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はてなキーワード: 教養とは

2022-09-19

anond:20220919133021

おまえくらい無知なら自己啓発セミナーかいったら一発で洗脳されるよ。三人くらいでまくし立てられてるんだから判断の機会なんてない。自分の視界の外側を理解する脳も教養もない馬鹿は黙ってろって。

2022-09-18

anond:20220918135215

でもお前セネガルもっと信仰されてる宗教知らないじゃん

まり増田教養はないよね

高学歴だけど嫁が低学歴なやつ

普段何話してるの?話合わなくない?

自分場合だけど、嫁は努力もできなければ、向上心もない、自制心もない、教養もない。こういう人間他責思考が強く案の定そういうタイプ

もう離婚一択で、見た目だけで選んだ自分を激しく後悔している

男こそ女性の知性で選ぶべきだと思う。

子供ができたら、子供はより多くの時間を嫁と共にするわけだし。

裕福だけど子供馬鹿な家庭ってこういう組み合わせの子供なんだと思う。

2022-09-17

anond:20220917000220

まあ民主主義統一教会とズブズブな政党を支持していたって、ことを考えると従業員国民)の倫理観政治への無関心と、教養の無さは確かに致命的。

だが私が言いたいのはどの党を選んでも成長するだけの、優れた人材けが政治家になるべきで、国民が優れたリーダーを選ぶことができるとは思っていない。

2022-09-16

anond:20220916165847

お前のアカデミック閾値がどのあたりにあるのか知らんけどテレビあたりなら余裕でアカデミックな内容だと担ぎ上げ得る内容だと思うがね

なんだこれミステリー日本史特集あたりであの程度の内容でもアカデミックって謳ってるもんだし。テレビ的にはあの手の教養的な内容に触れたコンテンツは全てアカデミック

anond:20220916155322

「他より1年早くちょっと凝った事を理解して語れるか」なんて天才かどうかの基準としてはほぼ意味ないでしょ。

「すごい研究結果を出す」ということはそんなちょっとした発達や能力の差なんかより遥かに巨大な知能や労力や蓄積の差によって生み出される。

接点Tで有名な予備校講師荻野先生も「数学は役に立たない。俺が言うんだから間違いない。」ときっぱり言い切っている。

いや役に立ちまくるし使いまくるけどな。たか予備校講師がなに分かったようなこと言ってんだって感じだ。

設計では微積物理の考え方を使っているが、俺の友達新宿ビル設計した設計士は、ソフトに数値を打ち込んでその結果を見ているだけだった。『先生難しいこと理解できてすごいですね』って言ってたよ」

世の中にはその「ソフト」を作ってる人間もいるんだわ。

大学統計の授業で平均、分散標準偏差とかの細かい計算方法教えてもらったけど、リアルじゃexcelデータ入れて関数使って結果解釈すればいいって話になるもんね。偏差出して二乗和が云々~なんて企業でやったところで、「で、結果は?」ってなるもんね。うん。

実際に数学統計学を使う場面では、そんな基本中の基本の爪の先みたいな知識なんて知ってて当然にも程があるし、何一つ「細かく」なんかないし、そんな簡単なことで解決できるほど現実問題は単純じゃないのでもっと複雑な(数学的)道具を使うんだよ。

というか、

ほぼほぼ90点オーバーを叩き出し、大学から表彰もされるぐらいには勉強に打ち込んだ

とか言ってるのに、こんな学部1年の教養講義最初コマでやるようなレベルの話を「細かい計算方法」と認識してるの?

本当に勉強してた?勉強してるつもりになってただけで意識失ってたとかじゃない?(それでもテストで点取るくらいはできてもおかしくない)

2022-09-15

のっぴきならない

テレビ若いタレントが、この言葉をおそらく「聞き捨てならない」の意味合い連呼していた。

しかも、ご丁寧にテロップで強調されて。これ本人にとってはとんだ赤っ恥だろ。

昔、別のタレントが、一般人のおじいさんが「丁字路(ていじろ)」と言ったのを、「T字路(てぃーじろ)」の「T(てぃー)」が言えてないものだと思い込んで笑ってしまった場面が放送されたこともあったけど、

