はてなキーワード: 感謝とは
PlayStation®Network/Qriocity™ サービス停止期間中におかけしたご迷惑へのお詫びと、お待ちいただいたことに対する感謝の気持ちを込め「感謝とおわびのパッケージ」を、サービス全面再開時に無料にてご提供させていただきます。
「感謝とおわびのパッケージ」でご提供させていただく、コンテンツ/サービスは下記の通りとなります。
日本国内におけるPlayStation®Networkの全面再開をお待ちいただくことによる、ご不便とご迷惑、誠に申し訳ございません。 サービス全面再開までの期間、今しばらくお待ちくださいますよう、重ねてお願い申し上げます。
こういうお詫びは大歓迎だ。
いいぞ! もっと詫びろ!
まぁそういう人は「ぐぐれる人に聞こう」ってなるじゃない。
そこそこ的を得た検索結果をまんべんなく出してたら、「あいつに聞けばいいや」ってなるじゃない。
その結果、いつもメールとか電話が着信しっぱなしになるじゃない。
ちょっとデザインかじってたりweb作れたりすると、「簡単でいいから作ってよ」って人が寄ってくるじゃない。
「今時web作るのってタダでできることばっかりなんだから、全部無料で作ってよ。メシおごるから」とか言うじゃない。
「結婚式のウエルカムボード作って〜」「そういうの得意なんだよね?」とか言うじゃない。
さらにPCを自分の興味範囲で自作してたり、不具合の対応に慣れたりしてると、
「なんもしてないのに壊れたからなおして」っていう人が出てくるじゃない。
1日かけて普通に動くレベルまで調整して返したら「ありがとー、ごはんおごるわ」とか言うじゃない。
そういうのがエスカレートして、
とか言ってくるじゃない。
知らないって言ったら「調べて」って言うじゃない。ヘラヘラしながら。
試しに「それしたらなんかくれんの」って聞いたら「なんかおごる」とか言うじゃない。
なんで「なんかおごるから万引きの仕方教えてー」と言えるのかと考えたはじめたら悲しくなった。
次々と他愛もなく浴びせられる要求に、善意が枯渇していくのを感じた。
氾濫している情報から適切な情報を届けることに対して「タダでできそうラッキー」とか「安く買いたたける」としか考えていない人が、大勢いたんです。
感謝の言葉と「なんかおごる」程度の謝礼で、私に「都合のいい秘書になれ」「万引きをしろ」と簡単に言う人が、大勢いたんです。
これは5年前の話ですが、それ以来PCを介した情報を誰かに気軽に届けることに対し、身構えて知らない振りをすることが多くなりました。
私は未だに「ぐぐれない」人がたくさんいて、少しでも「なんかおごったらやってくれそうな人」を見つけたらそういう人達がダッシュで突っ込んでくるような気がしてならない。
自分が結婚したくないことと、何より子供が欲しくないという事実に向き合う羽目になって嫌だ…。
結婚までは我慢できるけど、子供は無理。本当に死ぬほど子供が欲しくない…。
自分自身でもこんなにいい親はいないって思うし、感謝してるのに、
どうして子供好きの母親に孫を作ってあげる気になれないんだろう。
その理由が生理的に男性が無理とか、そういった理由だったら仕方ないんだろうけど、
理由っていうのが…
あんなによく育ててもらったのに、どうして私はこんなふうに思うような子に育っちゃったんだろう…。最悪だ…。
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45: 嫌儲出戻り組歓迎スレッド おかえりなさい!! (81)
『まどか☆マギカ』 まどかウエハースを140枚購入してカードをコンプリートしたスレ民・・・ | やらおん!
上記の記事を見るに、どうやら25枚のカードを手に入れるためにウェハースを140個開けたスレ民がウェハースの魔女に食べられたようなんだ。というよりもはや本人が絶望してウェハースの魔女になりかねない。むしろ俺なら魔女化する。それにしてもこのシャルのやつかわいいな。
もうすぐビックリマンシール(第1弾)も復刻されるとかされないやらで、人々の蒐集欲はどの時代もとどまることを知らない。ビックリマンシールは第1弾の37種類に新キャラが3種類増えて全部で40種類。全部で40枚だったら…うん、ダブリも考慮して60枚ぐらい買えばコンプリートできそう!
