「性的志向」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 性的志向とは

2017-03-15

私はかつて差別主義者だった、『けものフレンズ』を観るまでは。

 私はかつて差別主義的なケモナーだった。

 ご存知のようにケモナーには様々な派閥存在する。

 メスケモ派、オスケモ派にはじまりマッチョ派、モフモフ派、デブ派、ショタ派(なぜかロリほとんど見ない)、モンスター派(極左人外連)、トランスファー帝国肥大化公国、融合辺境伯領、ロイヤル竜奇兵連(ドラゴナーズ)、爬虫人類委員会レプタリアンズ)、キグルミ派、母性探求派、海生動物会議(「海の人々」)、四ツ足派だけどズーフィリアじゃないもん派(愛ケモ主義極右)、丸呑みだけが人生だ派、卵胎生出産教会インターレイシャル(人×ケモ)派、反インターレイシャル派……

「天はケモナーの上にケモナーを造らず、ただし、ケモナーの横には無限ケモナーを造った」

 とは近代日本における先駆的ケモナー福沢諭吉名言である

 産業革命以降の通信技術の発達は、孤独だったケモナーたちに「同好の士」を発見する機会を与え、ファンダムの拡大に成功したものの、

 同時に細かな嗜好の違いによる派閥対立をも生じさせ、その軋轢がついに二度に渡る世界大戦の引き金となったことは今更説明するまでもないだろう。

 そうした争いは近年まで衰えることなく続き、いつしかケモナーたちは「派閥が違えば殺し合って当然」という野蛮な虐殺言語所与のものとして生きるようになっていた……。


 私もそうだった。

 私もある狭い派閥こそ唯一かつ至高と信じ、他者排除差別によって所属派閥への帰属意識を高めていった。

 派閥意志に叶うと思えば、喜んで我が手を血に染めてきたし、かつての友人たちをためらいなく2ch晒した。

 なかでもいっそう劣悪とされ、他のありとあらゆる派閥から敵視されていたのが「ケモミミストである

 サイバーコネクトツー・スペクトラムでいうところの「レベル2」。

 「ニンゲン身体に、ケモミミ(としっぽ)がついてさえいればよい」とする日和見主義的邪教徒たちだ。

 彼らにはケモコミュニティ内において最初から人権など与えられてこなかった。

 なので、ふだんは「一般人」に紛れて潜んでいたのだが、ときおり何かの間違いで何も知らない”レベル2”がケモコミュニティに迷い込んでくることがあった。

 多くの場合、彼らは痕跡も残さずにコミュニティから「除去」された。


 中道過激派秘密ケモナー警察あいだで流行ったジョークにこんなものがある。

 「”レベル9"(いわゆる真性の獣姦嗜好)はケモナー以上に進化してしまったケモナーだ。だから畏敬をもって殺す。

  ”レベル2”はケモナーになれなかったケモナーだ。だから哀れみをもって殺す」

 私も彼らを憎んだ。

 でじ子の肖像を何枚も焼いたし、それ以上におぞましいこともやった。


 

 現代ケモナー社会は、あらゆるケモナーには自分自身同胞である他のケモナーの「性欲」を認め、尊重することができる能力、そして性的志向の善し悪しについて自ら判断する能力があるというフマニスト的前提をもって、各人に普遍的ケモナー権を付与しようとしてきた。

 一見それは理性的合理的、かつ人道的な判断基準なように思える。

 だが、人は他者の良い面よりも悪い面を重視する傾向にあるようである。それが上記のような派閥争いとケモミミスト蔑視の引き金となったのである



 だが忘れもしない2017年の某日。

 私は『けものフレンズ』を観た。

 もちろん、観る前は”レベル2”だと貶していた。

 しかし、一種社会現象となるにつれ、そして「一般人」たちがけもフレを「ケモナー」と結びつける言説を多く弄するになるようにつれ、私は「世間無理解を忠実バラなぬ」という一種義憤から、けもフレを鑑賞したのである


 最初はなんと退屈でつまらなく、くだらないアニメだろうと思った。

 だが、一話の終わりにさしかかったあたりから胸がざわめきはじめ、

 画面にかじりつくようにして二話に没入し、三話を見終わるころにはすっかりフレンズたちに魅了されていた。

 のみならず、こう思うようにさえなっていた。


「これは”われわれ”について語られた、”われわれ”のためのアニメである」と。


 ケモナー一般に受けいられる性的志向ではない。というか、世間的には性的志向ですらないと考えられがちだ。

 同胞たちは自分たちの好きなものカミングアウトできずに日々気持ちを圧し殺して生きている。

 ファンダムとは、そうした「のけもの」たちを包摂するために存在するやさしいシェルターではなかったのか?

 それがいつのまに、我々自身から「のけもの」を作り出し、排除し、殺し合い、差別するようになってしまったのか――


「姿かたちも十人十色からこそ惹かれ合」い、「みんな自由に生きている」場所

「飾らなくても大丈夫」な場所

 それこそが我々が最初に求めたファンダムのあるべき形ではなかったのか?


 蒙が啓かれるとはまさにこのことだった。

 すべての教えは『けものフレンズ』のなかにあったのだ。 


 私はいてもたってもいられなくなり、地下壕から出て地上へとあがった。


 灰色廃墟が広がっていた。

 だが、つい先刻まで鳴り響いてはずの銃声や悲鳴はすっかり止んでいた。

 地には戦車ではなく瓦礫の影で戯れる少年少女が、空には爆撃機ではなく大きな翼の鳥たちが遊んでいた。

 こんな穏やかで静謐時間はどれくらいぶりだろう?

