はてなキーワード: 浮世離れとは
どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。
日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。
アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。
YouTube ではきらびやかなトレーラームービーを見ることができ、
一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。
Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。
村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。
これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。
彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、
毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである。
といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。
村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。
「基本的には同じなんだ」と彼は言う。
「少年が少女に出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」
筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙で人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。
青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。
そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。
チェコスロバキアの作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。
「渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。
運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。
高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。
本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。
青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。
「見かけにだまされないように」と彼は言う。
降りていけば、彼女にとっての世界は根底から変わってしまうかもしれない、と。
そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女が遅刻した約束というのは暗殺の約束であったことが明らかになる)。
そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。
彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。
この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然的ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、
私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。
この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。
一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。
その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説『1Q84』であるように思われる。
怒り、暴力、惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、
偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、
ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。
驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。
そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいつものようにそれを受け流し、
自分の想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。
「リトル・ピープルは突然やってきた」という。
僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事」
明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、
覚えていられたことはない、という。
目覚めたときには消えている、と。
ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹の小説のような繰り返す悪夢だったという。
その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。
食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。
2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。
運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。
私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。
カーステレオではブルース・スプリングスティーンがカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。
車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。
実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである。
「彼女は用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。
「だから多分このあたりのはずだ」
と言ってこちらを向いて念を押すように
「それは現実じゃないけれど」
と付け加えた。
それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。
キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。
村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、
「それは現実じゃないけれど」と言った。
日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上の東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。
村上の東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。
客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓にもっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。
また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトンの2001年のアルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入りの東京ジョギングルートをゆっくりと走った。
私のホテルは新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要な役割を果たす、交通機関のハブ的な場所だ。
登場人物たちが好んで使う集合場所、中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。
そしてフレンチトーストとタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。
そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。
実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、
登場人物が聞いた音楽のプレイリストをオンラインでまとめている読者もいる。
村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社が西日本への『海辺のカフカ』旅行を企画したこと、
ポーランドの翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行のガイドブックを編集していることを教えてくれた。
村上は読者から彼が生み出したものを現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。
たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。
ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。
『1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字の家族から、村上は便りを受け取ったという。
ここでの要点と言えるのは、現実に漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、
村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。
作家活動の初期には、「日本人という呪い」から逃れようとしているとさえ語った。
その代わり、十代の若者として、西洋の小説家の作品を貪ることによって、文学の感受性を培った。
その中にはヨーロッパの古典(ドストエフスキー、スタンダール、ディケンズ)もあったが、
彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀のアメリカのある種の作家たち、
レイモンド・チャンドラー、トルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルド、リチャード・ブローティガン、カート・ヴォネガットなどだ。
処女作に取りかかったとき、村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。
そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。
浮世離れしたおばさんが、気まぐれに読んだ就活記事で「あらあらまあまあ」って言ってるだけの記事じゃない。
にもかかわらず、この記事見て「示唆深い」とか「目からウロコ」とか言ってる人見るとまじポルナレフ状態になる。
学生側から言わせてもらえば、学生に対する企業の態度ってこんなマイルドな表現で収まるものじゃない。
自分たちの都合で学生の都合を無視してどんどん就活の時期の早めておきながら
やれ学生はろくに勉強してないとか、うちは即戦力をもとめてるんだとか言われる。
・要求品質もあげられる
とか公正取引ってなにそれおいしいのって態度を露骨に押し付けられるようなもんだろ。もうその時点で不信感MAXだろ。
でも真面目に寝不足に耐え、体調不良でフラフラの状態ながらも、なんとか納品しようと頑張る。
そしたら文句タラタラ言うわりに、自分ではなんにもしないわけ。「俺は忙しいんだ」とかいって。なにその他人事な態度。
どういう論理があれば人間に対してそういう事をして平気でいられるのか本気でわからない。
「競業他社に負けないよう横ばかり向いて学生を無視していたらいつの間にかこうなっていた」という事情以外で説明できる人がいたら是非名乗りでていただきたい。
それだけじゃない。
小学校の時から子供を一人の人間として扱うことができる大人なんかほとんど見かけなかった。
こういう理不尽には慣れてる。
ただ、こういう会社が社会的責任とかロイヤリティとかご立派なことを口にしてたり、最近の若者は根性がないとか言ってたりする。
全く自覚がない。じぶんを常識人だと思ってる。
これは、もう、あかんと思ってもしょうがない。
でも最大の問題はその先にある。
違うよ、ぜんぜん違うよ。
企業は変わったんじゃないよ。何も変わってないんだよ。
何も変わってないからこう言うことを言えるんだよ。
違うというならば学生が納得出来るレベルで否定できるならやってごらんなさいよ。
だから問題なんだよ。
企業が変わったことが問題じゃないよ。何も変わってないことが問題なんだよ。
ごちゃごちゃと後付でいろんな理屈をつけて少しでも現状を正当化しようとしてる人が多い。
でもさ。
違うだろ。何も考えてなかっただけだろ。
採用活動だってマーケティングだってことを考えたことがなかった。ただそれだけだろ。
「いろいろ考えて努力してきましたがうまくいってません」って胸をはって言える企業がどんだけあるよ。
少しでも今までのやり方が学生に対して傲慢だったと認められる企業はあるか?
