はてなキーワード: 細田とは
現状
・石破派議員は河野支持が多いが、二階派から借りれば推薦人足りる。出馬迷い中
・麻生派は若手中堅15人〜30人が河野支持、ベテランが反河野。麻生「出馬に賛成も反対もしない」
・石破派の平将明(麻生と不仲)が河野支持を即座に表明し、石破に不出馬を進言。他の石破派議員が同調。
・河野が安倍と20分会談「原発や女系天皇は懸念には及びません」
・福田達夫(康夫の息子、細田派)をトップとする当選3回以下の議員約70人が、自由投票を求める
・小泉は菅の退任会見後に河野支持を表明予定。水面下で動いて各派閥から若手を引き剥がしている。
・岸田のバックには安倍内閣で補佐官を務めた元経産官僚の今井氏がいる。菅に干された恨みも
・二階派は「岸田だけは許さない」で一致。高市派、河野派、石破派で意見が割れる
・二階派の次期会長、武田良太(麻生と不仲)が河野支持で二階派をまとめようとしているが反河野も。
・野田聖子、下村博文は諦めてない。下村は推薦人は足りてるが誰かから止められてる。
細田派を出ていったことで細田派には嫌っている人が多い高市だから、安倍元総理が支援したというだけで投票する細田派は少なそう。
9/5時点
・保守色の強い「保守団結の会」(反稲田)のメンバーが高市支持
・下村博文と稲田朋美が共闘し、女性議員を中心に下村への支持が集まっている
・麻生が反対してるのは世代交代と党内力学が崩れることを阻止するため
・派閥内での河野支持は若手中堅など20~30人、岸田や高市を推す声も
■岸田派
・岸田支持で唯一結束
・河野、岸田を推す声も
■石破派
・二階派の協力なしに推薦人を集めるのが困難
・自主投票か
・菅は河野支持、菅グループの無派閥議員(三原じゅんこなど)も河野支持か
・野田聖子は推薦人集まってない
細田派 (97) 、麻生派 (54)、 竹下派 (52)、 二階派(47)、 岸田派(46)、 石破派 (16)、 石原派 (10)、菅グループ(23)、谷垣グループ(15)、無派閥 (26)
ハト派。中韓からの受けが良く、関係改善への期待を寄せられている。モリカケがどうとかってコメントもあった。
コロナ対策など、諸々で野党側とは親和性の高い政策を持っている様だけど、それだけに党内の支持を分散させそうなところが弱みか。
麻生派の一員だが、麻生の支持は取り付けてないので、自民党内の若手からの支持が頼みの綱になる。
著作をみても政策も良いし、現在も活躍してるし、語学力もメディア発信力も高いので首相に最もふさわしいと思うが、今回は勝てないだろう。
麻生派の支持がないのだから、厳しい。個人的には勝ってほしいが、短命になられても困るとも思う。
石破派16人が石破を支持しないので、そもそも20人の推薦人があつまるか?と。
タカ派。麻生と安部が支持を表明したので、細田派と麻生派の支持を取り付けたのであれば、最有力だろうけど、細田派から下村が出る可能性もあるだろうな。
高市勝利なら実質安部麻生の院政状態になるんだろうと思う。それが前提であれば支持も集まりやすいか。女性首相は選挙向けの看板としてもいいか。
このメンツで勝負するなら、派閥で固めて他の派閥からの支持を取り付ける動きに出るであろう岸田優位って印象はどうしても強い。
細田派と麻生派がそっくり高市支持になるなら、決まったと思えるけど、そうはならんでしょ。
派閥を離れた所では河野は党内でも若手からは人気はあるだろうから、今のところは岸田、高市、河野の三人の争いって事になりそう。
竹下派から茂木が出てくるのか?細田派から下村が出てくるのか?って動きがあるだけで、かなり様相が変わる事になるから、まだまだ全然分からん。
二階+菅は纏まって誰かを支持するだろう。
岸田派は岸田支持でまとまる。
竹下派は、茂木を出すのかどうか。出さないのであれば、支持するのは誰になるのか?分からない。各候補の切り崩しのターゲットになるだろう。
細田派も、下村が出てくるかどうか。出てこないんだったら、安部の支持表明がどの程度派閥内で影響を持つか次第だけど割れるのは確定
麻生派は、河野を支持しないが河野が出馬するので割れるのが確定してる
小さなグループや無派閥の切り崩しや説得は決定打にならず、結局は菅が総裁選不出馬なのに塊で動きそうな二階+菅派の動きが大勢を決する様な気はしてしまうな。
派閥から離れて立候補する河野が勝つと選挙も強そうだけど、ないんだろうなぁ。
高市はとがりすぎてるし、放送法の改定を掲げてたし、大臣時代の失言歴からいっても、マスコミのいいおもちゃにされそうなので、誰がやっても短命で終わるにしても高市なら1年もつかどうか。