編集でどうにかなるタレントの無教養な一面を、特に注釈もなく面白さ優先で放送ちゃうの、何の得にもなってないよね。

2022-09-14

anond:20220914194920

女性上方婚しか望まないけど、1000万稼ぐ教養がある男が500万しか稼ぐことができない人と付き合っても、

物足りなさを感じることになる。同等レベル教養はあったほうがいい。

あと、女性であっても実家暮らしや、ニート歴がある人間はやめといたほうがいい。

こういうタイプ自分に甘く、性根が腐ってる可能性が極めて高い。

2022-09-12

anond:20220912133307

本読まないことをバカにするような奴は大体クソだから無視していいぞ

そりゃ読まないより読んだほうがいいっちゃいいけど、それを理由他人バカにするとか恐れ多いな

読書量や教養なんてもう絶対上には上がいるんだし、普通なら俺如きがそんなこととてもとても・・・ってなるんだよ

例え相手読書ゼロだとしても

そして読書ゼロなんて人間がこの世にいるとは思えん

増田だって子供の頃まで遡れば何かしら読んでるだろ

その上で図書館行ってみたら?

適当に流し見たら1冊2冊は気になる本出てくるんじゃないかしら

どんな本でも1冊読めば馬鹿にしてくる連中への対策としては十分だし

もし「そんな本読んだって本を読んだとは認めない」とか言われたらいよいよもってソイツは馬鹿から話を聞く必要はない

2022-09-11

anond:20220911222132

20年以上前文系学部所属だったくせに中二病的発想で数学教養科目を履修して、高校数学教科書の親切丁寧さとまるで違う簡潔さに衝撃を受け、ロクに身に付かずお情けの可評価しか取れなかったことを思い出した

