はてなキーワード: 理想像とは
でも、はがないのほうがウマい。明らかにこっちのほうが技術がないと書けない。
はがないのメンバーは、「濃い」故に集団からはじき出されてる側の存在で、
自分を規定してくれる「外側」を必要としない。だから好きなだけ閉じこもれる。
マクロって言うほどのもんでもないけれど、スクールカーストを無視しても存在できる。
人付き合いは煩わしい、でも何者にも成れない、一人では生存できない、だから学校の柵にとらわれている、そんな中高生の憧れる身近な理想像だ。彼らは生存戦略が不要な強者なのだ。(友達いないと「いろいろと鬱陶しい」あたりの言及が、必死度の違いを露骨にしめしている)
友達を欲すること「さえ」ろくにできない。抑圧強すぎ。でもすげーよくわかるぞその気持ち。
なんでこれ夜空が主人公じゃないんだろうと思うくらいにぼっちものの主人公に最適だ。
この作品で本質的にぼっちなのも、部活を作ったのも、最も切実なのも夜空だけであって、
私は夜空にすごく共感するんだけれどぼっちの奴らがこれ読んで、夜空に嫌悪感を感じてるって構図がすごい皮肉になってる。
お前ら他人に対しては常人と同じ程度の想像力しかないんだなー、と苦笑したくなる。
いや、そこが売れてる理由なんだと思う。ホント。
むしろ、他人からみたら自分は嫌悪するべき存在だという自覚はあるだろう。
というか、自分自身、自分のことをこれでいいとは思ってないだろう。
本当の自分はこんなんじゃないんだ-という思いがまぁ小鷹やら星奈への擬似的な共感に繋がる。
星奈は特にアイドル要素を多く兼ね備えており、自分をごまかすには最適な感情移入対象だろう。
最終的には、夜空の嫌な部分を受け入れられない限り、読者はこの作品から卒業できないんだけどな。
ちなみに一番好きなキャラは理科さんです。というか理科と小鳩以外好きじゃない。
俺ガイルは直球だ。
ぼっちってのは基本的に「濃い」のではなく「薄い」。
故にキモい。何考えてんのか分からない。これが基本。こっちが多数派。
その本来のぼっちと、はがない型の「個性強すぎるゆえに集団から排除される」型のぼっちを並立させ、
間に普通の人間を挟むことで、ぼっちが「全体の中でどこにいるのか」が分かるようになっている。
マクロというほどもないが、学校という小さな社会を描くことさえ拒否するはがないとは違う。
というか、はがないは「特殊なぼっち」のなかに「普通のぼっち」を混ぜるという構図が不自然というかもう悪趣味すぎて、「君に届け」と同じくらい気持ち悪い。
俺ガイルが自然というわけではないけれど、まぁ共感できるのはこっちだ。どうしても。
俺ガイルの面白さだが、メインの主人公については「あるある大百科」でしかない。少なくとも私にとっては。作家ならではの端的な表現で自分が感じてたもやもやが言語化されてすっきりするってのはあるけれど、新鮮味は少ない。どっちかというと、「ぼっち」から、一般人を観察して、どう感じるかって描写部分が面白い。いや、それよりも「片方からのぼっち」が「もう片方のぼっち」に感じる感情の描写が興味深い。
無職の人間が、ノマドバンザイ、フリーランス最高っていってるやつに投げかける視線。共感と嫉妬、諦めと憧れが混じったような複雑な感情、これは経験がない部分なので素直に楽しい。
僕自身ははがないをこんな風な目で見た事が無かったので、斬新な切り口で面白い文章だなと思った。
なのでちょっとこの文章いじくって遊んじゃおうかなって思います。
アニメがつまらないというか不愉快な出来なので仕方なく文庫を手にとって読んでますが、面白いすなぁこれ。強烈にグロテスク。
これ村上春樹が好きな人(特に初期)には受け入れがたい作品じゃないかと思うわ。村上春樹の小説に不純物を混ぜ混ぜ込んだゲテモノ食い料理にしか見えない。
ここまで言っておいて、
こんなフォロー入れちゃうのは、叩かれるのが怖いからかな?
何が面白いって普通の話と逆の方向に進んでいってるってところがいい。
たいていの物語は、未熟な登場人物が、イベントとか試練を越えて成長し、
って言ってるけれど。
「視野狭窄」で「自分だけの世界」に籠もってるなんて、キャラとして未熟もいいとこじゃない?
そういう風に自分の殻に籠もってた奴が、色んな人との触れ合いで心開いていく。なんて、世にごまんとあるストーリーだし。
むしろ、順行してるよね。
この一文で思ったんだけど。
要するにこの人が言いたいのは
初期のキャラ設定が好きだったのに、話進むにつれて段々キャラが変わって行ったのが嫌ってだけの話じゃないの?
その台詞言った人って、その後友人どころか彼女まで作ったって話ですぜ、親分。
初登場で「あたしも友達がほしいのよ!」と叫んだのは君の好きな初期状態の星奈だよ。
星奈がギャルゲにハマったのって、隣人部に入ってからだよね。この人のいう初期状態ってどこから、どこまで?
っていうか、現実の友達なんかギャルゲ以下って思ってるんなら、さっさと退部して家に籠もってゲームしてるだろ、星奈の場合。
トモちゃんに劣るし
「タカ」がいるじゃん。わざわざ、その為に隣人部作った様なもんだし。っていうかここでは夜空も例外じゃないんだね。
せめて「発明」にしようぜ、理科ってそこまで腐女子キャラでもないし。
っていうか理科も、隣人部行きたくないなら、それこそ理科室に籠もってるだろうよ。
あにきの方が格好良いし
眷属もいない
そう言えば、クラスメートには姫って呼ばれてたね。
っていうか夜空についてはトモちゃんを引き合いに出したのに、小鷹については触れないんだね。
つまらない事この上ない。
それは「君が見てて」って話じゃないの?
視野狭窄と言われようと何と言われようと、自分だけで世界を閉鎖系として完成させることができるなら、
今の状態こそが一番幸せじゃない?ね、みーくん。
そうだね、他人に何と言われようと、自分が幸せだと思う事をするのが重要だと思うよ、逆に言うなら、自分が思う幸せの形を押し付けちゃいけないよね、まーちゃん。
この人のいう、隣人部の結成時点ってどこだろうね?
