったが、今では食事の時間も貴重な「いいね!」タイムとなっている。プリンを食べた数をカウントするのもエヌ氏の重要なライフワークとなっている。プリンのカウントは89だ。日記のタイトルにカウント数を入れて、写真を撮って日記を作成した。
先ほど、休憩したときに「いいね!」チェックをしたにもかかわらず、すでに二桁以上の新しい日記がエヌ氏の携帯端末の画面にはあった。
この日記の未読を消化することはエヌ氏にとって大変に重要な関心事である。しかも読み逃げするわけではなく、「いいね!」をつけるのだ。
「いいね!」をつけることは信頼とコミュニケーションの証しであり、エヌ氏にとっては生きがいだ。
食事のあともエヌ氏は的確な操作によって、「いいね!」ボタンを次々と押し続けた。それは仕事の一部でもあり、趣味の一端でもあった。
画面を更新するたびにあらわれる新たな「いいね!」ボタンがある限り、エヌ氏の仕事は存在し続けるし、エヌ氏の存在意義も大きなものになる。
日もとっぷりと暮れたころエヌ氏は会社での仕事を切り上げ、帰路の電車の中にいた。朝と同じ車両に陣取り、携帯端末の「いいね!」ボタンを押し続けた。「いいね!」ボタンをたくみに使いこなすエヌ氏は、仮想日記上での評判がすこぶるよかった。仮想日記上でエヌ氏と知り合うことができれば、自分の日記にエヌ氏からの「いいね!」の評価が必ず入るからだ。
エヌ氏の「いいね!」の評価は呼び水となりほかの人も釣られるようにして、「いいね!」ボタンを押してしまう。エヌ氏の周りには「いいね!」の好循環ができているようにみえた。
帰宅したエヌ氏は、就寝までの時間を使って、仮想日記の新着のチェックを始めた。帰路の電車やバスの中でもチェックをしていたのだが、小さい画面では、日記の消化に限界がある。エヌ氏ご自慢の32インチの薄型画面を使っての「いいね!」ボタンを押す操作はとてもはかどるのだ。
時計の針が次の日に変わるころにエヌ氏の一日は終わる。しかし、エヌ氏が寝ている間にも世界は動き続け、無数の「いいね!」ボタンは増え続ける。
Yahoo知恵袋には、本吉病院長に対する地域の冷たい仕打ちがあったような記事が出てくる。
webには、そのようなものはなかなか出回らない。 とりあえず、ちょっとメモまで。
どうなのかな? 投稿者:一患者 投稿日:2007/02/20(Tue) 19:57 No.106
この頃、本吉病院に行くことに、ちょっと抵抗を感じるようになりました。誤診なのか知識不足なのか、適切な処置をされないで手遅れになるところだった人の話を聞きました。医者も生身の人間ですから、診誤ることもあるかもしれないけれども、私たち一般の人は医者を頼りに病院に行くわけですから、しっかり診察をしてほしいものです。
森町長がこの掲示板を見るかどうか分かりませんが、できたら、もっと医師に研修なり、勉強の機会を与えて、町民の命を預かるというのは、重責かもしれないけれども、でも、本吉町で唯一の病院ですので、高い機械を入れるばかりでなく、それを使いこなす人材や医師を育ててほしいと思います。赤字で大変でしょうが、一考お願いします。
直接、病院事務長や院長に話をすればいいのでしょうが……
あとは、勉強用に。
本吉町国民健康保険病院改革プラン(平成20年12月:本吉町国民健康保険病院)
本吉町国民健康保険病院は、昭和22年8月に旧津谷町国民健康保険組合の直営で一般病床24床の病院として開設された。
翌23年には、法改正により旧津谷町に移管され直営病院となった。
昭和30年3月の町村合併により本吉町国民健康保険病院となり、この年に新病棟が建設され、一般病床52床、伝染病病床12床を有する病院となった。
昭和34年当時の診療科目は、内科、外科、小児科、産婦人科を標榜しており、地域の中核的病院として住民の健康と福祉の増進に大きく貢献してきた。
しかし、その後人口減少などの理由により、病院は多額の累積赤字を抱えるようになったため、昭和47年に病院運営委員会を設置し累積赤字の解消に努めてきた。
その後も逐次規模の縮小が図られ、昭和61年には一般病床38床で、内科、小児科を標榜する現在の病院の規模となった。
昭和47年から取組んできた累積赤字の解消は、一般会計からの繰入金の増額等により平成6年に全て解消することが出来た。
その後は単年度の損失はあるものの繰越利益剰余金により累積赤字は発生していない。
本吉町内には、かつては数軒の医科医院が開業されていたが、医師の高齢化等により廃業し、平成15年以降は診療が行われておらず、本吉病院が町内唯一の一般病院として現在に至っている。
国の医療費抑制策による近年の診療報酬改定は、小規模な病院に与える影響が大きく本吉病院においても診療収入が減少している。
特に平成16年度の診療報酬改定により薬の長期投与が可能となり、患者の通院数が月2 回から月1 回になったため外来患者数が減少したことも診療収入減少の要因の一つとなっている。
現在本吉病院では、常勤医師2名により平日の診療に当たり、土日及び祝日等は東北大学病院より臨時医師を派遣いただき診療に当たっているが、患者数による必要医師数は常勤医師3名となっており、早急に常勤医師3名体制の確立を図る必要がある。・・・
