はてなキーワード: ふるさととは
アメリカの報道見てると右も左も「愛国心」を持っていて、馬鹿でも一つの信念になってる。
その内実はそれぞれ違うんだろうが。
日本でもネトウヨが噴き上がっていたころは愛国心が一つの軸になるかと思ったが、徐々にその内実が「作られた伝統」「利権者擁護」に過ぎないことがバレてきて鎮静化してしまった。
司馬遼太郎が昔、「愛国心というのはそんなに複雑なもんではなくて、ふるさとを馬鹿にされたときに抱く素朴な怒りの感情だ」という趣旨のことを言っていたことがあったが、個人主義が進み過ぎてふるさとに何の愛着もない。そもそも隣近所の人の顔すら知らないんだからどうしようもない。
ここまで書いてて気づいたが、「愛国心」が何だと言う以前に、「国」「日本国」とは何かという点がものすごく曖昧だな。
アメリカは建国者が明確な理念を持って作った国だから、「アメリカとは何か」と問われれば建国の理念を思い起こすことができるのだろう。
日本は大昔の王権や豪族が自分の利権を守るために形成していった国だから、こういうのが無い。
戦後憲法の理念をそれに代置できるかと言われると、押し付け憲法論を採らないとしても、結局西洋で作られた理念を具体化したものだから、それが「日本の理念」と言われてもピンと来ないところがある。
ゆっきーが大阪に来る! 関東から出てくる! この機会を逃すと、もう一生ゆっきーと会えないかもしれない!
と思って、大枚はたいて大阪市立大学の大学祭(銀杏祭)に行ってきた。11月3日のことである。
今年生でゆっきーを見たのは2回目だ。1回目は4月、『華枕』の舞台にて。まだRoseliaの話が世に出る前のことである。
それからゆっきーは大躍進で、すっかり遠い存在になってしまった。遠いわ……。
久しぶりに見たゆっきーはやっぱり可愛くて、福田さんも健在だった。二人三脚で頑張っている姿を見ると涙がこみ上げてくる。
トークは……ゆっきーは自分でも言っていたが、いじるのが好きなんだろうね。
司会者が軽音の女の子と歌を歌う男の子だったが、ゆっきーの方から二人に質問するシーンも多かった。
いや、申し訳ないが、君たち二人にはあまり興味がない。男の子の方は恐縮していたが。
ゆっきーの性格的な問題もあるが、君たち二人がもっと質問したり話を盛り上げないからああいう流れになるんやで。
ゆっきーの話は、
・ベースを始めたが弾き方がわからず、半年くらいずっと親指だけで弾いていた。
・和歌山の魅力はみかんにある。あと、白浜にパンダがいる。(by 有田みかんのふるさと果実アンバサダー代表)
・モデル時代の服は自分で買うんだぞ。くれと言えばくれるケースもあるかもだけど、私はもらったことがない。
・講演会かー。15分くらいで話すことがなくなりそうだ。
くらいかな。少ないなぁ。
後はやはり、ゆっきーの方から客席に質問するシーンが多かった。どんな部活があるのかとか、変な講義はあるのかとか。
君たちのプロジェクションマッピングの話とか、正直あまり興味がない。ああでも、無人島に探検に行く話は惹かれたな。
あそこで「ゆっきーは無人島は行ったことある!?」とか聞いてくれたらなぁ。「ねーよ」で終わりそうだが、それがいい。
まあ、もっとゆっきーのことを知りたかったが、ゆっきーが楽しそうだったからいいや。可愛かった。
時間もね。14時から15時までだったが、15時前に終わってね。
ステージはその後、予定がなくて、だからといって延びてはいけないが、いまいち盛り上がらずに終わってしまった印象。
質問コーナーが、すでにしたベースの話の繰り返しになってしまったのも、トークが単調になってしまった原因の一つかも。
My竹馬は持っていないのですかとか、そういう話なら日頃開けない引き出しから見たことのないものが出てきたかもしれない。
そういえば、400人くらい見に来ていた。
その中でダムで沈んでしまう村の桜を移植して再生する、っていう事業があったのね
そしてその桜を移植して、そこは第二のふるさとになったっていう話で、結構感動したんだけど
でもそこでは間違いなくふるさとは壊れてて
でも新しいふるさととしての桜が生まれた、というエピソードなんだけど
俺は地元愛とか持ってないんだけど
これ見て、ふるさとってじゃあ、後天的に人々が決める、共有するものなんじゃなかろうかと