夜空&小鷹コンビの時? 星奈が入った時? 小鳩が入るまで?
お前がそう思うんならそうなんだろうよ、おま(ry
嘘ついたって、傷つけるし、嫌われるし、潰されるけどね。
むしろそっちの方がよりルールとして広く活用されてるよね。
だけれども、その正直を許しあう、ただそれだけの関係。
特に夜空と星奈。
コミュニケーション?なにそれおいしいの?
そんな感じの人が一人なら良いけど、二人いるからねぇ……。
結果、一方の意見にもう一方がガンガン反対するっていう。ええ、あの二人ですよ。
あの状況下で誰にも手を出さない小鷹はある意味凄いよね。
うん、だからさ。それは単に君がキャラの初期設定が好きだったってだけの話じゃないの?
これを読んだ人は他にこんなものを読んでますの欄に「完全自殺マニュアル」「自殺サークル」「20歳の手記」が並んでても驚かないね。
これってブーメラン? もしかして君の本棚にある本を挙げたのかな?
ちなみに僕はどれも読んだ事無いよ。
叩かれないように予防線張りまくりの君の文章も、読んでて吐き気がするよ。
もちろん褒め言葉さ!
小鷹とカップルになりそうなのは、夜空、星奈、理科、幸村の四人だけど。
夜空とか、嬉々として二人の仲を裂きに行きそうだし。
星奈は、なんだかんだですぐに立ち直りそうだし。
幸村は、けなげに小鷹の舎弟続けそうだよね。
個人的にはこだかさんと夜空以外は、無理に友達なんかつくろうとせずに、
自分の世界に籠もる幸せは容認できるのに、皆と馴れ合っていく幸せは容認できないんだね。
結局この人もタイトル詐欺に引っ掛かった一人なんじゃないだろうか。
友達いなくても孤高に生きているキャラを期待して読んだら、最初の方はそれっぽいキャラ設定だったけど、結局馴れ合いみたいな感じで仲良くなっちゃって、なんだかんだ仲良しグループになったのが気に食わなかったとか?
作品だけじゃなくて、読者にまで毒吐いてるあたり、相当苛ついたんだろうね。
んでまぁ、そんな馴れ合い状態への嫌悪感を、叩かれないようにオブラートに包んで出来たのがこの文章。
僕の読解力だと、そんな感じにしか読み取れなかった。
夜空と星奈はガチでぶつかりあってるし、っていうかあれが馴れ合いだったら凄いわ。
小鳩とマリアもだね、こっちは見ててほほえましいけど。
理科は、小鷹に分かりやすいくらい分かりやすくアピールしている。
小鷹だって、隣人部の部員となぁなぁでの付き合いはしていない。
確かに、友人を作る事を目的にした部活で、具体的に友達を作る為に何かする訳でもなく。(小鷹はちょこちょこ頑張ってるけど)
実際には予行演習と称して、部員どうしで遊びに行きまくってるのに、
「もう俺らって友達じゃないの?」って所に触れてない辺りは馴れ合い臭いけどね。
だけど、友達作れない不器用な連中の、そんな馴れ合いは、少なくとも僕は見てて不快じゃない。
それをグロテスクと評したこの人は、きっと一切の馴れ合いを許せない孤高の人なのだろう。
要するに何が言いたいかと言うと、
次は堕落論とか白痴のエッセンスをラノベ化しないか?舞台は敗戦間際の仮想日本で、オタク活動にいそしむ4人のキリーロフね>作者様
アニメがつまらないというか不愉快な出来なので仕方なく文庫を手にとって読んでますが、面白いすなぁこれ。強烈にグロテスク。
これ村上春樹が好きな人(特に初期)には受け入れがたい作品じゃないかと思うわ。村上春樹の小説に不純物を混ぜ混ぜ込んだゲテモノ食い料理にしか見えない。
ちなみに私は村上春樹が大嫌いなので、こういう作品は大好きですよ。
いま1巻読み終わったところだけど、私的には1巻から3巻くらいまでが一番面白くてそれ以降は最終巻だけ読めばいいかな、と思ってる。
何が面白いって普通の話と逆の方向に進んでいってるってところがいい。
たいていの物語は、未熟な登場人物が、イベントとか試練を越えて成長し、
青春を卒業して大人への一歩を登り始めるあたりで、男坂のように打ち切られるという話ばかりなのに、
はがないときたら、初期状態が一番キャラの完成度が高い状態で、
それを崩してドロドロに溶かして新しい分子結合をつくろうって感じか。化学の実験のようだ。あるいはダメ蠱毒か。
不完全な印象があるキャラってこだかとよぞらくらいで、後はもうそのまんまでいいんじゃね?って思う。
別の話から持ってくると、人間強度が高いというやつですか? 全員がみそしるの主人公みたいな感じ。
己の信念に従って、求めるものを理解し、理想像をすでに見出している。
仮に現実で友だちを作ってもそれの劣化バージョンにしかならない。
現実なんざトモプラスに劣るし、トモちゃんに劣るし、BLより萌えないし、あにきの方が格好良いし、眷属もいない。つまらない事この上ない。
視野狭窄と言われようと何と言われようと、自分だけで世界を閉鎖系として完成させることができるなら、
今の状態こそが一番幸せじゃない?ね、みーくん。
現実においては己の正直は誰かを傷つけ、誰かに嫌われ、誰かに潰される。それが世の中のルール。
だけれども、その正直を許しあう、ただそれだけの関係。
チートと言うか、システムそのものをハックして、ルールをぶち壊しちゃった世界。
そんな世界があればいいよねぇ。 だいがくになってもげんしけんみたいなの欲しいよねぇ。
コミュニケーション?なにそれおいしいの?
twitterは自分が好きなことしゃべるツールであって、賛同以外のリプライは求めてないんですけど?