テンプルトン卿の流儀読了。良書だった。

続いては、株式投資未来

その後はジムクレイマーの株式投資作戦の予定。

投資の基礎教養読書が続く。

独身だとか結婚だとか話題になってるが、

統一教会のはびこりやすいのは

昔ながらのロールモデルにしがみついていて、

人を差別する土壌があるからなんだろう。

なんだかんだいって結婚して子供育てて一人前、とかい増田にどうしても引っかかった。

こういう差別ってここ40年くらいでかなり薄れてきた印象だったから。何を今さらというか。

40年前は確かにこういうのは、炎上すらしないほど当たり前の感覚だった。

自分リアルタイムで思い起こせるのは80年代くらいまでだが、

その頃、ふぞろいの林檎たちという山田太一ドラマがあって

病弱で子供を望めない長男の嫁を姑がイジメて追い出そうとするシーンが初回から最終回まで延々と続くんだよね。

一人前になれない嫁としかみられない姑。いたたまれなくなって家出する嫁。

必死彼女の居場所を探して連れ戻した長男が、たまりかねて実の母親に言い放ったのは

俺は幸子じゃなければ嫌なんだ、というセリフ最終話

この鬼姑を演じたのは数年前にお亡くなりになった佐々木すみ江だが、

最近BSで「ひまわり」に松嶋菜々子のお祖母ちゃん役ででているので懐かしく思い出す。


結婚して子供育てて一人前、というのも視点を変えると、ただの視野狭窄だ。

だって、それをいうなら、バングラデシュで9歳だか10歳でいわゆる少女婚をさせられて

10人も子供を産み育てる彼女らは、一体何人前になるんだよ。

彼女たちが知っているのは「世の中そういうものだ、という地獄」で、その彼女たちの「人権蹂躙されている」と知っているのはNGOだ。

そして私は、「少女婚の地獄から逃れるのを支援するために、縫製など手に職を付けさせ、経済的に自立させようとしているNGO」を知っている。

NGO職業訓練を通じて「一人前」にしようとしているんだよ。一人前の価値観が違う。

観ている世界認識している事柄も、それぞれみんな違う。

こういうのは一例で、人生の9割以上は、自分の知らない世界の人々によって支えられているし、自分を取り巻く社会経済は、

見知らぬ人の努力、苦労そして犠牲によって成り立っているかもしれない。


でも、普通は、そういうことを知らなくても半人前だとはいわない。

また、明治から昭和を生きたおしん世代が知っている母親ロールモデルは、現在とはかけ離れたものだし、それを今の世代が知らないからといって

一人前じゃない、とは誰もいわないだろう。



母だとか嫁だとか、ロールモデルはまっているかどうかを無自覚基準にしてしまうのは、

そういうイデオロギー的な主体構成の営みが、良きにつけ悪しきにつけ、婚姻文化を持続的たらしめている証左ではあるけれども

そこに付け込むカルトにも同時に無自覚になってしまう。

個人的には、ネット空間でいえば例えば、アメブロ的な空間が、あるべき家族像、母親像を再生産して、繰り返し繰り返し啓蒙する場になっていると感じている。

から視野狭窄に陥らないためにも教養って必要なんだし、それに気づかせるためにも社会には多様性必要なんじゃないかね。ネット空間も含めて。

増田っていうのは、そういう場だとも思うんでね。アメーバじゃないだろ、ここは。

anond:20220910170153

結婚価値を置いてても、もう少し教養あったらこういう表現にはならないんやで。ここまで視野が狭いと10年単位での社会の変化に対応できないやろね。

2022-09-10

anond:20220910142813

俺、統計学を初めて勉強したのは大学1年の教養科目だけど、ある程度モノになってきたなと思ったのは仕事10年くらい関わってからだったわ。一般人統計学をモノにするのは不可能だと思う。

婚活実家暮らしとか低収入相手はやめとけって話

ここは増田

自称1000万オーバー増田も多いことだろうから、彼らのためにアドバイスをする

増田30代男性

英語ネイティブ並みで海外勤務もしていたので年収は高い

収入が高い男性ならそれなりに教養もあるだろう

男性相手女性を選ぶとき、外見で選びがちだろう

外見だけで選んでしまって、相手年収は気にしないかもしれない

しかし、低年収女性地雷

なぜ低年収になるのか?

→無教養から

なぜ無教養なのか?

向上心がない

→無教養であることは、話題もくだらないことが多いし、話をしていてもキャッチボールができないので議論もできない

向上心がないとどうなる?

→往々にして怠け者であることが多い。そんな人間と生涯を共にしたいだろうか?

さら実家暮らしである人間は自立心がない

自立心がないとどうなる?

→誰かに依存しないと生きていけない

さら自分に甘いという性格になりがち

自分に甘いとどうなる?

他責思考が強い

→人は簡単に変われない。結婚前にこの性格修正できなかったのは既に詰んでいる

以上のことから、男で収入も高い人間ほど、相手にもそこそこの年収ある女性を選んだほうがいいよって話でした

増田がお届けしました

ご清聴、ありがとうございました

anond:20220910053640

教養がなくてバカなんだろうなあw

バカに限って自信満々に政治を語る

anond:20220910011553

男だが、安堂友子「私も知らない月経の話」を読んでみて面白いと思った

重いPMS持ちの作者が実体験や雑学教養を語るノンフィクション漫画で、これを読んで直ちに効能があるというものではないが、同じような悩みを抱えた人がいると共感したり自分問題をより明確に言語化する手段を得たりするのはためになることではないか

2022-09-09

彼女メリットがおせっくす以外にない

話してても教養感じないから話もつまら

おせっくす以外に微塵も存在意義を感じない

一人でいたほうが楽だけど、フリーセックス券を失うのがもったいない

わかるやろ?

anond:20220908185524

最初はなるほどと読んでたけど、

フェミニズム弱者男性論は真っ向から対立しています

ここ見てその後の文章を読む気失った

弱者男性論ってフェミニズムと真っ向から対立するとかい性質のものじゃないんだけど

ワクチンナチュラルシリカ水論と科学最初から対立するレベルはいないみたいな話

単に解像度がめちゃくちゃ低くて教養がない対話不能な人たちが暴れてる論だよね

2022-09-08

最近深夜アニメ見ながらツイッター開いてるとアニメを肴に自分の浅い教養をひけらかす奴とか他人感想ケチつけてレスバに勤しんでる奴とかが目障りでやっぱり深夜アニメなんて一人で静かに見るに限るなーという気持ちになりつつある。