やっぱ勝つのは岸田ですか。それはやだなぁ。
俺も次の次で長期政権やった方がいいとは思うけど、がんばれ河野太郎、増田は河野太郎に期待します。
ブコメでも言われてるけど、自民党総裁選は権利を有する自民党員の選挙なので、野党支持のはてなの雰囲気は全く関係ない。
で、岸田は指摘通りで、党員の支持が弱い。あの弱腰っぷりと、今さらモリカケ持ち出してくるあたりから支持されたりしないだろうな。
自民党総裁選は公職選挙法が適用されない、何でもありの世界だから、派閥の総合力がものをいう。岸田派は派閥の力で議員票をかき集め
高市、河野は一定の議員票+党員人気で闘う感じになるんだろうけど、ここで支持を割ってしまうから、やっぱ岸田になりそうで困る。
先日竜とそばかすの姫を観てきた。シンエヴァ以来だから映画館行くの結構久しぶりだった。
一番いい席で観たいから人が少し空いてきた頃にと思って行ったのだけど、思いっきり隣席にカップルが来やがった。
冴えないオッサンと不釣り合いな美女だった。(俺がとってない方の)いい席に女が来たが、それは俺の隣になる。
そのことに気づいた瞬間その女、露骨に躊躇しやがった。「え、私ここですか?」みたいな。
けど次の瞬間、冴えないオッサンは気を利かせて「私はこっちに座ろうか」とか言って女とチケット交換して俺の隣に座った。すげえムカつく。女にキモヲタの隣ですか?みたいなリアクションされた後にオッサンが横に座るとか最悪だわ。つーかなんでオッサンの一人称は私なんだよ、それもムカつくんだよボケ!
狭い座席前でバタついたからか、オッサンは小声で「すいません」とか言いながら座ってた。何がすいませんだよ、ぼっちの隣に座ってすいませんかよ。ムカつくんだよ。細田守作品は非モテを救済する映画だろうがよ。観にくんなよ。
上映までの間にオッサンがカバン漁ったかと思ったら女にウェットティッシュ渡したりしてて、もっとムカついた。気配り出来る俺様()か?見せつけとんのか? つーか映画館のしょーもない癖にクソ高い軽食をガッツリ買ってた。上級国民様かよ、ふざけなんよ。
そう思う俺はSサイズの烏龍茶一つだった。なんかすごい惨めだった。
ただまぁ、上映が始まったら静かなもんで、問題なし。美女と野獣的なシーンは横に現物あるせいでキレそうだったけど。
なんやかんやで観終わった。正直横のクソカップルにイラついて全然面白くなかった。配信でもされたらまた観るか……とか思って荷物持って伸びとかしてたら、またクソカップル。
オッサンが「2個残っちゃった」と軽食のナゲットを手に持った。そしたら女がパッと口開けてそこにオッサンがナゲットを放った。
もう一個はオッサンが自分で食った。なんかこのやりとりがすげえ頭にきちゃって、狂っちゃって、オッサンの椅子を蹴った。
オッサンは案の定ビビった。ちょっと気分良くなる、かと思いきやオッサンが即座に「大丈夫ですか?」と俺の顔見て言ってきた。俺がぶつけちゃったとしか思ってない、心配してる顔だった。罪悪感しか残らなかった。最悪。
それでなんて答えたか覚えてないけど、「ああ、こういう人だから美女侍らせてるんだ」って思い知った。すげえ自己嫌悪した。
もうとっとと出ようと思ってそそくさと退室した。だが、この日の映画館は完全に俺を殺すために機能していた。
他の上映も終わる時間だったようで、エスカレーターがめっちゃ混んでた。並んでたら後ろにまたあのクソカップルが。
「細田作品やっぱいいねー」とか薄っぺらい事話して、「また新しいの出たら観に来よう」とか話してた。来んなよマジで。非モテを救済する映画だろうが、なんで観にくるんだよ。とか思いつつもさっきの自己嫌悪が尾を引いており、そういうことをすぐ考える自分に嫌にもなってた。
で、ようやく長く苦しいエスカレーターが終了、足早に烏龍茶の紙コップをゴミ回収の兄ちゃんに押し付け撤退。これで終わり、とはならないのが今回の映画館の怖いところ。
例のクソカップルが「これ、お願いします」「ありがとうございます」とかゴミ回収の兄ちゃんに言ってた。
ああ、俺はさっき何も言わずに押し付けたよな、ゴミ。とまた嫌になる。兄ちゃんも兄ちゃんで「またお越しください」とか言ってた。
ムラのある接客すんのかよ!とか思ったけど、それは俺が失礼な客だったからなんだろうな。
もう充分です、充分俺がキモくてカスなのはわかりました。殺してくれていいです。その代わりにあのクソカップルが映画館利用しないようにしてください。
