はてなキーワード: 男尊女卑とは
>>育児経験がある独身女もそうそういないでしょ<<
男ってどうしてもヒエラルキーがある、縦社会って言うし男尊女卑がまだ残ってる日本じゃ女はまだ男より立ち位置が下だ(と男が思ってる)から、マウントとられる覚悟がないってのは言えてる。
女性の社会進出がまだまだ=女性で高年収=男が金銭的に養われるっていう人があまりいないってのもあるかもね、まあ今の社会じゃほとんどの夫婦は(子供を持とうとしたらより)共働きしてるだろうけど
男尊女卑が残ってるから女子がうまく働くノウハウも身につけられなかったし、ビンボーだから、首都圏の私立大学にも行けなかったし、そもそも地元国立マンセーで行く意味を知ってる人もいなかったから要領マジで悪い。
そんなこんなでなんとか就職決めたけど、
まだ仕事にもなれてないっちゅーねん。
しかも専業マンセーな中で育ったから時短ワーママを生理的に嫌悪してるけど、地方出身だと時短ワーママにならないと子供なんて持てない。
地元の男はバカでブサイクでも男であるだけで無駄に偉そうだし、女もちやほやする。
ただ、上京後、婚活してもすでに良さそうな男は大学時代の彼女が予約済み。
夫婦正社員で時短で周りに迷惑かけながらのうのうと生きててさぞかし楽しそうですね。勝ち組羨ましいぞちくしょーー。
資格だって学歴だって会社の評価だってこっちの方が上なんですが、なんか残り物を常に押し付けられてる気分。情報化社会に残り物に福なんてない。
2、3日前だと思うが、ここ増田でエマ・ワトソンの演説について批判と擁護の論争が繰り広げられていた。
何年か前、国連でエマが演説したことと、エマ自信の男性遍歴に著しい乖離がある、というのが批判派の言い分らしい。つまり
エマ『キモくてカネのないオッサンも恋愛対象として見ましょう』
ということだ。(ちなみに演説の中身が気になったので、ググって読んでみた。エマは男女平等について『男も女もステレオタイプに囚われるのはやめよう』と言っていた。まあKKOと恋愛しよう、と取れなくもないかな?程度の発言である。)
「エマの置かれた社会的階層を考えればハイスペック男子と恋仲になるのは自然」
これに対しては批判派は
「言い出しっぺがそれでは説得力がない」
「美味いケーキばかり食べてるやつが不味いケーキの価値を認めろと言うのか」
ううん、上手い例えだけど、別にエマがどんな男と(あるいは女と)恋愛しようがそれは彼女の自由だよね…。ただ、と思った。
擁護増田が言っていた「KKOを恋愛対象に含めるからと言って、KKOと恋愛しなきゃいけない訳じゃない」という言説。僕はこれに非常に引っ掛かりを覚えた。もちろんこの言い分は『正しい』。誰が誰と恋愛しようがそれは当人の自由意思に依るべきだ。それに全く異論はない。
しかしこれを拡大して各々の男女不平等な実態に当て嵌めていくと、男女平等論者にとってマズイ事態になるのではないか?
『女性を役員・管理職の登用対象としなければならないが、女性管理職、女性役員を増やさなきゃいけない訳じゃない』
『女性は男性同様に政治家になるべきだが、必ずしも女性を政治家に選ばなきゃならない訳じゃない』
ステレオタイプ(ジェンダーロールと言い換えても良い)からの解放を訴えながら、個々がステレオタイプ的なものを選ぶ事を否定しなかったら、結局それは現状の追認にしかならないのではないか?
