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2012-02-10

今「泣けるうちは元気」を寒いマンションの6回の廊下で聴きながら、ビールを煽って楽しい気持ちのまま地面に脚からとびこんでいく図を想像した。

これは未来予想図さ。

2012-01-29

http://anond.hatelabo.jp/20120124191638

なんで廊下での写真なんだろう。それが怖い。

2012-01-16

高校生の頃のよくわからない失恋話。

当時、よく絡んでくれた男の子に、ちょっとだけ恋心が芽生えていた。

少しオタクだけどスポーツマン系でさわやかな男の子だった。

一方私は見た目あきらかにオタク眼鏡かけて、

化粧もしない眉も整えないもさい感じだった。

そんなで特に努力もしないのに、自分キモい見た目嫌がってた。

ある日、学校廊下でボーッとしてたら

その男の子が声かけてくれた。

普通に話してたら、唐突男の子が「ちょっといい?」みたいな感じで

私の眼鏡はずしだした。

えってなってたら、男の子が私の眼鏡拭いてくれて

「くもってたよー」て戻してくれた。

ありがとうとは言ったと思うけど、

私は恥ずかしさのあまり内心てんやわんやになり

私の汚い皮脂が拭き取られた!!と愕然としていた。

その時の感覚は幻滅に近いと思う。

何故そんな風に思ったかからないが、

以来相手をなんとなく避けるようになって私の片思いは終わったという話。

一人相撲すぎるが、今でも何が自分そんなショックだったかからない。

自虐しながらもナルシスト入ってる自分から

そういう系統思考回路だったのかもだが。

2012-01-11

注目の物件丸紅グランスイートシリーズ

丸紅マンショングランスイートシリーズって知ってますか?

周辺物件に比べて、割安で、中古での値上がり率が一番いいらしいです。

丸紅は大手商社だし、それは素晴らしい。いいんじゃない」って安易に考えてませんか??

そうなんです。そこには裏があるのです。

よくよく、建設予定地、近隣の状況を見て下さい!

六義園周辺の予定地(不忍通り日本医師会前)なんて、とてもひどい状況です。

不忍通り道路拡幅事業を逆手に、将来、既存不適格になるような計画を

近隣の反対を押し切り、無理矢理に進めています

既存不適格になるような物件であれば、将来どうなるか分からない。

もし何かトラブル(例えば直下型地震があり建物が損壊した場合など)が

あれば、既存不適格のために修復もできない状況になるかもしれません。

特に悪質なのは、拡幅事業で用地が収用されても、

駐車場設置義務や緑地条例などの法律にかからないように

のべ床面積をぎりぎりのところに設定されている。

から廊下にさえできない設計になっているようです。

悪巧みの想像力は素晴らしいのに、協調的、未来志向的な想像力にはとても欠けている。

総合商社ってこの程度の交渉力で、身勝手に計画を進めるのですね。

近隣の住民は、既存不適格にならないような計画に変更してくれれば、

このような反対をすることはしないと言っているそうですが、

丸紅は少しも譲歩する気配はなく、利益のために設計変更はできないとの一点張りだそうです。

ここはどこなんだろう?土地の強制収用しているどこかの外国なのか?と思ってしまます

あーそうか、丸紅商社で、どこか外国で商売をやっているのと同じ感覚なのか?

それとも、マンション開発は本業ではないので、窓際の人達に好き勝手やらせているだけなのか?

最近の大手(三井三菱、東建、野村東急)は、既存不適格などには敏感で、

ブランドイメージが落ちるようなことは決して手を出さないという話を良く聞くのですが、

丸紅マンション事業は本業ではないので、

グランスイートシリーズブランドに育て上げようという考えはなく、

逆説的にいうと

そのようなブランドイメージとか本筋で勝負しても勝てないから、

グレーな仕事利益を上げるしかないというところでしょうか。

まさしく、グレーゾーン金利で儲けていたヤミ金融に近いです。

それにしてもたちが悪い。

売ってしまえば将来どのようになっても関係ない。

現在、合法であれば上質な住まいなんだという、売り手感覚が許せない。

消費者庁消費者行政はどうなっているだろうか?

例えば、電化製品や車の不具合があれば、すぐにリコールになるのに、

マンションに関しては、あまりにも甘い。

意図的な将来既存不適格物件には厳として対応して欲しい!!

さて、どのような方向に進むのか・・・

グランスイート六義園、まさに注目の物件です。

2012-01-09

から彼氏or彼女ができないんだよ、といいたくなる奴ら

  • 無料通話ができるようになったからと違って、「用はないんだけど話す開いていないしせっかく無料から朝まで電話しようよ(原文ママ)」といってくるやつ
  • いからとだめだ言っているのに近くまで来たからーと部屋に突撃してくる奴。挙句冷蔵庫の中身を勝手に漁り、しかも散らかってるねと一言いう。来んな
  • 少し広いところに引っ越したらやたら来たがる奴がいて面倒なので住所を教えていなかったのに、親切心か教えてしまう奴。そして当人はまだヨダレをだらだら流す乳幼児を連れてきて家をよだれまみれにして帰る(引っ越してきてまだ一週間だったのにヨダレを拭く作業が…)
  • そしてアポ無しで泊まるつもりで突撃してくる奴。このあたり食べに行くところないし食材も今切らしているから(帰れ)と言っているのにピザ取ればいいじゃーんとかいって居座る。そして賃貸だというのにのべつくまなく甲高い声でどうでもいいことをしゃべっている奴しかも夜中になっても辞める気配がない。それとなく声のトーンを落とせと言っているのに落とさない上に、「え?徹夜で喋ろうよ、女子会でしょ」とかいう。お前は女子じゃないし女子会を開催した覚えはない。あと廊下で騒いだりトイレのドアを開けっ放しにすんなクソが
  • 合コンのセッティングをしてくれないとか言ってくるやつ。そこまではいいが、何故か自分の家のそばで開催しようとする(店も大してないのに)。いや、それなりに遠くから来る子もいるんだけどと言っても自分何が悪いのかわかっていない上に、割り勘を強要。その上メンバーの顔のレベルが気に入らなかったのか、あとでチクチク金を無駄にしたと愚痴り続ける奴
  • という愚痴を言ったらそうだよねー盛り上がんなかったしお金返して欲しいよねーとか言いながら手を差し出す奴
  • 全く興味がない相槌しかうっていないのに十時間近く源氏物語百合妄想について語り続ける奴。しかもその合間に天皇男系とか女系とかの話が交じるウヨ

