はてなキーワード: 結果論とは
今年もたくさんアイドルみましたので整理.
http://blog.livedoor.jp/r_simura/archives/52171383.html
最近よく出る成功事例であるAKB,perfume,ももクロまでいけるのかしら.
×テクノ(笑),×サブカル(笑)みたいな要素が必要だと思うんだけど
という前置きで,今年のベスト10(って言いつつ最近聴いてる曲が中心)
★10位
★9位
★8位
★7位
BiS「My Ixxx」
★6位
★5位
★4位
★3位
モベキマス「ブスにならない哲学」
★2位
★1位
整理すると雑食っぷりがみえる.
また来年も書くつもり.
ttp://www.ustream.tv/recorded/18060735
このラジオ、辻村深月も西尾維新も読んでるからすごい楽しめました。ついでに、これ観てて、瀬戸口廉也作品と比較したくなった。
他にも禁書外伝とかRetakeとかいろいろあるけどとりあえずは瀬戸口。
・・・と思ってたけどごめんなさい。案だしすらもうまく出来ないで途中挫折。
誰か私以上にもっと詳しく読んでる人がいる筈なので、その人にお願いしたい。id:dodododさんとかに期待。
どの本もすぐに絶版なって、Amazonは高値つけてしまうので、話せる人がおらんのやー。寂しいんやー。
どちらも「壊れた人=世界から決定的にずれてしまった人」を描こうとしていると思う。
違いは、その壊れた人のどの部分を、どのように描いているのか、かなぁ。
瀬戸口作品では、西尾維新の「前」と「後」が語られることに重心が置かれているような気がする。
(って、これ西尾維新読んでないとわからんよね。下書き段階なので分かる人だけわかってください。ゆるして。)
「暗い部屋」においては、「少女不十分」の少女が作られていく過程を精緻に描くことが中心になっているようにも見える。
「Carnival」もゲーム版では「前」段階が描かれる、(そして、7年後を描いた小説版では「後」が描かれている)
「ドッペルゲンガーの恋人」は「世界とずれてしまった少女=恋人」をそばで眺め続ける男性が主人公で、
ここでも、「前」部分、つまり西尾作品みたいに「そういうものだ」と割りきるのではなくて、
「少女」の形成過程や、彼女がどのように考えているのか、を遡って理解していく作業が描かれる。
まぁ、「真ん中」部分=ズレを認めて、それを前提に生きることを決心してからの生き様を描くこと、
これは意図的に避けられれいるのかというとそういう訳ではない。
ただ、その描かれ方は、西尾維新が期待を込めて読者を送り出した先とは思えないほどキツい。
「PSYCHE」においてはこの「本質が変化してしまった人間」を主人公として、その日常が淡々と描かれる。
常人には耐え難い光景なのであるが、主人公は幸せそうにしている。読者としても物語にシンクロしないと読んでて苦しくなる。
「犬憑きさん」においても、冒頭から千石撫子と神原駿河のダメなところを足したようなキャラクターで始まる。
絵はすごい可愛いのだけれど、やはり描かれているのは異端者のギリギリの生活だ。
「SWAN SONG」とか「キラ☆キラ」は語るときりがないので、完成版でかければいいかな、と。
あと、西尾作品は、壊れた人は、その代償になにかしらの力を持っている事が多い。
力を持たない、「壊れた人」を「ただの、無力な絶対的な弱者」として少女を描いたのは多分「少女不十分」が始めてなんじゃないかと。
一方、瀬戸口作品は「犬憑きさん」と、「CARNIVAL」の学、それから「ドッペルゲンガーの恋人」の主人公を除き、すべて無力である。ただ弱いだけ。
そして、この3つにしても、途中で力を失うか、ソレ以上の強い力に屈服させられることになる。
基本的に、異端者は世界に見つかったら押しつぶされるしかない。常に逃げて、隠れることにしか活路を見いだせない。
それでも負けを理解した上で世界に堂々と喧嘩を売ったのが「SWAN SONG」で(このあたり第三勢力を形成する球磨川禊くんに通じるものがある)
それでも人とつながって行きようとしたのが「キラキラ」で、
「ドッペルゲンガーの恋人」にいたっては、自分たちのことを世界に認めさせようと働きかけるところまで来た。
ずっと瀬戸口作品を見てきた人間としては、ついに個々まで来たかと感慨深いものがあるけどこれはまた別の話。
あとなんだろ。西尾作品は、世界より人の方が好きだって発想なんだけれど、
瀬戸口作品はどんなに冷たくされても、世界=自分たちに厳しくて冷たい社会 が好きで、それを肯定できないんだよな。
まぁ瀬戸口作品の場合、殆どにおいて、主人公は家族を拒絶するので、その代わりとなるものを求めざるを得ないという事情がある。
瀬戸口作品の場合、エロゲ出身ということもあり、その応えを男女の結びつきに求めるのだけれど、
これが「同レベル同士」であるがゆえに、共依存的な関係になって、現状を打破する爆発力を持たないというのがある。
この図式を崩したのも「犬憑きさん」あたりからで、「ドッペルゲンガーの恋人」はかなり壁を越えたカンはある
あと、西尾維新の場合は、作品を読み終わった後、未来が開かれているような印象を受ける。
つまり、世界と向き合う、という部分が重視されており、ある程度結末は「生きる」という方向性で固定されている気がする。
瀬戸口作品の場合は、なんというか、あくまで登場人物の間の対話というか綱引きが大事になってるというか。
お互いの間で思う存分対話ができたならそれで満足で、その結果がどうかはそれほど重要じゃないと言うか、むしろ負け戦が多い。
つまり、綱引きをしたときに、西尾作品の場合は、「生きているものが強い」「頑張って生き抜いてきたものが、弱いものを引っ張る」というカタチになる。
あくまで結果論であり、阿良々木暦とか見てればわかるように、無敵のヒーローみたいな存在を想定しているわけじゃないがうーむ。
ここあとで説明するのか・・・?
