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はてなキーワード: 主人公とは

2023-12-14

おち〇〇んが出てくる映画

子供の頃の話なんだけど

姉が家でなんかハリウッド映画見てたんだけど

増田見て!このシーンおち〇〇ん出てくる!」って声かけてきたんだよね

(いやなぜ呼んだし)

そのシーンはなんか穴があいてる壁みたいな映像で、主人公らしき女性が穴を覗き込むと画面の向こうから迫りくるなにかとΩ\ζ°)チーンという効果音

次のシーンでは女性が大量に目薬をさして目を浄化しようとしていた

とまあたしかに今になっては「目におち〇〇んが刺さった」シーンなのは明らかだなと思うんだけどさ

当時よくわからなかったんだよね

そもそもおち〇〇ん興味なかったし

奥ゆかしい表現理解できる年齢でもなかったし

んでさ、え?わかんないって言ってそのシーン何度も見返して、まあ結局わからなかったんだけどさ

今思えばあれ周りの人からは「映画に出てくるおち〇〇んのシーンを繰り返し再生して凝視してるちびっこ」に見えてるってことだよね

やだ破廉恥子供だったわね私

急に色々思い出して恥ずかしくなっちゃった

まあ今は昔ってやつだ

おしまい

anond:20231214123055

わかんないけど主人公の一人キャリーエイダンっていう男性をひどく傷つけたエピソードとかで自分と重ねて泣いちゃったのかも

同じように過去にひどく傷つけてしまった誰かがいて、もうそときには戻れないし後悔しても今はひどいことをした、

間違ったことをしたとわかっててもどうしようもないし許されもしないことを引きずっててそれをいつまでもいつまでも心に持ってるのかもしれない

続編でその彼と〇〇(ネタばれ回避)するからそこがまた複雑な気持ちにさせられるし それで「痛い」って気持ちになるのはわかる、それはもう登場人物じゃなくて自分に言ってるんだよね

まあお母さまの本当のところはわからないけどさ

でもそういう作品ってあるよね、私にはある

自分現在の状況やここまでどういう風にやってきたとか諸々の事情感情で受け入れられるものって変わっていくし

反転アンチオタクとかもそういう複雑な感情作品投影してるんだろうって自分で思う

母親ドラマSEX AND THE CITY」が嫌いな話

SEX AND THE CITY」というドラマをご存じだろうか?

セックスに関する鋭い考察で人気の女性コラムニストキャリー弁護士ミランダアートギャラリーディーラーシャーロットPR会社の重役・サマンサ。固い友情で結ばれた彼女たちはN.Y.の街で傷つきながらもそれぞれの幸せ理想を追い求める話である