今ですら、何も考えてない。自分たちには何も問題はないと思ってる。根本的なところでは大学や学生側が努力すべきだとだけ思ってる。
自分は、死ぬまで変わるつもりなんてない。
ともかく僕がネットの意見に悲観的トーンを強めたのは、あの bewaadのあからさまな扇動に実名匿名を含めて中途半端な態度や批判さえもしだした連中がいわゆるリフレ支持者でも多くいたこと。本当に、こりゃ、ダメだ、と思った。それから基本的にネットには期待してない。申し訳ないけど
@shinichiroinaba 甘い。高橋さんの馬淵批判が前提なのを見逃してるね。こっちは賛成反対以前の段階を批判してるのに、妄想はどちらかといいたい。これでは日銀批判してるほど委員になれば賛成に転じるというのと同じ
posted at 19:22:39
しかし稲葉振一郎はただの物見遊山でネット政治だけ配慮し、高橋洋一はつまらないことで妄想全開であげ足とり。これじゃあ、デフレ脱却なんかできない。あまりにも信用できない人が多すぎる
やはり長年官僚の世界にいると浮世離れするということがよくわかりました。要するに審議会では黙ってるのがベストということを高橋さん流に言い直し、さらに批判できるのは俺様だけというわけですね、わかりました。笑。正直、つまらねえ、足のひっぱりして楽しい?@YoichiTakahashi
信用できない人が多いなんて、当初からいわれてたことだわな
http://anond.hatelabo.jp/20110127223112
更生の可能性は誰にでもあるだと?
問題は、その人を無罪や執行猶予や懲役にした場合、将来、隣人として迎え入れなければならないという点である。
民間人による裁判員制度において重要なのは、前例に従う事や更生の可能性を判断する事や、更生の為の努力を国や保護観察官に求める事ではない。
罪が無い、あるいは、罪を償ったと判断された人と、隣人として付き合っていけるかという点からの判断が、民間人裁判員に求められているのである。
この観点から考えれば、被害者と加害者、どちらが隣人として付き合っていけるかという事以外に、考える事は無い。
隣人として付き合っていける人であれば、情状酌量を認め、そうでない人ならば、求刑を越えてでも死刑を求めるべきであるとなる。
裁判官は、法廷と官舎を往復する生活で、前科者が隣人や職場の同僚や後輩になる可能性がまるっきり無い。それゆえに、性善説で浮世離れした判決を平気で書いてしまう事がある。
民間人裁判員制度は、始まったばかりである。素人の判断には問題があると主張している人がいるようだが、犯罪者の更正において最大の問題は、社会が受け入れるかどうかであり、これは、法曹専門家には判断できない事だから、素人の、市井の人々の、実際に隣人として受け入れる事になる人々の、判断が求められるのである。
無罪や仮出所有りの懲役刑を選択する場合、被告を隣人として受け入れられるかどうかを、改めて問うべきであろう。死刑廃止論者だから死刑にするべきではないが、仮出所されて近所に越してこられるのは困るから、仮出所無しの無期懲役が望ましいなどというのは、刑務所で人間を健康に老衰で死ぬまで生かしておくのにかかるコストを税として負担する覚悟が求められる。
更生の可能性を具体的に考えたければ、自分が同じ犯罪を起こす可能性と、同じと考える事である。この程度の事は、自分でもやってしまうと考えるのであれば、更生の可能性は高くなり、逆に、ここまでひどい事はしないと考えるのであれば、更生の可能性は無いとなる。裁判員には、弁護人の忌避枠によって、女性や若者といった、更生の可能性のような根拠の無い主張に流されやすい人が採用されやすい傾向にあるが、そういう人々にこそ、出所してきた人と隣人として付き合えるのか、健康なままで天寿を全うするまで税金で無駄飯を食わせるのか、といった、本音の議論を与えてみる事である。
>例えば『起業しろ』とか『今すぐ海外行け』とか簡単に言うけど、家族もってる人達にとっては独身者以上にリスキーだし、
>まず自分だけ逃げ切ろうという発想はしないのでは?