細田守が『おおかみこどもの雨と雪』や『竜とそばかすの姫』などの作品の中で「社会福祉制度の存在を無視している」「それらの社会制度は役立たずで無意味と見做している」「それらの仕事に携わる縁の下の力持ちの人たちの存在意義を軽視している」として批判されているようである。そのような細田守の特徴そのものについて争うつもりは、私には無い。
しかし、現代日本のエンターテイメント系クリエイターたちの中で、社会制度を軽視したり無視したりしている人間は、別に細田守一人ではない。そういう意味で言うならば、むしろ細田守だけが矢面に立たされて、不当に批判に晒されているようにも見える。
細田守がビッグネームになったのは高々ここ十年ぐらいの話であるが、細田がブレイクする遥か以前から長年に渡ってゴミクズみたいな作品を量産し続けてきた日本の実写ドラマ・映画では、その間ずっと、社会制度の存在意義や、名も無き縁の下の力持ち的な人々の役割を軽視し続けてきたではないか。
ゴミクズ作品揃いの日本の実写ドラマ・映画で主流として用いられてきた物語作りのフォーマットと言えば「やる気も能力も無い無能な人間たちしか存在しない学校や職場に、型破りで能力が高い主人公が現れて、独力で難題を解決する」というものである。このような物語世界における脇役や敵役は、主人公を引き立てる為に、徹底的に無知・無能・無気力であるように設定される。
こういう物語作りはラクである。しかし、主人公を取り巻く社会を構成する庶民たちに対する想像力を奪う。観客からではなく、物語を作る監督や脚本家から奪うのである。正確には、奪ってしまったと言うべきだろう。だから実写ドラマ・映画作品は、細田守作品と同じぐらい社会制度や名も無き縁の下の力持ちの存在意義を無視・軽視したものばかりである。医者とか刑事とか検察官とか銀行マンとかが主人公のドラマを観れば、よく分かるだろう。
遅ればせながら「竜とそばかすの姫」を見てきた。ネタバレが嫌だったので、事前に紹介記事も読まなかったし、どんなストーリーかもろくろく知らなかった。
鑑賞後にいくつかの感想ブログを読んだのだが、「映像や演出はすばらしいが脚本がダメ」という評価が多かった。自分も同感である。
おそらく最大の要因は、ネットの世界とリアルの世界との分断が激しすぎて、どちらの世界のキャラクターにも全く感情移入ができないことだろう。ネットでは暴れん坊の竜とネット自警団との戦いが続く一方、リアルでは陰キャ女子高生を中心としたラブコメもどきが進行する。
両方の世界の繋がりが緩いせいか、それぞれの世界に登場するキャラクターの行動原理が読めない。「コイツはなぜこんなことを?」という疑問が解けないまま、ストーリーは進行しつづける。
そして、多くの評者が指摘するように、物語の終盤にかけて脚本の破綻は顕著になる。児童虐待を受けている兄弟を父親から救うために、大人たちに見守られながらなぜか一人で関東へ向かう主人公。なぜか主人公に気圧されて、呻きだす兄弟の父親。兄弟たちが一体どうなったのかも観客には知らされないまま、さっぱりとした顔つきで故郷に戻ってくる主人公。竜とくっつくのかと思いきや、イケメンの幼馴染といい感じになる主人公…なんでやねん!!!
というわけで、本作に不満は多々あるのだが、同情すべき部分もないわけではない。一部で指摘される細田守の「制度」に対する理解の欠如という点だ。要するに、細田の作品世界のなかでは、福祉制度が無能かつ無責任に描かれてしまうということである。しかし、これは現代日本の映画事情を考えると、おそらくやむを得ないところだ。
そもそも、物語と制度とはあまり相性が良くない。物語は多くの場合、主人公の決断や行動でストーリーが展開していくし、視聴者や読者もそれを期待する。名探偵コナンの犯人が警視庁のローラー作戦で逮捕されてしまうと、興ざめもいいところである。見ている側としては、コナン君の活躍で事件が解決するのを見たいのだ。
そういう物語と制度との相性の悪さを補うための一つの方法が、制度の中の人を主人公にする、もしくは制度の中の協力者を登場させるというものだ。
だが、現代日本のアニメ映画において、児童福祉施設の職員を主人公するという選択肢は果たしてありうるだろうか。「おおかみこどもの雨と雪」はやや例外としても、ヒット作を目指すのであれば、主人公はどうしても高校生以下でなくてはならない。その縛りが脚本に大きな制約を生んでいる。
仮に児童福祉施設の協力者を登場させたとすれば、ストーリーの説得力自体は増すものの、ラストあたりの展開は協力者に解決をぶん投げる形になり、主人公の出る幕はほぼなくなってしまう。それでは、エンターテイメントとしてのカタルシスに欠ける。