 まるで、あらゆる憎しみが「ぼくのフレンド」に包まれて溶けて消えてしまったのかように。


 私はあてもなく、ただ何かにつきうごされるかのごとく歩いた。

 そして、数分もしないうちに反対側の地下壕から出てきたであろう年老いた男と出くわした。

 老人はあきらかに”レベル2”であった。

 ふだんなら我々の姿を見て怯えて眼をそらすはずの彼らが、瞳に決意をたたえ、凛としてこちらを見据えている。


「きみも、観たのかね?」

 そう老人は問うてきた。

 私は無言で頷いた。 

 頭を傾げた途端に、一条の熱い何かが頬をつたい、顎からしずくとなって焼けた大地に滴った。

 涙を流している、と自覚したのは、湿った点が地面に染み込んで数秒経ったころである

「私は、私たちは」とうわずる声で私は言った。「許していただけるのでしょうか。あなたたちとフレンズになることは……できるのでしょうか?」


 老人は痩せこけた顔に、穏やかな微笑を浮かべて応えた。

「笑おうじゃないか。ともに笑ってみよう。

 高らかに笑い、笑えば、フレンズなのだ

 喧嘩してすっちゃかめっちゃかしても仲良しに戻れる」   


 そうとも、と老人は私の肩を叩いた。

 ここが、われわれのジャパリパークなんだ。

 われわれは『けものフレンズ』というサンドスターを通過して、今一度生まれ直したのだ。

 まっさら状態で。

 だから、ここからはじめよう。 

 本当の愛は、ここにあるのだよ。

2017-02-24

自分性格的には男が好きで女が嫌いだけど

セックスは女としかしたくない

いわゆるホモソーシャル人間ってことだが

そんなので実はゲイだとかゲイ一種だろとか言われたら普通に不愉快だわ

性的志向を示す用語性的文脈のみに限定して使用してほしい

2017-02-04

http://anond.hatelabo.jp/20170204145932

性癖性的志向も含むという説明には「赤い」と「辛(から)い」を一緒にしているような違和感があるよね。

トウガラシは赤いだろうがと言われても「そうだね」としか言いようがない。

http://anond.hatelabo.jp/20170204145420

どっちみち性的志向性癖と言うのは誤りだしなあ

http://anond.hatelabo.jp/20170204144653

あ、性的志向性同一性障害は別物、だった

(因みに「性癖」ってのは全く別の意味な、辞書引けばわかるけど)



性的志向ってのは、男が好きか女が好きか両方好きか両方興味ないか、ってやつな

性同一性障害は本人の性自認(男と思ってるか女と思ってるか)が身体の性と食い違うというもの

身体は女で、性自認は男で、性的志向は男に向いている」と言う人もいる(つまり精神的には男性同性愛者なわけだ)

2016-08-17

同じような性的志向です

私は悩んだことはありませんが。




さな差異を言えば私はあんまり痛みや苦しみには興味ないです。実際の事件よりイラスト小説のような創作の方が詳細な妄想を反映するので好みです。




例えば性的に誇張された体型の魅力的な女性が体のラインがわかる服や下着や全裸淡々絞首刑にされていくイラストとかで自慰をするのが好みです。痛みや苦しみより、女性人格も命も含めて物のように扱かったり辱めたりするのが自分性的に興奮するポイントなのだと思います




私があなたと違いこのことについて悩まないのは、変態指向の根源や責任自分と言う一個の人格に帰するつもりが全然なく、動物機能の一つとして説明されるべきに違いないと確信しているからです。

なので私は悩むかわりに、これがなんなのかは考えます




私は普通女性写真(死んでたり吊られてたり苦しんでたりしない)のポルノ自慰をすることも有ります

けれども前述のような、人格無視されモノのように扱われる女性身体や死が描かれたポルノでする時のほうがずっと強い快感があります

出すものもより腰の深いところから出てくる感じがして、液の質の違いがわかるほどべったりと粘度の濃いものが出ます。色も濃く真っ白になります




私はあなたと同じで良心他者への共感能力がありますし、犯罪殺人もただただ恐ろしいとしか感じませんし、リスクを冒すほどこの欲望に執着は無いですが、もし法も善悪も神もなんにもない荒れ果てた中世みたいな現実に放り込まれて「欲望を実現してみろ」と言われたら、なんかの理由処刑された直後の女性死体を盗んできて性交するキモい村人になると思います。それが現実理想折衷イメージです(全く現実離れしてますが)。




それでいつものべったりとした精液を女性死体の中に注ぐと思うのですが、そのべったりして真っ白な、含有生殖細胞の多い液体は何の為に出てくるのでしょうか。生殖可能ゼロ活動の時だけ出る生殖能力がすごく高くなっていそうな体液。全然悩んでないですが究明はしたいと思っています




ところでネット見た印象ですが、我々のような趣味白人に多いです。

絞首刑イラスト白人が、決して上手くない画力パッションはじけさせながら大量に描いてアップしていました。(そんなサイトプロフィール顔写真載せる感覚はさっぱり分かりませんが。)

この趣味連続殺人破滅にいたるのも犯罪記録嬢は圧倒的に白人が多いですね。

人種がそうなのか、社会宗教プレッシャーなのか、そこもわかりません。




追記

他人蹂躙したい欲望

ほら、こんな風に書かれるとなんか人格問題みたいじゃないですか。

私オレTUEEEEE創作とか嫌いですよ。幼稚だし、やられる側が気の毒になるし。




私はそういうなんか人間関係内面に不満や葛藤を抱えてる人ではなく、

単に女性がモノ扱いされて死んだりしてるイラスト自慰をすると濃い精液が出るだけの者です。

http://anond.hatelabo.jp/20160815204349

2016-08-07

http://anond.hatelabo.jp/20160807142654

何を言ってるんだ?