俺はまだ地元愛とか持ってないけど、いずれ何がしかの経験、コミュニケーションの中で守りたい地域が出てくる
普通の場合でも、ふるさとって長くそこに住んだ経験があって初めて
(意識的か無意識的かはおいといても)「ふるさと」へとなっていく、守りたいと自覚できるようになる
生まれた場所として最初から決まっているとか、親によって決まるものでもないんじゃないか
どこかに住みついて、そこの人とコミュニケーションをとって、愛着を持つようになる過程でふるさとになる
ということに意識がいくと、こういうことを支援したり、そうしたふるさとの意識を持った人々がふるさとを守るため
あるいはこの場合は、新しいふるさとを他の人々と共有するため行動を起こす
新潟市西区は幼少の頃より自分の住んでいる地域であり、小針駅は毎朝通勤に利用する最寄り駅である。そんな身近な地域で凄惨な事件があった。
なんとなく落ち着かず、自分のブログに書こうとしたのだけど、結局こっちに書くことにした。
5月7日は用事があって、ゴールデンウィーク明けにもかかわらず22時くらいまで新潟駅の近くで飲んでいた。
その日の新潟市は、報道からもわかる通り一日中雨で、そんな中を酔った体で小針駅から家まで歩くのはだるいということで、電車の定期券を持っていながらも、バス停からの距離が短いという理由でバスでの帰宅を選択したのだった。時間帯的に、もしそのまま電車に乗っていたら事故に遭遇していたのかも知れない。
家に着いてから、Twitterかなにかで越後線人身事故のことを知る。小学生の女子が亡くなったとか、線路に横たわっていたとか、その程度の情報だったはず。
そのときは「未来があったはずなのに残念だなぁ。あまりに遅い時間だけど、家でいやなことがあったのかなぁ、自殺なのかなぁ」くらいにしか思わなかった。自分の中で勝手に、ふざけていたのか、それかいやなことがあって踏切で寝転んでの事故か自殺だと思い込んでいた。
翌朝は、なにも思うことなく小針駅から新潟駅付近へ出勤した。いつもだいたい遅れて到着する越後線も、その日は特にダイヤが乱れることもなかったし、5月8日の朝だけはいつもの朝と同じ感覚であった。しかし以降、情報が明らかになるにつれ、きな臭い情報が目につき始めることになる。
現場が踏切でも駅でもない線路の真ん中で、被害者は電車に轢かれたときにはすでに亡くなっていたという。これだけならば、自動車事故を起こした人間が、事故をごまかすために線路に放置したという筋の話の推測として理解できたが、よく聞けば首を絞められて殺されていたと言う。
えもいわれぬ気持ちになった。自分の住んでいるところから徒歩圏内で起こった凄惨な事件。事故か自殺だと思っていたら殺人事件だったのである(仮に小学生2年生の女子が自殺したというものでも大事件なのだけど)。一斉にニュースやワイドショーはトップニュースで報じ始めた。
幼少の頃から見知っているなじみの風景が、深刻な顔のレポーターや犯罪評論家とともにテレビから映されるというのは不思議なものだと思った。毎朝乗っている電車の車窓から見える、普段は誰もいない道に、多くの報道陣がうごめいているというのも、これもやはり不思議な気持ちになる。このとき、ワイドショーの被写体になる側の気持ちというのは少し理解できた気がした。
今まで特になにも考えず平和だなと思って暮らしていたものの、聞けば不審者情報は度々あったようである。警察による情報戦のせいかもしれないが、容疑者とは違う風体の情報も寄せられていたという。さらにいえば事件のあとも寄せられているとか。容疑者が捕まっても地域にはまだ不安が残る。
翻って、もしかしてその不審者情報が自分のことを言っていたら……など考えてしまうのもアラサー男性としては仕方のないことであろう。自分にとってはただの散歩でも(ごめんなさいポケモンGoです)、端から見たら不審者として疑われかねないというのは、それだけで自分の足を重くさせる。自分は不審者ではない、ということを意識してしまうと、一層不審者のような動きになるような気もする。
この期間は、ただただ地域へ不安感をまき散らし未だ現れない犯人へのいらだち、生まれ育った地域を汚されたという憤り、そして被害者へのやり場のない悲しみを抱えていた。
友人との会話の中で「高校生ぐらいの歳だったら、俺らで犯人捜したり、パトロールしようぜ」っていう会話をしたのだが、これは紛れもなく本心であった。アラサーなのでやらないが。