そんでもって、 Microsoft は持っている。僕同様、みんなも知ってると思うけど、なんと驚くべきことに、 Microsoft はそれをよく理解していない。実に。でも彼らは、純粋に、偶然、プラットフォームを提供するビジネスから始まって成長してきたから、プラットフォームを分かっているんだ。彼らはその領域で30数年やってきた。 msdn.com に行って、少しの間ブラウジングしてみればわかる。もし見たことが無ければ、驚く準備をしておいた方が良い。なぜならそれがとてつもなく巨大だからだ。何千の、何千の、何千もの API コールがある。彼らは巨大なプラットフォームを持っている。実際の処大きすぎて、全く統率が取れていないけれど、少なくとも彼らはやっている。
Amazon は自分のものにしている。 Amazon の AWS ( aws.amazon.com )は途方も無くすばらしい。行ってみてご覧よ。クリックして回ってみるんだ。全く恥ずかしくなる。僕らはこれらのひとかけらも持ち合わせていない。
Apple も、明確に、自分のものにしている。彼らは基本的にクローズな選択を、特にモバイルプラットフォーム周りでしているけれど、アクセシビリティを理解しているし、サードパーティ開発者の力もよく分かっていて、自分たちのドッグフードを食べている。それでさ、わかるだろ?。彼らは実に見事なドッグフードを作る。彼らの APIコールは Microsoft のそれに比べて実にクリーンで、ずっと昔からそれを維持している。
Facebookも持ってる。だからこそ心配になるんだ。ぐうたらな僕をここまでして書かせた理由はそれだ。僕は元来ブログするのも、プラスする(って言うのかどうか知らないけど)のも嫌いだ。そもそもGoogle+はぶっちゃけ話をするのにはひどい場所だけど、とにかくやらなきゃならない。Googleに成功して欲しいと思ったらね。で、僕は成功して欲しい!。まあ要は Facebook が僕を呼んでいるし、きっとそっちでやるほうがずっと楽なんだろうけど、Google は僕にとって家だし、だからこういう家族同士のお節介焼きのようなことをやっていこうよと言ってるわけだ。(訳注:この辺の訳怪しい。トラバで指摘いただいたのがすてきだったのでまるっと差し替え!。"アドバイス" thx !)
Microsoft と Amazon 、それに Facebook (たぶん。実際僕はよく見ていないんだ。だってすごく落ち込むからね…)の提供するプラットフォームに驚いた後に、 developers.google.com に行ってちょっとブラウズしてみて欲しい。ね?大きな差だろう?。まるで君の5年生の甥っ子が、巨大で強力なプラットフォーム企業がもしリソース的に独りの小学5年生しか人を割けないって時に作るようなものをデモしてみなさい、なんていう宿題でもでっち上げたみたいな感じだよ。
どうか悪く思わないで欲しい。 Developer relations チームが、これを外部に提供できる形にするためにとんでもない努力をしてきたってことを僕は分かっている。僕が知る限り、彼らはとにかくケツを蹴り上げつつけている。なぜなら彼らはプラットフォームを理解しているからさ。プラットフォームに対して実に冷淡で、しかも時には敵対心さえあらわにされるような環境の中で、彼らは英雄のように努力している。
僕は率直に、 developer.google.com が外部の人にとってどう見えるかを説明しているだけさ。全く幼稚に見えるだろう。 Maps API は一体どこにあるっていうんだ?。いくつかはなんだかよくわからないラボプロジェクトとやらに入っている。で、いざたどり着いてみれば、そこにある API は全くけちな代物だ。まさに本当の意味でドッグフードだ。オーガニックなんかとは無縁だね。僕らの内部 API に比べれば、まるで不格好な別物だよ。
Google+ についても、悪く思わないで欲しい。到底彼らだけが違反者ってわけじゃない。文化的なものが絡んでいるんだ。僕らが内部でやってることっていうのはさ、基本的には、惨めでマイノリティなプラットフォーム部隊が、無敵で予算も自信もたっぷりのプロダクト部隊に多かれ少なかれ負け続けている、そんな戦争なんだよ。
ゼロから構築したプログラマブルなプラットフォームになるべきなんだってうまく気づいたチームってのはみんな弱者さ。 Maps や Docs なんかが思い浮かぶ。 Gmail もなんとなくそっちの方に進みはじめたように見える。でも彼らがそのために予算を獲得するのは実に難しい。なぜなら、それは僕らのカルチャーじゃないんだ。 Maestro の予算なんか、 壮大な Microsoft Office プログラミングプラットフォームの足下にも及ばないちっぽけなものだ。ふわふわ毛皮のうさぎちゃんと、 T-Rex の対決みたいなものさ。 Docs チームだって、このスクリプティング機能が無ければ Office に太刀打ちできないってのはよく分かっているんだ。でも残念なことに、予算が付かない。つまりさ、そうじゃないとは思うんだけど、現状 Apps スクリプトが Spreadsheet だけで動作して、 API の一部としてキーボードショートカットすらない。まさにチームが愛されていないって思うしか無いよね。