本吉町国民健康保険病院は、一般病床が38床で、診療科目は内科、小児科を標榜しているが、現在は内科医師2名により、実質的には内科単科のみの医療提供を行っている。
外来患者数は、1日平均70~80名で年間約21,000人となっているが年々減少傾向にある。入院患者は1日平均35人で病床利用率は93%となっておりここ数年は横ばいとなっている。
外来、入院診療のほかに、件数は少ないが訪問診療や訪問看護・訪問リハビリ等も行っている。
本吉病院は、町内唯一の一般病院であることから、毎週日曜日は当番医として診療を行っているとともに、救急告示医療機関にはなっていないが、内科に係る初期救急については24時間受け入れを行っている。
また、町の健康福祉課が計画している乳幼児等の各種健診や予防接種のほか、町立の幼稚園・保育所、小学校、中学校の校医も受託している。
さらに、町内企業の産業医を受託しているとともに気仙沼地域産業センター主催の健康相談への協力も行っている。
以上のように、本吉病院が地域において果たしている役割は極めて大きく、本吉町の保健医療の推進を図る上で欠くことのできない重要な医療施設となっている。
本吉病院の正職員数は、医師2名、薬剤師1名、診療放射線技師1名、臨床検査技師1名、理学療法士2名、管理栄養士1名、看護師18名、事務職員5名の計31名、ほかに臨時職員が看護補助員9名を含めて21名で、合計52名となっている。
医師については、本吉病院の患者数による常勤医師必要数は3名で、1名不足となっていることから、当直等を含めた勤務時間が過剰になるなど医師の負担が重くなっており、早急に医師の確保を図る必要がある。
宮城県気仙沼市本吉町の市立本吉病院(38床)が苦境に立たされている。津波で1階が高さ1.7メートルまで浸水した被害に加え、2人の常勤医が辞職するなどして現場を離れたからだ。被災と「常勤医ゼロ」の異常事態が重なる医療現場で、看護師や派遣医師が「住民の身近な病院を守りたい」と奮闘を続けている。
押し寄せた津波に入院患者20人や職員は避難したが、1階の診療室やエックス線室、コンピューター断層撮影(CT)などの医療機器は水に漬かり、損壊した。
3月20日には院長(59)が辞表届けを提出。もう1人の常勤医の40代男性も体調を崩し、ともに現場を離れた。病院関係者は「停電、断水、薬不足の中、外来患者は普段の2~3倍に上り、昼夜働きづめだった。誰も責められない」と語る。
現在の医療活動は、徳洲会病院グループでつくる災害医療協力隊「TMAT」が担う。入院患者は岩手県立千厩病院(一関市)に移送し、24時間態勢で外来診療に当たる。
千葉県から5泊6日の日程でやってきた医師黒岩宙司さん(54)は「避難生活の長期化で風邪や不眠を訴える人が増えている。今こそ協力隊の力を発揮しなければならない」と力を込める。
病院職員は津波によって12人が自宅損壊、2人が家族を失った。自宅が津波で流された薬剤師長の遠藤博文さん(54)は「JR気仙沼線の復旧の見通しが立たず、遠距離通院はできない。ここを守るしかない」と、泊まり込みを続ける。
TMATの支援期間は1カ月程度の見通し。市は復興作業と医師確保という難題を背負った。
看護師長の佐々木美知子さん(44)は「人口1万1000の本吉地区住民にとって、病院はここしかない」と話す。
職務に追われ、2人の子どもと会えたのは震災1週間後だった。「住民の健康を守るため、病院存続のため、みんなで力を合わせたい」。言葉に強い覚悟がにじんだ。(高橋鉄男)
◎常勤医去り職員が結束/宮城県気仙沼市立本吉病院看護師長・佐々木美知子さん(44)
入院患者19人全員を岩手県の病院に移し、人心地ついた朝だった。
3月20日。気仙沼市立本吉病院。
男性院長(59)の姿が消えた。
震災から9日間、泊まり込みで診療を続けていた。部屋に辞職願があった。同じ日にもう1人の常勤医も体調を崩し、現場を離れた。
旧本吉町で唯一の病院は常勤医がいなくなった。
看護師ら31人の職員が残された。被災で派遣された外部の医療団の応援を受けている。4月上旬。
「おばあちゃん、眠れていますか」
2階の一室で外来の患者に話し掛ける。そばで派遣医師が心音を聴いている。
院長は地元が兵庫県で阪神大震災にも遭ったという。耐えられなくなったのだろう。
「責められないよね。私も逃げ出したいぐらいだもの」
津波で1階が水没した。医療機器が壊れ、カルテが流され、ガスと電気と水が止まった。
メモ用紙に「カルテ」と書き込み、急場しのぎの診療記録を作ることから始めた。
入院患者の足元で雑魚寝し、患者のタオルを借りて寒さをしのいだ。医薬品が足りない。患者によっては点滴を半分に減らさざるを得なかった。
病院は存続するのだろうか。常勤医の不在は職員を不安にさせた。
外来患者は1日200人前後。震災前の3倍に増えた。不眠や風邪を訴える。
「病院が地域の人に求められている。病院消滅の不安は消え、存続への使命感に変わった」
4月9、10の両日、地元の住民約100人がモップと雑巾を手にやって来た。自治会長(52)が常勤医不在を知り、「地域の力で病院を守ろう」と清掃を呼び掛けた。
1階の泥をぬぐい取る。職員も一緒に精を出す。
看護師長になって12年になる。2人いる管理職の1人として職員を束ねる。
「みんなと一緒に目の前の患者に向き合うことしかできない」