アニメの話をしないならお前らに用は無いんだよ。

アート関係者ってやっぱり頭悪いよね

国葬にはみんな怒るのに公金でやってる芸術祭が突然潰されることにはみんな怒らない

(=なんて文化教養の低い野蛮人どもなんだ!)と怒ってるの見たけど

国葬にみんなが怒る気持ち芸術祭が潰れる理由って一緒だよって事に思い至らないなんてやっぱアートかぶれってバカだなって思った

国葬(は税金無駄使いだから)やめろ!と同じ理由アートなんて金の無駄からやめろ!になってるわけ

アート関係者は深い理由はなくサヨクから国葬反対には賛成するけど、芸術祭は続けろって言いたいんだろ

唯一整合する立場国葬芸術祭もどんどんやれ!景気よくやれ!これしかない

しかアート関係者は仲間内の顔色伺ってこんな立場絶対取れないだろう

大人しく税金寄生虫しか駆除されていくしかない

2022-09-03

anond:20220903234956

これ、一見すると煽りなんですけど、特に現代情報を得るための前提条件としての教養がないと簡単メディアに騙されるようになってると。

情報を得るにはお金を払って信頼できるところから学ぶか、役所配信している情報を読み取る必要があるのですが

それができない、または意図理解できない状態だと簡単陰謀論に転がってしまう。

ポイントオブノーリターンって語カッコよすぎだろ

仕事で言いたすぎる

この案件についてはもうポイントオブノーリターンを過ぎてしまってるんで、良かれ悪しかれやるしかないですよ、とかいってさあ

この企画、ここがポイントオブノーリターンだと思います。……どうします?とかいってさあ

カッコよすぎる

カッコよすぎるよ 

ルビコン川とか、賽は投げられたとか、分水嶺とか、いろいろあるけど、響き的にはやっぱポイントオブノーリターンいちばん好き

教養ある感じはしないし、ヒネリもないけどな

でもこう、やっぱ、ノーリターンとかノーフューチャーとか、そういう、ノーがついてんのってカッコいいよな

グッとくる

俺が店をつくるとしたら、ポイントオブノーリターンカードっつうのをつくるね

これは、買い物をするとポイントがつくんだが、リターンは一切ないという画期的カード

まさにノーリターンポイントがつくからポイントオブノーリターン

素晴らしい 素晴らしすぎる

このアイデアで突っ走るしかねえよなあ

ポイントオブノーリターンまでよ……

陽キャにも陰キャにもなれない人

 もう長いことフリーターニートを行ったり来たりしている。仕事に就いても長続きせず、職を転々とする日々。もうかれこれ十社以上職を転々としてきただろうか。就いた職業の多くは施設警備や物流倉庫でのピッキングなど責任の伴わない仕事ばかり。コミュニケーションの得手不得手以前に、人と関係を結んで生活していきたくないと考える。人に指示を出すのも嫌だし、人の上に立って何かを行うことも好まない。集団の中において自分空気のような存在でいたい。そういうわけで人間関係を維持することもままならない。まさか自分が将来このような生活を送るとは想像もしていなかった。子供の頃は学校卒業したらどこかの会社就職してバリバリ仕事に精励するものだと思っていた。それがこのありさである未来と言うのは本当に不確かなものだ。

 陽キャ陰キャ二元論物事を語るのは好きではないが、今日はそれについて語りたい。学生時代自分は割とスクールカーストの上位の方にいて、やんちゃで明るくてクラスでもみんなの中心となるような人物に囲まれ学生生活を送ってきた。といっても自分から進んでそうした人たちとコミニケーションをとって親睦を深めたわけではない。何というか気づいたら仲良くなっていただけのことに過ぎず、自分意思関係を構築していたわけではなかった。

 

 自分公立の小中学校に通っていたが、公立学校には実に様々な人間存在する。所得水準の高い家柄に生まれて幼少の頃から様々な習い事に触れてきて教養がしっかりと身に付いている人もいれば、親の社会的地位が高く、幼い頃から多大な投資を受けてきたことにより校内でもトップクラスの成績を誇る者。またそれとは反対に、貧しいが故にろくに教育を受ける機会のなかった人や両親がやんちゃをしていたために子もそうした性質引き継いで不良の道へと突き進んでいった人などなど実に属性の種類は豊富である自分たまたま同じクラスやんちゃなことをする人が多かったからなのか、なぜか彼らと共にいることが多かった。公立学校というのは本当にいろんな人がいるので、たまたまそういう人たちが近所に住んでいたから仲良くなったのかもしれない。詳しい事は自分にもよく分からない。