皮肉にも、 Wave は偉大なプラットフォームだった。冥福を祈りたい。でもプラットフォーム的な何かを作るっていうことは、そのまますなわち成功を意味するって訳じゃあ無い。プラットフォームにはキラーアプリが必要だ。 Facebook そのもの(つまり、 wall やら friends やらなんやらというデフォルトの機能)が、 Facebook プラットフォームのキラーアプリだ。そして、 Facebook アプリが、 Facebook プラットフォーム無しで成功できると結論づけるのは、深刻な誤りだと僕は思う。
みんなは、外の人たちが Google は傲慢だって言い続けているの、知っているよね?。僕は Googler だ。だから、みんなと同じように、外の人たちがそう言っているといらいらとする。僕らは全般的に見て全く傲慢じゃ無い。僕らは、まあ、99%は傲慢じゃない。僕はこの文章をこう始めた(遠い記憶をさかのぼってよ)、 Google は「正しいことだけをする」って表現した。僕らはよかれと思ったことだけをしている。だから、人々が僕らが傲慢だって言うときは、まあ大抵彼らを雇ってあげなかったときか、僕らのポリシーに不満があるか、まあそんなようなところじゃないかな。彼らはそれで気分が良くなるから、傲慢だ傲慢だと言っているんだろう。
でも、もし僕らが、僕らは全ての人に対して完璧なプロダクトをデザインする方法を知っているだなんて、そんなスタンスを取るんだとしたら、僕を信用してくれて良いと思うけど、結構そういう話を聞くんだけど、僕らは飛んだ間抜けになる。それを傲慢って言ったり、無邪気さって言ったり、なんて言ってもいいけど、結局の処、それは愚かさに他ならない。全ての人にとって完璧なプロダクトなんて、無いんだ。
デフォルトフォントサイズを設定できないブラウザについて話してこの話題を締めくくろうか。アクセシビリティへの侮辱ってやつについて語ろう。つまり、いずれ僕は年を取って、ほとんど目が見えなくなる。事実そうだと思う。僕は人生でずっと近視だったし、40歳にもなれば今度は近いものが見えなくなる。そうなればフォントの選択ってのは生死を分ける重要なポイントだ。それは君を完全にその製品から追い出してしまう。ところがどっこい Chrome チームってのははっきりと傲慢だから、彼らはゼロコンフィギュレーションプロダクトなんて言ってて、まったく厚かましくも、もし目が見えなかったり耳が聞こえないなりなんなりするなら、お前はファックユーだぜってなもんだ。残りの人生、全てのページを表示する度に Ctrl-+ を押せって言うんだよ。
これは彼らの問題じゃ無い。みんなの問題だ。僕らが徹底してプロダクト企業だということが問題だ。僕らは広くアピールするプロダクトを作った。例えば検索がそうだ。そのあまりにもひどい成功が、僕らの目をくらませてしまった。
Amazon もまたプロダクト企業だった。だから。 Bezos にプラットフォームの必要性を理解させるのには、外部の力が必要だった。その力ってのはどんどんと蒸発していく利幅だった。彼は追い詰められて、脱出方法を考えなければならなかった。でも彼の持ちえたものは、エンジニア達とコンピュータの群れだった。そこからどうにかマネタイズするには…?。結果論だけれど、そうして彼は AWS にたどり着いたわけだ。
Microsoft はプラットフォームとして始まった。だから彼らにはたくさんの習慣があった。
でも、 Facebook は…、彼らは僕を不安にさせる。僕はエキスパートではないけれど、でも、彼らは最初プロダクトとしてスタートして、そしてそれをうまく成功につなげていたことは確かだ。だから、彼らがどうやってプラットフォームへと変革を遂げたのか、僕にはわからない。それは比較的昔のことだったろうと思う。 Mafia Wars のようなものが現れる前に、彼らがプラットフォームにならなければならなかった時よりもずっと昔。
たぶん彼らは僕らを見て、こう自問したのかも知れない。「どうやったら Google を倒せる?。 Google に足りないものはなんだ?」
僕らが直面している問題はとても大きい。僕らがキャッチアップを始めるには、めざましい文化的な改革が必要だ。僕らは内部的にもサービス指向なプラットフォームを持っていないし、同じように外部的にもそうだ。この「自分のものにしていない」感じは、まさに会社全体を覆う風土病だ。 PM は分かってない。エンジニアも分かってない。プロダクトチームも分かってない。誰も分かっていない。たとえ一個人で分かっている人間がいたとしても、もしそれが君だとしても、僕らがそれを総力を挙げて緊急事態として扱わなければ、これっぽっちも意味が無いんだ。僕らはプロダクトをローンチして、それを後から魔法のように美しい外部拡張可能なプラットフォームに成長させられる、そんなふりをし続けることを、やめなければならない。何度もやって、だめだったじゃないか。
プラットフォームの黄金律「自分のドッグフードを食べろ」はこう言い換えることができる。「プラットフォームから始めろ。そしてそれをなんにでも使え」(訳注:"アドバイス" thx !)。後からちゃんとやるなんて不可能だ。少なくとも、簡単には無理だ。 MS Office をプラットフォーム化した人たちに尋ねてみればいい。あるいは Amazon をプラットフォーム化する為に努力した人たちに。遅れてしまえば、正しく立て直すのに10倍の苦労が必要になるだろう。ごまかしはできない。内部アプリが特別な優先アクセスを受けられるようなバックドアを秘密に仕込むなんて、どんな理由があっても不可能だ。難しい問題から、まず最初に解決しなければならないんだ。