さて、ここからちょっと算数の時間。苦手なひとや結果だけ知りたいひとは次の見出しまで跳躍してくれるといいよ。
この問題は「Coupon collector's problem」として有名な問題で、日本語だと「食玩問題」とか言われたりします。食玩ってあたりがなんだか日本の文化って感じ。
さて、全部で n 種類のシールがあるとして、1種類目を手に入れるために必要な購入回数を t1 、1種類目を手に入れてから2種類目を手に入れるために必要な購入回数を t2 、一般化して、k-1 種類目を手に入れてから k 種類目を手に入れるのに必要な購入回数を tk で表しましょう。するとコンプリートに必要な購入回数 T は t1 + t2 + ... + tn-1 + tn になりますね。あとはこの犠牲 T の期待値 E(T) を求めてやればいいことになります。そして期待値は足し算を分けて考えれる便利な性質があるので、それぞれの E(tk) を求めてやりましょうか。
確率 p で起きる事象が1回起きるまでの期待回数は 1/p ですね(幾何分布ってやつ)。確率0.5なら2回、確率0.1なら10回ってのは直観的にもなんとなーくわかってもらえそう。E(tk) は 全 n 種類のうち、まだもってない n-k+1 種類を引き当てるまでの期待回数なので、 (n-k+1)/n の逆数、つまり n/(n-k+1) です。
あとはこれを全部足し合わせると、次のようになります。
E(T) = E(t1) + E(t2) + ... + E(tn-1) + E(tn)
= n/n + n/(n-1) + ... + n/2 + n/1
= n ( 1/1 + 1/2 + ... + 1/(n-1) + 1/n )
これだと足し算がいっぱいあって計算しづらいのでちょこちょこっと大学数学の結果を使っちゃうと、ほぼ次のようになります。どうしてこうなるか知りたいひとは教科書でもみとけ。
E(T) = n ( log(n) + 0.5772 ) + 0.5
さて、上の式をEXCELにぶちこんで計算してみます。セル$A$1に全部で何種類かをいれて、次の算式をどこでもいいので適当なセルにコピペしてぽちっとな。
=$A$1*(ln($A$1)+0.5772)+0.5
では颯爽とセル$A$1に25と入力してみると…おっと、95.4019、え、96個…? たった25種類集めるのに…? どうしてこうなった…。
単純に考えて、ラスト1個を引き当てるためには平均して n 回の犠牲が必要。最後から2番目には平均して n/2 回、最後から3番目には平均して n/3 回。ではまどかカードの場合この3種類を集めるのに平均して 25 + 12.5 + 8.333 = 46 回必要です。裏を返すと、コンプリートまであと3種類!ってところまでは 96 - 46 = 50 回ぐらいでたどりつけるということです。なんてことでしょう。最後の3種類を集めるためだけにほぼそれまでと同じぐらいの回数をこなさなければいけないなんて。もう最後の3つは諦めてショップで買ったほうがいいんじゃね…。
ちなみに、セル$A$1にビックリマンシールの40種類を入力すると、172回という驚きの結果が返ってきます。一部界隈で非難轟々だったように復刻版は1個30円じゃなくて84円なので、およそ14500円かかるというわけですね。ひぇー…あ、いや、案外普通だった。大きいお兄さんならなんとかなるな。
ただし、ここではキラシールみたいなレア物の確率を考慮してないので、実際はもっと期待回数はあがるんじゃないかな。
計算が複雑になるのでここでは扱う気全くないですが、 x 個買った時にコンプリートできる確率ってのも当然考えることができます。こちらのサイトには導出のイメージと計算機が公開されてるので感謝しつつ計算してみましょう。冒頭のひとは140個目で揃ったということなので、
おまけの種類の数:25
これから欲しい数:25
これから買う数:139
として計算すると…0.9169とでました。つまり、139回の犠牲をはらってもコンプリートできない人は全体のおよそ 8.3% これは40人のクラスに3.3人ぐらいの計算ですね。たしかにだいぶ運が悪い方だとは思いますが、各クラスから3.3人も魔女が出てたらそれはそれは大変なこと。
知らなかったゆえに絶望して魔女化して魔法少女に倒されグリーフシードとして消費される。でもほむらちゃんにならわたし消費されてもいいかなって、ティヒヒ。
似たような話で、アイマスシンデレラガールズになぜ大きなお兄さんは大金を突っ込むのかって話が盛り上がってたのでご紹介だよ。最後の3枚を集めるのはほんと鬼畜だってばよ。
「お互いに助け合う素晴らしい制度」とか言ったってどうせ俺らはほぼ年金ももらえなければ、社会保障だって先細りなわけで。まやかし聞かされてる分余計に金を納めてることが腹立たしい。
「俺ら老人が若いころにつくった社会で生かしてやってんだ感謝して金出せやクズどもが」とか言われたほうがまだしょうがないかって気になるってもんだ。
こういう乱暴な言い方は無いにしても、今の若者が人のつくった仕組みの中で生きてることは間違いないわけで。
忘れないうちに幹事についてまとめる。
あとでトゥギャッターにでもしよう
本当に来ていただいた皆様には感謝
で今回は一応無事になんとか終わった印象。
少し私が顔とIDと経歴とを間違えてて不愉快にさせてしまった可能性は否めない案件はあって
hwoffについて、57人参加で運営上の大きなトラブルがないのは奇跡に近くて
それに甘えてる幹事な私。
普通このくらいの規模ならば、連絡なしのドタキャンが発生することは否めないし
可能性としては織り込まなければならない。
その場合にキャンセル料はどする?全額請求するのか、参加者につけ回すのか。
今回はドタキャン発生が皆無なのは本当にすばらしい、金銭的な収支も計算どおり。
実際はこれに対処する術をもっていない
現状1人でやってるってのは良くなくて、不測の事態が起きた時に対処が遅くなる。
本来ならばすでに1人でまわすことが無理あって
hwoffの参加者が行儀がいいだけの話。
なんで一人幹事ばかりなのかっていうと、話しあうとか意思疎通のコストが高いと思い込んでるから。
対人関係をうまく構築できないといってもいい。
運良けりゃ回るけど、最悪なことが起きた場合 例えば私が当日42度の熱出てほんとに動けないとか
そんな時を想定すると1人で回すのは愚の骨頂。
マネジメントみたいな話になると思うんだけど、もう少し
自分でやったほうが早いとかいってないで、自分の分身をつくらなきゃまずいよね 的な。
結局1hくらいはLTやってた、このあたりのバランスは確認したい。
全部に興味ある人はいないだろうし、それを考えるとLTを挟むことの是非とか。
もともとの趣旨は顔見せて集まることの少ないエンジニアの交流促進なわけで
そーすると無くてもいい事項か。
会費については5000円が妥当か。しゃぶ庵で3.5h専有して とか考えると
高いとは考えないが財布の状況を考えると軽食程度にして4kとかに抑えることも視野に。
今お越し頂いてる層が上は50くらい 下が19くらいなことを考えると微妙
大半は社会人なのを考えると5kにして、未成年とB2~M2まではキャッシュバックみたいな事を考えるか。
→コストどーすっかね。
例えば立食で軽食で4h専有できて60人でみたいなスペースはあるんじゃないか
しゃぶ庵のご飯は僕は好きだし美味しいと思うけど、それをメインにしてる人もいないのは事実
そーなると軽食のがいいのかしら。
これからの規模について
もし1人体制を改めるならより大きくする方向はありか無しか。
それとも縮小させるか。
すでにある程度顔見知りになってしまってる人が多いので
このまま回数重ねて同じ人ばっかりになるとコミュニケーションの方向性が内向きになることはやむを得ない。
すでに常連みたいな人は30人を超えてる。
そーなると新しい人が入りやすい、コミュニケーション取りやすく促進をはかるならば規模は増大させるほうが望ましkうはある。
