はてなキーワード: レントゲンとは
私は持病やら定期的に受けないといけない検査などで年数回病院に通っている。で、なぜこんなタイトルを付けたかというと昔病院関係の仕事をしていたので、病院のシステム及び患者の動きがちょっとずつ能率的になっていくのを見るのが面白くてしょうがないのだ。マニアックなネタですまん。なお、私が病院関係の仕事をしていたのはかなり昔なので、用語が古かったり知識がさび付いている可能性がある。医療事務や医療関係のシステムに詳しい人が見て間違いがあると思ったら指摘していただけるとありがたい。病院素人の皆さんはあまり下記の文章を鵜呑みにせず「増田にこんなことが書いてあったんだけど本当なの?」と詳しい人に確認してほしい。(…だったら書くなというツッコミはなしでお願いします。)
○待ち時間を減らすために
大病院といえば何時間も待たせたうえに診療はほんの数分…というイメージを持っている人が多いと思うが、今は予約受付システムと再来受付機があるのでだいぶ患者のストレス軽減につながっているはず。ストレスの原因は、待ち時間そのものが長いことだけでなく、「あと何人ぐらい自分の前に患者がいて、どのくらい待たないといけないか」がはっきりしないことにある。予約システムがあるとシステムにその日の予約患者のリストが入っていて、再来受付機に患者が診察カードを通すと受付済みになるうえ、どこまで診察が終わっているかが明確化されるので、自分の予約した時間帯に何人ぐらい診療待ちの患者がいるかが分かる。従って待ち時間が長いことで有名な医師の予約を取ってしまっても、受付の看護師に「○○ですけど△△先生の診察まであと何人入ってますか?」と聞けばおおよその待ち時間が分かる。気の利く看護師だと「△△先生を待っている人はあと10人いるので、1時間ぐらい外に出てもらっていいですよ」などと言ってくれることがある。ただし、外出から戻ったら受付にいる看護師に「○○ですが、戻りました」と声かけをしておくのが無難。
無事診察を受け終わっても、案外会計をしてもらうまでに待たされることが多い。これは私の行っている病院でもかなり待つが、オーダリングシステム(…というかその進化形である電子カルテ)と医事会計システムを持っていてもその状態だと思われるので、規模が大きいところだとやむを得ないのかも知れない。
オーダリングシステムとはどんな検査や処置をするか医者が指示出しをするシステムで、例えば採血検査のオーダーをすると採血用の試験管に貼るラベルを自動で出力してくれたりする。電子カルテだとそれが検査のシステムと連動しており、検査結果が電子カルテの方で確認できるようになっているし、レントゲンの画像などもカルテ側から見ることができる。当然患者の診察記録もそこに入力することになるので、いろいろな診療科にかかっている患者の場合も他科でどんな治療を受けて、どんな薬が出されているか簡単に確認できる。
で、医事会計システムでオーダリングシステムのデータを取り込むと行った治療の保険点数(通常1点につき10円)と患者本人の負担額が自動計算される。特殊なものは紙の伝票をもとに病院の職員が手入力することもあり得るが、診察→外来処方箋発行みたいなパターン化された診療であればかなり簡単に入力できるはず。
そして、自動精算機が導入されているとさらに支払いがスムーズになる。会計をするときに職員に診療カード(…という名称でいいのか分からないけどその日受けた医師の診察や検査の予約状況と自分の受診番号が印刷された紙)を渡すとそれと引き換えに会計用のバーコード入りのカードをくれる。会計の待合室にどこまで会計が済んだかを表示するディスプレイがあるので、自分の持っているカードの番号より大きい数字が表示されたら自動精算機で支払いができるという意味だ。自動精算機にカードをかざすとバーコードを読み取って自分の会計データを呼び出し、支払いを済ませると領収書や診療報酬明細書が出てくる。支払いは現金のほかクレジットカードやデビットカードでも可能だが、これは病院によってかなり違うかも知れない。最近会計用カードでなくても、診察券を入れて会計をすることが可能になったので、ちょっと感動した。ときどきカードの置き場所によって精算機がバーコードを読み取るのに手こずるときがあるので、ささやかなことだけどそれは進歩なのだ。