僕は遅すぎると言いたいわけじゃ無い。けれど、待てば待つほど、致命的な遅れへとどんどん近づいてゆく。
この記事をどう纏めて終えればいいか、正直よくわからない。言うべきことは全て言ったと思う。この記事はできあがるのに6年かかっていると言える。僕が紳士的ではなくて申し訳ないと思う。プロダクトやチーム、個人を僕が誤解していたら申し訳ないと思う。もし僕らがたくさんのプラットフォームを実は作っていて、僕や、僕が話した人たちみんなが偶然知らないだけだったとしたら、申し訳ないと思う。
でも、僕らは今すぐに始めないとならない。
太郎君は次郎君に会いたがっていました、でも、太郎君と次郎君はお互いに連絡を取り合うような仲ではありません、それに太郎君はとても会いたがっていますけど、次郎君は特に会いたいと思っているわけではありません、花子さんは太郎君の気持ちを知っているので、太郎君に会いに行く時に面倒くさがる次郎君を執拗に誘いました、次郎君に会えた太郎君は大変花子さんに感謝しましたし、太郎君と次郎君も久しぶりに会えてお互いに喜んでいましたが、次郎君は花子さんの少々強引な誘いに嫌気がさしました、でも、花子さんの少々強引な引き合わせがなかったら次郎君は太郎君と再会をすることは無かったでしょうし、実際に次郎君は太郎君に会えたことを良かったと思っています、花子さんは次郎君を強引に誘う際に次郎君から嫌味を言われましたが、ここで花子さんが誘いに対して乗り気ではなかった次郎君に対して怒るのは筋違いではないでしょうか?僕が花子さんなら、次郎君にどう言われようと結果論的に丸く治まるのでなんにも気になりませんし、不愉快にもなりません、しかし、花子さんはなかなか誘いに反応しなく動こうとしない次郎君に少々不機嫌です、花子さんが次郎君を誘おうとする気持ちは理解できるけど、断られそうになったからといって花子さんが不機嫌な気持ちを表向きに出す事はない、もちろん、不機嫌に思う気持ちは解るけど、、
@awaikumo
社会をよくするどころかむしろ犯罪者や悪意を増殖させている 悪意と自殺を誘発している 2chは社会の不幸生産装置
益となるものは何もない 政府が2chやヤクザを規制しなかったことで日本は悪に染まった 2chもヤクザも失敗作
学校でいくら善意を育成しても2chのせいで悪意に変わる 社会の癌 ここ10年の2chの成果はある意味犯罪レベル
健康な社会を破壊した 規制しなかった政府はクズ 学校行政は国民をいい方向に誘導してたが2chが邪魔した
なんのために偉い学者が教科書にいい文章まとめて教師が人生かけて国民を善導してたんかわからん ひろゆきは
見つけ次第処刑だな あんだけ国民善導してきてた政府が2chに無反応だったのはやばいな 学校行政が誘発してきた
善な風潮は死んだ 2chは悪。 何も誘発する気はなく 社会をカオスにするだけ 何かを誘発するだけの安定性も内容も
そなえていない みるとただ精神崩壊するだけ 実に悪質 学校行政失敗しといて公式のざんげも何もない 政府は死ぬべき
実社会はけっこう行政の論理でできてるのにそれが死滅してるのが悲惨 お前が失敗して国民を道連れにしたんだろうが
死ね ヤクザは最悪 弱者の心を踏みにじるだけ ヤクザの用意周到で超絶な悪意はやばい 善良者に有害 今の日本は2ch
の悪と中途半端な善が同居してるより最悪な風潮だろ 政府は失敗して復讐されるのを必死で防ごうとしてるだけで今何も
やってないからな。何も生み出そうとしてない あんだけ自分を信用させきった行政についていった者が一番かわいそうだが
戦前と同じ 敗戦した中高年のストレスを解消するためだけのクソ掲示板 犠牲になるのは若者 クソ中高年のストレス解消の
ために弱者をいじめのはけ口として誘導するようにしてるあたり最悪 経済戦争に失敗したならこんなところで暴
れずに自殺しろカス 若者に迷惑 厚生元事務次官が暗殺されたのがその証拠 自分でシコってその失敗を弱者にぶっかけてる
んだから暗殺されるわ ヤクザや2chがないと生きられないってことは日本人の本質が悪なんじゃね 日本の政府が善良な心
を生むなんてこと自体土台無理だったんだろ 2chのせいで、けっこう親子間、兄弟間、師弟間の喧嘩や殺人、自殺があった
んじゃないか 自分のためなら犯罪の誘発も辞さない政府の悪徳ぶりがすごい 日本=悪論はほぼ固まったといえる 政府も2c
hも悪の塊 日本人自体が悪。可能ならばどこまでもやるような人種。 こいつらに善も正義の観念もない 可能ならばなんでも
やるという本性がこの発展を可能にした ひたすら結果論で可能ならどんな隙間にでも入り込んで成し遂げるはず
美への惑溺はあるが真も正義も日本人の人生と関係ない 生き方自体がゴキブリ 戦後きまぐれで推進してきた学校行
政の割合素晴らしい教育もわずか2,30年で死亡した 日本人から善を引き出そうとする教育はあっさりと形骸化した
悪である日本人を善導するなんて土台無理な話だった 土台無理なことを企てて当然に失敗した行政の残骸である学校が虚し
い いまやこの社会デザインで実質は2chで悪を引き出そうとする始末 悲惨 今の行政は形骸で実質は悪なんで正論をぐだ
ぐだ言っても無効 法律を悪意で運用するような言い方でないと通じない もともと善を引き出すために整備した法律や常識論
