はてなキーワード: 家庭教育とは
死因は何より貧しさだろうけど、危険への無知もあるし、昔の人と話してると死んでも仕方ない覚悟で女が畑仕事や家事をやってた感じもする
百姓貴族で書かれてた机の脚に赤子くくりつけて放っておいてたのとかも今なら虐待だしいつ事故で死んでもおかしくないよね
忙しかったし父親の育児参加が無かったから仕方なかったみたいな感じの話を聞く
自民森派の支持母体の捨て育てのとこも多くの政治家が推薦してるけど戦後からのオカルト育児だし昔ながらの育児や家庭賛美は根強いよ
【前文より】
・かつて子育ては、社会から温かく厳しい「眼差し」に支えられていた。
・今は、伝統的子育て法が伝承されず、父母が途方に暮れている。
・発達障害のような「気になる子」が増えて学級崩壊が起きた。不登校や非行と発達障害との関係も指摘されている。
【条文より】
なんで学校で教えてくれない。
どうして親が教えてくれない。
自分で体験しなくちゃ分からないならどうしてそれを体験させてくれない。
現実の世界では学びきれないことが多すぎて二次元の世界で学ばなくちゃいけないことが多々あるのはまあ仕方がない。
道徳の授業なんて名前の物はあるけどその中身は文章力のあるなしを晒し上げて普通の基準からはみ出た両端それぞれに照れ臭さを染み込ませて萎縮させるだけ。
人の顔色を伺って相手が望む答えを返すことがいい子であり理想的国民でありそんなの当たり前でそうじゃない奴らはコミュニティの恥さらし。
そういう事教えこんでそれが人生において役に立ってるとは思えない。
行き詰まったら落ち着いてレベルアップしようとか全滅しないように撤退は1手だけ早くやろう強敵を相手にしたらじっくり下準備をしようって経験の方が絶対に役に立ってる。
人生をちゃんと教える気のない人間だらけなら義務教育も家庭教育も意味合いが薄いんじゃないのかと。
それの繰り返しで人生に大切なことを7割ぐらいしか理解できないまま大人のフリをしてる人間ばかりの社会にしてどうするんだろうか。
教育機関において『いじめなんて存在しないし、解決させる気も無い』という事がいじめに関する報道で明らかになっているのにも関わらず、
実際に自分の子供がいじめに直面すると、学校に相談しようとする親の多いこと。それは明らかな間違いで、愚策としか言いようがない。
以下のワードでGoogle検索をしよう。この国の教育機関のいじめの扱いが手に取るように分かる。
『大津市中2いじめ自殺事件』、『金銭要求「いじめ認定困難」=教育長が見解、原発避難-横浜』、『学校におけるいじめ問題に関する基本的認識と取組のポイント』
特に最後の文部科学省が掲載しているのはお笑いものである。教員は生徒に講義と学習のアドバイスをおこなう賃金しか貰っていないわけで、親身にいじめ問題を取り扱える訳が無いのである。
また、ポイント3は、いじめの原因は家庭教育の在り方にあるみたいな擦り付けだ。既に教育機関ではなくそっちで落とし前付けてこいと言っているのだ。
そもそも家族は、本人がどの様ないじめ・発言をされているのかを本人からしか聞くことが出来ない。もし本人になんらかのバイアスがかかって「気にしないで」と言われたら家族教育もクソも無いのだ。
そして、「生きることの素晴らしさ」を教員が教えるというポイント4。それは無理な話だ。教員が教えられるのは、「ユーチューバーにはなるな」「勉強しろ」「遊ぶ時は車に気をつけろ」だ。
そして、ポイント5。地域社会(笑)。地域社会が出来るのは、せいぜい未成年飲酒や喫煙しているアホな学生のツイートをRTしたり、それを見つけたら学校に通報するぐらいである。
今の教員が学校に通ってた頃なんて、教師が生徒殴ってるのが当たり前だったんだし、子ども同士の暴力なんて「悪ガキがやらかしたんでしょ」ぐらいにしか思ってないだろう。
子どもがいじめと思われる行為(子どもにとって不愉快と感じる出来事)が発生した場合は、まず学校(教師や校長)ではなくカウンセラーに相談するべきだ。
休みが無いブラック職の人間(教員)に心理的な問題が介在するいじめ案件を扱える訳がない。今の給料では自分のクラスと授業を受け持つだけで限界だろう。
今年度は本当に苦難だった。
学校に何度も相談し、学校側も対応してくれているが改善されず。
いじめの主犯格の母親と世間話を装って話してみたが、話にならなかった。
母親曰く、息子はとても良い子で何一つ悪くない、悪いのは担任と学校とクラスメートだ、そして唖然としたのは暴力は悪いことではないと思っていて、家庭教育でそのように教えているということだった。
ありえない。