いまの規模の制約条件は、私個人が幹事である、私の知り合いに基本声かかる 宣伝の問題なんか。
規模大きくすると、特徴性が薄くなるのは仕方ない。
もし来場者の満足度を最大限高める方法って。。?つうか顔見知りばかりなら僕が主催しなくてもいいよね。
もし規模を拡大するならば、親和性の高そうなところに声をかけるのはありではある。
例えばtggdとかUNIXのAndroidのとことかmbedのところとか
規模拡大させればいいこともあるし当然トラブルが増える可能性は非常に増大するよ。
定期的に開催することの意義はホントにあって
次いつやるかわからないよりは、来年もあるよね ってのが集客しやすいよね。来やすいだろうし。
会場にお願いの連絡いれて12/21にATND立ててしばらくはtwitterで広告みたいな感じか。
なので
もし来年も動くならば、それも一人でやらないなら少なくとも12/15くらいには動き始めようね 的な。
ということで乱文ですがざっと今回の0128hwoffの思うところでした。
翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。
彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである。
村上的ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツをアイロンがけしている、など)が
突然非日常(不思議な電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。
言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、
たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。
村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界のあいだで翻訳をしている。
言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ。
村上の車の後部座席に戻ろう。
多くの企業の本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。
およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。
木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。
靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。
自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。
同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。
(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)
オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。
山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。
室内のもう一つの棚には村上の人生と作品にまつわる思い出の品々がある。
彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニー・ウォーカーを描いたマグカップ。
はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真(1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。
壁にはレイモンド・カーヴァーの写真、グレン・グードのポスター、ジャズの巨匠の肖像がいくつか。
村上がもっとも好きなミュージシャン、テノールサキソフォンのスタン・ゲッツの写真もある。
私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。
『1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である。
それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。
同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。
村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。
「オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」
彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。
「シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから、日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」
「シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。
彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。
「The Many Sides of Gene Pitney」。
カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカのクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。
村上は13歳の時、このレコードを神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。
針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初のヒット曲「Town Without Pity」。
劇的な、ホルンの即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。
「若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」
終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。
『1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。
彼は読み直したといい、それは退屈だったという。
(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)
「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマック・マッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間が人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」
『1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」
「オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。
「ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分は政治好きな人間だと思うけれど、政治的メッセージを誰かに向けることはない。」
とはいえ村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治的メッセージを大々的に言明している。