で悪をなしてるのだから形容しがたい悲惨さ 善への道を封じ込めすぎて良心の呵責もない状態 行政官に善を引き出そうとす
る念力はない 善を引き出すために勉強したのに悪をやってる行政は一番悲惨 教育行政を受ければ心が善になるつまり善を引
き出そうとはしていたが失敗したから言い訳しているんだ 日本人を善導せんとした文科省の企ては完膚なきまでに失敗した
日本善導計画の失敗が戦後日本歴史上最も悲惨 善導できなかったのだから 今の日本の風景は善導意思がないからすっからかん
風景の1つ1つに本来の善導意思はない 死体の屍のようだ 善導に失敗したならただの馬鹿 司法も行政も学校も善導力はない
悪に勝てない 2chは悪導力が凄まじい 今はせいぜい悪を一定のところに封じてるだけだろ 善導意思まではない
善導を中止し、悪を一定のところに封じる政策で諦めたのが日本 この諦めは近年著しく推進されている 悪を封じればよいで
おわたのが日本 というよりむしろ2chなどで悪が死なないようにしてる始末 所詮生活意思しかないんだろ 善なぞやる気は
なかった 持続可能な悪だろ。日本人は 要するにお前は悪
社会をよくするどころかむしろ犯罪者や悪意を増殖させている 悪意と自殺を誘発している 2chは社会の不幸生産装置
益となるものは何もない 政府が2chやヤクザを規制しなかったことで日本は悪に染まった 2chもヤクザも失敗作
学校でいくら善意を育成しても2chのせいで悪意に変わる 社会の癌 ここ10年の2chの成果はある意味犯罪レベル
健康な社会を破壊した 規制しなかった政府はクズ 学校行政は国民をいい方向に誘導してたが2chが邪魔した
なんのために偉い学者が教科書にいい文章まとめて教師が人生かけて国民を善導してたんかわからん ひろゆきは
見つけ次第処刑だな あんだけ国民善導してきてた政府が2chに無反応だったのはやばいな もし政府がオナニーで
しかなく疲れた飽きたってなら政府はクズ 日本終わってるわ 学校行政が誘発してきた善な風潮は死んだ 2chは悪。
何も誘発する気はなく 社会をカオスにするだけ 何かを誘発するだけの安定性も内容もそなえていない みるとただ精
神崩壊するだけ 実に悪質 学校行政失敗しといて公式のざんげも何もない 政府は死ぬべき 実社会はけっこう行政の
論理でできてるのにそれが死滅してるのが悲惨 お前が失敗して国民を道連れにしたんだろうが 死ね ヤクザは最悪
弱者の心を踏みにじるだけ ヤクザの用意周到で超絶な悪意はやばい 善良者に有害 今の日本は2chの悪と中途半端
な善が同居してるより最悪な風潮だろ 政府は失敗して復讐されるのを必死で防ごうとしてるだけで 今何もやってない
からな。何も生み出そうとしてない あんだけ自分を信用させきった行政についていった者が一番かわいそうだが戦前と
同じ クソ必死で戦地にいった敗戦した中高年のストレスを解消するためだけのクソ掲示板 犠牲になるのは若者
クソ中高年のストレス解消のため に弱者をいじめのはけ口として誘導するようにしてるあたり最悪 戦地東京で経済戦争に失敗したならこんなところで暴れずに自殺しろカス 若者に迷惑だ 結局、昭和の風潮は政府のオナニーだったと 厚生元事務次官が暗殺されたのが
その証拠 自分でシコってその失敗を弱者にぶっかけてるんだから 暗殺されるわ ヤクザや2chがないと生きられない
ってことは日本人の本質が悪なんじゃね 日本の政府が善良な心を生むなんてこと自体土台無理だったんだろ
2chのせいで、けっこう親子間、兄弟間、師弟間の喧嘩や殺人、 自殺があったんじゃないか 自分のためなら犯罪の誘
発も辞さない政府の悪徳ぶりがすごい 日本=悪論はほぼ固まったといえる 政府も2chも悪の塊 政府やヤクザが優し
日本人自体が悪。可能ならばどこまでもやるような人種。 こいつらに善も正義の観念もない 可能ならばなんでもやると
いう本性がこの発展を可能にした ひたすら結果論で可能ならどんな隙間にでも入り込んで成し遂げるはず
美への惑溺はあるが真も正義も日本人の人生と関係ない 生き方自体がゴキブリ 戦後きまぐれで推進してきた学校行
政の素晴らしい教育もわずか2,30年で死亡した 日本人から善を引き出そうとする教育はあっさりと形骸化した 悪であ
る日本人を善導するなんて土台無理な話だった 土台無理なことを企てて当然に失敗した行政の残骸である学校が虚し
い いまやこの社会デザインで実質は2chで悪を引き出そうとする始末 悲惨 今の行政は形骸で実質は悪なんで法律論
で正論をぐだぐだ言っても無効 法律を悪意で運用するような言い方でないと通じない もともと善を引き出すために整備
した法律や常識論で悪をなしてるのだから 形容しがたい悲惨さ 善への道を封じ込めすぎて良心の呵責もない状態 行政
官に善を引き出そうとする念力はない 善を引き出すために勉強したのに悪をやってる行政は一番悲惨 教育行政を受け
れば心が善になる つまり善を引き出そうとはしていたが 失敗したから言い訳しているんだ だれだって若いうちに教科書
教材を読めば善を実行しようと思う 日本人を善導せんとした文科省の企ては完膚なきまでに失敗した 2chが国策なら
日本終了 日本善導計画の失敗が戦後日本歴史上最も悲惨 善導できなかったのだから 今の日本の風景は善導意思
がないからすっからかん 風景の1つ1つに本来の善導意思はない 死体の屍のようだ 国道を走る車は黙りこんでいる
善導に失敗したならただの馬鹿 司法も行政も学校も善導力はない 悪に勝てない 2chは悪導力が凄まじい 今はせい