独身者に老親やシガラミが無いわけで無し。
それらは障害の一つではあっても全部では無し。
「理想論」とか「べき論」を前にして、それを受け入れない理由はいくらでもある。
>みんなが良くなるにはどうすべきかを考えてるのでは?
みんなの抱えている問題は、みんな違うのだから、理想論を現実に落とし込むのはみんなの仕事。
誰が読むかもわからないエントリーに、みんなの現状に即したコンサルタントまで求めるのはお門違い。
・・・とは言うものの実際は難しいよね。
TVでやってるダイエット法くらい簡単で即実行できる話をしないと世の反応は得られない。
別に現代に限った問題じゃないけどね。
いつの世も、浮世離れしたインテリが現実の伴わない理想を掲げる。
俺は20代後半の男なんだが、これくらいの歳の男が結婚相手を探す場合に、避けなければならない女性のタイプってどういうのがあるんだろう?
俺としては、とりあえず、支配欲の強いタイプと、ヒロイン願望の強いタイプを避ければ良いのかなと思っている。
まず、支配欲の強いタイプについては、内実がちゃんと伴っていて、姉さん女房系としてバランスが取れているのならアリだとは思う。バランスをうまくとりつつ船頭の役割をちゃんと果たしてくれるのなら、主導権を渡すことに抵抗はない。他方、ちゃんとリードする器量がないのに支配欲だけは強いタイプは論外だ。精神的に嫌な思いをさせられたり、あるいはDVの被害にあったりする恐れが高い。
次に、ヒロイン願望の強いタイプというのは、浮世離れした振る舞いに付き合わせてきたり、ヒロインらしくあるために散財してしまうタイプをイメージしてる。まあ、程度問題ではある。常識をわきまえた上で多少の遊び心があるくらいなら、問題視しない。
メンヘラとか極端なのはそもそも論外として、それ以外にも避けるべき性格のタイプというのはどういうのがあるんだろう。経験豊富な人、助言求む。
http://anond.hatelabo.jp/20100708095615
ありがとう。
正直みんな「院卒」ってのに反応しすぎだろうと思ってた。
書かなきゃよかったのかも。
わたしにとっては彼女が院卒だろうが高卒だろうがどっちでもよくて、まじめに勉強してくれさえすればそれで十分なんだよね。
仕事のできるできないは、もともとの出発点が低くても入ってからまじめに仕事を覚えようとしてくれるかどうかにかかってるよね、ってことを言いたくて書いたのだけど。
知らない間にホッテントリになっちゃってて、「院卒」ってことばだけが変に一人歩きし始めてて、あーもうエントリがこんな扱いになってしまったらもう手に負えないからあきらめるしかないな、って思ってたけど、同調してくれる人がいてうれしいです。
まあ、自分も別のエントリで同じようなことをしてしまっているのかもしれないけれど、はてな村って浮世離れしてるよなあ。ほんと。
前もこういうことあったけど、上司とか管理職ってだけで言いたい放題言っていいと思ってる人いるよね。そういう言い分ってかなり一方的で誤解と偏見に満ちたものだったりして、まあ一種の気付きにはなるけれども、中には「いくらなんでも他人に押し付けすぎ、甘えすぎ」って人もいるよ。会社員だった頃の自分はいくらなんでもここまで駄目じゃなかったと思うのもけっこういる。