2009年、批判のなか彼はイスラエルでエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルとパレスチナについて語った。
この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本の原子力行政を批判した。
一度目はまったくの被害者としてだったが。
バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。
「市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」
演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。
人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。
「これは日本にとって転機になると、日本人のほとんどが考えていると思う」
「悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格と目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」
その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国をモデルケースとして見ているのか、と尋ねた。
「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」
地下鉄サリン事件、阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。
地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。
彼は深さのメタファーを多用することで知られる。
登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。
(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。
毎日机に向かい、集中力に満たされたトランス状態の中で、村上は村上的キャラクターになる。
それは、自らの無意識の洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である。
「僕は東京に住んでいる。ニューヨークやロサンジェルスやロンドンやパリのように文明的といっていい世界だ。
魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。
魔法的リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。
書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」
執筆しないとき、自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。
彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。
彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。
人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。
実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。
1995年サリンガス事件があったとき、村上は被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、
その結果を分厚い2冊組の本として出版した。
のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語に翻訳された。
この会話が終わったとき、村上はランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日のランニングを通して学んだ」と彼は書いている)
身軽で、安定していて、実践的だ。
たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上は自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。
それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。
そんな言い方をした理由はすぐに分かった。
というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。
もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、
地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。
道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。
そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。
上へ、上へ、上へ。
しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。
海ははるか下に見えた。
それは秘められた巨大な水世界、日本とアメリカのあいだの、人が住まない世界だ。
その日見たかぎり、水面は静かだった。
そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。
大通りのサーフショップ、漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。
空気は湿っていて塩のにおいがした。
私たちは並んで浜まで走った。
村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。
セミについても話をした。
何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。
走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂のエアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。
最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。
が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。
飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。
最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。
見たことがないほど変な蝶だった。
浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、
私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。
それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。
蝶が去ってまもなく、村上は階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。
見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分のボトルから水を飲み、私を見上げて言った。
「日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」