対象とされた異性愛者の性的志向なぞポリティカルコレクトネスパワーでどうとでもなるだろうに

http://anond.hatelabo.jp/20160807131853

ゲイだろうがヘテロだろうが、性的志向をいちいち「声高に主張」しろと言われると違和感がある。

たとえば「私は日本ハムファンですが…」ということが言いにくい社会というのは確かに嫌だが、「声高に主張しろよ」と言われるのはもっと嫌だ。

個人の趣味なんだ。勝手にさせろや。

2016-08-06

いやいや「対象外から告白はされる側にとっては苦痛不快で戸惑いを覚えるもんだよ

これは性別性的志向関係なし

なんでゲイ告白なんかするんだろう

いや政治的にどうこうじゃなくて確率論の話でさ。

確かに、目の前の「一般的に見て男の服装をしている人」がノンケの男とは限らなくて、

性的志向性自認、はたまた異性装といろんなパターンがあるわけだけど、

おそらく大半はストレートなわけで、どう考えても分の悪い賭けだと思うんだよなあ。

それとも、受け入れてもらえなくてもいいから、とにかくこの零れそうな気持ちだけは伝えたかったのか?



こちとら自分の諸々の要素が異性に需要がないことは十分承知してて、

あと女性にとって、気のない男に言い寄られるのがいか気持ちいかというのも散々見聞きしてるから

できる限り不快感を与えないようにおとなしくしてんだよ。

それがゲイってだけでこんなかばってもらえて、バカみてーじゃん。

2016-07-20

男の魅力に筋肉が除外されたのっていつから

少なくとも2000年前後はまだ映画ドラマ漫画アニメ筋肉男性性的ステータスなはずだったと思うが

つの間にか女性にも男性にも好まれるのって女性的なナヨナヨした体格になっていったよね?

せいぜい「細マッチョ」みたいな体脂肪コントロールしたコロポックル体型くらいじゃね?

男が女に感じるマジョリティ性的志向巨乳っていうのは昔から変わらないんだけど

なぜか筋肉だけは置いてけぼり喰らって除外対象になった

この差は何?

2016-05-13

早乙女あこを百合にしたい人たち

アニメキャラ百合を好む人が「百合に男を混ぜるのはクソ」とか「同性愛者を異性愛者に矯正しようとするのはクソ」という発言をしてるのをよく見かける。

でもその一方で異性愛者を同性愛者に矯正しようとすることについては喜んで奨励するんだなあって

アイカツスターズ早乙女あこに対する反応をTwitterで見てて思った。





早乙女あこはいわゆるノンケで、男性アイドルであるところの結城すばるが大好きなキャラクターだってことがはっきりと描かれていた。

なのにその事実をことごとく歪めて無理やり同性愛者、レズビアンに仕立て上げようとする感想妄想が多数を占めていて正直引いた。

あこの恋路を応援しよう、あこの人となりを素直に肯定しようなんて感想はほぼ見かけなかった。

結局この人たちキャラクターなんてどうでもよくて百合っていう記号が好きなだけなんだなと思った。





まあ早乙女あこがバイセクシャルだって可能性もゼロではない妄想するのはもちろん自由なんだけど。

あなたのその早乙女あこに対する発言って、あなたがいつも嫌ってる百合男根で引き裂く行為とどこが違うの?と思った。




※追記・返信



別に二次創作性的志向勝手に曲げるのが正道だとか言ってない。やることについては否定しないしやりたいなら謙虚姿勢でいるべきだとは私も思っている。



・一緒なのがわかってて同時に自分にとって嫌な表現存在も認められるなら良いと思う。



・断言してることで言及してる百合好き達と同列視されるのはちょっと、かなり不服だな。そもそも6話を見た時点でわかりやすく手に取れる事実を書いたに過ぎない。

すばるが好き→恋愛対象男の子ってごく自然に考えられることだと思うんだけど、そんなに狭量な考え方だろうか?

そんな考え方をするやつは前時代的な性差別者だとか言われるようなら謝る。

まだ人となりがほとんどわからないのはその通り。だから女の子を好きになるような可能性もゼロではないとも書いたはず。





百合好きの人たちはみんなそうだと決めつけるようなきらいがあったかもしれない。それは悪かったと思う。

2015-07-05

まともな反論がないようなので

障害者は生まれてくるべきではない」を読んだ。元増田意見コメントがかみ合っていないようなので、一言言う。

まず、【一人の人間を生育するコスト(a)は、その人間が将来生み出すメリット(b)に相応するか?】。

コスト計算、そしてどこまでをメリットカウントするか、とてもじゃないけど計算しきれない、と思うかもしれないが、ざっくり言えばプラスであることはほぼ確定している。なぜなら、現時点で人類は滅びてないからだ。つまりa1+a2+…+a何百億(かは分からないが、とりあえず人類創生からの総数)=Aとし、同じくb1+b2+…+b何百億=Bとすると、現時点の人類総資産はB-Aだ。これがトータルでプラスになっているということは、平均して後者は前者より大きいということだ。ここまではいいよな?