ぜい悪を一定のところに封じてるだけだろ 善導意思まではない 善導を中止し、悪を一定のところに封じる政策で諦めたの
いろんなところで面白いのに打ち切られて残念って声を聴くダブルアーツ読んでみた。
で、3巻あたりからの展開を見て、これが打ち切られるのは妥当な判断だと思った。
この打ち切りについてジャンプは容赦無いと見るか、それとも作者のことをよく考えていると思うかはわかれると思うけど私の評価は後者。
ダブルアーツの設定は間違いなく面白い。マンガを読み慣れていればいるほど、この作品に過大な期待を寄せてしまうと思う。
しかし、作者自身にこの設定をハンドルするだけの力がない、というより「向いてない」ように見えた。
この作品、設定の特殊性や壮大さが目立つけど、作者自身がそれをうまく扱えてない感じが強い。
2ー3巻を読んでるかんじだと、少人数の間での人間関係を丁寧に描くのが好きそうな印象を受けた。
それなのに、設定が強いので、常に移動しなければいけず、その都度人間関係も変わり、登場人物も多く登場することになる。
そういう管理が難しいと判断したのだろう。
作者が自分の作った物語に潰される前に、撤退する判断をしたのだろう。
きっと作者の方は、この作品をあえて「失敗」としてそこから学ぶことで、次回作は自分にあったすごい面白い作品を作ってくれるに違いない。
早期に撤退したからこそ「いい感じ」のまま作品が終わり、その次に繋がる。そういうパターンを期待したい。
そう思うのは、前例としての「ゾンビパウダー」や和月伸宏シリーズがあるからだ。
ゾンビパウダーは言わずと知れた「ブリーチ」が大成功した久保先生の作品。
これも打ち切りの範囲まではすごく面白い。でも、今から考えると、明らかに久保先生の強みにあってない。
久保先生は細かい設定を考えるのがたぶん苦手なんだろう。4巻の時点ですでに数々のツッコミどころが発生している。
むしろどんどんキャラを出して、キャラ同士のぶつかり合いで話を盛り上げていくのが好きなようだ。
あととにかく細かい設定を吹き飛ばすくらいの豪快な展開が向いていると思う。
ところが、ゾンビパウダーは設定の都合上、キャラを増やしにくいだとか答え合わせが必要だとか
あんまり豪快なことをすると物語の進行に支障をきたすせいで、これまた作家性に合わない。
たぶんコレも、作者側から「なんかダメだ」ってオーラが出てきて、それが読者の反応にも現れたんだろう。
今まで打ちきりになった作品を見る限り、
世界の不条理をネチネチと描き、それを武装錬金のようなゴリ押しで解決するのが持ち味なのは確かだが、
どうも失敗作では主人公がふわふわ浮いてしまう傾向がある。
主人公の手綱をひいて、世界に違和感なく位置づけることになかなか成功しない。
ある程度史実などに基づいた作品が向いていると思われる。
和月先生については、エンバーミングがコレまた実験作で微妙なところなので今すげえ興味を持ちながら見ている。
これも3巻くらいまではなぜ打ち切られないのか不思議なくらいつまんなかったけど(一部の人には面白いんだろうなというのはなんとなくわかるけど
結構辛抱強く見守るケースもあるな、と思う。
もちろん数値が一番の判断基準なんだろうけれども、
ある程度は「作家が頑張れると思ったら頑張らせる。 いくら頑張っても作品か作家どちらかに限界があると思ったら切る」
そういう判断してるところも多少はある気がする。
わかりやすさ重視で、結果論ありきで事例を取り上げてるのはわかってるけど、
ずっと打ち切り作品もちゃんと読んでて、やっぱりジャンプシステムは結構作家のこと考えてるなーと思うんだ。
それだけ余裕があるとも言えるけど。
編集がむりやりにでも教育したり、客の方ばかり向きすぎて、ということはないと思う。
サ○デーとかひどいもんなぁ。
もうあの雑誌は、長期連載のマンガほど読む気がしないという不思議。
「神の○」だけかろうじて読んでるけど、残りの作品の展開の遅さには辟易させられる。
「○チル」やら「ケン○チ」はもう単行本だけにすることにした。
「ハ○テ」に関してはもう既読の分も売り払った。バーロー?なにそれ。
もうお前ら小さい子供を一切対象にしてないだろ、と言いたくなる。留美子さんは面白いけど子供向けじゃないよね。
で、結論というかオチ。
エムゼロが打ち切られたのはなぜなんだろう。あれはすごく残念だ。
他の人がみたら「まぁしょうがないよね」って思うのかもしれないけど、私はあの作品を盲目的に愛してたので悪かった所がわかりません。誰か教えて。
http://anond.hatelabo.jp/20110818161424
間に合ってるなんて、言ってないで、いっぺん行ってみ。「ときどきパニックになる」と説明すれば、それなりの薬をくれる。結局のところ、感情も「化学物質の移動」に過ぎない。解明されている部分は、本人がコントロールできるような薬が作られている。
私の親は会社の経営者だ。私自身も親の背は追えない。でも、追える夫だった(そんな理由で選んだわけじゃないんで結果論だが)。いっそ兼業主夫でも目指してみれば? 上を目指す女性を応援するってのはどうかな?(と書いて初めて、元増田の性別を知らないことに気づいた。女性かな)
心がねじけていて素直でなく、陰湿で嫉妬深く、気まぐれで卑怯、自己中心的。ただの狂人で、人格も思想も一貫性も
まるでなく、昆虫に喩えればゴキブリ。存在自体無価値で、害悪。やることなすことキチガイ沙汰で、本物らしいものは
