はてなキーワード: 不妊とは
私も子どもを持つ前は「虐待なんてあり得ない!!」と思ってたし、不妊治療中は「そんな親ではなく私のところに産まれてくれば良かったのに…」と泣いたこともあった。
数年の不妊治療を経て念願の第一子を授かり出産したあと、精神的に不安定になり(今思えば産後鬱)、子どもに危害を加えようとする寸前までいった話を載せます。
虐待はもちろん親が悪いけれど、でも、母親を一方的に攻めるだけでは、虐待の根本を解決できないんじゃないかな、という提言。
でも、初めての育児は想像以上に大変で、出産後数ヶ月は泣きまくっていた。
マニュアル人間な私は、妊娠中から育児書を読み漁り育児に備えていたが、まあ育児書通りに育児が進むわけではない…と、今なら普通に思えるけど、当時の私は、ずっと努力型優等生な人生を送っていたのもあり、何でこんなに育児書通りにやってるのにその通りにならないの!?とパニックの連続だった。
どんなに頑張っても母乳が出ない!
どんなに頑張っても泣き止ませられない!寝させられない!
そして、旦那と同居の義両親によって更に追い詰められることに。
同居の義両親には「母乳が出ないのは栄養が足りない、餅を食え」←母乳神話に更にプレッシャー、「そんなにすぐ抱いたらダメよー」←今は亡き抱き癖論に更に追い込まれる
唯一の味方であるはずの旦那は、当時仕事の繁忙期もありイライラMAX、夜泣きすると「うるさいから部屋を出てけ!」と言われる←今ならバカ旦那に言い返せるけど、その時は(泣かせる私が悪いんだ、迷惑かけないようにしなきゃ)と更に自分自身を責めた
想像していた"子どものいる生活"とは真逆で、毎日がとにかく辛かった。
そんなある晩のこと。
昨夜も夜通し夜泣きでほぼ一睡も寝られず、翌朝には義母に「昨日も良く泣いてたわね~、抱き癖が(以下略)母乳とミルクじゃあやっぱり母乳の方が(以下略)」と言われたその夜も夜泣きが酷く、横で寝ている旦那が舌打ちする中、私はこれ以上泣かせまいと必死に抱っこしていた。
抱っこすると泣き止む→下ろすと背中スイッチが入りギャン泣き→抱っこすると泣き止む→下ろすと背中スイッチが(以下略)
せめてもと、壁に寄りかかり座っての抱っこを試みるも、あえなく撃沈。
抱っこゆらゆらしか通用しない状態が続き、昼間の義母の話、イライラする旦那の顔が浮かんで数時間。
ふと、ある考えが頭をよぎった。
ベランダから落とせばどうなるかとか、そこまでは考えられなかった。
パンが無ければケーキを食べればいいじゃない、的なノリでそう思った。
ただ、泣き止ませられる!という一点での解決方法が思いつき、目の前がパァッと明るくなった感覚は今でも覚えている。
この状況を打開する、たった唯一の解決法が見つかったと。希望の光だと。
数秒後、(いやいやいや、死んじゃうよ!!ダメダメ!!)と我に返り自分の思考回路のヤバさに気付き、このあとめちゃくちゃ旦那を叩き起こした。ストレスや抱えてたものを泣きわめきながら吐き出したった。
旦那はこの時初めて私が悩んでいたことを知ったようだ(おせーよ)。
そのときの子どもも、今ではすっかりお兄ちゃんになり、もうすぐ小学生になる。
当たり前だけど、あのとき閃いた名案(その瞬間はそう思っていた)を実行にうつしていたら、今の幸せはなかったと思うとゾッとする。
結婚して2年が経った。
そろそろ子供が欲しいと思って半年過ぎたけど、うちはどうも不妊治療をしないと無理そう。
きっとすんなり出来ていたら、何の疑問も持たずに産んでいたと思う。
でも私たちは一人っ子同士、実家は遠方で、親の助けは得られそうもない。
お互い29才で世帯年収は650万程度。
子供が産まれたら数年は働けないことを考えると、経済的な不安もある。
不妊治療にかかるお金と時間を考えると積極的になれないでいる。
夫の帰宅はいつも遅くて、行為も週に1回が限界で、タイミング指導とかも意味なさそう。