職員のうち、12人が家を流された。それでもほぼ休みなく働いてくれる。家族を失った看護師も現場復帰した。
家に帰ると、長男(8)と長女(5)に抱き付かれる。「うちはどうして休みがないの」と聞かれる。ほとんど一緒にいられない。夫(42)も市の水道職員で忙しい。
医療団はいずれ去る。
「それまでに常勤の医師を確保し、以前の運営に戻れるかどうか分からない。でも、職員と地域の人は命の拠点を残したいと頑張っている」
心の中でわが子に言い聞かす。
もう少し待って。いい未来を残すから。(高橋鉄男)
東日本大震災の津波で1階が水没した宮城県気仙沼市の市立本吉病院(38床)は、大半の医療機器が流されたうえ、院長ら2人いた常勤医が病院を去るなど苦難に直面した。だが、残った看護師や職員は県外から派遣された医師とともに「被災して苦しんでいる人をわれわれが見捨てるわけにはいかない」と奮闘を続けている。【村松洋、堀江拓哉】
3月11日、2階建ての病院は大きな揺れで停電した。非常用発電機でひと息ついたのもつかの間、約35分後には津波が襲った。1階が水没したが、入院患者19人と看護師長の佐々木美知子さん(44)ら看護師、職員約20人は2階に避難して無事だった。医薬品や布団、非常用食料は2階の一室に運び込んだ。
夜には自治会から発電機を借りて、心電図などの機器をモニターした。それでも院内は真っ暗で、懐中電灯で看護を続け、患者にはレトルト食品など非常食を食べてもらった。
来院者は増えた。不眠やストレスで息苦しさを訴える被災者が多く、通常の約4倍の270人が来院する日もあった。佐々木さんは10日間、自宅にも帰らずに看護を続けた。
17日には県外から3人の医師が応援に入り、19日には入院患者の転院を終えた。だが翌日、院長(59)の姿はなかった。机上に「一身上の都合」を理由にした辞職願があった。
院長は阪神大震災で被災し、東日本大震災では津波にのまれ、病院の燃料タンクにつかまって助かった。管理課長の鈴木幸志さん(59)は「2度も被災され、院長の家族も心配していた。去ったことをとがめるわけにはいかない」と話す。体調を崩したもう一人の常勤医も病院を去った。
残った看護師や職員たちも被災者で、計29人中12人が津波で家を流された。夫や親族を亡くした看護師もいるが、全員がほとんど休まずに勤務を続ける。
4月9、10日には地区の住民ら約100人が1階の汚泥の掃き出しなど掃除をしてくれた。地震から1カ月の11日、1階での診療を再開した。
応援の医師はいずれ県外に戻る。病院は今、市や医師会を通じ、新たな常勤医を求めている。佐々木さんは、常勤医不在で病院の将来を心配しながらもこう話す。「家を流され、私たちより困っている人が大勢いる。そんな人たちを診てあげられるのは私たちしかいない。今できることを毎日続けるだけです」
宮城県気仙沼市本吉地区で唯一の医療機関、市立本吉病院では、震災後に男性医師と院長が相次いで休職・辞職し、残された看護師たちが応援の医師と休まず働き続けている。
「大丈夫? 痛くないかな」。白衣の代わりに白いエプロンをまとう看護師長の佐々木美知子さん(44)が高齢の女性から採血し、優しく語りかけた。
1階天井近くまで達した津波は白衣も医療機器も流した。人口1万1千人の本吉地区から市中央部への道は断絶。佐々木さんらは、薬を求めたり体調不良を訴える市民の応対に追われた。院長(59)は1日に最大で270人の患者を診察した。
応援の医療チームが到着した14日から、50代の男性医師が休職。20日には院長が姿を消した。院長室の荷物にまぎれて辞表が見つかった。「院長がああいう辞め方をしたことを責められない」と佐々木さん。「看護師だけになってもやるしかないと覚悟した」
応援チームは小児科や外科の医師もいて、24時間体制で患者を診られる。皮肉にも、内科だけだった震災前より多くの市民を診察できるようになった。5月までは医師2人のチームが交代で来てくれる。ただ、地元の主治医と呼べる医者がいずれ必要となる。
「ここが地域の中心になって、福祉や介護、生活すべてを守りたい」。佐々木さんは同僚の看護師と肩を寄せ、笑いあう。「早く新しい先生に来てもらえるよう、私たちが頑張らなくちゃ」 (柚木まり)
批判する人はどこにでもいるので、批判されているから悪なんてしたら世の中どうにもならないよ。
この問題は署名を拒否した事でも、署名したことでもなく 政治的に問責を待つ身で糾弾も答弁もすることなく、議員としての任期切れという
(民間人でも大臣にはなれるので)大臣の職務とは何の関係もない『一身上の都合』で署名をする時期を決定したと見られていること。
考慮した上で署名するのも、考慮した上で拒否するのもそれは、大臣なんだから責任持って考えてやればいいと思うが
自分の大臣としてではなく、議員としての任期切れという個人の都合にあわせて署名の可否を決められたらたまらない。
※某所で書いた記事をそのまま載せます※
ガーッと書いたので文体がおかしいのはご容赦ください。
http://hamusoku.com/archives/3328229.html
※この>>1の抜き出し方には悪意を感じるので元記事も読むべきだと思う
匿名な場所だとこういう記事って叩かれがちだけど、世の男性はこう思っている方が多いのでしょうか?