あぁ、この親にしてあの子か、と。
だから学校側が再三呼び出して話し合っても解決されないのだな。
ちょうど体調を崩し気味で、私自身が抱えている実母とのトラブルも重なり、人生最悪の落ち込みだった。
そんな中、友人のAちゃんより
「今日は、教えてあげたいことがあってメールしてます。毛穴洗浄知ってる?めっちゃ気持ちいいよー!3回分の体験チケットもらったから、あげるね!」
とメールが来た。
Aちゃんは息子を通じての友人で、同じ学年の子どもを持つお母さん。
いつも心に響くアドバイスをしてくれて、心から信頼している人だ。
全く興味はなかったけど、信頼しているAちゃんの紹介だし、心も体もズタボロだったけど行ってみようと思った。
そして行ってみると返事をしたら、即返事が来て、
「◯◯◯の3日間で10時から予約したよ!私はお役に立てないけど、お手入れと、人と、ラウンジが癒してくれる気がするの。本当に私の勝手な勘だけど。どんなかな?」
…かなりの温度差を感じつつ、心身ともに下がってるので、返事できなかった。
「明日、9時半くらいに迎えに行くね。明日お手入れしてくれる◯◯さんって人も、お手入れに出会ったとき、子供のことでめちゃくちゃ悩んでた人なんだって。都会の、寝てする豪華なエステではないから、ご期待に添えないかもしれないけど、お手入れも、人もあったかくしてくれると思います。」
ちょうどこの頃から体調も少し良くなってきたので、行ってみることにした。
今時は珍しくないのかもしれないけど、まあまあ複雑な環境で育ちました。片親、親戚に預けられる、義理の親などなどは体験済みである。
辛気臭いことこの上ないので、子供の頃から自分の家族話は人様に言えるものではないのだという自覚があったため他人に相談したり話したことはほぼありません。でもやっぱり、吐き出したいので増田になります。
経済的には良くも悪くもなく、人間関係がこじれた系家族です。親はお金を出してくれる人くらいの感覚しか持たずに育ちました。この感覚はは世間一般に好まれない感覚だろうというのは想像できます。いくら複雑だったとしても養われてきたのだから感謝の気持ちを持つ方が美しい心根というものだろうとわかっていても持てません。
そんな身の上だったからか生来のものなのか、根暗に性格悪く育ったうえ、特技もなく、就職活動時期はリーマンショック直撃で面白いくらいに面接に落ちまくる。
そのため自分には絶対に向いてないと避けていた教育系の仕事に足を踏み入れました。それがもうショック療法かなというくらいに自分のコンプレックスを激してくるんですね。結局は家庭教育が全て、問題行動を起こしたりするのは家庭環境が複雑な子供が多い、エトセトラエトセトラ。そんな話題が出るたび、自分のことを話してるのではないとわかってても動揺するよわよわメンタル。
しかも周りは大体がお育ちの良い方々ばかりですので、ますます育つコンプレックス。
あなたには想像できないかもしれないけど、大変な家庭も多いのよ、と言われるも、むしろ大変な家庭に親近感を持っていた。これは人によっては強みになったかもしれませんが、いまだその壁を乗り越えられていない私は強みにはできませんでした。
暴力を受けた訳ではないし、学費も出してくれたけど、家族はみな不器用で余裕がなく常に誰かが誰かにやつあたり怒鳴り散らし喚く家庭で育ったやつが、他人の子供を良い方向に導くことができるだろうか?いや、できないだろうと日々育っていく劣等感。
子供の頃は、この家さえ出れば何とかなるのだと思い生きてきましたが、家を出て一人暮らしを始めても、この育ちの悪さとそれによって形成された私という人格からは逃れようがないのだという確信を強くする日々です。
でもこの精神不安定さは、大人になった私にとってはもはや家族のせいにはできない、自分の問題なのだというのはさすがにわかります。理由はどうあれこの非常に個人的な問題を解決できるのはやはり自分だけなのですから。どうしたらこの劣等感を受け入れてることができるようになるのだろうか。家族のせいにしても意味ないし、ただつらい。
自分は十分な肥料や水や日光を与えられないまま、十分に太く育つことが出来ないまま高くなっただけの木だ。
この森では高ささえ一定になれば、果実を実らせることを期待される。いや、期待どころじゃなくノルマを課せられる。
十分に太く育った木でも、細い木でも、同じ果実を実らせるノルマが課される。
ノルマが達成できないと殴られ傷つく。折れそうになるので、必死でノルマを達成しようと果実を実らせる。でも必死なので、疲れ果て、やせ細って折れそうになり、結果は同じだった。