そして、個々人で見れば、当然bxの値がマイナス人間は、それはいるだろう。これは否定しない。

そして、元増田意見は、仮にb1+b2+…b何百億を、健常者によるもの(b')と障害者(b")によるものに分けたとして、

(1)前者(b'1,b'2…)はすべてプラスであり、後者(b"1,b"2,…)はすべてマイナスである

(2)少なくとも、前者の平均値プラスだが、後者平均値マイナスである

というものだよね? で、それはどうやって証明するの?

普通に考えて、(1)は明らかに間違っているので(健常者が全員プラスはありえないし後者しかり)、元増田の主張は(2)だろうと推測されるわけだけれど、後者だってとうてい証明できないと思うんだ。元増田自分自身の狭い体験をもとに、そこを自明としてるようだけど、さっき書いたように人類史で見れば、一人の人間価値(期待値)はプラスなんだぜ。もちろん、そん中にはすごい天才も含まれるが、すごい犯罪者悪人も含まれているわけだぜ。元増田がすでに人を二、三人殺しますとか前科何犯ですとか(それだって、取り返しがきくかきかないかはまだ分からない)ならまだしも、現時点で超悪人でもなければ超偉人でもないとすれば、障害があろうがなかろうが、言うほどとびぬけた存在だとは思えないんだけど、それなら平均してプラスの中に入ってる…少なくとも入ることができると予測できると思うんだけどね。



たとえば、オレは性的志向が人とは少し違うかもしれない。具体的な内容は伏せる。けど、それはそれとして一応社会適応して暮らしているし、社会になにがしかプラスを与えているんだろうと思っている。オレの性的志向は、それだけを取り上げてみればたぶん社会的にはマイナスだろう、親の期待をとは異なる人生を生きているだろうという自覚もあるしな。でも、それがなければオレじゃないし、オレは今のような形で社会に対して何かを与えていたかどうか分からない。証明のしようもない。仮にいわゆる「まともな性的志向」で生まれてきたとして、それこそ犯罪者になっていた可能性だってゼロではない

もちろん、今の自分の状況については、社会の寛容度があがったこと(あるいは寛容性の高い社会に生まれたこと)も、素直に感謝すべきところだと思っている。ただ、言えるのは、オレだって社会適応するために「それなりに」は頑張った。「それなりに」しか頑張らなかったから、「それなりに」しか貢献できていないというのもまた事実かもしれないけど、それでも、努力して、そしていわば「負債を払うような気持ちで」、感謝しながら日々を生きてる。けどなー。それって誰でもそうだし当たり前のことなんじゃないのとも思う。何も、オレとか元増田が「特別」なわけではなくて。誰だって負債を背負って生きてるわけだし、みんな「それなりに頑張って」負債を返そうとして、返したり返せなかったりしながら生きているんじゃないのか。その中で、一体誰が、あるものは生まれるべきではなかった、とかしたり顔で、しかも生まれる前の段階で言えるんだろう、ってこと。まれてみないと分かんねーよ、そんなこと。



まあ、少しだけ元増田意見に寄り添うとすると、元増田意見…というか感想というか…は、たぶん、もう少し科学が進んだら、悩みとかではなく「実証的なデータ」を背景にした社会学議論にゆだねられるんだろうな、とは思う。つまり「○○の障害をもって生まれ人間の一生を統計的に処理すると○○となります」みたいなことが、たぶんもうすぐできるしされるようになるだろう。まあ、その前に、例の「犯罪へとつながりやす遺伝子特性」みたいなものや「遺伝病や遺伝やす病気の発現リスク」みたいなもの研究が先なんだろうけど。そして、同時並行で、遺伝子操作…いわゆる「デザインベビー」づくりなんかも進んでいくんだろうな。そのとき増田の小さい悩みなんかよりもっと大きなレベルで「生まれるべき存在とは何か」という議論が、人類全体にのしかかってくると思うんだよ。たぶん、近い将来。オレにも君にも、社会で生きていく限り、この問題には決して無縁ではいられないと思う。



そんなわけで、増田があーだこーだ言うのも、そういう「人類史的な大きな流れ」の中の末端の末端…で、意味のある悩みなのかもしれない。増田書き込みを見て、共感したり反発したりする人の中から、将来そういう研究にかかわったり社会的議論リードしたりする人が出てくるのかもしれない。だから増田のしたこと…あるいは生きていることそのものが、今の時点で、人類にとってプラスマイナスか、誰にも全然からない。いや、いつまでたっても分からないかもしれない。

から増田もいじけてないで、「オレが生きてる意味とかあるのか」とか思ったときはやっぱり思い出した方がいいと思う。誰でも普通に生きてるぶんには大体プラスなんだと。じゃなきゃ、とうに人類は滅びてるはずだ、と。あと、近い将来、君の悩みにはたぶん答えが出るだろうから、それまではとりあえず頑張って生きるしかいねー、と。(笑)

http://anond.hatelabo.jp/20150705032222

2015-06-25

「弟の夫」(田亀源五郎)をすすめたら「ホモなの?」って聞かれた

当方リアル書店勤め。といってもコミック販売メインだから、本当の書店員の人には鼻で笑われる存在なんだけど(偏見)。

それに、はてなー的には、「電子書籍ネット通販こそ正義。売上ランキングを上から並べるだけで何の面白みもないリアル書店滅ぶべし、慈悲はない」って感じなんだろうから(偏見)もうブラウザそっ閉じ案件かとも思うんだが、備忘録的に書く。別に面白い結論も新たな知識も発想もないよ。