「どうして逆さまになってるのかね」
「教えてやってるんだよ」
「月ごとに分けるのが常識なんだよ」
「交通費をつけろ」
「ブロン液のレシートは」
とうとう耐え切れなくなって、母親の肩をこぶしで何回も叩いたりしてしまった。
「プライドが高いから起こるんでしょ。プライドの高くない引きこもりじゃない人は怒らない」
などと言われた。
さらにそのあと、酒を買ってくるように言われ、買いに行った後も暴言を吐き続ける。
「いっつも捨て台詞を吐きやがって」
「そんなんじゃ謝ってることにならないんだよ」
「ぎゃー(ドンドンと床を叩く音)」
「口が臭い。あんたにできることは公害をまき散らさないだけだ」
「いっつも、いっつも、反論しやがって。ガキ」
「お前が先にやったんだろうが」
「どーせね」
「どうせね。世の中は男が働くようにできてるんだよね」
「みっともないったら、ありゃしない」
「みんなは働いてくび」
「女だからCADオペやらしてればいいと思ってるのか」
「本当にどうしてこんな子ができちゃったんだろう」
「いっつも、いっつも、暴力振るわれてさ」
「あんたのその浮世離れした感覚は何とかならないの。引きこもってるから仕方ないんだけどさ」
「そうやってネットを触っていたって、浮世離れしてるからうまくいかないんだよ」
「遺産相続の話だってさ…なんてああなるんだろうね。自分だけが殻の外」
「何であんたのためにあちこち頭を下げないといけないの」
「はぁっ…(どんと机をたたく」
「ねえ、ごりちゃん。お前は口も臭くないし」
二文は早稲田の名物学部で、確かに早稲田の中では偏差値60程度と低いが、
それでも「夜間」と括れる学部じゃないよ。(そもそも、あれは夜間部ではなく独立学部)
他の所謂「二部」とは就職実績も入学難易度も比較にならない。マーチ中堅よりは高いはず。
そして早稲田らしさが一番出てる学部。
とにかく変人が多く個性派も多い。ある意味浮世離れした良さがあった。
留年率も非常に高くよくわからないことをしている学生も多い。所謂サブカル・アングラと言われるものの中心地。
元増田が「近寄るな」といいつつ寧ろ勧めてるようにしか見えない「演劇」や「探検」と同様に
早稲田を代表する個性的なものだよ。早稲田について少しでも知ってたら
元増田がむしろ二文を非常に好んでいることに気づいたはず。
というか俺は社学の出なんだけども、
早稲田の「夜」の部は、ネタとしていじられることを別段苦にしないよ。
それはもう学部のカラーとして明確にあるし、内部にいてそれを苦にしてる人間なんかまずいない。
早稲田自体にあるお馬鹿キャラ同様に別に気にしてない、それどころか誇りにしてることさえある。
そもそも二文は就職しようとする人間の絶対数が驚くほど少ない学部なんだけど、
本気で就職しようとしたらそれなりのところに決まる学部。増田の言うような苦労は二文にはない。
で、なに?早稲田辞めて旧帝辞めてさらに中堅私立に入りなおしたって?
早稲田から東大目指す仮面浪人は確かに一定数いるが(元増田が恐らく所属しているであろう一文or二文にはまずいないけど)
早稲田から旧帝目指すヤツなんていんの?