私は一身上の都合により一生結婚しないというか出来ない身の上なのであんまり関係無い話ではあるのですが、
この元記事を叩く人たちこそ現実見えてんのかなって心配になる。
お金たかるとかそういう問題以前に、実際子供作るとしたらフリーターの旦那さんとか、奥さんと共働きだとしても子供養育できないと思うんですが…。
『結婚=すぐに出産』を視野にいれてるから収入とか貯蓄気にするんじゃないの?子供産んですぐ共働き出来るとでも思ってんのかな…
自分側は一切貯蓄したくないけど男性の貯蓄は~☆って女性と全て一緒にして考えちゃ駄目だと思う。
なんで女性が結婚後経済力を男性に依存するか、って言われたら旧体制なままの企業が多い日本は男性の給料の方が基本的に高い訳だし
女性が出産後仕事を続けていける土壌が無い、子供を預けて復帰しようにも昨今は保育園の絶対数が足りないので働くことも出来ない事態まで起きているわけで。
結婚後すぐ子供作るつもりなら貯蓄を気にするのは当然だと思う。
子供作らないで、二人で暫く働いて貯蓄に励んで安定したら子作りっていうのなら話は別ですけど。
女性が正社員だとしても、特殊職じゃ無い限りいくら産休制度があっても退職・もしくはパートに切替を促されるのが一般的。
中小なら尚更だし、個人事務所なんかもそう。
なぜなら産休とられてる間は会社から給料支給しないとはいえ、補充人員をいれるなら今度は別の法のせいで保険なり入れてあげなきゃいけないし
今までそういう際に頼りにしていた派遣も、権利ばかり主張して仕事が出来ない・賃金が高いので下手したら社員を雇うより高くつく、
バイト・パート・派遣のどれにしても仕事教えてやっと使えるようになった時に産休とってた人が復帰する。
育児が落ち着いたあと正社員になろうとしても特殊職じゃない限り、子供関係で休まれたりする事を敬遠して企業は雇わない。
だったら未婚の若い子選ぶ。
そうなるとパートで働く事になるけど、雇う側も保険を払うのが嫌だから払わなくて良いギリギリまでしか働かせない。
子供が成人するまでの養育費の貯蓄、老後の貯蓄、下手したら2人の両親に介護が必要になるかもしれないって考えたら
自分の収入がいくら必要って男性側は試算したりしないのかしら。
自分が養ってあげるわよ!ってぐらいの女はいないのか、って書いてる人もいるけど「子供生まなくて良いなら養う」って女性なら一定数居る。
あと日本の女性が男性に自分より高い貯蓄額を望みがちなのは、一般的な日本企業なら男性は家庭を支えるっていうのを前提に慣例として女性より高い給与を出すからだと思う。
私の会社も同じ学歴・同じ職種だとしても男性の方が1.5倍ちょいぐらい高くなるように設定されている。後々はもっと差が出るようになってる。
そうなるとおのずと女性より男性の貯蓄額の方が高くなるはずだし、出来てないとちょっとどうかと思う。
そういう意識は正社員で働いたことのある女性なら大体持ってるから、働いている女性を望むほど>>1みたいな考えの女性の割合が増える。
なんかこういう結婚にお金を絡めて考える女は全部悪!みたいな風潮はちょっとモヤモヤする。
向こう見ずな恋愛に生きて堕胎とかする女性を叩くのに、慎重な女性も叩くのはちょっと…。
ネットの意見は極一部とか言うけど全て真に受けて批判する世代が居るのはちょっと…。
ていうか低収入の夫婦は結婚すんのは良いけど(共働きであれば実質生活は楽になるはずだし)お金が貯まるまでは子供が可哀想だから子供産むな、って常々感じます…。
そこらへんの話はまた別の記事で書こうかと。
あと結婚式って馬鹿らしいと思うけど、本人たちのためじゃなくて親のためにするものだ。親孝行の一環って祖父母に言われた事があります。
そういうものなんでしょうかね?
あーあ、愛って素晴らしいけど愛だけで人は生きていけないよ…
一身上の都合により、いわゆる同人二次創作を見る機会が最近増えた
驚くのは、あんなにも多数の書き手がいながら、多くが驚くほど似通っていること
いわゆるテンプレストーリー。 男性向けエロなどの多くがこれに当たる
グリム童話のキャラクターを、漫画のキャラクターに置き換える遊びと似通っている気がする
すべて「恋情からくるものである」という仮定の下に読みかえる。
原作内でおきるすべての事件、行動、感情の動きの根底には恋慕があり
キャラクターのほぼすべてを、恋愛の文脈につながるものとして読み解く
少女漫画とかなり近しい気がする
尊敬、友情、憎悪その他原作内で描かれる感情を「性愛」とシームレスにつなげ、その発露部分を描く
尊敬の表現として、友情の表現として、戦闘の代わりとしてのセックスが描かれる
(2)との差異は「恋愛感情」がメインではなく添え物、キャラに「恋愛」という意識がない点
(3)は、基本的には憎悪なら憎悪のまま性的接触をする(恋愛に似た感情の発露はある)
いわゆるパラレルで(1)にあてはまらないもの、
PCに疎い家族に対して説明しようとする、またどんな話でも、何か話してみようとすると、
どうしても自分はイメージを言葉にあてはめて表現するとき、次の言葉が思いつかなくなってしまう。
一度問い詰められてしまえば、頭が真っ白になってしまって、それがどんな穴のある内容でも、
自分はそれに自分の意見で反論できるまでに、一度落ち着かないといけない。
別に役者・声優のような声質を望んだわけでもないけど、声が他の人に比べてどうも悪い。
自分は話すのが苦手。
自分ってそうだよな、と何度も思いながら、その度にすぐに辞めてしまった前職のことを思い出す。
正しくは辞めさせられたのだけど、会社側の文書が「一身上の都合で」だというのだから
会社としてはそういうことにしたいのだろう。ここで憂さ晴らしにその昔話をしてみる。