○その他ちょっとした工夫
医療機関は毎月保険証を確認することになっているが、私の行っている病院では再来受付機で保険証チェックが必要かどうかを確認し、再来受付機のすぐそばに保険証確認窓口があってそこで確認してくれる。前は診察を済ませて会計窓口に行かないと確認してくれなかったが、今は会計窓口の負担軽減のためか別々の窓口でチェックするようになった。これは正社員などでずっと同じ保険証を使っている人からすると無駄な労力に思えるかも知れないが、就職や退職などにより保険証が変わるケースがあるため、間違った保険証を出されてそちらに診療報酬を請求してしまうと本来請求先が負担してくれるはずのお金を病院が持ち出す羽目になり損をするので医療機関にとっては死活問題なのだ。従って保険証のコピーは原則として無効。退職した会社の保険証のコピーを今も働いているふりをして出されたりすると困るからね。
あと、わりと前からこのシステムが導入されている病院も多いと思うけど、院外処方箋を前もって調剤薬局にFAXできるようになっていると地味に便利。たとえば会計の待ち時間が長いときや急いでいるときに処方箋を送っておくと、病院で会計を待っている間に薬局では調剤をしてくれるので、結果的に薬局での待ち時間が短くなる。
長文のうえにマニアックで読みにくかったかも知れないけど、大病院は少しでも患者さんの待ち時間を減らすためにこんな努力をしてるんだということを知ってほしくて書いてみた。病院の仕事をしていたときは若くて健康だったので、患者がどういう思いをして受診しているかいまいち分かっていなかったけど、今の状態でもう一度病院関係の仕事をしてみたい気もする。
主治医の判断は間違ってない。レントゲンに異常なく、腫脹もない。これを全てMRIにまわしていたらキリがない。過剰検査でクレームが入る。冷遇は問題だが。早い段階で他院で精査を希望すべきだった。そのほうが納得できた。
整形外科は薄利多売だ。ひたすら数をこなす。レントゲンがないと話にならない。整形外科に限らず痛みを緩和するなら薬か注射か手術だ。点数稼ぎというなら受診するな。邪魔だ。
CT、MRがある病院は安心だ。手術を希望するなら実績のある病院へ。手首一つにしても、積極的に手術する病院もあれば保存一択のところもある。手術してほしくても医者に「固定して様子を見ます」と言われたら「いや手術だ」なんて言い出しにくいだろう。
10月中旬 自分自転車相手トラックで事故。救急搬送されてレントゲンやCTいっぱいとったけど骨折はないと言われた。
10月末 右手首がずっと痛くて地元の整形外科にかかる。またレントゲンをとったけどこの時点では写りが悪く怪しいって程度で診断が確定できない。設備のある病院を紹介してもらってそこで右手首のCTを撮影。
11月上旬 右手首舟状骨骨折の診断が出る。そこでは治療ができず大病院を紹介される。次の日に大病院の整形外科にかかる。手の専門医の当番日にかかってほしいと言われる。
11月下旬 大病院の手の専門医にかかる。即手術決定。12月上旬。
12月上旬 入院 全身麻酔 腰の骨から手首に骨を移植された上でボルトで接合。ギプス外れるまで2ヶ月 全治半年。
自分の骨折した箇所はよく見逃される(それだけ診断が難しい)箇所で、かつ全身で一番血流が悪く治りにくいところと言われ、すでに時間が経っていて自然治癒が望めないから新鮮な骨を移植する必要あると大掛かりな手術になってしまった。
4本生えてきていて、まずは左の上下を抜いた。身体全然伸びなかったのに髪の毛は爆裂伸びるし歯は全部生えてくる、私の栄養素配分下手すぎる。
上は真っ直ぐで歯の表面3/4くらい見えている。下は斜め向きに生えてちょこっと先端が見えている。私の奥歯は何故か尖っているのでそれが見えた。レントゲン撮ったら「顎の骨が薄いので一般の方より2倍くらい腫れる覚悟で抜きましょう」と言われた。え、怖い。
超健康体なのでメスを使う手術なんて初めて。麻酔は、昔歯の神経抜く時と二重の埋没したときだけ。怯えて「親知らず 腫れる」「痛い」とかで調べまくった。
全く腫れなかった。そして全く痛くなかった。強いて言うなら歯茎を縫った糸が頬に刺さってチクチクしたくらい。鎮痛剤も言われたから飲んだけど1日目の夜にはもういらなかった。
来月も抜くけど右側だけ爆腫れしたらどうしよう?