今では続編のドラマもでている、ファンが多い作品だろう。私はこの作品が好きである。このドラマ1998年増田が生まれる前から始まっているが、今観ても楽しめる。

ニューヨークの華やかな生活登場人物生き様が観ていて楽しいし、コメディ要素もあって話のテンポが良いのでさくっと観れるのも魅力の一つだと思う。

プラダを着た悪魔」や「ゴシップガール」などが刺さった女子には是非おすすめしたい。


さて、本題は母親にこのドラマの話をしたときのことである

私の母親子供を3人育て、子育てが落ち着くと自分ビジネスを始めた。

父親は古風な人なので母が外に出ることを少し嫌に思っているようだが、家事育児に手を抜いているわけではないので許容している。


母は言う。「ママはあのドラマ世界で一番嫌いなの」と。

理由を聞くと、「あんなの痛いじゃない、イライラするわ」とのこと。


かに自由奔放に生きる主人公や友人の生き方賛否両論だと思う。でも私は、むしろ母親はあのドラマ登場人物のような人だと思っていたのだ。

仕事育児も大忙し、趣味もたくさんあって、お金もある。自分の考えを持っていて友達も多くいる。

年齢的にも、生き方的にも共感し、ファンになりそうなのに、と。


あの作品が嫌なの?それとも、あんな感じのジャンル作品が嫌なの?と聞くと、あのドラマけが嫌だという。見るのをやめなさいとまで言われた。

ドラマ映画はどの国のものでもとりあえずは見てみようかな、のスタンス母親が。作品地雷が少なく、基本どれも面白かったと言っている母親が。

内容が嫌いなのか、なにかひっかかる表現差別発言とか?)があるのか、役者がいやなのか、詳しく聞いたが

とにかく全てが苛つかせるらしい。この話をするのも不快というので、ここで話は終わった。


母の妹に最近会ったので、何気なく、あのドラマをみたことあるかと聞いた。全部見ていて続編も追っているとのことだった。

そこで興味深いことを聞いた。母親と一緒に観たことがあるという。

何話とかはわからないが、暇だったので母を誘って一緒に観たとのこと。話が始まって20分ほどで、母は大号泣していたそうだ。

別にシリアスなシーンなかったのに、あれは不思議だったよねえ!」と叔母は言う。

理由を聞いても答えてくれず、とりあえず1話終わった後は違うテレビを見ることになったらしい。


不思議で仕方ない。

でも、大号泣したのは嫌だったからなのかな。なにが嫌だったんだろう。

イライラする主人公登場人物が出てくる作品にはもちろん出会うことはある。でも大号泣するまでイライラしたことがない。

みなさんはありますか?また、「SEX AND THE CITY」を見たことある人で、母と同じ感情になったことがある人は教えていただけたら嬉しいです。

anond:20231212172917

まず手塚治虫デビューした頃の印刷技術の話になるんだけど、そもそも自分が書いた絵がそのまま印刷されるわけではない。

浮世絵なんかと同じでマンガ家の絵は原画で、それを版画の原板みたいに別の人が写して印刷する。

浮世絵ほど手間暇かけてないので、微妙な線とかは再現されない。

のらくろ」なんか、田河水泡原画は線がすごく美しくて感動するけど、印刷された「のらくろ」は潰れた線みたいな感じになってたりする。

手塚治虫の初期の頃も同様。

 

次に、マンガ根本的な技術命題として、たくさんのコマを連結するために、それぞれのコマの絵の登場人物の見分けがつかないといけない。

同じキャラクターのつもりで書いてても別人に見えてしまうとか、別人のつもりなのに混同されるとか、これは今でもしょっちゅう発生する。

これを上記のような未熟な印刷環境の中で発生しないよう、キャラクターの明確な書き分けをしないといけない。

なので、見分けのつきやすいパーツでキャラクター構成する必要がある。

のらくろが他が白犬なのに一人だけ黒いのは、アメリカのフィリックス・ザ・キャットのフォロワーであるのと同時に、主人公を埋もれさせないため。

 

ここに「キャラクター感情表現」の問題が絡んでくる。

昔のマンガ入門なんかだとキャラクター喜怒哀楽の表情のラインナップが並んでたりしたんだけど、

同じ登場人物なのに、泣いたり笑ったり怒ったりで顔を構成してるパーツがまるきり違うのに気づくと思う。

あれ?

パーツが違ったら別人、別キャラクターなのでは?

……と、感情表現のつもりで異なるパーツを使うと、読む側が別のキャラクターだと認識してしまうかもしれない。

昔の有名な漫画キャラクターは表情変化に乏しいことが多い。

キャラクター同一性重要なので、顔が大きく変化させにくい。

アニメだと連続的にアニメートすることで激しい表情変化でも同一性比較的らくに示せるが、マンガはそこが大変。

なんで縦筋や汗の漫符表現必要なのかと言えば、表情が変わらないままで感情表現するため。

 