そんなのとしか付き合いがないか結婚出来ないんだなと最近自分で思うようになった。死にたい。というか一人で心穏やかに生きたい…

2011-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20111230122358

イヤホン音楽聴いてたり、親が廊下を歩く時間帯は外出していたりという手も通じないくらい、あいつらの奇想は悪質。まあなんかどでかい事件でも起こして親に恥をかかせて世間体をズタズタにしてやれば今までのいびりも帳消しにできるくらいの大打撃を与えられるんじゃね。

http://anond.hatelabo.jp/20111230121431

確かにそうだわ。普通物音を一切立てないように歩くべき廊下ギシギシ言わせるのはその為か。許せない行為だよな、今度部屋の前音たてて通ったら殺す事にする。



ウソだけど。

http://anond.hatelabo.jp/20111230121140

頭悪すぎ。世の親は、廊下をドスドス歩くとか、生活音と不快音を混ぜこぜにするとか、証明できないような嫌がらせを練りに練って、社会的に批判されない形でいじめやいびりを積み重ねるという涙ぐましい努力をしているんだよ。ニートなんていじめるに決まってるだろ。まあ殺されたときは殺されたとき

2011-12-22

青森山田高校の2年生野球部部員傷害致死容疑で逮捕 青森県警

青森県警は、19日未明野球部の1年生部員が亡くなった青森山田高校の事件で、寮の空き部屋で焼肉をしていた同部員背中を殴った2年生部員の男(17)を傷害致死容疑で逮捕したと発表した。

県警によると、容疑者はおととい夜、寮の空き部屋で焼肉をしていた被害者らを見つけ、注意と称して被害者背中を殴ったという。また学校関係者の話では、容疑者被害者を空き部屋から廊下に呼び出し、長い間暴行を加えていたことが分かった。この暴行が死亡につながったとみて、県警は逮捕に着手したとしている。(時事通信社

2011-12-15

夜一通のメールが来た。

ちょうどその時洗濯物をしていたので、後で見ようと放置していた。

段落ついてから、この間飲んだ子からメールかも!

なんてちょっぴりドキドキしながらメールを見た。

差出人:母

タイトル:(文字化け入院

本文:左側が痺れてろれつがまわらなくて、軽い脳梗塞です心臓ペースメーカーを入れているので、MRIは使用できないので詳しい所まで検査が出来ないようです。〇〇病院の8階8H6に入院してます。あんたが来てくれたら元気になるかも(笑)

は?

一瞬意味がわからなかった。

ペースメーカー

脳梗塞

初めてその単語を聞いたかのように全く意味が分からなかった。

倒れたの?

いつ?

なんで?

ペースメーカーって即効いれるものなの?

心筋梗塞??

疑問で頭がいっぱいになった。

親父からは何の連絡も無い。

からの一通の携帯メールで病状を知るなんてあり得るか?

いくら仲良くない親子だったとしても。

メールの受信時間は21時30分。

現在22時。

時間前のメールだった。

洗濯してないですぐに見ればよかったと思った。

こういう時に限って間の悪いメールが来る。

よし、面会に行こう、すぐに。

そう思って病院の面会の時間を調べてみると、面会時間は20時迄。

今はもう23時。

今日はどうやら無理だ。

胸がざわつく。

軽く動揺してる?

でもそれほど慌てていない自分を少し冷たいと思った。

とにかく早く寝て明日病院へ行こう。

明日の朝行くよ。

と、メールして寝ることにした。

布団に入ってからもしばらく色々な思いが走馬灯の様に思い出されて眠れなかった。

まぶたのうらに母の麻痺して歪んだ顔がちらついた。

他に怪我はしてないかな?

親父はとても一人じゃやっていけないんじゃないか

また手伝わなきゃならないのかな?