強制から自由になるべきだけどそれを強制はしない、と言ってしまった場合、固着した現状を変えられるのだろうか。
日本は政治経済の分野で男女格差が大きく、ジェンダーギャップ指数で114位という話はもうみんな聞き飽きてるかもしれない。
要は女性の管理職、役員、経営者、政治家が極端に少ないと言うことだが、この現状を打破するために立法してでも要職に着く女性を増やそうと言う意見は結構多いはずである。強制力を持たせようと言うわけだ。
ここでようやく『女あてがえ』論が出てくるのだが、先に言っておくが僕は『女あてがえ』論には賛成ではないし、主張してる人にしたってどの程度本気なのか正直疑問だ。ただ本気っぽいものも目にした事が無いではないので、言葉通りに受け取ることにする。
法律の裏付けを得て女性の要職を増やすべきだというのは、社会的弱者を強制力を持って並以上に浮上させようという施策だと思うが、『女あてがえ』もそれと同根だと言える。「いやいや、男はそもそも社会的強者でしょ?」と言いたい人もいるかもしれない。
ネット上では(増田でも)本気で日本は女尊男卑社会だ、と主張する鳩がいる。
僕は全体で見れば日本はまだまだ男尊女卑社会だと思っている。しかし、その『男尊』の部分に与れない男はそれを受け入れられないかもしれないし、見るところだけ見れば『女尊男卑』社会だと思っても仕方ないかも知れない。
裏返しとはそういうことである。自分を社会的弱者だと思っている人間たちが、自分を、自分の属性を上げようと思ったら、強制力を発揮させるのは1つの手であり、男女同権論者と女あてがえ論者は実はとっても近い存在だと思う。
まず、以下の記事を見てほしい。
https://togetter.com/li/1058347
タイトルは「男性にとって恋愛や結婚は、危険で割に合わない。でも、女と社会は、男性叩きだけ。こりゃ草食は続くしかない」。
面白いのは、【反男性差別を掲げ、恐らくはフェミニズムなど「今の女尊男卑社会」の悪しき慣習として唾棄するであろう彼の主張が、
その実、フェミニズムと非常に親和性の高いものである】ことだ。
当記事ではこの問題について、具体的な引用を交えながら考えてみることとしたい。
なお、このまとめで述べられている意見が、dsa0【男性差別が溢れてる2】 @dsa0自身のものなのか、あるいは別記事からの引用なのか、判断が付かなかった。
このまとめ自体はツイートを集めたものだが、ツイートの内容はどこかからの引用にも見えたからだ。
しかし、当記事では、これを統一して<彼>の意見と呼ばせてもらう。
便宜上の意味もあるが、これらの言葉が彼自身のものであるにしろ違うにしろ、今の社会で苦しむどこかの<彼>の主張ではあるのだろう、と考えたからだ。
では、内容に入りたい。
男のチキン化
命かけることができないわけ。
恐らくどこかの記事(元記事はURL失効のため参照不可)から引用したものであろうこの文言に対して、<彼>は以下のようにコメントしている。
恋愛離れ語るのに、【恋愛離れの原因になってる男性差別的な価値観】で考察してるアホ多すぎ。←これじゃ、恋愛離れなくなるわけないわ
<彼>は、「チキン化」した男性を「ホモみたいな男」と非難する価値観を、「男性差別的な価値観」と呼んでいる。
しかし、【「男はかくあるべき」という規範は、元来家父長的な価値観によって生み出されてきたものである】ことを忘れてはいないだろうか。
「女らしくあるべき」という束縛を破壊することは、「男らしくあるべき」という押し付けをも打ち砕くことである。
彼がまとめの中で嘆いている、男性の経済的負担に関しても、同じことが言える。
<彼>は、「男性の立場で言うとね 「女様様」の今の女尊男卑社会では、おっかなくて結婚なんてできない」と述べながら、結婚についてこう語っている。
・女に甲斐性ない
続けて、<彼>は女性にこう求める。
「お金のことは何とかなるよ」とか「一緒にがんばろうよ」とか言えば
男も少しは気が楽になるだろうに
<彼>の視点に、極端な部分や、視野の狭い部分があるのは事実である。被害妄想的な傾向も。女性が聞いて腹を立てても仕方がない内容だ。
しかし、「男も少しは気が楽になるだろうに」というぼやきは、<彼>の「負担や義務」の体感からくる切実なものではあるのだろう。
それは、耳を傾けられてよいように思う。
ただ、ひとつ言っておかなければならないことがある。
それは、<彼>の求める新たな男女関係の構築が、<彼>の今しているような【女性への非難】によっては到底実現されにくい、ということだ。
非難すべきは誰なのか?戦うべきは誰なのか?