ようやく手塚治虫が何をやったかの話になるんだけど、

複雑な長編ストーリーを描きたいが、そのためには必要な道具が多数ある。

まず登場人物がたくさん出てくるのを、見分けがつくように交通整理しなければいけない。

その複数登場人物ストーリー展開によって複雑に変化していくのをわからせなければならない。

主人公だけでなく複数人物感情ダイナミックな動きをキャラの書き分けを維持しつつ表現しなければならない。

それができないとストーリーが示せない。

なので、絵の情報整理をやった。

有名なスターシステムは、キャラクターの書き分けのための土台。

劣悪な印刷環境で見分けがつくため記号化されたパーツを、それぞれの定番キャラクターごとに整理し、見分けがつきやすくする。

その土台の上に、感情表現のための記号パーツを組み合わせる。

これで顔の構成パーツが大幅に入れ替わっても同一人物だとわかり、その人物感情が変化していることが表現できるようになる。

手塚治虫が「マンガ記号だ」と説明したのを、なんか面倒な理屈でこねくりまわす人がいるけど、

複数登場人物の複雑な感情の動きを表現してストーリーを描くために、記号の整理分類、使い分けを行ったんだよね。

 

これ、手塚治虫アニメ進出したときに導入した「バンクシステム」と考え方が一緒なんだよね。

というか、マンガ改革成功体験を元にバンクシステム提案したんだろうけど。

「同じ絵を使いましてセル画節約すればいい」という、「同じ絵」はつまり記号」なんだよね。

マンガ記号だ」と言った手塚治虫からアニメの絵も記号だ」という発想に行きつく。

こういう発想ってさ、「芸術家」じゃないわけでしょ。

芸術としての絵画は1枚だけのオリジナル性、作家の手に宿る技術の唯一性に依拠するわけだけど、

手塚治虫が優先したのは、ずっと、絵よりも何よりもストーリー

ストーリーのための絵であって、優先順位は常に絵が下位。

から絵を分解分類して記号にしていいし、アニメーションを分解整理してバンクシステムを作れる。

こういう人じゃないと、そもそも絵描きなのに絵を下に置けない。

 

ストーリーを描きたいという自分目的のために、既存の仕組みを分析解体して再構築し、現代日本マンガの基礎を作った。

その仕組みを応用できると考えて、アニメ産業進出産業構造を変えたベンチャー起業家でもあった(会社潰れたけど)。

俺が「産業人」と言ったのは、そういう意味です。

葬送のフリーレンパーティー安心感

男女パーティーで旅をする作品は多い。

大抵メンバーは十代がいる。

こういうときどうしても、月経のことを考えてしまう。

ファンタジーだし月経がない設定のキャラも居るのかもしれないが、哺乳類勃起があり子作りする世界観だとどうしても……男のなかで紅一点の場合はとくに心配が過ぎってしまうのだ。

別にこれは思想を語りたいわけじゃない。

単純に自分女性で、十代から月経という厄介なものに悩まされてきた経験があるから気になるだけなのだ

中世西洋文化舞台作品で水回りだけ現代にしたい感覚と大体同じだと思う。うんちその辺に落ちてるの耐えられない。

実際作家女性場合、このへんの問題を何らか解決策(ある程度の年齢なら薬を飲む)で描く作品はかなりの数があると思うし、アクシデントや困難として描く場合もある。最近だと暁のヨナ男性陣のなか十代の紅一点主人公)で見たかな。

こういうのっておそらくは生物的な思考として切って切り離せないものなのだろう。

葬送のフリーレンはその点とても安心できる。

フェルンは若い女性だ。

しか姉御タイプでもなく、お母さんタイプではあるが精神的に幼い部分もある。自ら旅に出ようとしたわけでもないし、多感な時期で安定的ではない。

もしこういうキャラ男性パーティーのなかで紅一点的扱いだったら、トイレどうしてんだろう…とかめっちゃ気になって夜も眠れなかったと思う。

そこに旅慣れしたお姉さん(1000歳以上)のキャラがいること、しか家族のようなの関係なので二人で協力しているのだろうという予想ができる。

安心感があるのだ。

まあ正直、過去シーンでフリーレンが紅一点になってるのが気にならないのかというとそうでもないが、ヒンメルが明らかにパートナーのように寄り添っているし、フリーレンがお姉さん(1000歳以上、自給自足生活経験数百年、羞恥心少なめ)なので大丈夫かもなと。