先日他の店に手伝いに行く用事があってさ、そこの店員氏にお薦めコミック聞かれて、

「弟の夫」(田亀源五郎/双葉社)が発売したばっかだし面白かったからそれ薦めたのね。

そしたら「え?何?××さんホモなの?(半笑い)」っていうからかい気味のリアクションを受けたわけ。

自分性的志向同性愛じゃないので、そこは普通に否定して、「弟の夫」が家族のあり方を考える漫画として普遍的面白さがあるし(学術書じゃなくてエンターテインメントなんだからここは大事だ)、かつゲイ問題提起として示唆に富んだ漫画なので、お薦めだよって話をしてその話は終わったんだけど。

から考えると、これって「お前はホモという異常者ではないよな?」っていういささか差別的ニュアンスをはらんだ踏み絵質問だったんだなーと気付いたんだよね(当人はそこまで考えて言ったわけじゃないだろうけど)。

そう言ってきた人は、少なくとも自分よりは頭の切れる人で、間違っても普段から差別意識をばら撒くようなタイプの人ではないし、接客業やってて、自分の言動が意図しない意味に受け取られてクレームになった経験がない人なんていないんだから、その人もそこは慎重になる習性がついてる。

そういう人でも社会的常識癒着した無自覚偏見からは逃れられないんだ、と改めて思ったのね。

そもそも、自分もその質問されて動揺がなかったかといえば嘘になるから偏見から自由はいいがたいなって思ったりもして。

で、「弟の夫」ってこういう事例を踏まえて書かれているんだと、改めて心の隅っこの方に重石を置かれた気分になったわけ。

西原理恵子漫画でも、死んだパートナーゲイだと親戚にカミングアウトしていなかったため、パートナーじゃなくて友人としてその死を見送らざるを得なかったゲイの方の話が描いてあったけど、

そういう人が感じている社会圧力って大きさは全然違えど多分自分の心のに置かれた重石と多分同質のものなんだろうね。

重石を置く側の人たちも、全く悪気があるわけじゃなくて、だからこそ自覚改善も難しい。

そんな人の何人かにでも「弟の夫」というよくできた素晴らしい漫画が届くといいな

(何度でも言うが、そもそも漫画として面白いのだ)、と心底思った。

から、「弟の夫」を少しでも売れるよう微力を尽くすよ。しつこいようだが漫画としても面白いしね!

もちろんそれ以外の漫画も売らないと店がが回らないし、

それ以外の漫画を求めるお客様にちゃんと面白いと思ってもらえる漫画を買ってもらうのも

自分仕事からそれ以外の漫画も沢山売りますけど。

みんな、「弟の夫」読んでくれよな!

ゲイヘテロもどんな性的志向他人迷惑かけない範囲普通に暮らせる社会がいいよなあ。

2015-01-29

ゲイロリコン女性……「被差別性を帯びた共同体」について

http://anond.hatelabo.jp/20150128232843

 

また伏見憲明氏の『欲望問題から引用する。伏見憲明氏はゲイコミュニティについて以下のように語っている。

ゲイはまだ被差別記号としての意味合いも強く残っていますし、多くの異性愛の人たちが結婚をして家庭を作っていく中では、人生を共に生きていく仲間をゲイ共同性に求めていく志向もあると思います。(中略)そこそこ被差別性を帯びた共同体差し挟むゆえに、茫漠とした社会の中で他者と集い、共感を得ることができる、ということです。

 

続いて、たまごまご氏の『オタクが融解した、「げんしけん」二代目が、つらい』というブログ記事から引用する。

とても明るくて、幸せあふれる恋愛マンガとしての「げんしけん

楽しいです。

 

楽しいけど、読んでいて辛い。

ぼくは斑目世代感覚。90年代オタクですね。

そこにさようならを告げられて、若い世代でよろしくやりますよ、という流れになってきた。

 

もう、自分を重ねあわせるキャラクターは、いない。

http://d.hatena.ne.jp/makaronisan/20141225/1419531038

このつらさとは、「オタク」が被差別記号では無くなったことへの寂しさなのではないだろうか。『コンプレックス・エイジ』について、「こっちのほうが読んでいてほっとする」というコメントされているが、この作品で描かれる「歳を食ったコスプレイヤー」は被差別記号としての意味合いが未だ強い。というより、ここでは「被差別者・被抑圧者であるという自意識」の有無が重要に思える。

 

被差別性を帯びた共同体」が社会に受け入れられることで、被害者意識鬱屈・屈託の無いプレーンな「共同体」となっていく。セカオワが大人どもに叩かれるほどセカオ輪は強固になり、セカオワが大人どもに容認されるほどセカオ輪はユルくなるだろう。否定拒否攻撃してくる共通の外敵が居なくなる分、「被差別性を帯びた共同体」にはあった「弱者であるお互いを守りあう」という意味合いは無くなる。その分、共同体単位の結びつきの濃さは薄れていき、個人単位の結びつきになっていって、相性の良いもの同士が共同体の外で個人的に関わるようになっていく。共通の外敵を持つ「被差別性を帯びた共同体」でなら、魅力に恵まれない個人でも、その共同体意識の強さによって人と繋がることが出来たのに……。男性を敵視するフェミニストコミュニティを見ていても、彼女たちの目的は男女同権ではなく、男性を共通の外敵に設定して、女性同士の繋がりを強固にすることのようにしか思えない。そのようにしたがるのは、彼らの個人としての魅力が弱く(あるいは魅力に自信を持てず)、「被差別性を帯びた共同体」の力を借りないと人と繋がれないからではないだろうか。仮想敵にされる側からすればいい迷惑だが。