そういう所で、ついでに恋愛とかセックスもさせていただけると嬉しいですねぇ。
みたいな欲望ダダ漏れの世界観。己の人生を一瞬にかけるその覚悟。清々しいですわ。
いいね、実にいいね。時よ止まれ、今の俺が一番美しいって感じだね。
げんしけんをさらに非生産的に、さらにgdgdに、って発想がすごい。
もうタナトス願望が溢れまくってるね。
次は堕落論とか白痴のエッセンスをラノベ化しないか?舞台は敗戦間際の仮想日本で、オタク活動にいそしむ4人のキリーロフね>作者様
これを読んだ人は他にこんなものを読んでますの欄に「完全自殺マニュアル」「自殺サークル」「20歳の手記」が並んでても驚かないね。
コレ読んで「リア充」とか言って怒ってる人はすごい勘違いしてるよ。
こういうカタチのリア充になりたいなら、それこそ「練炭自殺掲示板」にでも行けばいいと思うよ。
そこで知り合った仲間と運良く恋仲になれれば生還できるんじゃね?って感じ。
・・・正直、読んでてこの乾き具合と生を求めての絶望的なあがきに吐き気がする。
個人的に気持ち悪いレベルで言うと、けいおん<げんしけん<家族計画<NightmareMaker<はがない<マトリクス<君に届けって感じで、
君に届けは私が知るかぎり最もグロテスクな物語で、あのグロテスクさはマトリクスを超えるけれど、はがないもなかなか。
はやく最終巻だけ読んでこの吐き気から解放されたい。(褒め言葉です。私はこの手の吐き気が大好き)
1つだけカップルが成立してこのぬるま湯地獄から脱出して幸せになった後、
残りのみんなは笑顔で自殺するという光景しか浮かばないけどな。
個人的にはこだかさんと夜空以外は、無理に友達なんかつくろうとせずに、
全自動否定製造機のはてな民が何を言おうと、『もしドラ』を270万部本を売って、4億3200万円稼いだハックルさんこと岩崎夏海先生は超絶空前絶後の勝ち組です。
でも、この世の中には、4億円を稼いでも満たされないものがあります。それが承認欲求です。
本当ならば、売れないアイドルのパトロンにでもなって、岩崎さんの怒張したドラッカーでハックルハックルしていればいいのです。
けれども、彼ははてダに書き続ける。はてなに何を書いても否定されるのは目に見えています。そんなところでブログを書くのは、3歳児に関節駆動式のガンプラを渡すようなものです。いずれ自尊心はひちゃめちゃのばらばらになってしまうでしょう。
以下の7のアクションをやってみましょう。僕も死にたくなった時がありますが、この17アクションをこなしたことで、宝くじがあたり、今では誰にも気付かれずに身長が20センチアップ、金玉袋が3倍の大きさになり、前田敦子を2で割ったような容姿の美しい恋人まで出来たのです!やってみる価値はあります。
この世にある93%の悩みは「いい女を抱く」or「ぶんなぐる」で解決するものです。北方先生だってそういっています。承認欲求だとか、髪が薄いとか、イノベーションだとか、そういうものは、高級ソープにいってとびきりの女を抱けば消えて失せるものです。
悩みのほとんどは取るに足らないものです。人生に意味なんてなく、意義だってありません。なのに、「こうあるべき」という理想像にとりつかれるから、悩むのです。そんな高尚な悩みを解決するには、とびきり低俗なことをするべきです。鏡の前で全裸となり、上等なちくわを尻にむんずとはさみあげ、目をひんむきながら、両の腕を天に振り上げ、「ハックル!ハックル!」と叫びましょう。ほとんどの悩みは意味のないものだとわかります。
はてダに自分の思いを投稿するのは、上等なほうれん草を肥溜めにつけこむようなもの。自尊心は否定ブコメにぐにゃぐにゃにされます。さらに、ハックルさんのブコメ欄は「どれだけ面白くハックルをDisるか」という壮大な大喜利コーナーになっています。おちょくり、否定、罵倒がぐららがあとぐららがあと押し寄せます。解決する方法?簡単です。今すぐパソコンを窓から投げ捨てること。
回復したら、Amebaでもはじめてください。
悪い点ばかりに気が向く人はいるものです。たとえどれだけの成功者でも薄毛は克服できません。悪い点ばかりに目を向ければ、どれだけうまくいっていてもネガティブな気持ちになります。
だから、良い点、今日良かったことを毎日ノートに書き綴りましょう。毎日です。「4億稼げた」「本が売れた」・・・良かったことを書き綴るのは心理学の実験でカウンセリング以上の効果があることがわかっています。 あなたは誰がどう客観的に見ても凄い。それを自分で認めましょう。
自分を理解してくれる友人、恋人よりも価値のある財産なんてこの世にありません。僕も一時はひどい状態でしたが、富岡さん(amazon 1980円)を購入し、毎日話しかけるようになってから、大分状態が改善しました。
医学的実験により、毎日のジョギングはうつ病薬と同じような効果があるとわかっています。しかも、副作用もなく、走り続ける限り効果は持続します。毎日走れば、こんな増田でひねくれた糞文章をひりだしている匿名野郎なんてどうでもよくなるものです。
これが最後のアクションです。復讐のために人生を生きるべきではありません。どれだけ憎んでも、あなたにドヤ顔で「お前さぁ、そんなんじゃ成功できないよ」と言ったできるビジネスパースン(笑)にダメージを与えることはできません。でも、自分を馬鹿にした相手にひりつくような一撃を与える方法があります。それは幸福に生きること、自分が頑張って成果を出し、成功すること、これ以上に自分を卑下した人間を叩きのめす方法はありません。だれがどう言おうと270万部は270万部なのですから。
もうハックルさんは持っているんですから、せいぜい幸福に生きていただけないでしょうか。
上から目線で語るあなたのような人も、下から目線で語る人も、どちらも根は同じ。プライドが高いってこと。
現在の自分が、(自分の高いプライドを満足させるような)望んだ自己像に近いものなら上から目線でものを言い、
現在の自分が、(自分の高いプライドを満足させられないような)望んだ自己像と遠いものなら下から目線でものを言う。
あなたも何かが起きて、自分の状況と望んでいる自己像とが乖離すれば、とたんに下から目線でものを言うようになると思うよ。
呼び方はなんでも良いけど、そういうものを心の糧にして生きてる場合、