見苦しくてごめんなさい。
前職の内容はインターネット接続についてのコールセンターのオペレーターだった。
行き場を失っていたときに、「PCに造詣があるから」と、自分のオタク的な側面をありがちな視点から見ていたからだろう、
親からの勧めだった。僕はその話に無謀にも迷わず飛びついた。
知識についてのもの覚えは、まあ慣れてるから、良かったほうだと思う。
だけど、ひとたび実践的に喋ってみれば、舌の行き届いて無く、張りの無い声に軽く絶望した。
時には迂闊な言動に自覚不足を一喝され、自分の不甲斐なさに人の前で見苦しくも自然に出てくるベソを垂れてみたり
研修で実践的に電話を1、2本取ってみたところで、人事部長から正式にクビを通告され、オフィスに出入りする権利が剥奪、数日後に郵送で退社届の文書が届いた。
理由は「言葉に詰まってしまうことが多いから」らしい。自分は無理な理由までは直接聞かなかったのだけど。
周りからは「会社が悪い」と慰められたけど
面接のときに「喋るのには才能が要る」と散々釘を刺されてこのザマだったことが悔しくて、
自分の救いようの無さに二日は枕に向かって泣いた。
中学生の頃、僕は一部の行がうまく喋れないほど滑舌が悪かった。
若干頭も弱かったらしいので、相手にとってそれが面白かったらしく、部活でそのことを弄られ続けた。
よくよく聞いてみれば他な子たちもあまり人のことは言えなさそうだったが、自分に比べればそうでもないのだろうと思っていた。
友人とはよく喋ってたけど、好きな話になると声がとたんに大きくなって、それ以外だと、とたんに口をつぐんで小声になってしまう極端な自分が嫌いだった。
高校生の頃、面白いボケもツッコミもできず、中学の延長で弄られ続けた自分は、
一人の友達を作ることも放棄して、ただ弄られ続けることを選んで、それから人と喋る機会はどんどん少なくなっていった。
人と喋らなかったのだから、喋ることは下手で当然なのは自覚してる。
いつ上手になれるのか、その機会を伺っていたのだけど、今はもうその伸びしろすら失った、絶たれた、またはそもそも無かったように思える。
それは自分が挑戦してきた何に対しても、その思いを持っているんだけど。
そういえば、大学に行かなかったのも、大学を「お友達を作って楽しむ場所」としか見てなかったから・・・
でも本当は、それは合理化という嘘で、本当は勉強ができなかったしやらなかっただけで、つまり努力が嫌いだからだよね。
努力をとことん放棄し続けたからこそのこの身の上か。
そんなことを思いながら、あれからこうして僕は今も何もせずに自分の部屋に引きこもる。
http://anond.hatelabo.jp/20080901083917 の続き
その時の怒りはいつものほにゃりふにゃりしている私からは想像もつかなかったものらしい。
ひとしきり怒りをぶつけると心配する友人もほったらかしその「世界」から「ログアウト」した。
涙が止まらなかった。悔し涙って言うやつだと思う。
なんで謝らせてくれないんだ?何で会わせてくれないんだ?何であんたがそれを言うんだ?関係ないだろう?
そんな感じで泣きながら夜を明かし、次の日の仕事は仕事にならなかった。
その夜、「お姉ちゃん」はやってきた。私に会ってくれた。私の謝罪を受け入れてくれた。
「あいつはちょっと私のことになるとすごくなるときがあるんだよね」と彼女は笑いながら言った。
ちょっと…すごくなるとき…そんなレベルじゃなかったぞ、あれは。
それからしばらくはいつもの通りだった。バカやって楽しんで…を続けることができた。
でも、異質なものは消えなかった。たまにやってくる「別の中の人」。このゲームに興味が湧いたのか「お姉ちゃん」ではない別の器を持って現れるときもあった。
「お姉ちゃん」と同時に存在できるようになった「別の中の人」、でもやっぱり私はその人が嫌いで居て欲しくなかった。
それからまた数ヶ月が経ち、「世界」が大きく変わるという予告がされた。
面積は二倍強、上位職が導入されダンジョンもアイテムの増えるらしい。
その時は、ただ純粋に嬉しかった。
どんな世界になるのだろう、と夢想していたあったある日、「別の中の人」に呼び出しを喰らった。
前例が前例なので恐る恐る指定された都会の片隅のあんまり人が来ない建物にに向う事にした。
そこには「お姉ちゃん」が居た。でも中身は「別の中の人」。最悪だ…。
少しトゲを持ちつつ何の用ですか、と訪ねる。
「実は引退することになりました」
あぁ、貴方が。どうぞ消えてください。貴方なんか大っ嫌いですから…なんて言えるはずもなく。そうなんですか…と相づちを打つ。
「(お姉ちゃんの名前)がお世話になりました」
…え?
え、「お姉ちゃん」が辞めるの?
びっくりして聞き返す。どうやら間違えないらしい。理由はよく覚えて無いけど一身上の都合とかそんなのだったと思う。
え、じゃあせめて「お姉ちゃん」に挨拶させてください。だめ?なんで?
おい、こら!消えるな!!
…
そんな感じで「お姉ちゃん」は私の前から居なくなった。
次の日も、その次の日も「お姉ちゃん」は現れなかった。今度こそ、居なくなってしまった。大切なものを失ったような感じがした
この日位を境に集まりに行くことは少なくなった。
釘バット片手にぼんやり世界を散歩していたら集まりのリーダーから呼び出しを受けた。待ち合わせ場所は北の地方都市。
珍しいことなので二つ返事で現地に向かった。
「実は(お姉ちゃんの名前)とゲーム内結婚することになりました」
一応ヒーラー@聖職者である私に結婚式の神父役をやって欲しいと依頼された。
…は?
そのカップリングは意表を突かれました…じゃなくて、「お姉ちゃん」引退したって聞きましたけど?