土曜日になってようやくまともな食事をとったばかりです。
メールボックスは、たぶん読むことはないだろうメッセージでいっぱいになっています。
疲れましたが、私は幸せです。
読者の皆さんが自分の声を政治家に伝えられるようにすることであり、
どちらも成功裏に終わりました。
私たちが用意したツールを使って800万人もの人が自分の地域の議員の連絡先を確認し、
ソーシャルメディアではさらに何百万人もの人が自分の意見を発言しました。
何千人ものジャーナリストがウィキペディアの黒い画面をはりだして記事を書きました。
ここで一度、何が起こったのかをちゃんと理解しておくことが重要だと思います。
私たちの立つ足元が、大きく揺れ動いたのですから。
ジャーナリストは古いメディアと新しいメディアの衝突としてこの出来事を見ていますが、それは間違いです。
彼らがそういう見方をするのは、ふつうの出来事はそうやって動くからです。
元Sunlight財団のClay Johnson氏は、
「こんにち、自分の業界にとって有効な法案を通しワシントンから旅立たせるためには、適切なロビイストに金を払い、適切なキャンペーンをはり、適切な法案を適切なときに書かなければならない」
と言っています。
ちょうど同じように、アメリカ映画協会会長で元上院議員のChris Dodd氏は、ウィキペディアのブラックアウトを評して
「権力の濫用。IT業界の利益を守るため、ユーザを痛めつけ企業の駒として使う行為」と呼びました。
彼にとってこの問題は金と利益に関わる衝突にしか見えないようです。
NPR、 Associated Press、Fox Newsといった報道機関がすべて、この闘いを、
ハリウッド対シリコンバレーと銘打って伝えたのも、そのためです。
Bloomberg が、テレビ・映画・音楽業界がワシントンで使っているお金と、Google と Facebook の支出とを比べているのも、そのためです。
このブラックアウトはプレイヤーを増やしただけであって、また同じゲームが続くのだろうと想像しているのです。
そうではないのです。
インターネットで流れてきたClay Shirky 氏の講演をご紹介しましょう。発言を引用します。
SOPAとPIPAで危機に瀕するのは、ウェブサイトだけでもその所有者だけでもない。私たちが、一人の人間として、他の誰かとものごとを共有してよいという保証がおびやかされているのです。
私たちこそが、SOPAとPIPAに監視される対象になります。インターネット上で最大のコンテンツ生産者は Google でも Yahoo でもなく、私たちだからです。
私たちはそれが本当だと知っています。
ブラックアウトを主導したのは、 GoogleやYahooやFacebookやTwitterのCEOでもなく、ウィキメディア財団でもなかったからです。
ブラックアウトを主導したのは、普通のインターネットユーザでした。
その中心にいたのは、Osarius さん、 SiPlus さん、 FT2 さん、 Titoxd さん、 Fluffernutter さんといった人たちでした。
ウィキペディアがSOPAとの闘いに加わったのは、巨大な利益のためでも、資金のためでもはありません。
ウィキペディアは非営利組織によって(コントロールされているのではなく)運営されています。
そこには守るべき企業利益はなく、著作権侵害で資金を得ることはありません。
Reddit は、リンクを共有しコメントを付けあう人々の集まりです。
Metafilter も Tumblr も Craigslist も Cheesburger network も Oatmeal も 4chan も identi.ca も同じです。
どれも巨大企業ではありません。
15年以上にわたって、インターネットは普通の人々にコンテンツ製作の手段を提供してきました。
私たちがインターネットを使って作るのは、時にはかわいい猫の写真であったり、時には世界最大の百科事典であったりします。
時には腐敗した体制を倒すために使ったりもします。
昨日起こったのは、世界中のインターネットユーザが自分の声を見つけたということです。
自分たちの自由をおびやかす人たちに対して闘うための声を。
著作権侵害が問題であることは確かであり、被害を受ける人たちが自分の問題を解決したいと思うのは当然のことです。
しかし、彼らの問題は、普通の人々が自分を表現し、共有し、学ぶ力を守ることほどに重要ではありません。
聞くところでは、議会はIT企業とユーザに意見を尋ねに来るようです。
何が欲しいのか。
SOPAとPIPAをどう変えれば満足するのか。
OPENにすればいいのか。
新しい法案を作るべきか。
ウィキペディアがブラックアウトで伝えたかったこと、そして他の対SOPA・PIPAの行動が伝えたかったのは、
「ネット上の著作権侵害を撲滅する方法について話し合おう」ではありません。
「これだけ大事なインターネットを壊すな。私たちがこれまでどおり働けるようにしろ。学び、作り、共有できるようにしろ」です。
ここで、ブラックアウトに関わった皆様に感謝したいと思います。
下記に並べた人たちは、私が一緒に働いた、または働くのを見た人たちです。
関わっていたのにご自分の名前がなかったとしても、感謝をお届けしたものとお考えください :-)
無作為な順序で: Luke Faraone, Jan Ainali, Puki, André Savik, Dcoetzee, Vituzzu, Stacey Merrick, Dan Rosenthal, Michael Snow, Sumana Harihareswara, Wikitanvir, Jim Redmond, Kaganer, PeterSymonds, Mikołka, ZeaForUs, Spiritia, Iliev, Anubhab91, Ali, Haidar Khan, Joan manel, Davidpar, Cameta, Mormegil, Okino, Sir48, Giftpflanze, Rbmj, Tecsie, BreadMaker, Antonorsi, Mariadelcarmenpatricia, Huji, Tommikovala, Nikerabbit, Lamiot, Seb35, Zetud, Amire80, Rekp, איש המרק, Eranb, עידן ד, Trần Nguyễn Minh Huy, Itzike, Vibhijain, Ruy Pugliesi, Roberta F., Tgr, Kelly Kay, Pagony, Alensha, William Surya Permana, Gombang, Gregorovius, Civvì, Gnumarcoo, Austroungarika, Miya, Whym, Takot, Melberg, Omshivaprakash, Idh0854, Freebiekr, Diagramma Della Verita, RajeshPandey, Mathonius, Romaine, Mwpnl, Whaledad, Wpedzich, Sp5uhe, Przemub, Ency, Przykuta, Teles, Vitor Mazuco, Lvova, OC Ripper, Euriditi, Maduixa, Wikiwind, Јованвб, A1, Олег-літред, Violetbonmua, Prenn, Cheers!, Sameboat, Tbayer (WMF), OhanaUnited, Tom Morris, Wdchk, Sarah Stierch, Risker, Billinghurst, NuclearWarfare, Jimmy Wales, Orionist, Ryan Kaldari, John Du Hart, Aaron Schulz, Kat Walsh, Cherian