つまり、児童虐待のような現実社会と地続きの問題を登場させるから、脚本のいびつさが目立つのだ。子どもの貧困を描いた新海誠の「天気の子」にも同様の問題が指摘できる。
現実社会には現実社会の解決策がある。それを一足飛びに高校生に解決させようとするから、脚本に無理が生じる。主人公たちを活躍させるためには、制度を無能に描き、リアリティを欠いた解決策をひねり出すよりほかない。
だから、細田守にせよ、新海誠にせよ、作品の主人公には大人しく世界を救済させておけと言いたい(それが嫌なら、主人公は高校生以下でなくてはならないという縛りと戦え)。
隕石が降ってくるとか、人工衛星が降ってくるとか、そういう超緊急事態を前にすれば制度は実に無力だ。だからこそ、主人公やその仲間たちの超人的な活躍が光るのだ。そして、世界を救うだけなら、より長期的には必要になる制度的(かつ地道な)解決策についても考えなくていい。
というわけで、高校生以下を主人公に据える限りにおいて、セカイ系の物語にはそれなりに有用性があるのが理解できたことが「竜とそばかすの姫」を見た最大の収穫だったと思う。
2ヶ月後に日本が大きく変わる。
秋の衆院選で自民党大敗を防ぐために、総裁を変える声が党内で出ている。
しかし世間で人気のある議員(石破・河野・小泉・野田)は党内支持が弱く、特に各派閥の領袖と安倍が推せる候補ではない。
石破はめちゃくちゃ嫌われてるし、小泉は経験不足。河野は脱原発・女系天皇・自民党の支持基盤を壊す規制改革が決定的に相容れない。
安倍が以前から期待をかけてきた議員(茂木・加藤・下村)は選挙の顔として弱い。
当落線上の国会議員は、次の選挙のことしか考えてない。ピンチを切り抜ける秘策は「初の女性総理」である。
高市早苗だ。
数週間前から名前が上がっており、近く保守系月刊誌で出馬表明をする。無派閥なので担ぎやすく、党三役の経験もある。菅より12歳若く、交代したら刷新感も出るし、保守層からの支持も厚い。
既に安倍氏に近い保守系論客やネット保守番組では「次の総理は高市早苗しかいない」と言い始めている。
近く出馬表明し、最大派閥の細田派からの支援を受けて、総裁に選出される。
秋の臨時国会で首班指名を行い、100代目内閣総理大臣に高市早苗が選出。高市早苗内閣が発足し、ご祝儀モードの高支持率のままで、解散総選挙に入る。
高市早苗=夫婦別姓に反対する日本会議系右翼 というのは、ごく一部のイメージである。大多数の国民は政治に関心がないのだ。
かつて小池百合子が都知事選で大勝したときのように、普通の女性や無党派からの支持を得て、高市総裁率いる自民党が総選挙で勝利する。
想像してほしい。
次の選挙でおじさんの枝野・志位が共闘して「ジェンダー平等!女性活躍!」をいくら訴えても、誕生したばかりの初の女性総理には敵わない。
高市早苗とは、ゴリゴリの保守派が一致団結できる候補でありながら、リベラルのアジェンダを奪える候補なのだ。
女性総理誕生を見届けるのが夢だった私にとって、あと10年は無理だと思っていた瞬間が、これだけ早く来るとは思っていなかった。
私は高市早苗が好きではないが、日本社会の空気を変え、ジェンダー平等を一気に進めるには、女性総理誕生しかないと思っている。
初代伊藤博文から始まった100代目総理内閣総理大臣が高市早苗であることを、素直に喜びたいと思う。
■追記
どっちも優秀なのはレイアウトや作画、演出の見てくれ部分で脚本は陳腐、テーマはクソ浅い
本気でそういう境遇の人たちを取材したり、なぜこういう問題が起きるのか、我々はどうしたらいいのかなんて深くは考えてない
撮りたい場面が最優先で作ってる
新海くんの答えは大人は分かってくれねえ!もうどーしよーもねえ!!みんな好きに生きろ!!だし
細田くんの本心は人間なんか所詮分かり合えないし、助け合うのなんか幻想だから最後は非現実的なオチになる
違うのは、新海くんは自分の強みを活かすフォーマット(若者をターゲットにしたわかりやすい萌えラブコメ)を見つけてること
彼の童貞臭い作家性やテーマとうまくマッチしてたのでヒットした
あと童貞くさすぎる部分を王道ラブコメがうまく消臭してる(それでも天気の子は大概だったが)
細田くんがいつも惜しい!みたいな評価に陥るのはガバガバ自前脚本もあるけど、人間や世界の闇描写が上手いのに、無理して大衆向けのファミリー映画路線をやろうとしてること
ラブコメならイケるか?と思ったけど今回見てやっぱだめかも…となった
もういっそホラーやろう