2024-09-03

共同体の変遷と推し

日本社会における共同体形態は、時代とともに大きく変化してきた。かつての故郷を中心とした共同体から会社中心の社会、そして現代の「推し活」に至るまで、その変遷は日本人生活価値観の変化を如実に表している。本稿では、これらの変化を考察し、各時代共同体が持つ特徴と、その基盤となるものの変化について探る。

まず、最も古い形態共同体として、「故郷」に焦点を当てよう。故郷という共同体の最大の特徴は、その「大地」に根ざした不変性にある。人々は同じ土地で生まれ育ち、その土地文化伝統を共有することで強い絆を形成していた。この共同体は、地縁血縁に基づく強固な結びつきを持ち、相互扶助精神根付いていた。自然災害飢饉などの危機に際しても、互いに助け合い、乗り越えていく力を持っていたのである

しかし、明治以降近代化と、特に戦後高度経済成長期において、日本社会は大きな変容を遂げる。地方から都市部への大規模な人口移動が起こり、故郷が担っていた共同体としての機能は徐々に失われていった。その代わりに台頭してきたのが、「会社」という新たな共同体である

会社は、故郷が担っていた共同体機能代替し、終身雇用家族経営など、日本独自の特徴を持つ相互扶助を実現する場となった。ここでの結束の軸は「生産である社員会社生産活動従事することで、安定した収入社会的地位を得ると同時に、会社を通じて新たな人間関係を構築した。会社という共同体は、個人生活を支える基盤となり、そこでの人間関係は時に家族以上に親密なものとなった。

しかし、バブル崩壊後の経済停滞と新自由主義の台頭により、会社という共同体の力は徐々に弱まっていく。終身雇用制度崩壊成果主義の導入により、会社個人関係性は大きく変化し、かつてのような強固な絆は失われていった。日本人は再び連帯を失いかけたのである

そんな中で台頭してきたのが、「推し活」を中心とした新たな共同体である推し活とは、特定アイドルアーティストキャラクターなどを熱心に応援する活動を指す。この新しい形態共同体は、80年代オタクカルチャーとは異なり、より「共同体的」な性質を持っている。

オタクカルチャー個人趣味や嗜好を強調し、それが結果的既存共同体からの逃避や代替の場として機能していたのに対し、推し活はむしろ個人を再び共同体的な枠組みに引き戻す役割果たしている。推し活を通じて人々は、共通の関心を持つ他者との連帯感を感じ、コミュニティ形成している。このコミュニティは、かつての故郷会社が持っていた連帯感に似た役割果たしているのである

しかし、ここで注目すべきは、これらの共同体がそれぞれ何に根ざしているかという点である故郷は「大地」に、会社は「生産」に、そして推し活は「消費」に根ざしている。この変遷は、共同体としての強度が徐々に弱くなっていることを示唆している。

大地に根ざした故郷は、よほどのことがない限りなくならない。生産に根ざした会社も、人が生きている限り必要不可欠なものであり、個々の会社栄枯盛衰はあれど、会社という制度自体はなくならない。会社を移動することで共同体を失うリスクは最低限担保される。

しかし、消費に根ざしている推し活は、消費するための財がなければその共同体に参加することはできない。財とは個人的なものであり、財を失ったときに補完してくれる基盤はほぼない。生活保護などのセーフティネット存在するが、それを受給することは推し活に回す余剰がほぼない状態意味する。

したがって、推し活による共同体は極めて脆弱な基盤の上に成り立っているため、その財を得るために無茶な行為を働きかねないというリスクにつながる。これを読んでいる皆さんの周辺でもそのような現象枚挙にいとまがないであろう。

このように、日本共同体の変遷は、社会近代化個人主義化の過程を反映している。大地から生産、そして消費へと基盤が変化する中で、共同体の強度は弱まり個人が抱えるリスクは増大している。

推し活という新しい共同体の形は、現代人のニーズに応える一方で、社会の安定性という観点から課題を抱えている。今後の社会は、この新たな形の共同体がもたらす利点を活かしつつ、その脆弱性にどう対処していくかが課題となるだろう。

私たちは、これらの課題に対して、どのような社会システム価値観の変革が必要となるのか、真剣に考える必要がある。消費に基づく共同体脆弱性を補完する新たな社会セーフティネットの構築や、消費以外の要素で人々を結びつける新たな共同体の形の模索など、様々な角度からアプローチが求められている。

日本社会が直面するこの構造的変化は、単なる社会現象ではなく、私たち生き方幸福のあり方に深く関わる問題である共同体の変遷を通じて私たちが失ってきたものと、新たに獲得したものを冷静に見極め、より強固で持続可能社会の構築に向けて、一人一人が考え、行動していくことが重要だ。そうすることで初めて、推し活に代表される新しい形の共同体と、伝統的な共同体の良さを両立させた、真に豊かな社会を実現できるのではないだろうか。

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