Tinu, Mike Godwin, Jim Burger, David Gerard, Johnuniq, James Forrester, Prodego, Fluffernutter, Dana Isokawa, Fae, Andrew Lih, Brandon Harris, Jeremyb, Michelle Paulson, DeltaQuad, Pete Forsyth, Fetchcomms, Heather Walls, Rachel Farrand, CMBJ, Erik Moeller, Fifelfoo, James Alexander, Itzik Edri, Katie Horn, Iván Martínez, Matthias Schindler, Ben Hartshorne, Jon Davies, Anthere, Slobodan Jakoski, Victorgrigas, Dimce, Jerry-Yuyu, Patricia Morales, Stephen LaPorte, Varnent, Lennart Guldbrandsson, Neil Kandalgaonkar, Greg Maxwell, Ian Baker, Jeandré, Howie Fung, Ryan Faulkner, Beatriz Busaniche, Philippe Beaudette, Ziko van Dijk, Oliver Keyes, Dimce Grozdanoski, Keegan, André, Guillaume Paumier, Maggie Dennis, Mentifisto, Phoebe Ayers, Arne Klempert, Mike Peel, Gorilla Warfare, Geoff Brigham, Swarm, Peter Gehres, Megan Hernandez, Leslie Harms, Tomasz Finc, Pretzels, Jay Walsh, Whenaxis, Liberaler Humanist, Sam Klein, Andrew Gray, Fifelfoo, Zack Exley, Katie Filbert, Victor Vasiliev, Guy Chapman, Avi, Kenneth/MD, Stu West, Harry, Ryan Lane, Josh Lim, Matthew Roth, Richard Symons, Gayle Karen Young, Yuvaraj Pandian, Evangeline Han, Milos Rancic, James Hare, Adrienne Alix, Samat, Tomasz Ganicz, FT2, Alessio Guidetti, Galileo Vidoni, David Richfield, Alison Wheeler, Siska Doviana, Erlend Bjoertvedt, Анастасия Львова, Steven Walling, Casey Brown, Tim Starling, Patrick Reilly, Arthur Richards, Asaf Bartov, Alolita Sharma, CT Woo – そしてもちろん、ブラックアウトの決定をした、1800人の英語版ウィキペディアンの皆さん。
enWPのブラックアウトを支援するために抗議行動をしてくださった、次の姉妹プロジェクトにもお礼申し上げます:アルバニア語版ウィキペディア、アラビア語版ウィキペディア、ブルガリア語版ウィキペディア、カタルーニャ語版ウィキペディア、中国語版ウィキペディア、クロアチア語版ウィキペディア、オランダ語版ウィキペディア、グルジア語版ウィキペディア、ドイツ語版ウィキペディア、ギリシア語版ウィキペディア、日本語版ウィキペディア、韓国語版ウィキペディア、インドネシア語版ウィキペディア、イタリア語版ウィキペディア、ノルウェイ語版ウィキペディア、ポルトガル語版ウィキペディア、ロシア語版ウィキペディア、セルビア語版ウィキペディア、スペイン語版ウィキペディア、スウェーデン語版ウィキペディア、ウクライナ語版ウィキペディア、ベトナム語版ウィキペディア、ウィキメディアコモンズ。
先に結論から書くと、グローバル化のことは、「外資系社員ではなくて、中小企業のオヤジに聞け」ということ。
外資系の人は、大企業の人間に聞くよりはマシだろうけれど、かなりのポジショントークにならざるを得ない。
日本が好きで、日本のことを思い、本当にヤバいという焦りの気持ちを、叩かれるのを覚悟で率直に伝えてくれたのだとしたら
私はむしろ感謝すべきなのかもしれない。それでもあえて苦言を呈したい。
論点が盛大にずれている。というかこれポジショントークだよ。
彼は正しく現実を観て、正しいことを言ってるとは思うけれど、意識的にか無意識的にか、自分のポジションの価値を上げるよう誘導する表現をしている。
グローバル化についてはドラッカーがまだ邦訳されてない論文でこういうことを言っている。適当に要約するとこんな感じ。
まるでグローバル化そのものに価値があって、それに適応することが自分の価値を高めるかのようなことをまくし立てる愚か者のことだ。
グローバル化と呼ばれる流れで変わるのは、単に競合が国内にとどまらなくなるということだけだ。
どれだけ価値を生み出せるか、どれだけ高い生産性を保つか、という今まで私がしてきた問こそが重要であるという事実は変わらない。
新しい競合と比べて、より高い価値を提供できるか、それだけが問題なのだ。
英語や最新のテクノロジーをみにつけても価値を提供できない奴は結局職を失うことになる。
グローバルという言葉に踊らされ、目新しいことをそのものに価値があると信じて意味のない努力をするのではなく、
今まで通り、目の前の客に少しでも価値のある仕事を提供するに自分をどう磨いていくかを考えろ。
繰り返す。グローバル化や最新テクノロジーそのものは技術の変化にすぎず、イノベーションではない。
イノベーションとは現在のサービスの価値を高め、新たな顧客を生み出す変化のことであり、それこそが重要なのだ。
考えなしに新しいテクノロジに乗り出せば成果が得られると思うやつは、考えなしに多角化して失敗した一世代前のエグゼクティブから何も学んでいない。
言ってることは上のtogetterと同じだ。でも印象が違ってくるのではないか?
どちらの説を取るにせよ価値のない仕事をしている、競合と比べて費用対効果が悪いバックオフィスは切られる。この結果は変わらない。
結果が同じならそれでいいじゃないか、という人もいるかも知れないが、そういう考えだと、外資系の人だけが潤うだけだ。
ドラッカーは上の人のように、グローバル化に乗り遅れなければ助かる、というようなミスリードはしていない。
英語なんぞを頑張るよりは、世界に誇れる仕事をして、新しい価値を生み出すことを考えろ。
何でもアメリカルールに揃えようとするな、それよりは自分らしいやり方で独自の価値で勝負しろ、と言っている。
上記記事は、失礼ながら形だけ見たら植民地化された国で、まっさきに奴隷監視役を請け負って中間支配でおいしい目を見ようとする類の人と変わらないように思う。
彼は善意でこういうことを書いてくれたと思うからこそ、この手の微妙な話は伝え方に気を使って欲しい。ちゃんと真実を、誤解のないように伝えて欲しいと思う。
ぶっちゃけ、彼の言いかただと日本やばいですよと煽った挙句に、問題は解決しないどころかよりドツボにはめる結果になりそうだ。
そして彼のような人だけが儲かる結果になる。そういう結果になった時、自分の言った発言に責任が取れるのだろうか。
せっかく外資系で、日本の中に閉じこもってる人より世界の現実を見てるんだったら、
いかにして日本はアメリカ流に屈せずに自立自存の道を歩めるかまでちゃんと「自分の頭で考えて」それを伝えて欲しい。そういう議論ができるのが外資系のいいところとちゃうの?