なおかつ、その状況を変えられないと思ったときは、逃げるか、引きこもるか、死ぬかになる。
そういう脆弱さがある。
前回はオレが若手の頃のA部長のやんちゃぶりいや豪快ぶりを紹介した。
だが、このA部長、誰もがその遊びぶりに文句を言えないぐらい、仕事の優秀さは伝説的な人だった。
オレたちの部は、A部長がやってくるまでは、他の部署と比べてけっして利益の額は多くなかった。
A部長は就任早々に独自の戦略を立案し、徹底的に実行していくことで、わずか3年程度で全社でも稼ぎ頭の部署に育て上げた。
「いいか、タケシ。仕事で大事なのは、徹底的な論理的マインドとほんの少しの気合だ」
というのが彼の口癖だった。
当時、イケイケだった日本企業の中で、論理を前面に押し出すのは、かなり異端だった。
今思えば、A部長は当時から、既にアメリカやヨーロッパのビジネススタイルだった。
オレが米国出張中のある案件の交渉でグチャグチャになってしまい、deal breakの瀬戸際のピンチだったことがある。
今のようにEmailもなく、テレックスでのやりとりが主流だった時代、超高価だった国際電話をアメリカからA部長にかけて、指示を仰いだ。
オレは要点を要領よく説明し、A部長に
「どうすれば良いか?」
と聞いたところ、一言、
「タケシ、任せた」
と言われてあっさり電話を切られた。
その時は「何と無責任な上司だ!」と思ったが、オレはそこから巻き返して、何とか形にすることが出来た。
数年してから、オレは
「バーで仕事の話をするとは、低俗極まりない。5分だけ特別だ」
「オマエの国際電話での状況説明を聞いたら、オマエにしては珍しく、論点が全て整理されていた。強気が売りのオマエに足りないのは、逃げない勇気だけだった。獅子が子を崖から落とすじゃないが、オレは上司としてオマエの退路を断ってやったわけだ」
「そうは言っても、もし失敗していたら・・・」
「商社マンは信頼の上に成り立っている職業だ。その上司のオレが部下を信頼しなくてどうする?That’s allだ。さぁ、仕事の話はここまで」
と言われ、来日している著名なオペラ歌手のコンサートの話に戻ったのは今でも鮮明に覚えている。
とにかく豪快なオヤジだったが、自分のフィロソフィーを持っていた。
オレが若いころから、彼は常々オレにMBA留学をPUSHしてくれていた。
普通は部署に穴が開くから、なかなかこういう理解をしてくれる上司はいない。
何より
「勉強して仕事が出来るなら、苦労はない。あんなのは海外かぶれの奴が行くもの」
とMBA自体、怪しいものだと言う風潮もあった。
多くの企業にとって、エース級は社内に温存して留学させず、どちらかと言えば二番手グループで苦労した奴の夏休みのご褒美みたいなものだった。
きっとヨーロッパを周遊中に、各地で世界中のエリート連中と出会う中で、重要性を感じ取ったんだろう。
「タケシ、部署のことは心配せず、そろそろ社内の制度を使ってMBAを取って来い。」
「これからの時代は、MBAが国際ビジネスのパスポートになる。何より、オマエはまだまだ頭が足りない。英語で死ぬ気でディスカッションして、世界中に仲間を持て」
と言われた。精神力だけが取り柄だったオレに、頭脳を鍛えるきっかけを与えてくれた。
「でも、オマエは文化の香りがしないから、ヨーロッパと言うタイプじゃない。アメリカのスクールだな。ヨーロッパのスクールの推薦状は書いてやらない」
と言われたのは、納得行かないんだけどさ(笑)。
それでも、あの一言はいまだにオレの人生を変えた貴重な言葉だよ。
オレがビジネススクールから戻ってしばらくすると(オレは海外特命案件をを担当し、A部長とは違う部署になった)、社内ではA部長が次の人事で役員になるという噂があった。
「いくぞ、タケシ」
「役員の件は本当ですか?」
と聞いてみた。
「相変わらず酒の席上で仕事の話とは低俗な。それも極東の一企業の社内人事の話しなんて、オマエは何をしにアメリカに行っていたんだ?」
とあっさり切られたが、
「留学してマネジメントが何か少しはかじっただろ?オレには向いてないよ。晴耕雨読なんだな」
と言って、それからまったく脈略なくフランスの歴史やら農業の話を延々と聞かされた。
そうしたらさ、ある日、いきなりA部長は早期退職してしまったんだ!
オレは海外に出ていて送別を出来なかったんだが、しばらくすると、オフィスにどこかの海でA部長がサメと泳いでいる写真が送られて来た。
一緒に入っていた手紙によると、何でも、その後、フランスで暮らしていると言うじゃないか!!!
最初はビックリしたが、あの人らしいと言うかなんと言うか、地中海のクルーザーの上で美女を囲んでいるA部長の姿が容易に想像出来て、にやけてしまった。
名誉とか出世に興味を示さず、潔いgoing my wayな男の格好良さを感じたものだ。
あんな豪快なビジネスマンは、もうあの人が最後かもしれないな。
その後、世の中は変わり、コンプライアンスだといろいろと制約条件が増え、会社がどんどん個人を管理し、性悪説にたった人事管理が行われるようになった。
いや会社だけではなく、社会全体が出る杭を容赦なく打ち付けるようになってしまった。
実に生きにくい世の中だ。
A部長のことだから、こんな時代になることを見越していたのかもしれないな(きっと、今の時代ならA部長みたいなことをしていたら、仕事が出来ても処分されていただろう・・・)。
しかし、時代がどんなにルール社会や批判社会になっても、制約されすぎた圧迫の人生を送ってはならないと、オレは思う。
社会を安全かつ効率的に動かすためのルールであって、そんな手段としてのルールによって不必要に自分を制約しすぎたり、また稚拙な批判に怯える必要はない。
A部長も、あんな生き様だから、敵は多かった。最も本人は、敵だと認識していなかったようだが。
「S部長が経営会議でA部長について批判発言をしたみたいですよ」
「S部長って、いいワインをコレクションしてるんだろ。オレをワイン会に呼んでくれないかな?」
と言う感じだった。敵すらも愛してしまうと言うか、そもそも敵と言う概念が無かったのかもしれない。
一方で皆さんはどうだろうか?上司や先輩、客先の顔色ばかり見て、何とか失敗しないようにと、縮こまっていないか?