早く結婚しておけばよかった。

こんな時に家族がいたらきっと心強かっただろう。




朝になった。

時刻はすでに8時を回っていた。

寒さで布団から出られないが、起きなきゃ。

でも、眠気に負ける。

ごめん、おかん、親不孝な俺を許して。

まどろみの中で問答を繰り返す。

10分後、二度目の目覚まし時計ベルが鳴ってやっと起きた。

仕事の支度を済ませる。

いつもは慌ただしい朝だけど、今日はずっと落ち着いていた。

旅行かばんが半分開けっ放しのままで廊下に置いてあった。

明日から旅行準備中だったのだ。

母の様態次第では旅行キャンセルだな。

車に乗り込みエンジンをかけ、一路病院へ向かった。

道中様々なことを考えた。

思えば、ここのところ立て続けに悪いことばかり起こってる。

不況会社をクビになり、実家の布団屋を継いだ。

その2ヵ月後祖母が突然倒れ他界

それから4ヵ月後、妹が離婚して子供3人と実家に戻ってきた。

継いでからちょうど1年後、自分は親父と喧嘩して家を飛び出し、今は運送業で働いている。

母の負担は一気に倍増したはずだ、辛労が祟ったのかもしれない。

俺も加害者だな。

すまない。

母方の親戚には結婚の事、仕事の事で色々言われていたので、また言われるかと思うと気分が重くなった。

病院までは家から15分ぐらい。

そこそこ大きな総合病院だった。

祖母が他界した病院とは違う病院だ。

S病院で祖母は他界した。

そのS病院では祖母の姉も亡くなっていた。

医者も足りず、ほとんど助からない…S病院のいい噂は聞かなかった。

きっと母はそこだけは避けたのだろうと思った。

病院駐車場へ止め、エンジンを切ってドアノブに手をかけた時だった。

昨日よりもずっと強く、悲しみが胸を貫き、涙がこみ上げてきた。

ここに来てようやく実感が湧いてきたらしい。

胸が苦しくなって嗚咽が出た。

しっかりしなきゃ。

母の前ではせめて笑おう。

足取りを確実に、メールに書いてあった8階8H6を目指し院内を奥へ進む。

途中エレベーターに乗り換える。

8階について、一際大きくなる不安と悲しみ。

ここに、変わり果てたおかんの姿が…。

そう思うと足取りがずっと重くなった。

エレベーターを出ると左手ナースステーション

ナースたちが朝のミーティングをしていた。

特に面会についての記述はなかったので、そのまま通りすぎた。

そこから先はE8F8G8H8と4方向に分かれていた。

どこにもH6なんて無い、間違えたのだろうか。

ちょうどそばにいた掃除のおばさんに尋ねてみると、H6は6階だと返答が返ってきた。

メールに書いてあったのは8階。

階は間違ってないだろう…もしかしたら8HとH8を間違えたのかも。

きっと意識朦朧としてるんだろう。

そう思ったら涙が出た。

H8廊下沿いには奥までずらっと両側に病室が並んでいた。

ナース掃除の人が忙しそうに働いている間を抜けて、部屋の上の番号を確認して一歩一歩進んでいく。

誰も自分に興味を示さない。




1…2…




途中目に入る病室の中は、

お歳をめしたご老人ばかりが目についた。




3…4…




近づいてきた。

心臓の鼓動がはっきりと響いてきた。




5…




次だ。




6。




ここだ。

部屋の入口に貼られた名札を確認する。

6人べやで上から順に名札を見ていく。

増田裕子を探した。

果たしてそこにあったのは




増田




公造




…それは爺さんの名前だった。

2011-10-31

からスティーブ・ジョブスへの弔辞

A Sister’s Eulogy for Steve Jobs

モナ・シンプソン (Mona Simpson)