これって日本を知らないアメリカ人が自分たちの作法が絶対的に優れてるという前提で語ってることを、日本人側として素直に受け入れちゃってるような気がしてならない。
上の記事の人にはすみません。言いがかりみたいな記事を書いてしましました。完全に憂さ晴らしです本当にありがとうございました。
私が勤めてるSI企業ってのは、この人の何倍も腐ったアメリカマンセーなコンサルタントさんがですねうわなにw
なんだかんだ偉そうに言ってるシステム屋より、実際に海外と勝負して売れる価値を作ってる彼らのほうが偉いし、ずっとよく物事を考えてる。
10代の頃から実家を出て、目指している処にひたすら近づこうとがむしゃらに努力した。
結果、小銭程度は稼げるレベルになったがとてもじゃないがそれ一本じゃ生きて行けない。
年齢的に別軸のスキルを磨かないとこのまま詰むのが見えてきたのが23。
でも目指す処を諦める踏ん切りがつかず、中途半端に続けながら同時に生きるためのスキルを磨いていた。
自分のことをよく知っている人間からは、「すごいね」「良かったじゃん」「好きなことしてるお前はいいよな」等々、
「でしょ」「やっぱ好きなことしないとね」と当たり障りのない返答で受け流していたが当事者としてはそれどころじゃなかった。
一日でも早くソレで生きていける安心・自信みたいなものが欲しかったから、ソレがない現状、毎日が不安と将来への恐怖で一杯だった。
仲の良い友人達と数年ぶりに飲む機会があった時、「クリスマスは彼女(彼氏)かな~」
その時は、純粋に「いいなぁ」と思えたが今なら「脳内お花畑だなぁ」と思うだろう。自分は嫌なヤツになった。
そんな焦燥の日々に疲れたのが25歳。
その頃は今まで目指していた処のコトは考えるのはやめ、現実的に別軸のスキルに全力を注いだ。
結果その業界で細々と生きていけるだけのスキル・諸々は得られた。
アルバイトから正社員へ。今まで欲しかった安心が少しだけ貰えた。
だが、数年勤めてそこを辞めてしまった。
その会社は典型的な搾取システムで、実働の若い世代を言葉で騙し、釣って、飼い殺し、捨てる。
上の役職は長いスパンで変わっていないのが納得する会社だった。「どこの会社もこんなもの」と折り合いが付けられなかった。
そんな会社でも人間性が保てている人、尊敬できる人に出会えたので感謝するべきなのだろうが、あそこの人間とはもう関わりたくない。
それからそこを辞めたタイミングでニートになった。墓まで持っていくであろう汚点も作った。
このままじゃ駄目だと思った。だから出来るだけ深く深く、自分を内観した。
今までのスキルはあまり活かせないが、やりたい事が見つかった。
そして、色んな人達のおかげでアルバイトだがなんとか社会復帰できた。
そして必死で働いた。自分の時間はなくて当たり前の日々だった。
ある日仕事を任された。興味があったしやりがいがある。本当にやりたい仕事の範疇だが、それではやりたい仕事のスキルが伸びないのでいつか見切りをつけて、
責任も増えた。
だが失敗した。「自己研鑽が足りなかった」と答えは出ているが、その時間を作れなかった。
そんな事を考える余裕すら無かった。
今念願のやりたかった仕事をしているが、本当にやりたかった仕事なのか疑問に思えてきた。
「逃げ・甘え・危機管理能力の無さ・青臭い」色んなことが頭をよぎる。
なんか疲れた。
まあ本人に真面目さや必死さが足りないって言うのはその通りだけど
昔はそういうのでもいい歳になると適当に相手見繕って世話焼いてくれたんでしょ?