「…誰がそんな事言ったんですか?いつもいますよ?」
訳が分からなかった。
「訳が分からない!」
を叫んでいた。叫びたいのはこっちの方だ。
「お姉ちゃん」と頼んでその日は終わりにし、後日リーダーに呼び出されてたまり場に行くと…居た。
…泣いた。
私は神父役という大役を仰せつかりながらとあるミスで結婚式を台無しにしてしまった。
実は結婚式の際にちょっとした悪戯を用意していた。集まり一の悪知恵に定評のある商人が考案したこの悪戯、見事に進めばとても面白い物になり
これは良いだろう、と全会一致で採択された。ただ、これは複数人の連携が物を言う代物で練習無しのぶっつけ本番だった。
失敗しないだろうと思っていたけど、些細な所でミスをしてしまった。しかも致命的な所で。
失敗をした私は逃げだし隠れて泣いた。
暫くしてゲーム内旦那に付き添われ式場に戻ってきた。混乱などあったものの事態は何とか収束していた。
いつもおどけているゲーム内旦那がシリアスに事態を収拾に勤めていたのがとても印象的だった。
「お姉ちゃん」を探したけどもう「ログアウト」した後らしく見つからなかった。
「とりあえず、暫く拗ねて寝たから」と言っていた。
これを意味することは当時分からなく「そうか、謝れなくて残念です」みたいな事言っていたと思う。
暫く「別の中の人」のお説教を聞かされその日はお開き、となった。
後日、規模は縮小されたけど結婚式を再度行い私は無難に神父役をこなしたことを追記しておく。
その年の夏、予告通り「世界」は変わった。
今までの二倍強に面積は増え、上位職が導入され、ボス狩りができるようになった。レアアイテムも出てきて、高難易度のダンジョンも現れ、さらには攻城戦なんて物も現れた。
別に戦闘能力それなりにあればいいや、の世界から戦闘能力の高さが物を言う世界になった。
世界は急にセカセカし始めた。のんびりだった世界は急に戦いがメインに、ギスギスとした世界になりつつあった。
我が集まりのメンバーも徐々に上位職が増えつつあった。一日やってこない人も出始めた。
何だか急に世界が変わりすぎ、私は取り残されそうになった。ゲーム内旦那のおかげでギリギリの線は保てたけどそれでも一日のうちの幾ばくかは戦いにつぎ込まなければならなくなった。
世界が急につまらなくなった瞬間だった。
私は程なくして集まりから抜け旦那と二人で世界を回るようになった。
二人でも楽しいことはあったけどあの時のような強烈な感動のような物は味わうことはなかった。
集まりは北の地方都市の拠点を移し攻城戦をメインに活動するようになった。「ゲーム内で有名になる」という目標は何処に行ってしまったのだろうか?
偶に拠点に行っても狩りで居なかったり攻城戦やボス狩りの話であんまりついて行けなかった。
「お姉ちゃん」とは二度三度会ったきりでその後会っていない。
それから二度三度「世界」は拡張され、ゲームとしては面白くなったのかもしれない。
だけど、初期の雰囲気から様変わりしすぎたその「世界」になじむことができず。私はその世界での冒険を終えた。
なんていうか、唐突すぎてわけわからん。愕然と空虚が綯い交ぜになってやってきた。
いろんなことをもっともっと話せる、と思っていた。
密かに、社の発展とともにこの人はどうなっていくのだろうか観察してやろう、と思っていた。
けれどそれはパーだ。もう無理な話なんだ。
この退職話を聞いて、なんでだよ、とテンションダダ下がりだったけどそれはなんか違うよね。
会社っていう組織、パーティの中にいたメンバーが決断したこと。
それが最良の決断であることを願うべきなんだろうね。
一人の人間が、自分の進むべき道を一人で決めたんだから、
それはすっごい人間らしい行為だと思うんだよ、僕は。
役職を持っているから責任がある?そんなことはどうでもいいんだよ。
社内での責任より大事なものが、彼の中にあるんだと思う。
その責任を果たすためなら、目の前にあるちっちゃい責任からはいくらだって逃げていいと思う。
それを(会社の成長という)保身のため、
(個人的に好意を持っていたから辞めないでという)エゴのためにつなぎとめておくなんておこがましいよね。
幸いなことにうちの会社とはもう話がすんでいるみたい。
他の社員はこのことを知っているかどうかはわからないけど、
以下、テンプレ的やり取り。
会社>何で辞めるの?
自分>一身上の都合です。
会社>それでは納得できないよ。
自分>そう言われましても、一身上の都合としかお伝えできません。
会社>勿体無い。
自分>もう決めたことですので・・・
会社>何で相談してくれないの?何で自己解決しちゃうの?
自分>この会社には相談すべき相手がおりませんので。自己解決以外方法がありますか?
会社>今まで辞めたいなんて一言も言ってないじゃない。急すぎる。
自分>それはそちらが覚えていないだけでしょう。私は以前にも退職の相談はしましたが。
この後、言った言わない、君が悪い、こちらが悪いように言うな。などの本音60%のお話し合い。
もうこの会社からゴールさせて。
拝啓 晩秋の候、ますますご清栄のことと存じます。
この度は私達「増田」およびid:wanpark氏が運営を行っている「はてな匿名ダイアリー」を「アルファブロガー・アワード2007」にご推薦いただきありがとうございました。
ですが、当方の一身上の都合により、当推薦を辞退させていただきたく、この場にてご報告に上がらせていただきました。
推薦していただいた方々にはお詫びのしようもございませんが、なにとぞご配慮いただきたくここにお願い申し上げます。
敬具
はてな匿名ダイアリー記載者:増田
別に大した事じゃないんだけど、でもどうしても誰かに聴いて欲しくて増田を利用する事にした。
まぁ、お茶でも飲みながらテキトーに読んで欲しい。
某私立大学を卒業後、私は某企業の受付事務として3年勤務し、後に一身上の都合により退職した。
一身上の都合・・・という言葉で濁さずにそのまま書いてしまうと、