 彼らとは本当にいろんなことやってきた。定期テストをサボってゲーセンに入り浸って夜を明かしたり、ワックスで頭を塗りたくって度々生徒指導先生にお叱りの言葉を受けたりといったようにやることと言えば平気で校則無視してきたことばかりであった。そうしたことばかりしてきたので周囲の人間から自分はいたずら好きな人なのだ認識され、近寄ってくる人たちも自然自分と近しい人達ばかりであった。

 中学生活も終盤に近づいてくると高校受験という大きなイベントがやってくる。自分は一応塾に通っていたので高校受験受験をするつもりでいたし、そのための準備もしていた。しかし、しばらくするうちに自分と彼らとの間に深い溝ができ始めていることに気がついた。それは彼らが、僕が受験勉強に励んでいるのを快く思っていないのではないかということ。想像するところによると、自分高校受験に向かって勉強してるのがどうやら彼らにとって喜ばしいことではないらしいのだ。彼らの中でも自分はまだ比較的に経済事情が恵まれていたので、教育お金を費やすことができた。だから高校受験もできるし、将来の選択肢もそれほど狭くはない。しかし、彼らはそうではない。経済的に貧しいが故に教育お金をかけることができず、高校受験を受けると言う資格すら与えられていなかった。また受験できたとしても学業への意欲が湧かないことやどうやって勉強すれば良いのかわからないなどといった理由により、レベルの低い学校に行くかのいずれかしか選択肢がなかった。そうした中で自分だけ勉強して彼らのもとから離れようとしている。それは彼らにとっては喜ばしいことではなく、どこか心にわだかまりが残ることだろう。これはグループの一人が自分だけ集団から抜け出して別の道に進むことをイメージしてもらえればよい。ドロップ主人公自分だけ輪の中から抜けることや、ビリギャル主人公グループの反対を押し切って難関大学受験に挑むのと似たような状況である。結局、自分は難関校とは程遠い偏差値が50いくかいかないかくらいの自称進学校入学した。もともと勉強とは無縁の人間で、定期テスト100点中30点位がほとんどだったので、これが自分にできる限界学習であったと言えるので特に後悔はないのたが。

 高校に入ってから彼らと連絡を取ることもなくなった。もうすっかり別の世界で生きているような感じだったし、実際に会うことも何度かあったが、会話を交わす事はなく、以前のように親しい感じで接することもなかった。そこには陸と島ほどの距離感があった。そこそこ勉強して高校に進んだからこそ、彼らは自分自分達とは別の人間だと考えていたようだし、自分たちのような悪質な遊びをすることも好まないだろうと考えていたから昔のように悪ふざけをして遊ぶこともなくなった。

 高校高校中学までの人とは別のタイプ明るい人達と仲良くなってそれなりに楽しく日々を過ごすことができた。それでもたまたま仲良くなったから仲良くしていただけで、自分からそうした人たちと仲良くしたいわけではなかった。別に友達など作らなくても、一人で何かに没頭するような事があってもよかったのだけど、生憎オタクのように何か一つのことに強い情熱を注いだこともない。自分人生のものに関心がなかった。

 自分性質に関心を向けるようになったのは大学生活も終盤に近づいてきた頃である。これまでの学生生活を振り返ってみて、自分はどうしてやんちゃなことばかりしてきたのだろう、どうしてクラスでも目立つような人間とばかり付き合ってきたのだろうというようなことばかりを考えた。彼らと自分ベクトルの向きが真逆人間であるというのに。自分は目立つことが嫌いで、教室でも隅の方で目立たず静かに生活していきたいと考える人間だった。思えば、僕は自分から人に話しかけて友達を作ったことなどなかったような気がする。自分がどんな人間と仲良くなりたいかと言う考えも持っていなかったし、主体性を発揮して何かを行ったこともない。いつも周りに流されて生きてきて、自分意思自分人生を生きているという感覚がなかった。昔から自分は一人が好きで、人と関わりを持とうとせずに、一人で何かすることを好んできた。つまり、昔から自分自閉傾向のかなり強い人間だったのである。それでも何とか今までやってこれたのは環境の影響や周りの方から声を掛けてきてくれたことにより、そうした性質隠蔽され、それが浮き彫りにならなかっただけの事に過ぎない。