いいよねそういうの。
昔は暇で世話好きなおばちゃんがその役割をしていたんだろう。
見合いの減少は、そういったおばちゃんの減少の影響もあるのだろう。
・若者がプライバシーを重視するようになり、おばちゃんの干渉を「ウザい」と拒否する例が増えた。
・夫の収入の悪化でパートなどの労働に出なくてはならなくなり、若者に構う暇が無くなった。
・夫の収入に余裕があっても、若者に構ってウザがられるより余った時間でお小遣い稼ぎをして、
自分たちの暮らしを良くする方がよっぽど良いじゃないかと思うようになった。
・仲を取り持った結婚が失敗し、結局離婚してしまった場合、人から恨まれるリスクがあることに気付いた。
非婚化が進んだんじゃないの。
仲人が結婚の責任の引き受けを拒否することで、結婚した当人が結婚によるトラブル等の責任を負わなくてはならなくなる。
恋愛によってつくられる楽しい思い出は、結婚後の重責に苦しむ当人たちに癒しや救いを与える。
子供を預けて恋人時代のようにデートをし若い頃を思い出すことは、重責による夫婦関係破綻の回避に役立つ。
「恋愛は要らない、結婚だけしたい」という人間と結婚するのは避けた方が賢明だと思う。
・ATM
・産む機械
・無料家政婦
といった、自分の欲求を満たすツールとして「しか」見てもらえないからだ。
もちろん、夫婦生活を維持する上で、お互いが一定以上の有益さ・機能性を維持するのは必要なことだ。
ただそれらの働きに対する「感謝」や「愛情」を受けられず、機械的に使役され続けると大抵の人間の心は壊れる。
壊れない自信がある人なら是非高機能なツールになることを目指し、同じく壊れない自信のある異性の高機能ツールを探して結婚すればいいと思う。
「結婚は要らない、恋愛だけしたい」という人間もまた、性処理(男の場合)や、従属的なチヤホヤ&お姫様扱い(女の場合)しか求めていないので気を付けた方が良いだろう。
橋下徹がやっていなかったら、もっと悲惨なことになってたんだよな。そうだよな。
昨日もやもやして眠れなかったけど考え抜いて分かった
私たち人間が日々誰かをdisり、disられ忘れ去られた過去の淘汰され弱者の存在の上に幸せがある
「一番の仕返しは幸せになること」という言葉は自分の中だけでそう思うならともかく
他人にそれを言った時点で
「いままでいじめられた分、強くなったべ。俺たちに感謝しなさい」という言葉と同質の
自分の今まで他人に行ってきた過去の仕打ちを棚に上げておきながら、他人にモラルを求める
恥を知らない言葉だと気づいた
あの人がクラスでいじめられていなければ、ターゲットは私だったかもしれない
あの人がパラハラを受ける的になっていなければ、ターゲットは私だったかもしれない
あの人が殴られていなければ、ターゲットは私だったかもしれない
そうやって過去に誰かが代わりに犠牲になってくれたからこそ、幸せは壊されなかった
過去そして現在の弱者の犠牲の積み重ねの上に私たちの幸せは成り立っている
己の恥を知りつつそれでも「一番の仕返しは幸せになること」と言うのと
ただRTされた言葉が何となく良さげだから何も考えず、今まで他人に行ってきた過去の仕打ちを棚に上げて
「一番の仕返しは幸せになること」と笑顔で言うのではまったく違うし、言われる側にもそれは見透かされるだろう
無意識に他人にモラルを押し付けて優越感を感じたくてそう言ってる人と、励ましたいけど自分の頭で考えた言葉が無くて
「機会平等」と「結果平等」という言葉があるが、日本人(特に教師)は「子供のうちなら結果平等が実現するはず」という幻想を持っている。
しかし子供こそ「むきだしにされた素養の塊」であり、大人同様に平等とはほど遠い。
子供の結果平等に夢を見ている教師や社会は、出来過ぎてクラスで浮いてしまう「浮きこぼれ」の存在を憎む。
浮きこぼれそうな子供たちは、その憎しみを受けないために、"普通の子"のふりをして埋没しながら義務教育期間を過ごす。
今の世の中で力を握っているのは元浮きこぼれや、普通の子に擬態していた子供が成長した大人たちだ。
能力主義、成果主義、見える化、リストラといった流れは、子供時代に不遇だった元浮きこぼれたちの「無能な多数派への復讐」なのではないか。
彼らはおのれの能力によって勝ち取ったものを絶対に他人にシェアしない。「天賦の才」を、自分のためにしか使わないのだ。
なぜ自分が選ばれ、才を与えられたのか、彼らは考えず、感謝も求めず、ただただ人生というゲームで無双プレイを楽しみ、憂さ晴らしをし続ける。
彼らが大衆を憎むのは、子供の頃に教師や社会によってされたことへの復讐だ。
東大受験のやつ釣りだったのかよ・・・。かなりショックだ。なんなんだよ。
あいつに感動して、負けてられん、俺もがんばらなきゃって会計士の勉強始めた。
今回なんとか公認会計士試験一次試験合格して、今から2次試験に向けてがんばろうって思ってたところだった。
バイトもやめて勉強に専念してるから、金がすごい勢いで減ってて、1回で受からないとヤバいとかで
精神かなり磨り減りながらだけど、あいつも頑張ってるし俺もって思ってた。
勉強と関係のない記述が増えだしてからはブログを見に行ってなかったけれど、久々にあいつの話題が出たと思ったらこれかよ。
思った以上にショックだ。
勝手に信じたのはこっちだし、
今ネガティブな感情を持つと自分に響く、今は裏切られたとは言うまい。
そのために絶対に合格してやる。
やっぱりどうしてもネガティブになってしまう。恨みに頼ってしまう。
今の自分には何も他に支えがない。
薄い付き合いだったからもしかしたらもう忘れられてるかもしれない。
薄くても心の慰めだった友人との付き合いを切ってまで挑戦してる自分を振り返ると、
はしごを外されたような気分になって頭が痛い。
もちろん俺のこの記事も釣りかもしれない。今は無視しておいてくれ。
俺はあいつみたいに毎日ブログを書いてる余裕はない。リアクションも何も出来ない。
そのかわり、結果出したらドヤ顔で叫んでやる。
じゃあこれからまた頑張る。