小学生の頃よく吐いてしまい、親に迎えに来てもらうことなんて当たり前で、点滴を打った回数も覚えきれないほどだった。
中学生の頃に過敏性腸症候群で何時も無自覚にオナラをしてしまい、クラスメイトに遠巻きにされた。ファブリーズをかけられたこともある。
緊張するとお腹が痛くなり、運動神経がない(バレーのレシーブもできないレベルで)から体育が憂鬱で緊張するものになって、結果お腹が痛くなる。見学になったり保健室で休んだり。体育の先生には嫌われていたと思う。
3年生になると受験のストレスで体調を崩してしまった。自律神経がおかしくなった。3学期にはほぼ毎日早退。過呼吸をよく起こし、授業も受けられず先生には心配された。数少ない友達にも焦りから辛辣にあたってしまい、遊びに誘われることもなくなった。
受験は倍率2倍の高校に入学でき、さて新生活だと意気込んでいたけれど、膨大な課題につき寝るのは12時、7時からの朝学ための5時起き、満員電車のストレスのコンボで5月に意識を失ってしまった。救急車で運ばれ、一体何が原因なのかと色々質問されたが結局はなにもわからなかった。親に心療内科に連れて行ってもらったけど、何もわからず。その1年はただ眠って過ごした。次の年になったら復学できるように祈ることしかできなかった。
結果から言うと、復学はできなかった。それどころか体調はもっと悪化した。体がそわそわと落ち着かず、ずっと吐いていたし、海にいけと何度も何度も幻聴が聞こえた。行ったけど何もなかったが。
そして1番最悪だったのは夜中に外に出ることだった。記憶にはないけれど、親によると雨の日の深夜2時に大きな通りの1歩手前でぼうと立っていたらしい。もしかしたら車に轢かれていたのかもしれないと思うと今でもぞっとする。
これはさすがにおかしいと心療内科の先生に相談、即日保護入院が決まった。一応と頭のレントゲンを撮って、肉体的な病気ではないと診断される。
最初はずっとトイレで吐いて、歩き回らないと足が死んでしまいそうで、心臓が嫌に跳ねていた。落ち着きがなく、貰えないとは分かっていたけれど(一日2回4時間あけての薬だから)ナースステーションで何度も薬を強請った。
あとご飯が美味しくない。高齢者が多いから納得ではあるのだが、若い私はもっと洋食を出して欲しかった。しかも量が多くて食べ切れない。残したら食べた方がいいよと言われ、口に詰め込んだがすぐにトイレで吐いてしまった。
夜寝る頃になると相部屋の人がボソボソと呟き出す。お母さんごめんなさい、とか、なんでそんなことせないかんと、とか、あんたらが悪いから私はこうなったんだ、とか恨みつらみを一通り呟いて泣いていた。私は眠れなかった。
そんな生活にようやく慣れたのたとき仲良くなったのは自傷癖のある人(今後Aさんとする)と二重人格の人(今後Bさんとする)。どちらもいい人なんだけどBさんは被害妄想が酷く卑屈だった。
お見舞いに来た私の父(初対面)に突然「生きててごめんなさい」って言ったぐらい卑屈。3人で話している時に「私その話苦手なんでやめてくれませんか」とか言ってくるしAさんと話してたところ入ってきて「私の悪口ですよねすみません」って言って勘弁してくれって思った。「私年下の子を見ると嫌悪を感じるんですよね」私もその時精神的に不安定だったからしんどくて。私も年上の方と話すの苦手です、ぐらいしか言えなかった。とある日、ふいに裏人格が現れた。どうやら主人格のお兄さんらしい。暇すぎて何往復もしていた短い廊下で呼び止められ「こいつお前の社交性があって素直な性格嫌いだから」って言われてそうなんだ…とちょっとだけ傷ついた。
1ヶ月経ったころ、人数の関係で病室移動。アルコール依存症かつ躁鬱病の人、統合失調症の人、夫に自殺をきっかけに鬱になってしまった人と相部屋になった。色々身の上話をし合って、色んな人がいるんだなあと思った。
「今日は眠れなかった」は挨拶みたいなもので、決して不健康アピールではないのだと知った。
いきなり叫び始めて八つ当たりし始めたおばあさん、食後お腹痛くなったらしくて看護師さんに「ご飯に毒を盛りましたよね」とか言ってる人などもいた。