職場のお局の事がどうしても苦手で、辞めてしまったのだ。
辞めてから、約半年が経った。
未だ無職。
一応、ハローワークには行っている。
でも、多分、落ちるだろうと思っている。
そうなれば、また一から探せば良いだけの話だ。
でも、そろそろ就職したい。
例え実家住まいだとしても、無職で生きて行く為には何かとお金が掛かるからだ。
昨日も郵便局とコンビニに住民税、国民健康保険料、国民年金・・・と振り込んできた。
結局、8万円近くが飛んでいった。
無職でも楽しめる事は楽しみたいので、チケットの代金に関しては許して欲しい。
さっき、揚げたてを私にくれた。
しかも、トンカツとコロッケを作った時の余りの玉子で、クレープまで作ってくれた。
こんな無職の私に。
家でネットばかり食卓でしている私に。
ありがとう。ごめんね。
なので、毎夜ウォーキングに行っている。
母親と二人でね。
初老なので仕方無いのだけど・・・。
お母さん、いつまでも元気でいてね。
私も就職できるように頑張るよ。
追記
トラバは必ずチェックする主義です。
あと、この間の体重の記事も私が書いたものです。
マジやばいね。
身を潜めて生活してます、普段は。
でも、就職活動はしてるんだよ。
http://kanz.jp/hanrei/detail.html?cat=01&arv=200704&idx=1792
2 基礎となる事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1) 当事者
ア原告は,昭和43年11月24日生まれの女性である(乙2)。
イ被告会社は,平成14年5月15日に設立され,イ診断器の開発,製造及び販売等を業とする会社である。従業員は約12名である。
被告Zは,イ診断器の発明をし,これを実用化すべく被告会社を設立した者で,被告会社の実質的経営者であり,同社の代表取締役である。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
本件の争点は,被告Zが原告に対してセクハラ行為をしたか否か(争点1)及び争点1が肯定される場合の原告の損害(争点2)である。
(1) 争点1(被告Zが原告に対してセクハラ行為をしたか否か)について
(原告の主張)
ア被告Zは,原告に対し,次に述べるように,セクハラ行為(以下「本件セクハラ行為」という。)をした。
(ア) 被告Zは,平成16年5月6日ころ,原告を被告会社の事務所の隣にある被告Zの自宅居間に呼び,「君はセックス要員で雇った。社長とセックスするのが君の仕事だ。」などと言った。
原告は,驚いて,「それならハローワークの条件に書いておいてください。」と抗議したが,被告Zは「そんなこと書いたら誰もきいひんやろ。」と返答した。
(イ) 被告Zは,原告に対し,その後も,被告会社の事務所の休憩室などにおいて,日常的に,「君はセックス要員で雇った。」,「社長のスケジュール管理とセックス管理をするのが秘書の役目だ。」などと言って性交渉を要求した。
さらに,被告Zは,原告の隙を見つけては,原告の胸,尻,太ももなどを触り,後ろから抱きつこうとしたり,自らのズボンを脱ごうとしたりした。
(ウ) 原告は,平成16年11月17日から18日にかけて,被告Zに同行して一泊で横浜に出張することとなった。
被告Zは,同月16日,原告に対し,「明日は同じホテルに泊まるんやで。分かっているな。」と言った。原告は身の危険を感じ,出張をキャンセルしようかどうか迷ったが,同行した。
被告Zは,同月17日,宿泊先のホテルにおいて,原告を自分の部屋に呼び出し,性交渉を要求した。しかし,原告はこれを拒否して自分の部屋に逃げ帰った。
同月18日,被告Zは,原告に対し,新幹線の車内で,新横浜から京都駅に着くまでの約2時間,酒を飲みながら,「セックスできないなら最初から君を雇わない。」,「何でセックスできないのに俺に同行してグリーンに乗るんや。経費かかるわ。」,「セックスしないなら社長室を退け。お前は降りろ。うちの会社と関係ない。」,「セックスできないなら用はない。」,「君は社長秘書をはずす。一切降りろ。」などと言い,自分と性交渉をするように要求し続けた。
これに対し,原告が,「なんで(社長室にいる)他の二人(の女性職員)はセックスしなくていいのに,私だけセックスしないといけないのですか。」と控えめに反論をすると,「そのために君を選んだからや。」と即座に断言し,「90%仕事で頑張っていると認めても,あと10パーセント,肉体関係がないと君は要らない。」,「セックスが(雇用の)条件。それを了解してもらわないといけない。セックスできなければ終わり。」などと言った。
(エ) 被告Zは,原告に対し,平成17年4月26日または同月27日,被告会社の休憩室において,「家内とはずっとセックスをしてきた。しかし彼女はもうできない。淋しいから君に求めたという事はわかるでしょう。でも,できないと言うなら君はもういいわ。」,「家内の代わりをするだけだから,これは不倫ではない。」,「君はセックス担当。秘書はセックスパートナーだ。A(得意先会社の社長の名前)とB(同社の秘書)との関係もそうだ。」,「C(社長室の女性職員の名前),Xが競え。俺の寵愛を受けてセックスした方が役員。給料も上げる。」,「(仕事をちゃんとしていると言っても)それは俺が判断することで,ポイントは,俺とのセックスだね。君が出来ないと言ったらそれでいい。できないのだったら,じゃあ,もう辞めろ。ありがとう。」などと言い,性交渉を要求した。
(オ) 被告Zは,原告に対し,平成17年5月21日,被告会社の休憩室において,「Xを好きになってるんやけど,これ(男性性器)大変なことになってるで。手で出してくれ。」と言ってズボンを脱ごうとしたため,原告が必死で止めた。さらに,被告Zは,原告に対し,「X,俺を抱いて。」と命令し,さらに「君は社長室の主任,次は課長,役員やぞ。ただしセックスが条件だ。」などと言って,性交渉を迫った。