オレはこのブログでも言い続けているが、小さい失敗でくよくよしてないで、他人の目ばっかり気にしてないで、自分勝手に大胆に全力で人生という長いレースにぶつかって良いんだ。
困難も、苦しみも全身でそれを受け止めて立ち向かえば、きっと楽しい人生になる。
だから、恐れることなく、自信をもって、人生という壮大なレースにまい進して欲しい。
もう一つA部長を見習うべきところは、自分のフィロソフィー(哲学)やプリンシプル(主義、信条)を構築するということだ。
MBA的な研修で小手先のフレームワークや技術を学ぶのはほどほどにして、20代半ばぐらいからは、自分の振る舞い、判断の基軸となる哲学、信条をしっかりと作り始めるべきだ。
これは短期間でできるものではない。
膨大な量の知識と教養を身に着けて、そして、これまでの出会いや経験から、「人はどうあるべきか?」という自分なりの人の理想像を練り上げる大掛かりな行為だ。
哲学、歴史、文学、論理学などさまざまな分野のものをフルに動因して、この機軸は作り上げられる。
もちろん答えなんてないし、生きている間、それらは揺るぐことはなくとも、より深遠なものに円熟し続けるものだ。
A部長はずっとオレら若手にこのことの重要性を、夜に飲みながら教えてくれようとしていた。
オレも部下にこういう大胆な生き方、自分の哲学、主義を持つことを伝え、後世を育てて行くべき歳になってしまった(心は永遠に若手だ!!)。
ただ、これは手取り足取り教えることはできない。A部長とオレがそうだったように、いろいろな人との会話を通じて、つかんで行くしかないんだ。
オレも、こんな豪快な奴が少ない時代だからこそ、若い皆には、何とかオレの生き様を、ブログやTwitterで積極的に伝えてきているつもりだ。
またオレの部署の若手の部下らには、夜の遊び方は十分すぎるほど教えているつもりだ。
でもオレは、A部長と今ならビジネスの手腕なら良い勝負になるかと思うが、いかんせん、芸術、文化面がまだまだ弱い(笑)。
もっともA部長は、そんな勝負すら眼中にないだろうが。
「タケシ、ビジネスなんてほどほどにして、本を読め、音楽を聴け、食を味わえ、旅をしろ。何より今夜も人と出会え」
ちらりと見かけた、19歳でナンパされて処女を失った話を読んで。
今の夫にすら、断片的にしか話すことができなかった自分の体験を一度書き出してみたいと思った。
そうすれば自分の中で整理がつけられるんじゃないか、忘れられるんじゃないか、と。
欲を言えばそれを全く自分と無関係の誰かに読んで欲しかった。だからここに書いてみる。
処女を失ったのは高校3年の冬。相手とは2年の付き合いだった。
相手は12歳ぐらい((正確な年齢は最後まで知らなかった))年上の社会人。
チャット全盛期のインターネットで知り合い、オフ会で会った後に個人的に会いたいと誘われた。
そこでホイホイと一人で行ってしまった私が、今にして思えばとても無防備だった。
言い訳をすれば別に付き合って下さいとかではなく、学割でソフトを代わりに買ってほしいと頼まれたのでまぁいいか、と思ったのだけれど。
もちろん親には男の人と1:1で会うなどと言えるわけもなく、友達と遊んでくる、と嘘をついた。
その日になんとなく付き合ってほしい的なことを言われ、なんとなくいいかなと思って付き合うことになった。
相手は隣の県で、こちらは学生で。会いに行くのにも交通費が痛かった。
それでも3カ月に1度ほどは会いに行った。
地元で会うのはさすがに怖かったので必ず自分が出向いていたと思う。交通費の代わりにご飯とかはおごってもらった気がする。
書き忘れていたけれど異性と「付き合う」という経験はこれが初めてだった。
異性と話したり遊んだりすることは多い方だったし、片思いは何度もしていたけど、
そのうちに不意をつかれてファーストキス。雰囲気とかそういうものは一切なかった。
買い物中に少ししんどい、と目立たない休憩スペースに座り込んだので、隣に座ってたらいきなり、だった。
恋愛に夢を見ていたとか、理想像があったとか、そういう高校生ではなかったと思うし、
その時には既に「なんとなくいいかな」ではなく「好き」だと思っていたので別段落ち込んだりはしなかった。
ただもう、相手を見て、相手と話して、相手を想って、それだけで精一杯だった。
1年半ほどたった頃に、体調が悪いから、と相手の家でのデートを提案された。
これまたホイホイとついていった私が本当に信じられないぐらい無防備だけれど。
さすがにバカではなかった(と思いたい)ので、頭の片隅に「何かされるかも」程度の認識はあった。
でもそれよりも相手への信頼というか、疑うという行為が許されないほどの「好き」という気持ちがあったんだと思う。
一人暮らしの相手の家は散らかっていて、今でいうゲームオタク的な雰囲気があった。
ゲームが好きだったので、二人でタイピングゲームをしたりして、デートは普通に楽しんでいた。
後ろから抱きつかれたりもしたけど、それはそれで嬉しかったし、
そのついでに少し胸を触られたりもしたけれど、「嫌」だとは思わなかった。
ここまでされていればもう完全に体を許してるようなものだと自分でも思う。
高校生で初めての恋愛をしていた私には、そういうエッチなこと、はなんだか全然現実感のないもので、
胸を触られた時も気持ち良かったかと言えば正直覚えていない。そのくらいその時は頭が恋愛感情でいっぱいだった。
使えるはてな記法がよくわからなくて長くなったので続きます。→処女を失った時の話2
ある男がとても珍しいインコを見つけたと言って、ネットで発表した。そのインコは、金色に光った爪とエメラルドグリーン色に染まった体が透明さえも帯び、この世のものとは思えないほどの美しさだった。男の予想通り、そのインコは大評判になった。マスコミでも大きく話題になった。だが、普通ではありえない程の透明感を持ったインコだったので、何人かの人はそれが実際に生息するか懐疑的だった。当然の結果として、そのインコを売ってくれという人が何人か現れた。大学教授などの鳥類研究に携わる人間、野鳥好きの資産家など、多くの人々が競ってオークションが開催されるという話になった。
だが、問題があった。男は実際にそんなインコなど発見していなかったのである。つまりネットで発表したのは、限りなくリアルに見せた「絵」だったのである。しかし、男もここまで話題になってしまったからには引くに引けない。男はとりあえず時間をうまく引き伸ばしつつ、どう対処するべきか考えた。その間、マスコミでは、やっぱり嘘だったんじゃないか、という意見が一般的になってきた。ところが、1か月後のスポーツ新聞の一面には「インコ 実在した!!」と報じられたのである。