作中では、フリーレンとフェルンは基本二人部屋で、二人だけで水浴するシーンなどもあるし、髪の毛の面倒も見てたり、女子トーク的な雰囲気もあったりで、なんというか「行き届いてる」感じがあり、作者は女性だと思われるのも理解できる。

ただフリーレンの原作者過去作を見ても男性かなと思うのでこんな面倒なこと考えてないと思うが、もしかしたら女性陣が眠る場所比較安全場所(もしくはシュタルク護衛)で描かれているのは女性作画担当愛情かもしれない。

夜中にアニメを見て、心配することな眠ることができる。

なお別に今後そういう作品が増えてほしいとかいう話でも、だから他の作品は駄目なんだってわけではなく、単純にフリーレンに関してはそう思うって話です。

anond:20231214073813

漱石の『猫』に主人公がチャラい友人の世相解説に「なーる、と『ほど』を略して返事した」とあるので、明治時代から既に適当な返しはあったのがわかる

弱者男性ゲーム

次の個人製作ゲームアイデアが固まりつつある。

まだ調べてないが、タイトルズバリ弱者男性ゲーム」で行こうと思う。

副題をつけたりはしない。

最近ゲーム名詞を出さない。

主人公とかキャラクターアイテムも絵柄のアイコン表示だけで、固有名詞新造しないように注意すべきだ。

名詞を出せるのは任天堂とかの大手メーカーだけ。

できるだけ多くの不幸を集める。

なるべく多くの不幸を抱えて自殺する。

果たしてキミは、あのとき三下り半を突きつけてきたクラスセンターだったフェミニストを後悔させ、反省させることができるか?!

2023-12-13

ペルソナ5ってあんまいい話じゃないな

結構好きなゲームなんだけど、ペルソナ5大好きマンと話したとき客観視したというか変に冷静になってそう思った

意地悪く単純化すると、

超常的な力で以て悪人私刑に処しまくった挙げ句主人公たちは報われるっていう話だよな

どうなんだそれは

キタローは悪いことせず世界を救った挙げ句人柱になったのに青春謳歌しやがってこいつ等

怪盗団始めた当初こそ、犯罪じゃね?みたいな葛藤描写されてた気がするけどほんとにそれだけだよな

怪盗団が叩かれてる描写はあったけど、廃人事件は怪盗団のせいなんだ!っていう濡れ衣で叩かれてたという話で改心自体への批判はほぼ無かったような

せめてもっと罪と向き合う感じのバッドエンドあっても良かったんじゃないかと思ったけど、そんなんあったら後味悪すぎてとんでもないことになるから仕方ないんだろうか

JKタイムスリップして特攻隊員と恋する映画

こと「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。」はそれほど上質な映画でもないと思ったかおすすめはしないし、褒めようが貶そうが茶化そうがなんとも思わないが、見ずに語ったり茶化したりしてると思しき人が目についてしまう。

見ずに語ったり茶化したりするセンスは、半端な知識特攻隊恋愛映画を作るセンス紙一重だ。

 

Wikipediaに書かれてるあらすじは、映画とはテーマ的な所で重要な部分が書かれてないから、それだけでは語れない。

一方で、作者の経歴(映画内では一切語られない)と映画主人公が出す結論が関連しているので、映画を見ただけで語ることもできない。

テーマ上、特攻隊描写リアルである必要はない作品だと思うが、難病ではなく特攻隊でなければならない理由は、おそらくある。

 

「そんな映画より『月光の夏』を見ろ」という意見も見かけたが、「あの花が咲く丘で~」の原作発表時のタイトルは「可視光の夏」で、映画あの花が咲く丘で~」には「月光の夏」へのオマージュと思われるシーンがある。「月光の夏」への侮辱になっていると考える人いるかもしれないが。

月光の夏」の方を見ろと言うなら、関連作品として見るべき。

ぼくが最近読んだ漫画(完結作)