何もない。すべてが一過性なので、自己同一性すら疑われる。日本人の社会は、公認ヤクザである政府や一般のヤ
クザのような犯罪組織同然の悪の組織による奴隷社会しか実現できていない。そのくせ、世界文化に対する嫉妬は根
深く、形だけ大学や学問や法治国家を整え、ふんぞり返っている厚顔無恥さには反吐が出る。社会は気が狂った鬼の
集まりにすぎないのに、やれ表面は頑固だが繊細な心を持っているだの、社会とは酒に喩えられるだの、日本の心は
美しいだのと美化に余念がない。実態はと言えば、陰湿で偏狭な土着的心理と自己耽溺的美意識と頑固さの入り組ん
だ複合体でしかないくせに、とにかく人を幻惑する魔術、すなわち自己保身のためのありとあらゆる暴力や騙し、脅しが
凄まじい。相手が弱しと見るや容赦なく攻撃を加えて支配しようとし、相手が強くて敵わないと見るや徹底的に下手に出
て歓心を買い、強者から少しでも多く利益を引き出そうとする態度の変化は最も醜い。とにもかくにも思っていることや
言っていること、人を騙そうとして発する言葉と、自分が実際にやっていることが真逆というに至っては開いた口がふさ
がらない。しまいには愛が全ての自分などと言って最後の自己正当化の手段をとろうとするが、中世において間引きの
ために平気で赤子を踏み殺していた日本女に愛があるはずがない。そして喧嘩の折などには「ついに本性を出したな」
「あーそうかいその通りだ、俺私のためにやってるんだよ」と本音を漏らし、ピンチになるとあらゆる論理を持ち出して相
手の勢力を殺しにかかる必死さからどうやって日本人の心が美しいという命題を引き出せるのか理解に苦しむ。そして
そのような日本人の本性への絶望の上に、公認ヤクザである政府が性に合わない民主主義という虚構を作り出し、そ
の虚構の憲法法律でもって自分と人民を自虐的に縛り上げ、かろうじて社会秩序を維持しているについては悲壮的で
ある。いくら政府が結果論結果論と連呼し、俺らが工夫して縛り上げているから社会自体はそこまで悪くはないと威張
り腐ろうが、長年生きていれば、悪いものは悪いと分かるのである。いくら知恵を使って最悪な人種を縛っても、縛った
だけで土くれが金塊になるわけではない。所詮日本人は言葉も涙も全て嘘で、自分の腹が本当に痛むようなことはあ
上に言っても駄目か。難しいね。
私の友人も同じような目に遭ってたけど、結局結婚退職するまで10年くらい続いたよ。
直接的な被害はなかったもののとにかく気持ち悪かったらしい。
でもそれは結果論だし、元増田のストーカーはもっと危険な考えを持ってる人間かもしれない。
上にもう一回言って、「対応してくれない場合は警察に相談します」って言ってみたらどうかな?
「そのうち治まるかもしれないし」とか
「たとえ性被害に遭ってもガマンする」とか思うのならやんなくていいけど。
あ、それと「迷惑です」って相手に明言してる?
怖いだろうけど、一度言っておいたほうがいい。場所と言葉は慎重に選んでね。
http://anond.hatelabo.jp/20110810152313
トラバ有難う。
1つは彼は純粋にそれが読者のためだと思ってやってる。
なんというか、やねうらおさんも書いてたけど、彼の言動に嘘とかごまかしとかはあんまりない気がする。
ただ、彼の中で納得できない部分があるんだろうな。
いちいち「僕はこういうのやりたくないけど読者のためにサービスとしてやることにしました」って書く人は普通いないので
読者は色々邪推しちゃうけど、この人はこの人なりに読者のこと考えてやってるんだと思いたい。
こっちとしてはその彼のサービスに全然満足できないのが残念だけれどw
「フラクタル」のコミカライズの人みたいに、コミカライズ担当の椿あすさんの寿命がストレスでマッハにならないことを祈る。
フラクタルって書いて思い出したけど、この人ヤマカンの人に似てるきがする。
ぼくの「本の読み方」は、どうやらちょっと特殊らしいということが分かった。それは、どうやらぼくの強みらしいのだ。
ということだと私は思う。ヤマカンの人は、○○○○○○○の分析とかはすごい鋭いと思う。
もっとも、もしドラの作者の読み方は小説家を志す人なら当然に持っているべきもので珍しくない。「ピギー・スニードを救う話」とか読めばわかる。
またこの読み方が「唯一正しい」読み方ではない。
この人はとにかく周りが見えず、自分自分自分の考え方が唯一正しいのだと信じるところが最強の強みなのだろう。
そこでもしドラの人はそこでこう考える。
それでいうと、『もしドラ』を出してからというもの、世の中には小説の読み方が誤っている人、知らない人が多いということにも気づかされた。特にネットの世界では、誤った批評というものが数多く見受けられた。そうして彼らは、その誤った読み方ゆえに、肝心の面白さを見逃してしまっているのだ。
それが、ぼくにはとても「もったいないことだ」と思われたのである。小説も、正しく読めば、今よりずっと面白さを味わえたはずなのに、それをみすみす見逃してしまったのでは、お金も時間も損である。
そこで、そんな人が少しでも減るように「小説の正しい読み方をレクチャーすること」は、ぼくの一つの使命なのではないか――と考えるようになったのである。そうして、「小説を少しでも面白がれる人が増えれば、それは一つの社会貢献になる」とも考えるようになった。
文章力がないことに自覚がないのはともかくとして、とりあえず自分の強みに基づいて行動していると思う。結果論なところもあるけれど。