ホント理不尽だよね。やってらんないよね。そうだね、マルハニチロだね。
障害者手帳じゃないけど、社会人は家庭教育環境品質指数みたいなモノを考慮してバランスとってほしいよね。
健常者の一人前のフリするのやーめた。それ相応の育ちかたをしてないのだから。
教育基本法(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H18/H18HO120.html)
第一条 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
第二条 教育は、その目的を実現するため、学問の自由を尊重しつつ、次に掲げる目標を達成するよう行われるものとする。
一 幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと。
二 個人の価値を尊重して、その能力を伸ばし、創造性を培い、自主及び自律の精神を養うとともに、職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養うこと。
三 正義と責任、男女の平等、自他の敬愛と協力を重んずるとともに、公共の精神に基づき、主体的に社会の形成に参画し、その発展に寄与する態度を養うこと。
四 生命を尊び、自然を大切にし、環境の保全に寄与する態度を養うこと。
五 伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと。
(社会教育)
第十二条 個人の要望や社会の要請にこたえ、社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によって奨励されなければならない。
2 国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館その他の社会教育施設の設置、学校の施設の利用、学習の機会及び情報の提供その他の適当な方法によって社会教育の振興に努めなければならない。
社会教育法(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S24/S24HO207.html)
第一条 この法律は、教育基本法 (平成十八年法律第百二十号)の精神に則り、社会教育に関する国及び地方公共団体の任務を明らかにすることを目的とする。
第二条 この法律で「社会教育」とは、学校教育法 (昭和二十二年法律第二十六号)に基き、学校の教育課程として行われる教育活動を除き、主として青少年及び成人に対して行われる組織的な教育活動
(体育及びレクリエーションの活動を含む。)をいう。
第三条 国及び地方公共団体は、この法律及び他の法令の定めるところにより、社会教育の奨励に必要な施設の設置及び運営、集会の開催、資料の作製、頒布その他の方法により、すべての国民があらゆる機会、あらゆる場所を利用して、自ら実際生活に即する文化的教養を高め得るような環境を醸成するように努めなければならない。
2 国及び地方公共団体は、前項の任務を行うに当たつては、国民の学習に対する多様な需要を踏まえ、これに適切に対応するために必要な学習の機会の提供及びその奨励を行うことにより、生涯学習の振興に寄与することとなるよう努めるものとする。
3 国及び地方公共団体は、第一項の任務を行うに当たつては、社会教育が学校教育及び家庭教育との密接な関連性を有することにかんがみ、学校教育との連携の確保に努め、及び家庭教育の向上に資することとなるよう必要な配慮をするとともに、学校、家庭及び地域住民その他の関係者相互間の連携及び協力の促進に資することとなるよう努めるものとする。
図書館法(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S25/S25HO118.html)
第一条 この法律は、社会教育法 (昭和二十四年法律第二百七号)の精神に基き、図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もつて国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「図書館」とは、図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供し、その教養、調査研究、レクリエーシヨン等に資することを目的とする施設で、地方公共団体、日本赤十字社又は一般社団法人若しくは一般財団法人が設置するもの(学校に附属する図書館又は図書室を除く。)をいう。