私はパーキンソンの症状が出て体の震えが止まらなくて常に視線が上を向いて口から泡が出そうになった。夜になっても眠れない時に看護師さんに言ったら「我慢出来るならしてほしい。皆そうだから」って言われた。あいにく土日を挟んでいたので、その2日間はその状態が続いた。出勤してきた主治医に症状が辛いから何とかしてくれと頼んだら「えっ、なんで」との反応。パーキンソンの薬はちゃんと出すように言ってあるとのこと。「あー、薬が切れてるみたいですね…ナースセンターにっと言っときますね」っていう明らかに病院側の過失だった。
特に謝られることもなく薬は出された。飲んだら治ったから、まぁ、よしとしよう。
入院して3ヶ月目、高校はどうするかのはなしに。さすがにこれ以上留年するのは…と思い通信制高校を探し始めた。
退院間近になると外泊や外出で外からの刺激を受けて大丈夫かどうかのテストをした。そこで何も無ければOK。私はポケモンの映画を見に行った。
退院してからはなるべく刺激を受けないように、テレビや動画を見ないようにと忠告された。眠たくて眠たくて、昼も夜もひたすらに寝ていた。
すると指で広げないと目が開かないという状況に。眼科に行ったけど、ドライアイの薬しか貰えなかった。
通信制高校は登校が楽そうなところを選んだ。暫くはゆったりとそこに通っていた。しかし今年の2月、悪夢をよく見るようになった。人を殺す、人が死ぬ、自分が殺される、など。しかもどれもがリアルで起きた時に感覚が残っていた。首が痛かったり、虫が肌を這いずる感覚があったり。
小学4年生からの記憶がなくなっていたのだ。朝起きると難しい漢字が読めない。上手く計算もできない。けれど記憶をなくしたのは3週間程度だった。よかった。
記憶が戻った今も精神年齢は10歳な気がする。その頃から家族に、それこそ子供のように甘えるようになった。
それからはまた家でのんびりしたり登校したりしてゆったりと暮らしていた。開かない目のことが気がかりだったが。
しばらくすると6月になって、また幻聴が聞こえ始めた。今度はひたすらにしねしねしねと耳元で囁かれるような幻聴。
鬱が酷くなる。
それからは高い建物を見るとあそこから落ちたら死ぬかな、風呂に入ってるとここで寝たら溺れるのかな、睡眠導入剤をたくさん飲んだら眠るように息絶えるのかなとずっと死ぬパターンを妄想していた。
そこで現れたのはヒョウモントカゲモドキ。
ペットショップで一目惚れをした。元々爬虫類が大好きな私にとってその子はとても魅力的に感じた。親と相談して買ってもらい、毎日かごを眺めるようになった。すると生活が一変する。ヒョウモンに餌をあげるために、と義務感が湧いていたのか、今まで夜型だった生活から夜8時に寝て朝4時に起きるようになったのだ。毎日3食、十分な睡眠時間の確保など健康的な生活を送ることが出来た。
そうなると気になってくるのはやはり目が開かないこと。神経内科はどうだろうかと主治医に言われ、紹介状を書いてもらい行ってみた。結果は特に異常なし。それを主治医に報告すると、もしかしたら薬が悪いのかもしれない、とのこと。あまり主流じゃない副作用だから確信は持てないけれど、これ(薬の名前は忘れた)減らしますねと薬を出された。それから体調が悪くなった。吐いて寝込んで精神的に不安定になって泣き出して。1週間後に予約を入れたのでふらふらとしながらも病院へ。目は開かない、具合は悪い、最悪な状況だった。次の薬で良くならなかったら入院してもらいますね、と薬の量を増やして服用している。
それで今日に至るのだが、目は開くようになった。吐き気もない。ただ睡眠時間が狂ってるだけ。
これは入院しなくていいのだろうか。そう思う午前1時。
いままで毛玉も吐かなかった猫が急に吐くようになった
一週間続いて病院に連れて行った
「特別な不安要素はないので胃薬と吐き気どめだしておきますね」
今度はごはんを食べなくなった
3日後病院に連れて行った
「レントゲンも血液検査も問題ないし、この前の薬延長しますね」
どんどん食欲が落ちる ご飯を食べない
お皿からは頑として食べない 手につけてのみ
どうしても食べないので一週間後また病院へ
…即決で開腹手術にGO出したけど、
原因がわかってもリンパ腫・伝染性腹膜炎・腫瘍のどれかのことが多く
それならわざわざ開腹までする必要はあるのか?
原因がわかっても結局同じならそっとしておいたほうがいいのか?
それならやはりはっきりさせたほうがいいのか?