なぜか。
その男は考え抜いたあげく、男はその自分の想像で作り上げたインコを実際に作り上げてしまおうと考えた。インコを一匹買ってきて、自分の理想像へと「加工」した。脱色、入れ墨、パーツの入れ替え、骨削り等々、素人ながらもよく作り上げた。きっと家族はそれがかつて自分の子だったインコだと判断することはできないだろう。そのくらい変わってしまったのだ。写真と同じとまではいかないが、そこそこ似ている。男はそれを発表し、無事に自分の面目をつぶさずに済んだ。というわけだ。
そして、そのインコは買い取られてすぐ、テレビに出演することになった。画面に映されるインコ。なにかしゃべっている…。インコ、マイクを向けられる。
「ニセモノナンテイワセナイ ニセモノナンテイワセナイ ニセモノナンテイワセナイ…」
魔女の中にも救える救えないがあるかもしれない。というわけでねむりひめの13人目の魔女の話なんかを考えてみる。魔女たちですら、魔女どおしで仲良くすることで安らぎを得ることは多分可能。同人のように、やおいのように、ラノサイのように。ヴァーチャルにキャッキャウフフ空間を作ってそこでやすらぐことは許されてる。でも、そこには必ず13人目の魔女が生じる。
http://anond.hatelabo.jp/20090202175729
○「ライトノベルサイト杯」と題すると、「すべてのライトノベル読みから投票を集めている」との誤解を招くから、名称を変更せよ。
そりゃ本音が「ぼっちの俺のことも思い出してください、そっちから手を差し伸べて拾ってください」だからなぁ。
もちろん恥ずかしがりやで嫉妬深い彼は素直にそんなこと言えるわけがない。じゃあ実際にはどう発言したか。
ただ、あんまり見栄えのいい姿ばかり見てる/見せてると、勘違いしたりされたりしちゃうから、見たくないだろうところに私が鏡を向けてみせただけ。
どのみち、私ごとき弱小サイト主が他人になにかを強要することはできませんので、あとは主催サイドや第三者がどういう判断を下すか丸投げです。
まおゆう批判でもラノサイ杯批判でも彼が言ってることは全く同じ。
「俺が参加してないのに勝手に代表するな」さもなくば13人目の魔女としてお前たちに呪いをかけてやるということ。
素直に「ぼくはここにいるよ」「僕も仲間になりたい」って言えればいいんだけどそれができないくらいには自分のことが嫌いだし自信がない。
だから別のものに自分を仮託してそのモノに批判という形で自分の願望を語らせる。
どうやらFXMC氏は、ラノサイ杯に投票する人々は、様々な要素によって「中二病と内輪ネタが好きな論壇の人たち」に限定される、と考えているらしい。明記されてはいないが、kim-peace氏が主催する以上は、『平和の温故知新』を読んでおり、さらにkim-peace氏やその周辺の人々を嫌っていない人間、という層にも限定される、と考えている可能性が大きい。そして、こちらは明記されているが、自分のような人間は投票しづらい、とも書かれている。これのどこが「開かれた企画」なのか、とFXMC氏は糾弾しているらしい
そうなんだけど、私には彼はただ最初からずっと「仲間になりたそうにこっちを見ている」まものに見える。
「ボクは悪いなんとかじゃないよー」って言いたいのに、素直になれなくて襲いかかっちゃう的なアレ。結果として「残念、スライムとかスライムナイトなら可愛いし役に立つけど、君は態度悪いしいらないわ」って言われてしまう。そしてそのことで絶望してしまう。素直じゃないって事はそんなに罪なんだろうか。ネットでは、そうなんだよな、とつくづく思う。キャッキャウフフ空間というのは、ただそれが存在するだけで素直になれない人間、そこに参加できない人間に恐ろしいほどのプレッシャーや罪悪感を与えるのだ。
理由は書いていないが「ラノサイ杯はこうあるべきだ」という理想像があるらしいというのがわかる。繰り返すが、そうあるべき理由はどこにも書いていない。そして、自分の中の理想像と、現実のラノサイ杯とでずれている点を挙げて、そこが問題だ、と言っている。何度も繰り返すが、それがなぜ問題なのかはどこにも書いていない。
それが言えるなら、とっくにその人は救いへの道を歩いてる。それが出来ないから悩んでるのだ。
「少数者による専制は認めないという。別に専制じゃない、下の人間にだって役割があるし、革命権だってある、教育によってスキルを身につければ参加もできる。いや、教育がなくても意思さえあれば参加できる。大事なのは意思だ」みたいな話をしても信じられない。なぜなら自分には無理だから。でも自分が弱いからだとは認められないから。だから、自分の弱さを正当化してくれる何かを求めてる。それこそが帝国主義で全体主義だと言うのだろう。違うよ、ぜんぜん違うよ。あなたの問題はあなたがちょっと勇気を出して足を踏み出せば解決する可能で、あなたと一緒にされたら戦後日本人も被植民地の人も怒るよっていっても多分通じない。 彼の中では本当にその努力は報われない事になってるから。 甘えというのは簡単だけど、彼にとってそれが以下に困難なのだった。
腐女子に嫌われているのは「ある種の男にウケるような女らしさ」と言うより
「男にウケるような女らしさを目指している女(の自意識)」だと思う。
一時期女性誌でやたら「モテ服」とか言われてた時代があったけど、
ヲタ女界隈ではああいう「必死で男に媚びて男にモテようとする女」バッシングが凄い。最近なら「婚活女(これもちょっと古いか?)」とか。
かと言って見るからにキモヲタ容姿とか、3,40代になっても腐人生一筋高齢独身と言うのは「それはそれで痛い」扱いで、
「男に媚びる為ではなく自分が楽しむ為に化粧やお洒落を頑張っている美人」とか
「男にモテる事を一切意識せずに生きていたら、どっかの男に『そういう自然体の君が好き』とか言われて結婚。
結婚後も男に遠慮なんてせずに自分の人生(801でも他の事でも)を楽しんでる」が理想像。
どんな夢見る乙女だよ!って感じだけど。
そういう所はヲタ男の一部に共通すると思う。
ヲタ男にも、「女にモテようと女に媚びて女の望むイケメンになろうとしている男」にはなりたくない、
女の為に自分を変えると言う事が一切ない状態で、女が寄って来て「そんなあなたが好き」と言われる恋愛や結婚が理想、というのが一部いるよね。