 周りに流されて生きてきて自分性質客観的に見る機会を持たない人間本来自分がどういう人間なのか分からなくなる。人間人格形成には遺伝的要因と環境的要因の二つが大きく関わっているけれど、子供の頃はそうしたことに頭を悩ませることもない。

 結果として今では陽キャのようなアクティブな遊びを好んでみんなでワイワイ仲良く時間を過ごすこともなければ、アニメオタクアイドルオタクのようにある一つの対象に過度に没頭してコミュニティ形成し、そこでのコミュニティーに強い仲間意識を持って生活することもない。陽キャにも陰キャにもなれず、中立的な立ち立場にいて、どこにも属さずに社会から孤立しているのがが自分である

 もっと早いうちから自分性質人物像を客観視しておけば後の人生もまた変わったものになったのかもしれないが、当時はそうしたことも難しく、後から結果論として物事を論じるしかない。それが人生というものなのだろう。

陽キャにも陰キャにもなれない人

 もう長いことフリーターニートを行ったり来たりしている。仕事に就いても長続きせず、職を転々とする日々。もうかれこれ十社以上職を転々としてきただろうか。就いた職業の多くは施設警備や物流倉庫でのピッキングなど責任の伴わない仕事ばかり。コミュニケーションの得手不得手以前に、人と関係を結んで生活していきたくないと考える。人に指示を出すのも嫌だし、人の上に立って何かを行うことも好まない。集団の中において自分空気のような存在でいたい。そういうわけで人間関係を維持することもままならない。まさか自分が将来このような生活を送るとは想像もしていなかった。子供の頃は学校卒業したらどこかの会社就職してバリバリ仕事に精励するものだと思っていた。それがこのありさである未来と言うのは本当に不確かなものだ。

 陽キャ陰キャ二元論物事を語るのは好きではないが、今日はそれについて語りたい。学生時代自分は割とスクールカーストの上位の方にいて、やんちゃで明るくてクラスでもみんなの中心となるような人物に囲まれ学生生活を送ってきた。といっても自分から進んでそうした人たちとコミニケーションをとって親睦を深めたわけではない。何というか気づいたら仲良くなっていただけのことに過ぎず、自分意思関係を構築していたわけではなかった。

 

 自分公立の小中学校に通っていたが、公立学校には実に様々な人間存在する。所得水準の高い家柄に生まれて幼少の頃から様々な習い事に触れてきて教養がしっかりと身に付いている人もいれば、親の社会的地位が高く、幼い頃から多大な投資を受けてきたことにより校内でもトップクラスの成績を誇る者。またそれとは反対に、貧しいが故にろくに教育を受ける機会のなかった人や両親がやんちゃをしていたために子もそうした性質引き継いで不良の道へと突き進んでいった人などなど実に属性の種類は豊富である自分たまたま同じクラスやんちゃなことをする人が多かったからなのか、なぜか彼らと共にいることが多かった。公立学校というのは本当にいろんな人がいるので、たまたまそういう人たちが近所に住んでいたから仲良くなったのかもしれない。詳しい事は自分にもよく分からない。

 彼らとは本当にいろんなことやってきた。定期テストをサボってゲーセンに入り浸って夜を明かしたり、ワックスで頭を塗りたくって度々生徒指導先生にお叱りの言葉を受けたりといったようにやることと言えば平気で校則無視してきたことばかりであった。そうしたことばかりしてきたので周囲の人間から自分はいたずら好きな人なのだ認識され、近寄ってくる人たちも自然自分と近しい人達ばかりであった。