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/national/update/1210/NGY200912100006.html]
記事自体は、
id:koabe: この手の「こぼれ話」って昔から紙面に載っているけれど、あまり知られていないのかなあ。
という感じの話。方言が裁判官に伝わらなくてビミョーな雰囲気になったという、審理の一コマを描いただけのもの。
ブコメも、当初は記事と同じような、方言にまつわる感想文が並ぶ。
最初に出てくる朝日叩きはこれ。
id:gingin1234 どうでもいいが、記事にするようなことか? 2009/12/11
このブコメが基本的に的外れなことは、冒頭に示したブコメが端的に表している。新聞記事は大事な事件以外載せてはいけないというものではない。
が、まぁ、id:gingin1234はマジメな人で、新聞には真面目な記事しか載せちゃいけないと思っているのだろう。
id:kyo_ju 司法, 日本語 どういう意図でニュースにしたのかよくわからない。裁判官は何でも知ってて当たり前とでも?/聞き返すときの態度の悪さが目立った可能性もあるけど、記事の描写だけではそこまで伝わってこない。 2009/12/11
ここに至り、「ニュース価値が無い」という感想文に、「朝日が裁判官を叩いている」という前提が付与される。(だからこそ、「とでも?」と、これをニュースにした記者に対し攻撃的な口調が取られている。)
が、この新たに登場した前提は伝染して行く。
id:mustelidae 自分が知らない言葉に出くわしたときのこの裁判官の態度が不快な感じだった、ってことかな。 2009/12/11
裁判官の態度が不快な感じだったという記事を朝日が書いているかのような感想。
id:manysided law, 裁判官 方言ならまだいい。女性の服装とか全くわかってない裁判官がわんさかいる。破くの趣味で安物ストッキングしか知らないだろう変態裁判官=長谷川憲一。再犯するだろうに、許せない。マスコミこういうのを問題視しろよ 2009/12/11
このニュースの記者自体を叩いてはいないが、ここに来て記事が「問題視」であることが明白に暗示されている。当初は「ほのぼの記事」として読まれていた記事が「的外れな問題視報道」という問題報道として読まれるようになる。
以後のブコメには、留保無しに、問題視報道を問題視するものが散見されるようになる。
id:delcoss 被告人供述は公文書として調書化されるんだから標準語ではっきりさせたんだろ 当たり前の行為だ 2009/12/11
「当たり前の行為だ」という表現から、「当たり前の行為をあたかも問題であるかのように報道する朝日新聞けしからん」というニュアンスがありありと読み取れる。「だろ」「だ」といった断定的な語尾が、記事に対して向けられている。記事に描かれた事象に対するブコメの多くが軟らかい表現を使っているのと好対照を為している。
id:koganei_hyogo 法曹, 裁判官 さすが全知全能の朝日新聞社様は言うことが違いますね。 2009/12/11
なかなか性格の悪い言葉遣いをする人である。「朝日新聞社様」は何も言っていないのだけど、id:koganei_hyogoの妄想は止まらない。勝手にメタな読み方を始めて勝手に怒りだす、はてな脳の見本のような行動だ。
id:SL230 一般ニュース, よくわからん 分からないから聞いた裁判官の何処が悪いんだ?分からずに進められる方が問題だろ。 2009/12/11
タグに「よくわからん」とあるが、自分の妄想を「よくわからん」と言われても困るだろうに。
そこでスルーしなかった裁判官の姿を描いただけの記事なのだけれども。
id:sinngetu language "庶民にとって当たり前の言葉すら知らない浮世離れした裁判官"的な記事にしたかったのかしら 2009/12/11CommentsAdd Star
というような記事だということにしたがっているはてなブックマーカーが多いのです。
id:waterperiod NDC8, 言語, 岐阜県 方言知らない=よそ者=排除or見下して良い、という思考チャートの黙認。なんか嫌。 2009/12/11
id:waterperiodの言うような思考チャートは、一部ブコメの仮想敵はともかく、記事には無かろう。新聞記事=問題視報道、という思考チャート。
id:Nigitama でっていうwww 「この記事の意味が理解できるのは記者とデスクだけ、ネット上で問いただされる」 2009/12/11
実際には、初期のブコメは普通にこの記事の意味を理解できている。まぁ、この記事の意味を曲解するのはid:Nigitamaだけではないので安心すれば良い。とりあえず増田上で問いただしてみるけれども。