首都圏に生まれ育って生活してる人間はカッペのライフスタイル馬鹿にしたりしないよ
何故かってどういうライフスタイルなのか知らないし想像つかないし興味も持たないもん
たまに映画やドラマなんか見て田舎のことに思いを馳せるとしても
せいぜい「空気がきれい」とか「人々がおだやかであたたかい」とか
カッペ、の中でも過敏な都会コンプレックスを抱えた一部の哀れなカッペは
自分が毎日毎日東京や首都圏のことばかり考えて興味津々なもんだから
ついつい逆も同じだと、つまり都会の人間も自分たち田舎のことに興味持ってると勘違いするし
こういうの思考の対象性というんだけど
「自分がこれだけ相手のこと考えてるんだから向こうも俺のことたくさん意識してるに決まってる」となり
はては「わざと無視しやがって」「馬鹿にしてるんだな」
みたいになっていく思考経路がわりと有名
またもし
こういう書き込みを本当に見たというなら
その書き手は都会の生活と田舎の生活を比較できる、つまり両方を知ってる人物であり、
それってどういうことかというとつまり
普段はあまりアニメを見ない人間なのだが、勧められて友達の録画を貸してもらって観た。8話まで観た段階の感想。
俺のスペック
・アニメはあんまり観ない。漫画も、数冊をコミックで定期的に買う程度
・友人にはSE等多し
登場人物の名前は一応Wikipediaで調べたのであってると思うけど、間違ってたらすいません。
結局、メッセージとしては「努力」「まじめ」が必ずしも報われないって事。人生楽しもうよってこと。
人生の優先順位は何なのか。仕事ってのは人生の手段であって目的では無い。ってことかな。
人間の精神が壊れるって事と、会社で働くって事が描かれている。
人間が働きすぎておかしくなっていく様子と周囲の人間の対応が描かれている(実際に、俺は自分の周囲で何人か見てる)
もちろん、物語風の脚色はされているし、他のオマージュ等もあるだろうけど。
以下、それなりの考察
・さやかについて
会社に入り、自分の夢、守るべき人、など諸々のために身を粉にして必死に働く。まじめに文句を言わず働く。
しかし、まじめさや一途さが過ぎるのか、自分の事を後回しにするあまりに結局自分自身が壊れてしまって
元も子もなくなる。適度に力を抜くということができない。いつも必死。俗に言う「社畜」。
何が一番重要なのか、本末転倒で人生の優先順位が間違っている。
「たまには力を抜いて休息を取ることが最終的にはプラスの結果になる」ってことを冷静に理屈で
理解できない。まじめさが報われると信じている。ただ単にまじめであることが価値だと思っている。
・まどかについて
そういった、まじめすぎたり働きすぎたりして壊れてしまう人の周囲にいる、トラブルメーカー。ぶっちゃけ、こいつが問題を大きくする。
偏見かもしれないが、たいてい女。まさに「まどか」のように、要領の得ない話をグダグダと言うしゃべり方をする。
現実世界では、壊れてしまう男の彼女か母親ってパターンが多い。彼や息子が壊れてしまうって
ことを理解できず、精神科にも行かせない。現実を受け入れられずに「ちょっと疲れてるだけだから」
とか言う。
冷静に解決策を考えることができずに、目先のことにあたふたして、変な信念で行動したりして余計に問題をややこしくする。
「まどか」本人は、必死で「さやか」のために尽くしているつもりだから余計に質が悪い。
それを言うと「私はこんなに彼のために尽くしてるのに!」みたいに切れるパターン多し。
でも、彼のことを考えているとかいいつつ、実際は自分のメンツ等の方が大事だったりする。
で、被害者ぶっていたり、「まどか」自身も引きずられて精神を壊したりして、
余計に被害が拡大する。アルコール依存の場合は「イネイブラー」に相当するかも。
・ほむらについて
正論を言う人。だいたい、第三者か、それほど親しくは無い(利害関係はあまりない)男の友人ってケース。
「病院に行くのが根本的な解決でしょ?それをせずにグダグダ悩んでも意味ないでしょ」
等を言う。俺個人としては「ほむら」に非常に共感するところ多し。
パターンとしては2つあって、介入して必死に頑張るケース(アニメで描かれるのと一致)と、
深入りすると自分も引きずり込まれるってわかってるから適度な距離を取りつつ冷静にアドバイスできることだけはするケース。
いわゆる一つの理想像。「さやか」との対比として登場し、正論を言う。
いや、「正論が通すことが常にベストでは無い」「必死にがんばることだけが人生では無い」という教訓。
適度に頑張りつつ、適度に力が抜けていて、良いキャラクターだと思う。まさに、理想の働き方かもね。
そういう理想像を目指したんだろうけど、結局競争が激しいからそんなの無理で、残ったのは男化した女だけだったってことでしょ。
国際競争に負けることを受け入れて生活レベル下げたり(17時で閉店するコンビニとか賞味期限切れの食品が普通に陳列してあるスーパーとか)、スペインみたいに若年失業率50%弱とか、そういう社会を受け入れなきゃ無理だけど、みんなそんなの嫌だってことだからじゃーどうしようもないねと。
別増田の言うように、無駄飯食ってるジーサンバーサンを活用するってのもアリだろうけど、それはそれで嫌だってのが現代。それに保育園利権とかで美味しい汁吸ってる人達は反発すると思う。
本質的に現代(日本)社会は将来から前借りして分不相応な豊かさを実現してるもんだと思う。みんな持続可能性なんて良く分からないから考えたくないし、考えてもどうせ自分は死ぬからどうでもいいし、そんなもん考える暇があったらせこせこ自分の資産積み上げた方が個人単位ではよっぽど安全だし。そもそも人間は心理学的に将来のリスクを過小評価するもん。
7大コネ
コネの代表格。最近ではホワイト度が高い会社ほど、使えないコネ。むしろ嫌われるコネになりつつある(使えない所もかなり多い)。但し、とにかく信用第一、安全第一な業界の場合は超鉄板。例えば、覚せい剤を取り扱う業務や、検査関係の業務の場合は、安全第一で人材を求める傾向がある為。コネというよりも五人組的な縛りを期待されている。入社後はコネに縛られる事が多くなる。転勤など断りにくい状態になる。
