2018-06-12

ふるさとってさ

大学講義プロジェクトX映像見たんだけど

その中でダムで沈んでしまう村の桜を移植して再生する、っていう事業があったのね

そしてその桜を移植して、そこは第二のふるさとになったっていう話で、結構感動したんだけど

でもそこでは間違いなくふるさとは壊れてて

でも新しいふるさととしての桜が生まれた、というエピソードなんだけど

俺は地元愛とか持ってないんだけど

これ見て、ふるさとってじゃあ、後天的に人々が決める、共有するものなんじゃなかろうかと

俺はまだ地元愛とか持ってないけど、いずれ何がしか経験コミュニケーションの中で守りたい地域が出てくる

そうなったときふるさとって呼ぶんじゃないかと思ったのね


普通場合でも、ふるさとって長くそこに住んだ経験があって初めて

意識的無意識的かはおいといても)「ふるさと」へとなっていく、守りたいと自覚できるようになる

そういう意味でもふるさと後天的ものであって

まれ場所として最初から決まっているとか、親によって決まるものでもないんじゃないか


どこかに住みついて、そこの人とコミュニケーションをとって、愛着を持つようになる過程ふるさとになる

ということに意識がいくと、こういうことを支援したり、そうしたふるさと意識を持った人々がふるさとを守るため

あるいはこの場合は、新しいふるさとを他の人々と共有するため行動を起こす

そういうことも、何かこう権力関係の中で利権を争うみたいな官僚やら政治家やらの動き以上の

根本的な人々の政治なのかもなと思いました

どっとはらい

  • いやいや、そういうことも、じゃなく、そういうこと、が政治なのだよ。 田舎に行くとよく分かる。 政治なんてふるさと同士の利権争い以外のなにものでもない。

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