 

現代日本の,というかぶっちゃけて言うとオタクあいだで言われる「ロリコン」って,ぶっちゃけファッションであってそんな切実な性的志向じゃないだろ! と思うことが多々あって,もちろんガチペドファイルのひとたちがある程度いることは間違いないだろうけれど,雷ちゃんかわいいとか響サイコーとか薫ちゃんにせんせえと呼ばれたいとか言ってるひとが同時に愛宕萌えーとか加賀さんかわいいとかしぶりん結婚してくれとか言ってるの見てると,それもうロリっぽくデザインされたキャラ萌えてるだけで実際は小児性愛者でも何でもないようにしか思えなくて,そして肌感覚としてそういうひとたちの方が多数派なように思えるので,そういうのを見ているひとが「何お前らがセクマイ気取ってんだよ!」みたいに言うことも,まあ,よくわかる.

http://anond.hatelabo.jp/20150116015211

三次元はクソ」だの「女子大生ババア」だの散々言っておきながら、女子大生彼女が出来ると何事も無かったように「シーパラ行ってきてさ~♪」となる自称ロリコン自称オタク男子大学生を何人も実際に見てきた。ハンコ絵ならぬハンコ人格と言えるありさまであった。自称ロリコンの大半はそのような「なんちゃってロリコンなのだろう。真性の小児性愛者は小児にしか欲情できないため事態が深刻化しがちだが、「なんちゃってロリコン」は同年代にも欲情可能なため──むしろ年代への欲情がメインで、ロリに向かうのは上手く手に入らない同年代への当て付けかと思うこともあるくらいだが──それなりの年齢になると恋人を見つけ、結婚し、社会に容認された多数派としての人生を歩むことができる。「上がり」である

 

そして『欲望問題』に戻る。

コミュニティ活動や、ハッテン場や、ゲイメディアなどさまざまな場で、日々ゲイという共同性をめぐる動向を肌で感じているぼくは、いまではそれを解体すべきものとも、抑圧的な記号だとも思っていません。もちろんゲイ自分ではありえませんし、ゲイ共同性の中のある種の傾向や指向違和感をもたないでもありません。自分自身とそれの間には多少のズレや距離があるのが当たり前ですが、一つの足場として利用価値があると思いますし、自分にとっては大きな人脈資源だと実感するのです。ここ数年、ぼくは、ゲイからゲイコミュニティに属する、という見方ではなく、自分が豊かな人生を歩むのに、ゲイコミュニティというフィクションをいかに創造し、それを利用するのかというスタンスに移行しています

ゲイコミュニティ被差別性は徐々に融解しつつあるようだ。表現規制者に弾圧されている「ロリコン」や、恋愛至上主義に抑圧されている「非モテ」は、「オタク」という属性被差別性が融解して宙ぶらりんになった「被差別者・被抑圧者であるという自意識」を持つ人間の受け皿となるラベルだったんじゃないだろうか。被抑圧者になるためのラベルとしてのロリコンと、小児性愛者は別物であり、深刻度も別格だ。

最近では、ふと気がつくと、街で好みの少年のあとをつけていたり、もう少しで声をかけそうになっている自分にハッとします。それと同時にぞっとします。いったい私はどうしたらよいのでしょうか。なんとかならないものでしょうか。本当にもう子供に手を出してしまう寸前なのです……。

http://anond.hatelabo.jp/20150128232843

多くの自称ロリコンは、現実の子供に手を出しそうになったことがない。ロリコン自称するのは、「被差別者・被抑圧者であるという自意識」を持つ人間とつるむこと、そして強者愚痴を言うことが目的なのだ

2015-01-16

ロリコンセクシャルマイノリティ

最近あちらこちらで「ロリコンセクマイ」という主張を目にすることが増えて,それに対する「とうとうこいつらロリコンセクマイとか言い出したよwwwwww」という反応も目にすることが増えてきたんだけど,なんというか,どっちも正しくてどっちも間違ってると思う.

前者は一般論としては疑う余地なく正しい.小児にしか性愛感情を抱けないひとは一定数いる.それは変えられない.同性としか恋愛できないひとがいる,自分は違う性の身体に閉じ込められたひとがいる,というのと同じ次元で,彼らはセクシャルマイノリティと言われるべきだし,彼らが現実の子供に手を出さない限り彼らがそのために迫害されたり「治療」の対象なっちゃいけないと思う.

http://ja.gimmeaqueereye.org/entry/1531

実際に↑のような迫害を受けているひともいる.彼らはどう考えてもセクマイだ.

しか後者一定の理があるというか,現代日本の,というかぶっちゃけて言うとオタクあいだで言われる「ロリコン」って,ぶっちゃけファッションであってそんな切実な性的志向じゃないだろ! と思うことが多々あって,もちろんガチペドファイルのひとたちがある程度いることは間違いないだろうけれど,雷ちゃんかわいいとか響サイコーとか薫ちゃんにせんせえと呼ばれたいとか言ってるひとが同時に愛宕萌えーとか加賀さんかわいいとかしぶりん結婚してくれとか言ってるの見てると,それもうロリっぽくデザインされたキャラ萌えてるだけで実際は小児性愛者でも何でもないようにしか思えなくて,そして肌感覚としてそういうひとたちの方が多数派なように思えるので,そういうのを見ているひとが「何お前らがセクマイ気取ってんだよ!」みたいに言うことも,まあ,よくわかる.