このことを考えるにあたり、例によって、<彼>の言葉を参照したい。
<彼>はここで、「老害バカマッチョ」が己に「家畜奴隷になれ!」と命じる、と述べている。
彼に「奴隷」になることを強いているのは、「老害バカマッチョ」なのである。
とは、何か。
「マッチョ」のもつ意味については、この記事(http://y-uki.hatenablog.com/entry/2015/07/16/034652)がわかりやすい。
英語で ”macho な男性” と呼ばれるのは、昔ながらの ”男らしい” 価値観を重視する人たちで、
これが、フェミニズムの戦ってきた最大の敵であることは、特筆するまでもないことだろう。
「老害バカマッチョ」を、【旧態的な男尊女卑】として言い換えることが出来るならば、<彼>も、女性も、等しくその被害者である。
<彼>が、「おまえも結婚して、家畜奴隷になれ!」という台詞を、「老害バカマッチョ」に言わせたのは、的を射ている。
【家族を養うために男は外で働き、女は内で家事労働に励む、という仕組み】は、高度経済成長期に完成したという。
(ちなみに、この記述を私が見たのは平田厚『虐待と親子の文学史』(論創社)である。時代に伴う家族形態の変化と、その文学への反映を概観した良著。)
この仕組みは、既存の男性優位な価値観の延長線上にあったうえ、その価値観を強化するものであった。
<彼>は女性に対して、「「お金のことは何とかなるよ」とか「一緒にがんばろうよ」とか言」ってくれることを、求めていた。
「お金のこと」を「一緒にがんば」るためには、女性にも安定した収入源のあることが不可欠だ。
しかし、それを難しくしているのが、先に述べた構造である。【家族を養うために男は外で働き、女は内で家事労働に励む、という仕組み】だ。
この仕組みの後遺症は、未だに消えていない。男女間の賃金格差、管理職の割合の格差を見れば、それは事実として明らかだ。
その打開を目指すのが、男女平等思想であり、フェミニズムであった。
【<彼>の目指す「男性差別」の解消は、「女性差別」の解消によってしか実現され得ない】と言える。
また、【真の敵は、「老害バカマッチョ」、すなわち、旧態的な男尊女卑的価値観と構造】である、とも。
<彼>は反男性差別を掲げ、女性を非難している。しかし、抵抗すべき対象は他にある、と言いたい。
女性は、またフェミニストは、本来<彼>の同志なのだ。手を取り合って、ともに戦うべき仲間なのである。
インターネット上では、熾烈な男女対立の激化とともに、「フェミ」を巡る議論が後を絶たない。
匿名はてなを小一時間も見ていれば、その議論が実のところ非生産的な憎悪のぶつけ合いに陥りがちなことは、すぐ了解されるだろう。
今回取り上げたまとめも、一見、そういった動きのひとつ、単なる憎悪の噴出に見える。
とにかく女性側は年収・旦那の束縛・自分は自由・金の使い方も自由ばかり。
ちょっとした接客業を15年近くやってて、本当そればかりだった。
昨今になって、年収はー仕事がーなんていうので信じられないような事を希望を言う女性の話題がTVやネットであがってるけど
とにかく男はATMなんだよ。引き出せなくなったら外に出始めるから、浮気の可能性が高い。
一般的にスマホなんかのプライバシーは親しき仲にも礼儀あり…って感じだけど、
やたらと関係ないときでもプライバシーがーと言い始めたら、浮気中なので疑っていい。
話は逸れたけど、ホント増田タイトルくらいお互いが思えない限りは結婚はオススメしない。
ATM扱いされる事を怒ると男尊女卑がどうのこうのと逆ギレされるし、ホント理不尽な事が増えた。