結局のところ、私が心から欲しいとは思ってないんだろうな。
夫は結婚前からどちらでも良いと言っているから、最近はもうこのまま出来なくても良いかなと思う。
昔親友だった。
今は縁を切られている。
きっかけは私の妊娠。不妊で悩んでいて、先に妊娠した妹も疎んでいた。
彼女は20年前に上京して東京に住み始めてからおかしくなった。
昔はどちらかというと自分で何かを作るタイプだったのだが、物に囲まれたらあっという間に自分を見失ってしまった。
きらびやかな物で自分を飾り立てることに執心するようになり、一時は高額化粧品の販売員になったりしていた。
親友のよしみだし、ノルマの達成のためにと付き合いで何度か買ってやった。美顔器を勧めてきたあたりで買うのはやめた。
そのうちに、よくあるパターンで紐男と付き合い出し、結婚ステータスが欲しかった彼女はその男とは別れ、今度は社長クラスと付き合って結婚したいと考えるようになる。この時期私は凡人の夫と結婚している。
いんたーねっつに詳しい諸氏は、この危うさに勘付くと思う。
羽振りのいい時期はすぐに終わった。
それで、ご主人は今や情報商材を売りつけるコンサル()に転身した。
定期的にどこかの箱を借りて、数人のアドバイザー()とともに、稼げる方法!!のセミナーを開いている。
彼女はというと、オーガニック、マクロビ、まあそっち系に走り出した。妊娠を夢見て。
この手のアレに狂い出した人はどういう経緯を辿ってこうなってしまうのか、ブラックボックスだったが、なるほどね。
今は私とは関わらない世界にいる。ありがたいことだ。
娘と飲んでいたら、「ねぇお父さん。私ずっとお父さんのこと殺したかったんだよ。知ってた?」って囁かれたのが修羅場。
それまで最近のニュースだとかお互いの趣味の話とか普通の会話だったから思わずびびった。
何が怖いって、殺すなんて物騒なこと言ってるのに、娘は冷静でむしろ微笑んでさえいたってこと。
ニコニコしてる娘が急に薄気味悪くなって、一応なんでそんなことを言うのか聞いてみたんだよ。
そしたら、「お母さんに酷いことしたから」って言われた。
身に覚えがなくて正直困惑した。
確かに結婚当初は色々あったが、今はむしろ夫婦仲は良好で、そう頻繁にという訳ではないが食事や旅行に行ったりもする。
戸惑いが顔に出たんだろうな。
ニコニコしたままの娘が「酷いこと」の内容を話し出した。
「お父さんの実家に帰る時、お母さんと私を山中に置き去りにした」
「連絡手段はないし、お金もないから徒歩で街まで降りなくちゃいけなかった」
「お母さんが嫌だって言ってるのに×××した」
「私が隣に寝ていたのに×××を無理強いしてた」
「お母さん泣いてた」
話すほどに娘は生き生きとしてくるし、なんで娘がそんなこと知ってんのか分からなくてさ、頭がおかしくなりそうだった。
だって娘、その時1歳かそこらなんだよ。憶えている筈がない。
俺だって言われて思い出したくらいだし。
でも、憶えてるよって笑うんだよ。
姉貴が不妊で子供が欲しいっていうから、次女を養子に出そうとしたのも憶えてた。
親父が会食の際に娘を泥棒呼ばわりしたのも憶えてた。
俺がうっかり持ち帰った薬を次女が誤飲して死にかけたのも、タバコで火傷させたのも全部。
最初、嫁が娘に愚痴ってたのかなって思ったんだけど、嫁がその場にいなかった時のエピソードも出してきたから、本当に記憶があるんだろうな。
怖いし気持ち悪いしで黙っていたら、
「私、見ているからね」
「お父さんのこと、ずーっと見てるから」
って追撃されて、それでお開きになった。
今は当直を入れまくったり、休みの日も外出して極力家にいないようにしてる。
情けない話だが娘が怖い。
誰にも言えないのでここで吐き出す。
そんな昔のことを今更言われたって困る。
確かに俺は屑だっただろうが、今は嫁とうまくやれているし、子供だって2人育てたんだから上々だろ?