のりりん

鬱々作品の「なるたる「ぼくらの」で知られる鬼頭莫宏による、誰も死なないし悪人もいない爽やか自転車漫画

主人公過去に色々あってひねくれたところがあり爽やかではない性格だが、その「過去の色々」もトラウマになるようなとんでもないことなどでない

登場時に嫌な感じだった奴も愛嬌が見えてきて可愛くなっていく、おっさんですらも

なんかこの漫画、男が男に対してやたらと頬染めするな

あらゆるものはより良き方向に行こうと進化し、自転車ならば「より速く」を追求し続けているものだと思っていたが、

自転車伝統的な町工場を守るために大会でも規制があったりするんだって自転車豆知識が多い

進撃の巨人

勝手ネタバレが流れてくるので読まなくてもなんとなく大筋を知ってしまっていたが、そういえば最初10巻ぐらいまでしかちゃんと読んでなかったと気づき

当たり前だけど断片的な画像や人づての文字情報だけで全てを知ることはできないので、ネタバレ知った上でも読むと面白い

全くネタバレを知らずにリアルタイムで連載追って、アレの正体があの人だったなんて!!!と驚けたらより面白かったのかな

考察ガチ勢が本編で明かされるよりも前から展開を当てている箇所が幾つもあるそうで、当たった時は脳汁すごかっただろうな

アニへの報いが少ないのはちょっと不満

化物語

最初はわりと原作に沿っているのだが、途中から時系列の異なる様々なエピソードを混ぜて同時進行にしてオリジナリティが増し増し

誰も知らない悲しき過去オリジナルで語られだすし知らない人たちが出てくる

原作レイプではなく、小説版の作者が語り忘れていたことを史実に則ってちゃんと拾い上げたんだよ感

解釈違いなところもあったが、あれだけ好き放題やっても絵が上手いか別にいいよね

・ふれなばおちん

ドラマ化もしていた有名作らしいけど、1巻無料読みではじめて知った

太った平凡な主婦が、旦那会社に入った派遣かつ売れない役者の男と恋愛ちゃうという話

最終回にたまげた どうしてこうなった

anond:20231212200727

はじめの一歩は、連載引き伸ばしで主人公引退して、復活の前振りをしつつ、今は周囲の人々とかかつてのライバルのその後を描いたりスピンオフ状態になってるわ。

アニメ

とりあえずチェックしてみたいやつ。

姫様:飯テロ

レベル99:恋愛ゲーム世界レベル上げ大好き主人公

もふもふなでなで:あざとい

治療魔法:バトル物

即死チートファンタジーの皮を被ったSF

望まぬ不死の冒険者:あの気味の悪さは再現できるのか?いや無理

佐々木ピーちゃん:内容を知らないので観るべ

おまえが『人生主人公』でないのは凡庸からではなく、『選択と結果』を引き受けてこなかったからだよ - 自意識高い系男子

https://l.pg1x.com/3koBtpC99eb4XMU79


選択と結果」……要するに「責任」だな。

今の現場は「言われた通りのことを正確にやるだけ」なので、本当に楽だが脳が腐る。腐っていく。

今まで全部「選択と結果」をやり続ける現場しかなかったから。

だが、安定的金額を得られるのも事実だし、何よりフルリモートだ。最高。


人生50年過ぎて初めて「オマエラサラリーマンと同じ生き方」をしているが、本当にくだんねーな、と思うよ。

宝くじが当たる予定なので、それでおさらばしようと思う。やっぱ「選択と結果」だけの殺伐とした世界が俺には気持ちいい。

anond:20231213015753

いや「ナチュラル」は単なるバスケ漫画じゃないよ、最後銃を持って逃げる子供不安なシーンとかでてくるし、弓道クッソかっこいいとおもうし

そんで一応、スピンアウトほどじゃないけど「アレキサンドライト」とおなじキャラがいい脇役ででてくるし、

「アレキサンドライト」は明確に「サイファ」のスピンアウトなので成田美奈子はこの20年くらいはもうずっと世界観がつながってるんよ

そろそろアレキサンドライトの主人公(女顔コンプレックス)はジジイとまでいかんでも中年にはなってるだろうしみてみたいな~なんておもうでしょ

その系譜を継いだ日本人キャラナチュラル監督してるような気がするんよね。まあ弓ひいてるほうが年は近いけど時代が違うか。

なかなかいいもんやで

2023-12-12

歴史もの登場人物って主人公によって評価変わるけど

勝海舟幕府新政府、誰が主人公作品でも優秀で良い奴として描かれるよな

anond:20231212170001

Wikipediaより引用

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%89%8B%E5%A1%9A%E6%B2%BB%E8%99%AB