2 前項の図書館のうち、地方公共団体の設置する図書館を公立図書館といい、日本赤十字社又は一般社団法人若しくは一般財団法人の設置する図書館を私立図書館という。
第三条 図書館は、図書館奉仕のため、土地の事情及び一般公衆の希望に沿い、更に学校教育を援助し、及び家庭教育の向上に資することとなるように留意し、おおむね次に掲げる事項の実施に努めなければならない。
一 郷土資料、地方行政資料、美術品、レコード及びフィルムの収集にも十分留意して、図書、記録、視聴覚教育の資料その他必要な資料(電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られた記録をいう。)を含む。以下「図書館資料」という。)を収集し、一般公衆の利用に供すること。
二 図書館資料の分類排列を適切にし、及びその目録を整備すること。
三 図書館の職員が図書館資料について十分な知識を持ち、その利用のための相談に応ずるようにすること。
四 他の図書館、国立国会図書館、地方公共団体の議会に附置する図書室及び学校に附属する図書館又は図書室と緊密に連絡し、協力し、図書館資料の相互貸借を行うこと。
五 分館、閲覧所、配本所等を設置し、及び自動車文庫、貸出文庫の巡回を行うこと。
六 読書会、研究会、鑑賞会、映写会、資料展示会等を主催し、及びこれらの開催を奨励すること。
七 時事に関する情報及び参考資料を紹介し、及び提供すること。
八 社会教育における学習の機会を利用して行つた学習の成果を活用して行う教育活動その他の活動の機会を提供し、及びその提供を奨励すること。
九 学校、博物館、公民館、研究所等と緊密に連絡し、協力すること。
(入館料等)
学校図書館法(http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S28/S28HO185.html)
第一条 この法律は、学校図書館が、学校教育において欠くことのできない基礎的な設備であることにかんがみ、その健全な発達を図り、もつて学校教育を充実することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「学校図書館」とは、小学校(特別支援学校の小学部を含む。)、中学校(中等教育学校の前期課程及び特別支援学校の中学部を含む。)及び高等学校(中等教育学校の後期課程及び特別支援学校の高等部を含む。)(以下「学校」という。)において、図書、視覚聴覚教育の資料その他学校教育に必要な資料(以下「図書館資料」という。)を収集し、整理し、及び保存し、これを児童又は生徒及び教員の利用に供することによつて、学校の教育課程の展開に寄与するとともに、児童又は生徒の健全な教養を育成することを目的として設けられる学校の設備をいう。
(設置義務)
(学校図書館の運営)
第四条 学校は、おおむね左の各号に掲げるような方法によつて、学校図書館を児童又は生徒及び教員の利用に供するものとする。
一 図書館資料を収集し、児童又は生徒及び教員の利用に供すること。
二 図書館資料の分類排列を適切にし、及びその目録を整備すること。
三 読書会、研究会、鑑賞会、映写会、資料展示会等を行うこと。
四 図書館資料の利用その他学校図書館の利用に関し、児童又は生徒に対し指導を行うこと。
公立図書館は「国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする」(図書館法1条)のに対し,学校図書館は「学校教育を充実することを目的とする」(学校図書館法1条)。
PARANOIA(パラノイア)というTRPGがあります。1984年出版。ジョージ・オーウェルの『1984年』で描かれた年です。
狂ったコンピュータに管理されたアルファ・コンプレックスというディストピアが舞台のSF。共産主義(過剰)批判を風刺する内容で、詳しくはググってリプレイなどを読んだり見たりするといいでしょう。
パラノイア(RPG)とは (パラノイアとは) [単語記事] - ニコニコ大百科
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今年に入って、立て続けにこの「市民、幸福は義務です」あるいは「hoge、fugaは義務です」と言いたくなるような事案が発生しているので、それをまとめてみました。
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