結果良ければ全て良しって言うし。
娘の粘着具合が怖いよ。
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アブラハムほど世界の諸宗教に影響を及ぼした人物はいません。ユダヤ教でもイスラム教でもキリスト教でもあがめられ,「聖書中の巨人」また「信仰の傑出した模範」と言われてきました。聖書では「信仰を持つ人すべての父」と呼ばれています。―ローマ 4:11。
アブラハムがそれほど高く評価されているのはなぜでしょうか。一つには,聖書中で神の友と呼ばれている唯一の人だからです。なんと3回もそう呼ばれているのです。―歴代第二 20:7,脚注。イザヤ 41:8。ヤコブ 2:23。
とはいえ,アブラハムは,他の面ではわたしたちと同様の普通の人でした。わたしたちと同じような問題に直面し,それらに首尾よく対処しました。
いくらタイミングとってもクロミッド飲んでもだめで、今日産婦人科行ったら卵巣性無排卵症だと言われた。
卵巣性無排卵症は原因不明で排卵せずに卵胞が残り続ける症状らしい。どうすればいいんだ。
人工授精は出来ないので体外受精になるかもしれない。体外受精は高い。
勤務先が2時間近く通勤にかかる場所なので、病院行くときは16時には会社を出ないといけず、いちいち申し立てしなきゃいけないのが辛い。
29歳、既婚。子どもを考えて2年。
恥ずかしながら自分の人生に子どもがいないことを想像したことがなかった。
まだ若いし、当然子どもが出来ると思っていた。まさか自分が不妊とは。
子どもを考え始めてからはいつ妊娠してもいいように転勤のない職種に転職した。給料や昇進の幅はだいぶ制限されたけど、夫は激務だし、お互いの両親は遠方で頼れない。転職先は子育て支援制度は充実していて、男性も育休取得や時短勤務者は結構いるくらいのホワイト企業だったから、自分も時短やリモートワークを駆使すれば育児や家事のほとんどを担当しても大丈夫だろうなと思ってた。
でも子どもができないまま2年が経った。
このまま子どもが出来ないのかもしれないと考え始めてから、子どものことを考えて転職してしまったことを悔しいと感じることが出てきてしまった。
転職前はバリバリ働いていて、年収もそれなりにもらってた。出張も多くて数ヶ月単位の海外赴任もあったけど、認められている感覚や、スキルがついていることが嬉しくて、特に辛くはなかった。
とはいえ子どもが出来たらそちらが優先だという気持ちではあったので、転職を決めた時もそこまで後腐れがあるわけではなかった。
だけど子どもが出来なくて、働きながらたまにふと、このままでいいのか?と思ってしまうことに気づいた。
子どもを諦めて元の業界に戻ることはできると思う。だけど年齢的には早めに戻らないと厳しい業界だと思う。
それでも子どもを完全に諦めるという決断が出来ない。自分だけで決められる話でもない。お互いの両親も孫を期待しているのがわかる。
それでも決断が出来ない。苦しい。
優生保護法の今の法律名が母体保護法なんだから、「保護」の対象が(法的要旨的には正に優生だったとしても)障碍者等だったのは間違いないだろ。言ってることとやってることが矛盾してるのはこの類の法案ではよくありがち。
「母体保護」でやってることはまだ生まれていない胎児の破棄であるし、「優生保護」の名目で行われた「保護処置」が不妊とかだったんだよ。
そこ、そこだよ。
優生保護法で「保護」されて同意なしに不妊なりの施術をされたのは、その対象者が俗にいうところの「禁治産者」に相当するような方々だったからだろ。
今でいうところの行為能力制限者で、未成年者とほとんど同義だ。
その行為能力制限を以てして性交渉などを制限するのが合憲だってーんなら、優生保護法も「合憲だった」になるんじゃねえの。
逆に、行為能力制限者であっても身体や精神などの生来の特性に由来する行為の制限は行ってはならないものであるという判断が下されるなら、それこそ「生来のロリビッチ」がいたとするならそれを規制する権利は誰にも無いんじゃないの?
ロリビッチはまあ冗談想定にしても、性決定なりが保護者との関係に依り設定されてしまうものではなく生まれた瞬間から自由意思において決定できるとするなら、まさに年齢制限ってダメなんじゃないの?
LGBTなんかで考えるとよりポリコレがロリを許容しなくてはいけないというロジックになりうる。
これってどうなんでしょうか。
優生保護法を違憲とすると、風桶レベルじゃなくて普通に2,3ステップで強姦罪の年齢要件が違憲って話にならない?