一方のヤマカンの人は、自分の強みと違うところで頑張ってるようなきがする。
この人はtwitterみてもわかるように「言葉による」表現力はすごいと思う。
というかとにかく目立つということをよく知ってる人だと思う。
本質的なことを端的にまとめるの上手。人を敵味方に切り分けて争いを創りだすのも上手。稀有な才能を感じる。
でも、そういうところってアニメに全く活かされてないと感じる。
「フラクタル」において印象に残った言葉があっただろうか。全然ない。ぼんやりとしてる。
あえてわざと結論出さない、曖昧な表現を使う、割り切れないものを描く。
これって彼の強みと正反対の部分じゃないだろうか。
某掲示板の某板に、
(年収200万以下の人「世の中はやはりお金だと感じている」)
というスレッドが立てられ、お決まりの如く金銭と幸福感への不毛な議論が繰り返されました。
個人個人によって異なるのは当たり前。
高額年収でも、更に金を求める者もいれば現状に満足する者もいて、
中には半額以下に年収が下がってもよいから自由と時間が欲しい者もいる。
低額年収でもっと金を求めたい気持ちを抱いてる者、現状に満足している者。
個人例を挙げればキリがないほど、価値観や思想は個人個人で異なる。
それなのにこういうテーマが出来ると、毎度の事不毛な議論は続く。
低収入でも満足している者を見下し否定し、金を求める自己を肯定しようとする者、
自分の例を出し「金なくても幸せだよ」と偏見を解こうとする者。
思想が違う者同士、相通じ合うことは困難だ。
また、お金は最も大切か否かを語る際に
どの方向から捉えるかでも異なる。
どちらも大事で、どちらを欠いても生きていけない。
しかしお金という価値は動的なものなのでお金そのものに価値がなくなる時代もあり得る。
お金が一番大事派は、もちろん「現在に限定して」が前提でしょう。
・この時代の、この国の、この社会においてという視点からなのか
・時代関係なく地球上の1生物である人間としての視点からなのか
根本はこの違いではないでしょうか。
社会全体には必要だという相対的な関連性から語っているのかでも異なる。
自身の収入は低いが自分は幸福であるという感情は前者での視点。
世間に金があり、どこかしらでその恩恵を受けているから収入が低くても幸福でいられると考えるなら後者の視点。
とにかく、物事の捉え方や見方によって意見は異なるし、
個人個人の思想や価値観によっても当然の如く異なる。
だからこそ相手にレッテルを貼り、自分の思想が世間的にも正しいと思おうとするが
どちらの価値観が正しくもあり、間違いでもある。
物事や事柄においては世間の一般的共通価値観というものは存在するが、
ことお金と幸福の度合いに関しては共通価値観というものは存在しない。
結果論でいえば、資本主義で世の中がお金至上主義で動いてるが、
それは個人個人の思想や価値観と=ではない。
関西の実家に逃げた俺ってどんだけバカだったのって感じだよね。何が「レベル7事故が日本で起これば日本終了」だよ。バカじゃないのか。理系の俺でも騙されてたんだもん。ひどい話だよね。
いやいや、あなた決してバカじゃないと思うよ。
バカだったら、あんな突っ込みどころ満載の大本営発表を聞いてて、逃げられないって。
オレの中では、
英雄→ニュースを見て、こりゃだめだと思って、福島原発作業員として志願した。
賢人→ニュースを見て、こりゃだめだと思って、周りのバカは放っておいて逃げた。
普通のバカ→ニュースをきいたが、政府が大丈夫というし、周りもあんまり逃げていないので、大丈夫だと思って逃げなかった。
本当のバカ→ニュースを見たが、不安になるので、もう見ないことにして、逃げなかった。
死んだ方がいいレベルのバカ→ニュースを見て、こりゃだめだと思ったが、自分だけ逃げるのは気が引けて逃げなかった。
居残ったオレって「死んだ方がいいレベルのバカ」だと思うけど、バカに見えないのは、たまたま福島の原発が水蒸気爆発をおこさなかっただけの結果論でしかないからね。
今回の津波で、逃げる判断遅れて、ぎりぎり助かった人で、チリ大地震の津波はここまでこなかったから大丈夫だと思ったからすぐには逃げなかったって話きいたでしょ。次に同じような地震が来て、浜岡原発で何か起きて、本当に東京がヤバくなった時、逆に、誰も逃げないことになったら、そっちのほうが大変だと思うよ。ですからみなさん、過去の経験にとらわれず、逃げる時は逃げましょうw
は?完全に結果論じゃん。
ごくまれな結末を取り上げて常に従えとか言いだす男の人って・・・乙。
むしろ大したことなくても逃げろ逃げろと言うオオカミ少年的な繰り返したから「まーた今回もか」と思わせて被害を増やした責任は感じないの?
勧告通り仕事投げ出して逃げて大津波が来なかったら、その損害の責任取れんの?
この話のスケール拡大したら日本列島に住むこと自体が間違ってるんじゃねえの?
こんなこと言うのは後知恵だよな。
そりゃ逃げないと確実に死ぬと事前に分かってたら誰だって逃げるよ(笑)
逃げないと死ぬか死なないか未確定な段階じゃ逃げないのが当たり前。
逃げ遅れて極めて低い確率で死ぬリスクより、逃げて高い確率で仕事を失うリスクの方がよっぽど怖い。
仕事を失ったらどうせ死ぬわけで。
逃げずに津波で溺れ死ぬ確率と、逃げて仕事失って野垂れ死ぬ確率なら、後の方が低く見積もって何十倍も高いわな。
逃げないに決まってるじゃん。