工場の周辺の住人などが、工場側の近隣対策的なことで採用される。工場としては障害者雇用と並び頭の痛い話。又、騒音や異臭などで周辺自治会や自治体との間の協定などで決まっていたりする場合も。他に、高卒では入社出来ない会社でも、地元高校の成績TOPだけが入れたりする場合もある。このコネが地域にオープンになっている場合は問題は無いが、特定の親族だけが利益を得たり、特定の人物の紹介状が必須だったりといったダークな一面もある。入社後もコネの威光は強い。
教授の一声で決まるプラチナコネ。OBからホンネを聞き出せていれば最強。教授の人間性によっては、たんに不人気企業への人身売買となる場合もあるので注意。入社後はコネに縛られる事は無いが、困った先輩や後輩がいると同一視されがち。
知人系(たんなる知り合い):
血縁には劣るものの、紹介者のパワーによっては影響力が大きいコネ。紹介者のパワーに左右されるので、最悪、コネでゲタを履いていたと思っていたら、毒物を背負わされている場合もあるので注意。入社後は、コネに縛られやすい。
入社希望の会社の内情を細かく知っている、もしくはそこの社員が、面接に有利に働く情報をくれる。例えば、英語をしゃべれます。というだけでなく、通販で細かい仕様を打ち合わせて、自分用にカスタマイズした機械(ラジコン)を輸入したが、希望のものと違ったので、電話でクレームを入れた後、返品の手続きを進めた。というエピソードを入れろだとか、顧客に接する時の心構えとして、社内で口酸っぱく言われている事を、ちょっと言い換えた形で、自分も心がけているようにしているだとか、人事部がどういう人材を求めているかは掴めないまでも、会社の中で求められる理想像のようなものを提供してくれる。面接でかなりリードできる。
コネというと何だかズルい響きがあるが、ようは人脈ということ。
企業は、学歴や成績は書類で解る。しかし、人間性、性格、信頼度などは面接で見るしかない。しかしコネがあれば、コネを通す人間の面接に合格しているのと同じ事。その人間の保証が付いた状態であれば、成績なんぞ多少悪くても問題無い。
いわゆる美男美女以外は「非モテ」という悲劇的な自己規定なり、
表層には同世代同士での過剰な理想像の絞り込みから来る金縛り的な悲劇があるわけですが、
その背景に社会的な「個と個の男女交際」への禁忌意識が見え隠れする点では
これ書いてるのが
冷泉彰彦さんという50代のおっさんであることに非常に救われた。
日本てずっとそういう側面があったんだ!とか
こういうのをトンチンカンじゃなくわかるおっさんも居るんだ!
とか思ったらとても嬉しかった。
心の拠り処とは、もう限界だダメだって思った時に心に思い浮かべて元気が出る対象のことなんだが、それは人だったり音楽だったりゲームだったりする。
この曲がなければ生きていけない!と本気で思ってる状態だ。まあ音楽やゲームにどっぷりつかるのは別にいい。
問題なのは人の場合だ。
ハマってる時は、その人のことで心がいっぱいで来たメールを何度も読み返してしあわせな気分になり、やる気が出るのだけれども、
効果が持続しない。ある日ふっと醒める。あの熱病状態っていったいなんなんだろう。相手からすれば急に温度が下がって戸惑っていると思う。
所詮は自分の心の隙間を埋めるために自分で理想像を作り上げていただけにすぎないのかもしれない。
嵌まらないパズルのピースをぴったり嵌まったと思い込んでいたことに気づく。
みんなそんなものなんだろうか?
■「初めて」の価値
まず言えるのは、相手の「初めて」をエスコートできるのは単純に楽しいということです。
これは性交渉に限らず、
どこか食べに連れて行くのでも、観劇に行くのでも、旅行に行くのでも
相手に何かサービスを提供した時に、相手が初めてであった方が、
既に誰かと経験済みであるよりも、ずっと嬉しいし、やりがいがあります。
「いろんな初めてを経験させて、相手の世界を広げるのは自分でありたい」
そう願うのは別に不自然なことではないと思います。
相手の「初めて」の相手が自分であって欲しいと望むのは
(エスコートされる側としては相手は経験豊富な方がいいかもしれませんが)
■性感について
「最初は痛いだけで、肉体的・精神的な習熟を重ねて(相手との信頼を深めて)で性感を発達させて行く」
と認識されていると思います。
相手が処女であった場合、男性側パートナーはその性感の育成を共に楽しめる
という利点があると思います。
またその方が相手に深い愛情を持つことができるとも思います。
例えて言うなら、
既に10歳まで育った状態で引き取った養子と、
0歳で養子にもらい、10歳まで育てた子とでは
もちろんどちらにも変わらない愛情を注げるのが人間の理想像であるとは思いますが、
それにこの例えで言うと、子供におかしな点が見られた時に、
10歳まで育てた別の人間の影響だろうかという心配をする必要がない。
そういう意味で、処女の方が交際相手として価値があると私は感じます。
「非処女は中古」と言って 経験済みの女性に過剰な攻撃性を発露する人の心情は
私にはわかりかねますが、それでも自分の率直な気持ちとして、
http://anond.hatelabo.jp/20100816074122
長すぎて導入と結論しか読んでないけど主旨は捉えた(つもり)
その上であなたに言いたいのは、
「「処女厨」趣味ってのは現実の相手を選ぶときの基準ではない」
と言うこと。
あなたが言ってるのはネットで観測される「処女厨」趣味についてだろうと決め付けた上で、
著名な炎上でいう「ナギ様」も「綾たん?(平野綾のオタ間の愛称が何か知らん)」も
萌えアニメやギャルゲーのメインヒロインの非処女設定というのは
風早君が爽子に愛想尽かし「イライラするんだよ!」と毒づいて他の女の子に行くようなもので
フィクションの理想像を踏み越えたからフィクションの消費者に拒絶される。
せっかくの超長文の前提を崩すのは心苦しいが
それこそ増田での不毛な「処女厨」論争の大半はこの前提を踏まえてないことに端を発すると思うので
いい加減みんなここを弁えて欲しい。
そういうのとは別レイヤーに、リアルに結婚相手を選ぶ上での処女志向というのは確かにある。
例えば宮○真司氏のように、援交少女や家出少女を長年賛美しておきながら
http://ameblo.jp/aquariangospel/entry-10207545885.html
という「処女性」の高い物件を選ぶような人物・戦略と言うのは普遍的に存在するけど、
重要なのはまずこの二つが方向性やレイヤーの違うものだと言う区別をキッチリつけること。
そもそも後者、「現実の結婚相手選びの基準としての処女志向者」は
むしろ隠し持っている。