もちろんオタクの中にも,本当にセクマイとしてのペドファイルはいるだろう.でも,大学に行っても自分は7歳くらいの女の子しか好きになれないんだ,と絶望したことのない俺のような「マジョリティ」に属す人間が,第六駆逐隊に萌えているという理由だけで「俺たちもセクマイだ!」と叫ぶことは醜悪だと思う.

セクマイは,多分,そんな軽い在り方じゃない.

2014-11-12

http://anond.hatelabo.jp/20141112112443

話題の内容がLGBTについてとかじゃない限りは「ゲイ友達がね」という風に友人に修飾語を付ける理由がない

相手はゲイに引いてるじゃなくて、増田偏見と友人の性的志向を平気で第三者に言うガサツさに引いてるんだ

2014-11-01

性的指向と同様に幼少期から自覚する性的嗜好存在。私の場合


性的志向性的嗜好には貴賤があるんだろうか?(スカトロジストとしての自己)」http://www.open.sh/entry/20141031/1414716284 (id:netcraft)

と、そのコメント反論記事を読んでいてどうしても言いたかったのでここで書きます。。

はてな民じゃないので書き方おかしかったらゴメンなさい。



まず

>「スカトロはいわゆる「プレイ」だから性的指向とは全く別の問題だろ。幼少期から糞尿そのものが性対象なの?」

っていう意見について…、



幼少期からという人も、いると思います


私の場合は嗜好の内容はそれとは違いますが、9〜10歳ごろの性への理解とほぼ同時に、自分性的特性自覚しました。

それも、そういう内容の広告を見て、「ああなるほど、私は『これ』だったんだ」という認識でした。

まり傾向自体はそれ以前に漠然認識しつつ、そのとき名前を与えられたという状態でした。


大人になってから「選択」したわけではなく、幼少期から自覚する性的嗜好によって、それに悩み、矯正を試みてもやはり駄目で、人には相談できず、自己存在に疑問を持ち続けるということがあるという事を、できれば知って欲しいです。


三島由紀夫のたしか仮面の告白」はこれがテーマじゃないでしょうか。幼少期の糞尿汲取人への思いから自己正当性への葛藤三島場合男色がメインの「告白」ですが、サディズムスカトロジーも、言えない欲求として存在しています



>「嗜好は秘めやかに楽しむ」…


もちろんLGBTの方々よりも日常生活における問題は少ないですし、それゆえ公にする必要はないと言えます

また、嗜好によっては安全面、倫理面などに問題があって、実践のもの不可能場合もあります。(ロリコン問題もそうよね?)

から多くの少数性的嗜好者はそれを特定パートナー全然出会えない)や、想像や、小説イラストだけで満足させて、他ではおくびにも出さず、きちんと現実社会と折り合いをつけています

しかし、自分が「生得した」傾向は、どんなに悩もうと矯正できない…。


そんな中で、それをお笑いネタにされたり、人々に無条件に嫌悪されたりするのは、仕方ないと分かってはいても辛いものです。

この点はLGBTの方々と共通するんじゃないかなと思っています。一緒にして欲しくはないかもしれませんが…。


折り合いをつけられなかった場合神戸児童殺傷事件少年Aがその例です:「少年A 矯正2500日全記録」 が大変参考になります)には「治療」が必要です。

しかし折り合いをつけて生活が出来ている限りは「それは単に病気じゃないの?ちゃんと治したら?」という意見も、なんというか、悲しいだけです。「そうかもしれません」としか言えません。

それを簡単に「治療」してくれる相手もほとんどなければ、それをしなくてはならない理由は(社会生活との折り合いをつけられている限りは)ありません。



記事のさいとうさんがどんな人か知らないし、普段からおちゃらけているのか、どんな社会的立場の方なのかも知らないですが、記事にはとても共感しましたし、問題になったブコメも私と同じ気持ちでつけたんだろうなと思いました。

その性的嗜好を本当に親しい人にはカムアウトしてきた、その結果距離をおかれたこともあるとの記述がありました。

自分という存在の中で大きな割合を占めるもの、本当の自分を語るには避けて通れないものを、本当に親しい人にもずっと隠して生きていかなければいけないのは、やはり悲しくて、辛いことです。


私は女性なので、大きな誤解も招きかねないですから現在ダンナ(どノーマルです)以外にはカムアウトはしていません。

ダンナとは普通のことしかしませんから、本当は実現できるパートナーの方が良かったのかとも思っていますが、そういったパートナーに幸か不幸か恵まれなかったこと、子どもが出来たのちにそれが何らかの形で悪影響になってはいけないと自分で思っていたこと(注・このことは「その嗜好がやはり悪徳じゃないか」という証明にはなりません。現在社会規範から外れていることが問題からです)から現在わたしは自分性的嗜好現実に満たしてはいません。

今後も、忘れたことにして胸の内だけでたまに思い、その人生を選んだのは自分だと言い聞かせるだけです。



先般のSMバー問題報道において、「政務活動費で補われるものであったかということは問題だが、SMという性的嗜好自体問題とするのは、よくないのではないか」といった言説を複数目にして、「すごい、時代は変わっている、嬉しい」と感動していた矢先のことで(そしてそれはLGBTの方々が社会に受け入れてもらえるように活動し、それが認められてきたことに付随するものだと感じ、感謝しています)、立て続けに考えさせられたので、ここに書かせてもらいました。