2011年10月30日



私は母子家庭一人っ子として育てられました。

しかったので、そして父はシリアから移民だと教えられていたので、

父については、オマル・シャリフのような人ではないか想像していました。

裕福な人であればいいなと、いつか私たちの(いまだに家具も揃っていない)家に迎えに来てくれればいいなと思っていました。

のちに面会したとき、私は、父は理想燃える革命家で、アラブ新世界を導く人だったのだと、

から転送先を残さずに住所を変えてしまったのだと思い込もうとしました。



私はフェミニストでありながら、自分が愛せる、自分を愛してくれる人を長いあいだ探していました。

二十数年間、父がその人なのだろうと思っていました。

25歳になってその人に出会いました。

それが兄でした。



私は当時、ニューヨーク処女作を書こうとしていました。

他の作家志望者3人と一緒に、クローゼット並の大きさの事務所で小さな雑誌仕事をしていました。

ある日、弁護士が私に電話をかけてきました。

その弁護士は、上司健康保険をねだるような、カリフォルニア中流階級の娘である私に、

「裕福で、著名で、あなたのお兄さんである人物の代理人だ」と名乗りました。

同僚編集者たちは騒然となりました。

時は1985年、そこは新興文芸雑誌の事務所、

それでも私は大好きなディケンズ小説の筋書きに放り込まれたようでした。

弁護士は兄の名を伝えるのを拒み、同僚たちは賭けを始めました。

一番人気の候補は、ジョン・トラボルタ

私が密かに期待していたのはヘンリー・ジェイムズ後継者

何の苦もなく優れた作品を生み出す、自分より才能のある作家でした。



初めて会ったときスティーブは私と同じ年格好で、ジーンズを履いていました。

オマル・シャリフよりもハンサムな、アラブユダヤの顔立ちでした。



私たちは長い散歩しました。

偶然にも二人ともそうするのが好きでした。

何を話したのかはあまり覚えていませんが、

とにかく友達にしようと思えるような人だと感じたのは覚えています

彼はコンピュータ企業で働いていると言いました。



コンピュータのことはあまり知りませんでした。

私はまだオリヴェッティのタイプライターを使っていましたから。



コンピュータを一台、初めて買おうかと思っているとスティーブに言いました。

Cromemcoという名前でした。



スティーブは、そのときまで待ったのは良かったと言いました。

彼は、恐ろしく美しいものを作ろうとしていると言いました。



これからスティーブから学んだことをいくつかお伝えしたいと思います

つの期間、合計27年間に渡って、私は彼を知っています

期間を区切るのは年数ではなく、生き様です

彼の充実した人生

彼の病気

彼の死。



スティーブ自分の愛するもの仕事しました。

彼は頑張って働きました。

毎日働きました。



とても単純ですが、本当のことです



彼は散漫の対極のような人でした。



彼は、たとえ失敗に終わるとしても、頑張ることを恥とはしませんでした。

スティーブのように聡明な人が挑戦を恥じないのであれば、私も恥じる必要はないのかもしれません。



彼はAppleを追い出されて、つらい時期を過ごしました。

彼はシリコンバレー指導者500人が現職大統領を迎えるディナーのことを話してくれました。

スティーブはそこに招待されなかったのです



彼は傷つきましたが、 NeXT に行って働きました。毎日働きました。



スティーブにとって最高の価値は、新規性ではなく、美しさでした。



イノベーターにしては珍しく、スティーブは物事に忠実でした。

シャツが気に入れば、同じものを百枚注文しました。

パロアルトの家には、黒いコットンのタートルネックが、

おそらくこの教会にいる全員分はあると思います



彼は流行や小道具を好みませんでした。

自分と同世代の人が好きでした。



彼の美学はこういう言葉を思い起こさせます

ファッションとは、美しく見えるがのちに醜くなるもの芸術とは、最初醜く見えるがのちに美しくなるもの



スティーブはいつも、のちに美しくなるようにしようとしていました。



彼は誤解を受けるのを恐れませんでした。



パーティに招かれなかった彼は、三台目か四台目の同じ黒いスポーツカーNeXT に通い、

あるプラットフォームを、チームとともに静かに作っていました。

それは、ティム・バーナーズ・リーがのちに、

ワールドワイドウェブを動かすプログラムのために使われることになるものでした。



愛について話す時間の長さにかけては、スティーブ女の子並でした。

愛は彼にとってこの上ない美徳であり、最高の神でした。

はいつも、一緒に働く人々の恋愛生活を気にしていました。



女性が気に入るかもしれない男性を見つけると、

独身なのか? うちの妹とディナーはどうだい?」と声をかけました。



彼がローリン出会った日にかけてきた電話を、今でも思い出します。

「こんなに美しくて、頭がよくて、こんな犬を飼っている人なんだけど、結婚するつもりだよ」



リードが生まれて以来、彼は止まることなく家族愛情を注ぎ続けました。

彼はどの子にとっても実の父親でした。

リサの彼氏と、エリン旅行と、スカートの長さと、イヴの愛馬についてやきもきしていました。



リード卒業パーティに出席した人はみな、リードスティーブゆっくりとしたダンスを忘れられないでしょう。



ローリンに対する変わることのない愛が彼を生き延びさせました。

はいつでも、どこでも発露するものだと彼は信じていました。

スティーブ皮肉や冷笑や悲観とは無縁でした。

私は今も、そのことを学ぼうとしています



スティーブは若くして成功した人でした。

彼はそのことで孤独を感じていました。

私が知るかぎり、彼の選択のほとんどは自分のまわりに巡らされた壁を壊すためのものでした。

ロスアルトから来た中流の男が、ニュージャージーから来た中流の女に恋をする。

二人にとって、リサとリードエリンイヴ普通の子供として育てることは重要でした。



彼らの家には押し付けがましい美術品などはありませんでした。

スティーブとローリンが一緒になったことが分かってから何年間ものあいだ、

夕食は芝生で食べていましたし、食事が野菜一種類だけだったこともありました。

一種類の野菜をたくさん。

一種類だけです

ブロッコリー

旬の野菜

簡単な調理。

とれたてのハーブなど、適切なものを適切なだけ。



若き億万長者でありながら、スティーブはいつも私を迎えに空港まで来てくれました。

ジーンズを履いて待っていてくれました。



家族会社電話をしたときには、秘書のリネッタが

「お父さんは会議ですが、お呼びしたほうがいいですか?」と答えてくれました。



リードが毎年ハロウィン魔女のかっこうをしたがったときには、

スティーブ、ローリンエリンイヴ魔女になりました。



彼らはキッチン改装に取りかかったことがあります

何年もかかりました。

そのあいガレージでホットプレートを使って料理しました。

同じころ建設されていた Pixarビルはその半分の時間で完成しました。

パロアルトの家の中はどこもそんなかんじでした。

バスルームは古いままでした。

ただし、これが重要なところなのですが、その家は最初の時点ですばらしい家でした。

スティーブは目利きでしたから。



彼が成功を満喫しなかったというわけではありません。

何桁分か控えめではありましたが、十分満喫していていました。

パロアルト自転車屋に行って店内を眺めて、

その店で最高の自転車が買えるんだと自覚するのが大好きだと話していました。



そして実際、買いました。



スティーブ謙虚でした。

スティーブは学びつづけるのが好きでした。



彼はある日、育ち方が違っていれば自分数学者になっていたかもしれない、と言いました。

彼は大学について尊敬を込めて語り、スタンフォードキャンパスを歩くのが好きでした。

最後の数年間、彼はマーク・ロスコ絵画の本を研究していました。

それまで知らなかった美術家を知ってから

未来Appleキャンパスの壁に何があれば皆を刺激できるだろうと考えていました。



スティーブは物好きなところがありました。

イギリス中国のバラの栽培の歴史を知り、デビッドオースティンにお気に入りのバラがあるCEOが他にいるでしょうか?



はいくつものポケットにいっぱいのサプライズを持っていました。

たとえ二十年間人並み外れて近しく寄り添ったあとであっても、

きっとローリンにはこれから発見するものがあるだろうと思います

彼が愛した歌、彼が切り抜いたポエム

彼とは一日おきくらいに話をしていたのですが、

ニューヨークタイムズを開いて会社特許の特集をみたとき

こんなによくできた階段のスケッチがあったのかと驚きうれしくなりました。



四人の子と、妻と、私たちみなに囲まれて、スティーブ楽しい人生を送りました。



彼は幸福大事しました。



そしてスティーブ病気になり、私たちは彼の人生が狭い場所に圧縮されていくのを見ました。

それまで彼は、パリ散歩するのが好きでした。

彼は京都で手打ちそばを見つけました。

スキーでなめらかに滑降しました。

ドタドタとクロスカントリーしました。

もうできませんでした。



最後には、日々の喜び、たとえばおいしい桃ですら、彼を楽しませることはできませんでした。



ですが、私が驚くと同時に彼の病気から学んだことは、

多くのものが失われてもなお、多くのものが残っているということでした。



兄が椅子を使って、ふたたび歩けるようになるための練習をしていたことを思い出します。

彼は肝臓移植をしたあと、一日一度、椅子の背に手を乗せ、支えにするには細すぎる足を使って立ち上がりました。

メンフィス病院廊下で、椅子を押してナースステーションまで行って、

そこで座って一休みして、

引き返してまた歩きました。

彼は毎日歩みを数え、毎日より遠くまで進みました。



ローリンはひざまづいて彼の目を覗きました。



あなたならできる」と彼女が言うと、

彼は目を見開いて、唇を引き締めました。



彼は挑戦しました。

いつもいつも挑戦しました。

その試みの中心には愛がありました。

彼はとても直情的な人でした。



その恐ろしい時節、私は、スティーブ自分のために痛みをこらえていたのではないことを知りました。

目標をさだめていたのです

息子リードの高校卒業エリン京都旅行

家族を連れて世界を回り、退職したときにローリンと乗るために造っていた船の進水式。



病気になっても、彼の好み、彼の決意、彼の判断力はそのままでした。

看護婦67人を試し、優しい心があり全幅の信頼をおけると分かった三人をそばにおきました。

トレイシー、アルチュロ、エラムです



スティーブが慢性の肺炎を悪化させたとき医師はすべてを、氷をも禁じました。

私たちは標準的なICUユニットにいました。

スティーブは普段割り込んだり自分名前ものを言わせたりすることを嫌っていましたが、

このときだけは、少し特別な扱いをしてほしいと言いました。



「これが特別治療だよ」と私は伝えました。



彼は私のほうを向いて、「もう少し特別にしてほしい」と言いました。



挿管されて喋ることができなかったとき、彼はメモ帳を頼みました。

そしてiPad病院のベッドに備え付けるための装置のスケッチを描きました。

新しい液晶X線装置設計しました。

特別さが足りないと言ってユニットをもう一度描き直しました。

妻が部屋に入って来るたび、笑みが戻るのが分かりました。



一生のお願いから、頼む、と彼はメモ帳に書きました。

こちらを見上げて、お願いだから、と。



彼が言いたかったのは、医師の禁を破って氷を持ってきてほしいということでした。



私たちは自分が何年生きられるか知りません。

スティーブ健康だったころには、その最後の数年にも、

彼はプロジェクトを立ち上げ、それを完了させるようAppleにいる同僚に約束させました。

オランダ造船業者は、豪華なステンレス製の竜骨を組み、板を張るのを待っていました。

三人の娘はまだ結婚していませんし、二人はまだ女の子です

私の結婚式でそうしてくれたように、彼女たちと並んで花道に立ちたかったことでしょう。



私たちはみな、最後には、途中で死にます

物語の途中で。

たくさんの物語の途中で。



ガン宣告のあと何年も生きた人についてこう言うのは正しくないかもしれませんが、

スティーブの死は私たちにとって突然でした。



二人の兄弟の死から私が学んだのは、決め手はその人のあり方だということでした。

どんな生き方をしたかが、どんな死に方をするかを決めるのです



火曜日の朝、彼はパロアルトに早く来てほしいと電話をかけてきました。

声には熱と愛情がこもっていました。

同時に、それは動き出した乗り物に荷物が引っかかってしまたかのようでした。

申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに、

私たちをおいて旅に出つつあるときのようでした。



彼がさよならを言おうとしたとき私は引き止めました。

「待って。行きます空港タクシーで行くから。きっと着くから



「間に合わないかもしれないから、今のうちに言っておきたいんだ」



着いたとき、彼はローリン冗談を言い合っていました。

毎日一緒に暮らしてきた夫婦のように。

視線をそらすことができないかのように、子供たちの目を覗き込んでいました。



昼2時まで、彼の妻は彼を支えてAppleの人と話させることができました。



そのあと、彼はもう起きていられないということがはっきりしました。



呼吸が変わりました。

つらそうに、やっとの思いで息をしていました。

彼がまた歩みを数え、より遠くへ進もうとしているのが分かりました。



これが私が学んだことです

彼はこのときにも努力していたのです

死がスティーブに訪れたのではありません。

彼が死を成し遂げたのです



彼はさよならを言い、すまないと言いました。

約束したように一緒に年をとることができなくて、本当にすまない、と。

そして、もっと良い場所へ行くんだと言いました。



フィッシャー医師はその夜を越せるかどうかは五分五分だと言いました。



彼はその夜を越しました。

ローリンはベッドの横に寄り添って、息が長く途切れるたびに彼を引き寄せました。

彼女と私が互いに目を交わすと、彼は深く吐き、息が戻りました。



やらなければならないことでした。

はいまだに、厳しいハンサムな顔立ちをしていました。

絶対主義ロマンチストの顔立ちをしていました。

その呼吸は困難な旅路、急峻な山道を思わせました。



山を登っているようでした。



その意志、その使命感、その強さと同時に、

そこにはスティーブ不思議を求める心、

美術家として理想を信じ、のちの美しさを信じる心がありました。



その数時間前に出た言葉が、スティーブ最期言葉になりました。

それは三度繰り返す単音節言葉でした。



船出の前、

彼は妹のパティを見て、

子供たちをゆっくり見て、

人生の伴侶ローリンを見て、

そして皆の肩の向こうを見ました。



スティーブ最期言葉は次の通りです

OH WOW. OH WOW. OH WOW.

あいつらヤクザだな」

職場上司が、弁護士と会って帰ってくると必ずこう言う。弁護士ってのは、あいつらほとんどヤクザだよ、と。

勿論弁護士の全てがヤクザじみているなんてことはないと思う。だからこれは氷山の一角、でもだからこそ目立ってしまう「イヤな弁護士」のお話



私の勤める現場にも、客として「職業弁護士」が来ることがある。そのタマゴが来たこともある。

まぁ、彼らはいきなり何かをやらかすことはない。一応敬語を使ってはいるけど相手を見下しているのが透けて見える態度、せいぜいその程度だ。そしてそういう手合いは別に弁護士に限らず老若男女ごろごろいる。

問題は、彼らの中で自分の思い通りに行かない事が起きた時。例えるなら、商品券を使いたいけどこの店舗はその対象外だった、この商品を取り寄せられるのは経費の問題により月に1回までだった、というような、ちょっとしたルール自分の望む行動を阻まれた時だ。

(うちの日常の業務内容ではせいぜいそのレベルトラブルしか起きない。時期によっては契約とか規約とかが絡むトラブルもあるが、そういうものにはちゃんと対応するルートがある)



いわゆる「一般人」は、なんとかなりませんかねぇとちょっとゴネてみても、最終的には引き下がる。

ヤクザ(と言うかチンピラ)は、ごちゃごちゃいわんととっととやれや、暴れんぞゴラァと騒ぎ初めて、最終的には相手を泣かせたりする。

弁護士は、何の権利があってそう主張するんですか、といったイチャモンをつけて職員を捕まえ、延々業務妨害をするのである



決してサンプルは多くないけど、そういう手合いは風体もちょっとおかしい。

吐き気を催すほどの強烈な香水をつけて、多くの利用者が腰を落ち着けて飲食をしたりもする休憩スペースに陣取ったり。

ホームレス一歩手前の体臭を放ち、だらしない服装で廊下ソファーにどーんと足を伸ばして座って明らかに通行のジャマだったり。

後者弁護士は、それを注意されたら窓口に乗り込んできた。名誉毀損だか何とか侵害だか知らないが、その件で小一時間職員を拘束した。

コ汚いサンダルで来るなとは言わないが、正直あんなに汚れた大人の足の裏は事務職をしているとなかなかお目にかかれないので驚いた。



信じたくはないが、「『自称弁護士」ではないらしい。弁護士事務所のサイト名前写真を確認することができた。

要は、法律で明確に禁止されてさえいなければ、自分の行動はどんなものであれ咎められたり阻まれたりする筋合いはなく、また全ての主張は通るべきであり、いかなる状況でも引っ込める必要はない、というのが、彼らがその人生で身につけたスタンスであるようだ。

恐らく相手が素人だと思ってナメているのもあるだろう。ここでできなくてもよそにいけばできるような事を、いちいち相手の言葉尻を捉えては糾弾し、ここでやらないのはおかしいと主張し続ける。私に言わせればスーパ-のレジでゴネるモンスターおばちゃんと大差ない。



彼らが横柄で強気な理由は、自分のバックにある「力」が、他人を実質的にどうこうしてしまえるもの、それを強制できるものからかな、と最近思い始めた。

ヤクザ(というかチンピラ)が強気なのは組織ぐるみ暴力を行使する準備があるから

それと同じように弁護士強気なのは法律を行使できる知識とそのバックグラウンドがあるから

これがあれば相手に言う事を聞かせられるぜ、という懐刀。その使い所を完全に間違えて虎の威を借る狐になっている、それが彼らだ。



武道の達人は素人相手にその技を使ったりはしない。

数学者は算数に弱い人をバカにしたりはしない。

オペラ歌手は自信満々でカラオケボックスに人を引き込んだりはしない。

プロ」というのは、常にその力の使い所を弁えているべきなのだ。



「あんな一般常識のない弁護士の世話にはなりたくない」

「周囲の迷惑になる行動は慎まないと信用を失うよって、六法全書に書いてあげないとわからいかね」

普通に見苦しい、迷惑」

というのが、私の職場内での彼らに対する評価だ。

難解な司法試験パス六法全書を丸暗記するという『弁護士』に対する幻想を、あんまりこっぱみじんにしないでほしいと思う。



余談だが、宝塚のおねーさまが窓口に来たことがある。

そうとは知らずに対応したが、凛々しい中にも礼儀正しく、プライベートであっても自身の職業を貶めることのない立ち居振る舞いに感服するばかりだった。

2011-10-23

太陽を受け止められなかった男の話

中1のとき、同じクラスの中に自分に色々おせっかいを焼いてくれる女の子(以後A子とする)がいた。明るくて運動ができて

勉強ができる子だった。彼女背中には太陽がある気がした。すごくいい子で尊敬しているし、当時のことは感謝してる。



中2に入ったか入らないときに、友達から「A子はおまえのことが好きだ」と何度も囃された。彼女自分に声を

かける様子を見て、そう推測したんだろう。自分はそれは違うと思った。

実は自分は障害持ちで授業中など何かと困ることがあり、そういう立場から色々世話をしてくれたと思うのだ。

あいつは好きだからとかそういうんじゃなくて、目の届く親切な人だからそうするんであって、恋愛とかそういんじゃないよ」

そんなニュアンスで返事した。

ある日、土曜日の授業の終わった午後、弁当を食べて廊下に出て窓を見て「さぁ部活に行くか」と頭で一人心地もの思いに耽ってたら

廊下の向こうからA子がこっちに向かって走り出してきた。



開口一番、

「○○くん(自分名前)、私のことが好きってほんと!?

廊下の向こう側にA子が自分に好意を持ってるって囃したてた当の友達がいた。後から考えるとどうも友達がA子に「○○はA子が好き」というのを

話して、話した直後、A子が自分にそれを直接確認しにきたらしい。

「ち、ちがうよ。周りがそう囃したててるだけだよ!」

あわててそう返事した。自分運動音痴で当時いじめられていたし、彼女釣り合いが取れないと感じていた。

とにかくA子が自分を好きなはずがない。



そう返事したら、彼女は走り出してきた廊下をそのまま戻って歩いていった。

しょんぼりした彼女背中を初めて見た。

その姿を見て、友達が言ったことは正しかったんだと知った。

なにより釣り合いが取れない云々は関係なくて、自分には彼女の気持ちに自分の気持ちで対向する勇気がなかったのだ。

2011-10-13

面倒な患者の特徴

看護師をしているが、最近病棟に立て続けに面倒な患者が入ってきている。面倒な患者というのは所謂モンスターペイシェントというやつである。なんと5人くらいいる。毎日どうでもいい用事で呼びつけられ怒鳴られほんとにやってらんないので彼らの共通点をしたためておく。ちなみに病棟は急性期の内科病棟で、癌の患者が多い。


1.ルールを守らない

 病室で携帯を使う、夜中でも電気を消さない。指摘すると「特別に許可されたんだよ」と烈火の如く怒る。医師が注意すると「うっかりしてた」「看護師が使っていいと言った」「前の病院は良かったから」等言い訳や嘘をつく。


2.同室患者と揉める

 同室患者に聞こえるように悪口を言う、同室者の悪口を書いたメモ婦長に提出する。内容は「おやつを食べている音が嫌」「面会者の声が気になる」など。本人も守れていないものが多い。また上記のクレームを夜中に看護師を呼びつけて大声でまくし立てたりするので、同室患者はみんな不眠。


3.立場が弱そうな者に当たる

 若そうな看護師とか看護助手をわざわざ呼びつけて「お前は看護師失格だ」「優しさが足りない」などとよくわからない罵詈雑言を浴びせる。物を投げつける。強そうなおばちゃん看護師とか婦長とか医師には言わない。特に医師には必ずと言っていいほど媚びる。先生が来てくれただけで元気100倍です!とか。だから罵詈雑言は浴びせるが、「上を呼んでこい!」とは絶対に言わない。ちなみに若い看護師への暴言は大体廊下まで聞こえており同室患者にも筒抜けであることが多い。


4.かまってほしいアピールと自分こんなに頑張ってるよアピール

 歩けるのに車椅子に乗りたがる。車椅子に移る時は必ず「辛い…」「痛い…」と言い、「支え方がなってない」等と文句を言う。歩けるなら歩いて下さいと言うと「病人を歩かせるのか!死んだら訴えるからな!」とキレる。そんなに歩けないならトイレはお部屋に置きましょうかと提案すると「寝たきりにする気か!がんばって車椅子に乗っているのに!」とキレる。結果1時間から30分おきにゆっくりゆっくり車椅子に移りトイレに移り文句を言い用を足し文句を言い車椅子に移り…激しく手がかかる。そういうのが他にも薬とかごはんとか検査とか諸々であるうんざり


男女比はまあ個人個人の問題だから出しにくいにせよ、うちの病棟は男が多い気がする。痛がったり、かまってほしがったり、仕方なく話聞いてたら「さみしくて…」とか言い出すのは男性女性でめんどくさい人は何人か見たけど、手首切ったり号泣したり、すでに精神科の既往がある場合ばっかりだった。女性は同じ女だから看護師に甘いところもあるのかもしれない。こういうややこしくて面倒くさい患者を見てると、入院も集団生活を送れる人じゃないとできないんだなあとつくづく思う。あと人のこと「お前の優しさは上辺だけ取り繕った偽物だ」とか驚きの罵倒しといて、後で「本当は自分にだけ特別優しくしてほしくてそんなこと言った」とか言うのほんとやめてほしいと思う。なんかもう屈折しすぎて私のような小娘にはついていけません。あー増田に書いたらすっきりした。なんか改行とかむちゃくちゃですいませんでした。

職場で全く興味のない男性に好意を持たれて困っています

30代女性ですタイトルのとおり、職場で全く興味のない男性(Aとします)に好意を持たれて困っています

Aとは部署が違い、これまで全く接点がなかったのですが、最近になって休憩室や廊下ですれ違うときに必ず話しかけてくるようになりました。内容は仕事とは一切関係がなく、当たり障りのない世間話でもなく、私のプライベートに関する質問が多くて不快です。同じ部署の男性の先輩から、「○○さんと仲良くなりたいらしいよ」と言われたので、私の勘違いではないようです

元々男性からのこういったアプローチ(相手の内面をよく知りもしないのに、外見だけで判断して無理やり仲良くなろうとする)は大嫌いなので、Aには嫌悪感を覚えます。本音は完全無視したいのですが、職場なのでそれは難しいですし、以前も別の複数の職場で似たような経験をし、こういったタイプ男性プライドを傷つけられると途端に態度が豹変することを学んだので、慎重にならなければいけないと思っています

正直、この程度の男性に”落とせる可能性のある女”と一瞬でも思われたことが惨めで、悔しいです婚約者には、職場指輪を付けて行くようにアドバイスされましたが、汚したり失くしたりしないか不安ですし、婚約のことを職場の人に知られたくありません。

今後、Aにどのように接すれば、穏やかに私をターゲットから外してくれるでしょうか? 小町の皆様、アドバイスお願いいたします。

2011-09-27

家の前で自殺した人がいた

人に話す出来事でもないけれど、やはりそれなりに思うところがあったので、

増田に書いておこう。



数週間前、土曜早朝、住んでいる部屋の前から飛び降り自殺した人がいた。

ちなみに8F。外が騒がしいなーと思ったら警察の方々が大勢いて、

殺人犯でもこのマンションに逃げ込んだのか!?と焦っていたら、

関外廊下に揃えたスニーカー眼鏡タバコの箱が行儀よく置いてあって、

あぁなるほど…と思った。



うっかり顔を合わせなくて良かったな、と思った。



この部屋はダイニングにある窓を開けるとすぐに玄関外廊下が見える構造になっていて、

その頃いつも窓を開けていたので、顔を合わせる可能性は大いにあった訳だ。



もし出会ってしまって、目が合ってしまったら、声をかけて、止めたかな?

でも、止めたところでその先生きていく手助けは何もできない。

90%自殺だ、と思ってもつい目を逸らして部屋の奥へ戻っただろうか。

恐怖からつい声を掛けただろうか。



個人的に、自殺が悪いことだとは思っていない。

「死ぬ勇気があるなら何でもできる」という理屈は、

不眠症なんて、農作業や肉体労働すれば一瞬で解決だよ!」

という理論に通ずると思う。理想論



後者不眠症理論は私が実際に高校生の時に思っていたことだが、

その当時まさか眠れなくなるなんて事があるとは想像できなかったし、

社会人が農作業する暇・精神的余裕・金って…なんて項目は考える由もなかった。



死が手間的にも現実的にも一番リアル苦痛から自分を救う道だったんだろう。

「死ぬ勇気があるなら何でもできる」の何でもって何?何を言っているの?

親・友人・家族子供への配慮を超えてしまった上での行為なんだろうから



自殺を防ごうというのは、生きているひとの為のキャンペーンだと思っている。

そしてそれは正しい。今暮らしている人の幸せあっての世界だ。

もちろん誰も自殺などせず楽しく生きていくのがベストなんだけれど。

2011-09-05

すごくダメだと自覚しつつも、朝の挨拶って苦手だ。

別に血圧だとか、朝にすごく弱いということではない。

特別不機嫌でもない。 (機嫌が良いとは言えないが。)

単純に面倒なのだ。


朝以外でも、できれば挨拶する人を極力減らしたい。

仕事場で挨拶する人を増やすなんて面倒なだけだと思っているらしい。← 自分


かと言って、挨拶は誰からでもしてもらったら嬉しいという感情も一方で理解している。

から自分が誰かに挨拶をしたら、少なからず悪い印象を持たれることは少ないだろうとは思う。

今後人間関係でもスムーズにいくかも知れない。


自分根暗なので、独りでいるときは大抵つまらないことばかり考えている。悲観的というか。

仕事面白いなと思って勤めているわけではない。

嫌々出勤してるのだから、楽しくはないのだ。

デスクについた後、正直、人が出勤する度に挨拶するのかクソ面倒だと思っている。

しょうがいか自分の中で精一杯やるけど。

自分より先に出勤してる人に挨拶するのもめんどくさい。 

でも、なるべく大きいことでする。

廊下を歩くときはなるべく下や前を向いて、なるべくしなくて良い会釈はしたくないって思ってる。

しなくて良い挨拶なんてないかも知れないけど。

なぜか始業後にデスクで話す(私語ではなく)ことはそれ程億劫ではない。

仕事場の人と、むやみやたらに仲良くならないほうが良いと考えてる部分もあるからなのかな。

人見知りってことでもないと思う。



あー、面倒だ。

ダメ人間だって分かってるけど、挨拶ってなんか苦手。

挨拶が基本だって分かってるけど、したくない。

どうやったら、心の底から挨拶したいなと思えて、心の底から笑えって挨拶できるようになるんだろう。



以前働いていた場所で、女性で誰に対しても明るくかわいく挨拶される方がいた。

その職場新人であった自分に対しても、いつも挨拶して下さった方がいた。

すごくチャーミングな方だった。

今でも印象が良いし、毎回気持ちよく挨拶してくれるから印象的だった。

もちろん挨拶される度に、瞬間瞬間嬉しい気持ちになったものだ。

自分も他人にそういう印象を与えることができる・・・かも、と思えば・・、できるようになるのだろうか・・。



ダメ人間だって自覚はあるんだけど・・。

2011-08-30

http://anond.hatelabo.jp/20110830015638

男が身体で選んで、セックスで仲直りできるカップルって、そんなに良い関係かな?



昔壁の薄いアパートに住んでた時、隣の部屋のカップル喧嘩のたびに仲直りのセックスしてたんだけど(喧嘩から仲直りセックスまで全部音が筒抜け)

そのうちだんだん喧嘩の頻度が上がってきて、だんだん喧嘩の激しさの度合いも上がってきて、

最終的には物を投げる音と壊れる音がして、女の「イヤー!」「助けてー!」「殺されるー!」という悲鳴と、男の「ごめんなさいごめんなさい」という泣き声が聞こえるようになってたよ。

その喧嘩の後もセックスしてたけどさ…。

(このあたりでうるさくて嫌になって引っ越したからその後どうなったか知らない。)



確かに隣人の女はスタイルが良いしセックスの相性も良いようだったから(あの声からして…)、男の方が手放せなくなってるっぽかった。

聞く限りでは先に声を上げて喧嘩をふっかけるのはいつも女の方で、それなのに一方的に男に謝らせたりするような難有り女みたいだったけどそれでも男は離れられなかった様子で。

共有廊下で時々すれ違う隣人の男はどんどんやつれていってるように見えた。

全然幸せそうじゃない。



これが仲直りセックスするカップルはろくでもないなと思った経験

セックスをして他のダメな所は全て目を瞑るって、とても不健全な関係に思える。

いつでもその場しのぎで喧嘩をウヤムヤにするだけで、喧嘩の原因を無くそうという発想ではないって事だから



あ、仲直りセックスって何かに似てると思ったら、DVのサイクルのハネムーン期だ。

2011-08-23

http://anond.hatelabo.jp/20110823205403

賢くなりたい馬鹿をあんまり馬鹿にすんなよ。

そんなこと言ってたら廊下や道端に張ってある標語なんて馬鹿馬鹿しくてやってられないんじゃない?

2011-08-16

http://anond.hatelabo.jp/20110815211758

翌朝もしたけど、たしかに、いやだぁっと言っていた

オメコなめたら、ウットリしてくわえてくれて、口の中と下の口にそれぞれ出した

会社廊下で、俺だよーって言ったときは、ビックリして口が開いていた

本名も知っちゃたし、これから毎日ハッピー

2011-08-14

夏休みになると職場

職員の子供とその母とかが来る。

自由研究でもやりに来たのかも。

こんにちはととりあえず廊下で、

礼節としてあいさつしたら

シカト。

その後母と子の会話で

「あれだれ?」

「知らない」だって

礼儀知らずのバカ子供入れるなよ。まじで。

まあ子供子供から仕方ないけど、

母は終わってるよな。

て言うか、職場建物内で

子供事故でも起こったら

責任問題が発生するので、

もう一人の親は、って職員だけど、

職場に入れるのを許すなよ。

では仕事に戻ろう。

2011-07-24

無職のぼくの勤労行為

当時、ぼくは仕事らしいことをなにひとつしていなかった。

勤労ということからは、かけ離れた生活を送っていたのである

来る日も来る日も無為の生活を送っていると、

「ああ、働きたい、額に汗したい」

という勤労意欲が湧き上がってくるものなのである

まして、血気盛んな青年である

毎日の、入浴や爪のアカほじりでは、どうしても欲求不満になってくる。

例えば道路標識などを、額に汗して引きぬき、今度はそれを肩にかついで、息をきらして

下宿まで運搬する。

やっとこさ下宿の玄関までたどりつき、狭い下宿廊下を、あちこちぶつかりながら運び

あげ部屋に安置し、吹き出す汗をぬぐうと、

(なにごとかを、なし遂げた!)

という満足感が得られるのである

勤労の喜びにひたることができる、ということになるのである

2011-07-04

http://anond.hatelabo.jp/20110704200340

広辞苑第五版

こと【事】

 (もと「こと(言)と同語)

1.意識・思考の対象のうち、具象的・空間的でなく、抽象的に考えられるもの。「もの」に対する。

 《略》

2.文末にそえて、終助詞的に用いる。

(1)(動詞連帯形または動詞に打ち消しの助動詞連帯形のついた形にそえて)願望や軽い命令・禁止を表す。「廊下を走らない―」

(2)《略》

2.(1)で使われているところを1.の意味でとらえてしまうということでしょうね。

小学校教科書ってこんなことが載っているの?

http://anond.hatelabo.jp/20110704195830

気持ちはわかる。

でもそれよりも「廊下は走りません。」とか「ここで靴を脱ぎます。」とかが気持ち悪い。

意味するところはわかるのだけど気持ち悪い。

http://anond.hatelabo.jp/20110704195830

そりゃお前の日本語の理解が間違ってるだけだわ…

小学校教科書を読み直したらいいんじゃね?



なんか元増田の文章が意味不明なのに変わってるから元の内容書いておくわ。

廊下を走らないこと」という文章が気に入らない

からなに?って感じになる

理解されないと思うけど

みたいな感じだった。明らかに「こと」の日本語としての意味を理解してない。

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