どこに記者の無恥が曝されているだろうか。ブコメがかえって自身の無智を曝しているのが香ばしい。
id:straymind *社会, 司法 「高学歴で転勤族で居丈高でアドバイスしてくれる友達も同僚も居ない裁判官と司法業界ってほらね。こうね」っていう物語でも作りたいんでしょう。 2009/12/11
「マスコミってほらね。こうね」っていう物語がブックマーカーによって共同製作されている。
裁判官が正しい行動をしたことを記事にして何が悪いんだろうか。で、こういう勘違いブコメに☆がたくさん付く。
id:kaeru-no-tsura 方言 「デンシンボウ」は知らんなぁ。で、電柱のことなの? 「デンシンバシラ」なら言うけど。この記事、裁判員制度特集の中に入れられてるけど何が言いたいの? 転勤続きの裁判官は地方の事情を知らんからダメって話? 2009/12/11
何が言いたいか解らないなら、何も言っていないと思えば良いのに、なぜストーリーを作りたがるのか。
id:nornsaffectio 報道, 司法 すでに複数指摘があるが、この場合問い質されない方がまずい。そんな当然のことをこうして記事にしちゃうあたりに、大新聞の相変わらずの司法リテラシーの低さを感じた。 2009/12/11
まずいまずくないは記事で触れられていない。ただの三文記事に真顔で反論する当たりに、メディアリテラシーの低さを感じる。
id:hotspot0621 裁判官の場合は全国転勤もあるし。朝日新聞は何が言いたいんだ。そんなに記事がなかったのかな?新聞社の記者は「全国の方言に対応できる」ってか? 2009/12/11
正解(「そんなに記事がなかった」)が解っているのに、なぜわざわざ誤答を妄想するんだろうか。
id:citron_908 news, ネタ 転勤族の悲劇(?) / 転勤がなければないで「楽してる」とか批判され、転勤で方言が分からなければ世間知らず扱いっていい加減にしてくれませんかねぇ。引越し貧乏の果てにこんな扱いじゃ報われませんって 2009/12/11
これをここで敢えて挙げるのは間違いかもしれないのだけれども。記事が「世間知らず扱い」していることに憤っているとも読め、その場合は一連の誤読者と同じ悲劇に陥っている。
id:gokino2 朝日の敵が未だ公務員であることがよくわかる記事。/わからないことを聞き直せない社会の方が恐ろしい。ましてや法の知識でもなく言葉の確認じゃないか。犯罪者や被害者を理解しようとすらしない裁判官を記事にしろ 2009/12/11
id:gokino2が朝日を敵視していることがよくわかるブコメである。三文記事が書けない世の中は恐ろしいし、この三文記事を、「犯罪者や被害者を理解しようとすらしない裁判官」の記事と同列において評価してしまう人がいるというのも恐ろしい。
こうしてみると、当初はただの三文記事として読まれていた記事が、「頭の悪いマスゴミ」という気持ちのいいストーリーを示すブコメに乗せられ、マスゴミの頭の悪さを示す記事であるかのように読まれるようになっていったことがわかる。
こういった気持ちの良い物語に流されないのがメディアリテラシーではなかろうか。最後に優れたブコメを示して終える。
少女的であるというのはつまり不可能なものを求めているということなんでしょう。
解説者が「潔癖」とか「理想主義」とか言っているのは、ある程度そう言えなくもないが、やはり言い方としては美化しすぎている。
少女的なるものの欲望は、基本的に現実にはありえないような純化された世界を求めている。最初の「燈籠」で盗みをするというのも、主人公の少女の世界観の中では非常に純粋な行為なわけです。これが不首尾に終わるというのも、少女的なるものにとってはかえって都合がいい。悲劇性の演出ができますからね。そして男が去っていくのも都合がいい。だって、実際に相手の男が手に入ったら、それは現実のつまらないただの男でしかないことが明らかになってしまうから。手に入らないからこそ、その男は理想的な美しさを保ったままでいられるのです。眼帯をしていてちょっと目が悪いときに見ている世界を彼女は望んでいる。はっきりとした、無味乾燥な現実を突きつけられる世界なんて要らないというわけです。この、認識をぼかして理想化された世界を構築するというのは次の「女生徒」にも、眼鏡をはずして見る景色が好きだ、とかいうモチーフで登場します。
関連して思い出すのが、『人間失格』の最初の方に書いてある、駅の高架橋が遊ぶためのものだと思っていたのに実用的なものだと知って興がさめたとかいうところです。あれも基本的には少女的なるものの欲望の表現と考えることができます。どこか浮世離れした閉鎖的理想像です。