(カ) 被告Zは,平成17年6月8日,原告に対し,同月9日に自分と共に外出し,食事をした後にホテルに行って性交渉することを業務上命令した。
原告が断ると,被告Zは激昂し,原告に対し,「もう会社に来るな。俺の寵愛を断ったら,君はもう終わりだ。辞めろ。」「俺が君を雇ったのは,君を抱きたかったからだ。それを断ったら,君はもう仕事ないで。」「仕事は俺とセックスするのが条件だ。しなかったら,もう良い。」などと罵倒した。
原告は,被告Zの態度がいつもより遙かに強硬だったので,恐怖を覚え,同月9日は会社を欠勤した。すると,被告Zは,同日,原告の自宅に電話をし,「君は私の寵愛を拒んだから,もう用はない。一身上の都合で辞表を出しなさい。」,「明日はもう来なくていい。ただ,考え直すなら話を聞く。」などと原告を恫喝し,退職を強要した。
(キ) 被告Zは,平成17年6月10日午前8時40分ころ,被告会社の憩室において,出社して来た原告に対し,「お前何しにきたんや。ここではもう仕事はない。他の会社に行け。雇ってくれるかどうかは別やけど。」,「君を愛した。寵愛をした。でも君断ったやろ。だから終わりや。君もう社長室はだめや。」,「寵愛って知ってるか。社長に抱かれてセックスするのが,まずお前の責任や。イヤやったらそれでいい。君にはもう辞めてもらう。」,「君はもう仕事ないで。どうすんの。え。全部,D(社長室の女性職員の名前)に移転する。仕事ないんやもん,どうすんの。」などと言い,強硬に退職を迫った。
これに対し,原告が,「なんでDさんなら良くて,私ではダメなんですか。」と訊くと,被告Zは,「俺が君を雇ったのは君を抱きたかったからや。それだけ。それを君が嫌やったらもう辞めろ。もう辞めなさい。君,いてくれたら困る。」と言い放った。原告が,「仕事が出来たらいいじゃないですか。」と食い下がると,被告Zは,「いや,君は仕事できない。君は頭がアホや。どっか行き。」,「それは俺とのセックスの問題だけ。セックスしないと俺はもう厳しいからね。」と言い,性交渉をしなければ評価は厳しくなるし,用はない,辞めろと原告を恫喝した。
(ク) 被告Zは,平成17年6月11日,早朝に原告に電話をし,「君を一番にしてやりたかったけど無理やと思う。辞めるか。しかし君はどこでも通用しない。君,辞めるか。君の学歴からしても社長室の主任は出来ない。」,「君は終わり。俺が終わったら終わり。俺が切ったら君は必ず終わるよ。辞表持ってこい。辞めた方がいいよ,君は。」などと言って原告の退職を執拗に迫った。
これに対し,原告が,「解雇ですか。」と訊くと,「解雇というとおかしくなるから。」と口を濁しつつ,「社長はいつもセックスが出来なければ解雇,クビと言っていましたね。」という原告の問いに,「そうやね。」と答え,「俺には支える人間がいるの。女がいるの。」,「君は何をする。もう用がなくなってしまった。」,「君は社長室の能力がない。」,「お前は一番になろうと思った。大変なことやけどそんなんもん出来ない,お前は。はっきり言うたるわ。お前には出来ない。お前,学歴考えろ。」などと罵倒して退職を迫り,そしてこれが最後とばかりに「セックスできなかったら手で出せ。」と要求した。原告が明確にそれを断ると,「じゃあ辞めろ。そういう人を雇う。」と言って電話を切った。
帰還したのは日付が変わる前だが、激しい眠気に襲われて仮眠をとっていた所為で書き込みが遅くなった。今までの経緯を簡単に記す。
帰宅後、着替えて化粧を直してから出陣。MP3プレイヤーでリヒャルト・ワーグナーの『ワルキューレの騎行』を聴きながら彼氏の家へと向かう。今の状況にやたらと相応しい曲だ。戦乙女であるし。
合流した彼氏とレストランへ向かう。旨い筈の飯なのに、全く味がしないし喉を通らない。緊張しすぎ。
食事が終わってから、彼奴の家で寛ぐ。珈琲を淹れて貰って居る間に、ブラウニーの包みを鞄から取り出して机の上に置いた。今年一番のドキドキタイムである。むしろ動悸が激しすぎて気持ち悪くなっていた。
「お、バレンタインのプレゼント? やったー! 開けて良い?」
珈琲を持った彼奴がにこにこしながら近づいてくる。緊張で認識部分に支障が出ているらしく、好意的な笑いが悪意にすら見える。「あげるのだから好きにすればいい」と言うと、包装を解いてさらににこにこしながら
「ひょっとして手作り? すげー! いただきます!」
と聞いて来る彼氏。いいからこっち向くな。テンション上げるな。さっさと食え。
「旨い! これ旨い! 料理下手って嘘だろ?」
「市販のキット使ったから。材料揃ったの売ってる」
あまり過度の評価を受けても今後が辛いので、ネタばらしする。
「でも美味しいし嬉しい。有難う! 可愛い可愛い!!」
OK、判ったからムツゴロウ氏みたいに抱きついて頭をぐりぐり撫で回すのは止めろ。私の方が年上だぞ。あとそんなに可愛くない。むしろギャフンと言えギャフンと。
とは言え、とりあえず高評価を貰い安堵する。落ち着いた所為か、その後漸く珈琲の味が判るようになった。
あまり遅くなってもお互いに困るので適当な所で帰宅。昨日殆ど眠れなかった所為か、帰るなり炬燵の中で熟睡。そしたら深夜二時。阿呆め。
実は、一身上の都合により自分のダイアリで彼氏の話が出来ない状況にあり、此処で恋愛話が書けた事を嬉しく思っております。
TBでアドバイスや応援を呉れた皆様、見守ってくれた皆様には本当に感謝しております。お陰でへこたれずに無事日記を書き続ける事ができました。バレンタインにいい結果が出せた人にも、そうでない人にも、そんな物は無関係だという人にも、全ての皆様に良き未来が待ち受けている事を祈念しております。
彼氏に「他の人からチョコ貰った?」と聞くと、「親と、食堂で配ってた全員プレゼントの小さいチョコと、朝、皆の机の上に置かれていた全員プレゼントの義理チョコ」という答えが返ってきた。まぁ、ひとまずは安心である。
有難う御座います。2048回保存しました。