昔は、一家の大黒柱が家庭を支えるっていうスタンスだった時代があったけど、それは暗黙での話であって女性側が言うことでは無い話。
なのに、引き合いに出してくるから少子化って言われようが結婚は、よく考えたほうがいい。
どっちかっていうと日本の女性と結婚するよりも外国人と結婚したほうが良いかなと。
当たり外れは当然居るけどね、今の日本よりはよっぽど当たりが多い。
はてなで言う理系のナチュラル男尊女卑具合は物凄く違和感がある
女性ですらそれを当たり前と思ってるのか、それに異を唱えると多数派の男性から攻撃くらうから黙ってるのか知らないが
昭和の、上司に尻触られてもじっと耐えているOLみたいな世界が未だに繰り広げられてる世界なんだろうか、と言う意味で
IT系の勉強会は普通にスライドに萌え絵出て来ると聞いて驚いた
こっちも一応理系の括りだけど、勉強会のスライドに萌え絵なんて見た事も聞いた事もないし(勿論実写アイドルとかだって出てこない)
仮に萌え絵スライド発表する人がいたら「あいつはヤバいやつだ」と速攻で認定されて将来の出世にも響くだろう
(それ以前に普通は発表前に上司とかのチェック受けるだろうからそこで止められるだろうが
なのにIT界隈だとあれは皆当たり前と思っていて、それに文句つける女性がいると頭おかしい認定を受けるらしい
もう常識が違いすぎる
進路決める女子高校生とか大学生だってバカじゃないから、あんなもん見て私もリケジョになろうとか思うわけないよな
親だって薦めないだろ
ネットで調べりゃもっとリアルな文化も分かるだろうし、それ見たってあんなところで働きたい/働かせたいとは思わないだろう
そりゃ女性増えんわ
なのに中の人は「理系は女性が働きやすい世界なのに女性が来ないのはおかしい、それは女性がバカだからだろう」
と主張するのでもうどうしようもないなと思っている
我が大学には、Web上で学校側に気軽に質問や意見ができるサービスがある。加えて、病気の欠席については病気の期間等の基準を満たしてさえいれば、欠席扱いにはせず、病欠のとなる制度もある。
病気と診断されてはいるものの、基準を満たしているか不安であった。また、女性特有で個人差が大きい病気のため、教授個人に断るとなると、認めない男性教授や生理痛の軽い女性教授もいて欠席となってしまうかもしれない、学校側の承認があったほうが良いと考えた私は、質問サービスで尋ねてみた。
「月経困難症及び月経前症候群と診断されており、生理前後の〜日間講義に出ることが難しかったのですが、病欠の基準は満たしていますか?」
えっ?生理ってNGワードなの?それとも通信エラーによるバグ?
一応「月経」に変えてみるか。
「月経困難症及び月経前症候群と診断されており、月経前後の〜日間講義に出ることが難しかったのですが、病欠の基準は満たしていますか?」
「持病があり、〜日間講義に出ることが難しかったのですが、病欠の基準は満たしていますか?」
某有名女子大学が、心が女性であれば入学を認める。と公表し、世間を良い意味でざわつかせ、ジェンダーの悩みは広く周知されてきたのだと思っていた。
きっと同じく生理痛で悩む先輩方も、同じ質問をして、同じく理解されないことに苦悩したはずだ。
私がひどく悩み苦しんできた「生理」は、この大学では下品な言葉にカテゴライズされるようだ。
思わず涙が溢れ、この大学に嫌気がさした。大学ってもっと、考えが広くて、年齢性別問わず学びを認める場ではなかったのだろうか。
男尊女卑が昔より無くなったとは言え、壁はまだ厚いようだ。
意見フォームに「生理や月経が禁止ワードに設定されているのは明らかにおかしい。性別差別の一種である。」と書き込もうかと思ったが、次に表示される文字はわかりきっていた。