 中学生活も終盤に近づいてくると高校受験という大きなイベントがやってくる。自分は一応塾に通っていたので高校受験受験をするつもりでいたし、そのための準備もしていた。しかし、しばらくするうちに自分と彼らとの間に深い溝ができ始めていることに気がついた。それは彼らが、僕が受験勉強に励んでいるのを快く思っていないのではないかということ。想像するところによると、自分高校受験に向かって勉強してるのがどうやら彼らにとって喜ばしいことではないらしいのだ。彼らの中でも自分はまだ比較的に経済事情が恵まれていたので、教育お金を費やすことができた。だから高校受験もできるし、将来の選択肢もそれほど狭くはない。しかし、彼らはそうではない。経済的に貧しいが故に教育お金をかけることができず、高校受験を受けると言う資格すら与えられていなかった。また受験できたとしても学業への意欲が湧かないことやどうやって勉強すれば良いのかわからないなどといった理由により、レベルの低い学校に行くかのいずれかしか選択肢がなかった。そうした中で自分だけ勉強して彼らのもとから離れようとしている。それは彼らにとっては喜ばしいことではなく、どこか心にわだかまりが残ることだろう。これはグループの一人が自分だけ集団から抜け出して別の道に進むことをイメージしてもらえればよい。ドロップ主人公自分だけ輪の中から抜けることや、ビリギャル主人公グループの反対を押し切って難関大学受験に挑むのと似たような状況である。結局、自分は難関校とは程遠い偏差値が50いくかいかないかくらいの自称進学校入学した。もともと勉強とは無縁の人間で、定期テスト100点中30点位がほとんどだったので、これが自分にできる限界学習であったと言えるので特に後悔はないのたが。

 高校に入ってから彼らと連絡を取ることもなくなった。もうすっかり別の世界で生きているような感じだったし、実際に会うことも何度かあったが、会話を交わす事はなく、以前のように親しい感じで接することもなかった。そこには陸と島ほどの距離感があった。そこそこ勉強して高校に進んだからこそ、彼らは自分自分達とは別の人間だと考えていたようだし、自分たちのような悪質な遊びをすることも好まないだろうと考えていたから昔のように悪ふざけをして遊ぶこともなくなった。

 高校高校中学までの人とは別のタイプ明るい人達と仲良くなってそれなりに楽しく日々を過ごすことができた。それでもたまたま仲良くなったから仲良くしていただけで、自分からそうした人たちと仲良くしたいわけではなかった。別に友達など作らなくても、一人で何かに没頭するような事があってもよかったのだけど、生憎オタクのように何か一つのことに強い情熱を注いだこともない。自分人生のものに関心がなかった。

 自分性質に関心を向けるようになったのは大学生活も終盤に近づいてきた頃である。これまでの学生生活を振り返ってみて、自分はどうしてやんちゃなことばかりしてきたのだろう、どうしてクラスでも目立つような人間とばかり付き合ってきたのだろうというようなことばかりを考えた。彼らと自分ベクトルの向きが真逆人間であるというのに。自分は目立つことが嫌いで、教室でも隅の方で目立たず静かに生活していきたいと考える人間だった。思えば、僕は自分から人に話しかけて友達を作ったことなどなかったような気がする。自分がどんな人間と仲良くなりたいかと言う考えも持っていなかったし、主体性を発揮して何かを行ったこともない。いつも周りに流されて生きてきて、自分意思自分人生を生きているという感覚がなかった。昔から自分は一人が好きで、人と関わりを持とうとせずに、一人で何かすることを好んできた。つまり、昔から自分自閉傾向のかなり強い人間だったのである。それでも何とか今までやってこれたのは環境の影響や周りの方から声を掛けてきてくれたことにより、そうした性質隠蔽され、それが浮き彫りにならなかっただけの事に過ぎない。

 周りに流されて生きてきて自分性質客観的に見る機会を持たない人間本来自分がどういう人間なのか分からなくなる。人間人格形成には遺伝的要因と環境的要因の二つが大きく関わっているけれど、子供の頃はそうしたことに頭を悩ませることもない。

 結果として今では陽キャのようなアクティブな遊びを好んでみんなでワイワイ仲良く時間を過ごすこともなければ、アニメオタクアイドルオタクのようにある一つの対象に過度に没頭してコミュニティ形成し、そこでのコミュニティーに強い仲間意識を持って生活することもない。陽キャにも陰キャにもなれず、中立的な立ち立場にいて、どこにも属さずに社会から孤立しているのがが自分である

 もっと早いうちから自分性質人物像を客観視しておけば後の人生もまた変わったものになったのかもしれないが、当時はそうしたことも難しく、後から結果論として物事を論じるしかない。それが人生というものなのだろう。

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