優生保護法の問題点が可視化されるリスクをどう受け止めるかについての権利侵害だった
というのであれば、今の強姦罪なんかに見られる年齢要件は当事者たちの自由意思を年齢
制限のみで縛っているということになるよな。
性成熟していなかったり精神的に未発達だったりといったことも挙げられるかと思うが、
それを言い出したら優生保護法は正にそういった事故意思決定権がそれほどなかった人た
ちがその対象者だったわけだし。
肉体的にも、精神的にも「不適」だとされていたから不妊の施術をされた。
性行為やら生殖活動行為の本来的な国民の権利としては年齢・肉体・精神そのいずれをも
ってしても制限を受けないというのであれば、強姦罪の年齢要件は撤廃されなきゃいけな
くならないか?
俺獣医師なんだけどね、今はさ、動物愛護法を見てもさ、犬猫は乱繁殖しないように避妊去勢手術が推奨されてるわけよ。
優生保護法の報道を見てるとさ、俺がじじいになった頃にはさ、当時(未来から見た現代)の強制不妊は酷い、動物の権利を強制的に奪っていて人としてどうかと思うとか言われるんじゃないかと微妙な気持ちになる。
まぁ今も国が提訴されているわけで、当時関わった医師が訴訟を起こされているわけでも報道で責められているわけでもないんだけど、かつては当たり前というか、それが良いとされていたものが時代を経るととんでもないとか言われるわけよね。
まぁ、犬猫の中性化手術をしないんならそもそもペットとしての飼育自体をやめろよと思うんだけど、100年後200年後の動物愛護ってどんな考え方なんだろうな。
ただ、それもまた更に100年経てば間違った考えってことになるのかもしれないし、後の時代になっても、この時代にその判断をしたことはおかしくないんだって言えるようにしっかり考えて責任持ってやっていくしかないやね。
妻(わたし)30代前半、夫は妻の6歳年上。
不妊治療を始めてから2年、半年ほど前からは顕微授精に挑戦している。
採卵3回、移植3回を経て、やっと先日「妊娠している」と医師から判定をいただくことができた。
もちろんとても嬉しかったのだが、何より夫がとても喜んでくれた。
妊娠しているとわかってから、夫はわたしの体調をとても気遣ってくれ、わたしが飲むもの・食べるものも常に心配りしてくれた。
こんなに喜んでくれる夫を見られたことが本当に嬉しかった。
が、先日胎児が5週の頃にクリニックへいったところ胎嚢確認できず、妊娠したら出るはずのホルモンの値も下がっていた。
着床には至ったものの、何らかの原因で胎嚢が育つ前に胚が死んでしまう化学流産と診断された。
化学流産はよくあることで、ほとんどの場合は受精卵の染色体異常が原因。わたしたちにはどうすることもできないらしい。
不妊治療に関する記事などを見ていると、多くの人が化学流産しているので、決して珍しいことではない。
胎嚢確認・心拍確認できてから残念ながら初期流産となってしまった方に比べると、心身ともにダメージも軽いほうだと思う。
ただ、とても悲しかったし、あんなに喜んでくれた夫に申し訳ない気持ちが出てきて仕方なかった。
本当は夫も泣きたいだろうに、何をしていても涙が出てしまうわたしの話をゆっくり聞いてくれ、寄り添ってくれた。感謝しかない。
わたしは不妊治療を経て自分の体のホルモン分泌系がとても弱いことを知っているし、着床障害の原因となるホルモンの異常があることも知っている。(投薬して治療しているが)
もしかして、わたしにまだ何か明かされていない他の原因があって、それがなければ化学流産せずに無事に育てて産んであげられたのではないか?
次移植したとして、また化学流産になったらどうしよう。
そもそも着床自体しなかったらどうしよう。
凍結している受精卵がすべてなくなったらどうしよう。
また医師に相談するつもりだけれど、今後を思うと不安で悲しくて仕方ない。
結婚、出産は私自身がしなくてもいいやと思ってたくらいなので。
「結婚したらすぐできると思ってたのにショック」
「知らなかった、聞いてない」
身近でも40くらいで簡単に妊娠できると考えてる人もいて、誰々(芸能人)も何歳で産んだからとか。
えっそれは初産じゃないよとか、それは不妊治療の末だよとかあったり。
私の別の知り合いでそれくらいの歳で不妊治療諦めた人もいるのに、状況は人によるけどなんか安易?な気がして。
優先順位が他のことで、最終的に遅くなったから苦労した、できなかった、とかはわかります。
希望しなかった、それを言いたくないけど、とかも別にいいと思う。