裁判員制度と裁判所への交通費の件。交通費はどのようなことを想定して支払われることになっているのか、最高裁がやってる裁判員制度のサイトからまとめてみた。
参考:http://www.saibanin.courts.go.jp/qa/index.html#q08
★印は元記事にリンクしている。
だいたい主だったところではこんなところ。要は、一番安上がりに裁判所に来られる料金しか払わない、ということである。
ただし、元増田の指摘通り、最大の問題は「立て替え払い」であることだと私も思う。
たぶん、裁判所職員の出張費などのやり方を踏襲して交通費のルールを決めたのだと推測しているけれど、裁判所に勤務できるようなエリートであれば何でもない立て替え払いも、一般庶民には重い負担になることがあるというのは、想定されていないように見受けられる。
たとえば、バスは東京23区の場合でも、どこからどこまで乗っても210円。つまり、1停留所分しか乗らなくても210円。ここだけ見てもバスに乗ったことがない人がルールを作っている気がする。「距離に応じて1km当たり37円で計算」というが、ここだけ見てもバスを使っただけで173円も負担させられることになる。朝食の食パン1斤が余裕で買える金額だ。
裁判所には来られるし時間もあるから引き受けたけれど、足腰が弱ってきているからバスを利用する人のことは考えていないのだ。どういうつもりでこのルールを作ったのか、その姿勢が見え隠れしていると思う。そもそも、裁判官が浮世離れした感覚で判決を下すのが明白になったから裁判員制度ができたのだ。その浮世離れした人たちが裁判員制度を作ったら、庶民が参加しづらいルールになっていて当たり前なのかもしれない。まだまだ国民的な議論をしてできたシステムだと思えないのだ。
基本的には、せっかく司法参加できるから協力はしたいとわたしは考えているが、こうした負担やシステムの在り方から垣間見える司法側の基本姿勢を考えると、二の足を踏んでしまう。言葉は悪いが「今度から法廷に参加させてやるからおまいら来いや!」みたいな発想で作られていないか? そんなことはない、できるだけあなたたちのことを考えてあげたよ、とかいわれそうだが……。
はじまる前からゴタゴタしてる民主政権。
自民党からも危機感は感じられないが、民主党政権にもいまいち現実感がない。
なんというか、与党としての重みみたいなものが感じられない。
「CO2などの温暖化ガスの排出量を2020年までに1990年比25%削減する」というような話は、どこか浮世離れしている。
民主党に与えられてるのは「4年間」ではなく、来年夏の参院選までである。
そして世論調査の結果として「自民の再生に期待」が65%ほど出ていたかと思う。
やはり、何度目かの政界再編が参院選前後にあると、大多数の政治家がふんでるのかもしれない。何も考えていないだけかもしれない。
事業をする立場から見ると、最近の研究者・研究所ってのには以下の2パターンがあって、
前者はまだいいのだが(長期的にはそういうのって絶対に必要だし、大当たりするかもしれないしね)、何といっても後者がたちが悪い。
中途半端に噛み砕いたつもりでいろいろ説明してくれるのだが(ビジネスプランでございます、だとう?)、これがまた浮世離れした教科書的なものばかりで(だから具体的に誰にどの販路でどう売ろうってのさ!)、実ビジネス上の難点とかが全く考慮されていない(いやできますできますって言うけどさあ、お前やってみろ!)。
そういうのに限って、よくよく聞き質してみると技術的には与太話だったり、どこかの二番煎じだったりが多いのが特徴。そんなことより中身を磨いてくれ。客への翻訳はこっちでやるからさ。
当たり前だけどこんな時代に専業作曲家で食ってる人はいないし
就職率は非常に低い。フリーでアレンジ仕事受けたり、ピアノ弾いたり
でもそうした人脈は、やっぱ大学でこそ得られるから
みなさん文字通り先生やって食べてるわけだし
いずれにしても「音楽をやりたい」だけで生きていける世の中ではないのは確かよね。
今日び他の学科もあるのにさー、なんでわざわざ作曲科なのか?というのも考えどこです。
というのはもうわかっているものとして。
や、でも大学生ぐらいというのはどのみち世間知らずだし
こと今世紀になってからの日本の現代音楽とかもう惨憺たるものですのでw
(イコール日本の大学のレベル、ということもあろうかと思いますがっ)
もしそっち方面目指してたら超がんばれと言いたいわ。
そんなことはいいとして。
芸術とか音楽なんてものは、先生や他人がどうこう言おうが、生活に苦しかろうが
やりたい人は勝手にやるし、やりたくない人は勝手にやめるんじゃない?