ぐぐってどっちの意見見てもそうだよな、いややっぱりとなって
ずっと頭がぐるぐる
やっぱりはっきりさせたいと気持ちはあるけど
開腹かわいそうかな
でも…
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手術が終わった連絡が来た
詳しい病理検査はこれからだけど、見た感じではガンの可能性が高いようで
ガンかあー
手術前に2つめのコメント読んで本当にストップしようか悩んだけど、
腫瘍を取れたから開腹して良かったかな、と今は思う 今後また気持ちが変化するかもしれないけど…
無理な延命治療はしたくない、けど血液検査に引っかからないくらいだったし早期発見でほぼ治るならいいな
楽観的かな
手術の詳しい話はこれから聞きに行く
話を聞いてくれてありがとう
彼の付き添いでお見舞いに行った。
前は肺らへんに癌があり、全て切除できたと聞いていた。
かける言葉を失った。
元々、かける言葉を考えてすらなかったし、言って良い言葉さえ判別がつかない。
彼の知人というだけで、私はそこまで知り合いではないのだけれど
前回のときもお見舞いに行っていた。
知人に「こんなことになってかける言葉も無いよね」
「大丈夫ともいえないし、俺も同じ立場だったら何ともいえない」と言わせてしまった。
「脳に転移して直った例があれば元気でるんだけど、どうしようもないね」とも悩んでいた。
「何で俺ばっかりこんな目にあうんだろうな」とポツリ呟いたけど、私も彼も反応出来なかった。
結局、おいしそうなりんごを買ってくることくらいしかできなかった。
脳の癌は上手く取れることがまずなく、あと数年の命らしい。
発作か何かが起きたらヤバイ状況みたい。詳細は知らない。
また、りんごを買ってお見舞いに行こうと思う。
乳がん検診の画像検査は、乳腺専用レントゲン(マンモグラフィ)と乳腺超音波(エコー)の2つが幅広く行われています。
マンモグラフィは専用のレントゲン台の上で乳房を薄く伸ばし、放射線を使って撮影します。
「石灰化」とよばれるカルシウム沈着の発見に優れ、乳腺の形状を観察しやすいのが特徴です。
「石灰化」にはがんの心配のない良性のものと悪性のものがあります。
視触診での所見も踏まえ、悪性の可能性の有無を医師が判断します。
乳房を伸ばす際に若干の痛みが生じることと、放射線を使うことがデメリットです。妊娠中の方は原則として受診できません。
エコー検査は仰向けに寝た状態で胸にゼリーを塗り、上からプローブという機械を当てて超音波で撮影します。
上で述べた通り、マンモグラフィとエコーはそれぞれ得意とする領域が異なる検査です。
理想をいえば毎年両方の検査を受けるべきですが、それには費用の問題もあります。
また、30代くらいまでの若い女性は乳腺が密にあるため、マンモグラフィで異常が見つけにくいという現実もあります。
痛みは何の前触れもなく訪れる。
一昨日の夜だった。
仕事を終え帰宅し、ぐいっと水を口に含んだ時にそれはやって来た。
歯が、痛い。
初めは軽い痛みだった。水がしみただけだと思った。
しかし、その痛みを感じてから少しずつ、確実に痛みが増してきた。鈍痛。
風呂に入っても気が紛れることはなかった。歯の痛みが意識から外れることはなかった。
やれやれと思い、常備していたロキソニンを飲んだ。1時間後、多少痛みは軽くなった。
その日はそのまま眠りについた。
AM5時、痛みで目が冷めた。6時に起きれば仕事には十分に間に合うんだが。
とりあえずロキソニンを飲み、歯痛片手に身支度をして仕事に向かった。
正直この日の記憶はかなりぼやけている。
ロキソニンを4時間置きに飲みながら仕事を片付け、20時に帰宅。
その間歯痛は片時も傍から離れることはなかった。おかげで仕事には全然集中できなかった。
帰宅してからもロキソニンを飲み、無理やり眠った。なんとか眠れた。
そして今日。
いつもどおり6時に起床。不思議と痛みは少し引いていた。
しかし歯が治った訳ではないだろう。たぶん歯の気まぐれで痛みが引いているだけだ。
このままロキソニンを飲み続けていると冗談抜きで胃に穴が空いてしまうので観念して歯科に電話、予約をした。
「わかりました」
支払いまで含めて1時間で終わった。無駄がない。治療も麻酔のおかげで全く痛くなかった。
次回の予約をし、歯科を後にした。
現在。
歯は全く痛くない。