重要参考人が連行され、逮捕状が請求されたという報道が流れた。正直ほっとした反面「彼がえん罪であったらどうしよう」だったり、「ふるさと村(道の駅)での県警の確保の仕方はいかがなものだったのか」という感情もうっすらと有った。
14日深夜に逮捕状は執行され、容疑者として捜査本部のある新潟西警察署に身柄が移送された。西署には、幼少期に財布を落としたときと車の名義変更のために車庫証明取ったときくらいにしか行ったことはないが、風景はよくわかる。昔NHK新潟局にいたアナウンサーが今は日テレのキャスターか、などと思いながら、やはり不思議な気持ちで画面を見ていた。
容疑者を見て「白いワゴン車や黒づくめの50代くらいの不審者の情報は容疑者を安心させて泳がせるための情報だったのかなぁ…」みたいなことは思った。
このあたりから容疑者についての情報が様々明らかになっていく。
容疑者の出身高校は、私の母校でありそして出身学科も自分と同じであった。地域だけでなく、母校すらも汚された感じがした。
被害者に車がぶつかって動転して首を絞めたという。それ自体おかしい話な気がするが、そもそもなぜその時間帯に車に乗っていたのか。無断欠勤してなにをしていたのか。
話題の中心は日大アメフト部や改めて加計学園の話題に移り、世の関心が薄れるにつれて地域も落ち着いてきたようにも見える。しかし、毎朝の車窓からは献花台も目に入るし、まだ非常線の張ってあるところもある。
振り上げた拳を下ろせない、という表現はよく聞くが、今もまだ自分は振り上げたくても振り上げるわけにいかない拳を握っているように思う。そして、その拳を解きたいが故に文章を書きたいと思った。
家族とも仲が良いし友達もたくさんいるけど、やっぱり故郷が嫌い。その理由を3つ吐き出させていただく。
田舎へのヘイトっぽいけどあくまでも私の故郷へのヘイトなのでご容赦くださいな。
都会の人はジジババの運転怖いっていうけど、車のるしかないんだ…。まぁ突っ込むコンビニも通行人もないけど。
こんな田舎だからちょっと勉強できる子は、中学出たら独り暮らしが当たり前。正直寂しかった。自分の子供にはさせられない。
理由2 親戚だらけ 知人だらけ
親戚と行っても普通は付き合いが途絶えるレベルなんだけど、近くに住んでいるせいで何かと顔を会わせることが多い。
プライバシーもくそもない。みんな過去の話を知ってるので黒歴史に蓋なんかできないよ!
若い人に多いんだけど、"I♥○○"みたいな感じで故郷への愛着=正義っていう感覚がある。ヤンキーにありがち?同級生(27歳)の車には○○サイコーみたいなステッカー貼ってある。
近所のおっさんが兄に「長男が故郷捨てて金儲けてそんなにえらいんか」と説教しとった。兄は大学こそ出てるけど薄給だしもうけてなんかない。家族のためになんとか安定した職業にたどり着き、縁もゆかりもない場所で一生懸命働いている。
当たり前の水準が上がってるこの時代に、この田舎でなんの仕事があるというんだろう。そういうことも飲み込んで故郷に戻る人もいる。それは立派なことだと思う。そのおっさんも色々我慢して故郷を守り続けてきた思いがあるんだろう。
色々かいたけど、なにもかも嫌いな訳じゃないし排他的な人ばかりじゃない。むしろ今は若い人の生き方に寛容になってると思う。
結局私自身が故郷が嫌いなことを受け入れられない。三つ子の魂百までって感じで、故郷嫌いというのに抵抗がある。故郷にアイデンテティが支配されとる。生まれ育った場所にすぎないのに。
会社の慰安旅行でゲストで呼ばれていっしょにいった親会社のおっさん。
宴席でなんか歌えっていわれて、曲は忘れたけど、その曲に合わせて譜割りの同じ童謡を番ごとに変えて歌うという荒業を繰り出したのをふと思い出す。
「どんぐりころころ」のカラオケで「ふるさと」を歌い、「ぞうさん」を歌い、「チューリップ」を歌うみたいな。ディティールは忘れたけど。
おれの隣りにいた倉庫番のおっさん(仲良かった)が「ああいうのを芸っていうんだよ」っていってたのも思い出す。
「歌は下手なのでなんかやります」って芸をするのも手ではあるわね。
あ、ごめん。もう1コ思い出した。
ホッピングとカラーボール(たくさん)を用意して、「これから1分間ホッピングを飛んでいるので、ボールをぶつけて阻止してください」って。
飛びきってもよし、転んでもよし。
あ、リンクあった。828ね。