夏目房之介は、赤本時代手塚漫画の達成として「コマの読み方」を変えたことを挙げている。それまでの日本漫画は、現在4コマ漫画と同じように、1ページ内で右側に配置されたコマを縦に読んで行き、次に左側に移りまた縦に読んでいく、というかたちで読まれていた。しかしこの読み方ではコマ割りの方法が大幅に制限されるため、手塚赤本時代に、上の段のコマ右から左に読んで行き、次に下の段に移りまた右から左に読む、という現在の読み方を少しずつ試み浸透させていった[116]。これに加えて、初期の手塚登場人物の絵柄をより記号化し、微妙な線の変化を用いて人物造形や表情のヴァリエーションを格段に増やした。流線や汗、擬音などの漫画的な記号も従来に比べて格段に増やしており、このような表現の幅の広さが、多数の人物が入り組む複雑な物語漫画で描くことを可能にし[117]、また絵柄の記号化を進めたことは、絵を学ばずとも記号表現を覚えることで、誰でも漫画を描くことができるという状況を作ることにもなった[118]。また物語という点において戦前漫画手塚漫画物語を隔てるものは「主人公の死」などをはじめとする悲劇性の導入であり、死やエロティシズムを作品に取り入れていったことで多様な物語世界を描くことを可能にし、以降の漫画界における物語の多様さを準備することになった[119]。

やっぱめちゃくちゃすごいんじゃね?知らんけど

anond:20231212162920

一般になんとか市販されている範囲でいうと

エロソフト「○作シリーズ」の主人公たちではなかろうか

anond:20231211194049

清潔感容姿の美醜は関係ないよ

例えば映画ゴールデンカムイは「服が綺麗過ぎる」とファンから批判されてたりするだろ?

あれは主人公イケメンだけど清潔感があったら駄目なやつ

2023-12-11

皆さん、私の人生を引き立てるNPCとして頑張っていますか?

あんまり舐めたマネはしないでくださいね主人公は私です

anond:20231211134735

遺作

臭作

『伊頭家シリーズ』の第2作目に当たる。前作の『遺作』と異なり、「臭作」は主人公としての登場である

https://amd-ryzen.hatenadiary.jp/entry/2019/09/29/192834

anond:20231211095858

> ■「弱者男性フェミニストちゃん(仮)」 こんな感じの漫画を描こうと思ってる。

主人公名前ジャックダニエル はどう?

東光さぁ

思い出せる限りの問題行動が

糞便を壁に塗りたくる(幼少期)

親戚の葬式発狂して今後全ての冠婚葬祭に呼ばれなくなる(幼少期)

スーパー看板に登って一緒に登った子と救出される(幼少期)

同じ年齢の子が描いた母親似顔絵クレヨンでぐしゃぐしゃに塗りたくる(幼少期)

熱中症搬送された病院発狂して医者に「虐待自閉症になったのでは」と疑われる(小学校

女性教師の前で股間をまさぐる(小学校

万引きする(小学校

未遂だけど食い逃げする(小学校

無賃乗車する(小学校

年金暮らしの家に不法侵入ホースで水を撒きまくる(小学校

飲食店に押し入り、オーダーメイド壁紙破壊し尽くす(小学校

女性教師の髪の匂いを嗅ぐ(中学校

手を洗わない生徒に「手を洗え」と言いまくり喧嘩になる(中学校

母親パソコン破壊する(中学校

これが小学校に置いてある漫画主人公のやる事か?

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