命を賭けるなんざーナンセンスの極みだが
要はあなたは音楽やりたいの?やりたくないの?
それだけが基準であり、それ以外の意見とかどーっでもいいですし
曲聴かせろとか(あんた何者w)、向いてる向いてないとかうっせーなー、余計なお世話ってやつよねw
生きるのが上手下手とかコミュ力というも、音楽に関して言えばほぼどうでもいいと思います。
(私のまわりを見た限りでは。)
あればあったに越したことはないけど。
例えば武満は芸大落ちましたよ。
あと昨今の日本の音大がアメリカの現代音楽をどんだけフォローしてるんだか
私にはわかりませんが、ライヒが昔作曲やりながらタクシーの運転手もやってて
このように、勝手にやる人はやるし、かといって浮世離れしているわけでもない
というようなことも、大事な勉強だと思うんですがねー。
いやになったらやめればいい。よくまあ音楽できなきゃ生きる意味がないとか言う人いますが
死んだら音楽できねーだろーがwwwなんなら死んでみてから言えよwww
等等と思いますが、まあそんなこと考えても特に意味はないということですね。
べつに思い詰めた奴ばかりが面白い曲を書けるわけでもありませんしー
音楽なんてやりたい人がやればよろしく、やりなくない奴までが無理やりやって
その上死なれたら、やりたいだけの人たちはいい迷惑だわw ということですが
ああそういえば受験勉強中なんでしたね。ウェブとか見てる場合か。
あと彼女とかもどうでもいいです。
どのベクトルにであれさー、
ちょっとでも過剰な言説をさー、
みんなネタとして扱ってさー、
深入りを避けているよなー。
にも関わらず、ブクマだけはするんだからなー。
「ネタをネタとして見抜(ry」、ネタとマジをしっかり区別するのが紳士たる条件だったのが、ちょっと浮世離れしたこと言うと「もうみんなネタと見なしてしまえ」って風潮があるのがどうにもこうにも。
そんなみんな傷つくのがイヤか?
「魚」とやらになりたくないのか?
アホか?
だったら、id被って発言すんのなんかやめちまえよ。
それが出来ないんなら、たった今「釣り乙^^」米つけたブログに向けて、1000文字のマジレストラバ送りつけろよ。考えろよ。思考停止すんなよ。それじゃあ勘違い君方式やってる側だって可哀想だろ。あいつら人の尻に鞭打ちつけて歩かせるためにブログやってんだから。わざわざ貴重な時間費やしてあんな長文かいてんだから。1000文字程度の文章が思いつかないような文盲ならさ、せめて直接ブログの米欄まで殴りこみにいけよ。否定したいなら否定したいで、なんでもいい。こじつけだろうが屁理屈だろうが脊髄反射だろうが、皮肉(だと思い込んでるもの)でさえなければ何でもいいから、まっすぐに文句の一つでもつけて、漢になれよ。
そうだよな。
無理だよな。
臆病だもんな。無知だもんな。浅学だもんな。
「論破」されちゃうもんな。必死になりたくないもんな。
そうだよ、みんな、暇じゃない。
だからこその増田だよ。
ここでは誰も傷つかない。誰も責められない。全部がネタだ。全部が釣りだ。出鱈目だ。
どうせ100文字ぽっちでも、遠かれ底の浅さが見抜かれる俺たちだ。