お読みいただきありがとうございました。

2014-07-15

性別恋愛対象を決める感覚

本当によくわからない

よくわからない感覚を説明するのも難しく

バイとしては異性愛者も同性愛者も近くて遠い存在である

ノンケの話もゲイの話もなんか共感できるのでお得感があるが

ノンケはこれだからゲイはこれだから…みたいな発言のどっちにもなんか傷ついてしまい途方に暮れることがある

ちなみに男も女も好きになるので、どうも節操がないというふうに思われる向きがあるが

性的志向がどうであれもてない奴はもてない

2013-08-26

どこにも届かない

誰かと二人で居ることやその人のことを知っていけることは楽しいし、その人が自分に親情を抱いてくれることは嬉しい。でもそれは相手が男だろうと女だろうと、どんな性的志向を持っていようと同じだ。異性と居るからそれはいわゆる恋愛に発展するものだとか、同性とだから友達関係だとか、よくわからない。そもそも自分性的志向もよくわからないし。ああ好きだな一緒にいたいなと思う基準がその人の価値観とか世界観によるからなのかもしれないけれど、だきしめたいと思うことはあってもやりたいと思うことはない。だから、好きですつきあってくださいとか言われても、好きだと言ってくれるのは嬉しいし僕も好きだけど、つきあうってなんだよってなってしまう。今のこの関係じゃだめなのか。友達だろうと恋人だろうとそんな名前なんてどうでもよくて、今そこに居る君が好きで、君といるのが心地よくて。くるくる変わる表情を君が帰りたくなるまでずっと見ていたい。会っていない時間にあったことを話す少し高い声を君が飽きるまでずっと聞いていたい。特に何もないけれどじわりと暖かいその手に肩に頬に君が嫌がるまで触れていたい。距離が掴めなくて眉を少し下げていた頃の表情だって、ぽつりぽつり零すように静かに話していた頃の頼りない声だって、触れようとも思わなかった頃の曖昧な身体だって、今は愛おしい。そういう「君」が僕には何人か居る。それぞれが僕にとって比較のできない存在で、そして結局はきっと、どうでもいい存在だ。それに、名前っていうのはある状態につけたければつければいいものであって、その名前になるために自分を合わせていくのってなんか違うような。でも無邪気に恋愛の箱に入って気持ちよく眠っている子にこんなことを言って困らせたくはない。そっと消えるか、要求に応えるか、どの道もう、ただその存在を愛おしんで尊んでいた頃の浅い夢には戻れない。悪いのは相手の尊重だけして自分のことを伝えようとしない僕なのは分かっているけれど、伝えたら傷つけるだけだ。人と関わることが自分には向いていないのだなんて、逃げるようにスピッツ聴く晩夏

2012-09-08

http://anond.hatelabo.jp/20120908144858

生まれついでの性的志向としてのアイデンティティと単なる趣味としてのステレオタイプ自認というのは違うしな。

アニメに深く熱中・没頭している人」だったものを、そういう人のステレオタイプから言葉逆輸入して、「アニオタ」を「アニメに深く熱中・没頭している人で構成される、特定の文化を共有する集団」という意味あなたが使っているだけだと思うよ。その文化を共有しないけれどもアニメに深く熱中・没頭はしている人からは反発を受けるのが普通かと。

それに、ああい快楽主義とか刹那主義はやっぱりいかんよな、っていう反省があったからこそそういう考えのゲイもいるってことなんじゃないか

君が偏見の塊であることはよくわかったよ。そういう考え方をするようなら、元増田意味もよーくわかった。ネットはいろんな人がいるしね、これ以上は何も言わない。

http://anond.hatelabo.jp/20120908101932

生まれついでの性的志向としてのアイデンティティと単なる趣味としてのステレオタイプ自認というのは違うしな。

それに、ああい快楽主義とか刹那主義はやっぱりいかんよな、っていう反省があったからこそそういう考えのゲイもいるってことなんじゃないか

2011-10-26

http://anond.hatelabo.jp/20111026165701

「大違い」のくだりはまあ大体理解できたけどw

でもやはり、なにがそんなに大きく違うのかしらん。というか、

「おいおいソッチの方向に『大きく違う』といろいろヤバイんじゃないの」っていう感じだ。

巨乳女子は、「自分の意志と関係なくヘテロセクシャルであることに」などされていない。

会話主である男の性的興味の対象になっているだけで、巨乳女子ヘテロであるかどうか、恋人いるかどうかは、問題とされていない。要するに、ソソる異性か否かという話。

(中略)

「対象の性的志向その他を抜きにして、単純に男である自分から見て、ソソる異性か否か」(つまり性的興奮を覚える対象か否か)

「対象の性的志向・対象にパートナーがいると規定した上で、そのシチュエーションがそそるか否か」

前者は、対象の性的志向人格を一切考慮に入れず、単に外見が好みかどうかの話。

後者は、対象の性的志向パートナーの有無を、話者が「勝手に」規定した上での話。

後者の方がより悪質。

絶対この「後者の方が悪質」論が来ると思ってたけどw

この辺は全く同意できないね

何を以てして「より悪質」なのか、基準が理解できない。

ある人間をモノ扱いする方が、ある人間が他の人間を好きなのだと妄想することよりも悪質さの度合いが低いとはとても思えない。

「より不快」とは言えると思ってたけど、でもそれ主観からwって退けられたら終わりだからね。





日常からホモを拾う」っていうフレーズがまずかったかな。

例でちょろっと書いたけど、これ「ある人物がホモセクシュアルである妄想する」行為じゃなくて、「ある人物が別の同性の人物をなんか一線越えてるかのように好きすぎると妄想する」行為ですからね。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん