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はてなキーワード: 廊下とは

2024-04-02

anond:20240402165007

あるけど廊下を渡った先にしかない

そしてアホな同居人が常温可の食品やら何やらをなんでもかんでも放り込むおかげでいつも埋まってる

とてもつらい

ペットボトルや缶飲料廊下放置してるだけで美味く飲める季節が終わってしまった

とてもつらい

2024-04-01

まもって守護月天!を読み終えた その1


当方40代であるはてなユーザーでは平均ほどか。

数年前に父が亡くなり、半年前に母も亡くなった。ずっと実家暮らしで、会社仕事の合間に農業をやっていたが、そろそろこの家ともお別れである家族が俺一人になったので、土地建物を売りに出して、会社の近くにある空き家ハウスに引っ越すのである

相続が終わってから遺品整理屋とかリサイクル屋とか解体屋さんと話をすることが多くなった。処分すべき財産はあっという間に片付いたが、最後に残ったのが……西暦で言うと2000年頃に亡くなった実弟漫画だった。部屋を共有していたので、本棚には俺と弟の漫画が並んでいた。

その大半は、ブックオフでも1冊10円すらつかないモノだった。メルカリで売るにも手間がかかりそうだ。遺品整理屋も「今のご時世、紙のマンガは売れないんですよ」と引き取りを断った。ほかの価値のなさそうなモノは、タダ同然でも引き取ってもらえたのだが。

何か月か経って、今年の正月を過ぎた頃だった。

実家本棚にあった俺の漫画を何冊か、手に取って読んでみた。うーん、これは……「懐かしい」という感情が僅かにあった。一番好きだった漫画、『天使禁猟区』『スカイハイ』『クロマティ高校』を読んでみたが、いまいちピンとこない。楽しい思い出が蘇ってこない。お楽しみの記憶脳裏から消えてしまったのだ……。

ふとここで、亡き弟の漫画を手に取った。あいつは将来裁判官になりたいと言ってたっけ。『家栽の人』が本棚の目につくところに置いてあった。一番上の段だった。

そして、一番下の段に視線を移すと……ここで一番、ドーン!! と、当時の記憶が蘇った。それは、『まもって守護月天!』だった。弟が一番好きだった漫画

家族食卓を囲んでいる時も、旅行をしてる時の車内でも、何気ない団らんの瞬間でも、とにかく弟は、この漫画の話をしてることが多かった。

弟の死因は、自動車に轢かれた後の外傷から内臓の疾患にかかったことにある。交通事故の原因の半分は弟にあり、当時は自業自得だと冷たいことを思ってたけど、まさか亡くなるとは……。病院でお見舞いをしてる時にも、弟はこの漫画を繰り返し読んでいて、ずっとその話の内容とか喋ってるんだよ。どんだけ好きなんだよって思った。

確か、アニメも観たいって言ってたかな。病室にテレビはあったけど、ビデオ再生できるものがなかった。弟は泣いて悔しがっていた。

さて、当時の俺は高校生であり、ガンガンコミックス漫画を読むことはなかった。守護月天漫画を読んでみたことはあったが、すぐに読むのをやめた。「稚拙だな」と思ったのもあるし、「絵がちょっとな~」という思いもあった。当時の俺は、CLAMPが描くような、Xとか聖伝とか、ああい精緻な絵柄のエログロが好きだった。

とにかく弟は『まもって守護月天!』が好きだった。それを、この本棚を見ていて思い出した。この日は休日であり、時間がたくさんあった。せっかくなので、この日から一週間ほどかけて、全11巻を読んでみることにした。

読んでみた感想を、以下に綴っていこう。感想を交えつつ、各巻に1~2箇所ずつ、印象的だったところを抜き出して引用する。

ネタバレがあるように見えるけど、本当に大事なところは抜き出してない。隠してる。まあ、俺の人生で『まもって守護月天!』を取り上げるのはこれっきりなんだし、少しくらいは許してくれ……。

その前に、これはどういう漫画やねん、と気になった方はWikipediaでググってほしい。あらすじは、概ねこんな感じである

~ブックライブから引用

一人暮らしで寂しさを抱える少年と、ご主人様をあらゆる不幸から守る役目を持つ守護月天美少女とのファンタジーラブストーリー一人暮らし中学2年生・七梨太助(しちり・たすけ)は、中国を旅する父親から支天輪(してんりん)という八角の輪を送られる。


まり主人公の何気ない行動をきっかけとして、小璘(シャオリン)という女神様のようなものがやってくる。お互いに惹かれつつ、ラブコメディが進行していく。その中で、超えないといけない壁がいくつもあって、主人公である太助シャオにふさわしい男になるために奮闘する物語である

では、さっそく始める。



【第1巻】

読み始めは、正直キツかった。絵柄が古いのもあるし、漫画表現が昔風なのもあるし、ラブコメを読んだ経験がない人間には何がどう面白いのかわからない。

まり楽しめないのは、すでに四十を過ぎているからだろう。子どもの頃であれば、まだマシだったのかもしれない。ただ、まあ……コンセプトはいいと思う。すごく。

なんとなくだが、『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』という映画を思い出した。某グルメ漫画でいうと、「うん こういうのでいいんだよ こういうので」を地で行く。

シャオリンが「この平和時代に、どんなものからご主人様を守るか」を決めたシーン

太助様…」

「…え……」

「もし迷惑でなければ あなたの中にある「孤独」や「寂しさ」から あなたを守ってさしあげたいのですが それではいけませんか?」


シャオ歴代の主を守ってきた手段は、主に暴力である。星神を呼び出して使役し、主人を狙う者を撃退する日々を過ごしてきた。だが、平和現代でそんな行為需要があるはずもなく。シャオは、呼び出されてすぐにお役御免になってしまう。

ならば、主人である太助をどのように守ればいいのか――その答えが上記台詞である。命を狙う敵がいないのであれば、孤独や寂しさから主人を守るのだ。太助には家族が3人いるが、全員家を離れて放浪の旅をしている。ネグレクトに限りなく近いものがあるが、ラブコメの都合というものだ。



【第2巻】

このあたりは、まだだるかった。物語登場人物は揃いつつあるのだが、展開が退屈でなかなか話が進まない。この巻から、慶幸日天の汝昴(ルーアン)という主人公の恋路を邪魔する、まさにお邪魔キャラみたいな人が出てくる。

別に、なんということはない恋愛妨害工作なのだが、この時代ラブコメ高橋留美子の影響がまだ色濃いのだろうか、暴力性が強い。この巻以外にも「死ぬやろ……」というシーンがけっこうある。昔は気にならなかっただろうが、やはり時代というものか。

ルーアンの計略によりシャオ太助の元から離れようか迷っているシーン ※太助が駆けつける

「えーっと 今はうまく言えないけど… 俺はシャオにずっとここにいてほしいんだ ――それだけじゃここにいてもらう理由にならないかな……」

「…いいえ… ………あの 私…… 太助様がここに来てくれるの 待ってたかもしれないです」


ルーアンがそれっぽい発言をして、「シャオ現代には不要ではないか」という意見を伝える(あなたなんて いても邪魔なだけなのよ)。シャオは真に受けてしまって、支天輪に帰ろうとするのだが……すんでのところで太助がやってくる。そして、ふたりきりの状態で上のような会話をする。

この場面は気に入っている。シャオ気持ちも、太助気持ちリアルに描いていたからだ。ストレートさがいい。



【第3巻】

このあたりから恋愛路線に入ってくる。太助シャオ愛情意識する場面が出てくる。

ネタバレは避けるが、シャオには恋愛ができない事情がある。本人ですら認識できない事情が。

以下の山野辺というのは、最初の頃は万引きとかするキャラとして描かれていた。物語が進むにつれて応援キャラになっていく。

シャオ山野辺が一緒に温泉に入っているシーン

「なあ シャオ…」

「…………」

シャオ?」

はい?」

「なんか元気ないけど七梨と何かあったのか?」

翔子さん…………私 病気かもしれないです なんだか…ね 胸が苦しい… 太助様がルーアンさんと一緒にいると とっても胸が苦しくなります さっきなんか どうしてだか自分でもわからないけど そっけない態度とっちゃったし太助様が話しかけてくれたのに 太助様にきっと変に思われちゃった きっと悪い病気にかかっちゃったんです ――でも どうしたらいいのか わからなくて…」 

(へえ…精霊ってのも 人を好きになったりするんだあ…)


うん。女性作者が描いてるラブコメってさ。女性側の心理描写リアルだよな。女の子ってさ、好きな男性の目の前だと萎縮することがあるじゃん意中の人を目の前にすると、体がつい後ろに下がってしまうとか、廊下を走って逃げだす子とかいるよな。

なんかこう、恋愛感情に対して不安になった時の女性心理というか。リアルさが伝わってくる。子ども時代に読んでも全く認識はできなかったろう。



【第4巻】

この巻くらいになると、ストーリーの基本線が定まってくる。何らかの事件イベントが起こって、太助シャオが巻き込まれて、レギュラーキャラがそれぞれの立ち位置で動き回って、なんやかんかで解決して、ふたり(又はほかのキャラ同士)の間柄が深まって……という流れである

基本は、太助シャオ関係性がメインだ。この作品うまいところは、ふたりばかりを推すのではなく、ほかのキャラクター間の友情とか愛情ガッツリ描いてる。

この巻だと、2つの場面が印象に残っている。いずれも、ルーアンふたりの仲を妨害するための工作を試みて、やってしまった結果である

④-1太助高速道路自転車走行中にタイヤバースト、そして前方車両(トラック)と自転車を括っていたロープが取れて転倒した後のシーン

「………え 太助様!? 太助太助様!! 太…助様あ… ……う…」

「あ…あの小璘さん…」

「どうしよう…どうしようどうしよう ルーアンさん! ――太助様が 死んじゃったらどうしよう!!」

「あ…いや まさかそんなあ」

「どうして支天輪を車に乗せちゃったりしたんですか 私……太助様に何かあったら ルーアンさんのこと絶対さない!!」

「…………」

太助様に…太助様に何かあったら… 太助様… 太助様早く帰って来てください」

「小璘…………あんた」

④-2保健室で、シャオがベッドに横たわって寝ているシーン

「なあ…ルーアン

はい!?」

「…俺シャオのこと 好きにならない方がいいのかな…」

「………… あんたあのおじょちゃんになんか言われたでしょ ――じゃあひとつ聞くけどなんでそう思うの?」

「――…」

「小璘が人間じゃないから?」

「…………」

「………俺とシャオって絶対結ばれないのかなって…」

「…ねえ たー様 あたしは たー様のこと好きよ 考えれば悩みなんていくらでも出てくるけど 一番大切なのは自分気持ちでしょ だからあたしはあんたみたいに悩まない 悩んでも変わらない想いなら 悩むだけ損だと思わない?」


気持ち、とでもいうのかな。かの有名な『BLEACH』でいうと、ウルキオラ・シファーの名台詞ひとつである



心か



みたいな感じだ。登場人物の心境がさ、わかるんだよな。喜んでるのもわかるし、苦しんでるのもわかる。そんな中でキャラクターが足掻いている姿が印象に残った。

漫画を読む前に下調べはしなかった。今も一切してない。よって推測になるんだけど、この作者である桜野みねねっていう人は、この時(1998頃?)は大学生かそこらの年齢なんだよな。作者あとがきを読むと、若いんだなというのは伝わってくる。

俺が二十代前半の頃は、地面から出てきたばかりのカブトムシの如き勢いでスポーツをするか、水道工事現場であくせく働くか、盛りのついた獣のように女を口説いて、年間に何人とセックスたか記録を付けるとか……同じ会社女の子と無理やりそういうことをした後でも、最後にベッドの上で「愛してるよ」と言ったら許されるから大丈夫とか、そんなことしか考えてなかった。人間性が動物レベルだった。

でも、この桜野みねねという人は、そんなどす黒い人間の対極を行く感性がある。この作者は凄い……と、いい年になったおっさんは感じた。※私個人と作者の年齢差は、干支0.5周り分ほどと思われる。



【第5巻】

20年以上前漫画なので、さすがに創作でも……というシチュエーションが生じることがある。作品内では、たまに登場人物がみんなで旅行とか海とか温泉に行くのだが、メインキャラがほぼ中学生で、20才以上は大変少ない。無理があるし違和感がある。

しかし、旅行とかでないと表現できないラブコメ的なシチュエーションもあると思うので……そこが創作の難しいところである。いや、文学作品創作とかしたこといからわかんないけどさ。

⑤仲間と海に来ていて、ようやく夜の海岸で二人で話ができたシーン

「なんだかね………私 太助様ととってもお話たかったです 別にお話したいことがあるわけじゃないの… でも… 太助様とお話してるととっても落ち着くから…」

「……シャオ

だってお話してるってことは 一緒にいるってことでしょ? だから…」

(だから… きっとこんなに 安心できるのね)


太助シャオは、何度もこういうシチュエーションになっている。が、恋愛が進む気配はない。事情はあるのだが、あまり絶望的な事情なのだ

あと、文章量の都合で載せなかったが、クラス演劇(かぐや姫)の数話分も大変よかった。ルーアンと、ほぼサブキャラの乎一郎が主体の話なのだが、中学校の学芸会かぐや姫をやることを通じて、「離れていても心は繋がってる」という要素を表現している。

この回は、大人ながらにしみじみときた。気になる人は、是非5巻を読んでほしい(ダイレクトマーケティング決行)。

大まかな流れを言うと、ラストのお別れシーンでかぐや姫役のルーアン台本にないセリフを言う → 月の使者役のシャオがお迎えを中止発言 → 乎一郎がそれを制止 → その後の会話のやりとりで、離れていても心は繋がっていることを示唆~といった具合である

ここまで五千字以上は書いている。一旦切ることにする。



文量の都合で2分割。

次に続きます

https://anond.hatelabo.jp/20240401122023

ただ女性であること程度で社会的弱者と言われましても

断っておきたいが、俺は女たたきをしたいわけではない。

会社研修で「貴方ストレート男性管理職であるから社会的には強者である社会的弱者である女性のことを考えましょう」みたいなことを言われて、不意打ちにあったような気持ちになった。

俺は在日三世である。まず、在日差別はある。おじいさんや父親が苦労してきた話(教師が親父の書いた絵に「朝鮮人で最も絵がうまいで賞」と書いた花をつけて廊下に張り出す、など)を聞くとやるせない気持ちになるし、今でも同世代との飲み会になるとザイニチが!みたいな罵倒語を吐くやつは目にする。

なので、正真正銘ゴマカシなしの社会的弱者であるウチは、在日であることを完全に秘匿しながら、日本において唯一無二の後天的に取得しうる強者性=学歴を息子や娘に身に付けさせることが長期的な戦略となった。豊かではない父母は持てるリソースのすべてを我々に注ぎ込んでくれ、果たして俺は東大合格した。

ただ、どんなに努力を重ねても、やはり特に大阪に帰ると無意識差別オブラート社会を包みこんでいるように思えてならない。帰化申請自分で行ったときに、半ズボンで来るようなマトモじゃない人は審査で落とすけど、君は大丈夫普通だよ。でも普通じゃない人ばっかなんだ、とヘラヘラ宣った法務局のHとかいう奴の顔は一生忘れないし、梅田の地下歩いてただこの親父が免許書を見せた瞬間に顔色変えて根掘り葉掘り聞いてきた警察官のことを俺は許さない。妹の元彼の親が朝鮮人とは結婚されられないと挨拶の場で断って、それにそれもそうだなあと言っていたらしいアイツらは妹の流した涙のぶんの毒薬地獄で飲ませたい。

なので、俺がしてきた努力は、親子三代に渡り投入し続けたリソースは、この日本社会で生きていくために絶対必要なコト/モノだったし、その結果としての社会的強者然としたこの姿は、弱者性の超克の志向当然の帰結である

それを、社会的強者である日本女性から生得的に男性であるからという言葉だけで強者形容されるのはとても気に食わない。俺は、俺等弱者は、本当に死ぬ思いをしてここまで来てるんだ。生得的なんて言わないでほしい。

2024-03-31

消費者庁が「大手メーカー企業配慮し、結論ありきでデータを作っていることがあるのでは?」と指摘されることがある。

真偽は不明だし、公表されている資料を見る限りはっきりと「忖度している」とは言えない。

これアメリカだともっと酷いんだよな。

アメリカにおいて高等教育を受けていない大多数の国民日本人の大半が知っている炭水化物タンパク質などの知識を持っていない。

もちろん単語として知っている人はいるだろうがそれを実際の食事に生かす知識はないし、あっても金がない。

上院議員や州議員にはこれを改善するため「学校での栄養指導義務化」や「公立学校でのスクールニュートリショニスト設置義務化」や「生鮮野菜小売店への優先的な供給」を法案として提出している。

しかし、その度に冷凍食品メーカーファーストフード運営企業から支援を得ている議員ロビイストが「子供自由人権」や「農業生産者企業自由」を盾に攻撃する。

彼らによると、韓国日本児童栄養指導食育と称して好んでもいない食品学校で食べさせられていることは人権侵害なのだと言う。ちなみにロビイスト(多くは名門T14ロースクール卒の弁護士)や議員子供を通わせている学校の多くはは廊下制服ネクタイを緩めて歩いたり、英語発音を間違えただけで厳しく叱責される全寮制校則ガチガチボーディングスクールである。それは人権侵害ではないのか?

また、農業生産者には小売店よりも大手企業に対して安定した価格商品を買い取ってもらう自由があり、大企業にも自由契約として農業生産者から商品を買い取る自由があると主張する。

それを目にした庶民も「自由権利侵害⁈許さん!」って感じで法案に反対する。

法案は常に廃案となり、冷凍食品メーカーファーストフード運営企業は安い価格野菜を軒並み買い取る。また輸出に積極的に回される。

小売店に並ぶ生鮮食品には法外な値段がつけられる。

庶民食品が含有する栄養添加物知識も一切なく、生鮮食品を買って自宅で調理するより手間もお金もかからないファーストフードを利用する。

2024-03-26

ピュア・痛み

痛みのショックのあまり気づかないうちに気を失って…というのは満場一致で失神と呼んでいいだろうが、

痛みのあまり横になって休んでいる最中、痛みから逃れるためにとりあえず眠気はなくとも半ば自主的自分から意識を飛ばすことは失神と呼ぶのだろうか。

それとも普通に睡眠

これまで2回ほど起こったことがあるがあれはどういう現象なのだろう。

自分意思が介在しているのだから失神とは呼べないだろうと思うが、眠気は全くないので睡眠と呼ぶのもしっくりこない。

1回目は恐らく便秘?によって起きた。トイレに行ってもどうしようもなく、廊下の床でのたうち回りつつそれを行って、目を覚ましたあとなんだかんだで治った覚えがある。

それで2回目がさっきあったんだけどガチで痛い

意識放棄したりせず早めに薬を飲んでおくべきだった。

起きたらもっと酷くなっていて手の施しようがなかったため。

普段健康的な生理周期なので、1週間遅れた時の痛みがこんなに酷くなるとは思ってもみなかった。

プロスタグランジンが分泌されてしまった後に飲む痛み止めの空虚さは凄まじく、普段痛みが出る前に飲めば殆どの痛みを消してくれていた、頼りにしていたあの薬と同じものとは到底思えない。

まり何が言いたいかと言うと、痛い時は意識をほっぽって逃げずに病院に行くなり薬を飲むなりしよう!(それが出来るくらいの痛みなら最初から逃げてねえろ!!)

ピュア・痛み

痛みのショックのあまり気づかないうちに気を失って…というのは満場一致で失神と呼んでいいだろうが、

痛みのあまり横になって休んでいる最中、痛みから逃れるためにとりあえず眠気はなくとも半ば自主的自分から意識を飛ばすことは失神と呼ぶのだろうか。

それとも普通に睡眠

これまで2回ほど起こったことがあるがあれはどういう現象なのだろう。

自分意思が介在しているのだから失神とは呼べないだろうと思うが、眠気は全くないので睡眠と呼ぶのもしっくりこない。

1回目は恐らく便秘?によって起きた。トイレに行ってもどうしようもなく、廊下の床でのたうち回りつつそれを行って、目を覚ましたあとなんだかんだで治った覚えがある。

それで2回目がさっきあったんだけどガチで痛い

意識放棄したりせず早めに薬を飲んでおくべきだった。

起きたらもっと酷くなっていて手の施しようがなかったため。

普段健康的な生理周期なので、1週間遅れた時の痛みがこんなに酷くなるとは思ってもみなかった。

プロスタグランジンが分泌されてしまった後に飲む痛み止めの空虚さは凄まじく、普段痛みが出る前に飲めば殆どの痛みを消してくれていた、頼りにしていたあの薬と同じものとは到底思えない。

まり何が言いたいかと言うと、痛い時は意識をほっぽって逃げずに病院に行くなり薬を飲むなりしよう!(それが出来るくらいの痛みなら最初から逃げてねえろ!!)

分散引っ越し

今の時代にまだ2週間前発表で赤字引っ越しさせる我が社

廊下に「分散引っ越しのお願い」ポスター貼ってあるのに今日気づいたわ

くっそ笑うわ

からでも辞表出していいか

2024-03-25

絵の上手だった女の子

中学の時オタク美術部入ってたんだけど、

描いた絵とか見せ合うのすごい流行ってて

私はpixivで見た緑間の絵を一生懸命模写して描いてた で、たまに自分で描いてみたりもした

写しただけだよ〜って予防線張ってても、仲いい子は皆上手い!とか天才!とか褒めてくれて すごい気持ちよかった

でも美術部の中に全然オタクじゃない(普通に漫画は読んでたと思うけど)子も一人いて、その子は多分絵を描くのが好きで美術部に入った子で

描いた絵とかたまに見せてもらったら、いつもめちゃくちゃ上手だったの覚えてる 美術の授業でもよく先生に褒められてて、廊下クラス全員分の作品飾るときも皆〇〇ちゃんすごい!って言ってて 当然成績は5で

でもオタクじゃないか美術部の中ではちょっと浮いてて、仲間内では私の描いた絵の方が褒められてた

なんでだよってずっと思ってたけど、やっぱ仲の良い身内が描いたオタクっぽい絵の方が受けが良かったんだろうね

大人しいけど明るくて、普段運動部の子とも仲良くしてるような子だったし

の子も私の絵のこと褒めてくれててさ 二人っきりのときに私が「〇〇ちゃんの方がすごい」みたいなこと言ったら、「いやなんでなの、すごい上手だよ、この緑間イケメンだよ」って

目がでかくて首が細くてアンバランスな緑間の絵を褒めてくれた 優しい子だった

学校ではよく喋るけど遊びに行くほどの仲ではなかった

でも高校ときも通学路が途中まで同じで、たまに朝会うとすごい嬉しかった お互い高校の話とかして、ちょっと話足りないなって思いながらまたねって別れてた

自分高校では帰宅部で、そのときにはアニメも然程見なくなって絵も描かなくなってた

中学時代に買ったコピックを見るとあの子の絵を思い出して嬉しくなった なんか美大とか行ってすごい人になるんだろうなって勝手に思ってた

去年母親が死んで、先日一周忌を行った

坊さんがお経を読んでる間に周りの墓石を見てたら、その子名前が書いてあるお墓があった

名字も下の名前も珍しい子だったから、あの子の墓だとすぐに分かった

享年23歳だ ついこないだ死んだんだ

母の墓に線香を立てるとき自分の母のことよりもその子のことで頭がいっぱいだった 手を合わせるのも忘れていて父におい、と言われた

遊びに行ったこともない仲なのに、あの子のことで頭がいっぱいで今かなり苦しい

なんで死んだのか、死ぬまで何をしていたのか 大学には行ったのか もう働いてたのか 何も分からない

最後にした会話が何だったのかももう思い出せない

LINEアイコン高校時代写真のままだ

自分はあの子のことが好きだったのかもしれない

2024-03-23

大手企業地方にある完全子会社工場に勤務する奴らの民度が低すぎてやばい

通勤時の車で自社社員だってわかってるのに煽り運転してくる(駐車許可ステッカー貼ってあるから絶対わかってる)

トイレの使い方がチンパンジー以下(洗面台水浸し / 便器外に糞尿垂れ流しまくり / 壁という壁にハナクソつけまくり)

廊下の壁は傷つき放題

・床には何故か穴開く

お客様とすれ違っても挨拶するどころかガン無視

・メシの食い方が畜生(肘つき / 犬食い / 食い散らかし)

通勤退勤時の服装ホームレス並みにお粗末

・見た目が既にクソ(髭面 / 赤髪 / ピアス

デブが異常に多い

喫煙者が異常に多い

どこもこんななの?

それとも弊社だけ??

anond:20240322000014

自分平成に元年に通った公立中学は不良が廊下で唾はいたり、廊下自転車で走ったり、三階から机を窓の外に投げ捨てたり、体育館裏はたむろするウンコ座りとタバコの煙まみれだったり、教師が首絞められるからネクタイやめたり、非常階段でよく先輩が後輩締め上げてたり、ブラスバンドの先輩にトイレで囲まれ女の子ナイフで威嚇したり、男不良グループ女の子一人相手竹刀リンチして一生物の傷を残したり、不良が授業中に長渕剛熱唱したり、他校の不良が殴り込みに来たりした。

特別荒れた学年だったらしくて卒業式では校長が嬉し泣きしていた。

裏枕

春はばけもの。やうやう白くなりゆく山ぎは、にわかに曇りて、だんだら染めなら雲の乱れ飛びたる。稲妻天に向ひて走るもをかし。ふりさけ見れば、几帳の陰に、おどろおどろしき物どもこそ重なりゐたれ。追はれて暗き廊下をひた走るに、黒髪みな逆立ちて細くたなびく。

夏はへねもね。へねもねは稚児にも似たり。暑き夜、読経などして明かすをりに、うしろよりほと、と頭をうちたたきて逃ぐる、さてもさてもにくし。さりとて、闇夜にふねふねとすねこすりて歩くこそ、いみじうなまめしかれけれ。八月つごもりのころ、道の辺にて生き腐りてあるのはわろし。犬の半ば食らひてあるなど、いふべきにもあらず。

秋はぞぞろけ。ひともどき。にゃらにゃら草。一つはさらなり、二つ、三つと出たる月のいみじう赤ければ、極楽達磨のまろび狂ふもことわりなり。明り障子もみな紅に染まりて、狂ひ舞ふ人の影のみ黒し。えもいはれず。えもいはれず。

冬はあしきり。つとめて、ひとり広き野を歩くに、すすき野の、一面に白く枯れわたりて、すさまじげなるに、ふと足切らるる心地するはこれなり。あしきりにあひし人は、二、三日のうちに、必ず失せにけるとや。

2024-03-21

廊下で道を譲る優しさを持つ」 愛子様人間性を絶賛

学習院女子高等科開拓時代アメリカばりのマッチョイズムが跋扈してる異空間なんか?

廊下で道を譲るだけで絶賛してもらえる皇室人生はイージー

概要UNTITLED

概要

学校廊下

2人の女子生徒が掃除の手を休めて窓の外を見ている。

彼女らは屋上にいる浅倉透(283プロアイドルユニット「ノクチル」のメンバー)について会話していた。

「何か見ているのかな」「なんかずっと見上げているね、なんだろう」

透は変わったことをしていなくても目が離せない時がある。外見が綺麗だけじゃない何かがある。

そのような会話をしていた2人に近づき、樋口円香(同じく「ノクチル」のメンバーで透の幼馴染)は遅れたことを謝罪する。

円香がどこを掃除すればいいのかと聞くと、2人は拭き掃除担当して欲しいと答えた。


撮影スタジオ

2人のスタッフ写真撮影中の浅倉透について会話している。 2人のスタッフ写真撮影中の浅倉透について会話している。

表情やポーズもまだまだだが、新人にしてはかなり良く、担当しているカメラマンも張り切っているという。 表情やポーズもまだまだだが、新人にしてはかなり良く。担当しているカメラマンも張り切っているという。

「見た目だけなら、あんまり使えないかなと思ったけど……」 「見た目だけなら、あんまり使えないかなと思ったけど……」

の子には何かがある。 この子には何かがある。

撮影済みの写真を見ていたスタッフがそう呟きかけたところに、樋口円香は声をかける。 撮影済みの写真を見ていたスタッフがそう呟きかけたところに、樋口円香は声をかける。

円香が予定の時間より早めに着いてしまったと言うと、スタッフは「ノクチルみなさんには期待している」と微笑んだ。 円香は透の後の撮影で、少し早めに着いてしまったと言う。

スタッフは「ノクチルみなさんには期待している」と円香に微笑んだ。


ハウススタジオ

大勢スタッフが忙しそうに働いている。

樋口円香はストーブの前で同じ「ノクチル」のメンバーにして幼馴染である福丸小糸、市川雛菜と3人で写真撮影の待機をしている。

今は浅倉透の撮影が行われており、カメラマンが透を盛んに褒める声が聞こえてくる。

「みんな、透ちゃんを見ている」

撮影の様子を見ていた小糸は、ため息のような声を漏らす。

スタッフだけでなく他の出演者さえも魅了されたように透を見ている。

透の撮影が終わり、次は小糸を撮る予定だったが、カメラマンは今の流れのまま透と円香のペアを先に撮りたいと言う。

呼ばれて透と合流した円香は軽く挨拶を交わす。

円香がメイクスタッフに髪を整えてもらっている間、カメラマンは透にさきほどの撮影が非常に良かったこと、物憂げで神秘的な様子が撮影のコンセプトにぴったりだったこと、きっと今日のために色々考えてきてくれたのではないか感謝を伝える。

透は曖昧に微笑む。

「色々考えてきたんだ?」

スタッフが離れ2人だけになった時に円香が透に聞くと、透は少し驚いたように円香を見る。

円香は知っているので答えなくて良いと伝え、透はうなずいた。


<浅倉家、透の部屋>

樋口円香は室温の暑さに目を覚ます

部屋の主にエアコン温度を下げる許可を得ようと隣をみるが、一緒に映画を観ていた浅倉透も眠っていた。

円香に起こされると、透は続きを観るかと聞いたが、円香はもう0時を過ぎているので自宅(隣家)に帰る。透もベッドで寝たほうがいいと伝える。

布団に潜り込んだ透に、円香は明日仕事の予定を把握できているか質問するか、透は睡魔に負けて答えられない。

円香はため息をついて、おやすみと告げた。

円香は寝ている透を見ながら少し前の出来事を回想する。


学校廊下。2人の生徒が透について会話している。

「何か見ているのかな」「なんかずっと見上げているね、なんだろう」

円香は独白する。

”私は、わかる。透が何を見ているのか”


撮影スタジオ。2人のスタッフが透について話している。

「見た目だけなら、あんまり使えないかなと思ったけど……」

”私は、知ってる。透が何を秘めているのか”


ハウススタジオ、小糸が話している。

「みんな、透ちゃんを見ている」

”そうだね。私以外のみんなはね”

「色々考えてきたんだ?」

”知ってる。分かってる。私だけは。浅倉透を”


寝ていた透がぼんやりと目を開ける。

寝ぼけ眼の透が、円香がまだ部屋に残っていることを不思議がると、円香はすぐに出ると伝えた。

透は自分が掛け布団を蹴り落としてしまっていることに気づき、少し恥ずかしそうに聞く。

「見てた?」

円香は答える。

「見てない」

人物

樋口 円香(ひぐち まどか

性別女性 / 年齢:17歳 / 出身地東京都

4人の幼馴染で構成された283プロアイドルユニット「ノクチル」のメンバー

クールシニカル高校2年生。涼しげな目元と泣きぼくろが特徴。プロデューサーに冷たい態度を取る。

浅倉 透(あさくら とおる)

性別女性 / 年齢:17歳 / 出身地東京都

4人の幼馴染で構成された283プロアイドルユニット「ノクチル」のメンバー

自然体で飾らない性格。周囲からどう見られるかということを気にせず、おおらかでマイペースしかしその透明感あふれる佇まいには誰をも惹きつけるオーラがある。高校2年生。

福丸 小糸(ふくまる こいと)

性別女性 / 年齢:16歳 / 出身地東京都

4人の幼馴染で構成された283プロアイドルユニット「ノクチル」のメンバー

内弁慶小動物系の女の子。真面目な努力家で、勉強が得意。騙されやすく、幼なじみによくからかわれている。高校1年生。

市川 雛菜(いちかわ ひなな)

性別女性 / 年齢:15歳 / 出身地神奈川県

4人の幼馴染で構成された283プロアイドルユニット「ノクチル」のメンバー

自分の「しあわせ」に向かって突き進む、奔放な女の子。幼馴染みで先輩の透を慕っている。高校1年生。

紹介者コメント

・以前のストーリーで円香が透に対してライバル心のようなものを持っていることは知っていたが、想像以上の複雑さと想いの強さに大変驚いた

・円香は普段透のことを「浅倉」と姓で呼ぶが、独白時だけは「透」と名前で呼んでいる

各話リスト

話数サブタイトル
第1話存在
第2話以外
第3話部屋

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アイドルマスターシャイニーカラーズのコミュのあらすじ紹介

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2024-03-15

注文住宅を建てた後で後悔したこと


玄関スイッチ

ドア横とリビングにあるけど、玄関にもう一つつければよかった。

玄関にいるとき電気をつけようとすると、ドア横のスイッチ玄関を上がったところから手が届かないから、リビングのドアを開けてスイッチを入れないといけない。

あるいはセンサーライトにすればよかった。

トイレスイッチ

廊下スイッチと一緒に廊下にある。

まれに一緒に消される時がある。

トイレの中につければよかった。

食洗機の音

リビングの隣の部屋で妻と娘が寝ている。

戸が引き戸なので、夜中に食洗機を動かすと音が気になるらしい。

食洗機深夜電力で使うことは諦めた。

ロールスクリーン

カーテン一式を頼んだときカーテンから勧められて何も考えずに2面くらいロールスクリーンにしたけど、視線が気になるところだったので後日カーテンに作り直した。家全部でいくらのパックだったから安いロールスクリーンを勧められた気がする。

駐車場の目地

砂利が嫌でゴム目地にしたけど、そもそも目地無しでって言えばそうしてもらえた気がする。

2024-03-12

何かきっかけがあったわけではないが、ふと思い出してしまったので書く。

子どもがまだ幼稚園に通っていた頃、父の日あたりに父兄参観のようなものがあった。親子で一緒になにか紙工作みたいなものを作りましょうというやつだ。正直、知らない人がたくさんいる空間は苦手なのだが、子どもも楽しみにしていることだし、せっかくの機会だからと行くことにした。結論から言うと、僕はその催しを台無しにして、子どもを深く傷つけることになる。

当日、まずは親子で教室へまりクラスごとにかんたんな朝の会をする。基本的には園児一人につき保護者の参加は1名までとなっていたが元々広くもない教室はすでに満員御礼となっていた。

朝の会のあと、なぜか園児全員でグラウンドに集まり園長先生お話を聞く時間があった。園児たちはグラウンドに並び、保護者達は端の方でそれを見守る。そう、そこまでは別になんの問題もなかった。問題はその直後に起きたのだ。

「それではお父さんお母さんと一緒にもう一度教室に戻りましょう」

司会の先生が告げた途端にワッと散開するおよそ200人の全園児とその保護者たち。右に左に移動する人、人、人。あっという間に僕は我が子を見失った。

ひとまず建物入り口の辺りに立って、自分の子どもを探す。周りには仲良く手を繋いで教室へ向かう園児保護者たち。この時点では僕は、自分の子もも僕を探しているに違いないと信じて疑わなかった。だってさっき先生が言ったばかりだ。保護者と"一緒に"教室へ戻りましょう、と。グラウンドからは人が減っていく。我が子はいない。まだ見つけられない。焦りが募る。どこか物陰で遊んでしまっているのか。もしかして何かを間違えて園の外に出てしまったのではないか。いやさすがにそんなことはないか。頭の中でぐるぐるといろいろなことを考える。

そして気がつくと、外にはもうほとんど人がいなくなっていた。先生たちが遠目にチラチラと見てくる視線が痛い。あの人大丈夫かな、不審者だったりしないかな、そんな声が聞こえてくるようだ。恥ずかしさと戸惑いと、とにかく頭の中はもうパニックだった。どうすれば良いのか、もうわからない。

念のためと思いながら園舎に入り、階段を上がった先の教室へ向かう。果たして我が子はそこにいた。廊下でひとり、鼻歌を歌いながら何事もなかったように遊んでいた。

「なんでひとりで行っちゃうの?」

極力怒りを抑えた(つもりの)声で子どもに問う。子どもは黙り込んで答えない。何が問題だったのかわかっていないような様子だった。この時点ですでに他の子たちは保護者とワイワイ楽しそうに作業を始めている。僕がいつまでも外で子どもを探している間に今日やることの説明などは終わってしまったらしい。当然、教室内にはもう我々が入り込めそうなスペースなど残っていない。

保護者と一緒に行ってって言われてたよね?なんで勝手にいなくなっちゃうの?パパ何もわからないんだよ?このあとどうするの?そんなようなことをまくし立てた気がする。子どもうつむき、答えは返ってこない。周りのチラチラと様子を伺うような視線けが突き刺さる。恥ずかしい、いたたまれない、どうして自分はこんなところでずっと晒し者のような扱いを受けているのか。このあとどうすれば良いのか。何もわからない。そして僕は「もう知らない」とだけ告げて子どもを置き去りにして家に帰ったのだ。最低だということは百も承知子どもの泣き叫ぶ声が聞こえたがしかし、それに構えるような余裕はもうなかった。

その後のことは詳しくは知らない。幼稚園から徒歩3分距離にある自宅に帰り、驚いた妻が慌てて幼稚園に向かって後を引き継いでくれたこと、泣きじゃくる子ども先生がつきっきりでいてくれたということだけは聞いた気がする。

あれから6,7年が経った。今でもこうやって思い出して自己嫌悪で気分が沈む。妻が上手くフォローしてくれたこともあり、謝って仲直りをしたものの、おそらく子どもにもこの件は嫌な記憶の上位として残り続けることだろう。

あのとき一体どうするのがベストだったのか。おそらく「最初から行かない」ことが唯一の正解だったのだろうと思う。当時の僕には誰の助けもない中であの状況を上手く立ち回ることは到底できなかった。でも行かないという選択肢を選ぶこともまた少なから子どもを傷つけることになっただろう。だから結局のところはわからない。

これを読んだ人には世の中にはこんなクソ親エピソードがあるってことをぜひ反面教師にしてほしい。僕みたいにこの先一生後悔し続けるような失敗を避けられるなら、それがきっと一番だから

地域がうるせえってのはマジであると思う、ついでに言うと子供から強く出たがっちゃうのもあると思う

https://b.hatena.ne.jp/entry/4712508437615580034/comment/segawashin


どこからどこまでが「嘘っぺぇ」のかよくわからんのだけど、要するに「地域クレームを建前にして、強い立場教師が弱い立場の生徒を理不尽に締め上げたいだけ、それが校則」ってことかな


でも、俺が中学ときは、こっそり自転車通学して、学校近くのマンションに止めてるのを「地域の人」が学校通報して、その日の朝の会には全クラスで「自転車停めたやつがいるな!」と犯人捜し、とかあったよ


実効的な方策って言ってるけど、朝の会、帰りの会、緊急全校集会とかで「オイゴラァ!!」と指導すりゃそれなりの方策だと思うけどな

あとは廊下ですれ違ったときに「オイゴラァ!!」と指導してもいいわけだし

校則にはないけど、これは禁止、みたいなのあったでしょ?廊下で突発指導とか見たことない?


タイトルにも書いたけど、相手制服着た生徒だと「指導だ!」と称して鬱憤晴らしするろくでもないヤツ結構多いと思うんだよね…


中学の時、歩いてて方向転換して70近いジジイとぶつかったときは「テメェコノヤロウ!!」って怒鳴られた。

高校の時、下校中左側の歩道走ってたら交差点右側通行してきたオッサンとぶつかって、「テメェコノヤロウ!!」って怒鳴られた。

自転車のほうは公営競技場の近くだったから、元から気性が荒いオッサンだったのかも。


でも間違いなく、制服着てて「学生だ!」と思われたからだろうなぁ。


大人になってから2回ぐらい自転車で軽くぶつかったことあるけど、向こうのジジイから「ああごめんなさい!」って謝られたもんな。


子供相手から「このクソガキが…俺が徹底的に締め上げてやる!!!学校電話!!!」てなるのはありそうだよね。

2024-03-10

幽霊がいるのかもと思った理由

安い物件探してて、1軒だけ幽霊出ると言われた物件を見せてもらった。

入ってすぐに居間の壁スイッチ勝手に入る音がしたんだけど、スイッチは動いてなくて、不動産屋がいつもこうなんですよ~と言った。

電気屋さんに電線スイッチを交換してもらって検査しても異常なしで、家に人がいると家のどこかのスイッチが入る音がするらしい。

帰り際に玄関スイッチからも音がした。

それと家にいるときにずっと子ども廊下か隣を走るを音がしてた。全室独身ワンルームなのでおかしいと思ってたんだけど、不動産屋の人は気にしないでくださいと言った。

2024-03-09

anond:20240309141551

詳しそうなのでもうちょっと訊く

娘(長女)21歳の部屋から大人用の玩具が出てきました。

中度知的障害発達障害があるし性的なこととは無縁だろうと思ってました。

昨日、娘(長女)の部屋が足の踏み場もない汚部屋悪臭もしていたので、次女(高校生)と一緒に手袋して片付け、布団も汚いし洗おうとなり毛布など廊下に出そうともちあげた瞬間、変な感触と共にボロンとベッドになにか転がりました。

よく見たら男性のアレで、思わず悲鳴あげてしまい半分意識が飛んでしまいました。

人生で初めて見るし触れてしまったし、結婚記念日だったしといろいろと複雑な感情になり放心状態になりました。

https://anond.hatelabo.jp/20240225175028

結婚とそれに伴う妊娠経験があるのに(つまり体外受精じゃなかろう)、男根を「人生で初めて見るし触れてしまったし」というような女も、求めてきてはほしいわけ?

anond:20240309103304

私が働いている会社には女性社員100人ほどいるのだけど

廊下ですれ違うたびに「今日ももっさりしてるな……」と思う数人がいて、

その数人の一人が彼女だった。

彼氏をつくれるようにサポートしたはずなのに、先輩が男の話を自分からするのを聞くのが、イヤなのだ

最初最後四行でいけるやん

2024-03-07

覚書

2月の半ばにあなたが咳をし始めてから、それとなく「死」の一文字を思い浮かべることが多くなった。

それ以前、あなた散歩を厭うようになったのを感じ始めてから、考えていたことが明確に姿を見せたともいえる。

日に日に食欲が失せていき、妙におなかが膨らんだのを見て、なにとはなく「あぁ」と思った。

2月14日まではたしかに芋を食べていたが、以降はそれも徐々に食べなくなって、それから一週間ほどでほとんどなにも食べなくなっていたと思う。

26日に薬を飲み出してからも、あまり改善したような様子はなく、そればかりかとうとう水も飲まなくなった。

それからというもの、いつものようにそのつもりはなくソファで夜を明かした私が朝方することといえば、あなたの部屋のドアを開けてあなたが出てくるのを確認することになった。

でもしばらくしてあなたは部屋の中だと苦しそうに呼吸するようになったので、私は一度部屋に入ったあなた独断で出すことにした。

そうしたらあなたはいもの場所で伏せて、静かに寝息を立てたので、私は安心してその日はベッドで寝た。

翌朝、部屋にいるはずのあなたが出ていたことを両親が驚いたと言っていたので、昨夜のことを話した。狭い場所がいけないのだろうとみんななんとなく思ったのでしょう。その日からは、夜になってもあなたを部屋に入れなくなった。

しかそのころは夜が妙に眠かったので、私はたいてい日が回るより先に眠っていたと思う。

けれど3月1日から3月2日の夜中、私はたしか3時くらいまで起きてリビングにいた。1時頃にソファタブレットをいじっていたら、こたつの向こうであなたが吐いた音がした。黄色いドロドロした吐しゃ物で、幸い敷いたペットシーツから漏れはいなかった。あなたの足にもかかっていたのでウェットシートで拭いたけれど、だいぶしつこくて5枚は使った。空腹由来の嘔吐だったので、注射器ミルクを飲ませた。ほんの雀の涙程度だっただろうけど。

3月2日から3月3日にかけての夜中、その日はちゃんとベッドで寝ようと思って、夜中の2時に一度布団に入った。けれど、眠気が強くなる前にリビングに降りた。いつも父が明かりを点けたまま寝落ちているので、そうであれば明かりを消さないといけないと思ったし、前日の夜中にそうだったように、あなたがまた吐いていたらいけないと思ったからだ。

そうしてみたら、案の定明かりは点いていたけれど、予想と違って父は起きていて、リビングのドアの近く、あなたがいつもいる場所(それよりは少しドアに近かった)にあなたがいて、突然降りてきた私を見ていましたね。

事情はわからなかったが、あなたを父が構っていて、でも危惧していたことはなかったので、私はあなたの頭を撫でてベッドに戻った。

そうして翌朝の8時ごろに私は目を覚まして、すぐには起き上がれずにいたら、8時24分に一階から大声で母が私を呼んだ。

私はそのとき、至極冷静に「逝っちゃったかな」と思った。そんな気がした。そうだった。20分に逝ったらしかった。すぐに起きていればよかったかとも思ったが、そのおかげで私が記憶している最後あなたは穏やかだった。

あとひとつなにか悔いがあるならば、兄に伝えなかったことだ。母はそう思っていなかったようだけれど、私は正直なところ、死ぬのだろうと思っていた。積極的には思っていなくて、痩せて骨の浮いた背を撫でて「そのうち戻るかな?」と考える頭もあった。けれど、意識的に先のことを考えたときは、やはり死ぬのだろうと考えていたように思う。

命日の約一週間前が私の誕生日だったので、兄は実家を訪れていた。そのころはまだなにかしら食べていたころだったと思うので、ある意味ではまだ元気なころだったと思う。それを良しと捉えるか悪しと捉えるかは人によるだろう。

離れて暮らしていることを思えば、命日の一週間ほど前に会っていたのはよかったといえるのかもしれないが、なんにしても私が決めることではない。ただ、それらを自己決定に委ねるのであれば、一緒に暮らす者の所見としてその可能性を事前に提示すべきだったとも思う。

からきっと、あなたが近く亡くなることを高い可能性として最も想定していたのは、実のところ私だったんじゃないかと思う。あなたが息を止めたとき、私はその場にいてもあなた蘇生しようとはしなかったでしょう。あなたが咳をし始めてから二週間と少し、あなたものを口にしなくなってから一週間弱、それだけ続いた苦しみがようやく終わったんだと安堵した。死んでほしくはなかったが、それ以上に苦しんでほしくなかった。

そう、3月2日の午後に、母があなたに薬を飲ませようとしたときあなたはそれをいつも喉に押し込むようにして与えられていたので、それを嫌がったのか、やや機敏に立ち上がって逃げようとしましたね。でも窓を向いていたの180度回って、ドア側に歩こうとして失敗して、こたつの布団に倒れ込み、再度立ち上がってカーペットを降りて、けれど結局テレビの前で伏せましたね。

それを見て、たしか私は先が短いことの確信を得たんだ。次の日とは思わなかったけれど、日曜の特に用事がない日の朝8時に、母が私を一階から大声で呼んだ、ただそれだけであなたの死を覚る程度には。

犬の寿命だとかを思えば覚悟をするべきだと思って、この数年、特にこの一年間はあなたをすぐに撮るようになっていた。そのおかげで、写真動画は私が2018年あたりから撮ったもので800個以上ある。

ただ、私が一番好きだったのは、あなたがあったかくて、重くて(12kg~13kg程度だった)、大きかったことだ(体長はきっと85cm~95cmほどあった)。けれど不思議なことに、あなた寝床を用意して、そこに入ったあなた身体が敷き詰めた氷のように冷たくなったのを、私は良いことだと思った。亡くなったのは8時20分、兄が来たのは昼ごろ、それから寝床に入るまで、あなたの腹はあたたかかった。あなたが朝まで生きていたことの証明で、あなたがこのままでは傷む一方であることの証左だった。

そのほうがらしいからといって、あなたの舌を少し出しておくことになった。はじめ1時間くらいはいものピンク色だったけれど、それ以降は紫色になった。目は昼ごろになってようやく閉じた。鼻が乾くのは早かった。散歩中、エチケット袋が開かないときによく借りていた鼻だった。

きっとそのうち、こういう些細なことは思い出せなくなる。思い出さなくなる。人間脳みそはそういうふうにできていて、当たり前のことだから、悪いこととは思わない。ただ、残しておきたかったのでそうする。

命日当日中には兄のほかに父方の叔母と祖母が来た。近くに住んでいる近親者が全員来たということだ。叔母は手紙を残してくれた。住所を書いたそうなので、一緒に燃して、あっちで読んだら来てもらうそうだ。

3月4日の19時に火葬することになった。祖母祖父の看病が終わり、さら退職して自由時間を持て余しているようで、参加してくれた(たとえそうでなくともきっとそうしてくれたと思う)。義姉も参加してくれた。叔母は仕事が空けられないので参加できなかったが、予期しておくことなどできないのだから仕方がないという外にない。

車の店でもらったひざ掛けのサイズがちょうどよかったのであなたの冬のブランケットにしていたが、最期までこうも役立つとは思わなかった。あなた身体寝床に入れたり、火葬のための設備に収めたりするときに、担架のように使った。焼かずに残っているが、なにかにリメイクでもしたほうが良いのだろうか。

あなたの骨は思っていたよりも丈夫だった。納骨袋の側面に小さな遺影を入れられるスペースがあって、けれど遺影ではなく、火葬の直前に切り取った遺毛を入れることになった。アクセサリを入れるための小さなジップつきクリアポーチに入れたが、サイズがちょうどよかった。桐の箱などに入れたほうが保管状態としては良いそうだ。検討したほうがいいかもしれない。

火葬した日の夜中に、私は遺骨ペンダントを注文した。驚いたことに翌日には届いたので、あなたのおそらく爪と目の周りの骨を少しもらった。由来のわかる(想定できる)骨のほうがなんとなく良い気がした。目の周りの骨は大きかったので少し砕いた。あなたに私が行く先を見ていてほしかったので、目の周りの骨にした。

これを書いているのは3月7日の夜1時だ。あなたが逝ってもうすぐ4日になる。私は泣くとき、いつも喉になにか手のひら大の球が詰まったように痛くなる。けれど、あなたを惟て泣くときは、喉は痛くならずにただ熱い涙が出る。理由はわからない。悲しいわけではないと思う。どうなんだろう、あなたがいないことを考えるとそうなる。これを悲しいというのかもしれない。

書いているそばから嘘になったかもしれない。今は少し喉が痛い。けれどそれでも息ができないほどではないから、やはりなにか違うらしい。

こたつの中で足先になにか触れると、一瞬あなたかと思う。私はいつも発作的にあなたに飛びついて構い倒す癖があったので、今もふとした瞬間に無意識あなた名前を言いそうになる(すんでで止まる)。私がいつもの椅子に座っていたり、廊下洗面所キッチンでしゃがみこんでタブレットをいじっていたりすると、いつの間にかあなたが足元にいましたね。あれがとっても好きだった。あなたは私によくついてきてくれた。

これからは私があなたを連れまわす。一緒に行けなかった旅先にも連れて行くし、3月いっぱいで契約満了を迎える今の出向先にもひっそり連れていってみよう。遺骨ペンダントは失くしてしまいそうで怖いが、そうなったときあなたがきっとそこを気に入ったということなのでしょう。そもそもあなたは昔から衣服やらカバンやらに毛として引っ付いてきていたので、今さら真新しいことはなにもないのかもしれないけれど。

2024-03-06

カセットガスボンベの便利な使い方あったりする?

うちは都市ガスの入ってるオール電化じゃない古いマンションなんだけどさ、同じ階の人が毎週40Lのごみ袋に一杯のガスボンベを捨てるんだよ。

一応言っておくと監視してるとかじゃなくて、エレベーターホールまでにその部屋があるのと、ゴミの日の朝は廊下ごみ袋ごと出ていて邪魔から覚えてしまうんだ。

それ自体別にいいんだけど、気になるのは何にそんなにも使っているのかってこと。

40Lのごみ袋って相当入るから二人暮らしのお年寄りが何にそんなにも消費しているのか気になってしょうがない。

何か思い当たるようなことある

anond:20240306211214

じゃあ廊下に立たせるのは体罰じゃないってことでセーフか

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